中原は地理的要因か、肥沃な土地である為に幾度も戦場に成っている。現代戦では河北
まあ、なんのかんの言っても餓死者が出ようが、粛清されようが中国は滅びなかった。多少は間引いても人口に問題が無いって事だな。
ふわりと漂う臭さに思考が中断された。前を見ると戦場から避難する避難民の群れがあった。着の身着のまま浮浪者みたいで臭いし汚い。
(水浴びする暇も無いのか?)
不意にこいつらは擬態で、避難民に紛れたゲリラを想像した。後方攪乱には有効な手段だ。
(敵の第五列だったら不味いな)
俺達の視線を避けるように避難民はうつむいていた。
社会適応に必要な対人能力の低い根暗とか、仕事の出来ないやつはいじめられる。同じ様に暗い雰囲気を放ってる連中は鬱陶しくてかなわない。
なぜベストを尽くさないのか? 答えは受け身の屑だからだ。
「焼き殺すべきか……」
ぶっ殺すのは簡単だが始末が面倒だ。だから火葬のバーベキューが一石二鳥と言える。
豚に乗った張飛が隣に並ぶと、俺の雰囲気を感じて尋ねて来た。
「どうかしたのか?」
世間では極悪な官軍が民草をいじめてるイメージだがとんでもない。民から搾って居るのは役人の方だ。俺達は悪党から守ってやってるのだ。
「いや、さっさと終わらせて帰りたいな」
「任せるのだ!」と勇ましげに蛇矛を掲げた。
反乱鎮圧は敵と味方を分ける必要がある。
競合地域なら味方の民を集めれば、部落への出入り監視や防備が容易に成る。そして住民の宣撫と治安維持を行う事で、領内の面が確保される。共同謀議で村ごと始末してたら切りがないから、ある程度は目を瞑るから情報を提供して貰う取引だ。
「漢に刃向かう糞共を神の元に送ってやれ」
問題は天候だ。これだけは俺も敵わない。
ゴビ砂漠から降ってくるのか黄砂で地面はぬかるんでいる中、黄巾賊は漢軍を相手に野戦築城した陣地で俺達を迎え撃った。歩兵掩体、指揮所、連絡壕、障害物、等で突貫工事にしては良くできている。
敵の首魁である役萬☆姉妹は神輿として担がれているだけだと言うが、三女の張梁は優れた頭を積極的に使っていた。討伐が長引いたのはこいつの責任もあるが、今回はその求心力を曹操様の為に使って貰う。生け捕りが使命だ。
☆
祭りを楽しむべく幽州軍は戦場にやって来た。
「趙統以下幽州兵、ただいま参陣致しました。我ら幽州兵は如何なる下知にも従う所存ですので、遠慮無くお申し付け下さい」
曹操軍の本陣が置かれた天幕で曹操様に拝謁した。周囲からは比較的好意的な視線を向けられた。春蘭様が根回しをしてくれたのか?
「ふふ、そう気張らなくても良いわ。幽州から良く来てくれたわね。先ずは体を休めなさい。戦が始まったら、貴方達の働きにも期待するわ」
拝礼して答える。
「はい、曹操様の馬前で戦働き出来る事は喜びです。我ら一同、曹操様と命運を共にする覚悟は出来ております」
「ふふ。お世辞が上手いのね。さて、官軍の総大将は盧植殿から皇甫嵩殿に代わったの。だから配置は桂花から説明させるわ」
曹操様の言葉に傍らに控えていた荀文若様が軽く頭を下げたので、俺も返礼する。
荀文若様は男を嫌うと聞いていた。だけど、まじまじと俺を見てきた。
「あんたみたいな子供が本当に春蘭の婚約者なの?」
興味津々って感じだな。
「ええ、そうです。この戦が終わったら一緒に成る予定です」
「ふーん」
自分で訊いておきながら素っ気ない。まあ罵倒されるよりはましか。
「荀文若様、此度の戦で、我らは曹操様に如何に御奉公すべきか、軍師のお立場から御所存をお聞かせ下さい」
「良いわ。あんた達の失敗は華琳様の失敗になる。だから諸侯の前で粗相が無い様に私が教えてあげる」
雨や寒さに耐えて対峙状態だった戦況が動いた。敵は南への脱出を企図しており、左翼作戦軍が圧迫され官軍に多数の犠牲が出ていた。
「無様ね」
曹操様の視線の先に、黄色に飲み込まれ倒れる「董」の旗が幾つか見えた。
黄巾賊は反乱を起こして官軍を相手にする馬鹿だが、官軍の質にもピンからキリまで色々ある。一翼を担う董卓軍が賊ごときに圧されていた。
(董卓様の配下に呂布はまだ居ないのか?)
