楽綝伝   作:キューブケーキ

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蛇足リターン:反董卓連合参加

 徐州の陶謙(とうけん)討伐後、宦官や外戚に賄賂を贈った。その中には捕らえた女、子供も含まれている。朝廷から文句を言わせない為だが、曹操様はこの国を動かす宦官や外戚に気に入られ更に権力を高めた。

 その第一歩として、西園八校尉が設置され議郎の官職に加えて典軍校尉に任命された。インディーズからメジャーデビューした様な物か。

 一方で袁紹は宦官との癒着を嫌い、曹操様を卑しい生まれに相応しく心も卑しいとこき下ろしていた。

「近々、司徒の許相が罷免され、代わりに司空の丁宮が就任するそうだ」

 陳留に戻った俺は、幽州に戻る事無く陳留に留め置かれた。向こうは秋蘭様が桃香より上手く統治してるから、大丈夫と言えば大丈夫だった。

「天上人の役職や人事はいまいち分かりませんよ」

 例によって俺は春蘭様と過ごしていた。今は寝所で抱き合って横に成っている──と言っても子作りはまだ先だ。子供達と再会する為に日数も計算されていた。だから今は、離れていた時間を埋める様に抱き合っている。

「うん、私もだ。ただ、華琳様や桂花が言うには何進大将軍と十常侍の中が急激に悪化してるから、いつでも動けるように備えて置く様にと言う事だ」

 普通の現代人が古代中国にやって来ても武の腕前でそこらの兵士には敵わないし、政でも文官に敵わない。前回、俺は神様にチート能力を貰い転生してきた訳だが、ハーレム形成は失敗した。

 今回こそはと思ったが、春蘭様と再会し我が野望は打ち砕かれた。

 だって彼女が記憶を持っていた何て思わないじゃないか。

 リスクとリターン、自己保身から考えても、常識的な判断でも、これからは春蘭様に対して誠実であろうと思う。さようならハーレム。俺は家庭を持ったら浮気はしないんだ。

 だからと言って北郷にハーレムは与えない。あいつに寄って来る女は危険だ。だから外は怖いと身を以て教え込んでやった。

(北郷が不能になれば天下は太平だろう? 何進将軍が殺されるのを阻止したら反董卓連合やそれ以降の戦起きないかもしれない。しかし曹操様の天下は遠退く。やはり死んで貰うべきだな)

 春蘭様の寝息を聴いて俺も瞳を閉じる。

 ──そして案の定、歴史は繰り返された。何進大将軍が宦官に殺され袁紹が兵を率いて宮中に乱入、宦官を皆殺しにした。そして董卓様が軍勢と共にやって来た。情報によると第一陣は歩兵、騎兵合わせて3000程だ。

(まさか、ここまで一本道とはな……)

 俺は今なら死傷者を限定して董卓軍を撃破出来ると春蘭様に進言した。この前みたいに長引かせずに戦を終えられる。

「駄目だ。華琳様はこの後の戦いで台頭されるお考えだ」

「そうですか。ならば出来る範囲で頑張りましょう」

 数日を経ずして董卓様が何皇后を脅し少帝を廃嫡し協を擁立したと都から噂が流れて来た。

 俺は董卓様を知っている。

 心優しい董卓様がその様な事をやったとは考えにくいが、銅山を抱えて貨幣発行益のある諸侯との経済力差を縮める為に、五銖銭を改訂して市場に於けるデファクトスタンダードを破壊してインフレを巻き起こしていると噂された。

 そして曹操様の御前に官吏が集められた。俺も末席に小さくなって並んでいる。

「麗羽から誘いの文が届いたわ。風」

「はい、華琳様」

 曹操様から文を渡された程仲徳様はお嬢様然としていて、確かに美少女様だ。いつも居眠りをしてるイメージだが、仕事でやる時はやる。小さく息を吐くと一気に読み上げられた。

「董卓の政とは嘘であり、悪である。専横を振るう君側の奸は常に自己と周囲を欺く。相国として自らの地位は帝が自主的に着かせた物だと自画自賛している。そして逆らう者は国賊として官位を剥奪し処断する。それを正しい行為だと吹聴しているのだ。法は如何様にも解釈され、嘘と欺瞞で彼らのご都合主義でしかない。董卓に味方をしなければ賊だとし、どんな解釈も社会的通念もねじ曲げてしまう。正に無法だ。董卓は自分達の不義、不忠を棚に上げて、我らを謀叛人だと断じるだろう。だがあえて言おう。董卓討つべし」

 袁家だけに良い紙を使っているのだろう。文を読み終えると程仲徳様はぺらりと折り畳んだ。

(……あー、これ、あれか)

 袁紹からの檄文だ。

 曹操様はくすくすと笑い声を漏らしていた。でも目がマジだった。

「真面目に受け止めると、相国である董卓を討つ謀叛の誘いだけど、私は参加するわ」

 我らが主君は覇道がどうのと昔から野心を吐露されていた。

「異論反論抗議質問口応えは認めない。しかし戦を我が軍の有利に進める事なら聞きましょう」

 流石、覇王様。乱世を統べるのは曹操様だと皆、当然と受け止めている。

 そして袁紹を発起人として反董卓連合が結成されたのであった。

 

 ☆

 

 炊事の煙が上がっている。立ち並ぶ天幕は連合軍の物だ。

 集結地には河内太守王匡(おうきょう)()州牧韓馥(かんふく)()州刺史孔胄(こうちゅう)(えん)州刺史劉岱(りゅうたい)、東郡太守橋瑁(きょうぼう)、山陽太守袁遺(えんい)等多くの者が名を上げようと集まっていた。

 金髪ロールで我が主、曹操様といささか被った髪型の人物が高説を述べていた。

「董卓さんの横暴は許せません。今こそ、逆賊から洛陽を解放し漢への忠を示す時ですわ!」

 綸言汗の如し、その言葉は定型文で魂に訴えかける物は無かったが、盟主の発言であり賛同の声が次々と沸き起こった。

「左様、本初殿の言う通りじゃ」

「君側の奸を討ち漢を救うのは我らだ」

 こいつら、全体の流れを動かす為に仕込まれたサクラか?

