眉を潜めた。
ため息と共に期待が肺から抜け出していく。
「火竜の
真横一閃に繰り出される蹴りに対して俺は驚異を感じなかった。だから受け流した。
「火竜の
両手の炎を叩きつけるだけの技。いなすのも面倒だから急接近。肘を掴んで勢いのまま投げ飛ばした。
「火竜の
おぉブレスか。確かに竜っぽいけど溶岩竜の前に火は無謀だ。
「火竜の
まさかの体当たり。雑過ぎだろ。気分はマタドール。
奴は炎を積極的に使う魔導士のようだ。
炎を使うと言うだけあって、火に耐性があるのだろう。繰り出される拳を溶岩の籠手で流すように受け続けても、溶岩竜の籠手の熱に悲鳴すらあげない。火傷も負わず平然と触れられるようだ。
その高い火の耐性。対応力と反射神経には目を見張るものがある。……が逆に特筆できるのがそれだけ。俺の警戒心を煽る要素がひとつも見当たらなかった。
つまるところ、弱い。
なんだこいつ。
とてつもなく弱いぞ。竜っぽい匂いがするからてっきり
確かに力の匂いは強いし質も高そうだ。だがそれにしたって体の使い方が稚拙。技の精度も低い。スピードと火力は少しあれど、どれも直線的で単純。この少年の性格がありありと出るような闘い方だった。
いやまぁ、格闘家とか武道家じゃなくて魔導士だしな。仕方のないことか。
それに成長期の子供なら体の変化によって手足のリーチもバランスも変わるわけだし、成長に技術を合わせるなんて難しいよな普通。
「火竜の──」
炎を纏わせた両手を振り上げたところだった。
「もういいよ」
地面が鳴るほど強く踏み込み、懐へ侵入する。その両手を手首から掴み、背負い投げの要領で軽い体を持ち上げるとそのまま地面に叩きつけた。
遠慮はしない。手首を掴んだままもう一度持ち上げ、叩きつける。更にもう一度もう一度もう一度もう一度、力ずくで空に掲げるように持ち上げてはひび割れた地面に叩きつけた。
「ナツ!おい大丈夫か!」
めり込ませるように最後に叩きつけ、投げるように手を離し距離をとった。
つい数秒前までの位置に無数の氷の槍が突き刺さる。
距離をとった俺を威嚇しながらも、氷小僧は助け出した桜火竜の少年に走り寄る。
しかしここで出来る男、ブレインが介入する。氷小僧を魔法で吹き飛ばす。それを受け止めるように他の野郎共を相手にしながらも先回りしていたゼロが蹴り上げ、ハゲのオッサンがそれを助けたり邪魔したりされたり、ドンガラガッシャンと。混沌極まる大乱闘が起こっている。いったいなにッシュブラザーズなんだ。
こちらに視点を戻そう。
桜火竜の少年も随分なタフガイ。身体中に血を滲ませながらもふらつく両足で地に立ち上がった。
「てめぇは、俺が倒すんだッ!!」
「あそ。がんばれー」
その猪突猛進な姿勢に、手をひらひらと振って流した。
相も変わらない直情的な攻撃に飽きを感じながら、その攻撃を捌き、口を開く。
「その竜の魔法?みたいなのには興味湧いたし面白いとも思った。最初はワクワクしたよ。でも正直期待外れだ。完全にズコーって片足滑った気分。闘い方は雑、攻撃も一直線、目線で狙いもバレバレ。センスは感じるし喧嘩馴れはしてるんだろうけど、もうちょっと考えて動きなさい」
しかし俺の言葉など耳にも入らない少年は、鋭い目を更につり上げて、特攻を敢行する。まるでやりたいことに実力が追い付いてない。両手をぐるぐる振り回して暴れる子供のようにも見えた。
「ほら、ここがら空き」
「クソッ!」
「自分の体だけじゃなくて相手がどう動くかも考えろ。打点や距離、リーチ、そして届かないところに魔法とか。決め手と更に奥の手も必要だな」
「畜生!」
「相手がどこを見てるかを考えろ。隙を作って釣るもよし、わざと釣られるのもよし。ようは簡単な駆け引きだ」
「当たれッ!!」
「相手が嫌がることを考えろ。どうされたら嫌か、どう立ち回られたら嫌か。どのタイミングで動きを阻害されるのが嫌か」
「当たれよッ!!」
