悪魔のささやき   作:田辺

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あらすじ

マーレはエントマと共に、八本指の館の一つを強襲した。
その中で、運良く重要人物を発見し、捕獲することに成功する。
後始末はエントマに任せ、足早に帰還するマーレの運命はいかに

※マーレのせいじゃないんですが、R-15+残虐になりました。ご注意ください。
※オリジナルキャラと、オリジナル設定が登場します。ご注意ください

誤字脱字あれば教えて下さい


悪魔と闇妖精

 夜の王都を、高速で飛行する集団があった。

 不可視化の魔法を使用し、高位の禍々しい悪魔を従えた少年は、与えられた作戦を遂行するため、樹木の葉を集めたような短いマントを風でなびかせながら、大急ぎで集合地点へ向かっている最中だった。

 

 決して遅れてはいないが、早いことに越したことはない。

 少年――マーレは、この作戦の重要性を指揮官であるデミウルゴスから伝えられ、よく理解していた。少女と見間違えるような、あどけなさがあるマーレであるが、その表情は目的達成に向け引き締まり、決意に満ちている。

 

(……あれはすごかったなぁ)

 

 館であった出来事を思い出しながら、チラリと後ろを振り返る。沢山の荷物を持ったシモベの悪魔たちの中の一つに、その屈強な腕に抱きかかえられた人間がいた。それ(・・)は歯をガチガチと鳴らしながら、死体のように体をだらりとしている。

 

「あ、あのっ! 生きてますか?」

 

 そんな様子に、急に不安を感じたマーレが近づいて問いかけた。

 人間はとても壊れやすい生き物なのである。ちょっと小突くだけで壊れてしまうし、場合によっては、何もしなくても、気がつけば死んでいることがある。念のため、折れていた足は治したし、まだ口元は動いているので、生きていることはわかるが――次の瞬間に死んでしまうかもしれない。そんなことになっては、とても困るのだ。

 

 この人間は重要人物として護送中だが、デミウルゴスの指示では「もしいれば連れて来て欲しい」程度の指示でしか無かった。しかし、万事うまく行けば、主人にきっと褒めてもらえると思っている。

 

「…………!」

 

 問いかけられ、ビクリと身を震わせたそれは、顔を下に向けたまま、目玉だけをぐるりと声のした方に向ける。立て続いた恐ろしい体験に、体をまともに動かすことが出来ず、マーレに向けようとした顔もガクガクと震えてしまう。

 

「<獅子ごとき心(ライオンズ・ハート)>」

 

 返事のない人間に対して、マーレは恐慌状態を回復させる魔法を使った。

 今までダラリとしていた手足の動きを確認するような素振りを見せたあと、体をバタつかせて、慌てて喋り出した。

 

「……っあ、わ、わたしっ」

 

「良かった。も、もうすぐです」

 

 それの生存を確認したマーレは、にっこり笑うと、集団の先頭に戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しばらくすると、地上にいる沢山の悪魔たちが視界に映った。

 彼らは、大きな異空間の扉、転移門(ゲート)を何度も往復して、アリのように荷物を移動させている。彼らを陣頭指揮する細身の悪魔に、巨体の悪魔が耳打ちしているような様子が見える。

 

「あ、あの、下ります」

 

 その集団から若干距離を取り、不可視化を解除して着地する。

 自分たちを取り囲むように配置された強靭な悪魔たちが、マーレたちに向けて殺気を放つ。ゲートの付近にいた銀髪の少女の真紅の槍が、風を切って唸る。その場に居た全ての悪魔の注目を浴びたマーレは、大切な杖を持ったまま、自分の両手を高く真っすぐ伸ばして、Vの字のポーズをとる。後ろに控えたシモベたちも、抱えた荷物を降ろしてマーレと同じ行動をとった。

 

「え、えっと、あの、デミウルゴスさん、終わりました!」

 

 元気のいいマーレの声を聞いて、指揮官のデミウルゴスは、満足そうに頷いた。

 

「おかえり、マーレ」

 

 警戒が解かれ、シモベ達も作業に移るように指示をだす。マーレの報告を聞くデミウルゴス。まだまだ作戦は始まったばかりであり、油断は出来ないが、計画が遅滞なく進むことは良いことであった。

 

「……端的なことは、君から<伝言(メッセージ)>で聞いたが、あとはエントマを待つばかりだね」

 

「は、はい。そうです。えっと、……いけなかったでしょうか?」 

 

