無能な朝廷によって漢は衰退の一途を辿っていた。本来、国とは君主が導く物だが、帝の威信は完全に失墜している。武装蜂起によって新しき世界を作ろうとしたのが、後に出て来た汚ない黄巾賊だ。
「賊のせいで最近は物の値段ばかり上がって困るよ」
「その上、税の取り立てもあるしな」
異民族との戦いが激しさを増す中、匪賊が力を増したのは仕方無い。
目の前で人を襲ってる者が居て、話し合えば解決するなんて考える前に、まず殺してでも止めないといけない。
平安な世界を作る為、民族の救済の為に心を鬼にして匪賊は討伐せねばならない。犯罪者は処刑され、社会復帰の機会は与えられない。ゴミ人生は自業自得の最後を迎える。これこそが抑止力だ。
正義と愛の狭間で淘汰された先に生き残る者が勝者だ。
選び抜かれるには残酷で強欲に成れる者だけだ。どう戦おうと勝てば良い。
「助けて下さい、助けて下さい!」
刃向かうやつは容赦をしない。今日も罪人どもを皆殺しにして埋めて来た。こうして魂は救済され大地の養分に成る。ああ、良い事した。
公孫賛は中々の悪党だった。地味を隠れ蓑にして、俺達を矢面に立たせて使い潰す腹積もりだった。信賞必罰は世の常だが、このままでは公孫賛に殺される。
そう思っていたら、母さんがやって来た。
「劉備殿、私は趙統の母で趙子龍と申します」
母さんは公孫賛の元に客将として仕官にやって来た。だけど公孫賛は、今は人手が余っていると断ったそうだ。
「人が余ってるなら、俺達が牛馬の様に働かされるのは何なんだ」
思わずぼやいてしまった。
母さんはその足で劉備軍にやって来ると、校尉としての待遇を求めて来た。うちの母さんだ。実力は言うまでもないから、相応の地位は約束出来る。
それよりもちらつく胸元が卑猥だ。前から思っていたが、息子である俺の前で他の男達を誘惑するのは勘弁して欲しい。
(相変わらず、なんちゅう格好をしてるんだ)
ネイキッドドレス程の露出では無いが、胸の谷間を強調した服で乳房の上半分は丸見えだ。
(勘弁してくれよ)
これが自分の母親だと思うと恥ずかしさで身悶えしそうだ。
「趙統君のお母様ですか。いつも趙統君にはお世話になっています」
キラキラとした笑顔の桃香は母さんに頭を下げた。お見合いじゃないんだから気楽にしろよ。
「ははは、その事は気にせず私を使って下され。ところで、劉備殿は天下を目指されるのか?」
「えっと……」
桃香は俺に視線を向けてきた。質問の意図が分かってないんだ、こいつ。
「桃香ちゃんは人の上に立ちたい? それとも皆が笑える世界を作るなら誰かの下に付ける?」
ずるい質問の仕方をした。俺はこいつを人の下に着くように前から思考誘導していた──だから答えは分かっていた。そう言う意味では、母さんにも、こいつにも誠実では無い。
「私は皆が笑える世界を作りたい」
兵に対して食事の世話、仕事の世話をしている内に桃香も戦と言う物を理解して来た。
人は付き合う相手に応じて趣味や好みが変わる。環境が人を変えると言うやつだ。
「普通に生きていくことすら出来ないなんて嫌なんです。村が襲われるのも、税が高いのも、御飯だって満足に食べられない人が居るし嫌です。どこ行っても人が殺される。こんなのおかしいと思いませんか? もっと仲良くやれば幸せに成れるはずなんです。でもその前に、必要があれば血を流す事も厭いません」
過程だけを見て批判するのでは無く結果を考えている。
「それを聞けて良かった。我が刃は、貴方の矛となり血を流しましょう」
母さんは姿勢を正して纏う空気を意図的に変えた。
「劉備殿、お望み道理の貴方に成れるかは貴方次第です」
儒教の教えと戦場の軍律。決定的な違いがある。
軍は動かすにも金がかかる。民の税で賄われているという点だ。
軍律は勝利を得る為に、個々の将軍、校尉、兵がどう行動すべきか規範を考えた結果生まれた物だ。つまり戦略上の要求の一つだ。
軍役に就く者は国から給与をもらっている以上、民草の虐殺でも戦略的要求であり、軍律を守ると必要がある。
一度嵌まった泥濘は簡単に抜けられない。桃香がどこまで泥を被れるか見物だ。
「さて、息子よ。久々に親子の絆を深めようでは無いか」
「はい?」
「これまでの旅を聞かせて貰おうか」
そう言う訳で、桃香を連れて俺と母さんは飯屋に向かった。
☆
劉備軍に採用された我が母、趙雲。
