モンスターイミテーション   作:花火師

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……難しい。全然筆が進まなくて困ってます。書ける人たち凄いなと思いつつ、待って下さってる人に心の中で謝りながらチマチマ書き貯めてます。次の篇が書け次第投下していき……たいです。すみません。(できるとは言ってない)

次話もだいぶ先になるかもです。ごめんなさい。
(^p^)ンンンンンゴゴゴメェンンンンンンン!!!


望郷

「はらへったなぁ」

 

 

局所的に群生している森林。

青々とではなく荒野の中に点在するそれは、オアシスというより今にも枯れて崩れそうな草臥れたジャングルという方がしっくりくるだろう。

 

「んがあぁああん、あーーー~。暇じゃい」

 

岩の上に敷いた藁の布団。その上で、ゴロゴロと寝返りを打ちながら木々の隙間から覗く真っ青な空を見上げた。

 

空高くに見えるのは鳶一匹。

眼下にいる俺など視界に入っていないのだろう。ピーヒョロロロと呑気に空を泳ぎ回っている。

 

「鳥肉、くいてぇなー」

 

少し肌寒くなってきた秋口。

いや、この地域に冬が来るのかどうかなんてよく知らないけども。

んー、しかし秋か。となれば、どこかの街にぶらっと寄って食い物に集るのもいいかもしれない。

基本的に災難に巻き込まれやすい俺ではあるが。一瞬!一瞬だけ!ヒッュと行ってビャッと帰ってくれば街に騒ぎとか起こさないで帰ってこれる筈だ。自称せざろ得ないトラブルメーカーの活躍を抑えきれる筈だ。

 

つか、人を遠ざけた生活もそろさろ寂しくなってきたな。何ヵ月たった?それとも年単位か?

 

寝返りを打って地面に彫った『正』の切り傷を眺めた。そして───眺めて、やめた。

 

そういえば、五〇を越えた所でカウントするのやめたんだった。鬱防止で。

数をゆっくり数えていくっていうのはそれだけで精神をかなり消耗する。どれだけ世間様から離れているのか毎日ありありと見せつけられるんだから。

 

「ふあはあぁ。からだおめぇー」

 

仰向けの体を起き上がらせようと半身に力を入れて…………入れて………っ。

 

諦めた。

めんどうくさい。チカラはいんねーわ。

 

「ま、今日はそろそろいっか」

 

ずっと発動していた模倣を解除した。

体から大地に繋いでいた植物の管を(ほど)くと、それは宙に溶けるように消え去る。

 

 

ここはかつて霊峰ゾニアと呼ばれていた。

しかしあの神聖さすら感じた荘厳な山々はすっかり様変わり。なんてことでしょう、匠の手によって今やただの荒野となってしまいました。

 

あの一件。俺がクソトカゲとヤンチャしてすっかり崩壊しきった神々しい山を、俺は微力ながらどうにか蘇生しようと試みたのだ。

 

悪あがきなのはわかっているが、はいおれしーらない!と放置するのは流石に罪悪感がある。

体を山岳龍に摸倣し、その力を大地へ少しずつ流して生命の成長を促している。が、しょせん俺の力は解除すれば消えるため、自然繁殖のための補助輪でしかなく中々環境の完全再生には至らないでいた。

もう潮時なのかもなぁ。これくらいの森ならともかく、流石にあの山を復活させるのは無理がある。

しかし全てが無駄だったのかというとそうでもない。少なくとも俺には利があった。

長いこと続けた唯一の利点、それは摸倣の転移。その調節が上手くなった。昔ほど死の危険を感じることはなくなったし、最近ではよりスムーズに出来るようなった。

 

……んー。まぁ、近頃ようやく野生の動物がチラホラ来るようになったし、あとは自然に任せてもいいのかもしれない。あとそろそろちゃんとしたご飯食べたい。

 

「腹、へったなー。おいトリー。食わせろー」

 

ピーヒョロロロー。

 

なんて言ってんだろう。

『寝言は寝て言え』かな。

 

