楽綝伝   作:キューブケーキ

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蛇足部分が長くなったので、次話として分離しました。


蛇足

【蛇足】

 

 やあ、楽綝(がくちん)だ。

 俺にも寿命がやって来た様だ。妻や孫子に囲まれ穏やかな気持ちだ。

 妻が俺の手を握りしめて何か言ってるが、返事をするのも億劫だ。

(悪いが先に逝かせて貰う)

 そして深い眠気に誘われたが、目が覚めるとどこかの天井が見えた。

(あれ、死んだよな俺)

 頭はスッキリしている。体も軽い。

 起き上がって自分の体を見ると理解した。若返っている。

 自分の息子のサイズを見て納得した。見慣れた一物は可愛く、子供の頃だ。

(……って、もしかして逆行したのか?)

 呪われた不死と違い、幸いにして人の姿のままだ。

 初期目的のハーレムは達成できなかった。だから神様が気を利かしてくれたのかもしれない。

(そうか、俺はループをしてるんだ)

 前回は天の御遣いを敵としてぶつかったからハーレムを作れなかった。ならば今回は北郷の味方をすればどうなるだろう。北郷はいずれ天に帰る。消えていく身だ。奴が消えた後に傷心の彼女達を慰めるのは誰か?

(俺しかいない!)

 前回、死んだ者も今回は死亡フラグを回避できるかもしれない。俄然やる気に燃えてきた。

 それにしても我が家らしき部屋に見覚えがない。スタートラインは違うのか?

 腹が減ったので台所から何か摘まもうと向かった。

 ポリポリと何かをかじる音が聞こえた。

「え」

 そこには忘れもしない偽善者、趙雲が居た。

趙統(ちょうとう)、起きたのか。お主もメンマ食べるか?」

 何て言った。

(趙統だと? 俺は楽綝(がくちん)じゃないのか!?)

 その時、趙統としての情報が次々と沸き出して来た。時間にして一瞬だろうが、趙統としての人生経験と記憶だ。そして理解した。

 俺の母さんは趙雲だと。

 うわ、終わった。

「どうした、頭でも痛いのか?」

 頭を抱える俺を心配してくれる趙雲の声色は、以前の敵意や侮蔑に満ちた物とは違った。

 中絶が出来なかったとしても育児放棄をしなかった以上は、それなりに愛されているのだろう。

「大丈夫だよ、母さん」

 そう言うと安心した表情を浮かべる趙雲だった。

(やっぱり趙雲が俺の母さんなのか)

 俺としては複雑な心境だ。母親は犯す事も殺す事も出来ない。親殺しと近親相姦は人として最大の禁忌だからな。

 またしても制限のかかった縛りプレイらしい。七難八苦を与えろとは求めてないんだけどな。

 前の時、趙雲は北郷や劉備に思想面で汚染されていた。

 生ぬるい考えでは平和を手に入れられはしない。強者が勝ち残る。

 中国のチベット侵攻は良い例だ。弱い者は踏みにじられる。他人の善意を期待するな、と言う事だろう。

 とは言ってもこの世で母なら、親を慈しみ守らねばならない。それが親子と言う物だ。

(母と認めるしかないか……)

 今ならまだ間に合うかもしれない。

「母さん、管路って知ってる?」

 これは確認だ。

「知らんな」

 OK。それならまだ間に合う。それとメンマを食うの止めろよ。普通の子供ならぐれるぞ。

「占い師なんだけどね、そいつが言うには天の御遣いが現れてこの世を平和にしてくれるんだって」

 もろに漢帝国の統治を批判して流言を飛ばしてる奴だが、世間的には受けが良い。何しろ暮らしが良くなると予言しているのだから。

「結構な事だな」

 現に母さんも肯定的だ。だが俺はそれで良しとはしない。

「いや、ふざけてるよ」

 怒気を込めて言った。母さんが目を見開いてポカンとしている。

「人が努力しても無駄。天の御遣いでなければ平和に出来ないなんて」

 奇跡を当てにしても、宝くじ並みに確率が低いから奇跡と言われる。そうポンポンと奇跡は落ちていない。北郷の場合は、あれはただの学生でスーパーマンではない。

 趙雲は己の武に誇りを持っている。そして奇跡ではなく己の努力で武を身に付けた。努力を認められない辛さや悔しさは分かるだろう。

「確かにそうだな」

 パラダイムの転換、気付きのきっかけを与えた。

 覚えていたら、北郷に会っても盲信はしないだろう。

 

 ☆

 

 二度目の古代中国人生、俺達母子は趙雲(かあさん)の故郷である()州の常山国で暮らしていた。

 今回は習い事や勉強で礼儀作法を学ぶ必要は無い。その分は家計の足しにして貰う。

 ある程度、状況把握と体力錬成に励んでいたある日、賊を追跡していた官軍が村に攻め寄せてきた。騎兵を入り組んだ住宅地に突っ込ませるのは無駄だ。外周に騎馬を残して軽装の随伴歩兵が村に突っ込んで来た。

 兵士達からはびんびんと殺気が伝わって来た。そして民草に向かって得物が振るわれた。戟が第一村人を切り裂く。

「ゆべっ!」

 臓物を地面にぶちまける無惨な死に様を見て叫び声が起きた。慌てて逃げ出すが村の外周は騎兵が塞いでいる。

「や、止めるんだぜ!」

 勇敢な若者は立ち向かうが、フルボッコで肉塊と化した。その後、金目の物が死体から漁られていた。

「何だって官軍が……」

 しょせんこの世は金しだい。

 暴虐の嵐が吹き荒れ恐怖と死の色が村を覆った。母さんは怒りに震えていたが、俺は達観していた。戦場ではよくある事だ──って戦とは違うか。

「趙統、お前は隠れていろ」

「だけど母さん!」

 村は官軍の兵によって略奪と虐殺が行われている。

「あれほどの武と器量、──様もお喜びになられるだろう。囲んで捕らえよ」

 母さんも闘ったが負傷して捕らえられた。女は犯され男は殺される。ま、普通だな。

「辱しめ受けるぐらいなら殺せ!」

 そんな事を叫んでいた。

「うるせえ」

 母さんがぶん殴られた。あの野郎、殺してやる!

