ココロミダイアリー   作:ツリ目

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ターゲット確認

 孤比視が違和感を感じたのは突然だった。いつも通り四限目の授業が終わり、昼休みになって自分の昼食を終え、中庭を歩いている時に見つけた。

「アハハ、なにそれウケる~!」

「でしょ~?」

「それでどうなったの?」

違和感は女子高生のグループにあった。傍から見たら普通なのだが、孤比視の眼には一人だけ他とは様子が違った。

ほとんどが楽しんでいて「楽しい」という感情が全面に出ているのにも関わらず、たった一人だけ「楽しい」を持ってすらいない人がいる。表面上は他の人と同じように会話を楽しんでいるように見えるのだが、あくまでもそれは表面上の話だった。だからこそ違和感を感じ取った。

 違和感の理由を理解して携帯に最低限の情報を入力してアドレス帳に入っているメアドにメールを送った。宛先はあの先生である。

彼が学校に通っているのは将来的に働くため、というのもあるが今のように何らかの感情が欠如している生徒を見つけて奪うためだ。欠如しているのに奪うというのはおかしいと思うかもしれないが、これでいいのだ。彼が奪うにはいくつかの条件があり、その時には確実に奪うことが出来るから。

「コッコローーー!!!」

やることを終えたので教室へときびすを返した孤比視の背中から中庭いっぱいに響く女子の声がドタバタという足音とともに聞こえてきた。

振り向きざまに腕を胸の前でクロスさせるとジャストミートで女子生徒の飛び蹴りがやってくる。

「………………っ!」

女の子とはいえ人間一人分の重さの蹴りは大分重い。身体ごと多少は押されたしうめき声をあげずにはいられなかった。しかし勢いに負けて吹っ飛ばされなかっただけ褒められたものだろう。もしもガード出来ていなかったら先生あたりだと肋骨を折っていたかもしれない。跳び箱ならいくつか砕けていただろう。

勢いが完全に死んだ頃に孤比視を蹴って、空中で一回転して正面に立つ。

「おはようココロ!今日もしけた面しとるな!もっと笑ったらどうやねん!」

彼をココロと呼ぶ彼女―「桐壺きりつぼ 明日香あすか」に時計を示して現時刻が正午を過ぎていることを伝える。

 

この運動神経がぶっとんでいる少女は孤比視の幼馴染だ。関西弁を使ってはいるが彼女は生まれも育ちも関東だ。一時期親の仕事の関係で半年ほど関西に行ったのだが、帰ってきたときには関西弁が完璧になっており、完全に板についていた。本人はどちらも話せるのだが、関西弁のほうがフレンドリーということで標準語は使っていないらしい。

実際、彼女はかなりフレンドリーな性格をしている。初対面の人でも友達になるという子供のときにあるような特技を持ったまま高校生になってしまったある意味では残念で痛い人間だ。桐壺のスキンシップの取り方を考えれば痛いのは彼女ではなく相手の身体なのだが……。

 

「あっはっはー、そんな細かいことなんかどうでもええやんか!そんなことより携帯いじってなんかやっとったみたいやけどおもろいことでもあったん?あたしにも教えてくれへん?あ、もしかしてあたしとのデートでも考えてくれとったん?いやー嬉しいわあ、ココロもついに考えてくれるようになったんやなぁ、あたしは嬉しいで!」

彼女の特徴の一つとして挙げるとしたら、孤比視に好意を抱いているということもあるだろう。このぶっとんだ性格と言動は不思議と友達を多く作るのだが、その中でも孤比視は今までにないタイプだった。これまでに色んな種類の異性と付き合い、その全てが桐壺の性格についていけずに別れてきた。だからこそ付き合ってみたいと考えて猛アタックをしているのだが、彼はそれをことごとく無視している。彼女が嫌いだから、というわけではなく先生に

「恋人が出来るといろいろしなきゃいけなかったり制限があったりするからあまりお勧めしないなあ、まあ君が付き合いたいならいいんじゃないかな?」

と言われたからだ。この発言から付き合うべきではないと判断した彼はそれ以降、ずっと桐壺のアタックをスルーしている。このことは桐壺には言っていないが、もしも知れたらその日が先生の命日になるやもしれない。

「………………………」

送ったメールの画面を表示して携帯を桐壺に突き出して暗に誤解だと伝えた。

見せられた桐壺はあからさまに嫌そうな顔をして

「なーんや、あたしとのデートとちゃうんかい……。あたしとのデートとちゃうんやったらどうでもええわ……」

と、トボトボとどこかへ行ってしまった。

仮にデートのことだったとしても強烈な飛び蹴りを受けたら無理矢理でも変更されるころだろう。こういったスキンシップの取り方が一部で恐れられているということに気付くのはまだまだ先になりそうだ。