親子と言え、軍機に触れる書類もあるので部屋は別室だ。そうなると顔を付き合わせる機会も少なくなる。
代わりと言う訳では無いが、公孫賛と顔を見合わせて飯を食う機会があった。指導陣の意見交換と親睦を深めると言うやつだ。
前の件で俺に苦手意識と劣等感を感じているらしい。態度からモロにバレバレだ。
それでも誘って来たのは仕事上の付き合いがあるからだろう。
「趙統は苦手な物はあるか?」
会食に先立って尋ねられた。気を効かせてくれたのか、あるいは……。
「牛肉が苦手ですね。特に肉汁の出る赤身の残った焼き加減が」
俺は警戒し裏を読んだ答えを告げた。
そして会食ではミディアムレアの焼き加減でステーキが出された。
「お代わりは好きなだけ食べてくれ」
期待を隠そうともしないにやついた笑みを公孫賛は浮かべていた。上から目線の嫌がらせだ。
(まさかと思っていたらこう来たか)
人はどこまでも鬼畜で陰険、残酷に成れる。アレルギーがあれば殺人未遂だ。
意趣返しの積もりだろうが甘い。これは命がけの戦い、闘争だ。
生存競争において、情報は少しでも先に入手してこそ価値が生まれる。だから雇い主であっても、相手に弱味を見せたり油断をしない。
「はい、いただきます」
もりもり食べて公孫賛の唖然とする顔が見れた。
「食べ過ぎて困るから苦手なんです」
「え!?」
ふふん、弱味に漬け込んで喜ぶ積もりだろうがそうは行かない。
(お前は俺を敵に回した。後悔させてやる)
地味どころか腹黒だ。必ずぶちのめして殺してやる。
☆
小賢しくも小うるさい公孫賛を殺るとは決めたが気取られては不味い。やつの求めに応じて働きながら兵を集めた。
近衛兵は生粋の一門だ。それを説き伏せる事は難しい。それ以外の部隊に諜略の手を伸ばした。
「俺達に協力しろ。それか野良犬として生きるかだ」
「趙将軍の御下知に従います」
俺は前から人助けをしていた。西に死にたいと言う者が居れば、戦場に連れて行ってあげ、東に人を殺したいと言う若者が居れば戦場に連れて行った。ぐうの音も出ない聖人だから人望もある。
ある程度の兵力が用意出来たら、今度は幽州一帯にある146の大小城市、要域を制圧する。
公孫賛が討たれたので賊軍を俺達が誅したと言う筋書きだ。
闇と
「用意は良いかな」
桃饅頭を食べていた部下に声をかける。桃香の差し入れだ。
「武器も人も用意しました。準備完了ですよ」
州都である広陽郡
「本日、城内に詰める者は200左右です」
此方では前後と言わずに左右と呼ぶ。まあ意味は同じだ。
敵は概ね200か。その内、侍従や女官を除けば警護の数はさらに減る。
城邑の開発で、治安維持の為に
「俺の合図で突入する。3、2、1」
無能や地味にでかい面させててたまるか。
歩哨を跳躍して蹴り、剣で突き、斬りかかって殺す。
(さあ、宴の始まりだ)
剣は拳の延長でしかない。頭突き、拳による打撃や蹴りも行う。
間合いに入った敵は倒れて行く。
周泰は喉、首、肺を狙って地味だがえげつない殺し方をやっていた。インドア戦であいつの働きは役立っている。俺の視線に反応して振り替えると、誉めてと言う様に笑顔を浮かべた。
護衛の兵は奮戦したが多勢に無勢だ。槍で貫かれ、矢を射かけられ、剣で斬られた。
「な、何だ! お前ら何だよ!」
花びらを浮かべた浴槽に浸かっていた公孫賛は真っ裸なまま身柄を確保した。要所の制圧も始まっている。
「公孫賛様、白馬将軍の名に恥じる最期を進呈しますよ」
夜着さえ纏わぬ裸体はしっとりと濡れている。日に焼けた健康的な体は濡れて艶々と輝き色香を漂わせていた。
公孫賛へ意趣返しと挑発をする為に、わざと舐めるように眺めて俺は下卑た笑みを浮かべてやった。
「趙統、貴様ぁ! こんな奴だったとは思わなかったぞ」
思った通り激昂して罵倒して来た。
筋は通っていない。その言葉をそのまま返してやりたいが、大義は我にあり。
事ここにいたって下克上の下準備は完成していた。気付いていない間抜けは彼女だけだった。
気付くのが遅すぎたからこいつは死ぬ。ピンチを乗り越えられるのは主役級連中だけだ。脇役は舞台から退場する。
「ごめんねパイパイちゃん」
もう少し言動に気を付ける頭が有れば長生き出来ただろう。官位だけで人が忠誠を誓う時代は終わった。弱肉強食、下克上の時代だ。叩かれて黙って我慢する程、俺もお人好しでは無いし、仕える主君を選ぶ権利を持っている。
