評議院の崩壊といえば、それは誰の記憶にも新しいだろう。
新聞の見出しにデカデカと載せられたスキャンダル。
正確には、評議院という組織そのものというより、本部を何者かの手によって破壊されたという話なのだが。が、世間からすればそれは建物の崩壊だけで済む話ではないのだ。魔法界を取り仕切るお巡り役目である本部が崩壊したということは、それだけで魔導界の秩序の基盤が揺らいだことを意味する。
この事件をきっかけに界隈、ひいては国や各勢力バランスの雪崩が始まるのではないかと世間は大騒ぎだ。
事の真相というものは当然明らかにはされていない。いや、
『研究班による魔法の暴発』とかいう、明らかなガセを掲げている。いくら上層本部が壊されたからといって、この余りにもな稚拙な嘘っぱちには苦笑したものだ。
俺は当にその真相を突き止めている。
簡単に言ってしまえば、それは情報圧縮の魔法。だがあくまでもそれは二次作用。一番の利点は別にある。
それは使い手同士、魔法関連の機器等、圧縮された魔法情報の
当然、この古文書の海には既に評議院の情報も入っており、更に言うなら関連している楽園の塔の話まで収集済みだ。
これこそ古文書使いの特権。……とは言うものの、情報の取り扱いについて古文書使いほど危機感を大切にしている者はいないだろう。それこそ、世界を揺るがすような情報だって転がっていて、それを拾えるような危険な魔法だ。
取り扱いには最新の注意を払っているつもりだし、事件の真相についてはマスターボブにしか伝えていない。
まぁそもそもこの魔法は、評議院に認められた者にしか使えない。
さて、楽園の塔。
今回の事件の始まりであり、元凶である黒魔導士ゼレフが残したという古の遺産。Rシステムと呼ばれる死者蘇生の禁忌魔法であり、かつて失われた技術だったが、どこの馬鹿が掘り出したのか。その設計図を元にゼレフ教が再現したものらしい。
情報によれば、評議院に潜入していた獄吏隊統轄責任者シモン、及び上級職員でありそのシモンの相棒を担っていたウルティア女史が実行犯である。
そしてその二人は、裏で楽園の塔を建設していたエルザ・スカーレットと繋がっており、エーテリオンの魔力を利用するという計画犯行に及んだ。事の終わり際、シモンは分身体だったらしくその場から消失。ウルティアは死なば諸共とでも言うように『時のアーク』にて評議院本部を壊滅させたようだ。
主犯エルザ・スカーレットは敢えなく逮捕。無期懲役が言い渡された。
しかし評議院は余程腹に据えかねたらしい。エルザ・スカーレットは生命凍結用魔水晶に封印されたらしい。
「無茶苦茶だが、よくもまぁ考えたね」
それはエルザ・スカーレットと妖精の尻尾、どちらにも贈れる賛辞だ。
エーテリオン利用もそうだが、件の楽園の塔についてもだ。その場へ駆けつけた妖精の尻尾所属魔導士、フリード・ジャスティーンの術式により、魔水晶化した楽園の塔の暴発を防いだ、と。だが流石に古文書にも事態収拾の詳細は明記されていない。
だが、フリード・ジャスティーンは優秀な術式の使い手と聞く。おおかた、魔水晶化した楽園の塔にて、魔水晶そのものに術式を書き込むことで魔水晶から魔力を転用し、それを用いて術式を強化、暴発を逃した。もしくはそのエネルギーを散らしたのだろう。
術式という余りにも応用が聞く魔法。それだけ足元に沢山の魔力元があれば、巨大な魔力の暴発を防ぐ手立てはいくらでもある(それ相応の技術も要求されるが)。
しかしこの場合、疑問がひとつ。
なぜ雷神衆を名乗るフリードが、一人だけで偶然にもその場に居合わせたのか。
まるで事件が起きるのをわかっていたかのようだ。これが不可解でならない。駆けつけたとして、果たして術式を書ききる時間があるのかも疑問だ。
加えて、楽園の塔から唯一逃走を成功させたらしい闇ギルド。三羽鴉所属の剣士斑鳩。凄腕と聞く犯罪者が妖精の尻尾たちから逃げ延びたというのも、一抹の不安が残る話だし……。
……いったい、現場で何があったんだ。
「ちょっと響。なに眉間にシワ寄せてるのよ。やめてよね、アタシたちのイメージダウンに繋がったらどうするつもりなのよ」
「あぁ、すまない」
相棒からそんな注意を受けて新聞の見出しを視界から外した。
「まぁいいわ。コーヒーでも買いに行ってくるからそれまでにその凝り固まった顔どうにかしておきなさいな」
「あ、いやそれなら男の僕が行くよ」