そんな返事を妄想しながら、どの方角へ旅立つか悩み、だが億劫になって寝返りを打とうとしたその時。

俺の顔にかかっていた陽光が陰った。

 

それは単純に遮蔽物が入ったというだけの話。だが、ここは不毛の大地(手作り)。

遮るようなものなどなく、雲だってひとつ見当たらない憎たらしい程の快晴だ。

 

ならば何なのか。

それは雲でも鳥でもなく、人の形をしていた。

 

「干し肉ならあるぜ?」

 

俺を太陽から遮るのは、くすんだ焦げ茶色の髪を乱暴に後ろへ流している無精髭の男だった。

 

「お前さん、噂の竜人だろう」

 

ニカッと屈託のない笑顔でそう言った男は、右手を振りかざした。

そこに間違いのない驚異を感じるのと同時に、跳ねるようにその場からとび退いた。

数秒前まで寝ていたその地面がブロックのようにバラバラに分解される不思議な光景を見ながら、飛んできた瓦礫を火竜の翼で吹き飛ばす。

危なげなく着地した俺は、翼を畳みながら首を傾げた。

 

「えーと。もしかしてどっかで任務失敗とか、借金とか踏み倒したっけ?だとしたらすまん!今度返すから待ってて!」

 

両手で謝るように柏手を打つ俺に粗暴な男は「は?」としばし呆けると、答えるように笑い声を上げた。

 

「ンガアハハハハハハハハアハハハハハハハハッ"オェ"!ゲホッウッア"ッン"ッ"!!」

 

なんか一人で大笑いし始めて涙目で咳き込む変人がいる。

何にそんなに笑ってるの。けっこう怖いぞこのオッサン。

 

「はぁ。死ぬかと思った。おめえ面白いな!笑い殺されるかと思ったぜ。なんだか俺と似たもんを感じるな」

 

感じねえよ。

しかしこれは勝機。流れが来ているうちに乗るしかあるまい。言葉で成立するならそれに限る。

 

「なになに?見逃してくれる感じ?」

 

「いいや。そういう訳にもいかねえ。こっちも仕事なんでな。悪いがいっぺん封印されちゃくれねえか?お前さんだろ、この霊峰をこんな枯れ葉しか残らねえ程に滅茶苦茶にしてくれた極悪野郎は」

 

「……なんか勘違いしてねえか?」

 

…………いや?してないのか?

してないわ。うん。確かにここを壊したの俺たちだ。

壊したのも、このジャングル擬きを作ったのも俺だ。とは言うものの記憶は曖昧でよく覚えてないんだが。しかし破壊の爪跡から察するに、ここを破壊したのが俺とクソトカゲだってのは事実だろう。

 

「おたくさん、随分大物らしいじゃねえか。数千年前から生きてる竜と人のハイブリッド。赤き瞳と翼、炎で大地を焼き払い、空を曇らせ、山を呑み、海を揺らし、影となり地を這い、姿形を操る竜人。変幻竜。竜人奇譚。風影。海割り。世界を喰らうモノ。色んな名前で伝承になってんぜ」

 

 

✝ 世 界 を 喰 ら う モ ノ ✝

 

 

うわかっけぇ……。

どこの中二病発案よその名前。そんなの指差して呼ばれたら鉄道に助走つけて身投げするわ。

 

呆ける俺を他所に無精髭は「その魔力に赤い翼。そしてこの禁域ゾニアに踏み込んでるという事実。言い逃れはできねえだろう」と背中に生えている赤い翼を指差した。

 

はぇーここ禁域なんて呼ばれてんだ。…………あれ?なんかこれ、面倒事になってないか?

というかなんで今更なんだ?この霊峰ぶっ壊してから今まで何年も時間あったでしょうに。仕事は迅速にやること。これ仕事出来る奴の常識!(俺のことと信じたい)

 

つーか、なんだよ伝承って。明らかに人違いだろう。

何だよ変幻竜って。生き物自体が違うだろう。

何だよ竜人奇譚って。誰の二次小説だよ。

誰だよ風影って。どこの里も治めてねえよ。

あと海割りて……。焼酎みたいに言うなよ。

そもそも千年単位も生きてねーよ。

 

なんだよ。なんだよ!完全に人違いじゃねえか!!

