ダンジョンに飯を求めるのは、間違っているだろうか?   作:珍明

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英雄願望

 アスフィの怒りをその身に受けたライオスは、本拠(ホーム)での安静を余儀なくされた。全身を包帯でグルグル巻きにされ、挙句に縄で寝台に縛り付けられているのだ。動きようがない。

 

「加減はしてあります。半月もせずに動けるようになるでしょう」

 

 そこまで重体にしておいて、アスフィは冷たく言い放つ。さっさと自分の執務に戻ってしまった。

 

「ライオス、大丈夫か?」

「魔法で治療はさせて貰えないから、薬で我慢してくれな?」

 

 仲間が親身になって心配してくれたので、ライオスは感謝した。

 

「うわー、すごい状態だね。ライオスくん」

 

 見舞いに来てくれたヘスティアは驚きの声を上げ、ライオスは僅かに動く指で挨拶した。

 

「ベルくん達は、君なしで迷宮に潜ったよ。今日の狩りが終わってから、ここに来るってさ。ベルくんも自分の実力を知る良い機会みたいに思ってたから、心配しなくていいよ」

 

 見舞いの品から桃を取り出し、ナイフで皮を捲るヘスティアは優しい口調だ。

 ベルとリリが2人で迷宮に潜る。今の2人、とくにベルなら何の問題もないとライオスは思う。ただ、今日のドロップアイテム率がいか程のものかが気になった。

 

(センシやヴォルフにも……ドロップアイテムが渡せないと詫びなければ……)

 

 あの衝撃現場にいた2人の事を考えていると、ヘスティアがフォークで刺した桃切れをライオスの口に差し出した。

 

「これなら食べられるだろ? 口の部分の包帯をちょっと捲るよ」

 

 ライオスの返事も聞かず、ヘスティアは問答無用で桃切れを口に突っ込む。甘さが口に広がり、果実が溶けるように喉を通り過ぎた。また指を動かし、感謝を伝える。

 

「ふ、ふーん。本当ならベルくんに食べさせてあげたいけど、ライオスくんも僕のベルくんの為に頑張っているみたいだし、僕からのご褒美だよ」

 

 どうやら、ヘスティアなりのサービスらしい。ベルに「はい、あーん」と食べさせている様子を想像して、女神は緩み切った顔で嬉しそうに悶えていた。傍から見ると、ちょっと気味悪い。

 もしかしたら、魔物の話をしているライオスもこんな表情かもしれない。そう考え、少しだけ反省する事にした。あくまでも少しだけである。

 

「しかし、ライオスくん。君は何をしたら、そんな目に遭わされるんだい?」

 

 それはライオスが一番、知りたい。何故、アスフィがそこまで怒ったのか、全く見当が付かない。否、「魔剣に興味ない」という発言がいけなかった気もする。

 

「君は……ちょっと鈍いみたいだね。ベルくんも相当、鈍いけどさ」

 

 呆れたヘスティアはその後、バイトの時間になるまで延々とベルの話題を続ける。相槌を打つのも面倒なのでライオスはノーリアクションだったが、女神は気にしなかった。

 

 夕方になり、ベルはやってきた。何処か沈んだ様子で、狩りの報告をしてくれる。ドロップアイテムは何もなく、ライオスがいない分、稼ぎも少なかった。

 

「リリに言わせると5人組パーティーに匹敵する稼ぎだって」

 

 力のない笑みから、ベルの落ち込みは稼ぎではないと感じ取れる。ライオスが視線で訴えかけ、彼は気づく。ライオスの口元まで耳を寄せてきた。

 

「……何かあったのか? 相談になら乗る……」

 

 切れ切れの言葉を必死で吐く。それは確実にベルへ伝わり、彼は気を楽にしたような笑顔になる。

 

「ありがとう、……大した事じゃないんだ。……アイズさんがLV.6にね……、階層主を1人で倒したって……」

 

 LV.6へのランクアップ。目出度い話だ。

 人間の身でその領域まで達した冒険者は、他種族に比べて少ない。しかも、階層主をたった1人で倒すなど、ライオスも聞いた事ない。もしかしたら、オラリオ始まって以来初かもしれない。