「初見の場合は様子見を怠るな。なにも初見は自分一人だけのリスクじゃない。自分が初見なら相手だって初見だ。様子見をしながら、様子見をさせるな」
「んだよそれッ!」
「はい、足元隙あり!」
ふいに見えた重心のズレ。その足を払いのけてやれば、桜火竜の少年はあっさりと転んだ。
しかしこの瞬間ばかりは俺も油断したらしい。倒れた思いきや、手を地についてその手首だけで体を捻り、炎を纏わせた蹴りを披露してみせた。
まるでカポエイラ。足にまで炎を纏っているせいかその有り様はまさに曲芸。
「おおっ、今のはよかったぞ。俺がもう一歩踏み込んでたら当たったかもな」
「黙れ!」
「ははー、おお頑張れ頑張れ」
真っ直ぐな少年に絆されて、浮かぶ微笑みを漏らしながらも少年の組み手に付き合うことにした。
ブレインとゼロもあっちはあっちで正規ギルドの連中相手にドヤ顔しながら偉そうなことを言っているようだし、あっちの話が終わるまで俺はこの少年とじゃれてることにしよう。
「なぁ少年、どこでその力を手に入れたんだ?」
なんとなく疑問だった。
匂いは確かに竜のものだが、その力は竜寄りなだけで竜にはまだまだ程遠い。
動きや技も対人向けと言うよりは……どちらかと言うと竜を狩るための魔法といった方がしっくり来るのか?…………あー、滅竜魔法って言ったっけ。
確かに、
「滅竜魔法ッ。イグニールから教えてもらった!」
「滅竜って……まじ?ドラゴンスレイヤーってことか!なにそれカッケー!」
なにそれカッケー!
なにそれカッケー!!!
「イグニールってのは君の師匠?」
「父ちゃんだ!ドラゴンの、なぁ!!」
一際強く放たれた意外な威力の打撃にたたらを踏みながら、小さな脳ミソに考えを巡らせる。
ドラゴンの親……?
はて……?どこかで聞いたような…………。
「んなこより、ぶっ飛ばされろ!!」
「……あーダメだ思い出せない」
胸の中心を小突くだけでバランスを崩した桜火竜の少年を蹴り飛ばし、喉元まで上っていた記憶に苦戦する。
「…………うーん、わからん」
思い出せないものは思い出せない。
こればっかりは仕方ないね。
しかしそうか。ドラゴンに教えてもらったということは、もしかするとあのクソトカゲも滅竜魔法なるものを人間に伝授出来るのかもしれない。俺が使えるようになる可能性も……。
…………いや、まぁないけどね。あんなのと仲良くするなんてゴメンだし、アイツに頭を下げて教えを乞うだなんて絶対嫌だね。そればっかりは何があっても承服できん。
そもそもあっちも100%教えてくれないから。頼んでご覧よ、どうなるかなんて簡単に想像がつく。
『トカゲえもーん!魔法おしえてよー!』
『オレ オマエ マルカジリ』
晩御飯にされるわ。
というか今思い付いたんだが、滅竜魔法ってもしかして
……あれ、ヤバくね……?
もしかしてマトモに当たったら消し飛んだりする……?
いやいやでもさっき殴ってきた時はちょっと痛かっただけだったし。……でもさっきのは手加減してて、全力全開がまだあったとしたら……おれ、死ぬんじゃね?
ごくりと、喉が鳴った。
「…………」
恐る恐る、数歩引きながら溶岩竜の模倣を解除する。
……ま、待て。
あくまで竜種模倣の場合だ。それに桜火竜の少年も俺を殺せるほど強いとも思えないし、そもそもおれ、竜じゃないし。所詮可能性だし!可能性の話だし!まだ慌てるような時間じゃないし!
落ち着け落ち着け。
落ち着けくそぉ!普段竜種ばかり模倣しているせいで俺の体に竜種が異常に馴染んでいるのか、はたまたただのプラシーボなのか。滅竜魔法を危険と認識した途端、桜火竜の少年が俺の中で銃口を向けたピストルのように見えてきた。
「おい!!」
「はい!!」
落ち着けえ!!
だだ大丈夫だ、大丈夫!俺は死なん!死なんぞ!!
俺は不死身の杉本だ!!……じゃないけど。不死身だ多分!!
「お前、名前は」
な、名前?