 

 放課後、部活に入っていない孤比視は家に直行する。部活動に関心がなく、学校に残ってすることもないので帰る以外にすることがない。そして、早めに帰らねば先生の昼食の汚れが食器にこびりついてしまう。孤比視は主婦でこそないがやっていること自体は主夫なのでお母様方の苦労についてはいくらかの理解がある。将来的に専業主夫としてやっていくこともやぶさかではないだろう。

 ともあれ、本日は普段よりもしなくてはいけないことが増えている。だからといって彼の気が重くなるということはないが、学校の課題は早めに終わらせなければならない。

孤比視は変わってはいるものの六条のような天才ではないのでやることをやらねば点数が稼げない。彼自身はそんなことを気にするタイプではないが、周りからやるべきだと、そういうものだということはさすがに学習した。

 さて、彼に増えた「しなくてはいけないこと」というのはもちろん課題もあるが、最も重要なのは感情が欠落している昼休みの少女についてだ。孤比視は人の心で何が欠落しているかは分かるし、特別な状況になればその欠落している感情を植えつけることも奪うこともできる。が、その『特別な状況』にする術を孤比視は知らない。つまるところ、本日しなくてはいけないことというのは方法についての相談だ。

「んー、今回の対象は学校の女子高生か。いいねえJK、女性にとってはもっとも輝いていた時代、男性にとって一番青春した時代の象徴じゃないか。さて、今回の欠落していた感情は『楽しい』だったかな?ああなんて嘆かわしいんだ……、人生において最も充実していると言っても過言ではない学生時代を楽しめないなんて……。これはなんとしても彼女に『楽しい』という感情を与えてあげなければいけない!そう思わないかい?そしてあわゆくばそれを奪わせてもらおう!」

セリフの前半は非常に良い人のセリフなのだが、第三者が後半だけを聞けば「あ、これは電波の入ってる痛い人だな」と思われるようなセリフだった。実際に痛々しいところがあるから否定出来ない。

これでも人の感情については大学でも勉強してきた人間なのでどうするべきかということは多少の説得力があるだろう。大学で勉強した内容を忘れて独学のことだけが頭に残っているという残念なことになっていなければ。

「高校生が最も楽しめるのは青春をしている時だというのは言うまでもないね?学生の本分は勉強なんかじゃなくて青春を謳歌することさ!今回は相手が女の子ということだから、そうだなぁ、手始めに連絡先でも交換したらどうだい?そしてデートに誘って楽しませて『楽しい』と思わせてあげるんだ!」

この先生は未だに二十代半ばということもあって感性が若々しい。「この手のものは全部『愛』とかでなんとかなる」と半分くらい本気で思っている。本当にどうしてこんな人がカウンセラーをやっているのか疑問を感じる人は知人の誰もが一度はある。一方でこんな性格だからこそ救われている人間がいることは否定のできない事実である。

「ところで、その腕のケガはまた彼女かい?」

夕食を作る際に腕まくりをしていたので右腕が赤くなっていることに気付いていた。この発言の「彼女」というのはもちろん恋人のことではなく桐壺明日香のことである。

よくよく確認してみれば、孤比視の腕には薄くはなっているが打撲の跡が痛々しく残っている。

「彼女のスキンシップのやり方もいい加減にやり過ぎな感じがあるものねえ。その痣の様子だとハイスピードのとび蹴りを両手クロスで受け止めたのかな?」

先生はどちらかと言えば精神科に精通しているので本来なら見ただけで原因が分かるはずもないのだが、もう何年も桐壺による傷を見てきたので学校の保健室の先生よりは詳しくなってしまっている。おかげでいじめや虐待による傷の原因も分かるようになったので患者さんに驚かれることは少なくない。が、桐壺のスキンシップは物理攻撃だけで爪や手刀による切り傷がないので刃物を使った傷には一般レベルの推測しかできない。打撲の原因が一目で分かるだけで十分に大したものだ。

ともかく彼が頷いて肯定の意を示したことを確認し、珍しく本当に悩ましげにため息をつく。

「彼女は少しばかり更生させたほうがいいかもしれないねえ。秤くん、君はどうだい?やはりああいうスキンシップをやめるように更生させてほしいかい?」

「………………」

出来ることならお願いしたいとばかりに頷いて見せる。

感情をほとんど持ち合わせてはいないが彼にだって好き嫌いはあるし、もちろん痛いのは嫌だ。これは先生がやってきたことは何の関係もなく、「心見」と同様に先天的なものであり普通なものだ。

