ダンジョンに飯を求めるのは、間違っているだろうか?   作:珍明

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閲覧ありがとうございます。
このシーンいるの?という場面が多く、長くなってしまいました。

・17.4.16に誤字報告を受け修正しました。
・17.4.26
 ご意見により、タンス夫妻の説明を足しました。



怪物進呈

 明日はいよいよ、初めての中層。

 準備中のヴェルフはセンシに呼ばれる。しかも、リリも一緒だ。

 

「これを渡しておこう。盾にも使えるから、便利だぞ」

「お断りします。中層で料理している暇はありませんので」

 

 黒くて光沢の良い鍋を渡され、リリは全力の営業スマイルで断った。

 

「リリ助。そう無碍にするなって、もしドロップアイテムを手に入れても余計な荷物になるぜ。ライオスは絶対、諦めないだろうしな」

「そうだとも、肉は鮮度が命。だから、その場で食べるといい」

「いや、いくら安全地帯があると言いましても、鍋囲んで飯は食えませんよ!」

 

 鍋を焚く、つまりは火を使い匂いが出る。肉など焼こうものなら、魔物は絶対に寄ってくる。そんな馬鹿な事をして命を危険に晒したくない。しかし、ライオスなら絶対、やりたがる。

 

「まあまあ、リリ助。あくまでも、材料が手に入ったらの話だ。それにセンシの言うとおり、この鍋は良い盾代わりになる。俺の目利きを信じろ」

 

 ウィンクしてくるヴェルフに勝手な呼称で呼ばれ、リリは不機嫌を隠さず黒い鍋を触る。確かに肌触りもよく、大きさの割には軽いが重量感はしっかりしている。こっそり売ってしまいたくなる業物だ。

 

「センシ様、これ素材はなんですか? 鉄じゃありませんよね……」

「確か、アダマンタイトとか言とったな。わしの家に代々伝わる家宝で受け取った時は盾だったが、使い道がなかったから鍋に改造した」

「へえ、それって俺ら鍛冶師が憧れる金属のひとつで、ヘファイストス・ファミリアでもなかなか手に入らないっていう……ごふうう」

 

 聞いた瞬間、ショックのあまりヴェルフの口から魂のような何かが吐き出され、リリは本当の貴重品に目の色が変わる。

 

「リリ、貰ってあげてもいいですよ!」

「やらん」

 

 即断のセンシにリリは残念そうに唇を尖らせ、仕方なく借りる。

 

「そして、料理担当にはヴェルフにやってもらいたい。そこで、この包丁を貸しておく。本来なら、それに応じた包丁を持参して貰いたいが、さっき言ったように荷物になってはいかん」

 

 一見、何の変哲もない包丁。しかし、品定めしたヴェルフの目が怪訝そうに顰む。

 

「……いや、けど、……まさか、……ミスリル?」

「流石のヴェルフ、正解だ。それも家宝……ぐえ」

「なんて勿体ない! 使い道がないなら、リリが売りさばいて差し上げますのに!!」

 

 滅多にお目にかかれない珍しく高価な業物達がまさかの料理器具化、気が動転したリリは思わずセンシの胸倉を掴んで揺さぶった。

 鍋(アダマンタイト)と包丁(ミスリル)、今のヴェルフには加工すらできぬ金属に触れ、ふつふつと高揚感が湧き起る。使い道がないからと手放さず、自分が使う形にするなどセンシの発想には驚かされる。

 

「ヘファイストス様にチクったろ」

「勘弁して下さい」

 

 たっぷりと感じ入ってから、ヴェルフはぼそりと呟く。色々と衝撃を受けつつ、センシの家宝をふたつも借り受けた。

 きちんと礼を述べ、ヴェルフとリリは他の2人と待ち合わせている噴水へ向かう。

 

「結構、無理やりでしたが……こんな貴重品をリリ達に渡すなんてセンシ様って大胆ですよね」

「それだけ、俺達は信頼されているんだ。……信頼には答えるさ」

 