そう言うと、彼女の顔が僕の目の前まで迫っていた。
ついつい、キスかな?なんていつものやり取りを忘れて呆けていると、指で額を軽くはじかれた。
「今時、男だからどうとか女だからどうとか。そんな考えは古いよのバカ」
言い捨てるように彼女は席を立つ。仄かな香水の薫りを風に残して、足早に店の中へと入って行った。
うん。確かに。
クエストの帰りで別の国に行ってたからって情報の収集に熱中しすぎたかな。
反省しよう。男の仕事の顔は女の子も喜ぶけど、仕事ばかりの顔もよくはない。女の子と普段の良好な関係があってこそ、それが前提条件。何事もほどよく、ほどよくだ。
新聞を仕舞い、目許を指でほぐしてから腰かけたままテーブルに頬杖をつく。
テラスの席はいいものだ。人の流れがよくわかる。俺たちのギルドのある街とはまた一風変わっている家々の雰囲気。マグノリアで収穫祭が近いためか、街行く人々は慌ただしく行き交っている。商人。観光客。芸者。街の人間。
その風景を流し目に、ふと彼女が消えていった先をぼんやりと眺めた。
「男だからどうとか関係ない、か」
それにしても、彼女もすっかり変わってしまった。
以前のような高飛車な性格は鳴りを潜め、今ではギルド全員に慕われる姉御ポジション。誰からも頼られる先輩だ。
ぶっきらほうながらも、本来の彼女が持つ優しさを出せるようになってきている。
対人関係が上手くなかった彼女がこうも変われたのは、いつからだったか。
……いや、考えるまでもないか。
あの男が現れてからだ。
彼が俺たちの前に現れてやりたい放題やって、まるで台風の様に去っていった。
それから徐々に彼女は変わっていった。時折夜空を見上げながら誰かに謝っているように、何時間も立ち尽くしていることもある。
懐かしいな。温厚そうな見た目に反した、強烈な男だった。
……確か。
「あっ、お前はもしかして!今や旧時代の平成仮面ライダー!」
そうそう、こんな平凡な顔立ちをした男で僕のことを仮面らいだー響とか何とか呼んでい……た。
──あれ?
「あっ、あなたは!!」
目の前にいたその男は、トージ・アマカイ
ついガタンと激しく同様が表に出てしまった。椅子をひっくり返して立ち上がった僕に、周囲から好奇の視線が集まる。
う、まずい。
咄嗟に帽子を深く被り直して椅子を戻した。
週刊ソーサラーの表紙だって飾ったことがある身だ。思い上がりではなく、事実として僕が
「よぉよぉ、久しぶりだなライダー」
「僕の名前は響です」
「いやだからライダーだろう」
「……なんでですか」
まるで成立していない会話をしながらも彼は僕の前の椅子に、当然のように腰かけた。
「……えっと、なんで平然と座ってるんですか」
「馬鹿お前。人と話すときは正面からに決まってんだろ。常識だぞ」
「そうかもしれないですけど、あなたに常識を問われたくはないです」
「なんだとー?俺のような常識人を捕まえてなんてこと言うんだ」
「いやあの、どちらかと言うと捕まったのは僕の方では?」
「人聞きの悪いことを言うな!あ、店員さん一番高いやつで」
なにやら勝手に注文を始める嵐の男。反射的に溜め息が昇ってくる。
無理矢理絡まれてた数年前を思い出す。
「つーか、こんなところで何やってんだ?」
「
まじで!?俺有名店に来ちゃった!?と謎のはしゃぎ方をしているいい大人に周りからの視線が集まるも、彼はまったく気にならないようだ。この男は、相も変わらないらしい。
「というか、なんであなたこそ…………あっ」
そこまで言って、つい当たり前のように盛り上がるための次の話題を探そうとした俺の頭に強い衝撃が走った。
そうだった。思い出してしまった。今回のクエストの相棒が誰だったのかを……。
恐らくこの男と最も相性の悪い女である。ゆっくり楽しくお喋りに興じている場合ではない。
「こんなとこから早く立ち去って下さい!早くしないと彼女が帰ってきます!」
「
「それはごめんなさいでも時間がないんですよ!彼女に気づかれでもしたら……!」
なに?彼女だと?と眉を吊り上げてガンっと膝をテーブルにぶつけながらも、彼は格好のつかない様で立ち上がった。
「なんだとこのイケメンがあああッ!彼女がなんだぁ!?また色んな女侍らせてんのか!喧嘩売ってんだよなぁコルァ!!」
「い、いやそうではなくて」
「イケメンに慈悲などないッ!」
まずいまずい!ここで暴れられては元も子もない!