えーと。
「トージだ」
……あ、本名言っちゃった。
一気に体温が下がる。
晴天の空よりも真っ青になった俺に、桜火竜の少年は指をさした。
「ナツ・ドラグニルだ!」
アッハイ。
「お前はこの俺が倒す!!」
いや、それは困る。
ナツ君というらしい。確かに夏って感じだ。凄い暑苦しい。
「よ、よろしくナツ君」
「君付けすんな!!」
「じゃあナツ」
「馴れ馴れしいぞてめえ!!」
「理不尽だ」
目をつり上げてギャーギャーと騒ぐその姿はどこからどう見てもただの子供だ。それを見てようやく取り乱していた気持ちを落ち着けられた。
そうだ、相手はたたの子供だ。滅竜魔法と言えど俺を殺せるとは限らない。そもそも滅竜魔法が竜関係の全てを滅せるのならば、狂竜症に罹っているのも可笑しな話だ。
……どういう基準の魔法なんだ?
滅竜。
ドラゴンスレイヤー。スレイヤーか。
もしかして攻撃特化の魔法なのか?
スレイヤーといわれてもカッコイイなーくらしいか正直ピンと来ない。だが滅竜という以上、竜を仕留めるのが主で……でも狂竜症には罹るし、竜関連の攻撃無効っていう線はなくなった。
……つまり脳筋ジョブってこと?
もしくはこの桜火竜、もといナツが滅竜魔導士として未熟という可能性。
……うん。これが一番理由としてはしっくり来る。格闘技や精神面を見るにまだまだ成熟途中だ。一人前だったなら、俺の竜種系統は悉く無効化されていたかもしれない。
熱くて真っ直ぐで未成熟で滅竜魔法って、まるで主人公みたいなやつだな。
よし。こいういう危険因子こそ真っ先に仕留めるべきだな。
この主人公は間違いなく桜火竜ってレベルじゃないところまで成長する。直感だが、敵として放置してちゃいけない素質だ。
そもそも竜種模倣で不安を抱えるくらいならば、竜種以外で戦えばいいだけのこと。選択肢は一杯あるんだ。
そう、例えば。
超大型古龍にも匹敵する危険度を誇る甲虫種、閣蟷螂。
「『MODE:アトラル・カ』」
黄金の絲を風に舞わせるように伸ばす。
柔軟性と操作性に優れながらも、石材建築をまるまる持ち上げるほどの強靭な耐久力をもつ絲。どこのナイトレイドだ。
こんな物をパワフルで大雑把なモンスターではなく、人間が戦闘として使う以上、もはや完全に日陰者用の殺人道具。
必殺仕事人もかくやで候。
あとはこいつで首を落としてしまえば、滅竜だなんだと面倒な警戒をしなくて済むわけだ。
やったね!
「さてナツ、最後に遺言はあるか」
「ぶっ飛ばす!!」
「あ、はい」
遺言とか聞いても更々伝える気なかったし、なんなら煽るつもり満々で聞いたんだけど。物の見事に意気込みを返されてしまった。
いつの時代も汚れた大人じゃ純粋な子供には勝てないと言うことなのか。
そんなこんなで俺の凶刃が振るわれようとしたその時。
そこに第三者が紛れ込んだ。
「おい我が竜、魔水晶の方にいた女共を仕留めて来たぜ。色狂いのあんたにプレゼントだ」
一瞬思考が停止し、離れた場所で未だ戯れているブレインとゼロを確認した。
うん、ちゃんとあっちには二人いる。視界をこちらへ戻してみよう。
うん、三人目だ。きもちわる。
そいつは男たちと戯れているゼロとは違う別のゼロ。二体目の
どこまで増えるんだ。お前は
「なぁどれかひとつくらい壊していいだろ?」
二体目のゼロは、担ぐように連れていた意識のない二人の女の子を、ゴミか何かのように手荒く地面に落とした。
一人は海のように青い髪をしたあどけない少女。
もう一人は……。
もう一人はカグラちゃんだ。
顔を殴られたのか、折れて歪んだ鼻から血を流している。ゼロはその艶やかな髪の毛を乱雑に掴み見せつけるように持ち上げた。
「ハハハッ手応えはあったがな。俺に流れるあんたの魔力のお陰で話にもならなかったぜこのメス共!!どっちもイイ顔して怒るわ泣くわで最高だったぜ!!」
「なぁゼロ」
「なんだよ我が竜。あぁ、いいぜ。片方あんたにやるからよ、手腕を見せてく──」
支えを失ったゼロの首が宙を舞った。
「女の子に乱暴すんなって、言ったよな?」
はぁ。注意事項も守れないのかこの猿は。
まったく、これだからお山の大将は扱いに困る。俺より弱いくせに、俺に従うとか言ったくせに。お前の基準で物事を判断するな。
あー、ハラタツー!
