友人たちと一緒に食事をするという、高校生になって初めての経験をしたみほ。同時にお喋りに夢中になって昼休みを超過し、午後の授業に遅刻してしまうというよろしくない初経験も得てしまった。また、遅れて教室に入ってきた生徒たちを教師が大して気に留めなかったということも、転校生のみほにとって割りと衝撃的な初体験だった。
「昼食の後はどこのクラスもこんなもんだからな。たまに先生が遅れてくることもあるんだ」
いつの間にかみほの隣に座って授業を受けるペパロニの談である。アンツィオ高校では一般的な日本の学園にある席替えのような風習がなく、生徒たちが座る席を自由に決めていいらしい。
「特にこっちに来たばっかの先生なんかさ。時間になっても全然来ねーから職員室に行ってみたら、先生は寝てますー、なんてこともあってな」
「えっ、一体どうしたんですか?」
「他の先生に誘われてバールでワインを飲みすぎたんだってよ、笑えるよなー」
「ええ? ワイン? な、何で?」
「なー? 昼のワインで酔い潰れるなんて傑作だろ? 今じゃ定番のアンツィオ小噺の一つさ」
いや、そうじゃなくて。何で昼間から、しかも授業がある平日にお酒飲んでるの?
そんな他校から来た人間としては当然のみほのツッコミだったが、それが放たれることはなかった。
「面白そうな話をしてるわねペパロニ?」
いつの間にか二人の席の前に立っていたにこやかな笑みを浮かべた教師が、教鞭を弄びながら二人の前に立っていたからだ。ペパロニはぎくりと背筋を伸ばし、顔を教師のほうに向け愛想のいい笑みを返す。
「い、いやー、アンツィオの先生は美人ばっかって話を転校生に教えてたんすよ。特に先生なんか、メガネが知的で出来る女って感じだなー、って」
「あら嬉しい、授業が終わったら先生の所に来なさい。私に直接聞かせてちょうだい?」
メガネの奥の笑っていない瞳に射抜かれ、ペパロニはうなだれながら、了解っす、と答えた。
「で、その先生ってのがあの先生なんだよ。すっかり忘れてた、やっべー」
再び教壇に戻っていく教師の背を見送りながら、ペパロニは声を潜めて言った。にやにやと笑うクラスメートたちに手で追い払う仕草をするペパロニを横目に、いかにも真面目そうな女教師の授業を聞きながら、艦が違えば学園の校風も全く違うんだなぁ、とみほは改めて思った。
「ごめんなさい、ペパロニさん」
一日の授業が終わり、一気に騒がしくなった廊下をペパロニの後を追ってみほは歩く。これから遊びに行く予定を話しながら歩く生徒たちや、各々の所属するクラブに向かおうとする生徒たちと、逆行するように歩くペパロニの背に向かってみほは声をかけた。
あの後教師に呼び出されたペパロニはこっぴどく叱られ、ということもなく、転校生に学校を案内するように頼まれていた。放課後の予定といえばいつものように屋台を開くくらい、それも気侭な自営業、なペパロニは、任されたっす! と二つ返事で了承。今こうして鼻歌を歌いながら、みほを連れて案内すべき最初の名所に向かって歩いている。
一方教師とペパロニの会話自体は知らないみほにとっては、罰として学校案内をさせられているように見えてしまう。お喋りを咎められて呼び出されたわけで、そのお喋りの相手とは自分なのだ。責任の一端は自分にもあるはずなのに、自分は案内してもらう立場。みほは、迷惑をかけてばかりだな、と申し訳なくなっていた。
「みほは気にし過ぎなんだっつーの。今日はチームも休みだし、屋台のほうも一昨日たんまり稼いだからなー。たまにはダチとブラブラするのも乙なもんさ」
歩みを止めず、顔だけを向けてペパロニは笑って言った。その言葉にみほはハッとする。
ダチ。友達。そうだ、私たちは友達なんだ。友達に無用な遠慮をすることは返って失礼になるんじゃないか。せっかく皆が歩み寄ってくれているのに、私が近づこうとしなくてどうするというんだ。
いつまでも後ろ向きではいけない、前に進まなくては。闊達な表情で進むペパロニの後ろで、みほは真剣な表情で頷いた。
「ペパロニさん」
「んー?」
「チームはお休みって。ペパロニさんは何か部活をやってる、の?」
転入から質問ばかりを受けてきたみほが、自分から相手を知ろうと質問を投げかけた。意識して敬語を使わないようにしたのも相手との距離を縮めるポイントだ。
そんなみほが捻り出した問いを受けて、ペパロニはぴたりと足を止めた。ニィッと悪戯っぽい笑みを浮かべ、みほに振り返る。
「お、聞きたい? 聞きたいかぁ、しゃーねーなー! ふふん、聞いて驚け! このペパロニはな、せ……」
「せ?」
「せ、せっかくだからあとのおたのしみにしようとおもう」
「え~」
そうしてペパロニは得意げに口を開くが、言い切る前にピタリと途切れてしまった。その不自然な様子に少し訝しげにするみほだったが、先のペパロニの自慢げな調子もあって、ギクシャクと続いたペパロニの言葉を素直に受け取っていた。
焦らされて、これも友達同士の会話の妙だと無邪気に喜ぶみほに背を向け、再び歩き出すペパロニの額に冷や汗が流れる。
あぶねー、またやっちまうとこだった!
