モンスターイミテーション   作:花火師

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クオリティは…低いのじゃあ……ごめんよぉ


狂毒と氷銀の砲弾

声を枯らすほど兄弟子の名を呼び続けた。

自爆しようと足掻いた六魔と共に崖から落ちていったリオンを探すこと暫く。すでに痛み始めた喉を気づかう余裕などなく呼び続ける。

六魔との戦闘でかなり消耗したことも否めない。

だが、そんな体の痛みに喚く余裕などありはしない。

 

しかしどれだけ気張ろうとそんなものはお構いなしに強烈な事態が次々と起こり始める。

 

手始めは、空の先。

まるで空を断割するように禍々しく黒々しい光が空へと昇った。

 

「オイオイなんだよ、ありゃあ」

 

それに伴い明るかった筈の空は淀み、空が暗く陰っていく。まるで光を呑み込んでいるかのように錯覚させた。

縁起でもないが、まるで世界の終わりでも迫っているかのようだ。

 

「…………」

 

隣には同じく空を見上げる蛇姫の鱗(ラミアスケイル)の魔導士、シェリー・ブレンディ。

リオンが飛び降りてからと言うものの、鬼気迫る表情であちらこちらへ視線を走らせていた。

そんな彼女も、今までの激情を忘れたように呆然と空を見上げている。

 

「あれ……なんですの」

 

聞きたいのはこっちだ、という自棄っぱちな言葉を呑み込んだ。

あんなの、並大抵の魔法じゃねえ。もしかすると、あれが青い天馬(ブルーペガサス)のイケメンが言ってた魔法、ニルヴァーナとやらなのかもしれない。

 

「俺にもわからねえ。あんな黒い柱みたいな魔法見たこともねえ。んなことより……」

 

俺の言葉に被せるように、シェリーはその空の向こうを指差した。

 

 

「違いますわ。あの、翼の生えた白い人間のことです……」

 

 

「──はっ?」

 

まず疑ったのは、自分の目玉だった。

それもそうだろう。あそこまでの現実離れしたものを前にすれば、まず自分の正気を疑う。

 

銀にも近いような虹色に艶めく真っ白な翼をはためかせた人型。黒い柱によって暗く陰った空に、神聖なひとつの輝きが灯っていた。

 

翼を更に広げたそれを視界の先に捕らえた瞬間。

俺がシェリーの言葉に空を見上げたほぼ数秒後だったろう。

黒い輝きを持った粒らしきものを風が運んできた。

 

その黒い風は不吉だった。

今まで見てきた何よりも不吉だった。

 

 

──デリオラよりも、不吉だった。

 

 

「口を塞げっ!!」

 

あれは吸い込んだらまずいものだ。本能の叫びだった。

咄嗟にシェルターを形成しようとするも、想定したよりも離れた位置にいたシェリーには間に合わない。

悪態をつきながら、練った魔力を壁ではなく自分のマスク型へと切り替えた。

 

「うっ……」

 

判断が遅れたのか、シェリーはもろにあの黒い風を吸い込んでしまったらしい。苦しげに胸をおさえながら立ち竦み、その場で膝をついた。

 

「おい!大丈夫かっ、落ち着け。ほらマスクだ。冷てえが我慢しろ」

 

すぐさまシェリーへ駆け寄り、肩に手を乗せたその時。

 

 

──イイ、気分ですわ。

 

 

「なに?」

 

苦しげに呻いていたシェリーが、口端を歪めていたことに気がついた。警戒心を抱いた時にはもう遅かった。

 

まるで少女の腕から放たれたとは思えないような拳が振るわれた。

反射的に腕を重ねるように防ぐが、しかし腕は鈍い音と共に軋むようにしなる。

 

まるで格闘家に殴打されたような威力で後方へ軽々と殴り飛ばされた。

 

シェリーがしゃがんだ姿勢で良かった。

もしあと一歩、深く踏み込まれていたら両腕とも折れていたかもしれない。

それほどまでに彼女のパワーは脅威的だった。

 

「イイ気分ですわ」

 

先程以上に、実感の籠った呟きと共にシェリーは嗤い、立ち上がる。

 

「すごく!すっごくすごくイイですわ!力が湧いて仕方ないのですわ!この力を振るいたくて。アァ、たまりません。うふふふ。アハハハハッ!……あら、そういえばいましたわね。ちょうどいい、サンドバッグ向きの男が。そしてリオン様の仇。あつらえたようにピッタリじゃありませんこと?」

