楽綝伝   作:キューブケーキ

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そのまた続き

 公孫賛の応援で行った賊の討伐はあれで終わりではない。領内に侵攻する黄巾賊は絶え間無くやってくる。まるでゴキブリ、いや『一寸山河一寸血、十万青年十万軍』を地で行ってる連中だ。

 対する官軍の将兵だが、勇気と能力にも限界があった。

 人海戦術は勇者達の歴史に残る戦い方だ。命を賭けて敵に傷を与える。忠義、忠君、愛国心、家族愛等の発露である。だけど戦いで遠慮はしない。相手の事情など知った事ではない。老若男女の区別無くぶち殺すだけだ。

「気合いを入れろ。逃げる臆病者は肛門にネギをぶっ刺すぞ!」

 俺の脅しに兵は緊張感をたぎらせる。

「槍働きで武勲をあげるのは武人の本懐ですが、こうも敵が多いとうんざりしますな」

 血糊の付いた槍を拭いながら趙雲はぼやいた。その言葉に意外さを感じて俺は聞き返した。

「闘うのが好きなんだろう?」

「心外ですな。私とて争いばかりを好む訳ではありませんぞ」

 俺とは違うと言いたい様だ。

「そうか」

 この時代の戦争は兵力の半分以上を失っても、将さえ生き残れば戦い続けられた。逆に言うと、相手の将さえぶち殺せば戦は終わった。

 努力と言う物は、才能の無い者が努力をしても芽は咲かない。

 だが主君への忠義は違う。忠義の者は死んでも語り継がれ永遠に忘れられない。

 民の税は名誉と言う無駄に思える物にも使う。残された遺族を厚遇する事で、忠誠心を買う事が出来るからだ。全部、経費として落とせる。

 だから兵士は代えの効く消耗品だった。

「問題はいつまでこの戦が続くかだな」

 趙雲もため息混じりに答えた。

「そうですな」

 やっぱり戦争は数だね。幾ら一騎当千の将が揃っていても、不眠不休で戦い続ける事は不可能だ。いつか数に押される。消耗品相手に将を失っては割に合わない。

 ならば敵の出所を叩くしかない。反乱鎮圧ってのはそう言う物だ。

「賊は麗羽の支配地からやって来てるわね」

 麗羽とは袁紹の真名で曹操様と公孫賛は真名を許されていた。袁紹は宦官の係累である曹操様にも友人として接する器量を持っていた。はっきり言って曹操様は汚い血筋だ。清濁併せ呑むとは袁紹も侮れない。

「麗羽のやつ、私に押し付ける積もりだな。どうしたら良い?」

 公孫賛の相談に曹操様は答える。

「それじゃ、麗羽の所に出かけてみましょうか」

 例によって越境作戦による討伐だ。

 曹操様は他の領主に比べて地下の奴隷、罪人を使い潰す事で国力を上げている。寄付名目の賄賂で朝廷内での評判も良い。後ろ楯を考えれば、袁紹でも申し出を断る事は出来ない。

 曹操様に訊く機会があったので一度、捕虜の取り扱いについて尋ねたみた。

 その時の答えは簡単明瞭だった。

「感傷は禁物よ」

 賊は野蛮な獣。そう言う事だった。

「心は傷まないわ。奴らは獣なのだから、罰しなければ歯止めが効かない」

 曹操様は、俺達家臣の前で冷酷と狡猾さを隠しはしない。それでこそ春蘭様や秋蘭様が惚れて仕える主だ。俺も全力でその覇業を支えようと思う。

 指揮官の務めは戦場での指揮ばかりではない。春蘭様の丸投げする事務仕事もその一つだ。

 事務仕事の合間、お茶を持ってきてくれた劉備と談笑していると、曹操様が秋蘭様を伴って来られた。劉備は一礼して部屋を出て行った。

「あの娘は?」

 興味を引いたか?