「この恩知らずめ。桃香も誑かされている。畜生道に堕ちるぞ!」
ご自分は違うと言いたいのだろうか。
「あ、そうですか」
溺れた犬はさらに叩け、禿げ鼠は駆除しなければならないと言うが、広める必要が無い限りは過度に残虐な刑罰は不要だ。公孫賛の一族は即刻打ち首、処刑した。
天下太平の為だ。大義の前ではちっぽけな存在だ。
人材だらけの曹操様のお役にたつには、この地を渡す事が有効だ。勿論、ただで引き渡しては外聞が悪い。借款を申し込み、代わりに幽州を引き渡すと言うやり方だ。
以前、秋蘭様に見上げた義侠心と言われた。忠義を就くすは春蘭様と春蘭様の仕える曹操様だ。
社会への協調性、同化性があり、期を見るに敏なる者は曹操様に跪く。夢の実現への第一歩だ。
「趙統君、やったね!」
抱き付いてくる桃香の豊満な肉体を受け止めた俺は笑顔で返す。
「桃香ちゃんと一緒なら何だってやれるよ」
桃香は嬉しそうで、頬をほんのりと赤く染めていた。
そんな俺と桃香の会話を、母さんと張勲は笑顔で眺めていた。
☆
桃香を顔に幽州の統治が始まった。治安の維持と外敵の対応は分けるべきで、領内の治安は警察機構に当たる保安団と言う警備隊を作った。要点の警戒をさせるにも金や人は幾らあっても足りない。
俺は
新兵には行軍も良い訓練になると言う事で連れて来た。
「将軍!」
人為的な襲撃だ。背中、胸、脇腹に矢を受けて供回りが負傷する。
「賊か」
竹林から槍を構えて賊が突っ込んで来た。剣で竹を切り落とし敵の前進を阻害した。
生身の体でワイアーアクションの映画みたいに跳んだり出来ないので効果的だ。
人は生まれながらに平等では無い。これは前世の恵まれた生活を含めて俺が知った社会の現実だ。
だから、賊の理由なんて知った事では無い。賊なんて悪行で立ち止まる奴に手を差し伸べはしない。悪事に手を染めず、一歩でも進もうとする者こそ生きる価値がある。
「そう言う訳で死ねや」
敵を斬り伏せながら突っ込んで行く。
「な、何だこのガキ!」
烏合の衆は頭を潰せば崩壊する。敵の指揮官を狙った。
「朝廷の犬め!」
俺が子供だと相手は舐めてかかって来た。上手くいかないのは全て国のせいと思ってるらしい。やっぱり賊って頭おかしいぞ。
「うるせぇ」
大義の前で賊の命はゴミ屑の虫以下だ。少数とみれば狙う計画性に悪意が感じられた。罪には罰をくれてやろう。返り討ちにしてぶち殺してやった。
「お前らの棲みかはどこだ? 言え」
「あばばば」
アホな賊を殲滅しついでに拠点のお宝を拝ませて貰おうと向かった。
「捕虜か?」
「は、はい。お役人様」
別に役人って訳ではないが説明するのも面倒だ。囚われていた女子供を解放した。
「我々は陳留まで向かうが、同道するか」
申し出は渡りに船だったのだろう。喜んで保護を求めて来た。
俺も曹操様に書簡を渡したら今回の任務は終わりだ。
陳留に着くと解放した人々を警備隊に引き渡した。
「御手数ですが、警備隊の屯所まで御足労願えませんか」
「そうだね、事情も説明しておこうか」
と言う事で、警備隊の案内で屯所に向かった。そこでは李典さんが話を聞いてくれた。
「警備隊の李典や。隊長の凪──楽進は留守にしてるんや。代わりにウチが話を聞くわ」
前の母さんは留守らしい。会えなくて残念だ。
「はい。私は趙統と申します。幽州より、劉玄徳の使者として曹孟徳様の元に参ります途中、賊に遭遇致しまして、この様な結果となりました」
賊を撃退し、そのまま根城を潰した事を報告した。
「成る程な、御苦労やったな。宿を手配するから、そこでしばらく休んでてな。指示を仰いでくるから」
「御配慮に感謝いたします」
李典さんが曹操様に話を通してくれたので、目通りは直ぐに叶った。それと賊退治の報奨も受け取った。行きがけの駄賃だね。
「民が世話に成ったわね。礼を言うわ」
「正義は悪を殲滅する。それが社会の掟であり、漢に仕える者として当然の事をしたまでです」
頭を下げて答える。
「劉備への援助ね」
「はい」
借款の代償に軍の駐留、租借地の提供、関税無しの交易等が書かれている。文を読み終えた曹操様は簡潔に返事を返された。
「良いわ」
この頃はまだ荀彧様、郭嘉殿、程昱殿と言った軍師連中も揃ってはいなかった。
(陳宮も元気にやってるのかな?)