 こんな状態だ。直接、祝いを述べる事は出来ずとも、心でアイズへ「おめでとう」と告げる。

 しかし、それでベルが気落ちする理由はないはずだ。

 不意にベルの狩りの様子が脳裏に蘇る。そういえば、彼の動きが格段に良くなったのは誰かに師事されているからだ。アイズとしっかり話した後日だ。

 ここまで情報を整理してから、ライオスは思いつく。

 ベルに剣を教えているのは、アイズだ。彼が剣姫に対しての感情はわからないが、この落ち込み方から見ると高嶺の花が更に高くなったのだろう。

 

「……年上キラー」

 

 呼吸を吐くように呟くとベルの耳にしっかりと届き、彼の肩がビクンッと痙攣した。

 

●○

 ライオス重症の報せは妹ファリンの耳にも届く。すぐにヘルメス・ファミリアの本拠へ行ったが、対応したアスフィに「魔法で治療させない為」という理由で面会を拒まれた。

 何とも理不尽な理由だったが、アスフィの有無を言わせぬ迫力に負けてファリンはすごすごと自らの本拠へ帰ろうとした。

 このまま帰っても、ライオスが心配で堪らない。マルシルかナマリに会うべきかと、道の真ん中でクマのようにそわそわしながら、右往左往するファリンに通行人達は優しさで見て見ぬふりをしてあげる。

 のんびりと歩いてたミアハもファリンの様子から他人の振りをしようとしたが、彼女に発見された。

 

「ミアハ様。お出かけですか?」

「いつもの材料の調達だ。元気がないね、ファリン。どうしたのかな?」

 

 心配そうに眉を寄せるミアハに聞かれ、ファリンは正直にライオスの事を話す。

 

「お見舞いに行ったんですけど、会わせては貰えませんでした……」

「そうか……。あまり、気に病むな。ライオスは体が丈夫な男だ。すぐに良くなる」

 

 ファリンに慰めの言葉をかけながら、ミアハはその穏やかな笑みを崩さず、胸中で「いつか、やられると思っていた」と呟いた。むしろ、アスフィは忍耐強かったと言える。

 しかし、そんな事をファリンの前で言うわけにいかないので黙っておく。

 

「私、センシに話を聞きに行こうと思います。その場にいたらしいので……」

「それなら、私も行こう。ギルドの張り紙も確認しておきたいしね」

 

 ギルドの張り紙などより、センシから状況を聞いた時のファリンの反応が心配だ。あまり役に立てるとは思えないが、ミアハは彼女の傍に付いていたい。

 

「チルチャック。ライオスの話、聞きましたか~?」

「聞いた、聞いた。ヘルメス・ファミリアの団長がプッツンしたって、俺、ライオスはいつかヤラれると思ってたぜ」

 

 ファリンへの気遣いなど無用と言わんばかりに、背後をふたつの声が通り過ぎて行く。ひょこひょこと歩くのは、チルチャックとリリだ。

 

「そんな言い方して良いんですか? リリは別に良いですけど、チルチャックとライオスは仲良いと思ってました。リリの分まで心配してあげて下さいよ」

「リリの分ってなんだよ。自分の分は自分で心配しろっての」

 

 ファリンとミアハに気づかず、2人は行ってしまった。

 気まずそうにミアハはファリンの様子を窺うと、彼女は石でも背負ったように猫背になる。

 

「……兄さんって、いつかやられると思われてたんだ……」

「ファリン……、他人がどう言おうと君だけは兄を信じてやりなさい」

 

 ミアハは一段と落ち込んだファリンを無理のないように慰めた。

 

 ギルドには、ここ数日でセンシの研究室と化した部屋がある。傍から見れば、清潔な厨房のような印象を受ける。時々、無関係の職員が迷い込んでは保管されているオークの首やコボルドの足を見て悲鳴を上げて逃げていく。

 ミアハも逃げたい気持ちを抱えつつ、ファリンの手前で平然を装う。

 バラバラにされた魔物の部位が怖いのではなく、とてつもなく嫌な予感がするのだ。

 

「ちょうど、出来上がったところじゃ。ファリンも食べていくとよい。さあ、ミアハ様も」

 