「私の従者です」

 何でもない風に流す。もし求めて来たら、恥を知れと罵る積もりだった。イエスマンを求めるワンマンな上司だと逆効果だが、曹操様は気高い心を持っている。誤りを正す事は部下の務めだからね。

「そう。楽綝(がくちん)、麗羽の所に向かう兵はお前に任せるわ。それと今回は張飛も連れて行きなさい」

 俺は真名を許されては居ないが、行動力と決断力、能力は一人前の将と認められていた。

 曹操様は公孫賛の領内で討伐を引き続き行うと言う事だ。あっさりしてるな。

「はい閣下」

 張飛は可愛そうな子供だ。親も無く家族は居ない。

 歴史とは欺瞞と虚偽で作られている。張飛は疑似家族に洗脳され戦場で戦った。

 幼い子供の手を血に染めて平然とする劉備や北郷はやっぱり畜生にも劣ると思った。

鈴々(りんりん)は鈴々なのだ。宜しくなのだ」

 その後、張飛が俺の部屋に挨拶をしにやって来た。身長は俺より少し上位か。

「ああ、俺は楽綝(がくちん)だ。それとそこは『宜しくご指導お願いします』だ。目上に対する口の聞き方を間違えるな。苦労するぞ」

 はっきり言って張飛はあほの子だ。環境が悪かったのだろう。

 信用するほど指揮官としての能力はない。あくまでも武人だ。劉備や関羽との絆から言えば信頼は出来る。

 だから何かあったら俺に聞けと伝えた。あほは無い頭で考えても無駄だからだ。

 兵士には兵士の仕事がある。将来的に将軍や軍師として働かないなら、教えても無駄な事がある。

「わかったのだ」

 張飛は素直で、柔軟性が美徳だな。子供に頼られるのも悪くはない。

 張飛はそれから楽綝、楽綝と俺の名前を呼んで犬ころみたいに付いてくる。可愛い物だ。

 公孫賛側からは兵だけ出して来た。将が少なく趙雲の様な客将を雇っている位だ。仕方無い。

 支援が無くても戦えるが、無いよりはあった方がましだろう。そう言う物だと考えた。

 

 ☆

 

 今回は逆賊に聖域は無いと知らしめるべく、袁紹の支配地である冀州に兵を進めた。勿論、事前に使者を送り袁紹から許可を貰っている。袁紹からの連絡幹部である逢紀が監軍の地位で参陣していた。

「本初様からは好きにやって良いとの事です」

「それは有難い。宜しくお伝え下さい」

 袁紹は傲慢な性格だが高潔な所もある。それでも配下には私腹を肥やす悪官が存在した。そうした悪官に虐げられて匪賊に成る者も少なくなかった。

 逢紀の報告を受けて陳宮は把握した状況を説明してくれた。

 だけど張飛は顔をしかめて唸っている。

「う~難しい事は分からないのだ」

 普通の転生オリ主なら張飛の頭を撫でてハーレム要員にするのだろうけど、俺は違う。ガキはガキだから理性で歯止めが効かない。嫉妬で殺されたらたまらない。欲をかいても命取りに成るだけだ。そう言う事で無駄にフラグを立てる必要は無い。

 そんなこんなで、同じ背丈の張飛を慰めるのに頭を撫でるのもあり得ないので、俺は「そうか」とだけ流した。

 陳宮は張飛をあほだと無視する事にした様だ。波風立たずに正解だ。俺は陳宮に向かい小さく頷いておいた。

 冀州の賊軍は袁紹の華麗な軍隊を相手にせず、農村部に隠れていた。斥候が追跡した結果、賊に協力してる村を幾つも発見した。敵の支配地域ってやつだな。

 こちらの提出した証拠と証言で、袁紹は動いた。

「斗詩さん、猪々子さん、やっておしまいなさい」

 袁紹の二枚看板と言われる顔良、文醜が討伐に投入された。俺も袁紹軍を支援して参戦した。

 張飛も曹操軍の将として最前線で活躍した。相手は犯罪者予備軍ではなく、犯罪者でテロリストだ。テロリストとは交渉しない。それが社会の常識だ。

「うりゃうりゃうりゃうりゃ」

 張飛は丈八蛇矛を振り回し、無慈悲な連撃で肉塊を量産して行く。咆哮や唸り、雄叫びは喚声で自らの士気を高める。敵の悲鳴や呻き声、泣き声も興奮をたぎらせる材料だ。

 戦場の空気。それは最高だ。

 吸い込むと豊潤な血の香りが肺を満たす。

 俺もヒャッハーと喚声をあげて気を身に纏いミンチ肉製造に加わった。

「脳みそごと吹っ飛べば痛みはあるまい」

 賊相手なら難しい事を考えずにスカッと殺せるのが良いね!

