転校先はアンツィオです!   作:ベランス

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 以前兄にWoTを勧めたらなぜかガルパンおじさんになっていた。会うたび勧めてきて辟易していたが先月DVDを送りつけられたので僕もガルパンおじさんになった。


01

 日本戦車道を代表する流派、西住流家元の家系に生まれた西住みほは全国大会のあれこれとか色々あって戦車に乗るのが嫌になっていた。

 

 時刻はすでに日を跨ごうとしており、また一日あの日を過去に変えていく。だが身を隠すように部屋の照明を消し、液晶モニタの薄明かりに照らされるみほの目に光は戻らない。

 

 みほの虚ろな視線の先、パソコンモニタに表示されるブラウザではいくつかの学校の情報がタブで開かれては閉じられていく。画面上に残った学校に共通するのは彼女の住む熊本から遠く、そして戦車道の授業を実施していないということだ。

 

 あの日以来、未だみほは母と目を合わせることが出来ずにいる。単純に母のことが恐ろしかったというのもある。しかしそれ以上にみほには母への、戦車道への失望があった。

 

 みほはあの日の行動が絶対に正しかったとは思っていない。自分のせいで先輩たちの最後の大会をふいにしてしまったのだ。あのときは必死で何も考えられなかったが、他にやりようはあったはずだという後悔の念は強い。学校にいる間、誰もが自分を苛んでいるような感覚は甘んじて受け入れていた。

 

 だが、母から告げられた「勝利のためなら犠牲もやむなし」という言葉には到底納得することはできなかった。仲間を助けたい、そんな当たり前の想いを否定する戦車道をみほはもう受け入れることはできなかった。

 

 そんなみほに家政婦から言伝られたのは「転校先に希望があるなら言うように」という言葉だった。心配する家政婦の声も耳に届かず、ついに母から捨てられたのだと絶望するみほはこうして自室で機械的に学校を選別していた。

 

 

「戦車道やってない学校って、結構あるんだ……」

 

 

 学校のHPを開き、戦車道の文字を見ては閉じる。そうやって半ば無意識に学校をふるいに掛けていくうち、みほの口から知らず驚きの声がこぼれる。

 

 彼女の傍には生まれた時から戦車があった。そんな彼女にとって戦車と無縁の世界というのは想像し難いものである。そんな世界がモニタの向こうには確かに存在している。仲間を犠牲にしただ勝利のみを求める、そんな恐ろしい戦車道から離れることが出来る。みほの意識は失意の底から浮上し、その瞳には希望が宿り始めた。

 

 

「アンツィオ高校、大洗女子学園、竪琴高校、……アンツィオ?」

 

 

 条件に沿ってリストアップした高校をさらに選別しようとするみほは見覚えのある学校名に手を止める。アンツィオ高校は去年の戦車道全国大会に出場していたはずだ。初戦で敗退したチームだが、まともな戦車は三輌で後は豆戦車という、みほの在籍する黒森峰に比べ出場戦車の数も性能も圧倒的に劣った戦力で奮闘する姿は記憶に残っていた。

 

 

「そっか、授業要綱になくても部活でやってる場合もあるんだ」

 

 

 残った学校の部活動のページも調べなくては。そう考えアンツィオのHPを閉じようとするみほだったが、モニタの半ばでマウスカーソルは動かなくなった。震えるカーソルがゆっくりと、ページ上の写真画像をなぞっていく。勇壮な表情で豆戦車に乗るツインテールの女の子、の背景に映るイタリア調の町並み、の隙間からみほのよく知るあるものが覗いていた。

 

 

「な、なんでボコがアンツィオに!?」

 

 

 みほは目を見開きながら検索バーに文字を打ち込む。『アンツィオ ボコ』、エンターキーが叩き付けられ、検索結果には『アンツィオ高校学園艦ボコランド』という見出しが映し出されていた。

 

 

 

 