 

「あのなぁオッサン…………オッサン……?」

 

あまりにも強烈なショックに動揺を隠しきれずヨツンヴァイになる俺。

 

「一人で何やってんだ?」

 

無精髭の男をおっさん呼びして、ふと自覚してしまったのだ。

俺、天貝刀児。現在(よわい)三〇一を数える歳である。

俺。もうオッサンじゃん……。

うっそだろ。マジでか。ちょっと前まで二十歳成り立てピチピチヤングボーイだったのに。えちょっと待って頭痛くなってきた。

 

「お、おいおい。どうした顔色悪くなってんぞ」

 

「……うん。なんか……具合悪くなってきた」

 

「悪いモンでも食ったのか?」

 

「いや、日数はわからんけど数ヵ月何も食べてないから多分チガウ。あと俺オッサンになっちゃった」

 

「オッサン?つーかすげえな、何ヵ月も食わなくて持つモンなのかよ」

 

「もってない」

 

「……そうみたいね」

 

オッサンはそう言うと、背負ったバックパックから葉にくるまれた3つのおむすびを取りだし、俺に差し出した。

 

「ほれ、食うか?」

 

聖人か!このオッサン聖人かッ!

 

「頂きますッ!!」

 

 

おむすびを両手に頬張りながら、数年ぶりのお米に感動を隠しきれない。

食道を通って胃の中に食べ物が入ってくる感覚。久方振りだ。まるで無くした半身が戻ってきたような……。

 

「うめ"え"え"え"。う"め"え"え"え"え"」

 

「ヤギみてーになってんぞ」

 

「あ"ぐまてぎだよお"お"お"お"お"ッ"!!」

 

イメージは藤原竜也である。

 

「竜人が悪魔的とか言うのもどうなんだよ」

 

いや別に竜人じゃないし。

 

それはともかくとして、無事完食。

具材は鮭と鳥肉でした。

 

「大変おいしゅうございました」

 

「おう。まぁ作ったの俺じゃねえが」

 

「それで、セイントオッサンよ。なにかご所望はござらんか。恩は返すぞい」

 

「セイント……?ダッハハ!変な奴だなお前!」

 

「変ではない!」

 

「変ではない奴は変ではないとか言わねえよ」

 

「さようで」

 

俺の返事を聞き流しながら、オッサンは先程砕いたブロック型の石に「どっこいせ」と腰を下ろした。

 

呑気に欠伸をしながら大口を開けて、ボケーっと先刻の俺のように空を見上げた。どこか哀愁漂う姿である。

 

「さーて……どうすっかねぇ」

 

「お困りと見た!」

 

「そう。お困りなのよ。ホントどうしよ」

 

「言ってみなさい。聞きましょう。この私が!」

 

「いやなぁ。一応100年クエストで神竜の封印ってのがあってな。お前さんもその中に入ってんのかなぁと思ってたんだが……どうも神って感じじゃなさそうだ」

 

「何を当たり前の事を言ってるの。神が空腹とメンタルで気分悪くなるかよ」

 

「…………だよなぁ。なぁ、お前さん神竜の情報なにか持ってたりしねえ?」

 

「しない」

 

ガクッと項垂れるオッサン。

 

「あーあ、またイチから探し直しかぁ」

 

「すまん。そもそも、竜なんてそうそう会うもんでもないですしおすし……」

 

…………あ。

 

いやちょっと待て。いたわ。お手軽に出てくるクソトカゲが。

いやでも待てよ。いると言っても、呼べば来る訳じゃないし。そもそもあいつが神竜とやらである確証もない。少なくともあの暴れっぷりを見るに神様っぽくはないし。……いや破壊神という路線ならあるのか……?