 敵は撃破し味方の損害は軽微。勝利とはそう言う物だ。

 袁紹軍は敵を包囲殲滅した。

「犬どもを殺せ」

 俺の指示で捕らえた捕虜の首が、老若男女を問わず斬り落とされて行く。

「ちい達何も悪い事してないのに!」

 叫ぶ女の頭を蹴っ飛ばしてやった。手加減したので死にはしない。

「グダグダわめくな。お前達が張角、張梁、張宝と言う事は分かっているんだ」

 何とか言い逃れて助かろうとしていた数え役満姉妹だが、俺の言葉に顔色を変えた。助かるとでも思っていたのか? 本当は、被害者や兵の憂さ晴らしに凌辱させても良かったんだが、首を斬る事で勘弁してやる。

「悔やんで死ね」

 三人の首は塩漬けで都に送られた。これが強欲な女達の末路だ。

 独り善がりの正義感と正義の違いは大きい。俺は正義なので、産まれたばかりの赤子は命を助けた。忠実な奴隷として育て、曹操様を支える駒にする為だ。それ以外は皆殺しだ。

 生ゴミは自然に還元され作物や樹木を育てる、屑みたいな賊の人生でも世界に貢献出来る。感謝して欲しいね。

「今回も我が軍の勝利ですな」

 陳宮の言葉に俺は笑みを浮かべる。袁紹軍と策の調整が出来たのは彼女のお陰だ。さすがは軍師だ。

「陳宮殿が助言して下さったお陰です」

 俺の視線から顔を反らして陳宮は照れた。

「ふ、ふん。当然の結果ですな」

 頑張れば出来るとかよく聞くけど、普段の生活で頑張らない人がいざと言う時にも頑張れるのだろうか?

 頑張ればテストで良い点数が取れた。頑張ればとか言っても頑張らない。

 それが俺だった。

 異世界に行けば心機一転頑張る。そう思っていたが、それでもどこか遊んでいた。

 劉備や北郷に出会って遊びは止めにした。チートキャラ相手に遊んでいては身が持たないからだ。

 俺は頑張る事にした。 

 結果、北郷を牢獄にぶちこみ劉備は侍女としてゲット。関羽と張飛を曹操様の配下に加え、俺達の未来は明るい。

 面子を潰してしまった公孫賛だが、しょせんMOBキャラだ。黄巾賊の残党討伐が終われば俺達も引き揚げる。

 さあ、これからどうなるか楽しみだ。

 

 ☆

 

 首魁を失った黄巾賊の反乱は鎮圧された。

 討伐に協力し、公孫賛と袁紹に貸しを作った曹操様は自領に引き揚げられた。

「春蘭様も、烏龍もお疲れ様でした」

 内輪だけの食事会を企画して流琉が手料理をご馳走してくれた。気が利くし料理も上手い、流琉は嫁さんに欲しいタイプだ。

 仲康殿と張飛は競って食べている。本当にガキだな。もっと流琉に対して感謝しながら味わえよと思う。

 秋蘭様は春蘭様の傍らで料理を差し出している。相変わらず仲が良いな。

 今回、俺の軍師を務めてくれた陳宮は、俺の隣で大人しく食事をしている。

 この席に曹操様が居ないのは上司と言う立場の遠慮だけではない。

 関羽に夢中だからだ。

 関羽は曹操様のお眼鏡にかなった。曹操様は狙った獲物を外さない。同衾こそしていないが、関羽の心を射止めようと贈り物をしたり厚遇している。

 だけど男も女も寵愛を受ける者の間では、嫉妬と憎悪による愛憎劇は日常茶飯事だ。

 新参者の関羽は曹操様の古参連中から蛇蝎のごとく嫌われた。食事にフケ、鼻くそ、針を入れられたり虐めを受けていると言う。

「本当ですか、春蘭様」

「ああ、桂花の奴が張り切って策を練っていたぞ」

 荀文若様ならやりそうだとは思った。リストカットとかの自殺に追い込む積もりか。嫉妬は怖ぇ。同性には迫られ、そして同僚には嫉妬で虐められる。ちょっとだけ関羽に同情した。

