ダンジョンに飯を求めるのは、間違っているだろうか?   作:珍明

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閲覧ありがとうございます。
更新おそくてすみません。

原作未読なので遠征組が受けた「厄介な毒」の内容を知りません。本当、すみません。


迷宮の楽園

 仲間が受けた厄介な毒により、一団は18階層にて陣を張って待機を決める。回復の要であるファリンまでも毒の被害に遭ったからだ。

 故に一番足の速いベートを地上に走らせた。

 マルシルやナマリに手厚く看病されるファリンを時折、リヴェリアも様子を見に行く。

 

「どうだい、リヴェリア。ファリンの容体は?」

「こちらの呼び掛けには反応するが……ほとんど無意識だろう……」

 

 毒を受けても楽しい夢を見ているのか、ファリンは口をモゴモゴさせて「もう食べられない」と笑う。予想より苦しんでいないのが救いだ。

 

「リヴェリアは本当にファリンがお気に入りだな」

「ガレスもわかっているだろう? ファリン……彼女の力は凄い。魔力だけじゃない。その魔法の使い方も……人格の意味でも器は大きい……人間にしておくには本当に惜しい。エルフであったならば、私をも越える使い手になっていただろう」

 

 魔法の使い手達はファリンを『凄い』と評する。魔法に関わらぬ者達はそれしかないのかとせせら笑うが、それ以外、彼女の実力を表す言葉ないのだ。

 命短し人間にエルフをの寿命を分け与えられるなら、リヴェリアは喜んで差しだそう。この心境をロキに知られた時、「……うわ、重……」とドン引きされた。

 

「リヴェリア、少しいい?」

 

 階層の入口付近でベート(解毒薬)を待っていたアイズに呼ばれたと思いきや、ライオスのパーティーメンバーが18階層に飛び込んできた。

 装備もボロボロ、アイテムパックも穴だらけで完全に疲弊していた。しかも、ライオスはいない。

 聞けば、動く鎧の集団に襲われて逸れたそうだ。

 

「きっとライオスも下に降りてくると思って、ここに来ました」

 

 3人の代表として天幕に呼ばれたベルは、小ウサギのように恐縮して畏まっている。これがアビリティオールSまで極めた冒険者などと誰が思うだろう。

 だが、ベルがミノタウロスと一騎打ちを繰り広げたのはリヴェリア自身が目撃した。あの戦い方に久しく忘れていた何かを教えてくれた。

 

「事情はわかった。君達を客人として持成そう」

 

 穏やかにフィンがそう締めくくり、更に恐縮したベルはアイズに連れられて出て行く。

 

「マルシルに彼らの事を伝えてくる。勿論、ファリンの耳には入れないように」

「ライオスが心配なら、行っても構わないよ」

 

 笑みのまま真剣さを含めたフィンに提案されたが、リヴェリアは断った。

 

「気づいたか? 彼らはライオスを助けてくれと言わなかった。ならば、私も待とう」

 

 もっともベル達が懇願しても、リヴェリアはライオスを救出しに行かなかった。ここを乗り越えられんなら、その程度だったのだと割り切れてしまう冷徹な部分があるからだ。

 マルシルへ事情を言えば、エルフの聴覚が破壊さんばかりに叫ばれる。彼女は碌に話も聞かず、ファリンの事はナマリに任せて突っ走った。

 

 ベル達はアイズから迷宮の楽園(アンダーリゾート)の説明を受け、クリスタルの光で地上と同等の明るさを得た階層に感嘆の声を上げていた。

 

「ヴェルフ!」

 

 呼び声にヴェルフがビクッと肩を震わせて振り向くと、血相を変えたマルシルがバタバタと走ってくる。色々と怖いが彼は逃げず、遠慮なく肩を爪を立てんばかりに掴みかかった。

 相手が聞きとれない単語を早口で捲くし立てた。

 

「マルシルさん、何言ってんのか、わっかんねえ」

「エルフ語ですね、多分、ライオスの安否を聞いているのでしょう」

「……ああ。ライオスの知り合いなんだね、吃驚した……」

 

 冷静なリリと違い、ベルは心臓の脈打ちが早い。マルシルの切羽詰まった態度もだが、アイズと違うタイプの美人で男として緊張する。

 