 エントマを館に残す際に、<伝言(メッセージ)>で確認したマーレであったが、最後まで残ったほうがよかったのかと、首を傾げ、不安そうに尋ねた。それを見たデミウルゴスは片手を振り、鷹揚に答える。

 

「問題ないさ。その可能性を考慮して、<伝言(メッセージ)>を使える彼女を君につけたんだからね。戦闘に入る可能性が高いが……彼女なら問題無いだろう」

 

「そ、そうですよね。良かった」

 

 不安が払拭され、ため息を出すマーレ。頬を緩ませ、安堵の表情を見せた。

 エントマは支援職ではあるが、虫を呼び寄せ、使役して戦うため、様々な場面の対応力に富んでいる。状況次第では、現地世界の強さもわかるだろうと、デミウルゴスは目論んでいた。

 

「……さて」

 

 二人の視線が、地面で身を震わせ、瞠目している人間に移った。

 拘束されているわけでもないのに、逃げようともせず、ただ震え続けている。

 デミウルゴスは微笑し、じっと見つめている。

 

 状況は全く掴めないが、何をしても無駄なのだということだけは、ハッキリと理解できる。

 悟りのような考えが、彼女の胸にストンと落ちた。妙に静かな自分の心に驚く。

 

――これが、悪魔なのね。

 

「では、自己紹介をお願いできるかな? さあ」

 

 呆けている自分に、静かな口調で悪魔が語りかけた。

 紳士的な立ち振舞い、迷子の手を取るような優しさ、目の前の存在が悪魔であることを忘れさせられる。

 

「ヒルマ……。わたしの名前は……ヒルマです」

 

「いい名前だね。本当なら、もっとじっくり君と話をしたいところなのだが、流石にそこまで時間が無いのだよ。申し訳ない」

 

 心底残念そうに苦笑するデミウルゴスを見て、ヒルマは、思わず笑みがこぼれた。

 ここに来て、ようやく会話ができる相手を得たことから、安心感が急に湧いてくる。彼の声をずっと聞いていたい気分だった。

 

「……わたしは、どうなるの」

 

「まず安心して欲しい。君の生命の安全は私が保証しよう。私が信頼してる者に、君の相手をさせるよ。その上で、我々のために働いてもらう予定さ」

 

「働く? ……へ、へえ、そうなの」

 

 ヒルマは少しづつ正気を取り戻しつつあった。

 なんとか呼吸も落ち着いてくる。ようやく思考も回復してきた気がする。よくわからないが、彼らは自分を利用したいらしい。ならそれなりの待遇があるだろうと、淡い期待を抱く。

 

「状況が飲み込めないのはよく分かる。時間的に、休んでいたんじゃないかな?」

 

「そ、そうよ! 私が寝ている時に突然この子が来て――」

 

「あ、あの、えっと、どうするんですか?」

 

 自分が喋っているところを邪魔されて、ヒルマはマーレを恨めしそう睨む。

 それを意に介さず、デミウルゴスが答える。

 

「今回は大量の人材を得られたからね、彼女は残して王都の組織運営に役立ってもらうよ。だから、調教はニューロニストに任せるつもりだが、何かあるのかな」

 

「で、でしたら、恐怖公にお願いできませんか?」

 

「彼にかい? しかし、彼は専門じゃないだろう」

 

 何を話しているかわからないが、自分の今後のことに関わることなのは間違いない。ヒルマは話し合う二人を交互に注視した。

 

「そ、その、エントマさんが、掃除に使ったスキルが凄かったんです」

 

「ああ、確か蟲吐きだったかな?」

 

「は、はい。どんどん増えて凄いなって思ったんです」

 

 上目遣いでオドオドしながらマーレは提案した。

 エントマのスキル――蟲吐きは、彼女の切り札だ。一匹ごとの攻撃力は低いが、効果範囲いるものをエサにして産卵し、大軍を作るほどに増え続ける肉食蠅を召喚する。館で全身を虫に覆われながら、死ぬまで少しづつ食われ続けてる人間たちを見て、マーレは閃きを感じていた。それは確かに、恐怖公の眷属が大量にうごめく、ブラック・カプセルと呼ばれる部屋の状況とよく似ている。

 

「……素晴らしい」

 

 悪魔は感嘆の声をあげた。

 なぜ、自分は思いつかなかったのか? 盲点だった――と、首を振りながら考えるデミウルゴスの顔には、溢れるような愉悦の表情が浮かんでいる。顔が裂けんばかりの極上の笑顔は、そこに人間を投じたときのことを想像しているのだろう。今度自分もやってみよう。あと7、いや、6人もいるんだから。