「私の料理にフケなんて入ってませんよ」

 冗談混じりに告げる流琉。

「分かってるよ」

 世の中には美女の糞を焼いて食って病院送りに成った強者も存在する。

 探せば流琉のフケ入り料理を喜んで食べる男も居そうだが、料理に誇りを持ってる者が自らの誇りを汚すはずもない。フケなんて、見方によっては料理人と料理を冒涜してるな。

「このデザートも美味いな。モンドセレクションで評価されるんじゃないか」

「モンドセレクション?」

 おっと失言だったか。適当に出任せで誤魔化す事にした。

「えっと、確か江戸の北町か南町か忘れたけど、奉行所の同心って言う役人だった中村主水っておっさんが甘党で、それにちなんだ甘味の品評会だったような」

 久々に味わう流琉の料理で胃袋を満たした俺は、北郷の顔でも見ておくかと地下牢に向かった。

「よお、生きてるか」

 北郷の場合、権力や社会に逆らい天の御遣いを騙った罪人なので他者と接触させる訳にもいかない。暗い牢に縛られているだけで、看守にカマ掘られる事も無い。

「おいおい、返事ぐらいしろよ。失礼だぞ」

 糞尿を垂れ流しにすると病気が流行り、他の罪人(労働力)が死んでしまう。それは迷惑なので飯とトイレだけは人並みに扱っている。

 それでも陽の光を浴びず牢に入れられていると精神が参る。栄枯盛衰か。かつてのイケメン主人公様は、痩せて病人みたいな体に成っていた。もう吠えたり噛みつく元気も無いらしい。

(何だ、もう壊れたのか)

 天の御遣いなら、自分の取った行動に責任を取らないとな。神様も見てるぜ。

 逃がす事も殺す事も出来ないなら、このまま死なない様に飼い殺しだ。

 

 ☆

 

 黄巾の乱終結後、大きな歴史イベントが立て続けに発生した。

 まずは天子様が崩御された事だ。

「流琉、水取って」

「はい」

 流琉から水差しを受け取り喉を潤す。

「それにしても、なんだな。知らない相手が死んでも悲しくはないな」

 喪に服せと言う事で仕事は休みだ。部屋でだべっていたが、流琉に嗜められた。

「駄目だよ、そんな失礼な事を言ったら」

 と言いながらもお互いに雑魚寝で本を読んでいる。この姿勢で喪に服すも何も無い。

「外ではな。昼はどうする?」

「えーっ、朝御飯食べたばかりだよ」

 まあ、降って沸いた休みをのんびりするだけだ。

 そして大将軍の何進様が都より逃れてきた。宦官の兵に襲われたが難を逃れたと言う。

 と言う事で急遽、文官、武官の主だった者が集められた。俺も末席に加わっている。

「あやつらは妹の名を謀り、妾を害さんとしたのじゃ! 曹操、お主は妾に力を貸してくれるかえ?」

 大将軍様はその身体も大将軍に相応しい美容を持っている。着崩した服装がエロスを感じる。

「勿論に御座います」

 何進大将軍は、君側の奸である宦官を排除し帝室の権威を復活させるとおっしゃられた。

「都を宦官共より取り戻さねばならぬ。どうじゃ、何か良い策は無いかえ?」

 十常侍は天子様の寵愛を受けており、専横の限りを尽くしていた。死亡フラグを立てていた訳だ。

「何皇后陛下と次期皇帝陛下で有らせられる弁殿下の救出が第一ですね」

 天子様がポックリとお隠れになり、次期天子様の椅子を巡り何皇后と董太后の派閥争いが起きかけていた。大将軍様は身内を大切になさっている。

「じゃのう」

 曹操様は大将軍様の前でも忌憚の無い意見を述べられた。

「董太后陛下が協殿下を擁立するのを防ぐには、お二人を殺すしか無いと思われます」

 声の無いざわめきが起きた。先帝のお母上である董太后陛下や、天子様のお子である協様を始末すると言うのだ。普通に考えたら畏れ多い。

 だけどこれは生存権を賭けた戦争だ。殺らなければ殺られるだけの話だ。

「それはいけません!」

 突然、関羽が口を挟んできた。

 イラッと来た俺は関羽を殴った。気を纏っては居ないが廊下に吹き飛んだ。

 自分より見た目、年下な俺に殴り飛ばされて唖然としている。

「お前、戦を舐めてるのか? でしゃばった真似をしやがって。今は曹操様が大将軍様とお話しされているんだ。お前ごとき賊上がりが口を挟むな」

 中国は儒教の国だ。女は貞淑を求められるが、俺から見れば関羽なんて北郷にすぐ股を開いた淫売だ。淫売は淫売に相応しい態度があるだろう。必要な時以外は大人しく口を閉じてろと思った。