 アンツィオ高校戦車道部の部長室で総帥(ドゥーチェ)ことアンチョビは、書類の束と額をつき合わせ唸り声を上げていた。それらは戦車道部の収支報告書で、愛らしい顔に似合わぬ眉間の皺から芳しくないものであることが窺える。

 

 

「ようやく新戦力の導入に目処が立ったとはいえ、これじゃあ訓練も覚束ないなぁ」

 

 

 アンツィオはかつて戦車道の盛んな学校だった。だが結果が伴わないことから徐々に衰退し戦車道のカリキュラムは廃止され、アンチョビが入学したころには数名の有志が運営する同好会として辛うじて存続しているという有様だった。

 

 理事会のてこ入れとアンチョビの手腕とで去年から公式戦に参加するまでに持ち直したが、予算不足もあって未だ先行きが明るいとはとても言えない状況だった。

 

 

「P40の購入に昨年のセモヴェンテのレストア。必要なこととはいえ秘密予算もパァだ、はぁ……」

 

 

 これはおやつだけじゃなく宴会の数も減らさないと駄目か。でもそれでみんなのやる気が下がっちゃ元も子もないもんなぁ。

 

 普段は勝気で陽気なアンチョビだが、未だ暗雲の晴れないアンツィオ戦車道部に物憂げなため息がこぼれるのを抑えられない。中学戦車道で好成績を残し母校のチームを引っ張ってきたアンチョビだが、西住流や島田流のようなちゃんとした流派を修めているわけではない。当時とは違い顧問もいない今、そのか細い双肩に後輩たちを導いていく責任は余りに重かった。

 

 

「後一人くらい、戦車道に明るい人材がいてくれたらなぁ」

 

 

 髪が乱れるのも気にせずアンチョビは力尽きたように机に突っ伏す。二人の副隊長もよく支えてくれているが、今年度入隊してくれた一年生たちを指導するには手が足りない。予算も手も回らない、それがアンツィオ戦車道部の現状だった。

 

 

「ちーッス、アンチョビ姉さん!」

 

「うぉ!?」

 

 

 彼女のチャームポイントであるツインテールがばらりと机に広がった瞬間、暗い空気を払う元気な声と共に部長室の扉が勢いよく開かれた。すっかり油断していたアンチョビは間抜けな声を上げて跳ね起き、目を丸くして扉に振り向いた。

 

 

「あれ、姉さん今頃昼寝っすか? 駄目ですよ夜はしっかり寝ないと、大きくなれませんよ?」

 

「そんなに小さくないだろ! って、ペパロニか。今日は練習は休みだぞ」

 

「知ってますよ、燃料あんまないっすもんねぇ」

 

「そうなんだよ、はぁ」

 

 

 闖入者ペパロニに声を荒げるアンチョビだったが、それもすぐに萎れてしまう。アンツィオ戦車道部の部員は現在42名、その内アンチョビと副隊長であるペパロニ、もう一人の副隊長のカルパッチョ以外は戦車道経験のない一年生だ。だからすこしでも多くの練習時間が必要なのだが、予算不足がここでも響いてしまう。戦車を動かす燃料代の確保すらままならないのだ。

 

 

「ペパロニ、屋台の方はいいのか?」

 

「ああ、今日は臨時休業なんすよ。まぁ一昨日の売り上げも上々でしたんで」

 

「そっか、……悪いな苦労かけて」

 

 

 アンチョビを慕う隊員たちは、そうして出来た余暇を各々屋台を開き部費を稼ぐことに使っている。今ではみんなプロ顔負けの料理人だ。自分が守るべき後輩たちがそんな状況にあることに、予算との睨めっこで気落ちしていたアンチョビは顔を歪ませる。

 

 壇上に立ち隊員を指導するときは決して見せない弱気な素顔を覗かせるアンチョビをペパロニはかかと笑うと、手近な椅子に腰を下ろす。

 

 

「なーに言ってんすか姉さん、戦車も料理も楽しいっすよ! あ、そうだ! 楽しいっつったら今日、うちのクラスに転校生が来たんですよ」

 

