楽綝伝   作:キューブケーキ

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蛇足エターナル

 袁紹と言うレイドボスを退け、()渤海(ぼっかい)郡の南皮に俺達は残党狩りの兵を進めていた。滅びるなら最期まで諦めず、華麗に足掻いてくれる。相手に誇りを曹操様も求めていたのだろう。

 袁紹の本拠地と言うだけに激しい抵抗を予想したが、主が所在不明の影響は大きく、渤海郡の城は開城して投降して来る者の方が多かった。

「袁紹は海に逃げて行方知らず。それじゃ、やる気も無くなるか」

 俺達は快進撃で意気軒昂。北国と言っても、少しも寒くないわい。

「名門袁家もこうなっては形無しですな」

「ああ、そうだな」

 今の時代、漢王朝の権威は失われている。俺の知る三国時代は秦の末期の様に、諸侯は古の国々を復活させ自ら王を名乗った。前回の曹操様も魏公、そして王に成られらたが帝位簒奪を望まれた訳では無かった

 歴史的に見て、蜀と呉は国と民を道連れにする事と成った。勝てば官軍、負けたら全てが否定される。

 今のままなら漢に地獄の門を開くが、最終戦争に生き残るのは我らだ。

 袁紹が行方不明ならそれでも良い。帰って来る家、南皮を落とせば今回のキャンペーンは終了だ。

「お前ら兵士は幾らでも生み出せる。必ず攻め落とす。その根性を示せ」

 俺は兵に発破をかけて気合いを入れた。

 兵士は物で消耗品。将も替えが効く。真面目な消耗品は、俯かず快く返事を返して来た。

「はい将軍!」

 消耗品とは必要な物だ。だから手当てと補償は確りとする。それが信頼関係だ。

 金、金、金。厭らしい事だが、これで良いんだ。

 同じ人間として見ては、気疲れする。あれこれ目移りしては駄目だから割り切っている。

 ガバナンスから考えても、広がる世界の為に犠牲は活かされる。優しさはまだいらないって事だ。

 友軍の激しい攻撃に敵兵は士気を下げていた。

 持ち場を離れるな叱咤激励をしていたが、外郭の戦線は切り崩されている。

「皆殺しだ!」

 逃げ出そうとする敵の背中に、俺は煽り立てた。

「敵は何人であっても対等の扱いをするな。尊厳を汚せ、倫理観を忘れ常識を捨てろ。害虫を焼き尽くせ!」

 これだけで逃げ出す奴は増え、城門から雪崩を打って侵入した。

 城内をぶらついていると倉から金品を運び出す連中と遭遇した。袁家の兵達だ。

「おうおう、主家が滅びるどさくさ紛れに略奪か」

 悪びれる事なく反論して来た。

「袁家再興の為にもこの金子は頂いていく。我々は漢の解放を掴みとるのだ」

「言ってる事が滅茶苦茶じゃねえか」

 今、何の話をしてるか考えたら分かる。恥ずかしく無いらしい。

「ああ、もう良い。話すのも面倒だ」

 相手は50人ぐらいだが、軽く皆殺しにして金品を押収した。

 後で従卒に聞いたら返り血が臭くて4回ぐらい俺の衣類を洗濯をしたらしい。

 南皮の陥落を以て渤海郡は制圧され、()州は勢力圏に入った。これで曹操様は河北を手中に収めたわけだ。