 ヴェルフは懐の包丁、リリは背中の鍋に込められた想いが気恥しくなり、照れくさそうに笑いあった。

 

「しかし、その包丁があれば他はいらないですね。ヴェルフ様のお仕事、なくなっちゃいましたね」

「勝手に決めんな。……まあ、リリ助の言う事も一理ある」

 

 ミスリルはあらゆる魔物の骨や皮を断つとされる。まさに万能包丁が一本あれば、ヴェルフ作の包丁など錆びたボロに等しい。

 しかし、センシの料理はあくまでギルド職員としての仕事だ。報告書に『家宝の包丁』などとは書けまい。

 

「……なるほど、秘密厳守とは言え人の口に戸は立てられません。今度は鍋作りのお仕事が来るかもしれませんね」

 

 ヴェルフの言わん事を察したリリは勝手に納得し、からかう。

 

「ああいいぜ、鍋! どんとこいや!」

 

 自分の胸元を指し、大きく構えるヴェルフから鍋作りへの迷いもなく、むしろ気分は壮快である。

 

「中層で良い素材が手に入ったら、センシにひとつ作ってやるか」

「是非そうして下さいませ。その代わり、この鍋はリリが頂戴しますので」

 

 流石に冗談として聞こえなくなって来た為、ヴェルフはリリから鍋を取り上げようとしたが避けられた。

 

●○

 その頃、エイナから中層における注意事項と必要装備をアドバイスして貰う。ベルとライオスはアイテム補充の買い出しを済ませ、後は装備のサラマンダーウールだけだ。

 それぞれの背丈に合わせる為、合流してから防具屋へ行くのだ。

 

「こんにちは、ベル。用事?」

「……ああ、キキさん。こんにちは」

 

 噴水にいたベルへ声をかけてきたキキは先日と違い鎧を着ておらず、一瞬、誰だかわからなかった。髪型と服装は、彼女を冒険者から街娘へと印象を変える。

 

「買い出しです。明日、中層に潜るので……それで」

「そう……良ければ明日、一緒にパーティーを組んで貰えないかと思ったの。残念」

 

 穏やかに微笑んでいたキキは一気に残念そうに表情を曇らせる。

 

「そうなんですか、すみません。また今度に……」

「うん……帰って来たら、また組んでね」

 

 控え目に手を挙げ、まるでお出かけの約束をするかのようにキキは微笑む。その姿がキレイで思わず見惚れたベルは照れてしまう。

 再会を約束したキキはあっさりと去り、ベルから少し離れて立っていたライオスは視線で彼女を見送る。

 

「キキさん、モルドさん達と一緒に組んだ冒険者」

 

 ライオスの視線に気づき、聞かれる前にベルは強い口調で教える。納得と同時に驚き、彼はもう一度キキの去った方角を見つめた。

 

「……冒険者だったのか、てっきり……嫌なんでもない」

 

 確実に「年上キラー」と言いかけたに違いない。またその手の話題にされる前、ベルは考えを巡らせる。

 

「キキさんはカカさんと双子でね、普段はタンスさんっていう冒険者と組んでいるんだ。ライオスは会った事ある?」

「……双子……タンス、……ああ、ノームの【オシドリ夫婦】。勿論あるが……今の娘があのタンスさんところの双子!?」

 

 モルドの知り合いならライオスも知っているかと思ったが、当たりだ。

 

「おしどり夫婦って……タンスさんは結婚しているの?」

「結婚はしているが【オシドリ夫婦】は二つ名だ。夫婦ということもあって2人揃って同じなんだよ。タンスさん本人は【迷宮髄一の学者】とか自称しているがな」

 

 何気なく言っているが、その二つ名はつまり冷やかしである。【リトル・ルーキー】といい、神々の名づけは本当に意味がわからない。

 雑談している内にリリとヴェルフに合流でき、4人は防具屋でサラマンダーウールを購入した。

 

 ベルの本拠(廃教会)にて、お互いの魔法や特技などを教え合う。連携や作戦を立てるのに必要だからだ。

 ライオスのスキル『防衛の盾(ディフェンス・シールド)』、ヴェルフの魔法『ウィル・オ・ウィスプ』は戦闘で重宝できるのでありがたい。リリの『シンダー・エラ』は戦闘向きではないので護身用の魔剣を持っている。