「へぇ、珍しいなこんな時期に」

 

「でしょ? で、そいつがいっつもあわあわしてて見てて面白いっつうか楽しいやつで」

 

 

 気を遣ってくれたのだろうか、とペパロニの振る唐突な話題にアンチョビは苦笑する。能天気な言動の多いペパロニだが、重責を担うアンチョビはそれに救われることも多い。カルパッチョは知略面で、そしてペパロニは精神面でアンチョビを支えてくれている。

 

 自分にはもったいない副隊長たちだ。そうだ、これで不足だなんて思ってたらバチが当たってしまうな。

 

 楽しそうに話すペパロニの顔を見つめるアンチョビは、先ほどまでの胸のしこりがすっと溶けていくような感覚を覚えた。

 

 

「アンツィオの飯は美味いだろみほ、って聞いたらまるで友達みたい! って。一緒に飯食ってんのに今更!? って感じで笑っちゃって」

 

「あー、うちは同じ釜で茹でたパスタを食べたらみんな友達だもんな」

 

「ですよねぇ、そしたらみほ、あっそうだ、そいつ西住みほっていうんですけど、みほが」

 

「ちょ、ちょっと待て! 西住ってあの西住か!?」

 

「ええ、うちのクラスの西住っすけど?」

 

「いや、じゃなくて西住流の西住なのか!?」

 

 

 穏やかな気持ちでペパロニの取り留めのない話に耳を傾けていたアンチョビだったが、不意に話題に上った名に耳を疑った。さっきまでの後ろ向きな思考の片隅に浮かんだ西住の姓、もしやペパロニの言う転校生とは西住流の関係者なのだろうかと思わず腰を浮かせて立ち上がる。

 

 

「違うっすよ?」

 

「だ、だよなあ」

 

「西住流はお姉ちゃんで私は違うって言ってました」

 

「あの西住流がうちなんかに来るわけな……え?」

 

「あ、なんかってなんすか! うちはいいとこですよ、お金ないけど!」

 

「ごめん! じゃなくって、西住流の人間が転校生なのか!?」

 

「いや、西住流はみほのお姉さんのほうで」

 

「それはもういいから!」

 

 

 ペパロニとの問答に、一旦下ろしかけた腰を再び上げ、アンチョビは立ち上がる。その瞳には先ほどまでの穏やかな色とも憂いの色とも違う、獲物を狙うぎらついた輝きが宿っていた。

 

 

「ペパロニ!」

 

「どうしたんすか姉さん」

 

「勧誘しに行くぞ、案内しろ!」

 

「え、でも」

 

「うちにはお金もない、戦車もない、燃料もない、だがノリと勢いはある!」

 

「パスタもありますよ姉さん!」

 

「そうだ! ノリと勢いとパスタ、そこにあの西住流が加わってみろ」

 

「っ! サイキョーじゃないっすか!!」

 

 

 突然立ち上がったアンチョビに驚くペパロニだったが、まくし立てられるアンチョビの言葉に釣られ同じく立ち上がった。コブシを握り、最強のチームになったアンツィオ戦車道部を夢想し鼻息を荒くする。

 

 しかし演説の途中で挟みかけた自身の言葉を思い出し、握り締めたコブシを解いた。トレードマークである三つ編みのもみ上げを弄りながら、ペパロニは遠慮がちに口を開く。

 

 

「あー、でもっすね姉さん」

 

「どうしたんだ、さっきから」

 

「多分無理っすよ」

 

「なんで」

 

「何でこの時期に転校してきたのかって聞いたんですよ。そしたらなんか前の学校で、あ、黒森峰だ。黒森峰であったらしくて。それで戦車道が嫌になって転校したらしいんですよ。だから、多分無理っす」

 

「黒森峰……、西住妹? あっ」

 

 

 ペパロニらしくない消極的な態度に訝しむアンチョビだったが、その理由を聞いて納得した。また同時にペパロニの言う通りアンツィオ戦車道部に勧誘することは難しいとも悟ってしまった。