廊下に出ると春蘭様が親しげに声をかけてきた。
「烏龍」
「春蘭様」
一礼すると物陰に引き寄せられた。
「幽州には直ぐに立つのか」
ゆっくりしたいがそうも行かない。
「そうですね。仲間が待っていますので」
ぎゅっと抱き締められたので、抱き返す。と言っても俺の身長の方が小さいので、傍目には姉と弟ぐらいにしか見えないだろうけど。
「気を付けろ。お前の帰る場所はここだ。一線を越えて私を忘れたりするなよ」
微かに震える体が春蘭様の不安を現していた。
「はい」
信じて欲しい。俺が本気だと。
二人だけで自由に生きれたら良いが、生まれついた立場や役割がある。しばらくは待たせてしまう。
視線が絡み、顔が近付いて唇が重なる。
「んぁ……」
頭からモヤモヤが消え失せた。
俺は長年連れ添って来た彼女との、この幸せを守る為にまた踏み出せる。
「ねぇ春蘭」
そんな事を考えていると声をかけられた。
「はい華琳様、え?」
見られた。
「曹操様」
曹操様に。
考えたらここは廊下だ。周りが見えなく成っていた。
顔に血が集まって来るのが分かった。これが羞恥心か。
「どう言う事かしら。そんな子供に手を出すなんて」
問答無用で殺しそうな殺気だが、俺はほっとした。
あ、そっちか。
年齢的に見たら俺は子供だしな。
「ああっ、華琳様違うんです! いえ、違わないけど違うんです!」
混乱しすぎだ。
春蘭様とは親同士が決めた婚約者と言う説明をした。
死人に口無し。説明は簡単に済んだ。
☆
死ぬよりも生き抜くのが難しい時代だ。
人の痛みや苦しみを理解する必要は無い。同じ底辺で共感するより上に這い上がる方が正しい。
支配する側か、されるか側かだ。
支配する側に成れない者は奪う側に成った。匪賊の横行である。
殺す側に成った瞬間から守るべき民では無くなった。
俺は領内の反乱鎮圧に当たっていた。正確に言えば、相手は幽州の民ではない。だから遠慮はいらなかった。
「行けぇ!」
所詮は賊で烏合の衆だ。敵の第一線を食い破った騎兵は攪乱に動いてる。
盾は守り意外にも使い道がある。打撃の武器としても効果はある。ぶん殴られる賊の光景が見えた。
「良いぞ。もっとやれ!」
正義の為に敵を殺している。首、喉、肩を狙って斬り殺す術は教えている。
飢えた流民が匪賊化し暴れていた。諸侯は私兵を募り討伐を行っていた。
「幽州軍は貴様達が鍛えたのか」
「はい秋蘭様」
借款を通して曹操様の庇護下に入った幽州。秋蘭様が駐留軍として若干の兵を率いてやって来た。秋蘭様が望んで志願したと、春蘭様からの手紙にかかれていた。
今回、秋蘭様は観戦で俺の討伐に付いて来た。今後、肩を並べて戦う事に成る者の采配を見に来たと言う名目がある。他の理由は私的な物だ。
秋蘭様にとって、俺が春蘭様の婚約者と言う事は寝耳に水だった。だから俺と話し合う機会を求めていた。
「姉者に婚約者が居たなんて今まで知らなかった」
そりゃそうだ。親御さんに確認のしようも無いからな。
俺と春蘭様が口裏を合わせている以上、嘘は真実だ。
「だけど、姉者がそこまで信頼する相手なら、私も信頼しよう」
春蘭様第一な秋蘭様なら反対も考えられたが、俺は若く将来有望だ。
幽州の実質的な軍事全権を預けられている。
「将軍、賊軍が降伏を申し出て来ました」
血の一滴まで戦う覚悟は無い様だ。素人が正規軍に勝てると言うのは幻想に過ぎない。
「分かった」
これから仲間と成るのだ。秋蘭様には、捕虜の処断も隠さずに見せる。
「逆らえば殺すぞ」
そう言いながら部下が、数珠繋ぎにされた捕虜を鞭打ちながら連行して来る。秋蘭様が眉を潜めて居た。モラルの低さが目立つけど俺は制止をしない。
新兵なんて程度の差はあるが、概ねこんな物だ。
戦が終わったばかりで部下の興奮がまだ覚めていないと言う事を理解していた。これで長い攻城戦なんてやった日には、虐殺と略奪が目に見えている。
(感情的になるより冷静さが大切だな)
部下の行いを見てそう思った。
「曹操様は奴隷を求めますか?」
前回は陳留の地下に施設を築く労働力だった。
「不要だ」
「分かりました」
生産性の無いゴミなら、囚人として食わせるのも無駄だ。全員の斬首を命じた。
涙を流すほどの甘ちゃんはうちの兵には居ない。犯罪の芽は摘み取らないと直ぐに広がってしまう。これが家族を守る事、平和な未来に繋がるからだ。