曹操様は側翼を固め、要点へ兵力を集中し逐次、前進をさせている。
「伝令、曹閣下より趙将軍に前進命令です」
フットワークの軽さが曹操様の強みだ。
「よし! お仕事、がんばるぞい」
俺は幽州軍の一半(半分)から成る支隊を率いて敵の退路を遮断に向かっていた。残りは諸葛亮が統率をしているから安心だ。
工兵が汗だくに成って整備した山道を進む。断崖絶壁には縄梯子がかけられている。騎兵の馬や荷駄を運ぶラバの場合は荷物を下ろして引き上げてから荷物を再び乗せると言う手間がかかった。これも起伏に富んだ山岳地帯の地形を走破する為だ。
(ヤギなら喜んで登るのにな)
現地自活と言う事で、黄巾賊はイナゴの様に田畑を荒らし略奪をして食い繋いで居た。俺達、官軍の場合は儲備券で調達をして、朝廷から支払われるので略奪はない。
そして敵の荷駄隊を発見した。後方だと安心して、無警戒で道を進んで来る荷馬車に米、反物、炭等が積まれていた。
「身の程知らずの賊徒どもだ。脳みそをグチャグチャにかき回してやれ!」
喚声をあげ飛び出す我が兵は敵を圧倒した。「アイヤー」「ガガントス!」と叫んで逃げ出す敵を一兵残さず討ち取った。敵の死体が藪に引きずられ裸に剥かれる。
「趙将軍、死者にこの様な仕打ちが許されるのでしょうか?」
おどおどと尋ねてくるのは、新たに採用された兵士だ。分からない事があったら聞くのは恥ではない。分からない事が分かっていながら聞かないのはガキ以下だ。
「賊徒は奪い殺すだけで獣だ。同情は無価値だ」
一応、答えてやったが、こいつらには精神教育の時間でも取るべきか?
反乱を起こした賊徒は屑だ。人権は無くなっている。
戦利品は元を質せば民草から奪われた物だが構わん。食い物や金目の物は山分けした。武具や馬匹は上に提出をする。
俺の支隊が瓶の蓋になり、敵の捕捉殲滅は可能となる。突進して居た賊軍は慌てて後退を始めるが出口は塞いだ。そして曹操様は苛烈な方だ。全力追走を命じられた。
さて、ここからが包囲殲滅戦だ。支那事変の日本軍みたいに、敵を取り逃がすヘマはしない。
農民には申し訳無いが、泥田に追い込んだ敵の遺棄死体は軽く1,000を超えていた。良い栄養分に成ると思うが、気持ち悪がるので他所に穴を掘って埋めさせた。味方の遺体は指や腕を切り落として荼毘にした後、埋葬する。残りはその場で埋めさせた。
「皆、覚えておけ。罪深い者共の末路だ」
幽州軍の残りと合流すると、味方の負傷兵を患者集合点に運ばせた。負傷者は恩給を与えて退役させ、有事には補充兵として働いて貰う仕組みだ。
「お帰りなのだ」
「ああ、ただいま」
陣地では張飛がパッと明るい笑顔を浮かべ、ぶんぶんと手を振って待っていた。張飛の頭を撫でるが、年も変わらないのに生意気なのだと怒られた。そこに諸葛亮も出迎えしてくれた。
人が暗闇で迷わない為には光が必要だ。乱世では強い力が光に成る。こいつも軍師として光を求め寄って来た。
「お帰りなさい趙将軍。お顔が汚れていますよ」
返り血で黒くなった顔を擦っていると、張飛の腹が鳴った。視線を合わせた俺と諸葛亮は苦笑する。
「飯にしよう」
今日は俺の好物のコーリャンが待っている。飯の上に肉とコーリャン乗せただけだが美味い。安物だが俺の舌を唸らせる。
陣地に帰還し休養と再編成を行っている間にも戦は続いている。
『未来は僕らの手の中』
そう。誰も皆、未来は明るい。
何故なら死体を積み重ねているからだ。死体を積み重ねた先に勝利がある。
包囲戦の終盤、二胡を拾った。
