ダンジョンに飯を求めるのは、間違っているだろうか?   作:珍明

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閲覧ありがとうございます。
原作の3巻、おもしろい。見習いたい発想が多くて胃が痛いです。

・17.7.17に誤字報告を受け修正しました。


理由

 結果的に言えば、リリの目論見は潰えた。

 原因はライオスの実力を見誤っていたからだ。何度も狩りをおこなう姿を間近にしていたのに、見誤るなど普通はありえない。けど、見誤った。その理由を想像して、リリは冒険者の仲間意識に吐き気がした。

 ライオスはベルに合せて、力を加減していたのだ。

 

 前に出過ぎず、かといって自分の腕を鈍らせないように――。

 

 それが事実で真実だ。

 そうでなければ、ベルウェイとその取り巻き2人が地面に倒れ伏す瞬間を見逃すなどありえない。3人は白目をむいて痙攣し、気絶している。

 ライオスは腰の剣を抜かず、鞘のまま3人を相手したようだ。薄暗い路地を照らす僅かな月の光を頼りに、鞘を見つめる。

 

「さてと、リリ。説明を願おうか?」

 

 獲物を腰に下げたライオスは、柄から手を離さずにリリへと迫る。淡々とした口調と動かぬ表情は、この状況に深い関心もないが無視もできないと語る。

 そして、リリにも報いを与えんと言わんばかりにその眼光は冷たい。

 殺意を感じない分、リリは死より惨い目に合う予感が消えない。恐怖にリリは座り込む。歯がかみ合わぬ程、顎が痙攣する。

 

「……リリは……、こいつら……に……、脅されて……、ライオス様を……ここに……呼ぶように……」

 

 恐怖に怯えても言い訳はできる。全てはこの3人に被ってもらう。こいつらだって、反対の立場ならそうする。

 本気で息切れしながら、リリは言葉を紡ぐ。しかし、言葉を吐けば吐くほど、ライオスの眼光に冷たさが増していく。求めている答えと違うからだ。彼の唇からため息が漏れ、柄の手が動く。

 

 ――斬られる。直感に怯え、リリは目を瞑って事態に構えた。

 

 喉が潰された声がする。但し、リリではなく男の声だ。

 気絶していたはずのベルウェイが今にも八つ裂きにせんばかりにリリを睨んでいた。彼の喉には、ライオスの鞘が叩きつけられている。

 

「どうやら、この場で話すのは危険らしい。リリ、君にとっては」

 

 語りかけてくるライオスは、逆手でリリの胴体に手を回して抱えた。

 

「女性にこんな体勢を強いて悪いが、我慢してくれ。一先ず、迷宮に逃げようか」

 

 申し訳なさそうに眉を寄せ、ライオスはリリには出来ぬ瞬発力と跳躍力にて、この場を脱した。

 

 連れて来られたのは壊れかけた教会、リリも情報で知っているヘスティアファミリアの本拠(ホーム)だ。ライオスは迷宮に逃げると口走っていたのに、何故にこの場所と疑問していると下ろされた。

 

「リリ、今夜はベルといるんだ。あいつらとは俺が話をつける」

 

 ライオスの言っている意味がわからない。彼はそこまでリリを信頼などしていなかった。今でもしていないはずだ。

 

「どうして、リリを助けてくれるんですか? ライオス様はチルチャックからリリの事を聞いたはずです。リリがあいつらに脅されたなんて、信じるんですか?」

 

 縋るように確認してしまうリリに、ライオスは笑みを返した。それまでリリが感じていた無感情や冷淡な印象はなく、温厚で芯のしっかりとした頼れる戦士に見えた。

 

「リリ。今夜、俺を標的にした事は褒めておく。俺はこういう事態にも対処ができるからな。だから、今回だけは目を瞑る。ベルに本当の事を話すのも、明日からパーティーを続けるのも、君次第だ。君が決めろ」

 

 言われなくても、リリはずっと自分で決めていた。

 獲物となる冒険者も陥れるタイミングも、リリはずっと独りで決断してきた。

 それなのにライオスの言葉には、リリの自由を尊厳する意思が込められている。その意思がリリの胸をトクンッと脈打たせた。

 ライオスはリリの言葉を待たず、行ってしまった。

 残されたリリは急に孤独に襲われ、不安になる。

 

 ――独りは平気だと自負していたのに、何故、不安を感じるのか?