帰ったら俺には仕事が他にも待っていた。人材確保の面接だ。
幽州の政変で支配階層の首がそっくり入れ替わった事は公然の秘密で、仕官してくる者が後を絶たなかった。
執務室の机を挟んで紫のツインテールと金髪の頭があった。
「諸葛亮殿に鳳統殿。お二人は軍師としての職を希望されるそうですね」
俺の前に本来、劉備を支える孔明と鳳統がやって来た。軍事の責任者が俺だから回されて来たのも当然だな。
「は、はい。優秀な血を残せば良い。水鏡先生はそうおっしゃって居ました。女学院時代、お役人様にお会いする機会がありましたが、粗暴で無責任極まりない方でした。こんな輩が国を動かす政を行うのは税の無駄と思いました。官匪を討つ劉備様の行いこそ義と仁が在ります」
「私も朱里ちゃんと同じです。一見、残酷な仕打ちですが将来を考えて最良の策を取られていると思いました。なので趙将軍の下で、お手伝いをさせて頂きたいのでしゅ!」
「あわわ、雛里ちゃん!」
鳳統が突然、口元を抑えてうずくまった。
うわ、舌を噛んで涙を浮かべている。あれはマジで痛いぞ。口内炎に成るかもな。
「鳳統殿、口を」
俺は口を開けさせた。懐紙を舌にあてがうと血を吸って赤く染まっていく。
何回か交換をして血が収まると話に戻る。
「し、失礼しました」
顔を赤くした鳳統と諸葛亮に気にしてないと笑顔を向ける。北郷程でもないが、笑顔は人を安心させる力がある。二人は肩の力を抜いて会話を再開させた。
「満足度の高い結果を提供出来るとお約束します」
俺にしてみれば、二人の能力を疑う事などあり得ない。曹操様の覇道を支えるに相応しい人材だ。諸手を上げて歓迎したい所だ。だが面接の形式上、事実を告知しておく必要がある。
「お二人の申し出は嬉しく思います。即採用としたいのですが、先ずお二人に告げて置かねばならない事が有ります。この幽州は曹操様の支援を受けています。はっきり言って独立する気はありません。曹操様に天下を取っていただきます。ここまでは宜しいですか?」
ぶっちゃけた話だが、二人は動揺する事無く頷いた。嫌だって言うなら、他勢力に行かれる前に殺すか幽閉するけどな。
「これから子供や老人を問わずたくさんの人が死にます。恒久的な平和を実現する為です。優しい世界を作る為には必要な犠牲です。お二人にも必要があれば死んで貰います」
これは就業規則の確認と言った感じだ。脅しじゃ無いよ。
体を強張らせ汗を浮かべる二人だが、目で促すと了承の返事を返した。
「覚悟して下さいね。確りと働いて貰いますから」
天下太平を目指すパズルのピースが埋まっていく。
☆
人材の充実して来た幽州だが、ある日、桃香が誘拐されたと言う知らせが入った。
特に心配はしなかった。あいつは何だかんだと言って運も良いし、人見知りをしない。手荒な事をされはしないだろう。
張勲殿は休暇で袁術の元に行ってる。袁術第一主義だから休暇の呼び出しには応じないだろう。「美羽様と過ごす時間より優先する事ですか?」って言われるのが目に見えていた。
うちの母さんも休暇を利用して友人の所に出かけている。
(たしか豫州に行くとか。しばらくは帰って来ないな)
まだ黄巾の乱すら始まって無いのに桃香が脱落したら……。
(うん、特に問題は無いな。見捨てるか)
だけど友達だし、世間的な対面もあるから真面目に探して助け出す方向だ。
毎日、寝食を共にして仕事で顔を付き合わせて居れば情も湧く。そう言う物だ。
「桃香様は護衛を連れていなかったそうです」
鳳統の言葉に呆れが増した。
「何やってんだ、あいつは。立場を考えろっていつも言ってるのに」
戻ってきたら説教だが、先ずは誘拐事件の対応だ。
事件発生は午前中で、昼飯に戻ってこないと思っていたら賊から身代金の要求があった。金、銀に塩と米、運ぶ為の馬。図々しい物乞いだ。
「趙将軍、どうしましょう!」
「夏侯淵様に応援をお願いしますか?」
はわわ軍師とあわわ軍師が狼狽えていた。てめぇら軍師が落ち着かなくてどうするんだ。
「身内の恥を晒す事になりますし、この程度の事で秋蘭様のお手を煩わせるまでもありません。内々に処理します。お二人共、我が軍を軽く見ないで頂きたい物ですね」
十分な休養と食事で体調管理された強靭な肉体と精神を持つ軍が存在する。
「私のやり方で潰してきます」