 出されたのは料理は一見、ひつまぶしに見える。香ばしい匂いもそう思わせる。しかし、ミアハの嫌な予感は強くなる。

 

「……これ、ウナギじゃないよね?」

「おお、お気づきになられましたか? ミアハ様。その通り、これはバットパットの肉です。この肉は迷宮でドロップアイテムした魔物の部位です。わしはギルドの指示で、人体への悪影響を調査しております。わし自ら食し、安全性は確認済みです」

 

 目を輝かせるセンシに、何の悪意もない。

 

「……へえ、食べたんだ……魔物……」

 

 穏やかな笑顔のままミアハの顔色が青褪める。その表情から、ファリンは神に魔物の料理を食べた話をしていなかったと気づく。

 

「ミアハ様、センシの料理の腕は私が保証します。騙されたと思って食べて下さい」

「ファリン……。つまり、君も魔物を食べたんだね……」

 

 純粋無垢の笑顔が眩しく、思わずミアハは目元を手で覆う。ファリンもライオスと同じ偏愛に目覚めた様子はない。ただ、魔物を食す行為に抵抗がないだけだ。

 ひつまぶし、ファリンとセンシを順番に見つめてから浮かんだ疑問を言葉にする。

 

「センシ、君は食べたというが……ウラノスは食べたのだろうか?」

 

 ここでセンシの瞳から輝きが消え、ミアハから目を逸らす。きっと食べて貰えなかったのだろう。

 ギルドの指示というからには、ウラノスの意思も含まれているはずだが、それで魔物を食べるかどうかは別問題だ。

 バットパットのひつまぶしは意外と美味しかった。料理の材料よりもファリンが元気を取り戻したのでミアハは良しとする。

 

「美味しかったよ、ありがとう」

 

 いろんな意味で素直に礼を述べるミアハにセンシは嬉しそうに目元を緩めて笑う。

 

「魔物を使った料理は口外法度に等しいので、ミアハ様も誰にも話さないで下さいね」

 

 人差し指で口元を押さえるファリンに緊張感はない。ただの約束事としてミアハは受け入れた。

 

(しかし、魔物を食うか……。ガネーシャが聞いたら発狂しそうだな。……黙っておこう)

 

 地上での生は、己以外を糧にする。

 迷宮で魔物を倒す事も、魔物が食卓に並ぶ事も大差ない。

 ミアハはライオスの味方ではなく、あくまでファリンが大事だ。しかし、再びライオスが中傷の的になった時は、あの時よりは力になってあげたい気持ちになった。

 

●○

 ヴェルフの工房に客人は滅多に訪れない。訪問者そのものが珍客だ。

 

「ライオスの話を聞いたけど、おまえ、傍にいたんだって?」

 

 その珍客ナマリは挨拶もせず、開口一番に詰問である。

 ヴェルフは出来たての鎧を慎重に置きながら、ナマリを警戒する。

 

「現場にいたら、なんだって言うんだ? ライオスさんを守れなかった俺を責めに来た……って感じじゃねえな。ナマリ」

 

 ナマリは睨むとは違う目つきで工房内を見渡してから、ため息をこぼす。

 

「……回りくどい話は嫌いだから、ハッキリ言うぞ。魔剣を作れ、ヴェルフ」

「どうして、そうなるんだ?」

 

 警戒をより強くしたヴェルフは自然と手元近くのナイフへ手を伸ばす。まだ掴まず、手探りで位置を把握する。ナマリもそれに気づいているが自分の獲物に触らず、声に緊張を含ませた。

 

「相手が【万能者】の作った道具だったとしても、魔剣があればライオスを守れたんじゃないかい? そうでなくても、助けぐらいにはなったはずだ。これが街中だったから良かったが、迷宮の中層や深層だったら、どうする?」

「それは……」

 

 続く言葉は浮かばない。

 

「ヴェルフ、今まで言わなかったがおまえの腕は良い。魔剣を抜きにしても、おまえは鍛冶師として十分やっていける。魔剣を打たないってだけで過小評価されるのは、確かに理不尽だ。魔剣を作っても、同じような理不尽さがおまえを襲うのは、あたしでもわかる。けどな、それは最初だけだ。最初だけなんだよ。それさえ過ぎれば、誰もがヴェルフを認めるんだ」