 

「魔剣についてだが、俺からもうひとつ」

 

 ヴェルフは真剣な表情で懐から包みを取り出す。大きさだけで見るなら、リリの魔剣と大差ない。

 

「これは俺の作った魔剣だ」

 

 緊張を含ませ、ヴェルフは布を解いて見せつける。出来たての魔剣、しかも目の前の彼が作ったというのだから、ベルは無邪気に感動して見入る。リリの目つきは爛乱と輝き、興味なさそうなのはライオスだけだ。

 

「魔剣は使い手を残して砕けてしまう。だから、打たない。そう決めてた。……けど、一本だけ打ってみた。これをライオスに渡しておきたい」

「え、俺? リリが持っていたほうがよくないか? 俺はケン助がいるし」

 

 意外そうに自分を指したライオスは腰の剣に手をあてる。ヴェルフは表情を変えず、魔剣を布で包んで彼に渡した。

 

「俺やベルは魔法が使える。仮に武器を失う事になっても、まだ戦える。ライオスもリリ助みたいに持っていて欲しいんだ」

「……そうか、わかった。大事に使うよ」

 

 ヴェルフの態度から何かを感じ取ったライオスは、同じく真剣な態度で受け取る。

 「魔剣を打たない」。それを信念のように語ったヴェルフが名声の為ではなく、仲間の安全の為に打つ。ベルは情の籠った魔剣に心が震えた。

 話は装備に移り、センシから借り受けたという鍋と包丁はベルを驚愕で震え上がらせた。

 

「なんてモノを借りてくるの! 壊したりなんかしたら弁償なんて出来ないよ」

「ご心配なく、ベル様。このふたつは竜が踏んでも壊れません」

 

 駆け出し冒険者は決して目にする事のない金属がふたつもある。こんなに恐れ慄いたのは他人の忘れ物を魔導書と知らずに読んでしまい、本を無価値にしてしまった件以来だ。

 

「俺が料理するのはいいけど、本当に地上へ持って帰らなくていいのか?」

「最初だからな。まずは中層の戦い方を身につけよう。慣れたら、最初はミノタウロスを狙おう」

「まだ言いますか!?」

 

 ベルとしてはミノタウロスには会いたくない。恐怖ではなく、彼自身と相性が良くない気がするのだ。出会えば、迷わず戦うが苦手意識は早々消えてはくれない。

 話し合いが終わった頃、日は暮れていた。

 

「ただいまー、ベルくん。おや、まだ話込んでいたのかい?」

 

 ヘスティアが大量の野菜を抱え、バイトから帰ってきた。

 

「お帰りなさい、神様。またバイト先からお裾分けを貰ったんですか? パプリカにナス、ズッキーニ……」

「『ジャガ丸くん』の新しい味作りで使っていたんだけど、食材が余っちゃってね。調味料も少しだけど、貰ったんだ」

 

 肩を解すヘスティアから、野菜を受け取ったベルは不意に思い付く。

 

「そうだ! ヴェルフ、この野菜で料理してみない? 僕も手伝うよ」

「お、いいな! 鍋と包丁の具合も確かめられる」

「へ、料理? ……その鍋、店でも始めるつもりかい?」

 

 キョットンとするヘスティアを余所に、ベルは野菜をヴェルフに渡す。ライオスとリリの説明を受け、女神は納得した。

 

「料理を前提に迷宮へ潜るなんて、君達くらいだよ」

「恵みを求める点に付いては同じですよ、ヘスティア様」

「いやー、絶対に違うと思います」

 

 呆れたような感心したような物言いのヘスティアに満面の笑顔でライオスは答え、リリは冷たくツッコんだ。

 ヴェルフを主軸に全員の協力でラタトゥイユが完成し、夕食にありつく。

 