 漢に忠誠を尽くすと言うなら、長序の功を守る事こそ正義だ。兄より優れた弟は要らない。大将軍様と組んだ以上、選択は限られている。

「関羽、控えてなさい」

 曹操様の言葉に項垂れる関羽。飼い主には従わないとな。

 曹操様は大将軍様と弁様を支えると決められたのだ。

 荀文若様と視線が合った。優しい微笑みを向けられたのは初めてだ。

 ツンデレがデレた?

 春蘭様からは良くやったと誉められた。

「御迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」

 大将軍様の前で内輪の恥を晒した。その事で俺は曹操様に謝罪した。

「次は無いわよ」

 その後、都に向かう陣触れで俺も加えられた事を秋蘭様から伝えられた。

 

 ☆

 

 俺が世に出た時代、漢帝国に大雨、嵐、干ばつ、蝗害等の天変地異が起こる中、宦官の専横による暴君政治と悪法が人々を苦しめていた。重い税は飢饉に襲われた民を締め付け、餓死者が続出。各地に死体が残り、死体の処理が追い付かず疫病が流行していた。

 民の心は離れ、盗賊が跋扈(ばっこ)する争乱へと変わった。何かえたいの知れない運命に導かれる様だった。

 世の中には向き不向きな仕事がある。努力ではどうにも出来ない適正だ。

 貧困の連鎖から抜け出すには身分を上げるしかない。身分は下の者が平穏に暮らせる感謝を上の者に表す為にある。鎖を絶ち切れるかは、その者の才覚による。

 寝所で抱き合いくちづけしてる女性(あいて)は春蘭様だ。彼女は俺を拾い上げて官吏として生きる為の知識を教えてくれた。

「烏龍、お前はもっと出世したいとは考えないのか?」

 確かに出世すれば母は喜ぶ。だけど俺は、春蘭様に仕える穏やかな日常を求めた。奴隷根性だと内心で笑いながらも、この女性に惚れたのだと思う。

 要するに言葉と理想より、コスい真似をしてでも現実を選ぶ。

「私は春蘭様にお仕え出来れば幸せです」

 春蘭様は頬を染めて照れるが僕は気にしない。

「ううっ、私だって嬉しいけど、お前は私の下で燻ってる様な人物じゃないと思うんだ」

 何事にも対価がある。誰を信じて良いか分からない。こんな時代だからこそ、常に不足の事態に備えるべきだ。

「過分な評価に痛み入ります」

 世間的には将軍候補に推挙されたのは、情夫を取り立てる茶番に見えただろう。

 だけど俺は実力で出世した。

 だから今の生活は快適では無いが悪くも無い。

 石の上にも3年と言うが、3日、3週間、3ヶ月、3年。3と言う数字を節目に耐えれば人はそれなりに成長する。

 俺が春蘭様に拾われて3年目に成ろうとしていた。3年目にも成れば、将来の事を真剣に考える。

(って言っても、今は目前の仕事が優先だな)

 閨でのやり取りを脳裏から振り払う。

 闇に紛れて都を囲む軍勢は曹操様の兵だ。黒髪を垂らした背中を眺めていると、振り返って春蘭様が声をかけてきた。

「もう良いか?」

「まだですよ、春蘭様」

 俺は春蘭様の手綱を握る様に秋蘭様から命じられていた。

 今回の仕事は宦官の掃除。何進大将軍の号令で袁紹、袁術も兵を率いて参陣している。

 奴等には絶望と死しか与えない。

 曹操様は若き頃のナポレオンと同じで、部下の将に作戦の全容を指示した。そうする事で、自分達がどう動くべきか現場で臨機応変な判断を出来るからだ。

(これは曹操様の将だからな。平均的な指揮官の下では、臨機応変に動けるのは一部だけだ)