 

ねぇ、グレイ・フルバスター。

 

シェリーがポケットから取り出したリボンを振る。

シェリーの真横にあった大木はまるでクッキーを折るように裂き砕けた。

 

「くそっ!なんだってんだよ本当によ!!正気かお前!」

 

「アハハッ!正気ではありませんわ。まるで夢でも見ているようです。頭の中にモヤがかかって、身体が軽くて力がみなぎる。そうこれはきっと夢なのでしょうね。ですから。誰が死のうと、あなたが死のうと関係ありません。グレイ・フルバスター。前からあなたは気に食わなかったのです。リオン様に馴れ馴れしくて鬱陶しい。まぁいいですわ。ここで貴方を殺して、夢から覚めたらまた殺して差し上げます。リオン様も喜ぶでしょう?」

 

あぁそういえばリオン様も死んでしまいましたね。と指を絡ませながら熱っぽく明後日の方向を見上げている。

 

おいおい。完全にトンじまってるじゃねえか。

クソ。あの黒い風のせいか。俺に症状が出てない事から察するに、呼吸器から入るってのはおおよそ間違ってないようだ。

吸い込んじまったら即パッパラパーと来たもんだ。それも、ドーピング効果つきだ。

なんだよこの訳わからん魔法は。

ハイになる毒魔法みたいなもんか?

 

他の奴等は大丈夫だろうか。カグラなんかが吸い込んで思考までぶっ飛んじまったら、もう誰にも止められねえぞ。

脳裏に浮かぶのは怪獣の如き剣鬼

 

 

『私はカグラだぞーー!全員斬り捨てだーー!!まずはお前からだグレーーイ!!』

 

 

いいや、そんな事を気にしている余裕なんてない。どうすればいい。どうすればこいつは正気に戻る。

 

最悪、氷で動きを封じて放置を……。

……いや、確かあのウェンディとかいうガキンチョが治療魔法を使えるとか。

となると、とりあえずこいつをふん縛ってあの拠点に転がしておくしかないか。

本当ならリオンを探すのが先だったが……。

 

「わかったよ。相手してやる」

 

こうなっちまったら仕方ない。

ったく。なんで六魔を相手にした後に、身内とやりあわなきゃならねんだっての。

こちとら体力も魔力もそこそこ消耗してるってのに。

それに、女とヤり合うのは趣味じゃないんだけどな(カグラは除く)。

だがこのままにはしておけない。こいつに何かあったら、俺はリオンに顔向けできねえ。

 

「行くぞ」

 

「おいでなさい!愛をもって、貴方を殺して見せますわ!」

 

リボンを振りかぶるシェリーに、両手で構える。

氷の造形魔法。

 

「『アイスメイク』!」

 

 

 

───ォオオオ

 

 

……ん?

 

なんだ。なにか聞こえて……。

 

 

それは木々をへし折りながら飛んできた。

振り返った時すでに、すぐそこまで迫っている鉄の塊に、頭の中が空になった。

ほへ?と間の抜けきった顔を晒すその一瞬の思考時間。

しかし思考時間というのも名ばかりで、実際頭の処理が追い付くのは、それを俺が全身で受け止めた後だった。

 

正直なところ、思った。

あ、これ死んだな。

 

 

「ぐふぉおおおおおおぉおおお!!」

 

真後ろの木をへし折り、森に爪痕を残しながら受け止めた。俺を引き摺って地面を数メートル抉った。

激痛にのたうち回りながらも、土煙の中にあるそいつの正体を理解した。

 

全身甲冑は大したことなかったようにむくりと立ち上がり、胃液を吐き出しながら悶え苦しむ俺へ向けて親指を立てた。

 

「よく受け止めたグレイ。良きチームワークだ」

 

「いやフレンドリーファイア(同士討ち)もいいところだよ!殺す気かッ!!」

 

全身が鈍い銀色の甲冑。

超重量級のアーマーを着こみ、腰に左右二本ずつの剣を挿した妖精の尻尾(フェアリーテイル)エースランカー魔導士が一人。

そして、現在化猫の宿(ケット・シェルター)のメンバーとして連合軍に参戦しているその人物。

 

名は、ミストガン。

 

「つーかどっから飛んで来たんだよミストガンてめえ!」

 

「なに。あの飛んでいる馬鹿がいるだろう?」

 

馬鹿、とまるで勝手知ったるような口振りでミストガンは空の向こうで羽ばたく神々しい化け物染みたナニかを後ろ指にさした。

 

「跳躍し、挑んだものの、一瞥もくれずに吹っ飛ばされてしまってな。やはり一筋縄ではいかんらしい」

 

「なんでヤレヤレみたいな呆れた風なの!?それより俺の事を気にしてくれよ!もう少しで鎧と地面に挟まれて大根よろしく擦り下ろされるところだったんですけど!?つーかよく死ななかったな俺!!」

 

いや、お前もだけど!!