 

 ナマリは武具に関してお世辞は決して口にしない。彼女程の目利きに称賛を受けるのは、鍛冶師として誉だ。こんな状況でなければ、ヴェルフも素直に喜んだだろう。

 喜べないのは、やはり魔剣が絡んでいるからだ。

 

「……話はわかった。帰ってくれ」

 

 肯定も否定もなく、ヴェルフは疲れた声で言い放つ。ナマリもそれ以上何も言わず、別れの挨拶もせぬまま工房を出て行った。

 緊張を解いたヴェルフは疲れで、その場に座り込む。

 かつて、ヴェルフはヘファイストスに魔剣を作らぬ誓いを立てた。その際、忠告された言葉がある。ライオスの負傷を目の当たりにした時、その言葉が脳裏に浮かんだ。

 

 ――貴方はその力を使わなかった事を後悔する。

 

 耳にした当時は、戯言のように思っていた。今はヴェルフの心にまさに鉛のように重く、沈みこんだ。

 だが、自分の考えは変わらない、変えたくないと脳髄の奥で叫んでいる。センシやライオスに相談すれば、魔剣に興味のない彼らはきっとヴェルフの好きにすれば良いと答えてくれる。

 自分の欲しいと思う答えを持っている人に相談しても、それは相談ではない。自分の考えを後押ししてもらいたいだけだ。

 どうすればよいか、どうしたいのか、ヴェルフはいつまでも悩み続けた。

 

●○

 センシは翌日、現れた。

 挨拶もそこそこに、その手に持った水筒の中身をお猪口に注ぐ。どす黒く、血が凝固した色と同じだ。偶然居合わせた仲間が「げえっ」と呻いて逃げて行った。

 

「これはミアハ様からの見舞いの品だ。あの方はお忙しいので、わしが預かって来た」

 

 ミアハの調合なら、何の問題もない。しかし、何故そんなに禍々しい色合いの薬だ。嫌がらせを疑う。あの神は意外と腹黒かもしれない。そんな事をファリンに言えば、「良薬、口に苦しよ」とビンタされそうだ。

 

「……それとヴェルフも心配しておったが、ここには来させんほうがよいじゃろうて」

 

 扉の隙間からライオス達の様子を窺がうアスフィが怖い。あの目はヴェルフを捕まえて、本気で交渉しようと画策する時のそれだ。

 

(すまん、ヴェルフ。逃げ切ってくれ)

 

 全身で溜息をつき、ライオスは胸中で詫びた。

 

●○

 皆の甲斐甲斐しい介抱のお陰で、一週間も経たずにライオスは包帯が取れた。治りが想定より早いのが、気に入らないらしくアスフィは嫌味ったらしく笑った。

 それでも完治ではない。体の動きが関節部分で鈍い。

 

「怪我が治って良かったね、ライオス。明日には迷宮に潜れそう?」

「いや、潜るなら明後日だな。明日はリハビリがてらに散歩でもしておく」

 

 ベルは嬉しそうに声を弾ませる。彼は律儀に毎日、ライオスの見舞いに来てはドロップ率の報告をしてくれた。結局、魔物の肉を得る事は出来なかった。

 

「明日は……ロキ・ファミリアの遠征か……。ライオスも声かかってたって聞いたけど、本当に行かなくていいの?」

「行く必要ないしな。ベルやリリと一緒のほうが楽しい」

 

 嘘偽りなく答えるライオスにベルは、はにかむ。

 

「そういえば、アイズも行くとなるとベルの特訓はどうなるんだ?」

 

 素朴な疑問を聞き、ベルは冷静さを取り戻す様に真顔になる。

 

「遠征が始まるまで稽古をつけてもらう話だったんだ……。だから、明日の朝で終わりだよ……」

「そうか、ベルは飲み込みが早い。アイズも教えがいがあっただろうな」

 

 お世辞ではなく、ベルは剣士として筋が良い。毎日の見舞いに来る時の立ち振舞いから、それを感じ取った。

 

「ありがとう、ライオスにそう言って貰えると嬉しいよ。早く特訓の成果を見せたいな。それじゃあ、また明日ね」

「ああ、明日な。……しかし、リリは一度も来てくれなかったな。チルチャックもだけど、いや、いいんだけど」

 