 それともロマンチストか。

 満足そうに頷くのは渤海太守袁紹。彼女は車騎将軍を自称していたが、一応盟主であるので皆従っていた。だからこの反応も、迎合して媚びへつらっていたのだ。全くの茶番だ。

「具体的に腹案はあるのかしら」

 曹操様の質問に袁紹は胸を張って答えた。孫家には劣るが悪くない体つきだ。

「勿論ですわ。董卓さんの地盤である(へい)州と都のある司隷を遮断、干上がらせますの」

「へぇ」

 曹操様は楽しそうに口角を釣り上げた。友人の新たな一面を発見したのだろう。

 そこへ都の協力者から早馬が駆けて来た。

「弁様が董卓の手の者によって殺害された。我らの旗印とさせぬ為にだけらしい」

 西漢、景帝の時代、呉王劉濞(りゅうび)の反乱に端を発した七国の乱があった。

 宗室である斉王劉肥(りゅうひ)の子はそれぞれ膠西(こうせい)膠東(こうとう)菑川(しせん)済南(さいなん)の諸侯王に任じられており反乱を支えた。高祖の長子である劉肥の息子である自分達が、劉啓(りゅうけい)に従う事が納得出来なかったからだ。

 文帝劉恒(りゅうかん)は皇帝に相応しく無かった。その子が帝位を継ぐなど間違っていると、ぶちギレた訳だ。

 同じ様に俺達、連合軍が弘農王を支持すれば、董卓陣営が擁立する協と相反し漢は割れる。まぁ、既に国は割れてるか。

「おのれ逆賊! そこまで増長したか」

 弘農王の死が伝わり会議は紛糾した。俺は曹操様の指示を受けて退席した。

「趙統将軍」

 俺が曹操軍の出撃準備をしてると幽州兵を率いて秋蘭様がやって来られた。

「お久し振りです。幽州から遠路お疲れ様です」

「ふふ、何だか立場があべこべだな」

 秋蘭様は曹操様の片腕だからこそ幽州を預けられていた。俺は幽州をよく分かってるからこそ調整と連絡の為に残された。

「まったくです」

 曹操様が会議中で、俺が出撃準備を進めている事を伝えると、秋蘭様は幽州兵から元気の溢れた関羽、張飛の隊を抽出してくれた。并州への長距離機動による遮断を読んだ訳ではない。攻撃に加えると適当な将をチョイスしただけだ──だが理に適っている。

「趙将軍」

 天幕に呼ばれた関羽は諸葛亮を伴っていた。俺の姿を確認すると礼をして来た。

「久し振りですね。御二人共、お変わりありませんか」

「お陰様で。将軍こそ逞しくなりましたね」

 逞しいのは関羽、お前のおっぱいだ。油断したら視線を奪われてしまう。

「趙統将軍の御活躍は、幽州でもお聞きしております」

 笑顔で応じる関羽と諸葛亮。うーん、純粋な好意の視線に何だか居心地の悪さを感じる。何しろ、此方には悪い思い出もある。

「あはは、参ったな……」

 幽州から率いて来た兵は5000と多くない。北の防人だから大規模な兵力を移動させられないのだから仕方が無い。兵站の問題もあるから妥当な所だ。

 鳥のような悲鳴が聞こえた後、外が騒がしく成って来た。

「何事だ」

 会議を行っている袁紹の本陣で何かあったらしい。顔を見合わせた俺達は主君、曹操様の安全を確認すべく本陣に向かった。

 そこから諸侯が戸惑った表情で出て来る様子が見えた。

 雰囲気から暗殺者が紛れ込んでいたとか、そう言う話では無いらしい。

 曹操様を見かけて秋蘭様と共に近寄る。

「麗羽が挙兵した事で、太傅(たいふ)袁隗(えんかい)太僕(たいぼく)袁基(えんき)を始め袁家の者が殺されたのよ」

 三族に至るまで処断する。まるで罪人に対する対応だな。

「それは……盟主様もお心を痛められているでしょうね」

 袁紹も退くに退けなくなった。一族の復讐と言う課題が加わったからだ。

「董卓、そこまで苛烈な人物とは思わなかったのだけど……」

 曹操様は形の良い指を顎に添えて呟いた。あの儚げな董卓様の容姿を一度でも見れば、誰でも今の悪評を信じる事が無いだろう。

 しかし、もうどうにも成らない。お助けは出来ない。今回は身代わりと成る者が居ないからな。

 となると黒幕だが……うん多分、あの腹黒眼鏡の賈駆の仕業だろうな。あいつ董卓様の事が好きすぎて、他の有象無象に価値何て感じてないからな。

 七国の乱の時に景帝の官軍が討伐に失敗すると中央の影響力は低下していた。北の匈奴や東の羌、月氏にも備えねばならず、漢は春秋、戦国時代の周と同様に地方が独立した状態へと逆戻りしただろう。それと全く同じだ。正に歴史は繰り返される、か。

 野蛮な董卓との対話による解決は無駄だと判断された。そして董卓様は目の敵にされ、邪悪な脅威だと認識された。残念ながら董卓様を倒す事が平和への道だと信じられている。

 

 ☆

 

 知らなかった世界を知る上で大事なのは、目を見開いて耳を澄ませる事だ。だから敵の目と耳を封じるべく、連合軍は洛陽周辺の董卓軍前哨を撃破した。

 曹操軍が確保した捕虜を天幕の中に並べている。俺好みの歌声が聴こえる。拷問を含めた尋問を行っていた。

 軍事行動は理論と証拠に基づいた判断で決められる。あやふやな指揮統制は兵を損ない、国益を損なうからだ。だから敵から引き出す情報は重要な価値がある。

「情報は?」

「何も」

 関羽が憤怒の表情で問い詰めている。情報は捕虜にとって最後の命綱だ。だから簡単には吐かない。

 沈黙は金なりと言うが、黙秘をした結果、殺される事もある。

「無辜の民草を苦しめる董卓に迎合する馬鹿者が、口はきけるだろう。歯だって、舌だって着いてるんだ」

「なぁ、待て。待て! 俺はただの兵士で、何も知らないんだ。俺には家族を喰わせなくちゃいけない」

 家族がいるとか、子供がいるとかどいつも言う事はありきたりだ。

「いい加減、不毛なやり取りは面倒ですね」

 諸葛亮にそう言うと、俺は捕虜に向かって振り返り怒鳴り付けた。

「舐めてんのか、時間を無駄にしやがって。無知も罪と知れ!」

 その後は斬首した。

「──うわああああああああああ!」

 残った捕虜達が騒ぎ出したが、俺は尋問を続ける様に関羽に命じた。

「女性にこう言う事を命じるのは心苦しいのですが、次は玉を切り落として下さい」

「分かった」

 関羽は少し照れ臭そうに答えた。

 情報を引き出した後は殺すと決まっている。

「趙将軍、拷問はやりすぎでは無いでしょうか」

 青ざめた表情の諸葛亮が弱気に見えた。だから諸葛亮を抱き寄せて頭を撫でて落ち着けてやった。

 くちづけや肌を重ねなくても、触れ合いの積み重ねで心を動かせる。知識があっても、チョロいのだ。

「言って置きますが、私達は悪党ではありません。手が汚れるだけ。手段を選んではいけませんよ。実入りは大きい。これはいわば、尊い未来への投資です」

 曹操様は結果を求められる。だから殺しすぎで左遷される事は無い。敵が抵抗して来るならボコボコにするのも当然だ。

「私は毎日、働いている。きっちりしないのは嫌いなんです。とっとと手がかりを見つけましょう」

 人の価値は見返りを求めずに他人に何を行えたかで決まる。

 