 曹操様は北の対抗勢力をほぼ一掃された。残る脅威は少ないが、この後は兵馬を整え次の戦に備える事になるだろう。

 一段落着くと、曹操様は仰った。

「二人とも休みをあげるわ」

 曹操様は気を利かせてくれたのか、俺と春蘭様に連休をくれた。

 休みに映画を見る。ゲームをする。そう言った娯楽はないからか、酒を飲んで子作りをしてぼこぼこ子供が出来る時代だった。

 俺と春蘭様の間に会話はそれほど多くない。

 男は背中で語るとかそう言う事じゃない。それなら春蘭様の背中の方が戦場での物語を纏っている。

 熟年夫婦で子供も成長して独立し、やるだけやった人生だったからだ。

 今さらときめきとか何を求めるか難しい。このままで良い。

 でも身長とか中々、伸びないのが悩みか。

 全然、やる事が無い。

 目が合った瞬間、俺の腹が鳴った。

「今夜どうだ」

 僅かに微笑んで春蘭様が仰った。

「何がですか?」

 すると頬をほんのり染め上げた春蘭様に脇腹を殴られた。

「分かってるだろう。久し振りに私の料理をお前に食べさせてやる」

 理解したが肉体言語は勘弁してくださいよ。ちょっと前の俺ならあばら骨が折れているだろう。

 そんなこんなで貂熊(ウルヴァリン)を捌いて料理を始める春蘭様の手伝いをした。

 俺も手伝ったとは言え、春蘭様の手料理を食べてると、料理の腕もここまで成長したと感慨深い。

 前回の事だが、我が子を危うく殺しかけた春蘭様は料理の練習をして貰った。料理の味付けは、さしすせそ云々より味見が済んでからだ。

 思い返すと、俺の胃袋を掴んだのは、妻である春蘭様より流琉(るる)の方だったな。先に死んだから二度と味わえなかったが。

 

 ☆

 

 夜、春蘭様の胸に頬を寄せて休んでいた俺は突然に思い出した。

 悩んでいた事が『ミソ』みたいだ。

 思い出すと、懐かしい味が無性に欲しく成った。それを再現出来る料理人は限られている。

(流琉をうちで雇うか)

 春蘭様は、ただ側に寄り添ってくれるだけで良かった。料理の腕は求めていない。

「昨日は良かったか? 今日はどうだ」

 翌朝、春蘭様に料理の味を尋ねられた。

「有難うございます。今日は人と会って来ます」

「そうか」

 食事の用意はいらない。だけど俺は最高の料理人を口説き落として連れ帰る予定だ。

「春蘭様に満足頂けると思います。だから楽しみにしてください」

「うん? ……うむ」

 よく分かって居られないが構わん。

 流琉には飯を奢って貰う約束をしていた。だから会いに行く口実は十分だ。

 うきうきとした気分で訪ねて行くと、季衣(きい)は出かけていて留守だった。目的は流琉なので問題ない。

「あ、来てくれたんだ」

 迎え入れてくれた流琉は相変わらずヘソ出しの健康的な格好をしていた。

「軽く何か喰わせてくれ」

「はいはい」

 椅子に座り、流琉の背中を眺めた。髪型と服装も変わっていない。記憶のままだ。

(今度は死なせたくないな……)