 

「うむ。丈夫でなにより!」

 

「やかましい!!」

 

まぁ。なぜ無事なのかは、何となくわかる。

ミストガンの野郎、俺にぶつかる直前に俺の練っていた魔力を横からかっ拐いがった。

奴の魔法か何かわからないが、奪った魔力を何らかの方法で変転させて落下の衝撃を大幅に打ち消した。

こんな重量級の装備をしていて、だ。それもあんなスピードの中で……。どれ程の魔力操作技術があればそんな事が出来るのか。

 

はーもうイヤんなるね。こうもまざまざと力量の差を見せつけられるたぁ。

ま、そのくらい差がある方が、追い付くこっちとしちゃあ燃えるんだけどよ。

……て、それはナツの十八番か。

 

「つーかお前なんでそんなピンピンしてるんだよ。ちょっと前まで血塗れで運ばれて来てたじゃねーか」

 

「あぁ、あれか。治った」

 

「治ったあ!?」

 

「うちのウェンディは優秀でな。今頃岩鉄のジュラも復活している頃だろう」

 

あんなボロボロだったのをこんな短時間で治すなんて。マジで無茶苦茶だなおい。

どうやら常識の範疇を平気で越えて来るのは妖精の尻尾(フェアリーテイル)だけではないらしい。

 

「あらあら。新しいサンドバッグさんですの?歓迎いたしますわ」

 

シェリーは吹っ飛んできたミストガンに驚きを示すことはない。

夢見心地な彼女にとって、人が飛んでくるというのは尚更夢らしいといえばらしいのだろう。

 

「ミストガン。シェリーが怪力になって頭が可笑しくなっちまった。……あの白い男のせいでいいのか?」

 

「さてな。私も詳しく知っている訳ではないが、少なくとも人格が変わったのはあの黒い柱、ニルヴァーナのせいだろう。あれは善悪を裏返す魔法だ」

 

「善悪を、裏返す?」

 

「善悪の境界で揺らぐものを反対の属性へ転換させる。凶悪な精神干渉の魔法。恐らくシェリー嬢を変えたのはそれだろう」

 

「それじゃあの黒い風は?あれを吸い込んでからあいつ可笑しくなったんだぞ」

 

「……さてな。私もあの鱗粉紛いについてはよく分かっていない」

 

情報がぐちゃぐちゃになってきた。急展開過ぎだ。

もう訳がわからんのですよ。

 

ただ……。とミストガンは言葉を選ぶように考える仕草を見せた。

 

「私もあれを吸い込んでからというものの、力が溢れる。そして体の内側から破壊衝動が湧き出てくる。個人差があるのか、私にはそこまで強い影響力はないようだが……。恐らく、こちらも精神干渉に近いなにかだ」

 

「はあ?じゃ何か。あいつはパワーアップの粉をやたらめったらに撒き続けてるってのか?」

 

「端的に言えばな。だが問題は破壊衝動の方だ。もしこの上げられた力が仲間に振るわれたとしよう。シェリー嬢のように制御できず錯乱した仲間もその力を振るいあったとしよう。どうなる?」

 

どうなるって……。そりゃあ。

 

「殺し合いだ」

 

「そう。もし街ひとつにでも黒い風がばら蒔かれてみろ。大惨事が起こるぞ」

 

とんでもねえ。全員があれを吸ってしまえば間違いなくこの連合軍は瞬時に潰れる。互いに殺しあって。

しかも、それに加えて善悪反転魔法だ。なんつー馬鹿げた事態だよ。洒落になってねえ。

 

そういえば……。

 

「さっきあの男を馬鹿呼ばわりしてたが。まさか知り合いか?」

 

「私の友人だ」

 

もう訳がわからんのですよ(白目)

 

「愚かにもニルヴァーナの判定に引っ掛かったらしい。普段のあの人ならば善悪をさ迷うなどあり得ない。何かしら精神的ダメージを受けたのだろう。それも彼ほどの人間が揺らぐなにかだ」

 

俺にそんなこと言われてもな……。

まず誰だよあいつ。

 