(傷や汚れも無いし桃香の土産にするか)
歓声が聞こえたので目を向けると、「女だ!」と言う事で兵が嬉々として集まって来ている。
「野蛮だねえ。これだから女に飢えた童貞は」
「えっ……」
俺の言葉にぎょっとした顔で諸葛亮に見られた。
「おい、お前ら何をしてる! こう言う時は将軍がお先だろう」
副官の言葉に兵は照れ笑いをしながら先を譲ってくれる。
ブスに欲情し無いが、美人は体が反応しそうになる。そこに愛は無いが、結局は穴さえ相手りゃ性欲の発散は出来るから良いんだよ。
自由に生きた者が勝ちだが、春蘭様も近くの戦場で戦っている。アホな行動は出来ない。
「万策は尽きた。好きにしたら?」
諦めの表情を浮かべた女に見覚えがあった。
「お前、張梁だな」
その言葉で弛んでいた兵達が武器を向ける。
チャンスはピンチの時にやって来ると言う。こいつの場合は俺に見つかった事が幸運だ。
「お前らのやろうとしてる事を全て吐け。質問に答え無いと、兵士の慰み物にして殺すだけだ」
「体が欲しいならくれてやる。でも私は何も喋らないわ」
体を自由にして良いだと。姑息な誘惑で懐柔はされない。
「ふざけるな、淫売。俺をこけにする気か? このホビロン野郎が!」
顔を近付けると張梁は視線をそらした。強気で言ったのは、はったりだったらしい。
黄巾賊と言っても怪しげな妖術書で操った集団で、しょせんはまがい物だ。力も信念も無い。
「若いだけで女は利用価値があるからな。アヘン中毒にして女郎屋に売ってやろうか。あァ?」
やったねたえちゃんのネタ元なんか子供騙しに思えるぐらい、口腔、気管支粘膜、髪や衣服まで兵士に汚させる。
俺の本気は伝わったのだろう。張梁は土下座で謝罪を始めた。
「ひっ、ひぃ!? ごめんなさい……分かりました……ごめんなさい……」
本気で犯させた後、殺そうと思ったが興ざめだ。
「え、何だって?」
俺の返事に絶望の色を浮かべる糞女。良いぞ、その脅えた顔が見たかった。
「ちょっと、待って……!」
目には目を、歯には歯をはハンムラビのおっさんだったか? 悪には悪の鉄槌を下す。
「この愚か者の首をはねろ」
俺は悪く無い。だから何の感傷も沸かなかった。
「かしこまりました」
正義は常に一つ、勝者の側にある。敗者は滅びるだけだ。
「悪魔! この悪魔! あんたなんて悪魔よっ!」
張梁が叫んで暴れ始めた。
「へいへい」
ツンデレか。勘違いでは無い。惚れられたなこれは。だけど眼鏡っ子ってのは嫌いなんだ。
「冗談はともかく全部吐いて貰おうか?」
「え、冗談?」
腰砕けになってへたりこんだ張梁。良い顔をしている。今度こそ虚勢を張る根性をへし折った。叩く時は完膚無きまでに、二度と逆らえない様にする事だ。
その後、交渉は此方の主導で進んだ。張梁は姉妹の命を条件にスラスラ喋ってくれた。
「約束は守る」
張梁の保護を曹操様に報告し、偽の首を朝廷に献上した。討ち取った後、蹴鞠にして遊んだ為に顔が判断出来無い程に崩れたと記録に残した。
ぼんくら揃いの朝廷だ。目を欺くのは簡単だった。
「すみません、調子に乗り過ぎました」
賄賂を掴ませて謝罪をすると、その方はまだ若いし、賊に怒る気持ちは仕方が無い。そんな風に勝手に理由をでっち上げてくれた。
曹操様は、黄巾賊の首魁を一人討ったと言う事で褒賞を貰うはずだ。
「他の皆は助けられないの?」
俺の女官扱いで身分を隠す張梁が訊ねて来た。
再三に渡って反乱は駄目だ。賊は悪い事だ。死罪だと国が言ってたのに悪事に手を染めたから、この様だ。自業自得、自己責任の結果だ。