 ☆

 

 曹操様は袁紹のご友人であると言う立場を活かして、親族を失った袁紹を慰めた。

 そして心の隙間に入り込んで、董卓様の本拠地への攻撃は裏方の功績があると言う囁きをした事で、袁紹軍の文醜が行う事に成った。

 その間、別動隊の行動を偽装、欺瞞する為に主力は積極的な攻撃を実施する。その御鉢が俺達に回ってきた。

「明日は我が軍が汜水関攻撃を行う。先鋒は春蘭」

「はい、華琳様」

 曹操様は春蘭様を慈しむ様な温かい眼差しで見詰められた。主従の信頼関係が窺える。

「幽州兵は春蘭の下に着けるわ。良いわね、秋蘭」

「華琳様の御心のままに」

 春蘭様の攻撃に当たり関羽と張飛が麾下に加えられた。その前進を秋蘭様の弓兵が支援する。

「捕虜の尋問によりますと、敵第一線は華雄(かゆう)胡軫(こしん)で、予備隊として張遼が控えているそうです」

「桂花、策は?」

「敵将華雄を挑発、誘い出し春蘭に一騎討ちをさせ、その間に一隊を差し向け関を落とします」

 曹操様は周囲を見渡した。他に意見は無い様だ。

「それでは各自、明日に備えてかかりなさい」

 曹操様は構想と方針を決められた。荀文若様から、全般的な指導要領と各部隊の任務、兵站、人事、指揮、連絡が伝えられた。

 俺は当然、春蘭様の傍らで幽州兵の調整を行う。春蘭様の天幕に主だった面子が集まり、打ち合わせをした。

「華雄は中々の豪腕、斧を武器としてるそうです」

「ふん、華琳様の剣である私が、そこらの有象無象には負けん!」

 鼻息も荒く答える春蘭様は、曹操様への忠誠だけは変わらない。秋蘭様も慈しむ様な目で見ていたが、俺は忠告する。

「ええ、春蘭様の武は信頼しています。ですが戦で油断は命取りです」

 精神論でやれると言う気持ちは大切だ。豆腐メンタルで殺し合いは出来ない。だが慎重さも大切だ。天幕の中の空気が引き締まったので、諸葛亮に細部の検討をさせた。こう言う時にこいつの頭は役に立つ。

「先鋒を命じられた私達は当初、右第一線に春蘭様、左第一線に鈴々ちゃんの隊を並列して攻撃を開始。主攻を春蘭様の正面に指向して前進します。秋蘭様は攻撃準備射撃を実施、弓兵は春蘭様を優先します。愛紗さんは桂花様の行動命令に従って関の奪取に当たって頂きます」

 目標の右限界、左限界、攻撃発起位置、戦闘展開、患者集合点、合言葉等を決めていく。

 俺は予備隊を率いて春蘭様の後方を続行する形だ。

 

 ☆

 

「突撃用意」

 敵陣地前縁に差しかかった時だ。

「うん?」

 砂塵を巻き上げて騎馬の一団が向かって来る。策も何も、挑発する前に華雄は兵を率いて出て来た。

「はわわ!」

 諸葛亮は目を見開いて慌てていた。諸葛亮は、劉邦を支えた陳平の知謀にも劣らぬ頭の持ち主だが、不意の出来事には弱いらしい。策の裏をかかれた。冷静なままの敵とぶつかる事になる。

「此方の動きを読んだ上での出撃か」

 前を見てると春蘭様の雄叫びが俺の所まで聞こえて来た。

「私は決して負けない!」

 矢の雨が敵を叩いた。秋蘭様が計画を繰り上げて動かれたのだ。それに合わせて春蘭様は華雄目指して馬を走らせた。

「その首貰うぞ!」

 一騎討ちが始まった。張飛の動きを見れば豚を走らせて、上手く華雄隊を包囲している。

 人が人を殺す。天の御遣いの奇跡で平和が実現されるのを信じて待つより、現実的だ。

 戦場では血溜まりを作った数だけ平和が近付く。ここがそう言う場所だ。

「おぎょん!」

 春蘭様が華雄の馬を斬り殺した。倒れた馬の下敷きとなってもがいていた華雄の首筋に春蘭様の剣が突き付けられた。

「私の勝ちだな。大人しく降れ」

 華雄はその言葉に反発する。

「くっ……殺せ!」

 おお、リアルでくっころ聞いたのは初めてだ。ううむ、元ネタは何だろう。

 エヴェレットのSF的な多世界解釈だと、選択肢の分だけ世界は存在する。ここで華雄が倒されて、兵にぐるぐる巻きに縛り上げられているのも選択の結果だ。考えたら未来を知る俺や春蘭様は、一種のラプラスの悪魔なのかもしれない。

 そうこうしてる内に関羽は関に突入した。計画通りだ。

 女の捕虜は悲惨だ。殺すのはいつだって出来る。だから穴と言う穴を犯し尽くされて、屈辱と絶望をたっぷり味合う事となる。今回は見目麗しい者は曹操様に献上して、残りは士卒に与えられる。華雄は見た目も悪くないが、武の方で曹操様の興味を引くだろう。

「春蘭様、お疲れ様です。さあ、次の関所へ向かいましょう」

 次の関、虎牢関は後退する兵も収容して倍の兵力で守られている。しかも呂布が詰めていると言う。

「相手は呂布か」

「ええ、厄介な相手です」

 前回は決着を着ける事が出来なかった。今回こそ倒してみたいが、あの頃とは違う。

(さくっと毒矢で殺したいな)

 矢の雨を降らせれば、幾らかは傷つけられるだろう。

「まだ死ぬなよ」

 春蘭様がそう言われた。

「はい、勿論です」

 恩は返し、約束は守る。明るい未来に生きると決めている。衣食住は見足りており、安全は自分の武である程度は守れる。マズローの欲求5段階説から当てはめると真ん中ぐらいか。