 暫くして振り向いた流琉は、鳥の入った(かゆ)を持って来てくれた。春蘭様の手料理は濃かったので、あっさりした粥は胃に優しい。

 食事を堪能した俺が後片付けを手伝っていると、流琉が呟いた。

「……烏龍は、一緒に試験を受けた烏龍だよね」

「えっ」

 ドキっとして、驚きに目を(みは)った。俺の反応に流琉は、ゆらりと近付いて来る。

「やっぱり覚えていたんだ」

 瞳から涙が零れ落ち、とうとう流琉は泣き出した。

 季衣が留守で良かった。居たら何を言われた事か。

 頭を撫でる事も、抱き締める事も出来ないし、どうしたら良いのかあたふたした。

 しばらくして眼を泣き腫らした流琉はぽつぽつ語り出した。彼女にとって二度目の人生の事、記憶があった事。

「季衣は覚えてなかったけど、私は覚えていたよ」

 心の準備をする前に打ち明けられた。

 俺は平静で居られなかった。前回、死に目を看取った訳だが、後悔の感情が沸き出して来た。

「助けられなくてすまなかった……」

 最後の時を忘れられない。だから謝った。

 流琉は俺の手を握り締めて首を振った。

「ううん。私が弱かっただけだから」

 逆に気を使われた。つくづく良いやつだ。

「……そうか」

 手のぬくもりが懐かしさを感じる。

 そうだ。子供が出来たら、流琉の婿にしてやろう。春蘭様も賛成するだろう。

 少し顔を赤くしたまま流琉は訊いて来た。

「何か食べたい物はある?」

「今日はもう良い。だけど期限を決めないなら味噌だな」

「ミソ?」

 流琉に相談したら、文献を色々と調べ始めた。

「秦の時代に似たような物があったそうね」

 ちなみに食材、調味料や化粧品、装飾品は、平成の日本に存在した基本的な物が揃っていたのに味噌だけは存在しなかった。

「作れるか?」

「私はやってみたい」

 料理人として刺激に成ったのだろう。それで誘いかけたら、我が家に逗留してくれる事と成った。

 料理の必要経費は俺の蓄えで賄える。

「季衣には伝言頼んでおくから良いよ」

 流琉を連れて帰ったら殺されかけた。

 嘘をつかない人なんて居ないし、俺も嘘をつく時もあるけど「この裏切り者!」と春蘭様にキレられたのはびっくりだ。

 愛情は容易く恨みや怒りに変わる。落ち着かせて話を聞くと、妾を囲うのかと問い詰められた。

「誤解ですよ」

 赤く成って俯いた春蘭様は可愛らしかった。

 流琉の料理の腕前で納得させれたし、誤解も解けて良かった。

 

 ☆

 

 大きな希望を信じて曹操様は大躍進する。休み明け。反動勢力の撃破、掃討し地盤を固める戦いに参加した。

 西の大国、益州の劉焉はなんやかんやで範、誕の二子を失い悲嘆に暮れていた。幸いにしてうちに攻めて来る可能性は無い。

 この機会に劉焉の力を削ぐ為にも、俺は向こうの経済圏を混乱させるべく偽金の製造を進言した。偽金が出回れば権威は失墜し、正常な経済活動は阻害される。

 荀文若様や風様は、世間から後ろ指をさされる事だが承認してくれた。

「華琳様に迷惑はかけられないから、私の権限で認めるわ」

 眉をひそめて睨まれたが、主の代わりに泥を被る。流石は軍師様だ。

 風様にくいっと裾を引っ張られたので顔を向けると、にっこり微笑んで見上げて来た。

「頑張って下さいね」

「え」

 この瞬間、俺は偽金の製造からばらまく事まで任された。

 自分で言い出したのだから仕方がない。……それに定時に帰れるからまあ良いか。

 漢の通貨である五銖銭は銅銭から鋳造されていた。偽金製造に当たってこれを鉄銭か鉛に変えてしまう事を考えた。

 原料なら心配いらない。

 昔、学生だった頃の遠い記憶だが、支那大陸は豊富な天然資源が眠っており、外貨獲得と経済を支えていたと教わっている。鉱山や産油地帯を手に入れれば曹操様は何年でも戦えるだろう。

「偽金を作れやって……。事の真相が他所に知れては不味いなんて物と違うやろ」

 餅は餅屋、素人は下手を打ちやすい。技術者である李典さんに相談した。

 眉をよせて思案する李典さんに俺はもう一押しした。

「はい。それでもお力添えを御願いします」

 偽金の製造に発明家としての矜持は傷付いているだろうが、勝利の答えは一つ。相手を倒す事。その為には手段を選んでられない。

 これも曹操様の実現する明るい未来の為だ。

「そこまで決意が固いなら仕方ないな。その代わり、予算はケチケチしたらあかんで」

 蒼い瞳を(またた)かせると、李典さんは俺の要請を受け入れてくれた。その瞳には諦めの色合いを帯びていた。

「勿論です。仕事は慈善事業ではありませんし、軍師の皆さんの承認を受けてますから、予算請求は通るはずです」

 これからやる事が山積(さんせき)している。偽金の量産が始まった時に備えて、ばらまく算段も着けないといけない。

 

 ☆

 

 すっかり日が暮れていた。

「あー、疲れた……」

 定時で帰れるはずが、偽金の生産ラインが確立されるまで工員の手配や関係部門との調整でてんてこ舞いだ。

 金庫番である曹洪(そうこう)様が杓子定規で面倒だった。

 漢は法治国家なので規律は厳しい。規則、秩序を乱すと、路頭に迷わされる。俺の場合、幽州と言う地盤があるから地獄を味わう事は無い。しかしポケットマネーで賄うには多き過ぎる。

