ココロミダイアリー   作:ツリ目

1 / 3
この物語はジェスチャーだけでコミュニケーションを取る主人公と頭のおかしいカウンセラーが出てきます。


カウンセリングNo.0

カウンセリングNo.??

 

診察室にコンコンという控えめなノックの音が響く。

「どうぞ」

診察室にいた白衣の先生が言うとノックの主が扉を開けて中に入った。

ノックをしたのは一人の女子高生だった。一六〇センチ弱といった平凡な背丈で体型もいたって普通だ。特徴と言えるのはわずかに染まった茶髪くらいのものだろう。

診察を受けるということに慣れていないのか非常にオドオドとしていて挙動不審だ。視線もまっすぐと先生には向かわず、あちらこちらへと飛ばしている。緊張していることが一目瞭然だ。

そんな彼女に先生はあくまでもにこやかに話しかける。

「やあ、いらっしゃい。おやおや、これは可愛いお客さんだ。高校生?初めて見る顔だけどどうして来たのかな?ここは君くらいの娘が自ら来るほど有名ではないはずなんだ。広告は出していないし、噂になるほど繁盛もしていなかったはずだし。

 誰かから教えてもらったのかな?ほう、それはクラスメイトの男の子かい?後輩の男子?なるほどなるほど、おおよそ察しはついたよ。あの彼が誰かにここを教えるなんて珍しいこともあるものだ。成長しているとは私としても嬉しい限りだよ。君が何らかの悩みを抱えていてそれを見かねた彼がここを教えてくれたのかな?相談したらここを薦められた?それとも他の理由?なんにしても何もないのにこんなところまで来るはずがないよねえ。

 うんうん、私の予想だと恋の悩みだと思うのだけれどどうだろう?ははは、その顔色の変わり方からして当たりのようだね。まあ君くらいの女子が悩むとしたら恋か友達関係のどちらかであることがほとんどだから半分くらい本気で当たっていると思っていたよ。告白の勇気が出ない?それとも彼氏と上手くいっていない?友達との三角関係?一口に恋と言っても様々だから一発で正解を出すのはシャーロック・ホームズではない私には奇跡みたいなものだよ。

 ん?彼の話を聞かせて欲しい?その間に自分の中で話を整理するからって?ああ確かにいきなりまくしたてられても話しにくいね。もちろん一向に構わないよ。誰かの診察について話してしまうとプライバシーなどの面倒な問題があって引っかかると大変だけれど彼のことだから大丈夫だろうからね。

 学校での彼はどんな様子かな?いつも教室でむっつりしてて浮いてる?だろうねえ、今の彼には周りのみんなと馴染むっていうのはまだ無理だろうから。さて、これから彼について話すけれど始めから信じられないようなことを言ったりしても聞き流してくれると有難いね。それでは話そうか」

 

「 狐比視 秤(こころみ はかり)という少年についての話を 」

 

 

 孤比視秤は他の人間にはない能力がある。しかしそれは何かを操ったり物を創りだしたり、といった分かりやすい異能の力ではない。常識外れな腕力や生まれ持った天才的頭脳による何かというものでもない。

 彼には人の心を視ることが出来る。だが、それは人の心が読めるということとは違うのだ。

 

彼が視えるのは「人の心の構造」である。

例えば、根暗な人の心を視るとポジティブな感情が非常に少ない。前向きとなれるものが皆無な人だっている。逆に常に明るく元気な人の心を視るとポジティブな感情が大半を占める。もちろんその時々で感情は変わる、好意を抱いている人間と話している時は恋愛感情の割合が高くなる。

円グラフでパーセンテージが変わる様を思い浮かべれば分かりやすいかもしれない。

 ともかく、その能力が災いしたのか先天的なものなのか、彼には『感情』がほとんどない。いわゆる楽しさであったり悲しさであったりというプラスマイナス両方の感情がほとんど皆無なのである。

 そんな彼に目を付けた人間がいた。それは一人のカウンセラーだった。彼の能力で儲けようとしていたなどの思惑はなく、単純に興味を持っただけだ。カウンセラーという職業柄、孤比視の能力は興味深いものであったし、彼自身の性質が普通であるとは間違いなく言えなかったからだ。