 

 

「あの試合のせいか……」

 

「知ってんすか?」

 

「ああ、去年の決勝戦でな。試合中黒森峰の車両が一輌濁流の川に落ちたんだ。それでその子はな、自分が乗ってる戦車から降りて助けに行ったんだよ」

 

「さっすがみほ! ん? すげー良い事じゃないっすか」

 

「そうなんだが、彼女は副隊長で、乗ってた車両はフラッグ車だったんだよ。車長がいなくなったフラッグ車はプラウダにやられて、黒森峰は優勝を逃したってわけだ」

 

「なるほど……ん? そりゃ残念ですけど普通助けに行きますよね?」

 

「うちはそうかも知れないけどな。他所は他所、うちはうちだ。十連覇を逃したー、なんて想像もつかないし」

 

 

 アンチョビはアンツィオ戦車道部発展のための努力に余念はない。当然去年の全国大会は、敗退後も他校の戦力を測るためチェックを怠っていない。

 

 棚から焼きたてのピッツァな興奮が治まれば、黒森峰と西住妹というワードからなぜ転校したのかは自明だ。決勝戦のあの状況を中継で見ていたアンチョビは、西住みほの行動に好感を抱きつつも、彼女の今後を想像し同情したものだった。

 

 アンツィオは今が楽しければそれでいいという考えの生徒が多い。仲間を見捨てて勝つよりも、仲間を助けて負けたほうが楽しめる。勝っても負けても宴会はするのだし。だが他校も同じ考えをするとは限らない。きっと西住みほは、黒森峰と戦車道から逃げてきたのだ。

 

 

「ってお前! 初対面でいきなりそんな質問したのか!」

 

「そりゃあ聞いた後は悪いと思いましたけど、そんな事情なんて知りませんでしたし……」

 

「こんな時期に転校なんて何か深い事情があるって思うだろー! ちゃんと謝ったんだろうなっ?」

 

「もちろんっすよ! お詫びに昼飯奢りましたし」

 

「ならいいけど……でも残念だなぁ」

 

 

 事情を察してしまえば、さすがにそんな子を無理やり戦車道の道に引き込もうとまでアンチョビは思えなかった。件の転校生は強豪黒森峰の副隊長を務めた実力者だ。喉から手が出るほど欲しい人材だったが、アンチョビは非情に徹することが出来ない人間だった。

 

 

「そうっすねぇ。西住流とかは別にどうでもいいんすけど、みほと戦車やれたら楽しいだろうなって思ったんで」

 

「あー、そうだな。うん、西住流だろうが島田流だろうが関係ない。仲間が増えるのは嬉しいことだ」

 

「じゃあ歓迎会っすね!」

 

「よし! 盛大に歓迎してやるぞ! じゃなかった、西住を勧誘するのは諦めようって話だったろうが! もう! そうやって事あるごとに宴会やってるのもうちが貧乏な理由なんだぞ」

 

「えー、でも宴会やりたいっす。姉さんだってそうでしょ」

 

「まーそれはそうだが。じゃあ転入生歓迎会だな。でも戦車道部の総帥がいて嫌がらないかなぁ」

 

「あのー、ドゥーチェ? ペパロニ?」

 

 

 アンツィオはノリと勢いと、陽気な優しさはどこにも負けない。そんなアンツィオ精神を体現するようなペパロニと話すうちに、すっかりアンチョビはいつもの調子を取り戻していた。そうして歓迎会についてあーだこーだと盛り上がる二人に、開けっ放しだった扉から呼びかける声がした。

 

 

「おお、カルパッチョ。いい所にきた、ペパロニのクラスにきた転入生の歓迎会なんだが」

 

「カルパッチョにも紹介するよ、みほもおっとりしてるから気が合うかもな!」

 

「はぁ、その西住さんなんですが」

 

 

 二人が振り向いた先にいたのは、もう一人の副隊長のカルパッチョだ。困った顔で溜息をつくカルパッチョが体をずらすと、その後ろから恐縮そうに身を縮こませる一人の女生徒の姿が現れる。