 ファリンはアスフィに追い返されたと聞いているので仕方ない。しかし、遠征の準備で忙しいマルシルも一度は顔を出してくれたのにだ。ライオスのちょっとした愚痴にベルは苦笑した。

 

 今日は遠征出発日。

 迷宮入口にはロキ・ファミリアの御旗が掲げられ、これからの遠征に挑む冒険者が集う。メンバーの中には、ファリンやマルシル、ナマリもいる。

 妹達を見送る為、ライオスはここに来た。但し、物影からこっそりと見届ける。何故かというと、野次馬や見送りの人々の中にガネーシャがいるからだ。顔を合わせるのは、色んな意味で厄介な相手だ。

 

「そう! 俺が民衆の主ガネーシャだ。遠征に初参加するファリンの姿を一目見ようと、馳せ参じた!! ファリン! 俺はここだ!」

 

 遠征リーダーであるフィンの口上を遮るかの如く、ガネーシャは声を張り上げる。ここぞとばかりに親馬鹿ぶりを発揮する神に誰も何も言えない。羞恥心で耳まで真っ赤に染まったファリンは、決して振り返らず帽子で必死に顔を隠した。

 

「おめえの眷族じゃねえよ」

 

 遠征とは関係なく、迷宮に来たチルチャックが思わず呟いたが、ガネーシャに届くはずもなかった。

 一通り声援を済ませたガネーシャは満足したのか、静かになる。ファリンが散々恥ずかしい思いをしたが、遠征は無事に開始された。

 

「ファリン、気をつけてな」

 

 そう呟いたライオスはガネーシャ様に見つからないように、忍び足でバベルへと向かう。このまま本拠へ帰ってもいいが、どうせアスフィの小言が待っているだけだ。

 

「そろそろ、リリの装備も考えないとな……」

 

 エレベーターで目当ての階に着いたので、降りる。その瞬間、ライオスの意識は途切れた。

 

●○

 フレイヤは【美の女神】と謳われるに相応しき『魅力(チャーム)』を持つ。これには人間ばかりか、魔物さえ思いのままだ。

 目の前にいるライオスもフレイヤの『魅力(チャーム)』に自我を失い、虚ろな表情で女神の神聖なる寝室へと導かれた。

 

「さあ、貴方の全てを私に見せて」

 

 熱っぽくフレイヤに囁かれ、ライオスの手は服を脱いで上半身を晒す。見慣れた男の体に興味はない。女神が知りたいのは、背にあるステイタスだ。

 滑らかな指先が書物を読むような手つきでステイタスをなぞる。

 

「レベル.3、アビリィティに変わったところはない……。……スキルは……!?」

 

 スキルの部分を読み、フレイヤは我が目を疑う。それもそのはず、凡庸を絵に描いたような男が『美食家(グルメ)』などというレアスキルを得ているなど、誰が想像できるというのだ。

 フレイヤも地上に刺激を求めて降り立った女神。気に入った子供に干渉しては諍いを起こす為、ロキから「色ボケ女神」と呼ばれるが、それとは別に娯楽も欲しい。

 

「ずるい、ずるいわ! ヘルメス。こんなに……おもしろい事を独り占めするなんて!」

 

 胸の高まりの共に、体が芯から火照って行く。

 そう、石炭は常温でも発熱する。しかし、他人が手を加える事で激しく燃え上がるのだ。ライオスは石炭、輝きではなく、熱を放つ。熱に当てられ、フレイヤは高ぶっている。

 ベルとは違う魅力を持つライオスを一人の男として認めた。

 フレイヤはしなだれた手つきでライオスを背中から抱きしめ、豊満な胸を押し付ける。意識のない彼は何の反応もしない。

 

「……貴方を誤解していたわ。……お詫びしなきゃね」

 

 最高級品の材質による寝具を一瞥し、フレイヤは妖しく笑う。

 ベルの冒険も予定通りに事は運んでいる。それを見ながら、前菜としてライオスを食べるなど贅沢、極まる。

 

「――あら?」

 