 

 それはリリの中になるライオスを身を案じる気持ちがそうさせるのだと自覚したくなかった。

●○

 ベルはヘスティアにリリの身柄を保護できないか相談していた。

 

「その話、ライオスくんにはしたのかい?」

「いえ、ライオスはリリを警戒しています。悪い冒険者に絡まれていたなんて話したら、彼女をパーティーから外そうとするかもしれません」

 

 言い終えたベルに、ヘスティアの眉ひとつも動かさない。彼女の口が開く前に、2人は風に乗ったか細い声を耳にした。

 

「――ベル様? ベル様?」

「リリ?」

 

 慌てて教会の表へと出てみれば、確かにリリがいた。ベルの姿を見て、彼女は弱弱しく微笑んだ。

 

「リリ、どうしたの? こんな時間に……?」

「ライオス様が……あいつらと話をつけてくるから……ベル様といろって……」

 

 必死に言葉を紡ぐリリの訴えに、ベルの全身の毛穴が粟立つ。手練れのライオスでも相手の人数が知れないのに、単身で乗り込むなど危険すぎる。

 

「ライオスがそんな……。待ってくれ、僕も行く……」

「待て、ベルくん!」

 

 咎める声がベルに静止させる。リリは初めて見るヘスティアの姿に委縮した。

 

「心配ない、僕の神様だ。神様、彼女が……」

「ベルくん、その子の話を鵜呑みするのかい? 悪い冒険者と組んで君を騙しているかもしれないよ。それどころか、ライオスは倒されているかもしれない……」

 

 ヘスティアの推測に、リリは否定する素振りは見せない。

 ベルの目に浮かぶのは、パーティーを組もうと握手を求めてくれたライオスの姿だ。

 

「いえ、神様。ライオスは無事です。僕は彼を信じます。それにリリ、君の事も信じるよ」

「……ベル様……、でも……リリは本当にライオス様を」

 

 涙で潤んだ瞳にリリの唇をベルの指先が防ぐ。

 

「その先の事を本当にしたなら、ライオスは君を許したんだ。だから、君を僕に預けて行った。僕はそう思うよ」

 

 パーティーには役割がある。ライオスはリリを守らせる役目を任せてくれたのだ。駆け出しだけど、まだ幼さが残り頼りないベルだけれども、信頼されている。

 

「リリ、どうしてそんな事をしたのか、教えて欲しいんだ。理由を知らきゃ、君をちゃんと助けられない」

 

 ベルの真摯な態度に、リリは今まで抑え込んでいた本当の感情が爆発した。

 涙と泣き声に混ざって吐露されたのは、ソーマ・ファミリアの信じられない実情だ。神をも魅了する酒の力、それを口にできるのは一定の献上金を納めた者だけだ。

 無論、酒に興味のない冒険者もいるが、ファミリア脱退にはそれ以上の金額が必要とされる。

 リリも汚い手で他の冒険者から稼ぎを得ていた。先日の刀使いもはめそこない、殺されたかけた。そこをベルに助けて貰ったのだ。

 彼女は変身の魔法でパルゥムから獣人へと姿を変えて、ベルに近づいた。

 

「リリも自由になりたい……チルチャックみたいに……」

「チルチャック? その人もソーマ・ファミリアだったの?」

 

 ベルの確認にリリは涙を拭きながら、頷く。

 