 

うーむ。飯の恩もある。なるべく手伝ってやりたいところなんだが。

 

「一応、竜ってのには思い当たる節がある」

 

「マジか!!?」

 

「うお近いっ。近い近いッ!勘弁してオッサン近い!!」

 

俺の肩をガシィッと力強く掴み、オッサンは唾を飛ばしながら詰め寄って来た。

最高に嬉しくない事態に顔を引き吊らせながら唾を拭い、ドウドウとオッサンを落ち着かせる。

 

「そいつの名前は!?どんな奴だ!色は!?」

 

「な、名前?いや名前は知らねーけど。色は黒くて」

 

「黒くて!?」

 

俺の言葉を遮るように一人興奮気味で盛り上がっている。

 

「デカくて」

 

「デカくて!?」

 

「……見た目だけはカッコイイ」

 

「カッコイイのか!!」

 

「……オッサン落ちt」

 

「オッサンなのか!?」

 

「ちっげーよ!!落ち着けっつってんの!!」

 

その喝でようやく正気に戻ったらしい。目をぱちくりさせて「はははスマンスマン」と笑いながらブロックに腰を戻した。

 

なんで俺が突っ込み役をやらねばならんのだ!!

 

我ながら謎のキレ処は置いておき、俺も対面する形でブロックに腰を落とした。

 

「名前は聞いてない。初めて会った時は問答無用で殺されかけたし、たぶんあんたの探す神竜とやらだとは思えないぞ?なんつーか、神聖とかじゃなくて邪悪って感じのやつだし……破壊神だってんなら納得はいくようなやつ」

 

「んーーー。そうか……手がかりではあるが……」

 

眉間にシワを寄せながらウーンウ~ンと悩ましげに唸るおっさんを見ていると、俺の視線に気がついたのか、「なんだ?」とハテナを浮かべた。

 

「そんな必死にドラゴン追っかけるなんて、オッサンもしかしてワーカーホリックってやつ?それとも戦闘狂?」

 

俺の問いかけに、おっさんは手の平を振った。

 

「んなわけねえだろ、俺は一に女、二に女。三に飯で四に女だ」

 

「……うわ」

 

「そんな目で見んな!仕方ねえだろ!旅してると魅力的な女は多いんだよ!」

 

なんだこいつ。ヤ○リチンかよ。信じらんねえ。俺なんてもう魔法使いになってしまったというのに。未だ未使用だというのに。秘密兵器のまま終わったウェポンだというのに。

それに比べて数多くの女を食ってきただと?ふざけるなこのヤリチ○ンが。ヤリ○チンがァ!!

 

どう絞め殺してやろうかと思案しながら右手をコキコキと握って開いて鳴らしていると、俺の不機嫌を悟ったのか捲し立てるように言った。

 

「あ、いやな!俺のギルドに竜に育てられたって奴がいてよっ!その親竜を探すってのが一応本題なんだよ。クエストはついでみてーなもんだ」

 

しかしそれは俺の興味を引くには十分なファンタジーだった。

育ての親が竜だなんて、もう完全に主人公要素しかないじゃん。

 

「そりゃまたすげえやつがいんな!ロマンの塊じゃん!」

 

「だろ?」

 

まるで自分の息子を自慢する親父のように、オッサンは嬉々として話してくれた。

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)という魔導士ギルドに所属していて、そこには沢山の子供たちと一騎当千の魔導士が溢れてるんだとか。

他にもフィオーレ(イチ)のギルドでありながら、問題児ばかり抱えるお騒がせファミリーでもあるとか。中でもこのオッサンは一二を争う人材で、今回は100年の間で誰も達成し得なかった100年クエストなるものを受けてここまで来たんだと。

で、その竜に育てられた子供。ナツくんの親を手がかりだけでも探してやりたいと思ってた時、偶然にも舞い込んだ100年クエストを一も二もなく受ける事になったらしい。

 

 

「へえぇ……。そうなのか。妖精の尻尾ねぇ。………………なんか聞いたことあるな」

 

 

 

あれ……………………妖精の尻尾?

 

頭の奥で、キッズたちとの記憶がカチリと噛み合った。

 

 

「ああっ!!!」

 

「うおっ!?……なんだよびっくりしたな」

 

聞いたことあると思ったらそうじゃん!