「死罪を免れれば何でもすると言うなら、奴隷の身分で生かして置ける。後は曹操様に協力する事だ」
「協力?」
弱い物は潰し、強い者は引き摺り落としてでも潰す。曹操様の世直しだ。
俺も人間兵器的男子と呼ばれながら手を血に染めて来た。これも正義の為だ。
張梁は馬鹿な大衆を扇動して帝に弓を引かせたぐらいだ。甘ったれた偽善は口にせず、大義の為の犠牲を理解した。こいつは同類で、姉妹の為なら自分の手を汚せる人間だ。
「そうすれば姉さん達も助けて貰えるのね?」
俺は悪い様にはしないと頷いた。
「泥を被る代償だ、約束しよう。立場を忘れずに励めよ。成果には報いる」
声を潜めて話し合う俺達に桃香が割り込んで来た。
「これどうかな」
「ニシンの包み焼き?」
今回は従軍しないはずだったがお手伝いがしたいと言う事で輜重兵を指揮していた。ボンクラ娘は観戦とほとんど同じなので、幽州軍の指揮は俺が執っている。
(諸葛亮の爪の垢でも煎じて飲んでろ。糞が)
それとなく料理を眺める。ジブリと違い見た目も悪い。俺、嫌いなんだよね。ニシンのパイは。
ぐいぐいと体を寄せてくる桃香が鬱陶しい。張梁は一礼して下がって行った。
「ねぇ、覚えてる? 子供の頃、私を庇ってくれた事」
子供の頃?
「いつも庇ってるよ」
「むっ! なんでそう言う、冷たい事言うのかな」
だって俺らは利害関係だけだし、俺の帰る場所は桃香の隣では無い。
「……うざ」
思わず本音が漏れたが、気付かれなかった様だ。
「桃香ちゃんはもう子供ではない、十分に大人だよ。これからは曹操様の天下取りに協力するんだ。友達だけどいつも一緒に居る訳ではないから、桃香ちゃんも頑張ろうよ」
むすっとする桃香。機嫌を取るのが面倒臭い。二胡を押し付ける。
「桃香ちゃんにお土産」
「えっ?」
上手くなったら聴かせてと言うと、首をブンブン振って喜んでいた。
これで当分、注意は反らせた。やっぱり、こいつは単純だ。
☆
捕虜になった賊は泣いているが、出された飯はたっぷり食べていた。
図太い神経で図々しい。頭が悪いならその分だけでも顔が良ければ良いが、顔も悪いから単純労働にしか使えない。
捕虜の再利用を考えている内に、戦の終わりが近付く。
曹操軍より抽出された行動縦隊(支隊)に俺達は随行している。指揮官は春蘭様だ。
「我が剣を持って張角の首を討ち取ってくれる!」
「あ、討ち取ったら駄目ですから」
思わず突っ込みを入れてしまった。
普段ならぶっ殺す事に異論は無いが、今回は張姉妹を救うと言う約束がある。黄巾賊を降し、曹操様の配下に受け入れる為には必要な処置だ。
「そうだったか」
視線を反らす春蘭様に苦笑を浮かべていると、張飛も横で元気よく宣言する。
「鈴々も頑張るのだ」
張飛の馬鹿正直で一本木な性格が好ましい。腹黒い奴等を相手にしてると気が張って疲れるからな。
「便りにしてるよ」
春蘭様が俺と張飛のやり取りを微笑んで見ていた。照れ臭いな。
曹操様の指示で黄巾の本拠地を叩くべく俺達は
(報告も全部書いてくれたら楽だな)
そして我が軍の動きに合わせて「孫」の旗を揚げた軍勢が動き出した。
忌々しげに「孫」の旗を睨み付けていた春蘭様が、俺に馬を寄せると言ってきた。
「孫堅に手柄は渡さんぞ」
「はい、春蘭様」
今回の討伐には、江東からやって来た孫堅も参加する。曹操様は外様の兵は要らないと断ったが、孫堅はごり押しで付いてきた。
(これも野生の感か?)