「私の旅仲間でな。数年ほど共にアニマを消してまわっていた」

 

「あにま?なんだそりゃ」

 

「…………ンン"っ。なんでもない」

 

「……そうかい」

 

「しかし……彼の魔法のせいか、私も昂っている。楽しくなってきた。今こそ彼に痛い目を見せるとき!積年の迷惑の怨み、今こそ晴らさずにいられようか!」

 

もう、どうでもいいよ。

そっちの事情はそっちで何とかしてくれ。

 

「ミストガン、お前には聞きたいことがまだ山ほどあるんだよ。なんで化猫の宿(ケット・シェルター)に居るのかとか、あの白い男の正体だとか。でも今はそんな時間ないみたいだしな」

 

一旦句切り「とりあえずよ、ミストガン」と名を呼べば、視線を空へ向けたまま沈黙で続きを促された。

 

「あの白い怪物(モンスター)、任せていいんだな?」

 

「──愚問だ」

 

多くは語らなかった。だが、その言葉には力強い意思を感じた。

どんな因縁のある相手なのかは知らないが、あのミストガンがそう言うなら、任せる他ない。

 

「じゃ、こっちもこっちでやるとしようか。ミストガンさんよぉ、困ったらいつでも声かけな。俺が助けてやるぜ」

 

俺の上からの言葉にも、ミストガンは「フッ。そうだな」と頼もしげにくぐもった声で笑う。

 

「なんなら、あの化け物のところまで飛ばしてやんぜ」

 

造った氷で人を飛ばすという脳筋ばりの荒業は、何を隠そうミストガンからの直伝だ。卓越した魔力操作を持っている癖に不意に見せる力押し。実に妖精の尻尾らしい発想だ。

故に飛ばし方は言わずもがな。

ミストガンはニヤリとした声色で頷いた。

 

「それはありがたい」

 

「もう、いいかしら?」

 

律儀にも待っていてくれたらしい。

砕けた木に腰掛けていたシェリーが折を見て立ち上がった。

 

まずは、この女を全力で生かして返す。

リオンがいない今、アイツに替わって俺がするべき事はそれだ。一番の優先事項だ。

不甲斐ない兄弟子の尻拭い。あいつのギルド(ラミアスケイル)にちょっとした貸しでも作れれば万々歳。

次リオンに会ったなら、そんときはデカイ顔して高笑いしてやる。

 

「『アイスメイク』」

 

氷のタワーを作り上げ、ミストガンを空高く打ち上げた。

 

さて、俺も今すべきことをするか。

楽園の塔と同じ撤は踏まねえ。今度は俺が全員を引っ張る。

シェリーも、リオンも。

 

 

全員を生きて返してやる。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

うるせえ。

 

うるせえ!うるせえ!うるせえ!うるせえ!うるせえ!うるせえッ!!!

 

頭の中で色んな声がガンガンと響く。

入ってくる声はどこもかしこも怒りや鬱憤。頭を叩き割るような激情で埋め尽くされていた。

 

キュベリオスに乗りながら飛ぶ空の下。森の中は、全てが狂気に包まれている。なまじ耳を特化させる魔法を覚えたのが仇となったらしい。けたたましい程に大量の狂った声が耳へ雪崩のように注がれる。

ひとつひとつの声はそこまで大きいものじゃない。だが雪崩のように拾い集めてしまうそれは、まるで巨大なラジオの溢すノイズだ。

 

ノイズ。耳障り。

 

真下で殴りあっている闇ギルド。仲間へ襲いかかる傘下のギルドたちを見下ろしながら、困惑から落ち着いてきた頭を働かせる。

 

この元凶は恐らくあの男。ノイズだろう。

ブレインと共にニルヴァーナを見つけ出し、起動させたところまではよかった。だがミストガンを名乗る手練れの邪魔が入り、俺が引き離す形でブレインとは距離を取ってしまった。

それから数分後だ。キラキラ光るような、純白の翼をはためかせた男、俺が推薦した新人であるノイズが空を舞う姿を捉えたのは。

奴は空でボソボソと呟きながら、粉のような黒い光をばら蒔いた。

遥か上空。常人では聞き取れる距離ではないその声も、俺にはしっかりと聞こえた。

 

『全て消毒だ』

 

殺意の籠った呟きと、俺は自身の直感から、ばら蒔かれた粉が何なのかを即座に察した。

 

毒だ。

 

