転校先はアンツィオです!   作:ベランス

6 / 7
書いてる分には楽しかったです。何か前後編みたいな感じになったので続きは早めに投稿したいとは思う
あとオリキャラがでしゃばり始めたのでタグつけますね

あとがきは本編とあんまり関係ないので読まなくてもいいです


06

「エリデー、ほんとにこっちで合ってんのー?」

 

 

 踏み固められただけの路面を二人乗りのスクーターが走る。2ストロークエンジンの甲高いエンジン音に負けじと、後部座席に跨るアンナは声を張り上げて尋ねた。

 

 

「さっき標識があったじゃない。合ってるわよ、多分」

 

 

 ハンドルを握るエリデは気のない返事を返すが、彼女自身今進んでいる方向で道が合っているのか自信はなかった。

 

 地図上では戦車道演習場と銘打たれている彼女たちの目的地だが、実際には学園艦就航から未だ開発が行われていない広大なただの空き地だ。つい最近戦車道部が本格的な活動を再開するまで長らく放置されていた区画で、エリデが言う標識も足を止めて検分しなければ文字が読めないような荒れ具合だった。本当にあれが正しい方向を示しているのか、確信は持てなかった。

 

 

「お尻痛いしー。どうせならイケメン新聞記者さんの後ろが良かったな」

 

「うるさい王女様ね。別に置いてきても良かったのよ?」

 

「まぁみほの様子は気になるし、我慢してあげるよ」

 

「だったら黙ってなさいよ。あ、もしかしてあれかしら」

 

 

 軽口を叩き合いながらしばらく進むと、エリデの目に地面に打ち付けられた杭が映った。延々と続くそれが演習場との境を示しているのだろうか。近くまでスクーターで寄ってみると、それらにワイヤーなどは張られておらず簡単に進入できそうだ。何とも安っぽい仕切りだ。とはいえもし戦車が演習を行っている場所だとすれば、流石にほいほい入っていくつもりにはなれない。

 

 エリデとアンナは演習場が一望できそうな小高い丘に登ってみることにした。

 

 

「ビンゴ! 戦車がいっぱいいる、みほはどっちかな」

 

 

 一足早く頂上に上ったアンナは視界の先に広がる空間を見渡した。点在する木々で歪な楕円を描く荒野然とした演習場、その東端と西端に小さく戦車の群れが見える。アンナは首から下げた双眼鏡を持ち上げ、それらの中から転入してきたばかりのクラスメートの姿を求めた。

 

 

「んー、ん? アンチョビさんだ。わかりやすいなーあの人。お、ペパロニもいる」

 

 

 じゃあ反対側か、アンナは学校でのみほとの会話を思い出しながら双眼鏡を動かした。今見たチームと同数の戦車が並んでいる。どちらも数はそう多くはなく、アンナはすぐに目的の人物を見つけることができた。

 

 

「おお、みほはっけーん」

 

「私にも貸してよ」

 

「あ、ちょっともう」

 

 

 ニッと笑うアンナの双眼鏡を、少しばかり息を切らせたエリデが奪い取った。首紐が引っ張られて抗議の声を上げるアンナを無視して、エリデも演習場を見渡した。

 

 

「ふーん、セモヴェンテが一輌にCVが六輌ずつか」

 

「あれ、エリデって戦車わかるの?」

 

「ペパロニの屋台作ってやったときにちょろっとね。みほは、っと」

 

「あっちあっち」

 

 

 双眼鏡の首紐のせいで自然と顔を寄せ合い、二人はクラスメートがいるチームの方に顔を向けた。

 

 

「へぇ、みほってあんな顔もするんだ」

 

 

 

 

 みほたちのチームと反対側に布陣するアンチョビチーム。フラッグ車であるセモヴェンテの車上に腕を組んで立つアンチョビは、試合前特有の心地よい緊張感に包まれ瞑目していた。そこへ、CV隊を率いるペパロニが自車両から身を乗り出して声をかけた。

 

 

「姉さん、何でまたこんなことやろうと思ったんですか?」

 

 

 ペパロニの声には普段のアンチョビに対するものとは違う、僅かな不満の色があった。みほと戦車道をやりたい、という気持ちは彼女にもあるが、流石にこの状況は強引過ぎると思っていた。

 

 おかげで昨日、今日はみほと距離を開けた会話しか出来なかった。今回の作戦会議中は後輩たちの手前毅然とした態度を保っていたペパロニは、ここぞとばかりにアンチョビに問いただした。

 

 

「なんだ、ペパロニは反対か?」

 

「反対っつーか、相談に乗ってくれるって言ってんですから別に戦車に乗せなくても良かったんじゃないかって思います」

 