 彼が口を開くことはほとんどない。『涼○ハルヒの憂鬱』に出てくる宇宙人のように簡単な返答をするくらいならまだしも、彼はそれすらもしない。必ず答えなければいけないことを除けばジェスチャーなどでコミュニケーションを取ろうとさえする。人の嫉妬や妬みなどと言ったものを見てきたため何が地雷を踏むか分からないということを第三者として幾度となく見てきたからだ。当然ながら周囲の人からは暗いやつという認識になるが、当人は欠片も気にしていない。なにせ向上心も対抗心も焦燥感も緊張感も何一つとして感じないのだし周囲の人間が感じていることが分かるのだから。

 孤比視の能力と性質を変える必要があると判断したカウンセラーは、試行錯誤の末に一つの目的を孤比視に与えることにした。その目的とは、

 

他人の『感情』を奪うことだ。

 

『感情』を奪いマトモな性質になれば自身の能力を有効的に、もしくは友好のために使うかもしれないと考えたからだ。もちろん、彼に人の『感情』を簡単に奪えるという能力はない。そんなことが出来るのならば即実行させている。

『他人の感情』を奪うことはいくつかの例外的パターンにならなければ出来ないからこそ手間取っているのだ。

 さて、目的を与えられて数年経った彼がどうなっているのかをそろそろお話しよう。

 

 

「おはよう秤くん、今日も早起きだねえ」

寝癖でボサボサのままの頭をかきながら白衣の先生が孤比視に挨拶をした。

「………………………」

自分の朝食を黙々と食べている孤比視は一瞬だけ会釈をしてすぐに視線を外した。相変わらずの彼の態度を気にした風はなく、彼が用意した自分の朝食を食べ始める。もっとも、家には孤比視秤とカウンセラーの先生しかいないので寝起きの先生でなければ作るのは彼しかいないのだが。

「いやー、頼んだこととはいえ毎日毎日ご飯を作ってもらって申し訳ないねえ。なにぶん私の料理スキルはカップ麺に卵を乗せて料理だと自慢する小学生レベルなもので。ん?居候しているのだから当然だって?あははは、そう言ってもらえるとありがたいよ。これは君に義理とか借りとか倫理とか人情とかを教え込んだ甲斐があるよ」

実際は仕草などでコミュニケーションを取っているのでしゃべっているわけではない。

 

「えっと、時間は大丈夫かい?まあ遅刻が重なって進級とかが出来なくても痛むのは君の両親の生命保険から転がり込んできた多額のお金であって私自身の懐にはダメージがないので構わないのだけれどね」

孤比視の両親は何年も前に交通事故によって死亡している。その際に慰謝料や保険金などは彼を引き取ったこの先生にほぼ全て入っている。これらの大金をギャンブルなどに使わない分だけ常識的ではあるが、自分で稼いだ金ではないのでいくらか多く使っても全く気にしない。その点では倫理を教えたという割には倫理的にかけている部分があるかもしれない。

「どうしたんだい?感情についての理解はまだ完全ではないけど自分に対する容赦や情けなどの感情を私から見つけられない?それは君の観察力不足というものだよワトソンくん、この私はまるで聖母のような優しさに満ち溢れているのだから君の能力をもってすれば見つけることくらい簡単だろうに……。そもそも」

先生の長くなりそうな話を聞き流しているのか食事を終えた彼はさっさと食器を片付けてリビングを去ろうとしていた。

「おいおい、話をちゃんと聞きなさい。私の素晴らしさを数時間かえて教えてあげるから」

と、手招きをしているがそれを無視して食べかけの朝食を指差してキッチンを指差した。食事が終わったら食器を洗うようにジェスチャーしているようだ。

「はいはい、ちゃんと洗うよ、そんなことよりも私の話を聞きなさい、私はこう見えても中学生のときはこの性格のおかげで明るいぼっちという立場を獲得してしまってから寂しいと死んでしまうんだよ」

先生の痛々しい思い出話も腕時計を示して家を出てしまった。

「やれやれ、留年しても良いからもっと私に構ってくれてもいいのに。まあ彼の性格と身体の丈夫さなら出席日数などは心配ないだろうなあ。勉強意欲がかなり低いから成績面は不安が残るが」

ふふふ、と楽しそうに笑う。

食べ終わっていない朝食を残して棚に入れてあった「心見」というファイルを取り出した。それというのは孤比視秤が能力を使ってこれまでに感情を奪おうとした人達のデータが入っている。ちなみに、「心見」というのは先生が彼の能力につけた呼称だ。

「最後に診察したのは五ヶ月前、お正月か。あの時も奪い損ねたんだったな、九回ものチャンスがあってたったの一度しか奪えていないというのは問題だな。これでは彼が完成するのはいったいいつになることやら」