「ライオス様の以前のパーティーメンバーです。……ずっと街を離れていましたが、先日、帰ってきました」

「その子の事は知っている。今はミアハのところにいるパルゥムだ」

「ライオスの妹もミアハ様のところにいます。事情を話せば、きっと力を隠してくれるはずです。行きましょう!」

 

 ソーマ・ファミリアの問題はベルの手には負えない。しかし、リリに絡んでくる冒険者には何らかの対応ができるとベルは信じている。

 

「仕方ないね、僕も行くよ。サポーターくんも行くだろう?」

 

 ヘスティアの無感情な瞳に、リリは従う意思を見せた。

 

●○

「アーデの野郎、許さねえぞ! 『ただのライオス』の実力を隠してやがったな。俺達を始末させる気だったに違いねえ! おい、いつまで寝てんだ! あいつら迷宮に逃げやがったぞ。そこで魔物の餌にすんだよ!」

 間抜けなベルウェイ達がパルゥムとライオスを追いかける様子を見ながら、ゲド・ライッシュはほくそ笑む。

 自分を抜きにして、パルゥムの口車に乗るから無様な目に遭うのだ。

 ライオスは迷宮ではなく、他の場所へ逃げるに違いない。彼の本拠はありえない。あんな厄介者を連れて行くはずない。

 となれば、もう1人のメンバーである白髪の駆け出しだ。ゲドが折角、誘ってやったのに無碍にした愚か者。この時間なら、廃教会の本拠にいるはずだ。

 ベルウェイ達を出し抜こうと画策し、ゲドはその場を離れようとした。

 何かの力がゲドの足を釣り上げた。悲鳴を上げる間もなく、一気に宙ずりにされた。その拍子に愛刀が背中の鞘から抜け落ち、地面へと転がる。足を縛り上げる感覚から、何かの罠にひかかったようだ。

 全くわけがわからない。

 何故、こんな路地裏に罠があるのだ。胃が痙攣する驚きを味わったが、自分の獲物が視界にある。まだ慌てる時じゃない。自分に言い聞かせて、地面に手を伸ばす。

 

 しかし、ギリギリの距離で柄に手が届かない。この微妙な距離に苛立ちが募り、無理やり体を揺らす。助けを呼ぶなどという選択肢は、ソロであるゲドにはない。

 寧ろ、こんな間抜けな姿を他人に見られたくない。

 

「おや、別の冒険者がひっかかったみたいだ」

 

 くぐもった声は物陰から、気配を消して現れた。覆面で顔を隠しているが、身体的特徴からドワーフと知れた。大人か子供かなど、ゲドには知った事ではない。

 

「おい、ドワーフ。俺を下せ、礼は弾むぞ」

「何をくれるんだ?」

 

 ドワーフは無関心そうにゲドを見上げ、報酬の内容を尋ねる。殴りたいが、距離的にも届かない。

 

「俺の有金全部だ! さっさと下せ!」

 

 それを聞いてもドワーフは動かない。それどころか踵を返して、物影へと帰って行く。

 

「おい! 待てよ、てめえ! 礼はするって言っているだろう」

「嘘だね、下ろした瞬間に私を斬り殺すんだろ。殺気がだだ漏れなんだよ。他を当たるんだな。それと大声上げないほうがいい。金を持った無防備な冒険者程、食い付きやすい餌はねえからな」

 

 せめてもの忠告と言わんばかりに、ドワーフはいなくなった。

 独りにされ、急に周囲の微かな物音に過敏な反応を示す。冒険者たる自分が見えぬ危険に怯えている場合ではない。必死に身体を動かし、地面に落ちた刀を拾おうとする。無理ならば、足元の縄を素手で千切ろうと目論んだ。だが、段々と頭に血が上りすぎて意識が朦朧としてくる。それだけでなく、胃の逆流も感じてきた。

 

「誰か……助け……」

 

 そう呟いた瞬間、風を切る音がする。その後、足元の紐が切れて、ゲドは落下した。地面に到達するまでの間に、クッションが彼の体を守った。だが、半分以上意識を失っていた為、そのまま倒れ込んだ。