「お姉様の許可を得てから来なさい」と請求をバッサリ切られた。軍師様達は話を通してくれて無いのか。マジ勘弁してくれ。

「はぁ……そう言えば、今日は昼飯食ってなかったな……」

 気だるさを覚えながら家路を歩いていると、我等が猫耳軍師様をお見かけした。

 帰宅される所だろう。声でもかけようとしたら、とんでもない呟きが聞こえた。

「ああ……この道で裸になったらどんなに気持ち良いか……」

「え?」

 荀文若様は我等が主の寵愛を受けており、攻めより受けな気質と言う事は薄々知っていたが、いくら暗くなったと言っても、街中で自分の性癖を口走るのはヤバイだろう。

 俺の声に反応して、荀文若様はばっと顔を向けて来た。

「あ、どうも」

 無難な挨拶をして、俺は何も聞いてませんって顔をした。

 普段、他の男性官吏が荀文若様に馬鹿にされ、キモいと罵倒される流れを散々見かけていたのだけど、自分が目の敵にされるのは勘弁して欲しいからだ。

「ね、ねぇ、あんた。何か聞いた?」

「いえ、別に。家で春蘭様を御待たせしてるので、早く帰宅する事しか考えておりませんでした」

 待ってるのは流琉だけど、そこは適当だ。

「そう。それなら良いわ」

「そうですか? では失礼します」

 よしよし。上手く行った。形通りの挨拶をしたが、数歩も歩かない内に声がかけられた。

「……待ちなさい」

「はい?」

 ぎゅっと拳を握り締めて、荀文若様の視線が険しい。

「あんたの『春蘭様』は国境の警備体制を視察しに出てるじゃない」

 そこに気づいたか! 内心で俺は舌打ちしたが、表情は変えずに答える。

「あ、そうでした。何か勘違いしていた様です」

 しかし荀文若様は俺の襟元を掴むと、何処にあったんだと言う凄い力で引きずる。

「うえっ!?」

「私、とても飲みたくなったの。今から付き合いなさい」

 良い笑顔だけど断れない圧力(プレッシャー)を感じる。多分、俺を酔わせて記憶を抹消する積もりだろう。

 こりゃ明日は確実に二日酔いだな───そして、その予感は間違い無かった。

 小料理屋で荀文若様に付き合わされて、どれぐらいの時が過ぎただろうか。周りの客も数を減らしている。

 軍師様は人より知識が多い。それだけに日頃の悩みも多いのだろう。頭の悪い部下がいると苦労するとか、男はいやらしい目で凝視して来るとか、大人に成ると男はどうして下半身でしか物事を考えないのかとか、あれやこれや愚痴も聞かされた。

 顎を反らして酒をイッキ飲みする荀文若様。付き合わされる俺もヤバ過ぎる。

(急性アルコール中毒で死んだら俺の魂は日本に還れるのだろうか)

 酔い潰される前に曹洪様の件を報告しておいた。

「……そう。予算は降りなかったの」

 いつものキツイ眼差しは影を潜め、目をとろんとさせながら荀文若様は頭を振った。

「ふぅ……」

 荀文若様の唇から酒気を帯びた熱い吐息が零れる。一方の俺は嘔吐感が抑えられなくなって来た。

「どんな手を使ってでも、華琳様の天下を手に入れる。その為に私達は手段を選べない」

 囁く様な声でそう仰ると、荀文若様は箸をつまみに伸ばし口に運ぶ。

 曹洪様の財布が堅い。桃香ののほほんとした顔が脳裏を過った。

「こうなったら幽州から金を吐き出させる事にします」

 張勲殿にも文を送っていた。今は()州で袁家の旧臣を取り纏め、統治に協力してくれている。幾らか人手を此方に送って貰えたら助かる。

 忙しい生活も命のやり取りをするよりはましだろう。

「ん、荀文若様、ちょっと、席を外します……っ」

 店の外で吐こうと俺は席を立った。

「……ん」

 が、服を掴まれた。

「荀文若様?」

桂花(けいふぁ)