全部聞き終わってから思い出したよ!

 

「ジェラールとカグラって居るよな!?」

 

「ん?まぁいるけど。なんだ、知り合いか?」

 

「知り合い……。そうね、知り合い……っちゅーか。偶然拾って俺が妖精の尻尾に預けたんだよ。あの二人」

 

「なんだと!?おまえっ、それ本当か!?」

 

再び身を乗り出したオッサンを牽制するように立ち上がって、見よう見まねのへっピりボクサーの構えをとった。

つぎ唾を飛ばしてみろ、俺のワンツーとついでのスリーぱんちが炸裂するぞ!!

 

「ダアッハッハッハッ!!キグーな事もあるもんだ!まさかあいつらの『師匠』とやらが竜人だったなんてな!」

 

「だから俺、竜人じゃないんだけど」

 

師匠でもないんだけど。

 

つかあいつら、俺のことまだ師匠なんて呼んでんのか。

いやカグラちゃんならわかるよ?俺に弟子入りしようと必死な子だったし。だがジェラールてめーはダメだ。なんて余計なことを……。

巨大ロボの中で会った時は、再開のノリに任せて『師匠!』なんて言ってるのかと思ったがどうやらこのオッサンの言い方から推測するに常用的に言ってるようだ。

やめろよ、絶対カグラちゃんの不興買っちゃうじゃん!『アタシの時はダメだったくせに男ならいいのっ!?ち、近寄るなこのソッチ系!ホモがうつる!!』とか言われかねない。そんなことを言われた日には涙をキラめかせながら天彗龍でこの国から秒で出て行くぞ。速度制御できないからやらんけど。

 

「それにあいつらな、互いに互いの師匠が同一人物だと思ってねえみたいだぞ」

 

「はぁ!?なんで?」

 

「いやこっちが聞きてえよ」

 

どういうことなの?

 

……あ、あー。

 

そういえば俺、どっちにも名前名乗ってない……。

 

あれ?

……年代的にすでにゼレフもメイビスたんもご臨終な訳で……?

これ下手したら俺の本名知ってる人間って本当に少人数なわけで……?

 

うわ、俺の友好関係……狭すぎ?

 

そういうことか。

昔に卒業したとばかり思っていたコミュ障は健在だったのか……。自分の名前を名乗ることも出来ないような三〇代になってしまったというのか。

あ、なんだろう。心が軋んでる音がする。

挨拶も出来ない大人。カッコ悪い。

 

「どっちの師匠の方が優れてるとかカッコイイとか、そんな喧嘩をしょっちゅうしてたっけなぁ」

 

「ぬふふっ。そうだろうカッコイイだろう!」

 

「鼻のびてんぞ」

 

「よせやいカッコイイなんて褒めたってなにも出んぞぉ?」

 

「浮き沈みの激しいやつだなー」

 

そうだな、あいつらが日頃お世話になってるんだ。取り合えず名乗っておかないとだよな。

 

「俺は天貝刀児(あまかいとうじ)。刀児が名前だから気軽にトージと呼んでくれ」

 

「そかい。俺はギルダーツ。ギルダーツ・クライヴだ。よろしくなトージ」

 

ギルダーツ。カッコイイ名前。

いいなぁ。俺もガ行とかラ行が入ってればイカした名前になってたんだろうなぁ。

ギルダーツ天貝。あ、ねえわ。くそダセエ。

 

「今更だけどよ、悪かったなトージ」

 

ギルダーツは立ち上がると、自責の念を滲ませた顔で後頭部をガシガシとかき「すまん」と頭を下げた。

 

「お、おう??いいってことよ……?」

 

「ハハっ、なんで謝られてるのか分かってないって顔だな。俺が言うのもなんだが、規格外っつか。人間味ねえなお前さん」

 

「あれ勘違いかな?侮辱された?」

 

「ああワリィワリィ。別に悪意があって言った訳じゃねえんだ」

 

ぬんっ、と一歩を踏み出した俺に、ギルダーツは下がりながら両手をパーにして否定した。

 

「だからよ、いきなり殴りかかったことだよ。俺が謝罪したいのはそれだ。すまなかったな」

 

あぁ、なんだそんなことか。

人間が襲って来るくらいどーってことないさ。

そりゃ、あんなクソトカゲが寝起きドッキリばりに襲ってくることに比べたらね!!