「我が竜!なにをするのですッ!?」
「お前も死んどけ」
ブレインが首を突っ込むようにこちらへ抗議の悲鳴を上げた。
ついでだ、喧しいその首も狩ってやろう。数歩走るように飛び出し、右腕から伸ばした金色の絲を振るう。風を切るような鋭い音が後れて鳴り響いた。
確実に獲った……と思った。が、どうもそう上手くはいかなかったらしい。
思念体であるもう一人のゼロが自分の上半身を犠牲に、本体のブレインを突き飛ばしたのだ。
あくまであれは思念体。本体であるブレインが死ななければ死んだとは言えない、と言うことか。
だがしかしぃ!
「あ"あ"あああああぁあああ"あ"っ!!」
我ながら冷えきった目をしているのだろう。左腕を落としたブレインが、血を吹く肩を抑えて地面に悶えているのを見下ろした。
残念ながらゼロの人体を一個ぶった切った程度で威力が落ちるほど柔らかい絲じゃないんだ。砦を細切れにして絲で手繰り寄せてガンダム造れるようなぶっ壊れ絲だぞ。
「我がぁ"竜よッ、何故そこまで其処な女に情をかけるのです!!」
「んー…………知らん」
「……はっ?」
大層な理由でもあると思ったか。
「はは、ははは!素晴らしいッ!このチカラ!私の存在など歯牙にも掛けないチカラ!!だからこそ教えて頂きたい!
大層な理由なんてなにひとつない。俺はただ、女は傷つけてはいけないとそう思っただけで……。
…………あれ? それだけ? 俺は女だからという理由だけでなぜそこまで過保護にするんだろう?
……ちょっと待て。待て待て。なんだこれ。自分で自分が分からなくなってきたぞ。
男も女も同じだ。同じ人間だ。別に俺はフェミニストでもなければ性欲魔神という訳でもない。
わざわざ腹を立ててまで女を区別して守る理由なんて、俺にはない筈だ……。
何でだろう。たまたま今回がカグラちゃんだったから?
俺が衝動的になったのは、たまたまカグラちゃんだからということなのか?
……それも少し違う気がする。俺は割りと薄情な性格だし、情なんてものにほだされる程優しくも博愛主義でもない。
ただ、なんとなく許せないというか……俺の唯一のルールに触れる。そんな気がするんだ。
───女の子に乱暴するのはよくありませんよ
誰かの声が頭の奥にこびりついてるようだ。
その言葉をかけたのが誰だったのか、いつ言われた言葉なのか、俺は覚えてない。
でも、俺はそれを守らなくちゃいけない。俺の根幹のひとつ。そんな気がするんだ。
「はぁ、よくわかんねーや。けどとりあえず、お前は死ね」
手の中で玩んでいた黄金の絲を両手でビッと伸ばす。
ま、思い当たらないものを考えたところで仕方がないか。大切なことならいつか思い出すだろう。
巡り巡るゴールのない思考を打ち切った。とりあえず今はこいつを殺すことを優先しよう。
そんな俺の歩みを止める声が、これまた意外な場所から上がった。
「お、おいオマエッ!!なに勝手に仲間割れしてやがんだ!」
「……ん?」
スッカリ頭の中から消えていたドラゴンキラー、ナツ。せっかく狙いの矛先が逸れたというのに、桜火竜の少年は愚かにも自己主張を始めた。
蚊帳の外に置かれていたのが気に食わなかったのか。あるいは、相手が闇ギルドとは言え容赦なく命を狩り獲られそうという姿に正義感を抱いたのか。何にしても損な性格に生まれたもんだ。
「オマエと喧嘩してたのは俺だろーが!!俺を無視してんじゃねー!!」
駄々っ子のようにナツが地団駄を踏んで喚く。
いや確かに正規ギルド側からすれば、お前らなにやってんだって話だけどさ……。
「ショーブしろやコルぁあーーーーっ!!」
「はいはいわかった、わーかーりーまーしーたー。なんかもう、色々台無しだよ」
面倒くせ、と頭をかきながらナツへ一瞥をくれる。
「ちょっと待ってろ。こいつ殺したら相手してやるから」
地に膝をつき、痛みに顔を歪めていたブレインが肩を揺らしてくつくつと笑った。