「一昨日も言ったろ。実際に戦車隊を指揮してみないと見えないものもあるって。我々の癖とかそういうの、体感した方がみほも助言しやすいだろ」

 

「でもそれ、うちらの都合じゃないっすか」

 

 

 宥めるように今回の演習を組んだ説明をするアンチョビだったが、ペパロニは納得する様子もなく口を尖らせた。そんな副隊長の態度にアンチョビは苦笑した。友人のことを心配しての反抗だ、快く思えど不快に思うことはない。

 

 

「そうだな。今回の件は私の都合、私の身勝手で組んだものだ」

 

「はぁ? 流石に怒りますよ?」

 

「まぁまぁ、お前も言っただろ? みほは戦車が嫌いなわけじゃないって。私も一昨日のあいつの戦車を見る目を見てそう思った。今回アンツィオの戦車道を体験してもらって、戦車道も悪くないって思ってもらいたいじゃないか」

 

 

 アンチョビはそう言いながら、あわあわと困惑しているだろうみほを思った。

 

 勝利至上主義の黒森峰とアンツィオの戦車道は違う。悲しいかな、かの高校と違って勝つ目があまり見えないということもその理由の一つだが。

 

 アンツィオの戦車道は勝利に向かって騒いで怒って笑い合って、楽しみながら皆で進んでいくものなのだ。アンチョビはそれをみほにわかってもらいたかった。戦車道は楽しいものだとみほにもう一度思い出して欲しかったのだ。言わば今回みほを巻き込んだのは、自分が好きなことを相手に嫌っていて欲しくないというアンチョビのエゴだった。

 

 

「戦車道は楽しくて、みほは大事な後輩だからな。いきなりうちのノリと勢いに巻き込まれて上手く動けないだろうが、うちの子は勝ち負けにはあまり拘らないし。いや、少しは気にして欲しいんだけどな」

 

「ふーん。でもみほのやつ、クラスにいる間ずっと考え込んでたからなぁ。私ともあんま話してくれなかったし」

 

「なに!? や、やっぱり強引過ぎただろうか」

 

「いやいや、姉さん」

 

 

 慈愛の眼差しで語るアンチョビだったが、ペパロニから試合前のみほの様子を聞いて慌てだす。さっきまではこの方法がみほにとってもアンツィオ戦車道にとっても最善だと考えていたが、一度勢いがせき止められると不安が沸き起こる。色々語ったが、最初にこの演習を思いついたのはやっぱりその場のノリだったりするのだ。

 

 セモヴェンテの車上からCVのペパロニに身を乗り出して詰問しようとするアンチョビに、車内の隊員から声がかかる。間もなく試合開始の時間だった。

 

 

「あいつ、勝つ気満々っすよ。じゃ、うちらは先行して偵察して来ますんで」

 

「え、あ、おい。どういうことだ! く、アバンティ!」

 

 

 アンチョビが問いただす前に、ペパロニは威勢の良い言葉を配下の隊員たちに掛けながら、彼女の率いるCV四輌を率いて駆け出していった。取り残されたセモヴェンテと護衛のCVは一拍遅れて出されたアンチョビの号令に従い前進し始める。

 

 

 

 

「ペパロニ姉さん、コンシリエーレやめちまうんですか?」

 

「あん? なんだいきなり」

 

 

 長髪を一部結い上げた髪型をしたCVの操縦手が、前を見据えたままペパロニに声をかけた。後方の覗き窓から森に向けて作戦通りに動き出したアンチョビたちを確認していたペパロニは、座席に座り直して後輩に顔を向けた。

 

 

「ペパロニ姉さんとドゥーチェの話が聞こえて。コンシリエーレは戦車に乗るの嫌なんですか? うちらが無理やり乗せちまったから、もううちには来てくれないんですか?」

 

 

 操縦手を含めた一年生たちはみほとの関わりが殆どない。一昨日顔を合わせたばかりだし、みほのチーム以外の一年生はその一日しか接していない。しかしその一日、一緒に食べて飲んで笑った宴会の一日だけで彼女たちはとっくに仲間になっているのだ。その大事な仲間が自分たちのせいで傷つき離れていこうとしている、それは彼女たちにとってとても辛く悲しいことだった。

 

 

「あー」

 

 

 ペパロニは操縦手の問いに、ばつが悪そうに頭をかきながら言葉を詰まらせた。一年生たちがいる場でするような話ではなかったという自省と、彼女自身この演習の後みほがどうするのかわからなかったからだ。

 

 だが考えてみると、最悪の方向に進んだとして恨まれるのはアンチョビ姉さんだけだし、私とみほがクラスメートってのは変わらないし、みほもこいつらのこと気に入ってるみたいだし、たまに遊びに来るくらいはするんじゃないか。なんだ、別にこいつが不安に思うようなことはないじゃないか。