「てめえら愚民は黙って股を開けば良いんだ」

 俺も兵士の言葉に同感だが、自分の身内が対象となると話は違う。

 じっくり観賞してオカズにする以前にゾッとした。だって母親だぞ。官軍だろうと俺の身内に手出しするなら糞ったれだ。ぶっ殺す。

 この体に生まれ、久々な殺意だ。俺は母さんを助ける隙を探った。

「村人は奴隷として連れていく。年寄り、病人、醜女は殺して良いぞ」

 よく見れば曹家の親衛隊の姿があった。だからピンと閃いた。

(うわ、これって人狩りか)

 老人が抗議を行っていた。だがチャンスだ。周囲の敵兵はそちらに注意が向いていた。

「なぜ、こんなゆっくりできない非道を行うのですか! 今すぐ止めさせてください。これでは野盗と変わりありません」

 すると指揮官が激昂した。ゴミにたかるウジ虫を見るような目付きだった。

「貴様、我が軍を賊風情と同じだと言うのか! こいつを捕らえろ」

 無礼だと縄を打たれ死罪を宣告された。さくっとぶっ殺せば良いのに、無駄な問答してやがる。

「何が官軍だ! お前ら呪われてしまえ!」

 そして老人が斬首された。その様を見て兵士達はゲラゲラと爆笑していた。

 その間に俺は母さんを犯していた兵士を殺すと、家に火を放って村が燃える混乱に紛れて逃げた。これも唯一の家族となった母さんを守る為だ。

「お前は無事か」

 疲労の色を浮かべながらも俺を心配してくれた。

「うん。だからあいつら殺してやったよ母さん」

 身内を汚した罪は死で償って貰った。

 人狩りは俺も散々やって来た。自分が被害者と成って考えが変わったかと言うと、そうでもない。

(曹操様のやり方は汚い。だが合理的で正しい)

 実際、前は有言実行で曹操様は平和をもたらされた。曹操様の行いは何かしらの理由があり、全てが正しかった。漢と言う国の常識や儒教に縛られていては平和など掴み取れない。共に戦ったからこそ、分かる事だ。

 だから俺は今回、曹操様の覇道を邪魔せずに北郷の味方をしながらハーレムを築く方法を探る事とした。

 先ずは母さんを守る力をてに入れる事だ。幸いにして天の御遣いの噂はまだ出回っていない。

 俺達、親子が落ち延びたのは楊州の呉だった。

 そこで俺は黄蓋さんを見かけた。この時期、孫家の勢力は呉まで及んでいなかったと思う。黄蓋さんが何でこんな所に居たのかは知らないが、この出会いを俺はチャンスと捉えた。

「お願いします、私を鍛えてください!」

 俺の知ってる黄蓋さんなら力を貸してくれる。

 俺は土下座をしながら村を襲われた事、家族を守りたい事を訴えた。

「御主の熱意は分かった。その歳にして天晴れだ。わしの教えは厳しいぞ?」

 そして徹底的に鍛えて貰った。

 勉学にも励んだが、だいたいは前回の知識が補ってくれる。周回プレイは本当に楽だ。

 船頭多くして船山上ると言う言葉がある。船頭が多いと見当違いの場所に行くと言う意味だが、俺は良い意味で捉えている。人の数が多ければ、船だって山に上れるのだと。

 凡人でも集まれば力になる。小さな努力も力だ。

「趙統よ。わしがお前に教える事はもう何もない。これからも努力すれば、立身出世も夢では無かろう」

「御指導、有り難うございました」

 

 ☆

 

 俺が目をつけたのは劉備玄徳だ。劉備の人柄は前回で分かっている。呉に暮らすなら孫家を頼るのもありだが、黄蓋さんを利用する気はなかった。一応、武の師匠で恩師だからな。それならば貧しさからのしあがった劉備こそ理想的だった。劉姓は担ぐ御輿に十分効果的だ。

「旅に出かける?」

「母さんを守れるように強くなりたいんだ」

 俺のわがままを母さんは笑って受け入れてくれた。

「お前は趙子龍の息子だ。信じてるぞ」

 色々意味が込められている言葉を受け止めて、俺は北の果てとも言える幽州に向かった。涿郡涿県が劉備の出身地と記憶していた。

(石川啄木って豚木って読んだりしたな……)

 似た漢字に懐かしさを思い出しながら桃色の髪を探した。あんな宇宙人染みた髪の色は他には居ない。そして直ぐに見つかった。

「こんにちは、部屋を探してるのですが」

「君、一人で暮らすの?」

 俺は劉備の隣家を借りた。軍資金は途中で賊をぶっ殺して手に入れたから不足は無い。

「ええ」

 じっくりと腰を据え付けて、天下の為に立ち上がる様に口説き落とす。

 それに俺はあいつの好む言葉は知っている。

 しばらくして俺は劉備と親しくなり真名を預かった。

「どうして趙統君は私を笑ったりしないの?」

 脳内お花畑な理想を語る劉備は周りから馬鹿にされていた。

「僕は家族を守りたい。そして出来るなら、周りの人だけではなく全ての人を助けたいんだ」

 弱い者は互いに助け合わねば生きていけない。だから優しい国を作りたい。

 劉備玄徳は人の善意を信じる娘だ。俺は劉備の情に訴えた。

「桃香ちゃん、一緒に悪い宦官や役人をやっつけて困ってる人を助けようよ! 皆を助けるんだ」

 全てが叶う魔法の言葉は『困ってる人を助ける』だ。

「そうだね、趙統君が一緒なら私、頑張れるよ!」

 俺の手を握って微笑む桃香に俺は頷く。脳みそパープリンな女は簡単だ。

「悪官を討ち天下に正義を示す! 大義の為に命を捨てられる者は我らに加われ」

 桃香を旗印にして家族を失った復讐に燃える義勇兵を集めた。親しい者を失っていないと、偽善と理想論しか唱えない。そんな言葉は空虚だ。俺達は力で人々を助ける。

 桃香は無垢な心で俺の言いなりだ。御輿が確りとしていれば、義勇兵は一個の戦闘集団として機能する。

 