 

「それじゃあ、礼として刀を頂くぜ」

 

 ドワーフは地面に落ちた刀を拾い上げる。

 

「特別に街の外へ捨てておいてやる。後は勝手にしな。……チルチャックの言っていた連中は違うが、ここにいたってことは関係者だろう」

 勿論、ゲドには聞こえていない。

 

●○

 ベルウェイは死ぬ程、後悔した。馬鹿正直にライオスを追いかけては、こちらが不利だ。故に簡単な罠を張ったが、それも見破られて返り打ちに合った。

 キラーアントに囲まれた3人を助けられるのは、目の前のライオスだけだ。

 

「……ひぃ、た、頼む。助けてくれ、俺はただ……アーデの口車に乗せられただけなんだ」

「なあ、教えてくれ。チルチャックにも同じ事をしていたのか?」

 

 無表情故に相手を恐怖させるに十分な迫力を感じ、ベルウェイは奥歯が鳴る。本当に目の前の男はLV.3なのか? 偏愛だけでファミリアを追われた大馬鹿者なのか? 疑問しか浮かばない。

 

「チ、チルチャックだって、アーデと同じなんだ。他人を騙して見捨てて、金を奪い合って、皆、同じなんだよ。てめえだって、俺達のファミリアにいれば……」

「そんな話は聞いていない。チルチャックにも同じ事をしたのかと聞いているんだ」

 

 低くもなく、高くもない声はよく通る。誤魔化しを許さぬライオスにベルウェイは観念した。

 

「……したよ」

 

 一瞬の沈黙が長かった。

 

「そうか。俺はおまえ達と話し合いたかっただけなんだが、こんな事になって残念だ。だから、一瞬だけ逃げ道を作ってやる。それだけだ。それ以上は助けてやらない。わかったな」

 

 ライオスの鞘越し剣が振り下ろされる。キラーアントの群れに道が出来る。その一瞬をベルウェイ達は走り抜けた。抜けたのだが、追いかけてくるキラーアントの瞬発力が速かった。

 丸腰のベルウェイには防ぎ切れない。死が過った時、ライオスの剣が鞘から抜けた。刃はキラーアントを斬り捨てた。

 助けて貰ったなどと、ベルウェイは思わない。決して感謝しない。ライオスやリリに必ず報復してやると誓った。

 誓ったのは僅か、一瞬の事だ。ベルウェイ達の体は不自然に掘られた穴へと落ちる。深い穴は自分達の身の丈より高かった。落ちた瞬間に3人は気絶した。

 

●○

 キラーアントを適度に始末し、ライオスはベルウェイ達を見送ろうとしたが、彼らの姿はなかった。本当に話し合いがしたかった。迷宮を選んだのは、秘密の会話がしやすいからだ。

 この先、またベルウェイが立ちはだかるなら、友人の手を借りなければならない。大事になるが、仕方ない。その時はリリにも自分で始末をつけてもらおうと考えていた。

 散らばった魔石も眼中になく、ライオスは疲労感いっぱいに螺旋階段を上がる。人の少なくなる時間帯なのに、チルチャックが壁にもたれていた。

 

「よお、ライオス」

「やあ、チルチャック。元気か?」

 

 差し障りのない挨拶を交わし、ライオスはチルチャックに歩幅を合わせて歩く。

 

「ベルウェイ達と話していたんだろう?」

「尾けていたのか?」

 

 肯定したチルチャックの手足は汚れている。狩りをした汚れというより、穴掘りなどの作業で汚れたと言っていい。

 

「あいつらは運が良ければ、また狩りが出来るだろう。……後、爪が甘いぞ。もう1人いた。そっちは今頃、ナマリが片付けてくれているろうな。ベルウェイ達への仕掛け罠に引っ掛かっていたなら……だけど」