孫一族特有のピンクブロンドの髪、褐色の肌、そして恐るべき爆乳!
あれはまさに凶器だ。
孫堅の将として黄蓋さんも従軍していた。懐かしい再会だ。
「久し振りじゃな、趙統。あの童子が立派に成った」
「有難う御座います」
目を細めて頭をわしゃわしゃと撫でられた。孫家の家風は一度会ったら友達で、毎日会ったら兄弟だ。師弟間は親子や家族同然だ。黄蓋さんに構われて、周囲の目が恥ずかしかった。
春蘭様は孫堅を良く思っていない。曹操様の手柄を奪う相手と思っているのだろう。それは正しい。
江東の虎は隙を逃さないだろう。だから常に先手を打つ必要があった。
俺は両者の繋ぎとして行ったり来たりした。
「幽州は良い所か?」
「異民族は攻めて来るし、寒いし貧しいし、録でも無い田舎ですよ」
わはははと爆笑する黄蓋さんにバシバシと背中を叩かれた。
(黄蓋さんも仲間に成って欲しいけど、孫家が存続する限りは無理だな)
家族として部下を統率し団結する孫堅。義理と人情で縛るとは中々、上手い手だ。
孫堅は今回の従軍に娘を連れて来ていた。将来の孫家を背負う世代、孫策、孫権、それに周瑜も居た。戦場の空気を体験させる為だ。
じろじろと俺を見る視線を感じた。
(何だ?)
江東の方で注目される事をした覚えは無い。精々が幽州で蛮族や匪賊の討伐を行った位だ。
英傑に注目されると言うのは心地良い物では無かった。
放って置けば、人は病気や怪我で簡単に死ねる。医療の発達した現代まで早死には珍しくなかった。だから女は子供を産み、男は種を仕込む必要があった。愛情云々より、子孫を残せないなら価値が無い。
詰まる所、孫家は家を残す為にそれなりに見込みのある男を求めていた。
(流石は孫家。俺に目を付けるとは侮れん)
俺と春蘭の関係は自己紹介の時に話している。だけど略奪愛とか普通にしそうだ。
人間関係に絶対は無い。俺が裏切ら無くても、曹操様の周りが俺を排除しようとする時が来るかもしれない。離間計を警戒して置いて損は無い。
我が支隊が隘路を進んでいると崖の上から攻撃を受けた。
地響き共に砂煙をたてて、切り倒された巨木がゴロゴロと落とされて来る。巻き込まれた兵士はグシャグシャだ。俺好みの光景が広がっていた。被害を受けたのが我が軍で無ければ言う事は無い所だ。
「うわ」
兵士の損耗は指揮官の責任問題になるから面倒だが、敵の手際の良さに感心した。
道が塞がれ前衛と本隊が寸断されている。敵は速やかに撤退しており、上からの攻撃はそれだけだった。
「前衛は何をして居たんだ!」
張梁は本拠地を教えてくれたが、迂回経路は無いと言っていた。
全周囲に対して円陣に部隊を展開していた。
後続の孫堅が孫策を伴ってやって来た。
「夏侯惇殿、私に先鋒を任せてくれ。こんな罠なんか食い破って見せよう」
それって遠回しに罠にかかった俺等が馬鹿だと言いたいのか?