 

「デミウルゴスさん?」

 

「ああ、すまないね。君の好きにするといい」

 

「え? い、いいんですか? ありがとうございます」

 

「そもそも、これは君の手柄だからね。私がするのは筋違いというものだろう」

 

「……ちょっとまって! イヤよ! この子はイヤ!」

 

 ヒルマは抗議の声を上げた。

 マーレに左足を骨が出るほど砕かれ、頭を鷲掴みされて引きずり回された事を思い出し、彼女は身震いした。いくらデミウルゴスが友好的な振る舞いをしているといっても、周りは悪魔だらけの状況で、これだけ声を張り上げれるなら大したものである。そんなヒルマの様子を見て、デミウルゴスは、うんうんと、嬉しそうに頷いた。

 

「先程も言ったが、命は保証するよ」

 

「せ、せめて他の人に」

 

「マーレ、人間は死にやすいから気をつけるんだよ。預けたら戻ってきておくれ」

 

「……なによそれ。わたしの安全は――」

 

 『死』その、ありえない単語を聞いて、ヒルマは絶句する。

 デミウルゴスの意識から外れた時、もうそこに、ヒルマという存在はいなかった。

 

「は、はい。えっと、恐怖公にちゃんと伝えます」

 

「良い返事だ。回復用の拷問の悪魔(トーチャー)は、ニューロニストから借りるといい。私が連絡しておこう」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 ペコリと頭を下げるマーレ。

 これから、どのようなことが待っているかわからないが、ろくな展開があるわけない。そう思った時、ヒルマは二人に背を向けて逃げ出した――が、次の瞬間、激痛が走る。

 

「あああぁぁぁぁああ!! まっまた!!」

 

 悲鳴をあげながら転げまわる。

 逃げようとしたぶん、勢いがつき、転がったせいで余計に痛みを感じる有様だった。

 今回は骨こそ飛び出なかったが、右足の膝の下に、新たな関節が一つ出来ている。そして、浅はかだったことを後悔する間も与えず、マーレの手が自分の頭に伸びてくる。

 

「に、逃げちゃダメです。じゃあ行きます」

 

 館での出来事を再現するように、マーレは、むんずとヒルマの髪の毛を鷲掴みして、<転移門(ゲート)>に向かって走りだした。引きずられ絶叫するヒルマを、全く意に介さず走り続けるマーレ。

 そんな二人のやりとりを、周囲の悪魔たちは微笑ましく思い、温かな目で見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ。なるほど、なるほど」

 

 マーレからの説明を聞いた、直立する30cmほどのゴキブリが頷いた。

 その動きに合わせて、頭の上の黄金の王冠が大きく動く。マーレは。自分の後ろに2人のシモベを控えさせ、ゴキブリと話していた。

 

 ナザリック地下大墳墓――第二階層

 

 その階層のとある場所に、通称『ブラック・カプセル』呼ばれる部屋がある。

 ユグドラシルのゲーム仕様で再現されている、視覚、聴覚、そしてもう一つ、――触覚がある。その触覚を利用した――ようは、部屋を埋め尽くす大量のゴキブリが、入ったプレイヤーに襲いかかり、その刺々しい触感で、精神的なダメージをひたすら与え続け、士気減退を狙った罠部屋である。ナザリックの構造は力強さよりも、こういった精神面に訴えかける作りをしていた。

 

 鈴木悟のいた現実世界は、すでに人工肺がなければ生きていけないほどに、自然破壊は進んでいたが、ゴキブリという自然生物は、その有り余る自然のまま、人類に嫌われ続けて逞しく生存していたがゆえの、ゴキブリ部屋であった。

 

「マーレ様が人間を連れて来た時は、何事かと驚きましたが、そういうことでしたか」

 

「え、えっと。そうです。この人が逆らわないように、しばらく中から食べ続けて欲しいんです」

 

「あの眷属食いと似ていると言われるのは……気になるところですが、承りましたぞ」

 

「眷属食い? あ、あの。これが死ぬ前に回復させてください」

 

 マーレがそう言うと、跪いた拷問の悪魔(トーチャー)たちが、目の前の直立するゴキブリに対して挨拶をする。

 

「恐怖公。治癒魔法はお任せください。我らは、そのために存在しております」

 

「うむ。これは頼もしい。特別情報収集官(ニューロニスト)殿に、礼を言わねばなりませんな」

 