 ☆

 

 神は死んだ。ニーチェがそう言ったらしい。

 だがそれは違う。俺の前には現れた。

 神が姿を現さないのは、そいつの前に現れる価値が無いと、神様が区別されてるだけだ。

 と言う事で俺は今、劉備軍の軍師兼影の首領をやっている。

 変革は一つ起こると次の変革を呼ぶ、とマキャヴェリと言うおっさんが昔言ってたらしい。

 転がる小石とバタフライ効果、みたいな感じで理解してる。

 じゃあ俺にどう言う関係があるかと言うとだ。

 周回プレイだ。強くてニューゲームらしい。ただし、初期ステータスにリセットされているから、一から体を鍛え直さないといけない。コツは分かってるから前よりも上手くやってやる。

 現在地は荊州の南陽郡。そこで俺達は第一歩を踏み出した。

「地獄を見せてやれ!」

 南陽人民抗袁游擊隊を名乗る俺達、劉備軍が旗揚げしたのは袁術の支配地域でだ。反袁術な孫家の援助も受けやすかった。

 と言っても袁術と正面から当たってはまともな戦に成らない。資金力、装備、兵力差がある。徹底的なゲリラ戦を選択した。

 今回選んだのは警ら中の小部隊だ。敵に同情はしない。

 俺は気を纏わせた腕を振るった。肉片となって飛び散る残骸に敵は混乱している。目の前でいきなりスプラッターシーンを見せられれば当然か。

 だが袁術の配下は野獣だ。生きる価値など無い。

 民を苦しめる害獣は駆除だ。殺してやろう。

 反乱をするなら黄巾賊と同じだと言われるかもしれない。だが俺達は奴等とは違う。奴等が言う事は、俺にしてみればそう言う事じゃねえだろうと突っ込みどころが満載だった。権利ばかり求めるオタクなファンなんて、端から見ればキチガイ集団だ。

 そして俺達は黄巾賊とは違い、悪を倒す正義なのだから天下太平の世を作る為に死ぬ事を恐れはしない。

「賊風情が調子に乗りおって!」

 おおう、強気じゃねえか。

 袁術の兵ごときが我が大望を阻止できると思うなよ。

 資金援助で連弩も装備する劉備軍は速射と打撃力で敵を叩いた。恐慌を来す敵に向け突撃する。

「あはははははっ」

 気を纏わせた俺の拳が頭を粉砕した。一気に残る敵兵の士気は崩壊した。逆に味方の士気は勝利で天を突く勢いだ。

 この世の理は等価交換だ。役人として、統治者としての義務が果たせないなら支配者たる資格は無い。

(そう言う意味でも曹操様は素晴らしい主君だった)

 ある程度間引いた後、弓と弩で動きを封じた。

「降伏しろ!」

 残った敵は武器を捨てた。

 これから楽しい時間だ。投降しても許すつもりはない。『民への義務』を疎かにした官匪は罰する必要があるからだ。

「その者達の服を脱がせろ」

 俺の指示で捕虜の服を剥ぎ取って行く。男も女も同じだ。

「な、何をするんだ!」

 剥き出しにされた捕虜の臀部を火で炙った鉄棒で叩いた。叫び声と共に肉の焦げる臭いがした。激痛と恐怖で尿や大便を漏らす者も多い。ただれる皮膚と筋肉の繊維が悪臭を放つ。

「民を苦しめた罪に対しての罰だ」

 袁術直参の家臣と親族は矯正も無理だ。処刑する。そして手を貸した兵も殺す。

 つまりは皆殺しだ。

「人の命をもてあそぶゲスめ!」

 俺は不倫をした事は無いからゲスと言われる覚えは無い。

「はいはい。じゃあ、元気の余ったおっさんから入れるぞ」

 ケツバット金属棒バージョンを済ますと、肛門から槍を突き刺して野晒しにした。口から突き出た槍の穂先はゴボゴボと溢れる血で真っ赤に染まってる。面白い見世物だ。

「良い夢見ろよ」

 これは天誅である、と言うメッセージも残しておいた。敵と敵に味方する者に対する心理戦だ。前回で連れ添った俺の妻もこの場に居たら同意してくれただろう。

 ちなみに桃香は宿営地で留守番だ。

 桃香は綺麗なままで居なければ成らない。これは俺の責任で行っている。部下も、誰かが汚れ役を被ると言う事を理解していた。「全ては天下太平の世の為だ」と。

 

 ☆

 