 

「いいよ、ビックリはしたけどそんなに大したことなかったし気にしてないよ。こうして謝ってくれた訳だし」

 

「大したことなかった、とか言われるとフェアリーテイルの名を背負ってるモンとしてはカチーンとくるけどな、少し」

 

「あ、ごめん」

 

「いいよ、抜けてるのはお互い様だって事だな」

 

「かもな。確かにちょっと似てるかもしれんな」

 

二人して笑いながらしばらく談笑を続けた。

俺がここにいた理由は旅の途中に立ち寄って休んでいたということになった。

流石に自分でぶっ壊したから直そうとしてました、なんて言える訳がない。壊した云々は誤魔化せたんだ、変に掘り返すのはよそう。下手したらタイーホだ。

 

それから日もすっかり傾き、空が夕暮れに差し掛かった頃になってようやくギルダーツは重たそうに腰を上げた。

 

「トージ。お前さんさえ良ければ、今晩ここで一緒に野宿しねえか?」

 

ギルダーツは辺りの木々や小さな湖を見て、ここが適所だと判断したらしい。

その湖も俺が汲んで来ました。魚も偶然置いてあった生け簀から持って来ました。…………ごめんね漁業ギルドの皆さん。

 

「まぁなんてったって、辺りは荒野だ。緑豊かで、神々が居たって神話で奉られてた霊峰ゾニアも、今や禁域ゾニアなんて呼ばれてる。一晩で霊峰をこんな更地にした化け物が、どこに出てくるかわかったもんじゃねえ」

 

「ソウネー。世の中、ドンナやーつがイルカわかんナーイヨネー」

 

「ダッハッハ!なんだその喋り方!まるでお前がやったみてえなリアクションするじゃねえか!やっぱ面白いなお前!」

 

「…………ところでさァ!お腹空いたなぁ!!」

 

「唐突だな」

 

「ところでさァ!?お腹空いたなぁ!!」

 

「わーった!わかったから。魚でも釣るぞ!ホレ、釣り竿作るから手伝え」

 

木の棒を拾い、面倒くさそうに俺へ動けと行動を促した。

 

「つーか、なんでこんな近くに魚いんのに餓えてたんだよ」

 

「……だって。魚に愛着湧いちゃって……」

 

「はぁ?」

 

「人と暫く会わなかったからさ。魚でも近くにいてくれたから、愛着湧いちゃって……。食べるに食べられなくて」

 

「変わってんなぁお前」

 

「……はは、我ながらどうかしてたよ。でももういいんだ!数年ぶりにお米食べられたし。アンソニーもジェニファーも、捌いて焼いて食べちゃおう!」

 

「おいやめろよ。釣っても食えなくなるだろうが」

 

「いいんだ……。もういいんだっ!俺のことは構うな!殺れっ!」

 

「未練タラタラじゃねえか。魚に対しての思い入れ強すぎだろ」

 

やんややんやと、ギルダーツとあーだこーだやり取りをしながら夕暮れを過ごし、久しぶりに誰かとゆっくりする時間を取った。

ふざけて格闘しながら魚を捌き、夕食を終え、澄んだ夜空の下。くだらない話でまったりとした時間が流れていく。

 

なんというか、懐かしい感覚だ。ゼレフといた頃を思い出した。

セピア色とでも言うのか。体験した時間としてはそれほど前でもない筈なのに遥か昔に感じてしまう。

 

 

「なんだ、お前さんもしかして故郷にでも帰りたいのか?」

 

……ん?なんの話だ?