「えと……ライオスは来ますよ。だから、落ち着いて」

「……あら、貴方。噂の【リトル・ルーキー】? という事はライオスと組んで色々してたのって……大人しそうな顔して……見かけによらないわね」

 

 自己紹介すらしていないが、マルシルは反射的にドン引きした。

 

「マルシル、離してあげて」

 

 アイズの落ち着き払った口調にマルシルは我に返る。肩を乱暴に掴まれたヴェルフが痛みに堪えているとようやく気付いた。

 

「ライオスは無事、すぐに来る。待ってて」

 

 当たり前のようにアイズは言葉にする。彼女に千里眼などの力はない。絶対にライオスは無事だと信じ切っている。その眼差しはこの場にいる誰よりも強く、凛として心強い。

 

「うん……そうよね。ごめんね、ヴェルフ」

「いいえ。俺の肩で気分が落ち着けたなら、良かった」

 

 マルシルがヴェルフの肩に杖を置き、詫びも込めて癒しの魔法を施す。その間、ベルは上を見上げた。

 階層に光を与えるクリスタルではなく、その上に視線を送る。

 

(……ライオス、僕……皆が待ってる)

 

 信じてはいるが、無事を祈った。

 

●○

 そんなベル達の心境も知らず、ライオスは脳細胞が焼き切れんばかりに高ぶっている。恋い焦がれていたミノタウロスの肉をついに手に入れたのだ。

 しかも、今からでも喰いつけるような骨付き肉の状態でだ。

 

「……まさに……俺の肉……」

 

 ライオスの身体までデカイ肉を愛おしげに頬ずりし、悦に浸る姿は魔物もドン引き。

 

 ――ぐおきゅるるる。

 

 無理せず、体力と気力を最低限に進んでいた。普段なら、これだけの行程で空腹に襲われるなどなかった。だが、夢にまで見た肉を前に理性が決壊しかけている。

 思い付いたようにライオスは懐から魔剣を取り出す。

 骨付き肉、火の魔剣、アルミラージの毛皮。

 安全地帯でもない場所で火を熾すどころか、肉を焼くなど危険極まりない。

 

 ――しかし、ライオスはやった。

 

 毛皮に魔剣で火をつけ、黒焦げになる一瞬を使って骨付き肉を焼いた。ミノタウロス特有の臭みはあるものの、上手に焼けました。

 

「肉を綺麗に焼けたのは初めてだ……」

 

 感動に浸ったライオスは涎を飲み込んでから、肉に噛みつこうと口を開ける。執拗なまでの視線を大量に感じ、振り返った。

 焼けた香ばしい匂いに誘われ、階層のあらゆる魔物が集ってきた。

 

「俺の肉はやらんぞ!!」

 

 恫喝しても数で勝る魔物は一斉に飛びかかる。盾で殴りつけ、振り払うが処理し切れない。肉を取られたくない一心で通常の思考さえもブチ切れたライオスは、骨付き肉を剣の代わりに振り下ろした。

 

「俺の肉は渡さん!」

 

 言っている事とやっている事が矛盾しているとも気づけず、ライオスは我を忘れて肉を振り回す。何ともシュールな光景にヘスティア一行は出くわしてしまった。

 

「……あ、阿修羅がいる……」

「……すごい……、盾と肉を二刀流のように使いこなして……」

 

 桜花と命はライオスの気迫と戦い方に恐れをなし、畏怖を覚える。

 

「……誰か襲われていると思って来てみれば、ライオスかよ。さっきの階層でセンシの鍋が落ちていたから、追いついたと思ったのに」

「襲われているっていうより、誘ったんじゃないか?」

 

 信じられない阿呆を見る目をしたチルチャックにヘルメスは愉快げだ。

 

「ライオスくーん! ベルくんはどこに行ったんだい!」

「俺の肉に手を出すな!」

 

 両手を上げてジャンプし、ヘスティアは存在をアピールしたがライオスは気づかず奮闘に励む。ベルが心配で堪らない女神はもう一度、大声で問う。

 

「ベルくんはどこおぉ!?」

「俺のベルだあ!」

 

 ヘスティアの言葉のせいか、ライオスからとんでもない発言が飛び出す。おもしろすぎたヘルメスが口元を腹を押さえ、必死に笑いを堪える。

 