 兵は神速を尊ぶ。孫家を焚き付けてどんどん暴れまわり、半年もしない内に南陽郡一帯で反乱勢力は拡大した。

 しかし漢の介入は回避しなければ成らない。黄巾の乱が始まる前に退場では、お粗末過ぎるからな。

 各地の袁術派を暗殺したり誘拐して脅迫を行い事件を揉み消しを行わせた。実質的な反乱勢力の解放区だ。

 一方で袁術の支配がおよぶ地域では、民草を扇動し暴動を行わせた。そして袁術軍のふりをして何人か殺す事で火に油を注いだ。

「お、俺にはやっぱり出来ないです」

 泣き言をほざく部下の首を斬り飛ばした。道徳観念は戦場に不要、これも軍規の維持だ。

「敵に情けをかけるな」

 人を殺すのに覚悟は要らない。対等な存在だと思うのが間違いだ相手は死んで良い存在だ。半端な気持ちでリラックスして殺せば良い。だけど偽善者は建前を欲しがる。

 だから俺は決める手伝いをしてやった。

「守るべき者の為だ、殺せ!」

 世界は大きな流れで動いてる。民草が100万死んでも、100万と1人を生かせるなら数字の多い方が正しい。だから気楽に殺せば良い。

 殺しで堕ちるのは、信念の無いそこまでのやつだと言う事だ。信念を持つ俺は七度生まれ変わっても揺らぎはしないだろう。

 襲撃を終えた俺達を迎えたのは、鎮圧の命令を受けて動員された孫家の部隊だ。

 今の孫家は、孫堅が病で倒れ孫策が代行として舵を取っていた。孫堅の影響力低下で袁術に飲み込まれた形だ。

「ご苦労だった」

 労いの言葉をかけてくれたのは、孫家の裏方仕事を束ねる周瑜さんだ。艶やかな黒髪が綺麗だ。そしてモデルやAV女優も真っ青な体型。金で買えるならお世話に成りたいぐらいの相手だ。

 まあ、真面目な話、俺達、成り上がりはそれだけに敵を作り易い。恩を売っていて損は無い。

「これも天下の為、大義の為ですから」

 袁術軍のふりをして暴徒化した民を襲撃。離脱した俺は袁術軍に罪を押し付けた。

 将来の不安の目を詰むなら孫家に協力するのは間違いだろう。だけど歴史を考えれば孫家は恐れるに価しない。いずれ、曹操様の偉大さに膝を屈する。それが遅いか早いかだけだ。

 だから俺達は孫家に協力していた。民を苦しめる袁術には早々に退場して貰う。

「計画通りだ。各地の暴動鎮圧に紀霊や楊奉が駆り出され、袁術の側に残るのは張勲と親衛隊だけだ」

 周瑜さんは何だか凄みのある笑みを浮かべた。殺る気満々で怖い。

 袁術は頭に乗せる冠で暗愚な傀儡だ。家臣と民草と言う支持を失えば簡単に落ちてしまう。俺達は冠を支える紐を切ってやった。

 最後は冠を叩き落とす。袁術の本拠地は孫策が襲撃する事に成っていた。俺には幼女殺しなんて残酷な真似は出来ない。

「趙統」

「はい?」

 キリッとした顔で此方を向くと頭を下げる周瑜さん。

「孫家を代表して礼を言わせて貰う。この協力は忘れない」

 まだ落城の知らせも届いていないが、勝利を確信してる様だ。

「気が早いですよ」

 感謝されるのは良い気分だが、まだ戦は始まったばかりだ。それに向こうは張勲殿が居る。あの頭脳は勿体無いし、出来れば保護したい所だ。

 馬を飛ばし孫策軍本隊と合流すると、街は燃え盛り袁術派の役人は殺され晒し者になっていた。甘い汁を吸って来た商家は打ち壊され略奪されていた。家人は犯され殺されており地獄の有り様だった。

「嫌ぁ! 助けて、助けて!」

 目の前で暴徒化した民に女性が襲われていた。だけど孫家の兵は見て見ぬふりをする。これは民に対するガス抜きだ。

「ひでえな」

 死臭が服に染み込みそうだ。桃香は涙目でがくがくと震えていた。

「酷い、どうしてこんな事をするの」

「これが戦に負けると言う事なんだよ。綺麗事だけでは皆を幸せに出来ない。だから民を守ってくれる強い人が必要なんだよ」

「皇帝陛下とか?」

「そうだね。だけど、今の帝は宦官や外威によって政から遠ざけられている。陛下を守れる立場に誰かが成れば良いんだよ。僕や桃香ちゃんには無理でも、誰か立派な人を支えると言う方法もあるしね」

 俺は曹操様に何れは仕える事に成る。遅いか早いかなら、邪魔な因子は潰しておく。劉備玄徳は曹操孟徳と並び立たない。これが天命だ。だからこうやって機会があれば刷り込んでいく。

「……それでも、これは嫌だよ」

「うん。忘れないでおこう。僕達が無力で犠牲にすると言う事を」

 自分達がこれから統治する街を破壊する事は気違い染みている。そう思っていると孫策が血塗れの南海覇王を引っ提げてやって来た。

「やったわよ冥琳!」

 笑顔で周瑜さんに抱きついて孫策は、嬉々として語りだした。その前に血塗れの体を拭えよ。

 脇汗をかきながら逃げる袁術を孫策は追い詰めた。

 どんがらがっしゃんと転けた袁術の首を撃ち取ったそうだ。

「可愛い子ぶってあざといあの糞ガキ、小便漏らして命乞いしてたわ」

 子供を殺した事を笑って話せるとは俺でもドン引きするが、それだけの恨みがあったのだろう。当事者で無いとわからない事だ。

「張勲はどうなりましたか?」

 俺を邪魔する奴は片っ端からぶち殺す。だが彼女は別だ。

 かつて共に闘った者として救いたい。

「知らないわ。あんなに袁術を可愛がっていたのに、最後は見捨てて逃げるなんて、本当に最低の屑だわ!」

 それはおかしい。張勲殿は袁術に心酔して居た。簡単に諦めて逃げる様な人物ではない。

 そもそも討ち取った袁術自体が影武者の可能性もある。

(これは探して見るか)

 殺したのが袁術本人であった場合は復讐を遂げようとするだろう。そうなると不穏分子を残す事になる。やられた事にけじめを着けるのが彼女だ。

 

 ☆

 