地図から消えた村と言う言葉があるけど、地図はいつの時代も貴重な情報源となる。だからあえて地図には載せていない城や砦もある。それらが廃城となった場合、新たな拠点設営に再利用される事もあるが、大抵は放棄されている。賊はそのどれかを利用していると考えられた。
はわわは頭を下げる。
「頼みました」
4,000の兵を連れ、誘拐現場周辺の捜索を行った。
すると周泰が傷だらけの兵を連れてきた。
「趙統様、賊を手引きしていた者を捕らえました」
「でかした! 後で豚汁を奢ってやるぞ」
その兵士は首筋に固まった血と切り傷が見える。刃向かうが歯が立たず、自害しようとしたらしい。捕まれば拷問で尋問されるからだ。
「本当に迷惑なんですけど。わかってますか? 死ぬなら除隊してから死んでください。上の迷惑考えましょうよ。報告書とか管理問題だし、裏切って手引きとか本当に舐めてんのか? 誠意を見せて土下座しろよ屑」
口調を変えて蹴りを入れた。
「飼い主の手を噛みやがって。全部吐け、お前の雇い主は桃香を、劉備玄徳をどこに連れて行った」
血を吐き咳き込むが容赦はしない。手を踏みつけたら骨の折れる音がした。いい年をした男が泣き出した。いや、裏切り者は男じゃないか。
「た、頼まれただけで詳しくは」
人相を聞き出して似顔絵を書く参考にした。書いたのは俺の副官で、休日に写本で小遣い稼ぎをしてると言う。
「お、中々早いな」
「えへへ、そうですか」
エロ本からファッション誌まで普及してるこの世界ならではの早さだ。
「じゃ、この顔を見つけたら生かしておかないとな。幼平、頼むぞ」
周泰は人相書き受け取ると走って行った。
「将軍、周泰ちゃんは俺達の心の癒し何ですから、あんまり無理をさせないで下さいね」
うわ、俺の部下は病気だ。
☆
他人にはおかしく見えても自分が満足なら何も問題は無い。その信念は素晴らしい。
実力が伴っていればだが。
周泰が見つけ出した賊の根拠地に俺は一隊を率いて向かった。
「火の手が上がったら銅鑼を叩き喚声を上げろ。良いか?」
俺と周泰が火を着けて、砦から賊を追い出すのが計画だ。逃げた先には友軍がコの字に展開している。その後は袋を閉じるだけだ。
後は火を着けるだけだった。
だけど俺の目の前で砦が燃えている。まだ俺の策は始まっていない。
「なんじゃこりゃ」
悲鳴や怒声、戦場の騒音から先客が居るらしいと分かった。
「ついてねえなあ、糞っ!」
賊が毒づきながら逃げて来る。俺は物陰から忍び寄りそいつを斬り殺した。
状況は分からないが、此方の損には成らないだろうと判断して俺は命じた。
「このまま進むぞ」
砦に突入すると若干の敵が抵抗して来たが、殆どは死んでいた。
屍が辺りに転がっている。
「あ、趙統君。干し芋食べる?」
死臭が漂う中で、桃香は連れと干し芋を食っていた。
連れはなんと関羽と張飛だ。
「桃香ちゃん、食べるのは後にしようか。それより説明してくれるかな?」
桃香の傍らに立つ関羽と張飛に視線を向けて俺はそう言った。
「ごめんなさい、心配かけたよね?」
心配より迷惑をかけてくれた。
「此方は愛紗ちゃんと鈴々ちゃん。私を助けてくれたんだ」
もう真名まで預かっているのかと呆れたが、二人に頭を下げる。
「すみません。うちの馬鹿が御迷惑をおかけしました。こいつ、ちゃんとお礼は言いましたか?」
「ちょっと、馬鹿って酷いよ!」
取り繕うのも面倒だ。外野を無視して礼を述べると二人を城に誘った。お礼に食事と宿を提供する。何なら好きなだけ逗留してくれて構わないと告げると驚いていた。
だけどこれは当然の礼だ。恩人を冷遇すれば悪い噂が広まってしまう。それに二人を上手く勧誘出来れば儲け物だ。
「ねぇ、聞いてる? 無視しないでよ!」
腕を掴んで揺すって来るのが鬱陶しい。
「ああ、聞いてる聞いてる。桃香ちゃんはいつも可愛いよ」
「そ、そんな可愛いだなんて」
照れてもじもじするるアホを放って置いて、部下に事後の指示を出した。
今回は暴れ足りず、消化不良だ。
☆
「趙統様」
「うん?」
情報収集に放っていた周泰が戻って来た。
「謀叛を起こそうとしていた賊徒の首魁、馬元義なる者が処刑されました。各地で朝廷に反発し同調する動きが見られています」
「なるほど」
面倒な事が遂に始まった。
黄色い頭巾を被った連中が各地で武装蜂起を起こしていた。
首謀者は例によってあの三姉妹だろう。
(前回は首を跳ねたが、今回は手に入れれるか?)