尊敬するドゥーチェと共に歩む戦車道部に所属し、そこで副隊長を務めるのはペパロニにとってこの上ない名誉である。例え現在戦車道競技に斜陽の兆しがあろうと、アンツィオ戦車道部が二進も三進も行かない弱小チームだと他校に思われているとしても、ペパロニはその事を周囲に自慢して回りたいくらいに誇りに思っている。
「それじゃあ、今はどこに向かってるの?」
「そうだなぁ、やっぱまずは食堂を案内しねーとなー」
「え? 食堂はお昼に行きましたよね?」
「え? 一箇所だけだろ?」
「えぇ?」
だがペパロニにもそんな衝動を堪えるだけの分別はあった。ぶちまけようとしたのが今朝方地雷を踏み抜いたばかりの相手ならなおさらだ。自分の後ろをカルガモのひな鳥の如く付いてくるみほの表情を盗み見て、ペパロニは自身の堪え性に胸を撫で下ろした。
アンツィオ高校は食への飽くなきこだわりを持つ学園である。その噂は常識というレベルで他所にも広く知れ渡っており、黒森峰で戦車道一辺倒の生活を送っていたみほでさえ聞いたことがあるほどだ。だがそれも所詮小耳に挟んだ程度、実際に目にしたわけではなくその熱意を理解してはいなかった。
「まさか食堂が三つもあるなんて」
みほは今しがた巡ったばかりの二つの食堂の様子を思い出し、呆気に取られたまま呟いた。今朝話しかけてくれたクラスメートが営む屋台のジェラートをペロッと舐め、文化の違いを実感する。濃厚なイチゴの果汁とキンと冷たい舌触り、一生徒が作っているとは思えない妙味に深い情熱も感じられる。
敷地が広いから複数の食堂がある、というわけではなく、それぞれがジャンルの違う食事を提供する食堂である。
一箇所は世界三大料理の一つフランス料理を提供する食堂で、もう一箇所は和食を中心に提供する食堂だ。欧風な空間にポツリと存在する和風な食堂は異質に見えたが、やはり根は日本人のためか放課後にも関わらず多くの生徒で賑わっていた。だがペパロニが言うにはもっとも人気なのがみほたちも昼に行ったイタリアンの食堂だそうで、アンツィオに根付いたイタリア文化の根深さが覗える。
「あん? 黒森峰には一つしか食堂なかったのか?」
「うん、そうなんだ。もちろん先生もビールなんか飲んでなかったし」
「かー! そいつら人生損してるぜー! 美味いもんを楽しく食う、それが生きる幸せってやつさ。うちの奴らはみんなそれを知ってんのさ」
別に食堂の多さでそこまでは計れないと思うけど。
そう思わないでもないみほだったが、周りに視線を巡らせるとペパロニの言うことが深い説得力を持っているように感じられた。
今二人が歩くのは校舎から外に伸びる屋台通りとも呼ばれる道で、道沿いにはたくさんのカフェテラスや生徒の開く屋台がひしめいている。辺りにはたくさんの人たちが楽しそうに食事を楽しんでいる声と姿がある。生徒たちはコーヒー片手に下らない話に熱中し、大人たちは取り留めのない話で盛り上がりながらワイングラスを傾ける。大人も子供も、年の離れた友人のような気安さで笑い合っている。
もちろん黒森峰がギスギスした空気の中で食事を取っているというわけではない。誰だって美味しいものを食べれば頬が緩むものだ。だがそれでもアンツィオの食事の楽しみ方は、一般的なそれとは一線を画すような活気と陽気に満ち溢れていた。
「そうだね。私もそう思う」
今日初めて出会ったばかりの相手に、みほの口調も随分と自然にフランクなものになってきている。ペパロニの人柄か、アンツィオの空気に当てられてか。ともあれ切っ掛けは一緒に食事を取った、ただそれだけだ。
黒森峰は戦車道に限らず、文武両道を実現する名門校だ。食堂で供される食事だって生徒たちのために味にも栄養にも考慮して作られたものだった。だがみほは今日ほど食事が美味しく、楽しいものだと感じたことはなかった。