凶悪な毒だ。こいつがどういうモンなのかは、吸い込んでみてすぐに分かった。

人間の神経を刺激し、強制的に凶暴化させる。その肉体の限界という柵を取っ払い自らに自らの体を壊させる悪質さ。副作用には体と精神の衰弱。そのまま弱らせて命ごと奪う。

例えば、強制的にハイテンションにされ、腕を振っただけで自分の骨が折れる。筋肉が裂ける。

強化といえばそうだが、俺からすればそんなものは強化でもなんでもない。ウィルス兵器だ。

 

毒の滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)である俺だからこそ、自分に対抗毒を作ることが出来たのは僥倖だったと言える。

 

しっかし、なんつー恐ろしいモンを使いやがる。

何が善悪反転魔法ニルヴァーナだ。あの化け物の方がよっぽど兵器じゃねえか。善悪なんて関係ねえ。あるのは感染してるかしてないかの二択。そして、感染していなければ感染させるだけの択一的なわかりやすい驚異。わかりやすい害意。

これは台風にでも載せれば国ひとつ殺し尽くしかねない劇毒だ。それこそ、さっきまでのように翼をはためかせて世界一周旅行された日にゃ、この世が終わりかねねえ。

世界各地での脈絡のない暴動。それが静まっても感染者はいずれ衰弱死。

 

トージ・アマカイ。

あの男はこんな危ねえ魔法を無闇に扱う程イカレちゃいねえ筈だ。

本当のあいつはただの鬱陶しいだけの馬鹿だ。

 

つーこたぁ、やられやがったな。ニルヴァーナに。

なんてこった。参ったぜマジで。

そしてなにより、今問題なのはブレインとはぐれたという事。

計画通りにニルヴァーナは起動され、数分後にはニルヴァーナの本体が地表に姿を現すだろう。

だが、ブレインがもしこの毒に蝕まれていたとしたら。

ブレインが凶暴化してしまったとしたら。

 

人格が入れ替わり、マスターゼロが出てくるだけならまだいい。一番の不安要素は、理性を飛ばしたブレインがニルヴァーナを暴走させてしまうのではないかという恐怖。

 

もし、ニルヴァーナが俺たちに火を噴いたとしたら……。この場に踏み込んでいる正規ギルドも闇ギルドも、全員が悪党になり、あの凶暴化ウィルスに唆されるままに暴れまわったら……。とんでもない事態になるぞ。

それは、俺たちがやりたかった革命じゃない。そんなもんただの崩壊だ。

 

クソッ!!

こんなことならあの男をブレインに紹介なんてするんじゃなかった!!

 

かつて、楽園の塔で当時まだガキだった俺を助けてくれた男。偶然再開したからって、奴を闇ギルドに勧誘なんてするんじゃなかった!

 

……命の恩人だからって……。

 

雨の中で膝抱えてゴミ箱から漁った生ゴミ食ってたからって……。声かけるんじゃ……なかった。

 

…………いや無理だろチクショウ!!

かけるよそりゃあ!!ヒーローみたいに思ってた男が俺より惨めな生活してるところ見みちまったらさあ!?そりゃ声かけるよ!!ちっとはまともな生活させてやりてえって思うよ!!ふざけんなバーカ!!

 

誤算だ。

なんだろう。このやるせない気持ち。

 

 

当の本人であるトージ・アマカイ。奴は今、上空で腕を組みながらニヤケ面で森を見渡している。

自分が撒き散らした毒。それの感染者たちを見て笑っているのだ。

 

完全に油断しきっている今こそ攻め時だろう。

だが正直なところ、俺があれに勝てるかと言われれば少し判断しかねる。

やつが毒を使う以上、毒の滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)である俺には大きなアドバンテージがある。

だが、つい先程の事だ。

全身を鎧で包んだ変態が空高く打ち上げられたと思えば、一呼吸も感じられない間に彼方へ吹き飛ばされていった。

脈絡のない一瞬の出来事に、まるで交通事故を見せられているような気分だった。

 

しかもその後のトージ・アマカイはというと、少し呆れたような表情を見せるだけで、何事もなかったかのように笑っているだけ。

 

……もう、奴を止められるのは毒の滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)である俺だけだ。

 

俺には相手の心を読むことだって出来る。

だから奴の心を呼んで戦闘を有利に進めることも出来るだろう。

だが、もしあの攻撃が打ち込まれると考えると恐ろしい。

下手をしたら本当に死にかねない。

 