 

 ☆

 

 いつからであったか。少女は気が付けば軍師として働き、彼女の采配で将や士卒が戦場で戦っていた。

 漢の都である洛陽(らくよう)に迫った連合軍の数は20万、対する官軍は8万でその半分以下。明らかな兵力差、包囲の隙を探す事は無駄だ。敵の動きを予測する事も、裏をかく必要も無い。分かりやすい籠城戦だ。

 それでも敵の兵力を少しでも減らそうと汜水関と虎牢関に兵を置いた。

 眼下では、官軍と連合軍が殺し合っていた。

 敵味方の矢が飛び交う中、敵の攻城兵器がゆっくりと前進を開始した。破城槌だ。虎牢関の守将は彼女が敬愛する天下無双の呂布、その守りに死角は無い。

「押せ、押せ!」

 敵のかけ声に対して此方は油の壷を落とし火矢で燃やすが、後続がそれに代わる。

「ふんぐるい!」

 火達磨に成った兵士が叫び声をあげてもがき苦しんで居た。矢が飛び交う中で助けに向かう者など居ない。自分を守る事で必死だ。血溜まりの中でへたりこむ阿呆は死ぬ。

「いあ! いあ!」

 獣脂の燃える臭いが漂う中、次へ次へと新手は押し寄せて来る。

 だが城門は簡単に破らせはしない。敵兵は蟻の様に押し寄せてくる。攻撃も防御も集中力を切らしては負ける。

「ねね、出過ぎたら危ないで」

 腕を掴まれた。副将の張遼(ちょうりょう)だ。先程まで居た場所に矢が刺さっていた。

 思考より先に体が動く。それが鍛えられた武人である。

 張遼に返事を返す事無く音々音(ねねね)は叫んだ。

「敵の数は多い。ですが、それがどうしたと言うのですか。勝つ術が無くても負けない事は出来るのです。帝を御守りする事こそ我らが誉れ。今こそ忠を尽くす時なのです。漢帝国万歳!」

 音々音の声に、勇敢で忠義に溢れた官軍の兵達は雄叫びをあげて応えた──そして「シカトするんやない!」と音々音は張遼に頭を叩かれた。

 思考より先に腕が出る。それが張遼である。

 この日、連合軍の攻撃を官軍は撃退した。

 夜の帳が降りようとしている。籠城戦で裏をかくのは困難だ。夜襲も警戒されている。兵力差があれば効果も薄い。

 並べられた捕虜を前に指示を出す。

「殺るのです」

「はい、軍師様」

 とりあえず食糧は限られている。節約の観点から捕虜を虐殺して死体を城壁から叩き落とした。鎧に兜、剣に金を剥ぎ取った。応援が到着するまで、あるいは死ぬまで戦い続けねばならないからだ。

「今日は何とか守れたな」

「そうですね」

 張遼に答えていると、視界の端で顔見知りがフラフラしていた。危ないと思った瞬間、走り寄った音々音は城壁から落ちかけた女性武官を抱き止めた。呂布──(れん)だ。

「恋殿、ボーッとしてると危ないですよ。眠るなら中に戻りましょう」

「……お腹減った」

 呂布は絶対に死なない、負けないなどと寝言を言う気は無い。だから城壁から落ちれば怪我をするし、敵に捕らえられた女がどうなるかは言うまでも無い。

「飯食うんか。酒は?」

 酒好きの張遼は軽口を叩いたが、ジト目の音々音に睨まれた。

(えい)に言いつけますよ」

「何や、冗談に決まってるやんか。目、マジにして嫌やな。あはは……」

 乾いた笑い声で誤魔化す張遼だが、半分本気であったのは明白だ。溜め息を吐きながら音々音は考えた。いつから彼女達と仲間に成ったのかは覚えていない。だけど、この仲間達を音々音は信頼してる。

「……御飯行く」

 音々音の頭を撫でると恋は食堂に足を向けた。

「待ってください恋殿。ねねも御一緒致します!」

 音々音が張遼を叱責する空気はうやむやになった。

 

 ☆

 

 青春は擬態で欺瞞で虚偽妄言だ、と誰かが言っていた。でもそれは人による。

 俺の青春は血と泥にまみれた戦いの連続だ。神様に貰った肉体強化のチートでハーレムを築いて、面白おかしく、はっちゃけるには俺自身が真面目過ぎた。戻れる物なら元の時代に戻りたくも感じる。

 一方で充実してるとも言えた。生まれが人の価値を決めるこの世界で、官吏として武官の地位も得た。そして絆を得た。これが神様の恩恵かもしれない。

 巷に溢れる陳腐な愛と同じかもしれない。まさに愛は熱病か。後は目的達成の為に全てを薙ぎ払い生き延びるだけだ。

 そして俺がこの世で愛を注ぐ数少ない身内の一人である春蘭様は、明日の戦いに備えて食い溜めをしていた。

「春蘭様、あまり食べ過ぎないで下さいね。お体が心配です」

「分かっておる。任しておけ」

 虎牢関を前に連合軍は攻めあぐねていた。別動隊による後方遮断の効果も直ぐには出ない。選択肢は正面突破あるのみ。ただし、立ち塞がる敵は呂布だ。

 あの武を前に数人で戦うしかない。なので、とりあえず体を休めて飯を食う事が大切だ。

 卓上に並べられた豊富な料理の品々を見ていると、飢えている者がこの国に居ると言う事を忘れてしまう。

 大勢が腹を減らしていても、有力者や軍は衣食住に困る事が無い。これは責任を果たす者の権利だな。

「なぁ、烏龍。この戦いはどうなるのだろうな。前とは状況も違うだろうし……」

「そうですね、董卓様が例によって何者かの傀儡である可能性はあります。ですが、当面は呂布を倒す事に集中しましょう」

 敵の軍師には前のターンで仲間だった陳宮が居ると言う。俺が生きていた生涯で、あいつは、あの体型のロリババアで成長しなかった。憐れなやつだ。

 そして今回、あいつは敗者に成ろうとして居る。敗者は何もかも奪われる。陳宮は俺を知らなくても俺は陳宮を知ってる。出来れば助けてやりたい。

 そう考えていると、背中を叩かれた。

「痛っ!?」

 春蘭様が整った顔立ちを不機嫌そうに歪めて俺を睨んでいた。

「他の女の事を考えていたな」

「ええっ!」

 間違ってはいないが、何故俺の考えが読めたんだ。動揺を表に出さないが読まれている気がした。

「ふん。どうせ陳宮を助けようと考えていたんじゃないか?」

 別に誤魔化す事でも無いから認めた。

「ええ、その通りです」

 すると春蘭様は俺の頬を掴んで来た。

「何年、連れ添ったと思っているんだ。お前の考えなどお見通しだ」

 恐るべきは前回の記憶を引き継いだ妻だろう。

「かつての仲間ですから出来る事なら助けたいです。それに、曹操様の天下でお役に立てるはずですから──」

 陳宮の手腕に関しては春蘭様も御存知だ。

「華琳様がお求めに成る人物なら私は従う。お前の為じゃないからな」

「……御迷惑おかけします」

 丸で俺が浮気をしたみたいで、不機嫌そうにそっぽを向いた春蘭様の髪を撫でた。

 