あの頃の私は余裕がなかったから何も感じられなかったんだろうか。それとも何も感じられないからああなってしまったのだろうか。
そんなことをみほが考えたとき、道の向こうから喧騒が聞こえ始める。ワッという驚きの声と囃し立てるような歓声、そしてけたたましいエンジン音。聞きなれない音だったがみほにはすぐにその正体がわかった。現用の自動車ともバイクとも違う、洗練されていない騒がしいそれは何十年も前に開発された古い戦車特有の音だった。
「あー! お前ら何やってんだー!」
「やっべ、ペパロニ姉さんだ! おいっ、止まれ止まれ!」
ペパロニが声を荒げながら戦車の前に躍り出た。身を乗り出してビラを撒いていたオリーブグリーンのパンツァージャケットを着た車長が慌てて停止指示を出し、その小さな豆戦車、CV33はペパロニの眼前で停車した。
「お前ら、練習が休みの日は戦車動かすなってドゥーチェが言ってただろうが」
「す、すいません!」
「うちは燃料買う金もかつかつだってお前らだってわかってんだろ」
腕を組みペパロニは威圧的な調子で戦車に乗る生徒を叱責する。戦車に箱乗りする車長は恐縮しきりな様子で平謝りしていたが、操縦手は覗き窓からペパロニに弁解する。
「もちろんっすよペパロニ姉さん! だからうちらこうして他の部の宣伝して、チームのために金稼いでるんす。戦車乗ってると目立つからって評判いいんっすよね」
「なぁにぃ~?」
ペパロニは腕を組んだまま戦車にツカツカと近寄っていく。残されたみほは戦車に乗る生徒たちが撒いていたビラを一枚拾い上げて目を通す。そこには週末にパンテオンで開かれるロマネスク美術部とルネサンス美術部のオペラ対決という、よくわからない宣伝が描かれていた。
「く~! お前らの心意気は副隊長であるこのペパロニが確かに受け取った! ドゥーチェには黙ってといてやる。アンツィオ戦車道部の宣伝力を見せ付けてやれ!」
「はい! 行くぞピアディーナ、気合入れて回せ!」
「よっしゃタラッリ! じゃあ姉さん、週末期待してて下さいっす! うちらの力で満員御礼にしてみせるっすよ~!」
ペパロニに見送られ、やる気を漲らせてカタカタと駆動音をかき鳴らしながら豆戦車が駆けていく。盛大に舞い上げられる宣伝用のビラを満足げに見やるペパロニは、背後で鳴ったサクッという軽い音で我に返った。
「あ」
恐る恐るといった様子でこちらに振り返るペパロニを、みほはジェラートが盛られていたコーンを齧りながら見つめた。最後の一口を口に収めながら、何やら口ごもるペパロニに何と声を掛けるべきかみほは数瞬思い悩む。
久々に戦車を目の当たりにしたみほの心は、自分でも意外なほど何も感じていなかった。戦車道を、戦車を忌避する気持ちは今でもみほの中にある。しかし、それと今見た光景とが結びつかなかったのだ。
「ペパロニさんのチームって戦車道だったんだね」
走り去っていった戦車が戦車道の試合では使い物にならない貧弱な装備だったから? 違う。あの小ささと足回りの良さは戦車道でも有用だと、叩き込まれた癖でみほは分析していた。
アンツィオの戦車道チームが黒森峰女学園と肩を並べるような強豪チームじゃないから? 違う。みほが戦車道を厭う理由にチームの強弱は関係ない。
戦車に乗っている子たちと、彼女たちと話すペパロニが、とても楽しそうに笑っていた。それがみほの知る戦車道とさっきの光景との違いだった。
「あーっと、その。実は私さ、えー」
あんなに生き生きとしていたペパロニが視線を泳がせて動揺している。今、彼女にはみほに対する遠慮があった。だがそこにあるのは、みほが黒森峰で周りから感じていた感情とは遠いものだった。みほはそれがくすぐったくて、くすくすと笑った。
「ペパロニさん、私は戦車道が嫌になって転校してきました。勝利だけを目的に戦車に乗るのが嫌になって、黒森峰から逃げてきました」