「……ふぅーーっ。……落ち着け俺。俺様は毒に対しちゃあ最強だ。動きだって心だって読める。負ける要素なんか何一つねえんだ」

 

いけるッ

 

相棒のキュベリオスに乗りながら、俺は元凶の男へ向かって突進した。

 

「ノイズッ!なに遊んでやがる!てめえには仕事があるだろうが!!」

 

さぁ、かかってこい。いつでも毒を吐くがいい。俺の糧にしてやる。この世にある毒は全て俺の支配下。

それとも打撃か?いいさ、お前の筋肉の音、心の音、風の音は全て俺に届く。

 

「新人風情が調子に乗るんじゃねえぞ!ヒヨッコは後ろでヨチヨチしてりゃあいいんだよ!しゃしゃり出て来るんじゃねえ!!」

 

何を余所見してやがる。このままじゃあ俺の毒が先にお前を蝕むぞ。

 

……いや。

六魔を無視できる筈がねえ。こいつは誘ってるんだ。俺の先制を。

 

「上等だァア!!」

 

 

いつでもかかって──

 

 

 

 

 

「──耳障りだ」

 

 

ゾクリ。睨まれただけで身体中に悪寒が走った。

 

全身の毛が逆立つような圧力に先に反応したのはキュベリオスだった。

恐慌状態に陥ってしまったキュベリオスは、パニックに何もわからなくなったのか、俺を背中から落としてしまった。

 

だが、不幸中の幸いだ。

恐らく……いや、確実にあのまま突貫していたら死んでいた。心の声なんて聞かなくたってわかる。あの殺気は本物だった。

 

「キュベリオス!落ち着け!」

 

落下しながらもどうにかキュベリオスを落ち着かせ、距離を取ったところでホバリングする。

 

「……ん?」とすでにこちらへ興味を失っていたノイズは何かに気がついたのか、二度見するようにこちらへ顔を向けた。

 

「なんで狂竜症に(かか)ってない奴がいるんだ……?」

 

狂竜症?

……この混乱をもたらした毒のことか。

ダメだ。こいつが何を考えてるのか全く読めねえ。心が動いてねえのか?

それともニルヴァーナの影響か。毒の力か……?

 

「……あぁ。そういえばエリックンは毒の滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)だっけ」

 

「誰がエリックンだオイコラ!コブラと呼べ!」

 

「はいはいエリックンうるさいよ。人に『耳障り』だなんて渾名付けておいて、これじゃあどっちがノイズか分かったもんじゃないね」

 

「てんめ……っ!いや、そんなことよりお前は今ニルヴァーナの影響を受けてる。会話できるなら話は早い。とっととその狂竜とやらの毒を蒔くのをやめろ。俺は耐性を創れるが、このままじゃ他の六魔が全滅だ!」

 

「え?まじで?」

 

「マジだ。なんならその狂竜化してネジの外れたブレインがニルヴァーナを暴れさせかねない。あれが暴走機関車になったらこの国が崩壊する!」

 

「ふーん」

 

「ふーんて……てめえッ!ふざけてんのか!!」

 

気の抜けきった返事に、俺はノイズの胸ぐらを掴んだ。

前々からふざけた奴だってのは知ってたが、国が崩壊するって言ってるのに何だその態度は。国が崩れたら俺たちの手に入れるモノその物がなくなっちまう。

 

胸ぐらを掴んだ俺の右手を握り返して、微笑んだ。

 

「あはっ、それは好都合。こんな世界滅べ」

 

ノイズがより強く翼をはためかせたその瞬間、肺に特大に強烈な毒気が侵入した。毒竜の肺を蝕むような、今までにない初めての苦しみに襲われる。

 

追い討ちをかけるように、左手を振りかざした。

その腕には純白の鱗が生え繁り、ダイヤより美しく死神の鎌より禍々しい鉤爪へ変態した。

 

 

「特に──」

 

 

死が、迫る

 

 

 

「──野郎()は皆殺しって決めたんだ」

 

 

 

殺られる

 

 

 

 

 

 

 

空気を裂く音。

 

まるで大砲の弾が翔んでくるような。

 

 

こいつは──

 

 

 

「いッ!!てえなァ!!」

 

掴まれた右手を捻られながら、悲鳴をあげる関節を無視して体を逸らした。

 

 

「友よ。六魔と戯れるのもいいが、私の相手もしてくれないとな」

 

地上から飛来したのは冷気を纏ったフルアーマーの砲弾。

そいつは俺を掴む化物ごと、氷銀の大剣で空を裂いた。

 

 


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