 トラッカーとしての追跡技術は、狩猟生活を行っている猟師が優れている。俺は部下から腕利きを選んで追跡を行った。孫家の忍に先を越されれば助命は不可能になる。

 森の中を南へと進む一組があった。

「七乃、妾は蜂蜜が食べたい」

「お嬢様、もう少し我慢してくださいね」

 あの声は張勲殿だ。見つけたぞ、あれが袁術だな。

「ううむ。それもこれも孫策め、あやつのせいじゃ。妾を裏切るとは恩知らずな奴じゃ」

「逃げてる状況で空気を読まずに強気なお嬢様、流石です」

 楽しそうに囃し立てる張勲殿。幸せそうだ。

「妾は、いつも民草に妾の声を届けようと思っていたのじゃ。じゃが、その度に孫家の奴等が代わりにやると申すから任したのじゃ。今更ながら、あやつらを信じて任すべきじゃ無かった、そう思う」

 袁術は暗愚と思っていたが、意外にも考えているな。無能と言うのも孫家が流した噂か。

「可愛そうなお嬢様。七乃はお嬢様を裏切りません」

 張勲殿は母か姉の様な気持ちなのだろう。疑似家族な繋がりだ。

「そうか。上手く言えないけど、これからも宜しく頼むぞ」

 お二人の会話の切りが着いた所で声をかけた。

「そろそろお話は良いですか?」

 俺と部下が姿を現した。俺達は武器を向けていないが張勲殿は警戒の目を向けてきた。

「あら、どなたですか?」

 穏やかな口ぶりだが、孫家の追跡と思ったのか袁術を背後に庇って剣を向けてくる。覚悟が感じられた。

「私は此度の蜂起に参加した劉備軍の将、趙統と申します。ですがご安心ください、お二人の命を取ろうと言う訳ではありません。孫策殿に協力しましたが、それは利害が一致しての事。これよりは袁公路様を保護させていただきます」

 選択は与えない。従って貰う。向こうも選択肢は無い。

「そなたは妾を殺さぬのか?」

 純粋な目をしてやがる。糞、俺には眩しい。

「はい、袁公路様をお迎えに参りました」

「妾は七乃に守られてここに居る。七乃が居なければ、ここにはたどり着けなかった。七乃も連れて行ってくれるかえ?」

 この段階で張勲殿の身を案じるとは。

「お嬢様」

 袁術にとっても張勲殿が大切な存在だと言う事は分かった。

「私もお嬢様が欠けては、生きては行けません」

 抱き合う二人を見ていると、殺したい気持ちとほっこりする気持ちが浮かんだ。幸せな二人を引き裂いて泣き叫ばせるのは楽しそうだ。

 でも俺は曹操様の覇道に沿う形で生きると決めた。だから遊びで二人を殺して、本来の目的を見失わない。

「張勲殿。袁公路様もこのように申されております。我々を信じて同行して貰えませんか」

「お嬢様の為ですね」

 俺達を胡散臭く思っているだろうが、他に選択肢も無くて素直に従ってくれた。

 これで軍師をゲットした。

 

 ☆

 

 孫堅の病は仮病だった。

 娘に後を任せて、逆境からどう立ち上がるか見分する為だった。

 孫堅の復帰は力を与えた。孫家が南陽郡の平定と復興に勤しむ頃、俺は桃香に公孫賛を頼ってみようと進言した。

「白蓮ちゃんの所に?」

 桃香と公孫賛は盧植の私塾で共に学び、真名を交換した間柄だった。これは寄生するには最適だった。

「うん、孫堅様が帰って来た以上、孫策さん達は十分にやって行けるだろうし、今はそれよりも北方の異民族で困ってる公孫賛様をお助けすべきだと思うんだ」

 俺が袁術を匿っている事は桃香にも秘密だ。こいつはアホですぐに顔に出る。孫家の支配地域から抜けるまでは安心出来ないからだ。

 桃香を説き伏せる事に成功した俺達は、孫策に挨拶して公孫賛の領を目指した。

「今までご苦労だったわね」

「給金分の仕事をしたまでです」

 餞別で金子を貰ったが、桃香は美味しい物を食べようと喜んでいた。

 アホかこいつ。旅先で何があるかわからないから無駄遣いするなよ。

「孫家の皆、良い人達だったね」

「うん」

 武装集団は目立つので幾つかのグループに別れ現地集合となった。

 そして俺は懐かしい陳留に通りかかった。袁術の街とは違い活気に満ちていた。

 街で旅に必要な食料品を買っていると遠くから声をかけられた。

「烏龍、烏龍ではないか!」

 その声は忘れもしない。我が妻の物だ。

「夏侯惇様」

 曹操様の片腕として知られている春蘭様だ。どうしよう、前世の知り合いなんて気まずい。俺はとりあえず頭を下げる。

「何だ、いつも通り春蘭で良いぞ」

 向けられる笑顔にどぎまぎしながらも、俺は混乱した。この世界で春蘭様と面識は無かったはずだ。

(記憶の継承で漏れがあったのか?)

 俺の態度に、春蘭様何やら考え出した。

「ああ、そうか」

 思い出したのか気持ちの良い笑顔だった。

「『此方』で会うのは初めてか」

 ぎょっとする単語が飛び出た。

「その……もしかして、充や廙の名前に心当たりはございますか?」

「おお、私達の子供と孫だな」

 周りがざわめいた。

 春蘭様はそんな周囲を気にする方では無い。俺の首に腕を回して訊いてきた。鼻孔をくすぐる彼女の香りが前の生活を思い出させる。

「今度は何を企んでいるんだ?」

「曹操様に仇成す事ではありません」

 俺は妻に頭が上がらない。家格も違う。だから今も様付けだ。

「当然だ。で?」

 全部吐けと目が物を言っていた。

 楽進の息子、楽綝(がくちん)ではなく趙雲の息子、趙統(ちょうとう)である事。今までどう過ごしていたかを話した。

「趙雲か」

 春蘭様は武の腕前を評価していた。

「今は劉備に仕えています。これから公孫賛の領に行く所です」

 眉間に皺を寄せる春蘭様。これは何か怒っている。

「私達を覚えていたなら、なぜ直ぐに連絡しなかった」

 いや、普通に考えて面識無いやつが、前世で夫でしたとかマジで気違い過ぎるから。

「うーわ、面倒臭ぇ……」

 あ、口にしてた。春蘭様がムッと表情を変えられた。やべえ。

 その後、しばかれた俺はまめに手紙を出すと言う事で勘弁してもらった。

 茶屋で近況報告を交えていて、ふと思い出した。

「春蘭様」

 俺は気になっている事があったので良い機会だし訊いてみた。

「あの時、何て言っていたのですか」

 前に俺が死んだ時だ。

 春蘭様はきょとんとした表情を浮かべた後、笑みを深めた。

「決まってるではないか。愛してる、だ」

「あ……」

 照れずに言えるのも長年、連れ添った慣れか。俺も知らず知らずの内に頬が緩んでいた。

(この人には敵わないな)