「美味しい。流石だね、ヴェルフ」

「ベルくんだってこれくらい作れるよ。今度、僕の為に作って欲しいな」

「……んまい……」

「鍛冶と家事……もしかしてかけてますか?」

「何をだよ」

 

 和気藹々と夕食を終え、片付けも全員で行う。

 

「リリはこれで失礼します。中層へ下りるのには時間がかかるので皆様、くれぐれも遅れないで下さい」

 

 明日に備えてようやく解散だ。

 

「……良いな、こういうの。如何にも仲間って感じがしてさ」

 

 先に帰るリリを見送ってヴェルフは嬉しそうに呟き、ベルは同意を笑みで表す。

 

「……全部、ベルが結んだ縁だ。感謝している」

「ええ!?」

 

 ライオスが真面目な顔でとんでもない発言をし、思わず大声を上げる。今度はヴェルフが笑いで同意を表した。

 

「また明日な、ベル。ヴェルフ、途中まで送る」

「んじゃ、お言葉に甘えて。ベル、また明日な」

「ああ、うん。おやすみ」

 

 ベルの戸惑いを置き去りに2人は行く。急に訪れる緊張感と期待に体の奥が震えてきた。

 

「ここも騒がしくなったもんだ。ライオスくんの言うとおり、君の結んだ縁だよ」

「神様……。僕にしてみれば神様が始まりですから、……本当にありがとうございます。素敵な縁を……」

 

 言い返されるよ思わなかったらしく、ヘスティアは目を丸くしたがすぐに花のような笑顔になる。

 この街に来て、誰にも相手にされない自分に手を差し伸べてくれた女神。彼女がいたから頑張って来れた。頑張って来れたからライオス、リリ、ヴェルフと繋がれたのだ。

 感謝を言葉にして、今度は働きで示そう。

 今夜はもう眠る。明日の為に――。

 

●○

 実用性だけを追求したフルプレートアーマー、それに合わせた盾。ドロップアイテムの片手剣であるケン助。そして、購入したてのサラマンダーウール。

 完全武装したライオスを見るのは久しいとアスフィは思う。彼は己のパーティーメンバーと共に迷宮へ向かって行った。

 

「入れ違いになっちゃったねえ、ライオス。残念だ」

 

 文字どおり高みの見物でヘルメスは彼らを見送る。ライオスが本拠を出たところで神は戻り、折角だから遠くから見送りたいとここまで来た。

 含みを込めた笑みは少しも残念そうに見えない。

 

「ご指示どおり、皆をライオスのパーティーには参加させていません。……何をお考えですか?」

「何って……愛しい子供達に祝福あれ……ってね」

 

 目を細める仕草は胡散臭さ倍増である。

 ベル・クラネルに関して調査しておけなど、何を企むにしても嫌な予感がしてならない。それでもヘルメスを見限らないのは、その企みの奥には眷族への想いがあるからだ。

 

「おや、あれは……」

 

 玩具を見つけた子供のように無邪気な声を上げ、ヘルメスは下へ向かう。見下ろして確認したアスフィも続いた。

 

「やあ、【オシドリ夫婦】。ご無沙汰してるねえ」

「……!!! これはヘルメス様……、旅からお戻りになられていたのですか」

 

 皺だらけの顔を更にしわくちゃにして、タンスは慇懃無礼に挨拶を返す。穏やかな夫人は目礼にて返してくれた。

 ノームは神々が地上に降りる前、神の代行として人間の偉業に携わった種族。エルフやドワーフと違い、ひとつの存在が分裂しているように自我も個性もない。

 だが、このタンスは異質。確固たる自我に加えて欲深く、自尊心も強い。本当にノームか疑われがちだが、神の目から見ても彼はノームだ。夫人はあくまでも番いの影響で自意識を確立しているだけに見える。

 

「これから迷宮……ではないようだ。迷宮の学者を自称する貴方が珍しい」

「……貴方もお気づきでしょう、ヘルメス様。この地震」

 

 タンスが言い終わるのを計ったように足元、否、地面に揺れが起きる。気を張らねば、気づかない微弱な揺れだ。

 