「いやいやいやいや理不尽な!落ち着いて、と、取り合えず座ってくださいよっ!」
机を叩いて胸ぐらを掴んできた彼をどうにか宥めて座らせる。
「けっ」
……あれ?なんで座らせてるんだ僕は。
ダメだ気が動転しているっ。このままじゃ彼女が戻ってきてしまう。
犬猿の仲というのは少し違う。もっと分かりやすく言うならば、天敵。雲泥の差というか雲泥の間柄。まるで水と油。まさしく不倶戴天。一切混じり合えないもの同士。
彼女の一番の天敵である彼と鉢合わせになるのだけはナンとしても避けなくては……!
「お願いですからあっち行ってください!」
「え、なにその物言い。すげえ傷つくんだが」
「仕方ないじゃないですか!今は時間がないんです!お願いしますよ!」
「カフェー↑でボケぇーーーーッとしてた奴が、時間がないとか言っても説得力ないぞ」
「そんな頭悪そうな顔はしてません!」
「誰が頭悪そうだって?ん?先生怒らないからもう一回言ってごらん?ん~~?」
「あぁもう!す!み!ま!せ!ん!で!し!た!いいから早くここから立ち去って下さいよ!」
「なんだなんだ必死だなおい。そこまでして俺をハブにしたいのか?あー、悲しいなぁー。短い間だったとはいえ、仲良くなれたと思ってた奴にそんな事言われるなんてなぁー。おれは悲しいなぁあああ」
「あぁもう面倒臭いなこの人は!!」
「あ、そういうこと言っちゃう?」
「お願いです!今日のところは勘弁して貰えませんか!後日時間を取りますからっ!」
「え?利子つくけどいいの?」
「わかりましたっ!わかりましたから!利子でもなんでもいいですから!!」
「取り立てかしら」「やだー」「こわーい」と周囲の席に座るお客さんたちからの冷ややかな視線が突き刺さる。
「おいおい、別に後日じゃなくてもいいじゃん。落ち着けよ。ほら、ブレスレットブレスレット」
「深呼吸的な意味で言ってるのかもしれないですけど、それは腕の装飾品です!楽しそうな顔して時間稼ぎするようなボケをしないで下さい!」
「ははは、怒るな怒るな。イケメンが台無しだぞ。人はストレスでハゲやすくなるらしいからな。男はどっしり構えておくのが一番だ」
ホントだよ!ストレス溜まらなそうな人生おくってるんでしょうね!羨ましいよ!
俺にストレスが溜まってるって分かってるんだったら一秒でも早くここから立ち去ってくれませんかねぇ!?
「あぁ、あとついでにハゲ関連なんだけど。シャンプーを原液で頭に使うのもやめろよ?あれ手で泡立ててから使うモンだから、その液体のまま頭に使うとハゲの原因になるらしいぞ」
───……まじで?
じゃなくて!!
「早くしないとカレンが帰ってきちゃうんですよ!彼女と問題を起こした貴方ならわかるでしょう!?」
「カレン……?」
「そう、カレンですよ!」
「……あー……シュタットフェルト?」
「誰ですか!」
「…………阿良々木?」
「だから誰ですか!!」
「…………んー」
五を数えるくらいは間があっただろう。
いつものように下手な冗句で知らない風を装っているのだと思った。いつも通りにふざけているだけなのだと思った。だが本当にわからなそうに首を傾げる男に確信した。
こいつ本気で忘れてやがる。
「カレン・リリカですよ!三年前、貴方が──ッ」
それは四本のナイフだった。
切れ味を示すかのようにキラリと日の光を反射させる。
俺の目の前を通り過ぎていくのを、スローになった意識が捕らえた。
だが標的であった彼はそれをモノともしない。五本の指によってあっさりと華麗に受け止めるという、まるで軽業師じみた真似をしてみせた。
余りにも軽やかな一流曲芸に言葉を失う。
「おほっ、去年のサーカス団バイトがこんな所で役に立つとは。我ながら惚れちゃうイケメンムーブっ」
確か三年前は薬師をやってるとか言ってたよな。
そんな俺の呆然とした思考など露しらず、彼は反対の空いた手で人差し指を立てた。
「いいか、まずは飛んできた数を把握すること。相手に余程の技術がない限り軌道は直線だから、今回みたいに四本の時はまず小指と薬指で挟んで、次にスナップを聞かせて親指と人差し指、んで威力を殺すのも腕と言うよりは上体の使い方次第で」
「いえ、聞いてないです長いです」
どこを目指してるんだこの人は。
「なんだよー、気持ちよくドヤってんだからもうちょい言わせろよー。んにしても、ナイフが飛んでくるなんて物騒な街だなおい」
「てめぇぇえええッ!!アマカイ!!なんでこんなところに居やがる!!今すぐぶっ殺してやるあああッ!!」
まるでその美しい見た目とは反した、女性らしからぬ汚い言葉遣いだった。