 こんな生温いやり取りをするのは、曹操様が天下を治められてからだ。

 今は気の緩みは不味い。真面目な顔を取り繕うとしたが、やはり春蘭様の目は欺けない。頬を掴まれた。

「待って居るぞ」

「はい」

 自然とくちづけを交わしていた。春蘭様は頬を少し赤くしており可愛らしさを覚えた。

 元気を貰って俺は幸せを噛み締めながら、いよいよ北に向かう。

 

 ☆

 

 幽州の北、長城の向こう側は烏桓族の支配する地で、公孫賛の治める遼西郡にも度々、やって来ると暴れまわっていた。当然、公孫賛も放置は出来ず討伐も行っていた。異民族には容赦無いのが漢民族だ。

 敵を追撃しているといつの間にか敵に誘い込まれていた。背後が遮断され、側面からも敵が攻撃を仕掛けて来る。飛んでくる矢に馬や味方の兵が倒されて行く。濃厚な血の香りが嫌でも現実だと教えてくれた。

「え、何? う、嘘──」

 公孫賛の部隊は敵の包囲を受けた。不意の遭遇戦で騎兵は脆さを露にした。

「将軍!」

 部下の声に目を向ければ、包囲の外に取り残された友軍の部隊が後退していた。

「酷いよ、自分達だけ逃げようなんて!」

 戦場で連絡と連携が途絶えれば全滅しかない。

 そこに俺達、劉備軍が現れた。

 前衛を指揮するのは俺だ。直属の騎兵を率いて切り口を開く。

「公孫賛は中央か」

 背後に続く歩兵は桃香を守っているので心配は無い。張勲殿はかつて袁術の下で大将軍の地位に在っただけの事はあり、部隊の前進運動は滑らかだ。後方連絡線も維持できるだろう。

 地形は敵が包囲をしやすい盆地だ。そして森林と言う地物を上手く使っている。

(隠蔽と偽装の技術はいまいちだがな)

 烏桓族なんて俺に言わせれば劣等人種だ。自分の暮らしを良くする為に他者から奪う。まさに外道だ。人間以下の獣なら遠慮は要らない。

「死にたくなければ退け、邪魔すれば殺すぞ!」

 異民族だから言葉が通じないかも知れないが、馬の前に出て退かない奴が悪い。身の程を弁えない馬鹿は、馬蹄に踏み潰されるか、俺に斬り殺されるかの違いだけで変わり無い。

 敵を食い破り公孫賛と会合した。梯団は間隔を開けずに着いてくる様に要請した。

「ありがたい、助かった!」

 戦場では貴賤が物を言う。そして公孫賛は他の兵を犠牲にしても救う価値のある命だ。

「礼は後程、伺います。先ずは脱出を」

 血と泥で薄汚れていたが中々の美人だ。

「そうだな。話は後にしよう」

 公孫賛は素直に聞き入れてくれた。下手にプライド高いやつだと面倒だからな。これは楽で良い。

(上手く恩を売れたな)

 タイミングを狙っていた俺達は公孫賛の危機を救い、食客として烏桓族の討伐に参加する事と成った。

「久し振りだな桃香」

「うん白蓮ちゃんも、相変わらずパイパイだね」

 意味の分からん会話を交わしていたが、俺は割り込んだ。目の前の敵を潰す事が目的をである以上、このまま負けて帰る訳にはいかんだろうと焚き付けた。

 敵を討伐するなら一気に殲滅しなければならない。

「ここから俺達のターンだな」

 退却する様に見せて陣形を組み直した。正面は俺達、劉備軍。その背後に公孫賛の兵が控えている。

 戦いの主導権は敵の士気を削ぐ事が有効だ。圧倒的力で正面から潰されると、相手の自信は粉微塵になる。

「クソガキ、ぶっ殺してやる!」

 舐められたといきり立っているが、見た目に気を取られて実力差も分からない有象無象の木っ端どもだ。

 公孫賛の兵は、異民族に家族や戦友を殺された復讐心から士気も高い。

 理解出来ない相手を理解する必要は無い。異民族は殺せ。思考を止めて生きる事を諦めた復讐者こそ強兵だ。

「向こう岸に送ってやれ!」

 雄叫びをあげて突っ込む。

 ──楽しい、楽しいぞ。神様感謝します。

 力があるお陰で沢山殺せる。助けてと懇願する者を殺し、守りたいと言う者の前でなぶり殺しにして見せる。最高だ。

 脅える敵は劣情を煽る。ますます殺したくなるな。

 戦いの後、公孫賛に声をかけた。

「良い所ですね。来て良かった」

 血に酔った。笑い声を我慢するのが辛い。一人になる夜が待ち遠しい。

 

 ☆

 