 ぼんやりとした頭にもそれが真名だと言う事は理解出来た。

「……風や春蘭達も真名を許してるし、真名を呼んでも良いわ」

 ぶっきらぼうにそう仰った桂花様の頬が赤らんでいるのはアルコールの為か。

 受け入れられたのか分からないが、俺は吐く方が優先だ。

 少し吐くと気分がマシになった。

 桂花様は俺より酒に強い。底無しで、本当うわばみだな。

「春蘭とは上手く行ってる?」

 甘ったるい吐息を吐きながら桂花様は尋ねられる。

「お陰様で」

 無難な答えを返しておいたが、結婚とは見知らぬ物が待っているから、道無き道を行く事だ。

 一方で快楽の為だけに遊びまくって、配偶者でもない相手をボコボコ妊娠させる屑も居る。

「そう言えば、民の中絶を考えたのですが、法で推奨を検討してはいかがでしょうか」

「何それ」

 頬を真っ赤にして相当、アルコールが回ってるだろうが、さすがは軍師様。話を把握出来ない程では無い。

「ええ、つまりですね、病気や障害を持つ劣等な子孫は残すべきではありません。それは家族だけの問題ではありません。長期的に見れば社会全体への負担が増え、生産力は低下させ国家の損失です。賊徒に犯されたり望まぬ妊娠をした女性を守る意味でも、出生を防止する事は国益に合います」

 未来を担う子供だが、社会基盤である日々の暮らしを守るために今立ち上がる時だ。

 実際、支那は人口が増えすぎた為に抑制しようと一人っ子政策を始めたが、その影で黒孩子の奴隷問題が存在した。やるなら徹底的に始末すべきだった。

 振り返れば、弱者と言うお荷物が国家を押し潰そうとする社会が待っている。社会の底辺、無能で役立たずの屑を真面目に働く者が負担する。それは若き力を無駄にする事だ。

「本来、民の数は多いほど良いのですが、子孫を残せる者を国が選別し管理しないと、いずれ食料不足などの問題も発生するでしょう。でも民の心はまだ幼い。今の内に法を整備し育む環境を作れば、曹操様の覇道を支える一助と成るでしょう」

 一人一人の幸せを守れる優しい社会を作る為、生ゴミを始末しないと匂う。

 どんな理由があって弱者は存在を許されない。中途半端に手を差し伸ばせば、負の連鎖を産み出すだけだ。その為にも貴女の応援が必要だと俺は訴えた。

「成る程……でも、やりきれないわね」

 軍師は推理せず事実を積み重ねて真実を導く。何が得で損か理性的な判断を下すだろう。

 それに、恵まれた者は何をしても許される。ついそんな考えが心に浮かんだ。

「その件は(りん)に話してみるわ」

 軍師の一人郭嘉(かくか)殿は、前からやたらと血を流していたし、病魔に蝕まれ余命幾ばくもないのかも知れない。汚れ仕事を任せるには最適の人材だろう。

 苦渋の決断か。曹操様の覇業成就の為に、俺達はやれる事は何でもしなくてはいけない。

 太祖劉邦に仕えた盧綰(ろわん)は功臣でありながら誅殺されかけて北へ逃れた。張良(ちょうりょう)以外の功臣は劉邦の猜疑心で死んだ様な物だ。狡兎死して走狗煮られる、であった。

 人は誰もが愛と憎しみの感情を持っている。二面性と言った方が正しいか?

 家族に見せる笑顔の裏で、一般親衛隊(アルゲマイネSS)やクメール・ルージュ、紅衛兵の様に虐殺や暴行、謀殺をしたり出来る。

 善悪の基準は人間が決める者だ。この世界の何処に正義があるって言われたら、俺のやる事は正義だな。

 報われない恋の様に報われなかった功臣達。曹操様はどうだろうか。

 

 ☆

 