 ☆

 

 連合軍の結成によって朝廷の影響力は低下した。董卓の詰める洛陽は漢の都であったが、地方が反独立な状態では大都市であると言う以外に利点は少なかった。

 確かに黄河の水運によって受けられる恩恵は大きいが、地方からの税収や物流が滞れば干上がってしまう。

 別に董卓は出世がしたいとか、贅沢をしたいとか、そう言う我欲を持って都に残っていた訳では無い。善人故に都を離れられなかった。

 姉を失った協は董卓に依存しており、董卓は協を見捨てて帰郷する事が出来なかった。結果として相国として政に携わる事を余儀無くされた。

(えい)ちゃん、戦はどんな感じなの?」

 親友であり軍師である賈駆の執務室を訊ねた董卓は、お茶を差し出して尋ねた。

「今、その戦を進めているから忙しいのだけど?」

 董卓の表情が曇った。

「へぅ……」

 目にも止まらぬ速さで流れる様に作業をしていた賈駆はチラリと主君に視線を向けると、筆を走らせていた指を止めて董卓から茶碗を受け取った。

(ゆえ)は人を使う事に慣れないと駄目ね」

 君主自ら女官の真似事をするなと諌めたが、董卓は意外に頑固で止めようとしない。だから諦めていた。

 湯気で曇った眼鏡を拭いながら答えた。

「月は心配しなくて大丈夫よ。ボクが、ボク達が守ってあげるから」

 賈駆は過保護な所がある。

 董卓は争いを好まず儚げな見た目だが、弓の腕前も優れており、牛を持ち上げる怪力を誇っていた。賊徒の討伐で武勲もあげていた。

「最近、食べ物が減ってるって町の人が言ってたよ」

 ──せっかく月の耳に入らない様にしてたのに!

 賈駆は血液が逆流する様な怒りを感じた。真実は時に人を傷つける。董卓に余計な情報を入れ心労をかけた相手を八つ裂きにしたかった。

「確かに連合軍によって洛陽は包囲され、流通は止まっているわ。でも蓄えがあるから一年やそこらは戦えるわ」

 宦官の蓄えた財を没収し金はあった。商家の倉を開かせれば洛陽の民を飢えさせる事は無い。しかしそれは一時凌ぎにしか成らない。

「それに、連合軍に参加した諸侯に文を送り内応するように進めてるから、月が心配する程、長くはかからないわ」

 戦は人の質よりも数が物を言う。連合軍を割る事が出来れば逆転の目があった。

 対面に座り自分で入れたお茶を啜ると董卓は呟いた。

「……本当にそうだと良いね」

 董卓の器は、無能な御飾りでは収まらない。君主に相応しく広く政を行う視野を持っていた。他者の空気を読む力に秀でていた。だからこそ賈駆が言葉に出さない今の苦境を分かっていた。

 賈駆は支えるべき主にそんな表情をさせる自分が嫌いだった。

 

 ☆

 

 転生したからとイチャイチャハーレムを求めるのは間違っている。

 数多の屍の上に勝利を積み重ねる前にポックリとお陀仏する事もある。

 美女との出会いを求めても、スタート時点で選択肢が限られて詰んでる場合もある。貧乏人ならまだ良い。誰かの息子、兄、弟ってのは義理でもなければ親類はハーレム要員から除外されてしまう。

 逆に州牧の息子とか有力者に転生したら、恵まれた環境でハーレムを築ける場合もあるかもしれない。

 コネや金、権力の無い平民の出、脇役、MOBキャラ、そう言うのは己の武一つでのし上がるしかない。

 時には命乞いする者を殺し、時には仲間の手柄を奪ったり、貶めて出し抜いたり。

 凡人は無理に努力をしてまでハーレムを目指す必要はない。

 俺だって妻一人で十分だ。

 だけど、うちの曹操様は人材マニアで無茶振りをしてくる。

「呂布が欲しい」

 曹操様は仰った。

「華琳様、私は反対です」

 春蘭様の言葉に皆が驚いた。曹操様も意外に思ったのか問い返す。

「どうしてかしら?」

「あれは化物です。人として到達出来る武の頂点におります。あれを捕らえるには将が10人居ても危うい。討ち取る気でかからねば、此方の損害は計り知れないでしょう」

 普段の春蘭様は行けと言われれば何処までも行く盲目的な忠犬だ。その春蘭様が自分の武では敵わないと認め、曹操様に諫言した。

「貴女達はどうなの」

 曹操様は軍師の荀文若様、程仲徳様、郭奉孝様に視線を向けられた。荀文若様は二人と視線を合わせて頷くと代表して答えた。

「畏れながら華琳様、私達も無傷で呂布を捕らえる事は困難だと考えます。その損害は許容範囲を超えるでしょう」

「成る程……」

 曹操様は御三方から視線を外されると、強く春蘭様を見据えられた。

「春蘭、貴女がそこまで言うのなら諦めましょう。では呂布を討てるか」

 春蘭様は跪き頭を下げられた。

「討てと御下命を承るなら討って見せましょう。ただ私一人では無理です」

 曹操様はその答えに満足したのか口端を緩められた。そして秋蘭様、関羽、張飛、そして俺が補佐に付けられた。

 強者との戦いは戯れでは済まない。殺し合いだ。俺の力でも不安を感じる。

 虎牢関の手前で方天画戟を脇に抱えた呂布が自然体で待っていた。

「行くぞ!」

 春蘭様の号令と弓兵の援護射撃で俺達は襲いかかった。卑怯とは言わせない。

「我が名は夏候元譲。我が主、曹孟徳様の為にも貴様を討たせて貰う。一騎討ちではないが許せ」

 呂布は珍しく饒舌にも答えた。

「構わない。だが手加減しない」

「望む所だ!」

 実際に呂布との戦いが始まると俺は認識のズレを感じた。

 命のやり取りは覚悟していたが、こいつ、こんなに強かったか?