「何かの前触れにまず間違いない。今は行かぬが吉……」

「そう思うなら、ギルドに進言すればいい。今日も多くの冒険者が潜っているのに止めないのは、確証がないから……とか?」

 

 笑っているのは口元だけ、それ以外は真剣にタンスの意見を受け止めている。

 

「今回は小規模に終わるでしょう。わざわざギルドを動かして迷宮を封鎖するには至りません。幸いにも、ロキ・ファミリアの遠征には、わしのパーティーメンバーも参加しております。何かあれば報せも来る」

「あくまでも、今回は……か」

 

 わざと強い口調で念押しするヘルメスにタンスは睨まない程度で見返す。

 

「非常に良い、タンス。俺のファミリアに来いよ。そっちよりは退屈しないぜ」

「ご遠慮願おう。貴方の下では扱き使われるのが目に見える。そちらの団長殿を見れば、疲労も手に取るようにわかるというもの」

 

 ようやくアスフィを一瞥したタンスへ同意の意味で肩を竦めて答える。

 これまでも夫妻は何度もヘルメスから勧誘を受けたが、今のようにハッキリと断ってきた。夫妻のような冒険者がいてくれれば戦力にはなるが、その分気苦労も増えそうだ。なので、断ってくれて良い。

 

「言いたい放題、言われちゃったねえ」

 

 屋台の串焼きを齧りながら、ヘルメスは朗らかに言い放つ。そんな神を放っておいて、アスフィはタンスの言葉を胸中で呟く。

 脳裏を掠めるのはライオスの顔だ。

 

(あのライオスは大丈夫)

 

 心配する要素は何もないはずが、一抹の不安がアスフィに付きまとった。

 

●○

 久しぶりの中層は順調だった。

 途中で他のパーティーからアルミラージの群れを押し付けられたが、ライオスには苦もなく殲滅できた。それに伴い、大量のアルミラージ肉も手に入れた。

 リリに持てるだけ肉を持って貰い、場所を見つけて休憩を取ろうとした矢先、その現象は唐突に起こった。

 壁から、動く鎧が生まれ出てきた。それも一体や二体ではなく、その壁が何処かに通じる扉のように次から次へと現れた。

 

「走れ!」

 

 ゾッとする間もなく、ライオスは叫ぶ。ありえぬ光景に硬直していたベル、リリ、ヴェルフは我に返って一斉に駆け出す。

 動く鎧は足も遅い。走れば逃げ切れる。

 

「何だアレ!? どうなってんだ!」

「動く鎧だよ! けど、この階層の魔物じゃないはずだよね!」

「そうです! リリの情報では24層のはずです!」

「どの道、あの数は無理だ。12体か、ベルが見た時の倍だな」

 

 突き進む4人を阻むようにヘルハウンドも現れたが、ライオスの一閃にて斬り伏せる。不意に何かが背後からその投げ放たれ、彼の兜を掠めた。

 動く鎧の剣だ。

 次々と背後から剣を投げられ、ライオスの行く手だけを遮る。ついにはベル達と分離するような立ち位置になった。

 

「先に行ってろ、すぐに追いつく!」

 

 焦らず、ライオスは突き刺さった剣を背にして動く鎧へと剣を構える。武器を持たない状態でどんな攻撃手段に出るかわからないが、注意深く観察しながら処理すればいい。

 

「あいつらの剣だけでも破壊しよう」

 

 援護しようとしたベルが魔法を放つ。炎は剣に当たらず、岩場の影よりアルミラージが飛び出しを防いでしまう。もう一度と構えた瞬間、他の岩場からアルミラージが次々と飛び出す。

 しかし、ベル達を襲わず、刺さった剣の間へと群がる。

 

「なんだ、これ? 剣を庇っているのか?」

「自分の身を犠牲にして? 聞いた事ありません」

「これじゃあ、僕の魔法が剣に当たらないよ」

 

 決して警戒を解かず、思案する3人の言葉を耳にしてライオスの背筋がゾッと寒くなる。

 これは連携だ。

 刺さった剣を振り返り、その真上を見る。バットパットがアルミラージのような群れをなしていた。

 