「……もう1人? そいつもソーマ・ファミリアか?」

 

 チルチャックは否定し、わざとらしく肩を竦めた。

 

「……リリを仲間に預けているんだが、一緒に来ないか? 俺に付いてきたのも彼女が心配だからだろ?」

 

 ライオスのお誘いに、チルチャックは苦笑した。

 

「同じ街にいて冒険者していれば、いつの日か会えるだろう。焦らなくていいさ。俺もあいつも、まだまだ時間がかかりそうだしよ」

 

 階段を上がり終えれば、そこには2人を待っていた人々がいた。

 

「案外、チルチャックが思うよりは時間はいらないんじゃないかな?」

「ライオス、大丈夫!? ケガはない!?」

 

 大きく手を振るベルの隣には、リリがいる。彼女は不安そうに胸元を押さえ、今にも泣きそうな表情で笑っていた。クシャクシャでみっともないが、チルチャックにとって初めて目にした彼女の本当の笑顔だ。ファリンとヘスティアまでいた。

 

「兄さん、チルチャック。……おかえりなさい」

「その様子だとライオスくんには消化不良な結果になったみたいだね。……無事で良かったよ」

 

 ライオスはベル、ファリン、ヘスティアの順番に挨拶を返すが、チルチャックはリリとだけ相対した。2人は無言だ。

 

「ベル、行こう。ファリン、ヘスティア様。何があったのか俺の視点で話すよ」

 

 チルチャックとリリを気遣い、ライオスはベルの肩を抱く。ファリンとヘスティアはすぐに2人の情況を察していそいそと歩き出した。

 仲間達がいなくなり、リリは言葉が浮かばずに唇を噛む。だが、チルチャックはずっと秘めていた想いを口にした。

 

「……リリ。俺だけ先に抜けて……ごめんなあ。一緒に連れて行ってやれなくて……」

「……チルチャック……。……ごめんなさい……、勝手に恨んでごめんなさい……」

 

 チルチャックはリリに触れないが、彼女への罪悪感で頭を下げた。リリも涙ひとつ見せないが、反省が滲み出ている。

 2人の距離は触れられるはずなのに、触らない。それは心の距離がまだ遠いからだ。でも、お互いの言葉は届いた。今は、それで十分だった。

●○

 エイナは走る。

 ロキ・ファミリアの本拠で得た最新ニュース。【剣姫】アイズのLV.6をギルドに伝える為だ。ソーマ・ファミリアのやり方もギルドで問題として挙げなければならない。

 

「エイナさん、こんばんは」

「ベルくん、それに皆さん」

 

 ベルの一行とすれ違い、エイナは足を止める。ヘスティアは彼女を見るなり、ベルの腕に強くしがみついて独占欲を示す。ライオスとファリンは穏やかに挨拶してくれた。

 

「ベルくん、ちょうど良かった……。あのね、君のサポーターについてなんだけど」

「リリですか? ……あっ」

 

 ベルは以前、エイナがリリを雇った時に難色を示していた事を思い出す。そして、彼は人を安心させる微笑むを向けてきた。

 

「リリは、もう大丈夫です。心配してくれてありがとうございます」

「……ベルくん?」

 

 意味がわからず、エイナはライオスに視線で問いかける。彼は疲労感のある笑顔で頷く。それだけで、リリはベルにとって安全になったのだと察した。

 ライオスが認めたなら、間違いない。

 

「それなら、私から言う事はないわ。……おやすみなさい」

 

 ソーマ・ファミリアの問題はまだ片付かないが、ベルへの心配が減ったことが嬉しかった。

 

 ギルドへ帰ってみれば、この夜更けに冒険者の諍いが待ち受けていた。

 1人はヘファイストス・ファミリアのヴェルフ・クロッゾ、呪われた鍛冶一族出身であり、この街で唯一魔剣を打てる能力を持つ青年だ。しかし、その能力をあえて使わない事でも有名である。