上げたそこ顔には秘策ありとでも言いたげな、意味深な笑みを浮かべていた。
「いいでしょう、我が竜よ。貴方に壊されるのならばそれもまたひとつの導き。ですが油断すんじゃねえぜ、今のオレ様はアンタの力を──」
くっちゃべる首を切り落とした。
「黙って死んどけ」
どちゃっと瑞々しい音をたてて地面に落ちたそれは、染み渡るように血溜まりを作り上げた。
次いで倒れる体。やかましいおっさんが消えたお陰だ。痛いほどの静寂が場を支配する。
細すぎる金絲には血の一滴すら付着してない。血振りが必要ないのはひと手間省けて得した気分だ。
ギュルギュルと金属のような擦れる悲鳴を上げる絲を手の中に戻した。
ようやくお片付けも終わり一息つけたところで、ナツへと向き直る。
「さて、じゃあナツ。ショーブしようか」
「……ッ!?」
静けさに染まる中で、俺が優しく微笑む。
対称的に強張った表情で肩を揺らしたナツ。そこにはもう立ち昇っていたはずの怒気も見えない。狂撃化も解けたせいか竜の鱗が浮いていたはずの顔もスッカリ人間のそれに戻っていた。
「ふぅーん」
怪訝に思いながらも、鱗の消えた顔を覗き込んだ。
「……ッ!」
「やっぱり俺のと似た能力なのか?滅竜魔法って聞いたけど、竜に体質を寄せてるんだよなきっと。……となると、それも模倣という意味では同じなのか……?滅竜魔法と接収の違い……」
疑問は解けないが、俺はゼレフと違って研究者という訳じゃない。手伝いこそしたがあくまでにわか。ここで魔法のロジックを明かすというのは到底無理な話だろう。
無理に狂撃化していた反動でも来たのか、体をカチコチに強張らせたナツは俺を見て白い顔で足を震わせていた。
呼吸が浅くなり瞳孔まで開いている。
うーん。余程狂撃化の副作用が効いてるらしい。
まぁ子供ってのは騒がしく遊んでたかと思えば気づかない内に溜まった疲れで急に寝たりする。そんなもんだ、不思議でもないか。
ナツが、膝をついた。
そうだな、そろそろここも終わらせるとしようか。
首を差し出すようなその仕草に、俺も金絲を両手で張った。
「させぬぞッ!!!」
唐突に、空気を痺れさせる程に咆哮したハゲが地面を拳で叩いた。
すると、呼応するように盛り上がる岩が長方形の蛇のように体をうねらせ襲い来る。
「ナツ!おいしっかりしろ!」
いきなりな攻撃に驚きつつ、岩を砕きながらピョンピョンと後ろへ距離をとる。
彼等はナツの側へ行きたかっただけのようだ、追撃はなかった。
「……グレイ。おれ、俺……っ」
「わかってるよバカ。あんなもん目の前にいたら誰だって動けねえさ。ジュラのおっさんまでビビっちまったんだ。とりあずシャキッとしやがれ!らしくもねえ顔は後で好きなだけしてろ!」
子供二人を後ろへ庇うように、ハゲのオッサンが傷だらけの体で無理を押して立ち塞がった。その瞳に揺らがない光を灯して。
「無理を承知で貴殿に頼みがある」
「なに?」
「彼等を見逃してやってはくれないか」
なんと!?
こいつぁはまさか命乞いというやつだろうか。俺以外にする人間がいるとは思わなかった。
「んー。どうしよう」
悩む素振りを見せる俺に、ハゲは自分の左胸に握った拳を載せた。
「私は末席ながら聖十の身!この称号をもつ人間を一人無抵抗に無傷で楽に葬れる。それで此度は手打ちにさて頂きたい!!」
「そこは、勇敢に挑むところじゃないの?」
ハゲは岩のように頑とした佇まいで、不適に笑う。
「意地の悪いことを言う。私では貴殿に敵わない。だからこれは私からの懇願だ。……それとも、分かりやすくこう言うべきか……」
オッサンは、その場で両膝と両手を地面についた。
そして、その太ましい首を地に擦りつける様に頭を下げた。
頼もしく、頭を下げた。
「私の命で、勘弁してくれ」
「そうさなぁ」
そこまで必死にお願いされちゃあなぁ。
「うーん」
そう言われても、結局答えは決まっていた。
「ダメ。全員殺す」
血飛沫が舞った。