 春蘭様は前より鍛えられていたが、軽くいなされている。他の3人も翻弄されていた。

「ヤアァ!」

 関羽は御自慢の青龍偃月刀で必殺の一撃を入れようとするが、呂布の方天画戟にあっさりと弾き飛ばされた。ちょっと、軍神関羽だろ。根性見せろよ!

「愛紗をよくも、許さないのだ!」

 たとえ敵わなくても連携した攻撃は相手を疲弊させる。隙を突く事だって出来るはずだ。だから俺達は諦めなかった。

 張飛の攻撃に合わせて俺も氣を纏って呂布に斬りかかったが、がつん、と言う衝撃と共に受け止められた。張飛は蹴り飛ばされていた。あれれ?

「見つけた」

 呂布は触角の様なアホ毛を揺らして笑みを漏らした。とても良い笑顔だ。

「ん」

 呂布からは殺気や敵意と言う者を感じられない。

 まるで知己に会ったかの様な視線を向けられて戸惑いを覚える。

「……約束」

 まったく意味が分からない。突然、どうした。

「何だ?」

「次に会ったら勝負する約束」

 俺は衝撃を受けた。俺はこいつと再戦の約束をしていた。ただし、それは『前の時』だ。

 こいつは『前の呂布』だ。強くてニューゲームを呂布がやると俺は詰んだ。

「お前、覚えてるのか」

 俺の問いに呂布は頷く。

「ずっと待っていた」

 前の戦は董卓様が降った事で呂布との再戦が叶わなかった。

「そいつは悪い事をしたな」

 人生は一期一会と言うが、繰り返しがあるなら再戦の約束なんてするんじゃなかった。

 責任放棄をして逃げ出したくなった。だが春蘭様も居るのにそんな事が出来る訳がない。

 最悪だ。

 理不尽とはこの事だ。

 それこそどうしてと神様に尋ねたいぐらいだ。俺が主役では無かったのかと。

 幸せに成る為に何かを犠牲にする事を躊躇わないが、こいつが相手では躊躇する。チートが通じない相手だ。ガチの勝負に成る。

 あの日、約束した自分自身を右フックで殴り飛ばしてやりたい。死亡フラグか!

 俺の運命的にもイベント回避は不可能のフラグが立ってやがる。

 落ち着け、俺。クールだ、クールになれ。

 

 ☆

 

 夏侯惇達、主だった曹操軍の将と呂布による戦いが始まった。

 虎牢関さえ落とせば洛陽は丸裸も同然だった。その為に呂布は絶対に排除しなければ成らない。

 その為に仲間達が命を賭して戦っている。

「はぁぁぁっ──!」

 夏侯惇が気勢を高めて声をあげていた。

 荀彧は竹簡を握りしめ見守る事しか出来なかった。

 軍師は戦の準備を進める。始まれば将に委ねられ、意思決定の助言を行う。しかし個人戦に近いこの戦いで策は不要だった。

 荀彧の視線が少年を捉えた。誰よりも曹操に仕えて来た、そして自分の恋敵でもあるはずの夏侯惇。その婚約者だと言う趙統。

 その事を知った時は驚きを覚えた。まさか夏侯惇が男を選ぶとは思わなかった。

(でもあの二人、お似合いなのかも)

 普段は姉が弟に接する様な雰囲気だが、あの夏侯惇が女の表情を浮かべる時もあった。主に趙統が他の女と関わっている時だ。嫉妬はその者に執着してるから起きる感情で、愛が枯渇しなければ続く。趙統の献身的な姿勢も好ましい。

「鈴々は負けないのだああああああっ!」

 張飛が趙統と連携して攻撃を続けている。ぞくりとした。あれ程の将達が挑みながらも、容易く受けられる呂布の武に。

 自分が報告で見聞した所、趙統の武は十分な物を持っていると判断出来た。その趙統ですら手間取っている。

 並みの兵を幾ら束にして向けても呂布の前では無意味である事が想像出来た。惰弱、貧弱。そうでは無い。

 隔絶した差なのだ。

(天下無双、か)

 認めてしまう自分が悔しい。軍師でありながら思考を放棄してしまった。

 しばらくして呂布と趙統が対峙して何やら話始めた。

「趙統君、何やってるんでしょうね?」

 程昱の言葉に荀彧は首を傾げた。

「さぁ?」

 二人の様子に目を向けた。

(え……)

 つい先程まで殺し合いをしていたのに和気あいあいと談笑していた。

 そんな趙統を夏侯惇が殴って呂布との間にまた一触即発の空気が漂ったが、趙統が間に入って矛を納めた。

「桂花ちゃん、呂布さんが降ったみたいですね……」

 程昱が飴を口から外してぽかんとしている。

「……意味分からない」

 荀彧は程昱の言葉が耳に入りながらも、目の前で虎牢関が開く光景を呆然と眺めていた。

 

 ☆

 