 俺の信念は曹操様の天下統一実現だ。 

 曹操様に従えば、勝利と輝かしい未来が待っている。虐殺も世界の為、国の礎だが、説明する事は難しい。だから手っ取り早く力を見せつける。

 力に従う事が賢い。それぐらいは凡夫でも分かる事だ。

 良い人を演じ桃香のやつは、完全に俺を友達だと信じきっている。

 いつも助けてくれる都合の良い人、か。

 此方も俺の都合で利用させて貰っているからお互い様とも言える。

「趙統殿、公孫賛様より本陣へ出頭する様にとの事です」

 今の俺は劉備軍の将だ。一応、公孫賛の部下から敬意を払われている。

「分かった」

 一夜開けると烏桓族の勢力圏から撤収が始まる。長津湖に比べればましだが、不馴れな地形に夜道は危険だ。日が上るのを待った。

「趙統、参りました」

 本陣の天幕には公孫賛の他に桃香と張勲殿も居た。

「来てくれたか。桃香にも話したんだが、戻ったらお前達、私に仕えないか?」

 危機を助けた俺達を勧誘するのは当然だな。

「十分な報酬は約束出来ないが、それなりの待遇は約束する」

 俺は桃香に尋ねた。

「桃香はどうしたい?」

「私はパイパイちゃんともっとお話したいな」

 呆れて俺は小さく嘆息した。

 聞いた俺が馬鹿だった。まあ分かっていて、手を組んで上手くやって来た。

 北郷を拾う事が目的である以上、公孫賛の下で働く事に不満は無い。ただし永久就職はダメだ。黄巾賊の蜂起ぐらいに遭遇するから、遅くても反董卓連合の戦までだな。

(あ、今回董卓陣営の女性陣をどう助けるかだな。陳宮は呂布に仕えているのか、それとも曹操様に仕えているのか? 不確定要素が多いな)

 張勲殿に耳打ちされた。

「趙統さん、私は悪くないお話だと思いますよ。私達が力を蓄えるには時間が必要ですし、公孫賛さんから搾れるだけ搾り取れば良いと思います」

 俺達は義勇軍では無い。どちらかと言えば傭兵に近い。

「確かに」

 ビジネスは需要と供給だ。拠点は必要だし金も食料も居る。向こうは兵が欲しい、引き続き契約を更新する方向で話は進めた。

「殺してやる、絶対、殺してやる!」

 外が急に騒がしく成ってきた。

 顔を見合せ俺達は天幕の外を覗いた。味方の兵が取り押さえられていた。

「何事か」

「はい、その者が負傷者の止めを刺していたのです」

 中々、良く分かってるじゃないか。救えないなら殺す当然だった。

 黒い長髪に額当てをした少女は背中に剣を背負っていた。一目でそれなりの腕を持つ相手だと分かる。

「よくも俺の弟を!」

 被害者は取り押さえられてる方の兄弟か。

「苦しみを長引かせてどうするのですか。楽にしてあげる事こそ、この人には必要だったんです」

 見た感じ重傷で手の施し様が無かったらしい。こう言う重傷者が撤退には邪魔な存在だ。

「ふざけんな!」

 道半ばで倒れるって事は、それがそいつの寿命だったんだろう。

 腑抜けた兵は、さくっと死ねて良かったじゃないか。

 それはそうと、あの少女に見覚えがある。確か孫家の忍、周泰じゃないか。

 まさかここまで袁術を追って来たのか?

「そこまでにしろ! どんなに理由があろうと仲間に手をかける者は許せん。そいつを殺せ」

 あれ、公孫賛って甘ちゃんのパープリンだったのか?

「止めろ」

 俺は止めた。こう言うのは正義ではないからだ。

 それに、見た目は少女だが相手は周泰だ。公孫賛の兵なんか鎧袖一触だろう。逆に返り討ちに遇うのが目に見えている。

「安楽死は彼の尊厳を守る死だ。それに俺達はこれから引き揚げるんだ。彼も兵だ。仲間の足手まといには成りたくないだろう。認めてやろうじゃないか。彼は潔く死んだと」

 公孫賛に部下は伺いを立てた。この場の最高位は彼女だ。

「ご命令を」

 俺の目を見た後、公孫賛は周りの兵に命じた。

「殺せ」

 ふん、部下の前で良い格好をしたいだけだろう。

 得物を向ける兵を前に、周泰は俺に向かい礼を述べた。

「趙統様、庇って頂き有難うございます」

 そう言うと頭を上げた瞬間、周泰は周りの兵を斬り伏せて逃走した。

 やるじゃないか。いつか殺せる日が楽しみだ。

「ゆっくりしてる時間は無い。速やかに引き揚げましょう」

「ああ、そうだな。だけどこの件は返ったら話し合うぞ」

 公孫賛は部下を殺されて不機嫌だったが目的を見失うほど愚かではなかった。だけど根に持つタイプだ。

(こいつも殺してしまうか)

 いっそのこと、首をすげ替えて桃香を擁立してしまった方が楽かもしれない。

 漢の統治は地方にまで及んでいないから、半分独立状態で好きにやれる。

(ああ、そうか──)

 ちょっと未来を想像した。そして邪魔になるなら排除する。

 曹操様よりも格下が思い上がってるなら絶望を与えてやれば良いんだ。

 

 ☆

 

 山間部の走破は一日中歩いても厳しい。敵の追撃を受けていれば尚更だ。

 太鼓を叩く音が聴こえる。敵だ。

 匪軍の討伐に当たって公孫賛は当初、2個師を用意していた。これは後方支援の人数を除く。さらに劉備軍の縱隊は4,000余。人数を減らしたとは言え戦闘能力を保持している。

 うるさい敵の追撃を一度、叩く事にした。

「私がやるよ」

 公孫賛は騎兵を向けようとした。

「複雑な地形は騎馬の運用に適しませんよ」

「うるさい!」

 部下の前で恥をかかされたと公孫賛顔を赤くした。

「いい加減にしろよ。客将が余計な口を挟むな、二度目は無いぞ」

 でしゃばりと思われたか。

 ふん、何でも自分の思い通りに成ると思うなよ。

「パイパイちゃん、落ち着いて。趙統君もパイパイちゃんを傷付けないで!」

「失礼しました」

 桃香は古い友人を擁護した。信頼関係では向こうの方が上か。

 目の前の敵に思考を戻す。

 話は単純で、狙われるなら此方から討てば良いと言う事だった。

 どさくさに紛れて公孫賛を始末する事を考えた。

(ここで死んでくれたら皆殺しにする手間は省けるけど、帰るまでは生きて貰わないと困る)