額を押さえて困っているような仕草をするが口元は楽しそうに歪んでいる。

「簡単に完成したらつまらないからアリではあるのだがね」

 

 

「オーッス、孤比視。おはようさん」

登校中の孤比視に声をかけたのは彼のことを友人と認識している数少ない知人である「六条 遙(ろくじょう はるか)」だ。

「…………………」

軽く手を挙げて応じた孤比視の隣に行って勝手に話を始める。

「しかし、お前ら学生は毎日毎日真面目に学校なんて行って大変だよな。こんなに退屈なのに一週間で休みが二日しかないなんて俺なら耐えらんないね」

そうは言うが六条自身も学生で、さらに言うなら孤比視と同じ高校二年である。それなのにこうした発言をしているのは彼が非常に不真面目な学生であるが故だ。

「あ?なんだよ制服なんか指差して。あー、確かに俺だって学生だけどよぉ、お前らと違って授業なんかに出なくても点数取れっから皆勤なんていらねえんだよ」

本人が言っているように、六条は言うなれば不真面目で優秀な学生という存在で名を轟かせ、本人は気にしていないが学校内においてかなりの有名人でもある。

成績は定期テスト全教科満点で常に一位を独走しており、通知簿の点数はほとんどテストだけで稼いでいるようなものだ。さらに出席日数も狡猾に計算してギリギリまで休めるように授業をサボっている。彼が言うには

「公立のテストなんてザルだよザル。あんなん適当にやってりゃあ満点くらい楽勝だっつーの、だからってたまにクソ面倒くさい問題とか出す教師もいるけどその分だけ学年の平均点が下がるんだから大した文句も言えねえの。みんなが悪いんだから俺だけ責めるなんてできねえし、だから結局は満点なんだな。通知簿だって定期テストの点が六割反映されんだから最低限授業に出てればあとは寝てても進級できるわ」

だそうだ。実際にそれで何の問題もなく彼―六条遙は進級している。

「今学期はあと二十日間くらい登校しないといけねえと考えると、かなり憂鬱だよなあ」

不真面目さを除けば非の打ち所のない六条だが、朝に弱いので普段よりも気だるそうだ。

「ったくよー、うちの学校にももっと華があれば少しくらいはテンションが上がんのに……。例えばあれくらいのレベルのがゴロゴロいりゃあ最高じゃねえか」

六条の示す先にはポニーテイルですらりとしたスタイルの女子高生が信号待ちだった。ナチュラルメイクなのだが整った顔立ちで十分に美人だ。

「お前は知らないだろうけどよ、あの女ってファッション雑誌のモデルなんだ。あんなのが多けりゃうちの美人競争率みたいなのが上昇するだろうなあ」

ヒュウ

と、ぼやいた矢先に風が吹いた。孤比視と六条の間を通り抜けた風は女子高生のところまで届いたらしくスカートが大きくめくれ上がった。

「お」

女子高生は顔を赤くしてすぐにスカートを押さえつけたが、周囲の人間にはみんながばっちり見えていた。

ニヤニヤしている者と目を逸らした者が大半でどちらにしても無言であることに変わりはない。しかし、六条は何の気なく

「ふむ、黒のレースか。さすがはモデル、なかなかのものを穿いてるじゃん」

当人のすぐ近くで声を抑えることなく言った。その少女はきっ、と六条を睨んだがそれを欠片も気にせずに横断歩道を渡っていった。

「黒のレースってのは女子高生としては悪くないチョイスだ。しかし制服のときにつけるのはいかがなものかと俺は思うね。そういうのは私服とかデートのときとかにつけるのが一番だろうに分かってねえよあの女。制服で活きるとしたらそんなもんはさっきみたいなパンチラのときくらいのもんだ。しかもあのモデルの様子から察するにそんなことは想定外って感じだったものな、予想してて真顔で流したらそれはそれでつまらねえけど穿くのはやっぱ勝負パンツとしてじゃねえのかねえ。もっとも、どうせ見せる相手がいないんだからって色気のねえ下着にするヤツはもっとナンセンスだと思うがね。あ、さっきは女子高生として悪くないとか言っちまったけどやっぱねえわ、大人のお姉さんが履いてこそだろ黒は」

校門前になっても睨まれているかもしれないが、とっくに追い越しているのでどのくらい距離が空いているのかも分からない。もっとも、それを気にする六条ではないし気になる孤比視でもない。

それから教室に着くまでの数分間、孤比視は六条の愚痴を聞きながらの登校をすることとなった。無感動な彼にとってそれほど苦痛な時間でもなかったようだが。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。