 それなのにこれまで何も言わなかったのは彼が常に受身の姿勢ということもあるが、先生では桐壺を更生することが無理だろうと判断しているからだ。実際問題、彼女が先生の話をまともに聞くかどうかも怪しい。対話が成立したらそれは料理を作ったことのない人が適当にやって絶品料理になるくらい奇跡だろう。ちなみに、こう評したのは六条だ。

「よーし、今回の患者さんとデートする日に彼女をここに呼びなさい。私が何とかしてあげるから」

あなたには無理だというような目で見られたが気にしている様子はない。

 

彼に対する容赦がないはずのこの人がこんなことを言うのは骨を折られて今後に支障が出ては困るからだ。「心見」を使って仕事を手伝わせているのだが、その際にケガをされては無理をさせるわけにはいかない。そういう思いがあって募った心配がこのような提案を出させた。

孤比見に対して心配などほとんどしないこの人が言い出すくらいなのだから桐壺の性格がかなり問題なのが分かるだろう。

「とにかく、まずは患者さんのメアドを手に入れないと始まらないね。ギャルゲーとか音ゲーとかのゲームのモニターを何度かしたことがあるから手順を教えてあげるよ」

そしてモニターとして評価があまりにも甘かったために数回呼ばれてそれ以降は一度も呼ばれたことがない。「ぼっちのカウンセラーとは私のことだ!」と恥ずかしげもなく言えるその堂々とした態度は見方によっては尊敬の念が生まれる。

さて、夜はまだ長く、女子高生を落とす手順を教えるのには十分だ。今後の展開はこれからのアドバイスで大きく変わることだろう。

 

 

「……あー、くそ。めんどくせえ……」

俺—六条遙はいつものように情報を集めていた。今やっているのは頼まれたコトを調べているんだが……

「あの先生はマジで遠慮がねえよな……、周辺の状態はともかくとして弧比視が送ったメールの時間を見るに情報提供を俺に頼むことを決めたのは今日だ。欠落者を見つけたのは今日で、その日のうちに情報を求めるとか……。これまでの九人も即決即断で俺に情報を求めてきやがって、俺はてめえの助手じゃねえっての」

グチグチと言いながら同時進行で複数のパソコンをいじる。

分野を問わずに情報を集めているのは俺の趣味だから、その中で持っている情報なら基本的に渡そう。同じ学校の女生徒のメアドや呼び出す方法を見つけるくらい造作もない。公立とはいえ伊達に学年トップは取っていない。

 だが、いくら自分が通っている学校でも何かしら目立っているのならいざ知らず、これといって何の特徴もない一人の生徒のことなんて、興味も無いのに調べているわけがない。

 何が言いたいかというと、この欠落者は何の特徴もない。

桐壺くらいに目立つ必要はないが、対象は成績や運動神経は平均的で飛び抜けたものはない。部活で何か功績を挙げているかと言えばそうでもなく、その生徒は帰宅部で毎日のように女友達とゲーセンに行っているからあるはずがない。

「こんなに普通で特徴のないヤツなんて逆にいねえぞ。目立たない才能ということなら目立つかもしれないが、俺の興味が湧くタイプじゃねえな」

しかし、中身と同じで行動もワンパターンだから普段の様子を調べることに時間はあまりかからない。かからないが、調べた限りだと『楽しい』って感情がないとはあまり思えない。楽しんでもいないのに週四で遊ぶなんて金のかかることをするのはおかしい。ゲーセンの監視カメラを見た限りだと特におかしな様子はない。だが

「……ん?」

対象の動きが止まった。

「なんだこの女、たまに一人になった途端に疲れたような顔をしやがる」

ところどころで一人になったりトイレに向かったと見せかけて隠れたり、まるで他の連中と距離を取っているようだ。そして、距離を取るたびに休憩でもしてるような疲れたような顔をしている。