当の本人、カレン・リリカは鮮やかな若草色の長髪を振り乱し、鬼の形相でホルスターから追加のナイフを抜き出す。
「
まるでナイフの危険度など理解していない男が一人。
それとはまるで逆に、血を見るようなただならぬ状況に恐怖心を抱いた一般人たちは、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。そう、これこそが正常な人間の判断である。
「間に合わなかった……ぁぁ」
そして、俺が頭を抱える原因である。
これ、絶対評議院に知られる。……あ、いや今は評議院ないんだっけ。よかった。
……よくはないか。
頭を抱えた俺のことなどお構いなしに、カレンはナイフを投擲する。
その全てを呆気なくキャッチされ、テーブルに綺麗に並べられるという無駄な所作に、余計にカレンのヘイトが募っていくのだった。
「……あっ、思い出した!」
ようやくその錆び付いた脳みそから記憶を引き出すことに成功したらしい。トージさんはカレンを指差して叫ぶ。
「馬刺しの魔導士!」
「「
数年前を思い出す光景だった。カレンと被るツッコミ。なんとも辟易とさせる嬉しくない思い出だ。
「なんだよお前、まーた恐喝とかパワハラとかやってんの?やめた方がいいぞー。まぁ周りの人間からしたら反面教師として人生の参考にはなるだろうが、それでも結局は迷惑の結果を無理矢理ポジティブに捉えた時だけの話だからな」
「ウルセェ!!何様だ偉そうに説教垂れやがって!!てめえの○○○切り取って口に突っ込んでやるからこっち来いこの粗○○野郎ッ!!」
「カ、カレン?流石にその言葉遣いは青い天馬として良くないんじゃないかな?君は人気なんだし尚更、ねっ?せめてもう少しおしとやかな言い回しを」
「アマカイッ!!てめえ○○○○○○○を○の○○○○○○○○○○して○○○○○ッッ!!(表現してはいけないほどの罵り言葉)」
「○○○○○○○から○で○○○してやるよこの○○○○があああッ!!!○○○○○ッ!!(耳を覆いたくなるほどの罵り言葉)」
女性だからというのもあるが、それ以前に殆どが人間の口にしていい言葉ではなかった。
流石のトージさんも、そんなカレンを見てポカーンとしている。そして彼女を指差しながら俺を見て一言。
「おいライダー。こいつ本当に女か?」
「────ッッ!!!」
まずいッ!
もはや言葉にならない怒声を上げてカレンは水晶玉を取り出した。
掲げられたそれから光が飛び出し、直線上にあった塀や建物に穴を焼き穿った。
次いで第二派が横凪ぎに振るわれるすんでのところで古文書を起動し、防御陣代わりに盾として周囲への被害を防ぐ。
「落ち着けカレン!!ここのまじゃ人に被害が出る、一度落ち着くんだ!!」
「そうだそうだ!ヒステリックは嫌われるぞ!」
「暴れたってなんの意味もないんだ!一旦冷静になろう!」
「そうだそうだ!ヒステリックは
「心の底から頼むよアンタ黙っててくれないかな!?」
「え、なんで」
「もう僕も便乗してアンタをブッ飛ばしてやりたいよクソッ!」
本当にわかってるんだかわかってないんだか分からないトージさん。いや、恐らくわかってない。なぜか納得のいかなそうなシ
「とにかく手伝ってくれ!カレンを止めないと住人に被害が出かねない!」
激情に駈られたカレンを収めるために、とにかく藁にもすがる思いでトージさんへと頼んだ。
苦肉の策と言わざろう得ない。俺の古文書はあくまでもサポート系統。誰かをバックアップするための魔法だ。捕縛や攻撃用に設計されたものではない。
圧縮したデータをカレンに送り込んで怒りに水を差すことで冷静さを取り戻させる、なんて手段も考えた。が、もしそれで魔法が手元で狂って暴発でもしたら、カレン自身が危ういことになってしまう。
頼りたくはない。そもそも、原因はこの人だ。そしてそれを追い払えなかった俺にもある。頭を下げるのは厭わない。
……正直、業腹だが。
トージさんは、俺のお願いに悩む素振りを見せなかった。
おっけーと軽い返事と共にホルダーケースからひとつの鍵を取り出す。
それは、かつてカレンから奪い取ったモノ。トージさんが星霊たちと交わした約定の果て。
星霊王の慈悲と、常識をねじ曲げた一人の怪物がもたらした喜劇の産物。
その鍵は異界の南京錠を解く為の、世界にたったひとつの星の欠片。
「開けぇー、獅子宮の扉」
──レオ
端正で凛々しく、雄々しい顔立ち。まるでホストのような出で立ちのどこか神々しい男。
僕たちの目の前に、獅子座が顕現した
「お呼びかな、
違う、お前じゃない。
お前じゃない!!!!カグラを出せ!!!
チェエェエエエエンジッ!!!(ギニュー)