「うん……」
「でもね、私はペパロニさんの好きなことがもっと知りたいの。ペパロニさんがあんなに楽しそうにしてる戦車道のこと、ちゃんと知りたい。だって、お、お友達、だもん」
「みほ……」
お友達、と言う辺りで急に自分の台詞が恥ずかしくなってみほは顔を俯かせた。その頬には僅かに朱が入っていたが、口元は自然と弧を描いていた。
みほの言葉を聞き、ペパロニは目を見開いていた。頭をガシガシとかき乱してから、みほの隣に近づき俯いたままの彼女の肩をガッシと組んだ。
「きゃっ」
「みほー! おめー本当にいい奴だなー! だよなぁ、ダチに隠し事なんてなしだよな! たっぷり聞かせてやるぜ、我らアンツィオ戦車道部の栄光をさ!」
みほとペパロニは肩を組んだまま屋台通りを歩く。ずっと我慢していた反動か、ペパロニの話は止まらない。密着した状態で大げさな身振り手振りを交えて話すものだから、みほはまっすぐ歩くのにも苦労してしまう。
アンツィオ戦車道部がどれだけ素晴らしいか、今年の一年がいかに有望であるか、タンケッテの機動力がいかほど優れているか、導入予定の新兵器がどうして最強なのか。みほは聞き役に徹していたが、そこに辛そうな影は欠片もなかった。
「でな、そん時アンチョビ姉さんが、あっうちの隊長なんだけど、姉さんがまた変なこと言い出してさぁ。カルパッチョに突っ込まれてしどろもどろになっちまって」
「ふふ、ペパロニさんはその人のこととても好きなんだね」
「いやー、好きっつうか尊敬してるっつうか。すげー人なんだぜ、姉さんは一人でうちの戦車道を盛り返したんだ。うちらが入る前は同好会にまで落ちぶれてたらしいんだけどな、たった一年で公式戦に出るまで持ち直したんだってよ。私とカルパッチョもCVで出たんだぜ? 負けちまったけど」
負けた、みほの知る戦車道では許されなかったそれを話すときでも、ペパロニは悔しそうな口調ながら口元はにやけたままだ。
「そうだ。みほにもうちのドゥーチェを紹介するよ。姉さんも暇してるだろうしさー、あの人練習ない日も大体部室にいんだよな」
「でも」
「ああ、別に入隊しろってんじゃないぜ? まぁアンツィオに来たなら姉さんと顔合わせしといた方が都合がいいしな。姉さん顔広いからさ」
かつて副隊長を務めたみほである。練習のない日に隊長がいるということは何か事務関係の仕事をしているんじゃないかと思ったが、同じく副隊長だというペパロニがそう言うなら本当に暇しているだけなのかも知れない。
ペパロニが語る人柄とみほが知るものとは違う戦車道の隊長像に興味を持ったみほは、少し躊躇いを残しながらも頷いた。
「じゃあ、お願いします」
「オーケィ! じゃあ早速行こうぜ!」
ほとんど駆け足状態で二人が向かった部室塔。階段を上り、大理石風の廊下を突き当たったところでようやく二人は足を止めた。
「じゃあちょっと話してくっから。呼んだら入ってきてくれ」
そう言ってペパロニはみほを残し、戦車道とプレートが貼られた部室にノックもなしに入っていった。閉じられた扉の向こうから騒がしい様子が聞こえたが、言い争うような感じでもないのでみほは大人しく呼ばれるのを待つことにした。
「ま、まだかな」
すぐに呼ばれると思い緊張していたみほだったが、十分ほど経っても未だそんな様子はなかった。もしペパロニが元の用件を忘れてるんだとしたらどうするべきか。自分から入室するというのは人見知りの気があるみほには難しい。だがこうして待ち惚けるのも、さっきから廊下を行き交う部活生の視線が気になって辛いものがある。かといってペパロニを置いて帰るのは論外だった。
「うちに何かご用でしょうか?」
「え!? あ、はい、えっと、私は、その」
好奇の視線から逃れて下を向くみほの前に、いつの間にか人が立っていた。突然声を掛けられてしどろもどろになるみほに、その金髪の大人しそうな少女は首を傾げた。少女は部室の中から聞こえる喧騒になるほど、っと納得したように頷くとみほに優しく微笑んだ。