 庭では弟切草の黄色い花が風に揺れている。ただの観賞用ではない。有事の薬草としての効能も考えて植生されていた。

 常に備えよの意識は大切だ。孔子も危険を警戒して、乱を忘れるなと言っている。

 武官は必要悪。武力闘争が無くても武官の仕事はある。汚い豚を地獄に堕とす以外に、警護任務があった。

「今日は董仲穎様の宴ですね」

 仕事は生活の糧を得る為だが、娯楽は気晴らしで不可欠な物であると思う。官吏にとって遊びも社交の側面があり、人との出会いや交流と言う面倒な時もある。

 今回は長安から董卓様が袁紹討伐成功を祝してやって来られた。「会いたいと言うなら、会ってやっても良いわ」と曹操様は軽く応じたと聞く。

 董卓様も一応は未だに漢帝国の相国なのだから、此方は歓待する立場だ。

「休みなのに何故、董卓ごときをもてなす宴に私達が参加せねばいかんのだ。華琳様の御下命だから仕方無いが」

 眉根が動いて、春蘭様の美しい唇から呪詛の様に文句が出た。

 春蘭様はお怒りだが、付き合いと言う物がある。おそらく向こうは、この宴で同盟の交渉でもしてくるのだろう。

 武官の筆頭である以上、広告塔として世間に顔を売るのも仕事の内だ。

「はい、そうですね。私も確りと御守りさせて頂きます。明日は家でゆっくりしましょう」

 宴には曹操様麾下の主だった重臣が参加した。外様の俺は宴席から外されて会場警備を指揮した。

 警備に気合いを入れるのも外に対する物だけでは無い。董卓陣営は仮想敵のままだからだ。

「お前には私の隣に居て欲しかったのだが」

「あはは」

 そう言われても、俺じゃ宴の接待には向いてない事を自覚している。

 この前の宴で曹操様から余興を求められ、北埼玉ブルースを披露してやったが反応は今一だった。それも影響して外されたのかもしれない。

 仕事が始まると露出の多い董卓の将、華雄殿が話しかけて来た。色々と戦場の話を聞かせてくれたが、俺は勤務中なんだよ。

 やっぱり俺みたいな見た目ガキが将やってると興味を惹かれるのだろう。

 呂布と陳宮が此方に降っており、張遼は裏切りを許していない。それで董卓陣営は意思統一出来るのだろうか甚だ疑問だ。

(華雄殿はその辺りに拘りを感じないのだろうか?)