「それほどまでに言われるのなら、お任せしよう」
春蘭様は激発しなかった。それどころか孫堅に先鋒を譲った。
「恩に着る」
そう言いながらも孫堅は意外そうな表情を浮かべていた。本当に先鋒を譲って貰えるとは思っていなかったのだろう。娘の孫策は母親と違い、素直に喜んで居た。流石はバトルジャンキー、血を好むか。
「宜しいのですか」
孫堅が去って行くと俺は春蘭様に声をかけた。
「何がだ?」
手柄を渡さないとか言っていたのに、意外に平然としている。
「手柄を譲る事に成りますが」
奇襲を受けて仕方無いと諦めるのは馬鹿だ。春蘭様が臆病風に吹かれたとは考えられない。
「華琳様から預かった兵なら、最後まで責任持たないと駄目だろうが、孫堅がどうなろうと私達には関係あるまい」
予想外の返事に笑ってしまった。
女は男と違って切り替えが早い。それは春蘭様も同じ様だ。
「確かに。孫堅殿が御自身の差配で命や兵を失おうと我等には一片の責任もありませんな」
正義を具現化する俺達に敗北は有り得ない。今回は火の粉のかかる先鋒を譲る事で、損して得を取った形だ。邱会作将軍の回想録にある「敵疲我打、敵退我追」の精神で、おいしい所は戴く。
最後は死を偽装して張姉妹手に入れる。それが今回の目的だ。
よそはよそ、うちはうちと言う言葉がある。
よその価値観押し付けるの良くないとかそう言う話ではない。ま、俺達は正義だからどうでも言いが、
今回、黄巾賊の首魁の死を偽装する。今までの目撃者全員の口を封じる事は難しい。
と言っても連中は、自分の人生を自分で決められず他人の言葉に惑わされた馬鹿共だ。手頃な死体を用意すれば事足りるだろう。
「れんほーちゃんの仇だ。野郎共、かかれ!」
張梁が捕まった事を知らないのだろう。連中の言いぐさがムカつく。
漢に逆らった賊徒が調子に乗りやがって。反乱を起こして良い理由何て無い。家畜にとって権利や自由と言う物は、限定された範囲で与えられる物だから身の程知らずなのだ。
カスや屑で、類は友を呼ぶって言う言葉通りだ。潮時を知らないから破滅する。
「あれが楊奉か」
張梁の提供した情報にあった頭目の一人だ。尖兵である孫堅と前衛本隊の間隙を衝く手腕は見事だ。
「もう良いぞ楊奉、御苦労だったな」
俺の言葉に指揮官の男はキョトンとする。
「こいつらの首を手土産にお前を約束通り、引き立ててやる」
ざわめく敵は「汚いぞ!」と疑心暗鬼に成って同士討ちを始めた。流石、烏合の衆だけあって脆すぎる。とどめに俺達が攻撃を加えると敵は崩壊した。
「降伏する! 助けてくれ」
「ごめん、豚の言葉は分からないんだ」
武器を捨て投降の意思を見せる敵も居たが、今は先を急いでるから余計な荷物は要らないのだ。
絶望的な顔をした顔は最高に愉快な見世物だが、首を跳ねてやった。
(今日は遊んでられないから早く終わらせるぞ)
戦が終わると楊奉は何処かに落ち延びて行った。ただ逃がすだけでは無く、楊奉は官軍に味方したので赦免したと噂を流す事もやっておいた。
狙った効果は二つ。
一つは、黄巾の頭目でさえ裏切る状況だと言う事。もう一つは、投降すれば赦免されるかもしれないと広める為だ。敵の結束は乱れるだろう。
あんまり官軍を舐めんな。
楊奉の部隊を撃破して敵の警戒線を抜いた俺達は、死体を踏み分けて隘路を先に進む。