「──お前は馬鹿か!」

 春蘭様に後ろから殴られたのは、俺が呂布に衣食住、家族や仲間の安全を保証するから投降しろとか、あれこれの説得が功を奏して、呂布の信頼を勝ち得た時だった。

「恋は恋」

「いや、それ真名でしょう」

 いきなり真名を預けられ戸惑う俺に対して呂布は微笑んだ。

「そっか。なら俺の事は気楽に御主人様か趙統様、趙将軍と読んでくれて良いぞ」

「……御主人様?」

 俺のジョークに呂布が反応した瞬間、春蘭様の突っ込みが入ったのだった。

「こいつ邪魔」

「何だと!」

 呂布は春蘭様に殺気を向け、春蘭様は春蘭様で応じ様とするので、俺は慌てて割り込んだ。

「待って、待って!」

 戦に於ける爽快感、清涼感──戦勢を得るには我の望む戦場で敵と戦う事だ。それは敵にとって有利な地形を差し出す事も当てはまる。

 敵が地形を得ようとして士卒を失う。策が将の武を破るのだ。

 敗者は畑のお肉の養分と成り、勝者はそれを食べうんこ製造機として人生を謳歌する。ただそれだけだ。

 つまり自分の状況を顧みたら、呂布と戦うのはリスクでしかなかった。だから、戦い以外で呂布を口説き落とそうとした。

「待遇で呂布を降せるなら良いじゃないですか」

「お前、な」

 苛立ちが混じっている。春蘭様はお怒りだ。俺は苦笑する。この人の頭は悪くない。むしろ、そこらのビッチより頭が切れる。

「誰かが傷付かずに勝利を得れます」

「……それならそれで始めから説明しろ!」

「いやまあ、何と言うか、本当に思い付き何ですけどね」

 それを聞くと春蘭様はバカを見る目をして溜め息を吐いた。

「はぁ、まったくお前と言うやつは……」

 さっぱりどうして良いか分からなかった。だから成り行き任せで交渉をした。たまたま上手く行っただけだ。

 もしも交渉が決裂していたとするなら、死なないまでも、きっと俺は手傷を負っていただろう。下手をしたら負けていたかもしれない。その時は春蘭様を危険に晒していたか。

 だから反省した。冷静に考えたら何も言えない。

 春蘭様とって俺は前回の夫で、いわゆる家族と言う位置を与えられている。当然の様に俺は浮気はしないし、将来の生活の為に貯金と資産運用をしている。それら幸せの努力を無にして、明るい家族計画を崩してしまう行いだった。殊勝に自省して謝罪した。

「申し訳ありませんでした」

「もう良い」

 呂布は空気を読んで俺と春蘭様のやり取りを黙って見ていた。

「投降してくれるって事で良いんだよな?」

「良い、御主人様」

 おいおい、春蘭様が睨むから止めてくれ。

烏龍(ウーロン)で頼む。俺の真名だ」

 まあ、呂布の投降が嘘だった場合、どうしようもない。武力で制圧するのは無理では無いだろうが、困難だ。だから数奇な縁で知己を得たのだから、機会を利用した。

 これで良い。誰かが死ぬよりきっと良い結果じゃないか。

 連合軍の他の諸侯が文句を言って来ても、曹操様は呂布と言う切り札が手に入るのだ。黙殺するだろう。

 そして呂布が指示を出した。虎牢関が入り口を開けた。

 中では呂布の兵達が大人しく整列していた。呂布が俺達を認めたから無駄な抵抗をしない。こいつら方が呂布の武をよく知っている。

楽綝(がくちん)殿!?」

 城壁から興奮気味にチビッ子が駆け降りて来ると、前の名前を呼んで来た。陳宮だ。

 3人目に成ると俺も驚かない。

 そう言う事もあるのだろう。

 春蘭様は家族としての愛だと自信満々だった。呂布は勝負の約束だろうか?

 では陳宮は何だ?

「わわっ」

 足を踏み外した陳宮が落ちて来たので、咄嗟にその身体を受け止めた。ああ、懐かしい臭いがした。戦場で共に過ごした陳宮の臭いだ──って、変態染みてるな。

 戦場で異性の同輩はそんなに良い物じゃない。用を足すのも気を使うし、仕事の関係でそこに甘い物が入り込む余地は無かった。少なくとも俺にとっては。

「久し振り、で良いのか?」

 ニーハイから絶対領域の上、ホットパンツの奥がチラリと見えた。視線を反らした俺は一応、礼儀として挨拶してみたが、陳宮はどこか気の抜けた表情で目を開いた。抱き抱えられている事に気付くと、慌て出した。

「あっ、ありがとうございます」

「いや、怪我が無くて良かったな。と言うか、呂布はうちに降るけどどうする?」

 すると陳宮は二房に結った髪を揺らして起き上がる、素早く自分を売り込んで来た。

「ねねはお買い得ですぞ。可愛くて賢く、忠義に厚い」

 確かに陳宮は正確な情報を仕入れて、堅実な仕事の成果に繋げる。曹操様を支える官僚団に必要な人材だ。

 他の者は大人しくやり取りを見ていた。犯し、奪い、殺す。戦の御褒美だが、流石に呂布達に手を出す度胸のある者も居ない。

 陳宮の頭は相当切れる。曹操様の軍師に混ざっても遜色無い能力を持っていた。胸は貧相だが脳味噌の構造が違う。

 荀文若様は貧乳だ。諸葛亮も貧乳だ。龐士元も貧乳だ。程仲徳様も貧乳だ。軍師は概ね貧乳だ。情け容赦の無い平らな胸は軍師の誇りだ。胸に行く栄養が全て頭に行ったのだろう。

 春蘭様に視線を向けると、苦虫を噛み潰した様な表情で俺達のやり取りを見ていた。

「ふん」

 勝手にしろと言う雰囲気で何だか期限が悪い。春蘭様に問いかける事も出来ず、仕方無く無難な答えをしておいた。

「期待してるぞ」

 そう言うと俺は陳宮を立たせた。

 後で春蘭様からはいわれのない理由で叱られた。うちの妻が理不尽で辛い。

 

 ☆

 

 当たり前の様に続いた信頼関係は──組分け帽子が叫んだ結果、スリザリンとグリフィンドールに別れた様に、唐突に終わった。

 その前兆(きざし)は前からあった。人は生まれながらにして何者であるか決まっている。呂布にとって再戦の約束があった様に、陳宮は忠誠を心に秘めていた。士は己を知る者の為に死す。陳宮は、その対象と再会した事で曹操軍に降った。

 しかし張遼には許容出来る事では無かった。突然、守将である呂布が降り、陳宮までそれに従った。あまりにも唐突過ぎて、降伏と言うより計画的な寝返りに思えた。

「ふざけんな、糞が」

 張遼は吠えた。だが呂布の武を知っている多くの兵は投降に従った。今ここでごねた所で状況は変わらない。それ所か連合軍へ投降する手土産として討ち取られる危険性すらあった。

「お前らなんか仲間ちゃう。次に会ったら敵や!」

 張遼は従う部下を纏めて洛陽に撤退したが、曹操軍は追撃を行わなかった。張遼を曹操が欲し、納得の行く状況で手に入れようしたと言うのも理由であった。

 巨大な城壁に囲まれた都は難攻不落に思える。だが呂布、陳宮が降ったと報告を受けた董卓は虚脱状態でへたりこんだ。仲間への信頼こそが董卓の全てだった。悲しみは想像を絶する。