 華雄殿がふと思い出したのか話題を変えた。

「朝廷に貴殿の御主君を王に任じると言う話が上がってるそうだな」

 年齢的にまだまだ背の低い俺は、華雄殿から見下ろされる形だ。

「ああ、らしいですね。最近、鎮東将軍に任じられたばかりなのに喜ばしい事です」

 官位は権威着けする物だが、皇帝自ら決める事など無い。朝廷に協力者を抱き込んだむ工作が上手く行って上奏したからだ。

 王と言えば貰う知名も支那の歴史上パターン化してる。曹操様の場合はやはり魏か。

「逆臣袁紹を誅した武勲は大きい。(ゆえ)様も心穏やかに過ごされて居り、我等、家臣一同も感謝している」

「先の戦は袁紹の策で誤解がありました。これからはそちらと良い関係を築きたい物ですね」

 人を呪わば穴二つと言うが、殺せば問題は解決する。最大派閥の袁家が滅び、董卓陣営の障害は存在しない。あるとしたら曹操様だが、プラス思考で生き延びれば良いと思う。

「うむ。漢にとっても、ここからが我等の正念場だな」

 董卓様の軍師連中は、曹操様を味方に着けようとあれこれ動かれている。でも曹操様に気遣いされてる様でも自分達の風上に立てる気は無いらしい。

 実際に董卓様を相国から太師にと言う動きがあった。権力の集中で増長、専横と言われても仕方が無い。

 だけど漢の権威は下がり時代は変わった。曹操様は薄っぺらな権威や官位の肩書きに頼らなくても、漢の東に影響力を持っている。何時の時代も土地を持つ者は強いのだ。

 今更、皇帝の権威がどうしたと言えたが、電撃的な和解が成った。今回の会談がどう纏まったのか知らないが、見送りを済ますと軍議が開かれた。

「烏桓と手を組んだ袁家の残党が活発に活動してるのは知ってるわね」

 幽州の西端に位置する代郡は 小さな集落が点在する他に大きな産業を持たず、異民族に備える緩衝地帯と言う戦略的価値以外で漢にとっての重要度は低い。

 一方で異民族による襲撃が散発的に行われているので、幽州では度々、討伐の兵を差し向けていた。

 烏桓の首魁は蹋頓(とうとん)と言う奴らしいが、マイナーなMOBキャラの知識まで無い。

 そこで曹操様は異民族を臣従させるべく討伐を行う事とされ、今回は董卓陣営から張遼殿も参戦なさると言う。補給は幽州で秋蘭様が手配された。

柳琳(るーりん)、虎豹騎の活躍を期待してるわ。それと恋、食費分の仕事はしなさい」

 曹純様と呂布が第一陣として送られる。

「……ん」

 呂布の素っ気ない返事は無礼だ。曹操様は微妙に目を細めたが、その感情は俺に読めない。

(もう少し愛想よくしろと思うが、感情の起伏が少ない奴だし仕方が無いか)

 呂布は曹操様から直参扱いを受けているが、主従の意識は希薄で貢献していない。

 それよりも呂布と董卓陣営の者を会わせて大丈夫なのだろうか? 此方はともかくとして、向こうにとっては裏切り者だ。何事も無ければ良いが。

「二陣は、幽州から兵を出させる。趙統は連絡、調整に当たれ」

「はい!」

 対袁紹戦では北から中山郡や河間郡を脅かしたり、渤海郡に圧力をかけた幽州組の出番だ。

 久し振りに桃香達と再会するが、やはり土産を用意した方が受けは良いだろう。

 課業終了後、適当に流行の菓子や装飾品を買い求めた。浮気では無いのだから何ら恥じる事は無い。むしろ円滑な人間関係を構築する事が戦に必要な事だ。

 だが、いざ買い物をしてると誰の目があるか分からない。春蘭様の分も買っておいた。

「今月は貯金を切り崩すか……」

 財布の中身が寂しくなった。別にその事は後悔してないが、明日からは節約を意識しようと思った。

 

 ☆

 

 幽州の広陽郡にある(けい)(えん)の都だった頃から行政の中心地で、この地域に羊や栗は多いが嗜好品は少ない。しょせんは地方都市で文化レベルは低く、豊かな暮らしとは程遠い田舎だ。

 ま、無辜の民を戦に巻き込まないと言う意味では、それなりに上手くやってる様だ。

 庁舎を訪れると、桃香は侍女や官吏を下がらせて人払いをした。

「趙統君っ、会いたかったよ!」

 抱き付いて来たが、鬱陶しい。額を叩いて引き剥がす。

「痛いよ」

「はいはい」

 盧植の門下生ではあったが桃香の戦は上手く無い。紙上談兵で歴史的に見れば戦下手な方だ。常々、何かあった相談しろと言っているが、足を引っ張られてはかなわない。

「それと、お土産」

「あ、これって阿蘇阿蘇に載ってた服でしょ。ありがとう!」

 腕に土産の服を抱き笑う桃香。もう、お土産に意識が行って、叩かれた事を忘れてる。本当、鳥頭だな。

 人は寂しさから不安を覚える。軽く雑談を交わし親交を温めてから本題に入った。

「知ってるだろうけど、今なお、民に塗炭の苦しみを与えているのが袁家の残党だ。今回、こいつらを討伐する。桃香ちゃんも協力してくれるよね」

 今回も桃香はお飾りで、金と人と物だけを出させる。

 俺が桃香から兵をもぎ取っていた頃、曹純様と呂布は代郡に入り、中部の且如から東部の馬城までの連絡線を確保すべく行動開始していた。

 挨拶を終えて廊下に出た俺の背を、桃香の声が追いかけてくる。

「趙統君、や、これ(ほど)いて! 解いてっ!」

 次はいつ会えるか分からないからと甘え様とする桃香を、椅子に縛り着けて執務室に放置した。団鬼六先生とか特殊な縛りは俺の趣味じゃないので、簀巻(すま)きに近い。

「桃香ちゃんは留守を頼むよ。それじゃ」

「えっ、嘘、本当に行っちゃうの!?」

 もし春蘭様と出会って居なければ違った選択が出来ただろうか。

(それでも、あのパープリンは無いな)