尖兵の孫堅は後続を気にする事無く進撃していた。その戦果は転がる死体から分かる。
もわっと漂う死臭が不快だ。
(あー、焼そば食いてぇ)
無性に焼そばが食べたくなった。熱々のお湯をぶっかけて、湯切りをしてからソースをかけて食べる安物だ。
(流琉が居たら作らせるんだけどな)
春蘭様に聞いた話では、流琉や仲康殿はまだ曹操様の配下に加わって居ない。
「陳留周辺の賊は粗方、片付けたからな」
春蘭様の言葉に俺は理解した。
「成る程」
本来なら曹操様が賊の討伐で仲康殿を拾われ、その後、流琉も召し抱えると言う流れだが、イベントは成立しなかった。春蘭様が前回より頑張って働かれたそうで、賊が暴れる切欠を潰してしまったと言う事らしい。
(子供に人殺しを荷担させる方が異常なんだよな)
我が友に再会は叶わなかったが、今世では戦いを知らず幸せに暮らすと良い。
そんな事を考えながら周りに目をやる。
うん、死体が見えるな。
仲間割れをしたり、俺達に討たれた賊徒だ。
天誅とは死んで当然の連中に下る正義の鉄槌で天罰である。
人は自由で平等と言うなら、賊に成って国家を敵に回し殺されるのも自己責任だ。
カス中のカスが幾ら死のうと「クレイジー」と笑うだけだ。だけど桃香は顔色を曇らせている。
「桃香ちゃん、馬鹿が濃縮されて殺されただけだよ。そんな気にする様な価値も無いよ」
これが正義であり正道なのだから。なのにうだうだと考え込んでいる。無い頭で考えるなんて時間と労力の無駄だ。深淵を好んで覗き込むより、蓋をした方が手っ取り早い処置だ。精神衛生上も宜しい。
そうだ、だから俺は優しく蓋をする様に勧める。
「桃香ちゃんには笑顔が似合うよ」
いつもながら自分で言っていても虫酸の走る台詞だ。やっぱり俺は北郷みたいな男と生き方が違うって事だな。
俺のうわべだけな言葉に、隣に並ぶ春蘭様が呼吸音で笑っていた。愛してる、と言葉にする機会は多くなかったが、連れ添った経験から今回も手綱を握られている。桃香に対して甘い言葉を囁いていても、俺への信頼と自信から余裕を見せていた。
男が妻を選ぶのでは無い。実力のある女が男を選ぶ。そう言う意味でも、選ばれた事を誇りに思う。寄り添える事は幸せだ。
☆
砂と血の臭いが漂う。嗅ぎ慣れた戦の臭いだ。
春蘭様と視線を合わせた俺は、一足先に確認すべく馬を走らせた。
俺達が孫堅の軍勢に追い付いた時、孫堅が率いる兵は敵に包囲されていた。
(このまま邪魔者が死んでくれたら良いんだけど、そう簡単には行かないか)
騎兵は馬が倒されると脆い。敵は賊で正規軍では無い。槍衾ではなく飛びかかってくるか、槍を突き出す場当たり的な攻撃だった。それでも数が多い。
だが敵にも盲点がある。黄巾賊は家族も伴っている。
ピンクの髪を振り乱して孫堅が一騎駆けした。人馬一体化で、馬の加速した衝撃力がそのまま攻撃力と成る。馬蹄の餌食と成って肉塊に変えられるのが楽しそうだ。
現に孫堅の表情は笑みが浮かんでいる。あれはバトルジャンキーってやつだな。
「女、子供も容赦しない、か。思い切りも良い」
老若男女変わり無く殺す。漢に忠誠を誓うなら、賊を討つのは正義の行いだ。
自らの意思で選んだ死地だ。数で勝る賊から孫堅は戦勢を握っている。流石、獣の魂を持つ将だ。