 悪魔の中でも珍しい、神官職を習得したトーチャーがいれば、おおよそどんな拷問でもすることが出来る。そう、永遠に。

 しかし、今回は拷問が目的ではなく、従わせるため、逆らわないようにするためなので、同じことをひたすら繰り返して、恐怖心と忠誠心を植え付けることを目的としていた。

 

「あっあの! なにをするの」

 

 ヒルマが突然叫んだ。

 これから起こることは、たった今、マーレが恐怖公に説明したが、そのあまりに受け入れがたい内容に声を上げてしまった。ほんの少しでも状況を打破したい、そんな可愛らし願いだった。マーレは、チラリとゴキブリ――恐怖公を見る。上位者であろうマーレの意思を理解したのか、恐怖公は軽く会釈して、一歩前に出た。

 

「ではマーレ様、後のことは我輩にお任せあれ」

 

「は、はい。じゃあ、よろしくお願いします」

 

「まって! さからったりしない! だからたすけて!」

 

 マーレは足早に部屋を出ようとした。

 ヒルマは手を伸ばして、マーレのスカートをつかもうとした瞬間、トーチャーに腕を捕まれて阻まれた。マーレが退室し、パタンと扉が閉まる。嗚咽を洩らしながらマーレを見送ったヒルマは部屋に残された。折れた足も、乱れた髪も、今の彼女にとって、これから起こることに比べたら、どうでもいいことだ。自分の腕を掴んだトーチャーは、黒色の覆面であるため表情は分からない。しかし、発する言葉には、怒気がありありと含まれている。

 

「貴様如きがマーレ様に対して馴れ馴れしい。身の程を――」

 

 恐怖公が手に持った王笏で床を力強く叩き、甲高い音を響かせた。

 それを聞いたトーチャーは、腰の作業道具の一つを取り出す動きを止めた。

 

「待たれよ。それを任されたのは我輩ですぞ」

 

「し、失礼いたしました! お許し下さい……」

 

 トーチャーは深く頭を下げ、平伏した。

 

 ヒルマはゴキブリを凝視する。

 王冠と真紅のマント、そして王笏を持った目の前のゴキブリを筆頭に、部屋一杯に大小様々なゴキブリで満たされている。床が見えるのは自分たちのところだけだった。部屋に入り灯りがついた瞬間、目の前のおどろおどろしい状況に全身の力が抜け、気絶しそうになった。何故気絶できなかったのか? それは、トーチャーが絶妙なタイミングで、獅子ごとき心(ライオンズ・ハート)の魔法を使ったため、取り戻したくない正気を取り戻したせいだ。いっそ狂ってしまったほうが、どれほど楽か。

 

「ご婦人。改めて自己紹介しましょう。我輩は恐怖公と申します。短い間ですがお見知り置きを」

 

「さからいません! おねがいします! どうか、どうか!」

 

 この部屋でゴキブリに食われ続ける。

 死にかけたら回復する、狂いかけたら正気に戻す。それを繰り返すという。ヒルマは必死に懇願した。ゴキブリに頭を下げている姿は滑稽だが、体裁などどうでもいい。会話ができるなら説得の道もあるはずだ。

 

「ふむふむ。すでにかなりの恐怖に縛られているご様子」

 

「そ、そうです。ごうもんのひつようはありません! おやくにたちます!」

 

「……ふむ」

 

 恐怖公は深く考える素振りを見せた。

 僅かに見えた光明に、希望を感じるヒルマだったが、ここは黙るしか無い。もしここで騒ぎ立てれば、相手を怒らせるだけだ。娼館で長く働いた彼女は、そういった機微をよく理解していた。たとえ、相手がゴキブリであっても。

 

 静かな部屋に、ヒルマの荒い息遣いだけが聞こえていた。

 ヒルマが少し落ち着いた頃、方針を決めたのか、恐怖公が大きく頷いて、ヒルマにそれを伝える。

 

「では、ご婦人。貴方はどうやってそれを証明しますかな?」

 

「それは、これからの――」

 

「いやいや。今ここで見せなければいけませんぞ」

 

 目の前のゴキブリの王は、手と思える部分を左右に振りながらヒルマの言葉を遮った

 今ここで忠誠を証明できれば助かる。逃げることは叶わないが、少なくとも拷問は受けないで済む。必死にヒルマは考える。

 

「……くつ」

 

「くつ?」

 

「靴を舐める……とか」

 