幽州では住民相互の監視体制や密告の報奨制度で反乱の芽は事前に潰されている。
そして管輅と言う占い師が俺達の街にもやって来た。占いなんて胡散臭い物を俺は信じ無いが、この時代は影響力が大き過ぎる。
「流言で人々を惑わす不届き者め。捕らえろ」
即刻、処刑したので住民に噂はそこまで広まっていないはずだ。
首は塩漬けにして曹操様の名で都に送ったら、宦官の受けも良く成ったそうだ。これも家臣の家臣である陪臣として気配りだ。
一方で噂が始まった以上、北郷の来訪は近い。俺は天の御遣いを捜索させた。
俺達の陣営には新たに関羽と張飛が加わった。
「武芸に秀でたお二人には将器があります。ですがいきなり将軍として厚遇する訳にはいきません。当面は見習いとして勤めをお願いしようと思います」
張勲殿の意見に全面賛成した。何事も経験が物を言う。知識が無い者なら尚更だ。
領内の巡回で張飛を連れて町の外に出た瞬間、空に流星の光りを見た。
予言を思い出した。『天の御遣いは流星に乗ってこの地に現れる』って内容だった。
流星が落ちた方向へ馬を走らせた。
「趙統、どこに行くのだ?」
張飛は豚に乗って追従しながら訊いてきた。
「悪党を捕まえに行くのさ!」
例えボール程度の隕石が落ちてもそれは凄まじいエネルギーがある。しかし着地の轟音も衝撃も伝わって来なかった。
「お、あれか」
光沢のある制服が目立つ。地面に横たわる北郷を確認した。呑気な寝顔を見てると首を斬り飛ばしたくなる。
(使える物は使う、か)
賊徒の手にかかった、あるいは北郷自身が賊であったと偽装するのは簡単だ。
「こいつが悪者なのだ?」
張飛は蛇矛で北郷の首をつついていた。
ここ北郷を悪党だと言って殺しても、張飛は素直に俺の言う事を信じるだろう。その為に信頼を築き上げて居た。財布を痛めて飯を奢ってやって居たのもこの為だ。
「殺すなよ。話は連れて帰ってからだな」
先ずは上々の首尾だ。人目を避ける為、城内では無く演習場の廠舎に連れて行った。
ここは業務隊が管理しているが演習が無ければ人目に付かない。最適な場所だった。
呑気に寝ている北郷を見てるとむかむかする。
殺したい。北郷を凄く殺したい。だけど一日も早く戦の無い世を創る為だ。北郷も利用して見せる。
演習場の外にある飯屋で食事を取っていると、北郷が起きたと報告を受けた。
「ゆっくり食べていて良いぞ」
張飛に言い残して、俺は北郷に面談すべく向かった。
「初めまして天の御遣い様、私は趙統と申します」
「天の御遣いって? それにあんたら、一体……」
相変わらずため口に苛つきを覚えるが我慢だ。
北郷に状況を説明した。さりげなくパラレルワールドの三國時代に転移したと言う事を伝えた。
「私達は政に携わる立場にあります。そして今、漢は新たな危機に直面しようとしています。大規模な戦です」
北郷はきょとんとしているが、大量の情報を与えて判断力を失わせた所で畳み掛ける。
「曹操様は太平の世を創る為に我が身を犠牲にしようとして居ます。汚名を被る覚悟です。それは家族や友を失う痛みや苦しみ、悲しみを超越した崇高な使命です。ですが懸念と言いますか、曹操様の覇業に障害があります。ずばり言いますと、貴方の存在です」
「俺?」
「貴方の存在は天を二分し戦を長引かせる事に成ってしまいます。何しろ、天の御遣いを名乗るですから。私達が放って置いても朝敵は間違いありません。ですから殺す事も考えました」
ぎょっとして体を強張らせる北郷に笑顔を向ける。
「ですが戦ならともかく、罪も犯していない貴方を殺したくはありません」
ほっと肩の力を抜くが安心するな。俺はお前を殺したいんだ。
「身を隠して貰えませんか? 衣食住は保障します。大義の為に世に出ないで頂きたい」
それは飼い殺しの提案だ。でしゃばりさえしなければ、こいつの使い道は何かしらあるだろう。
どんなに妻と離れていても、どんなに虐殺を行っても、それが大義の為だと説明すれば理解してくれる。しかし他人は違う。
完璧に理解させる事も納得させる事も出来ない。
最悪、反発から足を引っ張られる。そう成らない為の隔離だ。
☆
幽州で秋蘭様が暮らす宿舎は、粛清した旧公孫賛派の館を使っている。
内装や家具で金に成りそうな物は政権交代時に売り払った。なので秋蘭様の生活で必要な寝具や家具は、駐留経費として此方が持って揃えた。
「趙統。今夜、うちに来い」
「かしこまりました」
独身の女性の家に招かれると言っても、春蘭様を敬愛する者同士で馬が合った。
これまでも春蘭様を酒の話題によく誘われた。と言っても俺の体は成長途中なので酒ではなくお茶で付き合う形だ。
今回もその気で酒と桃饅頭を手土産に伺った。
「曹操様の本隊に合流ですか」
「そうだ。今回、幽州軍には曹操軍として討伐に参陣して貰う。お互いの連携を高める上でも必要な事だ」
秋蘭様から曹操様要請を受けた。実質的な命令で拒否権は無い。
「劉備は置いて行きます。責任者は私で、他に周泰と張飛を将として連れて行きます」
関羽は曹操様の判断を鈍らせるから駄目だ。うちの母さんも残して置く。従軍する軍師には諸葛亮辺りが良いだろう。鳳統は人見知りだから残して置く。