「ベル、リリ! 上の奴らだ!」

 

 ライオスの叫びで2人が上を見上げたが、時は遅く。ボコボコとした岩が落ち、並んで刺さる剣へと打ち付けられた。

 足場は音を立てて崩れ、3人は落下していく。ライオスの手を伸ばしても、届くはずはなかった。

 呆然と立ち尽くす暇はない。というより、体が勝手に動く鎧へと突進して剣を振るう。彼らを確実にバラバラにする関節部だけを狙い、斬りつける。

 息を荒くしつつも、頭は冴えて考える。自分だけが残された理由、ベル達との違い。

 目に止まったのは、手に握ったケン助。最後の一体となった動く鎧に突き付けた。

 

「おまえ達、ケン助に用があるのか?」

 

 口に出してから馬鹿馬鹿しいと感じつつ、ライオスはケン助を槍のように構え直す。意識の集中と筋肉の張りを限界まで高め、横穴へ投げつけた。

 動き鎧はぎこちない動きでケン助を追い、横穴へ飛び込む。バラバラになっていた他の動く鎧達も繋がったモノから順に追いかけて行った。

 その光景に見惚れながら、行動原理を自分なりに分析する。

 

「……ケン助を探していた? 上層に出ていた連中も? ドロップアイテムした剣だから……? 階層を超えて追いかけてきた?」

 

 口に出しながら、段々と心が弾む。下に落ちた動く鎧はケン助を手にしてからどうするのか非常に気になる。

 

「いかん、こんな事している場合じゃない。早く下に降りないとベル達と鉢合わせるかもしれん」

 

 しかし、愛剣は横穴へ投げて丸腰。予備の武器などはリリが持ち、魔剣にはキレ味もリーチもない。

 

「魔剣は万が一として、いっそ殴るか……この盾で叩きつければ」

 

 試しにヘルハウンドの炎を避けながら、盾を振り回して叩きつける。剣より動きは鈍いが、何もないよりマシだ。アルミラージのように岩斧など、魔物の武器を奪ってでも進む。

 3人が落ちたであろう位置は大体、わかる。一層ずつ降りて探して下りる。その場にいなくても、痕跡くらいはどうとでも辿れる。腹が減ったら、ドロップアイテムの肉でも魔剣で焼いて食えばいい。

 

「問題なし、すぐに追いつくからな」

 

 ライオスは何の迷いも躊躇いもなく、下の階層を目指して歩き出した。

 

●○

 地面に叩きつけられたがサラマンダーウールのお陰か、体への負担は少ない。しかし、無傷ではない。

 痛みに堪えながら、リリは周囲を見渡す。まずはベルとヴェルフの安否、自分達の位置だ。2人の姿は確認でき、高さから2階層分は落ちた。

 

「皆、平気?」

「ああ、肩を強く打った程度だ。心配ない」

「リリもです」

 

 上体を起こしてバックパックを確認しようとした時、妙に軽いと気づく。背の袋には破れが見られ、中身が丸見えだ。

 センシの鍋がなくなっていた。

 

「リリ、どうしたの?」

 

 ベルの声に答えず、リリは焦りながら周囲を探す。岩場の隙間、自分の体の下、まだ倒れているヴェルフの下にも鍋はなかった。

 

「……センシ様の鍋が……ありません」

 

 感情なく呟き、リリは青ざめる。高価な鍋を惜しんでいるのではない。彼女が欲望丸出しで欲しがったのに、センシは信じて預けてくれた。彼の想いを無くしてしまった。

 あまりの悔しさに涙も出ない。

 

「リリのせいじゃないよ。誰が持っていても、結果は同じだ」

「そうだぜ。こっちの包丁は懐に入れていたから無事だったが、背中だったら同じ目に遭っていた」

 

 憔悴したリリを慰める2人の声が遠い。返事をしなければならないが、口もまともに動かせない。

 

「探そう、鍋を」

 

 ベルの声にリリは我に返る。

 