黄蓋さんの指揮する弓兵が敵兵の頭を越えて、その家族に矢弾を浴びせている。
「やるじゃないか」
たゆたう血の池に沈むのは賊徒が相応しい。
知恵や戦術と言うレベルの話では無い。話は単純だ。やるなら徹底的にやる。反乱鎮圧も戦も同じだ。
家族に被害が及ぶと黄巾賊も揺れた。
「趙将軍、我々も加勢しなくて宜しいのですか?」
友軍の交戦状況を見た部下に問われて答える。
「孫堅殿は楽しんでられる。武人の闘争だ。無粋な真似は出来ん」
と言うか、あれ敵を引き付ける囮に最適だ。あのまま暴れて貰おう。
「あれは孫堅殿の好意だろう。その間に我々は敵本営を叩く」
物は言い様だね。
孫堅を持ち上げつつ汚れ役をやって貰う。手を汚し血を流すのはあいつら外様で十分だ。
本営は手薄だった。
一気に浸透突破した俺達は戦果拡張に繋げる。
怯える張角と張宝を捕らえた。「ごめんなさい」と必死に謝ってくるが、不甲斐無い敵では満足出来ない。
(反乱を起こしたなら命がけで戦えよ)
連中は限界を超えて戦っていない。中共軍やベトコンは、夢の為に戦い敵性国家を転覆させた。
反乱の指導者は常に自信を持ってる風に見せないといけない。なのに折れるのが早過ぎだ。
時には思いきった攻勢で俺達、官軍を脅かすぐらいの気概は見せて欲しかった。
だが戦も終わりだ。
張姉妹を助けると約束をしたしな。周囲を確認する。春蘭様と桃香、主だった幕僚しか居ない。
「きゃっ!」
二人を天幕に突き飛ばした。
「地べたを這いずって惨めに死ね」と言って、人が入るぐらいの袋を持って天幕の中に入った。
「嫌だ、嫌だ。死にたくない!」
暴れる張角を抑え込むと張宝が俺の腕に飛びかかってくる。張宝を振りほどき顔を近付けた。
「黙れ。
張梁の真名を聞いて二人は動きを止めた。
「死にたく無かったら手伝え」
きゃーきゃーわめく二人を黙らせると、天幕の中に積んであった肉を袋に詰めさせた。
「何するの?」
「お前らを殺すんだ」
二人を天幕に残して俺は袋を両手に引きずって外に出た。
「趙将軍、二人は?」
俺は袋を蹴ると馬で引き回した。袋がボロボロに成って裂ける頃には肉片が辺りにばらまかれた。敵の死体に混ざって判別は難しいだろう。顛末を確認出来ないのが死亡偽装になる。
春蘭様や桃香には手の内を晒していたので、その後、敵の兵糧庫であった天幕を確保してくれた。
配下の将、春蘭様が張三姉妹を討ったとして、黄巾賊討伐は曹操様が勲一等の功績と成った。
出し抜こうとした孫堅は不満足な結果に終わった。ざまあ見ろ。
「趙統も御苦労だったわね」
宴席で曹操様から労いの言葉を頂いた。
「今夜は春蘭と過ごすと良いわ」
気を利かせて貰ったが、色っぽい話は無い。
かつて夫婦で家族だった幸福な時間を思い出しながら春蘭様と杯を交わした。
翌朝、ニヤニヤと笑みを浮かべた曹操様から「昨夜はお楽しみだったわね」とからかわれた。
特にこれと言って照れる事はしてないのに。
背中に爪痕を付けられるほど愛欲に爛れた時間を過ごすには天幕も薄過ぎた。やるなら平和になってからだな。
動揺を見せない俺達に対して曹操様は「詰まらないわ」と機嫌を損ねてしまった。
そんなに構って貰いたかったのだろうか? 憮然とした表情で拗ねる曹操様の意外性が可愛くて、笑い声を漏らしてしまった。