「あれは逸れたな。非常食もなしで頭に栄養がいっておらんのだろう、酷く錯乱して……」

「……元々、ああいう人ですよ」

 

 憐れむセンシと違い、アスフィは深く溜息をつく。

 

「無我の境地ですね」

 

 リューは感心してライオスの戦いぶりを褒めた。

 

「ベルくんは僕のモノだぞ! 勝手な事を言うな!」

「ベルは渡さんぞお!」

 

 本気でプリプリと怒りだしたヘスティアが魔物の群れに突っ込もうとしたので、慌てて千草がとめる。

 

「アスフィ……ぷぷっ、ライオスを……」

 

 笑いで震えるヘルメスの指示を受け、アスフィは手元の薬をライオスへ投げ放つ。防衛本能で魔物は一目散に逃げだす。薬は彼の顔面で爆発し、中身の煙を吸って動きをようやく止めた。

 と思いきや、地面にぶっ倒れた。

 

「はっ! 俺は一体、何を!?」

「正気に戻ったね、ライオス。状況はわかるかな?」

 

 呑気な声を出すヘルメスの存在に気づき、ライオスは周囲を見渡す。

 

「ヘスティア様、いくらベルが心配でも少々過保護では?」

「う、いきなり冷静になった。さっきまで僕のベルくんを自分のだって言ってたくせに……」

 

 ずばりと指摘され、ヘスティアは唇を尖らせてライオスに言い返す。錯乱状態だった時の記憶のない彼は首を傾げただけでそれ以上の反応を示さなかった。

 

「とりあえず、これ食っておけ」

 

 センシから乾パンを渡され、ライオスは感謝して口にする。

 

「……んで、その肉どしたの? 聞きたくないけど」

「それよりもベルくんの居所のほうが先!」

 

 チルチャックの質問をヘスティアが遮る。彼としては後からライオスの面倒な自慢話を聞きたくなかっただけだ。

 肉の話をしたい衝動を抑え、ライオスは搔い摘んで説明した。

 責任を感じた命がその場で謝罪を込めた土下座を慣行しようとしたが、魔物の出る危険な場所なので千草が必死に止めた。

 状況を分析し、アスフィは一瞬で考えを纏める。

 

「手練のライオスを失い、動く鎧から逃げる為に無作為に迷宮を彷徨っている可能性は低い。その程度のパーティーなら、とっくに全滅しています」

「んじゃ、18階層に向かったな。行こうぜ」

 

 さっさと行こうとするチルチャックを桜花が困惑しながら、止める。

 

「お、おい。まだ下に行ったと決まったわけじゃあないだろ」

「あのパーティーにいるサポーターなら、下を提案する。必ずな」

 

 振り返らずに答えるチルチャックの後をリューも迷わず付いて行く。

 骨付き肉を汚さぬように布を巻き、センシはその肉を荷物と一緒に背負い直す。その荷物に黒い鍋があると今、気づいた。

 

「それは……蓋の部分じゃないな」

「さっきの階層で見つけた。おまえんとこの団長やチルチャックが言うように、わしもヴェルフは下へ行ったと思う」

 

 ライオスも起き上がろうとしたが、着慣れた鎧に重さを感じる。桜花と命の手を借りて、ふらつきながらも立ち上がった。

 

「ライオス殿、ご無理をなさらず」

「悪い……ケン助もなくして、これじゃあ俺は盾代わりにしかならんな」

「それで十分です。先陣は私と彼女が切ります。零れた敵は後衛の皆さんにお任せしているので、ライオスは歩きながら体力の回復に専念して下さい」

 

 治療薬の小瓶を投げ渡し、アスフィも歩きだす。彼女と一緒にいるのはリューだと察した。何故、ウェイトレスがここにいるのかライオスはツッコまない。

 

「私達のせいで……本当に申し訳ありません……」

「いや、君達がなすりつけた魔物は本当に大した事なかったから、気にしなくていいよ」

「……あれが大した事ない……だと?」

 

 パーティーに負傷者を出し、アルミラージの群れから逃げるだけで精一杯だった桜花達にとってライオスの返しは衝撃だった。

 

 『嘆きの大壁』ではゴライアスの復活は完了していた。

 ここを抜ければベルのいる18階層は本当にすぐそこ、逸る気持ちがヘスティアを焦らせる。

 