 

 茶色がかったボブカットの、どこか小動物めいた少女だ。アンツィオ高校の制服を着ているが、アンチョビには見覚えがなかった。いや、雰囲気はまるで違うがその顔立ちはアンチョビも知るある人物によく似ている。

 

 

「カルパッチョ、お前まさか」

 

「あっれ? みほじゃん」

 

「やっぱり! 何でここに連れて来ちゃったんだよ!」

 

 

 その少女こそ今まさに話題の中心人物だった転校生だ。強豪黒森峰の隊長、西住まほの妹にして去年の全国大会で副隊長を務めた猛者。そしてその大会で起きたある事件をきっかけに戦車道を厭うようになったのだろう、西住みほである。

 

 日本戦車道を二分する流派、西住流の人間であり、その技量も知識も優れているだろう。そして何より、身を挺して仲間を救おうとした心優しき少女でもある。アンチョビにとって是が非でもチームに入って欲しい人材だ。だが転校してまで戦車道から離れようとしているみほを無理に誘うことを、アンチョビは許すつもりはなかった。

 

 だから勧誘は諦めたし、ペパロニもその考えに賛同していたというのに、まさかカルパッチョが連れてくるとは思わなかった。カルパッチョはアンツィオ生にしては珍しく落ち着いた性格をしている。だがそれでもアンツィオ生なのだ、西住姓と聞いて勢いで引きずってきたのかもしれない。

 

 

「いえ、私が来たとき部屋の前で手持ち無沙汰にされてたんですけど。お客さんじゃないんですか?」

 

「え、そうなの? え、じゃあまさか!」

 

 

 何やら失礼な勘違いをされていると感じ憮然とするカルパッチョだったが、彼女の言葉にアンチョビは驚き気づかない。

 

 自主的に戦車道部の部室にまで来てくれたということは入隊希望なのか? 別に転校の理由は戦車道が嫌いになったからというわけじゃないのか? じゃあ我がアンツィオ戦車道部は期待の新人を迎え、一層の躍進を遂げるのか! アンチョビは目を輝かせた。

 

 

「あ、自分が連れて来たんでした」

 

「はー!?」

 

 

 そんなアンチョビの喜びも、やっべ、という顔をしたペパロニのせいで一瞬で終わってしまう。

 

 

「いやー、学校案内のついでに姉さんにも紹介しようと思ったんですよ。話が盛り上がって忘れてました」

 

「あほかお前は! 西住が戦車嫌いだってわかってたんだろ、何で連れて来るんだよ!」

 

「そうっすけど、でも姉さんに紹介するのとそれは関係なくないっすか?」

 

「そ、そうかも知れないけどさぁ」

 

 

 やいのやいのと再び騒ぎだすアンチョビとペパロニ。頬に手を添える仕草をしてそれを眺めるカルパッチョ、その隣で話題の中心人物ながら蚊帳の外だったみほがおずおずと手を挙げた。

 

 

「あの」

 

「あ! す、すまん。ほったらかしにしちゃって。ごめんな? そうだ、学校案内ならコロッセオなんかどうだ? 本格的な造りで観光客にも人気なんだ。いつも何か催し物をやってるから楽しめると思うぞ?」

 

「いえ、そんなに気を遣ってもらわなくても大丈夫です」

 

 

 みほが声をかけたことで我に返ったアンチョビは、慌てて彼女の元に駆け寄り謝罪した。ペパロニのせいで待ちぼうけにさせたことと、みほが嫌う戦車道の部室にまで連れてきてしまったことに関してだ。焦った様子でまくし立てるアンチョビにみほは苦笑を浮かべて首を横に振った。

 

 

「でもなぁ、その、私は去年の試合、見てたから」

 

「……大丈夫です。おかげで少し、楽になれました」

 

「え?」

 

 

 みほの言葉にきょとんとした表情を浮かべるアンチョビ、そんな彼女をみほとカルパッチョは目を見合わせて静かに笑った。

 