 一斉駆除は穴があってはいけない。穴を塞ぎバルサンや薬剤を使う物だ。

 敵の殲滅も同じで、味方が攻撃位置に展開するのを待っていた。

 春蘭様同様に、俺も早く殺しがしたい。その先にあるのは自慰や性交より楽しい快楽だ。

 恐怖と絶望の香りに対する期待が俺を酔わせる。

 宦官の一掃は漢を延命する効果がある。漢の俺達は忠臣で正義だ。

 しばらくすると陽動部隊が動き出した様だ。鬨の声が上がった。

 春蘭様は馬を駆けさせた。制止はしない。俺も後に続いた。宮殿までの通りを一気に駆け抜け突入する。

「逆賊どもめ、ここは天子様のおわす宮殿だぞ!」

「うるせえ糞ジジイ、老害は黙って死ね」

 宦官や宦官側の兵を片っ端から斬り殺して行く。これから曹操様が創る世界には、生きる価値の無い連中だ。これも漢の為だ。

「烏龍、どちらが先に百人斬るか勝負だ」

「はい、春蘭様!」

 禁足地である宮殿が土足に汚される。

 美しい装飾をされた廊下や部屋が血に染められて行くのが楽しい。インドアの戦闘は野外の戦場と違って、不意遭遇の戦闘でワクワクする。

 出会い頭に遭遇した女官を殺してしまった。

「あ、すまん」

 近代戦でも誤射や誤爆は少なくない。これも宦官の連中が悪い。そこに宦官が一人、逃げて来た。血塗れの剣を持つ俺の姿を見て目を見開く。

「た、助けて。私は十常侍とは違います!」

 いきなり命乞いを始めた。

「そんなの関係無いよ。宦官は皆、死んでね」

 命乞いする宦官の頭を拳で破壊した。炸裂した頭蓋骨と脳漿は俺の腕を汚す。

(そう言えばしらこって脳ミソに似てるらしいけど、美味いのかな)

 ぷるんとした白い脂肪分や脳の断片を見て、今度、流琉に料理して貰おうと思った。

 粗方の宦官と政敵である董太后をぶち殺し、何皇后陛下と弁様を確保したが、十常侍の一人、張譲が協様を拐かし逃げ出したらしい。春蘭様より追撃命令を受けた。

「面倒臭いな」

 本音を洩らすと陳宮に背後から足を蹴られた。

「何をいってやがるのです。取り逃がせば、帝に擁立し逆賊扱いされるのですぞ!」

 軍師は真面目過ぎていけない。たまには何か面白い受け答えが欲しくなる。

 命令は受けた。面倒臭いけど騎馬を集めて追撃する。

(あれ、そう言えば、これって董卓が確保して一人勝ちするから反董卓連合のイベントに繋がるんじゃなかったか?)

 地平線の向こうに軍勢が見えた。草原から地響きを上げて現れる騎馬の群れ。

「遅かったか……」

 董の旗が見える。涼州からやって来た董卓の軍勢だ。

(酒池肉林のおっさんか、あるいは薄幸の美少女か)

 対面するの楽しみだとか考えていると、なんかあっさりと董卓様に拝謁する機会が与えられた。

 豚みたいな奴なら殺してやろうと思っていた。

 だけど俺、不戦敗ってか。

 相手は可愛い方の董卓だった。

「へ、へぅ。我が軍だけでも協様の守りは大丈夫でしたが、良く来てくれました。逆らう者は皆殺しです」

 何、この言わされてる感じの棒読み台詞は。最後の物騒な台詞は何だ?

 隣で睨みを利かせている眼鏡っ子が軍師の賈駆か。

「ちょっと、月。最後の台詞違うよわよ」

「へ、へぅ……ごめんなさい、詠ちゃん」

 ぼそぼそ言ってるけど丸聞こえだ。聴こえない振りをするのも面倒臭いな。

「私の周りを固めて下さい。手厚い褒美を取らせます。ありがたく思ってくださいね?」

 なんか脱力するやり取りだ。とりあえず董卓様の周囲を固めて俺達も都に戻る事に成った。曹操様にも伝令を出して、協様の捕縛失敗と董卓様とのやり取りの報告をしておいた。

 何進大将軍様が健在なので協様の即位は難しいはずだ。弁様を董卓様が廃嫡するのかどうかは現時点でまだ分からない。

(でも賈駆は何かしらやらかすだろうな)