「もしかしてペパロニのお友達?」
「はい、そうです!」
「そうでしたか。私もペパロニの友人のカルパッチョです。……あら?」
その問いかけに勢いよく答えて顔を上げたみほに少女は一瞬目を丸くするが、すぐに軽い自己紹介で返事をした。そして何かを思い出すように再び首を傾げ、みほが自己紹介を返す前に口を開く。
「もしかしてあなた、西住さん?」
「そう、ですけれど」
初対面である少女、カルパッチョが自分のことを知っていることに不思議そうにするみほだったが、続けられた言葉に表情をなくす。
「転校生の名簿に気になる名前があったものですから、顔を見てすぐにピンと来ました。私も去年の公式戦に参加してたんですよ」
何でもないように話すカルパッチョだったが、みほにとってはとても重い内容だった。彼女の言う西住が単純に自分の苗字を指しているのではなく、西住流という意も含んでいると感じ取ったからだ。
ペパロニやクラスメートと話して浮かれていた心がすっと冷えていく感覚をみほは覚えた。戦車道を嗜む人間にとって西住と言う名の持つ意味は重い、戦車道の副隊長でありながら全く気にしていないペパロニが可笑しいのだ。そんなことは黒森峰での生活で十分にわかっていたはずなのに。
のこのこと戦車道部の前まで来たことを後悔するみほ、彼女の心にはあの頃の記憶がありありと蘇っていた。その一方でカルパッチョもまた自分の放った不用意な言葉に後悔していた。
カルパッチョは自分たちの隊長であるドゥーチェと一緒に去年の大会の内容を分析していた。当然決勝戦で何が起きたか、みほが何をしたかを知っており、そしてみほがどうして黒森峰から転校したのか推察できたのだ。
「あの、私、失礼します!」
「待って」
カルパッチョにはみほがどんな思いで転校したのかわからない、何と声をかければいいのかもわからなかった。だからカルパッチョは駆け出そうとするみほの腕を掴んで止め、中の声が聞こえるように部室の扉を少しだけ開いた。
みほはカルパッチョの手を振りほどこうとしたが、その見た目にそぐわない腕力と真剣な眼差しに抵抗を諦めた。逃げることは出来ず、カルパッチョと目を合わせられず、どうしようもなくなったみほの耳にペパロニと隊長の会話が勝手に入ってくる。
彼女たちはみほの決勝戦での行為を肯定し、そして西住流なんて関係ないと言ってくれた。みほが否定し否定された戦車道の、その隊長と副隊長がみほのことを肯定してくれたのだ。
「ねぇ西住さん。私は貴女がどんな気持ちで転校したのかわからない。でも私たちは貴女が仲間を助けたいと思ったということは知っているわ。そして、そんな素敵な人がアンツィオに来てくれたことを誇りに思うの」
「ありがとう、ございます」
「ふふ、可愛い顔が台無しね」
カルパッチョはそう言って、お洒落なハンカチでみほの目元を拭った。いつの間にか室内から聞こえてくる会話が漫才のようになっていて、みほとカルパッチョは声を殺して笑った。
「ペパロニもドゥーチェも面白い人でしょ?」
「はい。とっても素敵で、優しい人たちです」
また二人して小さく笑い、カルパッチョは開きかけの扉を引く。カルパッチョに続いて部室内に入るみほの心には未だ戦車道に対する抵抗感が残っていた。だがそれ以上に、この素敵な人たちと同じ時を過ごしてみたいと、そう思った。
たくさんのご感想まことにありがとうございます。こんなに評価されるとは思わず驚いております。これを励みにゆっくりと進めていこうと思いますのでよろしくお願いいたします。
そういやアンツィオ訪問のドラマCDあったなと参考に注意深く聞いていたら設定の取り返しがつかないことになってたので忘れることにする。この話は捏造設定だ。