「だな……上にひかかっているか、それとも更に下へ落ちたか……どっちへ行く?」

「下だ。上はライオスが確認してくれる。僕達を探しに来てくれるから」

 

 確かにライオスが地上に戻り、他の冒険者と共に捜索するとしても上の層は探してもらえる。リリが提案するより先に思いつくベルは、彼の行動を確信していた。

 

 ――パアン。

 

 落ち込んでいる場合ではない。リリは己に喝を入れんと、両頬を叩く。彼女の役目は知識と道具でパーティーを補佐するのだ。

 

「それでしたら、18階層を目指しましょう。多くの冒険者が必ず休息を取る安全地帯です。階層主のゴライアスは遠征の方々に倒されていますので、復活のインターバルを考えれば間に合います」

 

 頷く2人の目には何の躊躇いもない。

 鍋の為に中層を進んだとチルチャックにでも知られたら、「変わったな、おまえ」と呆れながらも褒めてもらえそうだ。仮に彼が同じ事をしても、リリは必ず小馬鹿にして褒め称えるからだ。

 

●○

 神みずから捜索願いを発注している為か、そこにはヘスティアと他の神々も参じている。冒険者の中には顔見知りのチルチャックもいた。

 手練れの冒険者はロキ・ファミリアの遠征に行っており、戦力は心もとない。

 

「そっちのシュローは?」

「彼はここ数日、パーティーで深層に潜っているところでな。帰還は早くても明日だ」

 

 こんな時にタイミングの悪い。

 

「チルチャック、行ってくれるよね?」

 

 正直、チルチャックは行きたくない。たかが予定より帰還が遅いだけで捜索など、過保護すぎる。ミアハも命令ではなく、あくまでもお願いしているだけだ。

 返事を渋っている間に暢気なヘルメスがアスフィを連れて、乱入してきた。

 

「ヘルメス、おまえ旅から帰っていたのか!」

「俺の大事なライオスの危機だって、聞いてね。駆け付け……」

「私も捜索隊のメンバーに加わります」

 

 アスフィの宣言に何故か、ヘルメスは本気で驚きの声を上げた。

 

「どうしたの、アスフィ? 自分から厄介事に首を突っ込むなんて」 

「貴方の大事なライオスの危機に団長自ら行かないでどうするのですか?」

 

 眼鏡の縁を押し、アスフィは嫌味で答える。それだけライオスが大事……とは考えにくい。チルチャックはヘルメスが苦手だ。自分と相性が悪いと言うべきだろう。

 そうこう言っている内にセンシまでやってきた。ギルド職員の登場にヘスティアは幼い顔を険しくさせる。

 

「ミィシャから聞いて来た。神ヘスティア、わしもクエストに参加させて下され」

 

 挨拶もせず、センシはヘスティアに志願した。女神は無礼を気にせず、驚く。

 

「え! 君はギルド職員だ、冒険者じゃないだろう? ウラノスは君達には恩恵を授けていない。彼になんて言うつもりだ」

「ヘスティア様、センシはその恩恵なしに俺達と赤竜を倒しましたよ」

「「「え、そんな事してたの?」」」

 

 語尾はそれぞれ違うが、ミアハとヘルメス以外の神は驚きの声を上げる。

 

「ライオスがいながら、帰還が遅れておるのは彼にも対処できぬ不測の事態に見舞われたからであろう。ウラノス様には今回だけ、迷宮へ潜る許可を頂きました。どうか……お連れ下さい」

 

 緊迫した様子で語るセンシは滅多に見れない。それはチルチャックだけでなく、ヘスティアにも伝わっている。

 

「わかった、ただし本当に危険なんだよ」

 

 礼を述べるセンシにずっと黙っていた命が歩み寄り、片膝をつく。

 

「御身はこのヤマト・命が必ずお守り致します」

「ありがとう、無理はせんでくれ。途中で足手纏いとなるなら、置いて行って構わん」

 

 命に手を差し出し、センシは彼女と固い握手を交わした。

 同行メンバーが粗方決まり、チルチャックは集団からセンシを連れ出して耳打ちする。

 