 しばし静寂が流れる。

 そして、目の前のゴキブリから大きな笑い声が上がった。トーチャーたちも堪え切れなかったのか、含み笑いを漏らした。これから凄惨なことが待っているにもかかわらず、ヒルマは顔を真っ赤に染めて俯いてしまう。その様子を見て、恐怖公は嬉しそうに結論を下す。

 

「なんとも可愛らしいですな。しかし、それでは証明にはなりませんぞ」

 

「じゃ、じゃあ何を――ヒッ!?」

 

 ザワリと大きな音が聞こえて、部屋が歪んだ。

 部屋中のゴキブリが動き出し、灯りを反射して黒光りしたゴキブリたちが、部屋の中で渦を作るように動いている。ヒルマの足を伝って、大きいゴキブリが、タワシで足をなぞるような感触を与えながら駆け上がってきた。

 

「い、いや!」

 

 両手で足のゴキブリを払う。折れた右足から激痛が伝わるが、気にしている場合ではかった。

 ドアから逃げようと、マーレが出て行った場所を振り向いたが、部屋のすべてがゴキブリで満たされている。逃げようものなら、ゴキブリのベッドに飛び込むようなものだった。

 

 ヒルマは、力なくその場でへたり込み――泣いた。

 逃れられぬ運命を理解し、口をぽっかりと開けて呻き声を上げる。そんな様子のヒルマは、トーチャーに抵抗なく持ち上げられ、床に大の字で固定された。トーチャーはヒルマの口を無理やり開くと、金属製の開口器を取り付けた。

 

「さ、いきますぞ。……おっとその前に、――トーチャー」

 

「畏まりました。<獅子ごとき心(ライオンズ・ハート)>」

 

 自分の頭の中が急に鮮明になった。

 魔法の力が目の前の状況を正確に理解させてくれる。ヒルマは体をビクンと跳ねさせる。そこから大きく動こうとしたが固定されて動かない。そんな彼女を前に、ゴキブリの王が手に小さいゴキブリを持って、口元にその手を近づけてくる。

 

「では改めて、まず少し小さい者からいきますぞ」

 

 その声とともに、開口器で閉じれない口の中にゴキブリが放り込まれた。

 逆さに入ったゴキブリが、ヒルマの舌の上で羽を広げてバチバチと舌を叩き姿勢を正す。触覚で口の中を理解したゴキブリは、その刺々しい足を巧みに動かして奥を目指そうとするが、ヒルマの息と舌に阻まれる。彼女は頭を振り回そうとしたが、トーチャーの万力のような力で抑えられて動かない。彼女は声にならない声を上げた。

 

「う゛おおぉぉおお! ぉお!」

 

「うーん。もう少し大きいほうがよかったですかな? この手のことは初めてで」

 

「恐怖公。では、次に大きい者を投じれば宜しいかと」

 

 必死に吐き出そうとしているヒルマを気にも留めず、打てば響くようなトーチャーの的確な拷問のアドバイスに、恐怖公は大きく頷頷いた。ヒルマの顔の周りには、恐怖公に選ばれるために大小様々なゴキブリが集まり、まるで何重にも折り重なった黒真珠のネックレスのようになっている。この部屋で黒以外といえば、トーチャーの腕と自分の顔、それ以外はすべて蠢く黒で埋まっている。気がつけば、食道に入った最初のゴキブリが胃を目指して走っていく。

 

「なるほど! では次はこの者を――」

 

 先程よりも数倍大きいゴキブリが放り込まれた。

 マーレがその部屋をノックするまで、約三日間それは続いた。

 

 




不死王の出生の話を考えていたら、
何故かヒルマさんの話ができてしまいました。
よくわかりません

ゴキブリって足から登ってきてアレの場所で落ち着こうとしますよね。
ホント嫌いです。ゴキブリネックレスはガチで存在するそうです。

トーチャーさんにはライオンズ・ハートを使ってもらいました。オリジナルです。
でもやっぱり精神がぶっ壊れないための精神支援系魔法習得してるんじゃないかーと。
そのほうがリセットしながら遊ぶ事ができると思うんですが……どうなんでしょう?

マーレがメッセージ使えるかどうか不明な段階(巻物使っても使えない可能性が高い)にもかかわらず使ってもらいました。オリジナル……魔法関連は全部オリジナルです。


獅子のごとき心(7巻)
獅子ごとき心(4巻とweb)
頭痛い、角川の編集ちゃんと仕事して

10巻にヒルマさん出てきてくれて嬉しい。
この話書いた甲斐があったというもの。しかも固形物が食べれない。
最高です!

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