「あいつらあああああ」

 賈駆は怒号をあげた。手は固く握り締められ、心拍が加速している。

 予想外に早く虎牢関が落ち、内応の工作は不首尾に終わるだろう。

 この逆境どうするか。軍師は冷静にならねばならない。

 信頼出来る将などこの段階に至っては数える程しか居ない。

「あいつらぼこぼにしたる」

 興奮する張遼の声を聞いて逆に頭が冴えて来た。我慢出来ない事もあったが、思考が感情論では無く現実的な物に戻って来る。

 張遼は胸元の発育は良いが、知謀は軍師である賈駆に劣る。露出の多い格好に呑まれるな。自分は董卓を守る軍師なのだ、と心に完全武装をやり直す。

 連合軍が諸侯の利害で徒党を組んだだけと言っても、呂布を従えた曹操軍の戦力はあながち無視できない。防衛計画が崩れた以上、脱出も一考の価値があるかもしれないと賈駆は考えた。

 ──最悪、月が無事でボクさえ居れば何とかできるはずよ。

 賈駆は見も心も安らげる董卓の笑顔が大好きだ。董卓の幸せ以外に興味が無い。

 それ以外の全てを切り捨てる覚悟があった。

 

 ☆

 

 人の心は弱い。敵を騙して仲間割れをさせる。味方の損害を減らす為なら何でもやる。呂布が降り陳宮の説得で、董卓軍の捕虜も転向させた。従軍すれば帝に祝福され罪が許されると戦闘に駆り立てた。

 虎牢関を抜ければ都を巡る最後の戦いが始まる。

 そう思っていたのに、前進した連合軍の目の前で洛陽が燃えていた。

(俺がやった時の方が盛り上がったな)

 連合軍が手に入れたかった物は二つ。一つは権力を握った董卓様の首、もう一つは権威の象徴である帝の身柄。炎が都を焼き尽くそうとする状況は、連合軍の注意から目を反らす絶好のチャンスと成ったわけだ。

「あの腹黒眼鏡、逃げる為に放火までやりやがった」

 ここに希望は無い。

 多分、かなりの数が逃げ延びたと思う。洛陽の消化で手一杯と成り、連合軍は董卓軍の撤退を阻止出来なかった。

 曹操様は帝の身柄を確保する様に命じられた。帝さえ押さえれば都なんて何処にでも遷都出来る。最悪でも帝の死体を確認しないと連合軍は矛の納め所を見失う。こうして俺は都を駆け回る事に成った。

「まぁ、家臣なら仕方無いか」

 俺は陳宮の案内で目ぼしい隠れ場所を探した。しかしもぬけの殻か焼け落ちていた。

「今はあの趙雲の御子息ですか。言っては何ですが数奇な縁ですね」

 陳宮と一緒に騎乗していた俺は彼女にそう言われた。

 少し子供っぽい印象があったが、陳宮と一緒に乗るのは少し速まったかもしれない。行く前に、きりりとした眉根を寄せた春蘭様から睨まれた。美人なだけに怒ると無茶苦茶怖い。目力だけで圧倒されてしまう。

「ああ、そうだな」

 事実その通りだし苦笑するしかなかった。

「ま、親は選べないしな」

「……そうですか」

 気付けば辺りの火の勢いは衰えていた。見通しと風通しが良くなっている。

 石造りの外壁は残っていたが、大抵は木造建築なので空襲の後みたいに焼け野原が広がっている。たまに焼け焦げた死体を見かけるが、その数は少ない。

 まさか、こんな所に帝が放り出されている事も無いだろう。居たら今頃、死体の仲間入りだ。

 足元は焼け跡の瓦礫ででこぼこしていたが馬は気にせず走り続けた。

 焼け残った井戸で休憩を取る事にした。馬を止めて水を与えようとすると──井戸の底で「それ」が光っていた。

「陳宮、これってあれか」

 顔から血の気が失せた表情で陳宮は指差した。

「ち、趙統殿、それは伝国の玉璽ですぞ!」

 全てを手に入れるか、失うかの鍵だ。何でそんな物を井戸に沈めてたんだと思った。

 拾得物をネコババしたりはしない。とりあえずは本陣に戻った。

 最初、荀文若様に提出した時、口をぽけっと開けていた。普段とのギャップで可愛らしく感じて、失礼ながら笑ってしまった。

 俯いて猫耳フードが顔を隠していたが、その後、呟かれた。

「殺すわよ」

 ぞくりとした。そして春蘭様の言葉を思い出す。この方は軍師として優秀だが性格に難があるのだった。賢いだけに敵に回して目をつけられたら人生が終わるだろう。

「先ずは『これ』を手に入れた理由を簡潔に報告しなさい」

 ドライアイスの様に冷たい目で余計な事は言うなと圧力をかけられた。マジで怖ぇ。

「井戸で拾いました」

「……意味わからないわよ! 何で国璽が井戸から出て来るのよ」

 荀文若様は叫ばれた。見つけた時に陳宮も叫んでいた。そう言う物か。

「桂花、うるさいぞ。何を騒いでるんだ。ん、烏龍帰ったか」

 天幕から春蘭様が出て来た。

「……はぁ、予想外の拾い物をして来たわね」

 春蘭様に取り次ぎされて曹操様に直接報告をした。

「でも馬鹿共の目眩ましには最適かしら」

 曹操はニヤリと笑われた。

 結局、連合軍は都を解放したが帝を助ける事も、董卓様の首級をあげる事も出来なかった。

 董卓様は帝の食事に眠り薬を入れて眠らせ、長安に連れ去ったのだった。

 曹操様から玉璽を差し出された袁紹は最高権力者の椅子を手に入れたと錯覚した。袁紹は政を欲しいままにした。連合軍に参加した諸侯で領地を配分、自らは(いにしえ)(りょう)(ちょう)(せい)を有する諸侯王として斉王の王号を名乗った。曹操様も(えん)州牧に任命されたから、それなりに恩恵を受け取ってはいる。

「斉は周の軍師、太公望に与えられた国だったわね。麗羽は漢を支える忠臣とでも言いたいのかしら」

「袁紹殿は韓信(かんしん)かもしれませんね」

 曹操様の言葉に程仲徳様は応えられた。

「ふふ、それは韓信に失礼よ。精々、黥布(げいふ)が良い所よ」

 韓信、黥布は共に高祖劉邦に従い秦を滅ぼし、楚王項羽を倒した後に反旗を翻し討たれた人物だ。ああ、黥布は項羽から劉邦に主を変えたんだったか。

 このまま曹操様が袁紹に従ったら、影の支配者としてウハウハで人生勝ち組路線だろう。

 ──けど、我らが主君は誇り高い。

 媚を売るキャラを演じきる事はしなかった。我が道を行く。

 愉快な海賊王と違い、覇王の道を進む曹操様は孤独だ。いってみれば究極のぼっちだ。家臣と友には線引きがある。だから常に何かしら思案されている。したがって凡夫と違う決断力を持つのだ。

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