「センシ、武器とか防具はどうするんだ? まさか、あの貴重な鍋と包丁を持ち出すんじゃないだろうな。素材を知らなかったら、馬鹿にしていると思われるぞ」

「あれは手元にない。ヴェルフとリリに渡してある。蓋は持っているが置いて行くぞ、荷物になる」

 

 ちょっと何を言っているかわからない。

 

「……おまえ、いや、ない物はしょうがない……。わかった、俺も行くよ」

「なんだ、行かないつもりだったのか?」

 

 面倒そうに頷き、チルチャックはミアハを振り返る。神の傍に寄りそうナァーザと視線が絡む。色々と察したらしく親指を立てて「グッドラック」と口パクされた。

 ナァーザなりの気遣いらしい。取りあえず、苦笑しながらチルチャックも親指を立てて返した。

 

 捜索隊が迷宮へ潜ったのと入れ違いで帰還したシュローは、タケミカヅチから「おまえ、本当にタイミング悪いな!」と理不尽に切れられるのであった。

 

●○

 狩りは順調、休憩を入れつつも17階層まで来れた。

 ゲドも不機嫌な顔のままだが、パーティーの連携は上手い。リンの不安はまだ消えないが、彼の評価は上向き加減だ。

 

「おい、ドワーフ。もう少し踏ん張れ。そっちのパルゥムもあんま、前に出んな邪魔」

「だから、その子はダイア。この子はホルム。いい加減、名前を覚えて」

「僕もパルゥムだって、忘れてない?」

 

 前言撤回、仲間の名前を少しも覚えない。ミックの意見まで無視した。

 

 

「階層主はまだ復活していないから、このまま18階層まで行こう。異議のある者は?」

 

 カブルーが皆に質問した瞬間、上から剣が降ってきた。

 正直、ビビった。

 何事かと警戒しつつ、カブルーは剣に近寄り様子を窺う。鍔からふたつの何かが、ニュッと出てきた。

 魔物だ。

 ビックリしたリンは悲鳴を手で押さえる。

 

「なんだ、こいつ? 寄生虫か?」

 

 嘲笑うゲドの刀は抜刀した瞬間、折れた。

 正しくは、ちょうど抜いた位置に上から降ってきた甲冑に当たって折られた。ただの甲冑ではなく、噂になっている動く鎧だとすぐに察した。

 

「え?」

 

 思わず呟いたリンの呟きと共に、皆は上を見上げる。落下途中の動く鎧が何体もいた。

 様々な疑問よりも命の危険を感じ、恐怖で身が竦んで誰も動けない。轟音を立てて、次々と動く鎧が着地するのを黙って見届けるしかなかった。

 

「逃げろ!」

 

 絞り出すように叫んだカブルーの声で、まずゲドが我先に逃げ出す。他も地を這うように転がりながら、逃げ出した。

 怯えつつも、リンは動けないミックを助けつつ走った。

 仲間を振り返りもしないゲドを見て、リンは信頼を置けないと改めて思った。

 

 ケン助と呼ばれた剣はドロップアイテムではなく、動く鎧そのもの。ライオスに拾われてから、ただの剣のフリをしていた。彼の魔物への偏愛を感じとったからではない。自然と防衛本能が働いた。

 そのお陰で誰にも気づかれず、地上で過ごせた。

 ただ剣としてあったのではなく、同族を待っていた。待つ行為に苦痛はなく、迷宮で冒険者を待つのと変わらない。

 そして、今、迎えは来た。

 ケン助にライオスへの想いなど微塵もない。そもそも想いもしない。種族の隔たりではなく、思考が根本的に違う。

 動く鎧に掴まれ、ケン助は仲間と共に壁へとその身を沈めた。

 後にケン助が魔物だと知ったライオスが発狂したのは、言うまでもない。




閲覧ありがとうございます。

キキの私服姿は可愛い。
タンス夫妻の二つ名は【オシドリ夫婦】、これ絶対。
ホルムはノームでしょうが、このお話ではパルゥムです。
ケン助がただの剣だなんて、言ってない。


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