「君達でアイツを倒せるかい?」

「ライオスが本調子でも陽動が精一杯です」

 

 アスフィは嫌味ではなく、現状の戦力をわかりやすく伝えている。

 

「二手に分かれ、ゴライアスの注意を分散します。皆さん、とくにヘルメス様とヘスティア様は全速力で走って下さい」

「言われなくともおぉ!!」

 

 ヘスティアの叫びを合図として、皆、一斉に走る。

 突入してきた一行をゴライアスは戸惑いも見せず、その手は緩慢だがセンシへと伸びる。ゾッとした桜花と命が咄嗟に武器を構えたが、狙われた本人は直感的に気づいて背中の肉に手をかける。

 

「これを奴に投げろ!」

「え? これ……おし、わかった!」

「ちょっと待て! それは俺の肉!」

 

 納得した桜花はライオスの叫びを無視し、センシから肉を受け取る。瞬時にゴライアスの顔面に投げ放つ。待ってましたと言わんばかりに階層主は布ごと肉に食らいつく。

 

「ふざけんな、ゴライアス! 俺の肉、返せえ!」

「生焼けだが仕方ない。階層主なら腹は下さんだろう」

 

 怒りに興奮したライオスは盾を構え、ゴライアスに挑もうとしたので桜花と命、千草は必死にとめる。センシも加わってもステイタスの差で振り払われそうだ。

 

「ライオス、今は引いて下さい! センシを巻きこみますよ!」

 

 アスフィの言葉で我に返りつつも、ライオスは本気で悔しさに奥歯が鳴らんばかりに歯噛みする。

 

「覚えてろよ、てめえ! 必ず喰ってやるからな!」

 

 呪いの如き捨て台詞は18階層にいるベルの耳にも届いた。

 

●○

「成程……うん、お疲れ様」

「本当、ライオスは心配するだけ損だな」

「鍋は無事だったんですね、良かった」

 

 無事に再会を果たし、ベル達は遠征組から天幕を借りてお互いの情報交換を行う。先ほど叫び声の事情を聞き、若干、呆れた。

 ヴェルフは遠い目をし、リリは完全に無視した。

 

「折角のミノタウロスが……肉が……」

 

 肝心のライオスは拳を握りしめ、心底、残念そうにしている。そのミノタウロスをベルは2体一度に倒した話を聞いて貰いたいが、今はやめておこう。

 

「本当に申し訳ありませんでした!」

 

 魔物の部位をドロップアイテムする事情を知らない命達だが、自分達のなすりつけ行為が発端だと責任を感じ、彼女だけは必死に土下座する。

 

「頭を上げて下さい。僕達、あのアルミラージに被害は受けてませんから」

「そうそう、全部ライオスが倒しちまったし」

「全く問題ありません」

「俺は自分のした事に後悔はないが、全く責められないのは……結構、くるな」

 

 軽い対応をされ、命より桜花がショックを受ける。そんな彼を千草が背を撫でて慰める。

 今後の予定をアスフィから説明され、一同は解散した。

 

「そうだ、ヴェルフ。魔剣をありがとう。今回の事で魔剣の必要性がわかった気がするよ」

「毛皮に火を着けただけで!?」

 

 驚愕するヴェルフに笑いが込み上げ、ベルは腹を押さえる。ひとしきり笑い、天幕を出た。

 

「……全く、ライオスったら……」

「行きたいところがあるんじゃが、付き合わんか?」

「俺はファリンに会いに行くが……」

「……俺はセンシと行くわ」

「じゃあ、俺がライオスに」

 

 ベルとチルチャックはセンシと一緒に陣の外へと向かう。いつの間にか長物の荷物を持つヴェルフだけがライオスに着いて行った。

 

 森の奥、階層の隅ともいえる場所に連れて来られた。

 

「まだ残っていたな」

「めっちゃ荒れてんじゃん、俺もここに来る時間はねえし」

 

 ウキウキとセンシは声を弾ませ、草むらを開く。暗がりのせいかただの草にしか見えないが、チルチャックには形が分かるらしい。

 

「それでも、誰かが手を入れてくれとるようじゃ。雑草なんぞは抜かれておる」

「センシさんの畑、なんでこんなところに?」

 