 不意に空気の変化を感じた。

 無粋な空気だ。

 この空気を持ち込む相手を知っている。

 麗しい顔で舌打ちしている間に、寝室の強固な扉が乱暴に開かれた。

 そこにいたのは、奇抜な仮面を被ったガネーシャ。フレイヤでも思考の読めぬ頑固さを持つ神だ。女神が食べていない男神の1人でもある。正直、一切、惜しくない。

 

「何か御用かしら、ガネーシャ? お誘いした覚えはないはずだけど……」

 

「そう、俺はガネーシャ。民衆の主だ。誘われてなどない。俺から出向いたのだ。そいつを……ライオスを渡してもらう」

 

 普段のように声を荒げているわけでもないのに、ガネーシャの声はよく通る。

 意味不明とフレイヤは首を傾げる。

 

「彼は貴方の眷族じゃないわ。……いいえ、眷族だったのに貴方に捨てられたのよ。この子の本当の価値に気付かなかった貴方に……辛かったでしょうね。神に直接、捨てられるだなんて……」

「何を言っているのか、わからんな。本当の価値だと? 冒涜を冒涜と呼んで何が悪い。アレは危険だ。確実にこのオラリオに災いを齎す。その種は摘まねばならん、それは子供達の……ライオス自身の為だ」

 

 フレイヤはスキルの話をしているが、ガネーシャはライオスの偏愛が「本当の価値」だと勝手に推測し、歯ぎしりをしてまで切実に吐き捨てた。

 ガネーシャが『美食家(グルメ)』のスキルを知れば、事態は悪化するだろう。

 

「それに男女の間は、合意の上で起こるべきだ。だが、こういうやり方は好かん。本当にライオスが欲しければ、直接、口説いて物にするんだな」

 

 睨むとは行かずとも、2人の神の視線はどちらも静かな気迫が込められる。

 折れたのはフレイヤだ。ベルの冒険が激しさを増し、このままでは集中して見届けられなくなる。

 

「いいでしょう。今日のところは渡してあげる。貸しにしておくわね」

 

 フレイヤの余裕の笑みでライオスの背を優しく押す。まるで命じられたように、彼は黙々と服を着込む。きっちりと服を着る動作を終えてから、ガネーシャは彼を肩に担ぐ。

 威風堂々とガネーシャはライオスを連れ出した。

 彼らを無言で見送り、扉の向こうで待機していたオッタルに意識を向ける。

 

「ガネーシャを通したわね。どういうつもり?」

「神を通すなと命じられておりませんでしたので」

 

 いけしゃあしゃあと言い訳するオッタルに、フレイヤを鼻で笑う。

 

「いくらでも機会はあるもの。ガネーシャが何をしようと、ヘルメスは決して彼を手離さない……そう、決してね」

 

 色っぽい微笑みを浮かべながら、その瞳は策略と欲望に満ちていた。

 それでもオッタルの忠義は揺るがない。ただ、ライオスがこの場を脱してくれて良かったと心から安心しただけだ。

 

●○

 ――ライオス、目標はあるか?

 

 ランクアップを祝う席でガネーシャはライオスに問うた。

 

 ――俺は魔物を愛している。その味も知りたい――彼らを食べたい。

 

 泥酔状態のライオスは、胸に秘めていた想いを打ち明けてしまった。

 宴で湧いていた空気が凍りついた瞬間、ガネーシャからファミリア追放を言い渡された。

 迷宮に住む魔物は冒険者には、愛すべき糧といえる。彼らなくして冒険者は成り立たない。だから、魔物を愛する者は度々、現れる。

 だが、愛故に喰いたいなど、異常な目で見られる事はわかっていたから黙っていた。

 

 ――ライオス、何を求めて迷宮に潜るのだ?

 

 ガネーシャの声が聞こえる。普段の大声ではなく、切羽詰った重い声だ。

 

「……考えた事ない……」

 

 冒険者として腕試し、地位や名誉、どれも欲しいとは思わない。ただ、生きていく方法がこれしかなかった。何故こんな生き方なのかと疑問さえない。

 

 ――それなら、僕とパーティを組んでくれませんか?