 理想と現実は違う。誰も口にしないが、あの腹黒眼鏡、親友の為なら世界を敵に回しそうだ。

 

 ☆

 

「何やってんのよ、あんた達! 逃がす所か、董卓を連れて来るなんて何を考えてるの」

 荀文若様に春蘭様が叱責された。屈辱の色を浮かべる春蘭様に申し訳無い。

「止しなさい桂花」

「ですが華琳様……」

 曹操様と荀文若様がいちゃこらし始めた。それはともかく、今から協様をぶっ殺しに行くべきか考えた。それなら全てが丸く収まる。

(俺なら殺れる)

 そうしたら春蘭様に腕を掴まれた。

「春蘭様?」

「お前に責は無い。気負うな」

 春蘭様の瞳を真正面から受けて、俺の考えが読まれている気がした。

(ここは大人しくしておくか……)

 俺は春蘭様に感謝の気持ちを込めて頭を下げた。

 董卓様が協様を保護した以上、おいそれと手出しは出来なくなった。

 曹操様は大将軍様を支持する立場から、董卓様と利害は一致しない。

 次の天子様は誰が成るかだが、順当に行けば長子の弁様だ。太后も死んだし協様を支持するのは董卓様だけだしな。

 諸侯の兵も居るし、俺は何とか成るのだろうと楽観視していた。

 都への駐留が長引くと人件費が加算して行く。宦官の一掃が終わると、諸侯は軍勢の解散と自領への引き揚げを相談し始めた。討伐の発起人である何大将軍は、細部の詰め合わせに大忙しだった。

 俺達も長く領地を離れる訳にもいかないので、曹操様の護衛に一部を残して引き揚げを開始した。

「今回は骨折り損のくたびれ儲けってやつかな」

「そうですな」

 そんな事を喋りながら帰路を進んでいると、伝令の馬がやって来た。

 何だろうと指示が書かれた書簡を受け取ったが、中身を見て驚いた。

「やってくれたな!」

「何事ですか」

 陳宮に伝令から受け取った書簡を渡す。

 宮中に向かった何進大将軍が殺された。弁様、何皇后も暗殺されていたと言う。どうやって刺客は宮中深くまで入り込めたんだ?

「合流を急ぎませんと!」

 曹操様は都を脱出している。迎えに来いとの指示だった。

「俺は先に行くから、後続をお願いします」

 陳宮に後を任せて、俺は騎兵を率いて逆戻りした。

 犯人は宦官の残党だと言う事だ。だが間違いなくあの腹黒眼鏡だろう。

「烏龍!」

 途中、茂みから秋蘭様が出て来て手招きをしてくれた。

「秋蘭様、御無事でしたか。曹操様は?」

「此方だ」

 春蘭様が殿軍を勤め、曹操様と無事に合流出来た。曹操様の呟きが耳に残った。

「この屈辱は忘れないわ」

 賈駆は董卓様の望んでいない事を、彼女の為だと進めている。頭の良い働き者でも主君の意に沿ってないなら無能と同じじゃないか。

 新たに天子として即位したのは生き残った弟の協様。だが協様は完全な統合失調症に成っているそうだ。

 董卓様の優しさに触れ、それ以外の他者を敵と認定した。極端すぎるが、賈駆はそこにつけこんだ。董卓様を漢における最高位の相国に就任させた。

 お可哀想な董卓様。腹黒眼鏡はやりすぎなんだよ。

 厄介な存在の協様。今更、向こうも手放す事が出来ない。唯一の皇族に成れば殺す事も出来ない。

「だから早く始末すれば良かったんだ」

 協様に厚遇される董卓様に権力が集中した。これは嫉妬と憎悪を呼び起こし、火種と成った。

 陳留に戻ると曹操様は、袁紹からの檄文を受け取った。皆で生意気な董卓をぶちのめして都を解放しようと言うあれだ。でも裏で曹操様が色々と袁紹様に吹き込んで誘導していたらしい。

 かくして反董卓連合は結成された。なんと言うテンプレ展開。

 歴史の流れは大筋で変わらないようだ。

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