 チルチャックが灯りを照らし、センシの指示を受けながらベルも収穫する。

 

「ここまで来たのに新鮮な野菜がなくては、栄養が偏る。本来なら、家畜も住まわせたいところだが……」

「誰が面倒みるんだ! リヴィラの連中に期待すんなよ!」

「……リヴィラ?」

「街の名前」

 

 ぼそっとした声が背後から聞こえ、3人は震えて振り返る。アイズだった。

 

「アイズさん、どうしてここに?」

「……君が歩いて行くのが見えて……これは畑?」

「そうとも、半分は朝飯にもう半分は街へお裾分に持って行くんじゃよ」

 

 アイズが隣に座る。体温が近いせいで、勝手に赤面したベルは声が詰まった。

 

「明日、行ってみる?」

「へ? あ、ああ、街!! はい! 行きます!」

「ほお、どこへ?」

 

 また別の声が背後から聞こえた。切れ気味に口元を痙攣させたヘスティアだ。

 

「なんでどいつもこいつも後ろから声かけんだよ。リリもいるんだろ、出て来いよ」

「リリは空気を読んで、見守っているだけです」

 

 草むらの向こうから、リリは声だけで姿を見せない。

 何故か、アイズまで一緒に収穫を手伝う。地上よりも細長い人参、小さなジャガイモ、キャベツを得られた。

 

「人数がおったから、早く済んだぞ。太陽がない分、手入れを怠ったせいで育っておらんなあ」

「どうして、センシはどうして冒険者にならなかったんだい? そうすれば、此処にも問題なく来られただろうに」

 

 人参の土を払うヘスティアの疑問は最もだ。神同等にギルド職員も迷宮への出入りは禁止のはずなのに、ベル達の為に来てくれた。そもそも冒険者であったなら簡単に済んだ話とも言える。

 

「……それでは迷宮は本当の姿を見せてくれんかもしれん……」

「本当の姿……ですか」

 

 空を……もとい階層の天井を見上げてセンシは続ける。

 

「迷宮の全てを知りたいなら、わし自身を迷宮に教えなければならんのだ。恩恵はわしを隠してしまう。わしはそう思う。だから、ギルドを選んだ」

「……本当の僕……」

 

 強くなりたい。ただそれだけだったベルは、センシの言葉に感銘を受けた。

 今の強さはヘスティアの恩恵によるモノ、それなくしてはただの非力な人間の子供に過ぎない。けど、そんな自分をまっ先に受け入れてくれたのは、この幼い女神だ。

 

「……成程、ウラノスが君を手離さない理由がわかった気はする。君が冒険者になれば、本当に無茶をしてそれで命を落としかねない。あいつの祈祷は全ての子供達の生還も含まれている。今も君の為に祈祷していると思うよ」

 

 女神と思えぬ愛嬌のようでいて純粋な微笑み、センシは鬚の中で優しい息を吐いた。

 

「以前、勝手に潜った時のお怒りは凄まじかったがのう……」

「そりゃあ、おめえのせいだよ」

 

 叱責の場面を思い出し、センシが恐怖で震えたせいで色々な雰囲気が台無しになった。

「……ライオスも同じかな……」

「アイズさん?」

 

 アイズは手の平に転がる小さなジャガイモを見つめ、呟く。まるでそこにライオスがいて、彼に問いかける口調だ。ベルの声にも反応を示さない。

 何故、アイズがライオスを気にかけるのか知りたい。しかし、皆のいる前では答えて貰えない気がした。

 

 収穫して掘り返した土をセンシとベルが手分けして行う。チルチャックは野菜に着いた土を払い、布へ並べる作業に没頭する。何故かアイズとヘスティアも一緒だが、女神は色恋沙汰を警戒して【剣姫】を睨む。

 そんなよくわからん状況をリリは遠巻きに眺めつつも、チルチャックの隣へ歩み寄る。

 

「どうして来たんですか? リリが心配なのはわかりますが、いつも過保護は良くないって放置しておくじゃないですか?」

「……心配なんかしてねえし、俺はセンシに着いてきただけだっての。本当に無茶すんだぜ、あいつ」

 

 一緒に来た本当の理由を包み隠さず話す。リリは残念そうだが、疑いの眼差しで眉を寄せる。

 