 

 ただ、独りでも迷宮に潜り続けたベルを見ていて、駈け出しだった頃に初めて報酬を得た感覚を思い出す事はある。彼のような純粋さを羨む気持ちもあっただろう。

 

「……どうして、迷宮に潜りたいのか……。これから考えていくよ」

 

 心から明るい気持ちが湧き起り、溌剌とした声を出せた。

 ガネーシャの呆れたような笑い声が聞こえた気がした。

 

 眠りから覚める。

 視界に飛び込んできたのは、仏頂面のアスフィ。見慣れた寝床の天井。窓から見える空は夜のせいで暗い。

 

「あれ? 俺、バベルにいたはずじゃあ……。アスフィが運んでくれたのか?」

 

 無理やり眠らされたような不快な感覚を振り払い、ライオスはアスフィに状況を確認する。

 

「バベルで倒れていたそうです。貴方が考えている以上に体が負担だったのでしょう。ちなみに運んだのは私ではなく、シュローというタケミカヅチ・ファミリアの方です。貴方と顔見知りだとか……」

「シュローか、確かに以前はよくパーティを組んだ仲だよ。今度、お礼、言っておく」

 

 体の間節を確かめる為、ストレッチするライオスをアスフィは意味深な目つきで眺めてくる。その視線が気になる。

 

「何か言いたい事でもあるのか?」

「いえ、ただ……今日、迷宮に潜らなかった事を悔しがる貴方を想像したら、ちょっとだけ気分が良いんです」

 

 不敵に笑うアスフィは軽い足取りで部屋を出て行こうとしたが、扉のところで振り返る。

 

「そうそう、『豊穣の女主人』に行ってみると良いですよ。貴方の回復祝いも兼ねてね」

 

 回復祝いはともかくとして、確かに『豊穣の女主人』には行きたい。前回は誰かさんのせいで、行き損ねたのだ。

 

「センシかヴェルフを誘って行くか、……シュローにも声をかけてみるかな……」

 

 手持ちの確認をして、ライオスは出掛ける。こっそり見送るアスフィは、やはり不敵な笑みを崩さなかった。

 シェローは生憎と本拠におらず、結局、センシとヴェルフを捕まえて『豊穣の女主人』を訪れた。

 

「おや、ライオス。聞いたよ、ついに団長に絞められちまったんだって? あんまし、美人を怒らせるもんじゃないよ」

 

 豪快な笑いで迎えてくれたミアお母さんにペコペコと頭を下げながら、ライオス達は適当な席に着く。注文を取りに来たシルが天真爛漫な笑みを見ながら、耳打ちしてくる。

 

「今、2階にベルさんが来てます」

「ベルが? また、どうして……怪我でもしたのか?」

 

 本拠では養生しきれない怪我を負った時、ベルはミアお母さんの厚意(料金は請求される)で2階に寝させてもらえる時がある。

 

「ベルって、ベル・クラネルですか?」

「そうじゃな。そういえば、ヴェルフはまだ会った事なかったのう」

 

 ライオスの心配を余所に、センシとヴェルフは2階の方角を見やる。彼らにつれられて2階を見やってから、シルはにっこり微笑んだ。

 

「実は……ベルさんが上層に迷い込んだミノタウロスを独りで倒したんです……。ロキ・ファミリアの方も見ていたので、まず間違いありません」

 

 もたらされた情報にライオスは、頭を抱えて絶句した。

 

「ど、どうした!? ライオス?」

「頭が痛いんすか?」

 

 慌てる2人に答えるつもりはなく、心底、悔しそうに顔を歪めたライオスは呻いた。

 

「……俺も、行けば良かった……。折角のミノタウロスがぁ……」

 

 目に涙を浮かべてまで、ライオスは机に突っ伏す。

 

「ライオスさんって、こういう人だったんっすね」

「たまーにな……。これさえなければのう……」

 

 心配して損をしたセンシとヴェルフは呆れた表情で、シルに「とりあえず、エール」を頼んだ。

 




閲覧ありがとうございました。
やっと出せたシュローは、タケミカヅチ・ファミリアです。むしろ、ほかの所属が思いつかない。

オラリオってウナギ食べますよね?きっと、食べてます。

ミノタウロスのシーン、ライオスは不参加です。本人、涙目。一緒にいたら、ベルが活躍できませんからね。ごめんね。

フレイヤが思ったより、色っぽく書けませんでした。難しいなあ。

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