 

唐突に話を切り出したギルダーツにクエスチョンが浮かぶ。

俺の顔で察したのか、ギルダーツは懐かしむように続けた。

 

「なんて言うかわかるんだよ、旅をしてるとな。そんな表情をする奴を結構見るんだ。望郷って言うのかね、帰りたいけど帰れない。そんな顔だ」

 

「…………んー?んー。どうなんだろう。確かに二度と会えなくなった奴もいるし、会いたいとも思う。でも、戻りたいかって言われたら……どうなんだろうな」

 

……俺はあの時から前進出来ているんだろうか。

 

時間は流れていく。

時間が悲しみを癒してくれるなんて言うが、それは多分なれてしまうだけ。薄れてしまうだけ。忘れてしまうだけ。

 

俺は、馴れることが出来たんだろうか。

いや、こうして悩む時点で出来てないんだろう。完全に忘れることも出来ず、中途半端にぶら下げて。あの世で幸せになってくれと素直に言うことも出来ない。小さな人間だ。

 

浅ましい。

 

俺の本性はどこまでも浅ましく小さい。

 

 

前進?そんなもの、出来ている筈がない。俺は停滞しっぱなしだ。立ち止まっているだけだ。

死んだ筈の友が、まだ生きてるんじゃないか。どうにかして会えるんじゃないか。そんな希望を心のどこかで手放せないでいる。

 

「なんか、嫌なこと言っちまったか?」

 

俺の雰囲気にやりずらさを感じたのか、ギルダーツは謝るように言った。

 

「いや、んなことないよ。まー俺も放浪の身だからさ。後悔とか結構あるわけよ。今更悩んだって後の祭りだし、結局は気の持ちようってだけの話なんだ」

 

「そうか。ま、お互い心残りはどこにでもあるもんだ。俺は一週間前に会ったエレナとラパスちゃんが恋しいよ」

 

「え、なに?おれ喧嘩売られてる?」

 

「というか気になってたんだけどよトージ。お前もしかして○ェ○ー?」

 

 

…………………………………………………。

 

 

 

「ええチ○リ○ですけどなにか!!!!??」

 

「キレんなキレんな。そんなお前に……女の落とし方教えてやるよ」

 

「先生!」

 

「ガッハッハ!仰げ仰げ!」

 

 

 

 

 

 

──あぁ。

 

 

──空虚だ。

 

 

 

どこまでも空っぽ。

俺の願いはなんなんだろう。俺の目的はどこなんだろう。どこにあるんだろう。俺は、何がしたいんだろう。そもそも俺は…………。

 

 

 

──俺は、なぜこの世界へ来たんだ。

 

 

 

 

直後、風が暴れ狂った。

一匹の黒い竜と共に、俺たちの空を雲に濁らせて。

 

突如として現れたソイツは、紅い二つの眼光で二匹の子羊を見下ろす。

 

 

「オイ……ンだよ、この化け(モン)ッ。とんでもねえ」

 

 

畏怖を滲ませて驚愕するギルダーツを他所に。そいつを見上げた時、俺の空虚だった心に、とひとつの火が灯った。

 

歪んだ笑みが溢れる。

 

凶悪な竜と見つめあうその瞬間だけは、俺の中の時間が巻き戻った気がした。

 

いつかと同じだ。

やっぱり俺にとって時間を共有できるのはお前だけなんだろう。

認めたくねーし、勘弁願いたい話だが。それでも俺にとってお前は……お前だけは不変だ。

 

強敵と書いて友、なんつって。

 

「俺たち、ズッ友だよな。クソトカゲ」

 

 

──ガァアアァァアアアアアァアアアッ!!

 

 

なんだよ。キモいこと言うなって?

 

安心しろ、俺も思った。

お前と仲良しなんてふざけんな。最初にぶっ殺されそうになった恨みは忘れん。

それに。今気持ち悪いくらいに渦巻いてる、この行き場のない虚しさと、進むことのできない自分への苛立ちを解消したいんだ。させてくれ。

 

だから

 

 

 

今日もケンカしようぜ

 

 

 

「『MODE:イビルジョー』」

 

 

それと

 

 

 

「『怒り、喰らう』」

 

 

 

 

はらがへったんだ

 

 

満たしてくれよ。俺の空腹(虚ろ)をさ。

 

 


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