 関羽と諸葛亮を兵と共に引き抜いて、俺は先ずは西部都尉の治める高柳に向かった。ここでは陳宮が先行して情報収集に当たっている。合流して態勢整理を行う予定だ。

「この辺りは戦国時代に趙の支配地だったそうです」

 呑気に諸葛亮が講釈を垂れてくれたので、俺も話に乗りかかる。

「たしか都は邯鄲(かんたん)だったか?」 

「秦の末期には賊軍を防ぐ為に章邯(しょうかん)が破壊したそうです」

 じっと見つめて来る諸葛亮は、俺に何かを気付かせようとしていた。

「胡服騎射を生み出した土地柄でもある。油断は出来んな」

 これが正解だったのだろうか。ぱっと顔色を輝かせ喜んだ。この程度で喜ぶと言う事は、あれか。桃香では物分かりが悪くて苦労したのだろう。

 そして行く先の街は襲撃を受けていた。

 街は河を背にしており、敵は三方向より攻撃を敢行している。雑多な烏合の衆と言っても、残党にしてはかなりの数だ。

「やるじゃねえか」

 一方で味方の兵は多くないが、感状の授与に値する勇戦ぶりを見せている。陳宮は来攻を予想していたのか、我に利した地形を確保して防御を行っていた。

 俺は躊躇せずに馬を駆けさせ河に飛び込ませた。渡河中に反撃を食らったとしても気にしない。

 誰かが困っていたら恩を売るチャンス。今回も実践する。

 渡ってしまえば戦勢は此方の物だ。攻囲する敵に騎射しながら当たらせた。俺も氣弾を撃ち込んでいるが数が多く、瞬殺じゃいとは言えなかった。

 その間、随伴する者は諸葛亮に任せて荷駄の警戒をさせた。

「今回の戦、上手くやったら此方に呼んでやる」

「お任せ下さい」

 幽州で遊ばせておくには勿体無い連中だ。曹操様のお膝元で働ける。その事に感激し奮起していた。

 数こそ多いが士気は高くない。敵の撃退は簡単だった。

 俺達の奇襲効果はあった。街を奪取する攻撃の一角が崩れると敵は、第二陣を前進させる前に支離滅裂と成った。

 敵にとって身を隠す場所は無い。北に脱出経路を選び、必死に退却した。

「手柄の稼ぎ時だ、どんどんぶち殺せ!」

 人を殺せば英雄になれる。それがこの世の理だ。

 ある程度、追い払うと斥候に追跡させながら、散らばった部下を集結させた。

「有難う、有難うございます!」

 街の陥落、略奪と皆殺しを覚悟していた住民にとって俺達は救世主だ。熱烈な歓迎を受けたが鬱陶しい。俺は先を急ぐんだ。

「んほぉ!?」

「嫌、やめて!」

 捕らえられた捕虜がリンチを受けている。エロい事もされていた。

 近代に至るまで世界はホモの理想郷だった。従って女尊男卑のこの世界では逆バージョン、女性同士の恋愛(百合)がまかり通っている。女に襲われる女も目撃出来た。

「んー、非生産的だな」

 そう思いながらも、俺は止めない。報復は人として当然の権利だからだ。

「将軍」

 部下に促され、視線を向けると陳宮がふらつきながら報告と謝罪に来た。そもそも陳宮を責める積もりは無かった。

楽綝(がくちん)殿……いえ、趙統殿。御手数をおかけして申し訳ありません」 

「気にするな。それと、ややこしいなら烏龍(ウーロン)で良いぞ」

「何と! ねねに真名を御預け下さるのですか!」

 その顔にはすぐに笑みが浮かんだ。

「そちらの真名も預かっていたからな」

 でも実際、呼ぶかどうかは別問題だ。

 妹みたいに思っているが、真名の拘束力は大きい。

 異性なら、本来は婚姻する相手や家族だけだ。だから愛は平等に与えない。これも一人の女に入れ込む為の契約だった。

「俺達はこのまま追撃し敵拠点を叩く。お前は寝てろ」

 顔色が悪いのに無理はさせられない。

「しかし、烏龍殿」

 陳宮の頭に手を置くと、軽く叩いて俺は、勝ってくるぞと勇ましく出発の号令をかけた。


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