「兵糧は此方で用意するとの事だ」
「それは助かります」
幽州から
(行く前に北郷の様子を確認して置くか)
あれから北郷は貧民街の外れにある借家に押し込んだ。周囲は監視の兵を配置してる。
次の日、早速、北郷の様子を見に行った。
「どうですか、ここの暮らしには慣れましたか」
土産の桃饅頭を渡す。桃香が腐る程の量を作ったのでお裾分けだ。
「趙統さん、いつも有難うございます」
衣食住に不十はしていない。だがTVもパソコンもゲームも無い。暇をもて余していると言う。
食べるぐらいしか楽しみは無い。早速、桃饅頭をパクついていた。
(あれを見せてやるか)
北郷を試す事にした。
「それでは散歩にでも行きますか?」
「良いんですか!」
食いつく北郷。今まで家から出るなと指示して居たからな。
「ええ。今日は私と兵も居ますから大丈夫ですよ」
俺の足下で頭を擦り付けてくる猫、ノルウェージャンフォレストキャットが居た。
この小さな悪魔は周泰を操る道具だ。「モフモフさせてやる」と言えば、簡単に賊の首を取って来る位だ。猫の喉をくすぐっている俺を、北郷は信じられない物を見る様な目付きで見ていた。
そんな俺だが、今、街を囲む城壁の外に来ていた。
「殺してやる、呪い殺してやる!」
頭の上から声が聞こえる。それは罪人の物だ。
領内に侵攻して来た黄巾賊の一団を俺は撃破した。捕らえた生存者は情報を吐かせた後に処刑する。
今回は磔刑だ。
最近、ローマ人の交易商と話す機会があった。その時にこの猫も手に入れた。
ローマ人の商売根性には感心する。話のついでに聞いたが、世間には色々な拷問や処刑方法があるらしい。
その内の幾つかを試してみた。
「呪えるなら今すぐ呪ってみろ」
第二次世界大戦中にルーズベルト大統領を日本は呪殺したそうだ。大陸から伝えられたらしい。この時代にも存在すると仮定するが、それでもそんな技が一般人に使えるとは思えない。
「ああああああぁぁぁ」
子供が泣いている。賊の家族だ。
「あああああっ、あああああああっ、痛いぃぃ! 痛いぃぃぃ!」
磔刑で槍で突かれ、咳き込みながら血を吐き泣き叫んでいた。
「俺は痛くないから」
話を聞いて無い。ガキは泣き叫ぶだけだ。
「ああああ、ああああああ、あああああっあああああぁああああ、あああああ、ああああああっ、あああああああっ」
語彙が乏しくて面白く無い。もう少し命乞いをして欲しいが、子供では泣きわめくだけだ。
一族は連座で処刑される。反乱とはそれほど罪深い事だ。
「酷ぇ」
北郷の言葉に俺は呆れた。
意識改革の積もりで罪人の処刑を見せたが、これでは戦場に連れて行く事は無理だ。
「ああ、北郷君。罪人に同情は止めて下さい。同調したと貴方まで殺したくはありませんから」
俺は北郷の世話を自ら買って出た。近くに女を寄せるのは危険だ。うちの母さんや同僚にも、北郷は性的野獣で分別が付かない蛮族だから対話は無理だと吹き込んで置いた。
「この国はまだ成熟しておりませんが、それなりの伝統で法と秩序が守られています」
「でも……」
北郷が納得出来ないのは、過度に人権保護を行う現代日本から来たからだ。犯罪者は更正するから少年保護法で守られている。在日は通名で報道される。歩行者が飛び出しても車が悪い。そんな甘えを俺は認めない。
(ここは好印象を与える機会か)
いい加減、子供の鳴き声が鬱陶しく成って来ていたのも理由の一つだ。
部下に首を跳ねろと命じた。
「趙将軍、宜しいのですか?」
磔刑は見せしめと、罪の深さを思い知らせる為に苦痛を長引かせると言う意味がある。首チョンパは苦痛から解き放ってしまう事に成る。
俺は一日一善を心がけている。これも善行の積み重ねだ。
「構わん。楽にしてやれ」
猫を抱き上げて背を撫でる俺の言葉に、部下や周りから敬意の視線を向けられた。慈悲深いとでも思っているのだろうか。
「北郷君、君にも責任ある仕事を与えてあげましょう」
ここの生活に慣れてきた北郷は、何か手伝える事は無いかと訊いてきていた。だから与える仕事を考えた。文字の読み書きを教える手間は勿体無いし、万が一敵に成った場合は余計な知恵を付けさせる事に成る。
敵に余計な情報を与えない。
戦は敵の機先を制する。そして反撃の糸口を与えずに、徹底的に叩きのめす事が肝心だ。
交渉事も勢いが大切だ。なんやかんやと丸め込んで、北郷に米倉の見張りを任命した。
「これは重要な役割です。米を一握りでも盗めば死罪です。注意して下さい」
罪人の処刑を見た後で素直だ。
「わ、分かりました。色々と有難うございます」
そのまま放置されたら飢え死にか、どこかで殺されていたかもしれない。
その事実に、北郷は俺を恩人だと感謝していた。一方の俺は、嫌いな相手に心で思っても無い親切を口に出してると吐き気がする。
兵卒扱いだが、隊舎暮らしで衣食住も提供される。約定を違えてはいない。
念には念を入れて同僚も男で固めている。話し相手が居るだけでも十分だろう。孤独からの解放だ。
これで今日は二つ良い事をした。