 

「私、黒森峰女学園から転入してきました、西住みほです」

 

「あっと、遅れてすまん。私がアンツィオのドゥーチェ、アンチョビだ。こっちが副隊長のペパロニで、って同じクラスだったな。そっちが同じく副隊長のカルパッチョ、も知ってるのか?」

 

「はい、お話させていただきました」

 

「ドゥーチェとペパロニが話し込んでる間に、です」

 

「う、すまん」

 

「しょうがないっすねードゥーチェは」

 

「そもそもの原因はお前だろー!」

 

 

 自己紹介のはずがすぐに漫才めいた騒ぎに変わってしまう。みほはそんな二人の様子を見て漏れ出す笑いをかみ殺すが、肩の震えは隠せなかった。

 

 

「アンチョビさん」

 

「大体お前はいつもいつも――ん?」

 

「もしよかったら戦車道の活動、見学させてもらえませんか?」

 

「そりゃあ構わないけど……いいのか?」

 

「はい」

 

 

 ペパロニの髪をわしゃわしゃして懲らしめていたアンチョビは、みほの意外な要望に驚いた。出来れば入隊して欲しいが無理強いするつもりもないアンチョビは思わず聞き返すが、みほははっきりと頷いて見せた。

 

 

「ペパロニさんたちが戦車に乗っているところ、見てみたいんです」

 

「そうか」

 

 

 アンチョビにはみほの心境が変化した理由がわからなかった。だが、それがいい方向に変わろうとしている変化だということはわかった。ならば鉄は熱いうちに打て、だ。アンチョビは鞭を振り上げ二人の副隊長に指示を出す。

 

 

「よーし!」

 

「ドゥーチェ、今日はお休みです。練習場の使用申請も出してませんし」

 

「燃料ないっすからねー」

 

「そ、そうだったな」

 

「あはは……」

 

 

 ……前にカルパッチョに止められてしまった。そしてあっけらかんとペパロニがダメ押し。がっくりと肩を落とすアンチョビに、みほは曖昧に笑った。

 

 

「うちは貧乏だから毎日練習はできないんだよ。悪いけど、見学は明日だな。明日の放課後に練習場に来てくれ。案内はペパロニ、頼んだぞ」

 

「任せてください姉さん!」

 

「いいか? 案内の途中で放り出したりするんじゃないぞ」

 

「やだなー、そんなことするわけないじゃないっすか」

 

「ついさっきやってただろ! もう、早く学校案内に戻ってやれ」

 

「うっす、行くぞみほ!」

 

「はい、よろしくお願いしますペパロニさん」

 

 

 全くこいつは……、と頭を抑えるアンチョビに元気よく応えたペパロニはみほの手を引いていく。みほは少し慌てた様子だったが、嬉しそうにペパロニの後を追う。

 

 

 

「今日はありがとうございました、アンチョビさん、カルパッチョさん。失礼します」

 

「うん、ペパロニのこと頼んだぞ。また明日会おう」

 

「みほさん、また明日」

 

 

 部長室に残る二人に会釈を残し、ペパロニに引きずられるようにみほは退出していった。主にペパロニの、騒がしい声がゆっくりと閉じられた扉の向こうに消えていく。アンチョビはみほに振っていた手を下ろし、傍らに立つカルパッチョに声をかける。

 

 

「いい子だったなぁ」

 

「そうですね、とてもいい子でした」

 

「いいのかなぁ」

 

「大丈夫だと思いますよ」

 

 

 みほたちが出て行った扉に目を向けながら交わされたのは、主語もなければ特に意味もない会話だった。物憂げな顔のアンチョビと微笑みを浮かべるカルパッチョ、二人は対照的な表情で新しいアンツィオ生のことを考えていた。




ガルパン歴一月の未熟おじさんですが、映画館が工事し始めた怒りとノリと勢いで書きました。ゆっくりやっていこうと思うのでよろしくお願いします。

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