 勿論、やりはしない。私怨より未来を思い考えるべきなのだ。

 敵は隘路を追撃して来る。ここが山間部と言う利点を活かせば高所から攻撃するのが妥当だ。

 しかし敵がそれを読んで斥候を出したり、警戒をしてると面倒だ。

 俺達は森林で敵の接近を待った。

 武具の擦れる音が聴こえる。敵は高地に兵を進めた。此方が伏兵も用意せず後退している事から、高地に部隊を進出させた。

「じゃ、行くぞ!」

 俺は高地を尾根沿いに裏から攻めてやった。前ばかり気にしてる敵を逆落としだ。

 俺は15人殺したが、流石に無傷とは行かなかった。背中を斬られた。

 気を常に纏えばほぼ無敵だが、そんな疲れる事はやってられないからな。無意識で出来るほど熟練はしていない。

 後衛戦闘で敵の追撃を撃破した俺達は本隊と合流した。

「お帰りなさい」

「ただいま桃香ちゃん。心配させてごめんね」

 我ながら砂糖を吐きそうな台詞だが、桃香は満足したのかニコニコして腕を組んで来た。

(うっぜぇ、雌豚)

 数日、風呂に入って無いからお互い臭くて汚ないのに、ベタベタするなよ。幾ら友人でもひくわ。

「桃香ちゃん、あんまりくっつくと胸が……」

「趙統君っ!」

 胸を押さえて離れてくれた。人の生き死に向き合っても、性と向き合うにはまだ早いのか?

 あんまりバタバタと動くと体臭が臭って吐きそうだ。

 長城まで渓谷を抜ければ残り少しの場所に来た。

「順調だね」

 桃香がそう言った時、斥候が悪い知らせを持って帰って来た。

「渓谷を抜けた先の森林地帯に敵の伏兵、ですか……」

 渓谷の出口を抑えられた。

 敵は迂回する事で、此方より先に長城への退路を遮断したらしい。

「門が閉じているなら押し通るまでだ」

 公孫賛は強気だが、俺達が使った策を敵がやるなんて胡散臭い。

「いや待った方が」

 だけど公孫賛は止まらなかった。

「幽州は目の前だ。敵を蹴散らせ!」

 勇んで森に向け突撃をかました。しかし敵は一枚上手だった。

「左翼に敵です!」

 あーあー、渓谷の出口に敵が他にも居た。パクリと食いついた餌が罠だった。

「あらら」

 張勲殿も苦笑していた。

 矢弾の攻撃は猛烈だ。公孫賛の兵がバタバタと倒されて行く。横っ面を殴られた形だが、まだ挽回は出来る。

「桃香ちゃん、行ってくるよ」

 曹魏の兵なら死を怖れぬ。家族や仲間共に永遠に生き続けるからだ。平安の世を作る先駆けとして血を流す烈士だ。

 そんなこんなで、敵の襲撃を撃退しつつ長城を越え幽州に戻ると休養を得た。

 不眠不休の後退戦で体力を消耗し俺も泥の様に眠った。

「もし、もし、趙統様」

 誰かに声をかけられて意識が覚醒する。

 物語の主人公には、安眠を妨げられたら相手をぶちのめすと言う者も居たりするが、俺は寝起きでそこまで暴力的だったり寝起きに反応出来るほど器用では無い。

「ん?」

 俺は気配を感じた。

 武を鍛えると身体は強化され、感覚は冴え渡る。その恩恵で氣が張り巡らされ若さを維持する。要するに、寝ていても気配を察知して覚醒する事が出来た。

 天幕に月の光が差し込んでいたが、外はまだ暗い。

 目を覚ますと白い太股を剥き出しにした服装の少女が居た。周泰だ。

 夜這いより暗殺を考えたが、殺す積もりなら寝てる所を襲えば良い。起こす必要は無い。

「君はあの時の」

 軍を抜けた時は敵の勢力圏だった。よく敵地から無事に帰還した物だ。その能力には感心する。

「はい周泰と申します。夜分失礼しました。ですが人目を憚る用件でしたので……」

 何の様だ?

「どうして私をあの時、庇ってくれたのですか?」

 先ずは他愛も無い話題か。緊張や警戒を解くには打ち解けるのが第一ってか。

 では此方も座興に付き合ってやろう。

「猫だよ」

「お猫様?」

 瞬きをする周泰は保護欲を掻き立て、小動物みたいで愛らしい。

「君には同類の臭いがした。愛猫家のね」

 少女はビクッと体を震わせた。ふふん、釣れたな。猫好きと言うだけで親近感を沸かせる事に成功しただろう。

「猫好きに悪い人は居ない」

 本当は、俺は犬派なんだ。

「あ、ありがとうございます」

 頬を高揚させて何だかモジモジしている。挙動不審、いや、これって何だかピン来た。

(まさか、この一瞬で俺に惚れたのか!)

 意を決したのか周泰言ってきた。

「趙統様、私をお側で仕えさせて貰え無いでしょうか」

 ビンゴぉ!

 俺は恋愛にルールを課せている。

 その1、決まった相手が出来たら浮気はしない。

 今の俺は半分、紐で縛られている。記憶持ちの奥さんだ。

「君の気持ちはありがたいが」

「私は仕える主を探していました。趙統様、貴方こそ我が生涯の主君です」

 ──あ、そっちね。クソッ。

 どうやら孫家にはまだ仕えていなかったらしい。袁術に対する追手かと思ったが、そうでもないらしい。

「お猫様好きに悪い人は居ないと思います!」

 周泰は潤んだ瞳に笑顔を浮かべていた。

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