 もう1人は同じファミリアのナマリ、この街でも珍しいドワーフの女性。目利きが良い為、【目敏い眼鏡】などという二つ名を持つLV.4の冒険者だ。

 

「もう一度、……言ってみろ。ナマリ」

「別にあんたを貶してないだろう。ヴェルフ」

 

 他人から見てもヴェルフの額には怒りのあまり血管が浮き出ている。それを煩わしそうにナマリは対峙する。他の職員は一触即発の雰囲気に身構える。カウンターの奥から、慌ててセンシが出てきた。

 

「ヴェルフ、ナマリ、どうしたんだ?」

「……センシはドワーフの変わり者だって話をしただけだ」

 

 ナマリの言葉が終えた瞬間、ヴェルフの拳が動こうとしたのでセンシによって止められる。

 

「やめんか、ヴェルフ。ナマリの言うとおり、わしは変わっておる。恥だと思った事はない。ナマリも相手を煽るような真似をするな」

「……勝手にキレたのは、そいつだよ。後はセンシに任せる。こっちは重たいゴミ捨てをして疲れているんだ」

 

 面倒そうに手をヒラヒラさせ、ナマリは去る。エイナは無理に介入せず、彼女を見送った。

 

「何か問題ですか?」

「いや、問題などない。そうだろう、ヴェルフ。また、包丁を持ってきてくれたんだな。さあ、見せておくれ」

 

 感情を抑え込むヴェルフは唇から荒い息を溢し、ゆっくりと頷く。センシに宥められ、従業員専用の奥へと進んだ。それを見届けてから、エイナは他の職員に手ぶりで収束を伝えた。

 そして、エイナは今日一番のニュースを仲間に伝えた。

 

●○

 ライオスは一晩、廃教会で過ごしたがリリは戻って来なかった。彼女には自分の寝床があるので、そちらへ行ったと考えるべきだろう。

 いつもの待ち合わせ場所である噴水に、ライオスとベルは立つ。

 お互い無言だが、そわそわと落ち着かないベルを見ているだけで、ライオスは十分な暇つぶしになる。

 

「ベル様、ライオス様。おはようございます、今日も張り切って行きましょう!」

 

 獣人の耳と尻尾を生やしたリリが吹っ切れたような笑顔を見せて、現れた。

 

「リリ、来てくれたんだね」

「はい、リリはベル様とライオス様のパーティーにいます。リリはそう決めました」

 

 リリとチルチャックの間に何があったのかは知らない。しかし、彼女はベルを選んだ。本心から微笑みあう2人を眺め、ライオスはようやく安心できた。

 

「……その前にひとついいかな、リリ。様はやめよう、君がいくつか知らないが、年上の女性に様付けされるのはこそばゆい」

 

 ライオスの言葉にリリの耳と尻尾がピンッと逆立った。

 

「え? リリってライオスより年上なの? ごめん、僕、知らなかった」

「違います! リリは15歳です!」

 

 青ざめて否定するリリに、ライオスは噴き出して笑う。

 

「またまたあ、誤魔化さなくてもいいよ。チルチャックだって29歳だぞ。君が種族を誤魔化すのはいいが、年齢に見合った扱いはしないとな」

 

 満面の笑顔で言い放つライオスに決して悪気はない。

 

「ええ!? あの人、29歳なんですか!? そっかあ、リリも……」

「だから、リリは違います! ライオス! もう絶対、様なんて付けてやりませんからね!」

「はいはい。じゃあ、行こうか。今日は何処まで下りようかな」

 

 いろんな意味でショックを受けるベル、激昂して喚くリリ、それをあしらい勝手に先導するライオス。3人は今日も迷宮へと下りて行った。

 




閲覧ありがとうございました。

やっと、シリアスが抜けた(脱力)
ナマリの二つ名【目敏い眼鏡】、自分で勝手につけておいてよくわからない気分になっています。二つ名って難しいなあ……。

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