「まっ、いいでしょう。今回の事は一応、貸しにしておいてあげます。チルチャックがピンチになったら、一回だけ迎えに行ってあげますからね」

「いや、貸しにするなら違う事に使わせろよ」

「駄目です。ピンチ限定です」

「貸しの押し売りしてんじゃねえ!」

 

 しばらく2人のやりとりは続いたが、チルチャックが折れる結果になった。妙に頑固なリリの態度に呆れつつも笑った。

 

「おまえ、本当に変わったな」

「……! チルチャックも変わりましたよ。……良い意味で……」

 

 リリが本心から他人を褒めるなど、滅多にない。

 唐突であり、精神的に少し油断していたチルチャックは嬉しさのあまり耳まで真っ赤に染まった。

 

●○

 折角、ファリンに会いに来たが門前払いされた。

 

「今回の遠征、ファリンに無理させてな。休める時に休んでもらっている。これはフィン団長の指示だ」

 

 対応してくれたナマリはライオス達を天幕から離し、簡単だが事情を説明してくれた。何処か含みを感じるが、追及は彼女を困らせるのでやめた。

 

「それより、魔物に襲われて逸れたって?」

「ああ、動く鎧の群れにな……。俺だけが逸れたけど、ヴェルフのおかげで乗り切ったさ」

 

 朗らかにライオスはヴェルフの肩を叩き、鎧の上から懐も叩く。その仕草でジトッとした目で責めてきたナマリは目を見開く。

 

「……ヴェルフ、おまえ……そうか、ライオスの為に……」

「べ、べつにライオスは魔法も使えねえし、万が一だし、本当、妥協とかじゃねえし」

 

 ナマリから目を逸らし、ヴェルフは滝のような汗を掻きながら口ごもる。

 

「……ふっ、まずはそれでいい。私は仲間の為なら、考えを変える奴は好きだぞ」

 

 称賛の笑みを浮かべるナマリにライオスはよくわからず、笑みを返す。ヴェルフは恥ずかしそうに噴き出した。

 

「ナマリは余計な事を言わないって知ってるけど、言いふらすなよ」

「勿論、折角出たあんたのやる気を削いだりしないぜ」

 

 頬を染めて念を押すヴェルフに、ナマリは親しみ深く朗らかに返した。

 

「ところでその包みは武器か?」

「ああ、これは……」

「ライオス、少しいいですか?」

 

 借りた天幕へ行こうとしたライオス達はアスフィに呼び止められる。ヴェルフだけで先に行くよう促し、彼もまた頷いてそれに従った。

 

「ヘルメス様なら、ちゃんと天幕にいるはずだ」

「そのことではありません。もう少し、人のいないところへ行きましょう」

 

 陣より外れた森に連れて来られ、周囲の気配を確認してからアスフィはライオスへ詰めよる。

 

「あの時、アルミラージの毛皮を燃やしたと言っていましたね。……どうやって燃やしたのですか?」

「どうって……火だろ?」

 

 眼鏡の真ん中を指で押し、アスフィの眼光は更に鋭くなる。

 

「火を熾せる道具も何も持っていない、火の魔法も使えないのに?」

 

 アスフィは勘付いている。ミノタウロスの肉は炎の力が宿る魔剣で焼き、またその魔剣はヴェルフからライオスへ手渡された。

 ここでそれを認めてしまえば、ライオスはヴェルフの魔剣作成依頼に利用される。この場ではなくても、地上に戻ってからになるだろうが、まず間違いない。

 

「……アノ時ハ、錯乱シテイテ、ヨク覚エテイナイ」

「うそおっしゃい! ……悪いようにはしませんから、本当のことを」

 

 呆れたアスフィが下を向いた瞬間、ライオスは陣に向けてダッシュした。

 

「俺はヘルメス様を見張る! アスフィも早く寝ろ!」

「待ちなさい! ライオス!」

 

 負けじと追いかけるアスフィ、今までにない走りを見せるライオス。その2人が走り去った後、ベル達は収穫した野菜を持って陣に帰ってきたのだった。

 




閲覧ありがとうございました。

骨付き肉はゴライアスが美味しく頂きました。

センシは絶対、18階層に畑作ってます。

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