「……ふん。これはもしかするともしかするか?」

パソコンの画面をゲーセンの監視カメラの記録から欠落者の自宅の様子へと変える。

多角的な情報を得るために、やはり同時進行で複数のパソコンをブラインドタッチで操作する。

「あー、やっぱりか。確かにこれなら『楽しい』と思えなくなっても仕方ねえわな」

対象が楽しいと思えなくなった原因は突き止めた。さらにその後の家庭における対象の様子にも納得がいった。母親の日記に書かれている内容も俺の想像に確信を持たせた。

中身に限定すればなかなか面白い「ターゲット」だ、そう思った。

「キシシシッ、前言撤回。学校内において今のところは断トツで興味深い」

キーボードを叩く手を早めながらつぶやく。

「見つけるキッカケをくれたことに感謝するぜ先生!俺の力を五割使ってこれから必須なことからどうでもいい黒歴史まで調べあげてやる!てめえの情報はプライバシーだの秘密だのとかいう言葉が意味をなさないほど余すところなく俺の『異常者』にファイリングしてやるぞ欠落者!」

全力じゃないのかよとかストーカーかよとか突っ込んだら負けだ。

 

 

 翌日の七時、弧比視は対象の少女の教室までやってきた。もともとその少女のことは名前はおろかクラスも学年も知らなかったのだが、六条に少女の外見を説明して情報を提供してもらった。

 

 六条は学校に来ていない日や授業中は基本的にネットで様々な情報を集めている。今週のジャンプ作品のオチから地球の反対側の為替や経済などの政治問題まで幅広く。

そのためクラスでどんな話題を話していても追いつけないということはない。合わせることの出来ない話題がないため桐壺ほど特別に仲の良い友人はいないが、交友関係の広さは桐壺の比ではない。訊かれて答えられない質問すらほとんどない。

 

ごく一部でしか使われない外国語やマイナー過ぎる民族ともなるとかなり怪しくなってくるが、そういうものを除けばほぼ万能だと言えよう。

 その広さを使って学校内の人間関係にもかなり詳しい。先生や生徒会にも頼りにされていることもあるので裏の人間関係で認知している範囲は生徒だけでは収まらない。不倫やら浮気やらをしている先生の情報やキャバクラに行っているという目撃証言などプライバシーという言葉が意味をなさないほどに知り尽くしている。

 さらに訊かれれば基本的に全て答えるのでストーカーがそれを利用するということも考えられるが、可能性がある者は全て六条の「犯罪者予備軍リスト」にリストアップされているので得ることは出来ない。噂レベルではあるが、一定以上プライバシーに干渉する場合は料金を発生させて儲けているという。

 ゲームでしか見たことがないような情報屋として生活していくという将来があるとしたらなかなかどうして現実味がある。

ともかく、そんな彼に情報を求めれば学校内の生徒のことなど簡単に分かることだ。

 情報によって対象の少女が先輩であることが分かった。席も分かり、その席の机に手紙を一通入れる。六条によれば机の中のものは終礼のときに鞄かロッカーの中に入れるので空っぽになるらしい。だから放課後までには必ず気付くだろう。

「…………………」

後は放課後まで時間を潰すだけだ。授業が始まるまで一時間半はあるので図書館に寄るか教室で眠るかのどちらかになる。

しばらく迷ったようだが、その足は図書館に向かっていく。単に桐壺に遭遇しないためだろう。さすがの彼女も図書館でいつものテンションのままに暴れるということはしない。少なくとも学校の図書館では。

 

 

 放課後、孤比視は屋上で対象の少女を待っていた。手紙には

「放課後に屋上に来て欲しい、話がしたい」

というような内容が書かれている。屋上にした理由は簡単だ。昼休みならいざ知らず、放課後に屋上に来る人がいないからこそのチョイスだ。もっとも、対象が来なければその手回しは無駄になるのだが

「ええっと、君が手紙をくれた人?」

果たして少女はやって来た。

前髪をピンクのヘアペンで留めた肩まである茶髪が特徴と記憶していることを確認した。少女は突然のお呼ばれに戸惑っているようだった。

孤比視はお辞儀をして少女に向かい合う。相手が孤比視で合っていたことが分かったようで彼の目の前数メートルの位置まで来る。

放課後の屋上に手紙で呼び出し、雰囲気はこれから告白でもするかのようだ。

彼はそんな雰囲気を気にせず、彼女は雰囲気にやや呑まれている。

「手紙は呼んだんだけど……、お話っていったいなに?」

「…………………」

問われた孤比視は少し迷ったような表情をして、携帯に手早く意見を入力し数秒ほど止まる。

そして僅かに表情を引き締めて画面を見せる。

『今後の日曜日に僕とデートをしてください、舞園先輩』

携帯の画面でデートの誘いを受けた『舞園 姫子』は呆気に取られる。孤比視の真面目な表情を確認すると冗談ではないことを理解した。鳩が豆鉄砲を食らったような顔を彼女がしたのは想像に難くないだろう。

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