 

 

「心配すんな。みほはそんな柔じゃねーっての。それより気ぃ抜くんじゃねーぞ。あいつ、乗り気かどうかは知らねぇが大人しく負ける気はないらしいぜ」

 

 

 ペパロニは操縦手の頭を軽くはたきながら、試合に集中するよう戒めた。あいつはアンツィオのコンシリエーレだぞ、と言うと操縦手はハッとして睨み付けるように前方に集中し始めた。

 

 ペパロニはその様子に頷きながら、これから戦う相手を思い浮かべた。あるいはみほは今回の演習自体は不本意なのかも知れない。だが勝負をやる気は十分にあるらしい。ペパロニは一昨日みほが見せた洞察力と、クラスでの血気迫る様子で作戦を練る姿を思い出す。操縦手に言ったように気を抜いて戦って良い相手ではない。ペパロニは強敵と対する緊張と興奮に口を歪ませた。

 

 

『ペパロニ姉さん!』

 

 

 しばらく車両を走らせていると、ペパロニ車に指揮下のCVから通信が届く。物見のため車上に身を乗り出していたペパロニは、車内に潜り込んで通信機を口元に当てる。

 

 

「どうした」

 

『敵車両を確認しました。こっちに向かってます!』

 

「数は!」

 

『CVが三輌! あれは……フラッグ車です! 車長はコンシリエーレ!』

 

「なにぃ~!?」

 

「姉さん! 丘、越えます!」

 

 

 通信は偵察のため横陣に広がるCVの一輌からだ。ボコボコと起伏のある演習場、ペパロニたちからその姿は見えない。ペパロニたちのCVが緩やかな斜面を登り切る頃、彼女は再び車上に身を乗り出した。

 

 

「みほ」

 

 

 ペパロニが見下ろす先には、彼女と同じく車上に身を出しながら二輌のCVを率いるみほの姿があった。三輌のCVはみほのチームとアンチョビのチームの初期位置を結ぶ直線を真っ直ぐ進んでいる。

 

 思わず呟いた声は向こうに聞こえるはずもなかったが、みほはペパロニの方に確かに顔を向けた。絡み合った二人の視線、そこにまるで射抜かれるような感覚を覚えたペパロニは、不敵な笑みを浮かべた。

 

 

「面白ぇ。CV全車、やつ等の鼻面を叩く! フラッグ車を狙え! 速攻はうちらの本領だってコンシリエーレに教育してやれ!」

 

「スィーッ!」

 

 

 

 

『みほ姉さん! CVが食いついてきた、ペパロニ姉さんだ!』

 

「はい、こちらでも確認しています。合図があるまでこのまま直進を」

 

『わかりました!』

 

 

 みほは自分の率いるCVに指示を出しながら、こちらに向かってくる敵車両を見つめた。最初のCVを視認してから、緩やかな丘陵から続々と敵CVが進路を塞ぐように迫ってきている。ペパロニは演習場を直進してこちらに向かってくるはず、というカルパッチョの読み通りだ。

 

 アンツィオの定石はCVを斥候に出し、相手をセモヴェンテの射程に誘い出すというもの。おそらく今回の演習の目的はみほにアンツィオの戦い方を見せること、ならばアンチョビは定石通りの戦術を使ってくるだろう。副隊長であるカルパッチョの推測は情報の乏しいみほの立てた作戦の根幹だった。

 

 

「カルパッチョさん、状況は」

 

『予定通りポイントBに移動中。ペパロニの目がそちらに向かっているなら速度を上げられますが?』

 

「いえ、アンチョビさんが残りのCVを出す可能性もあります。そのまま丘陵の迂回を。カンネリーニさん」

 

『こちら間もなく合流できます、みほ姉さん』

 

「わかりました、隊形を乱し慌てて合流してください」

 

『はい! 大慌てで救援に向かいます』

 

 

 演習場には何箇所か戦車が隠れるのに十分な密度の森が点在している。そのうちアンチョビたちに近い森が北と南東に二箇所、敵フラッグ車セモヴェンテはそのどちらかに隠れているという予測はおそらく当たっている。CVの殆どを斥候に出した状態でセモヴェンテを平野に晒すことはないはず。

 

 そしてみほと同じく三輌のCVを指揮するカンネリーニからの報告で北の森にセモヴェンテはいないと確認できている。アンチョビがいるのは恐らく南東の森、それに合わせてカルパッチョのセモヴェンテも指示したポイントに移動中だ。

 

 ここからが勝負、とみほは心の中で呟いた。

 

 

 

 

『ペパロニ姉さん、敵CV進路を変えます』

 

「怖気づいたか? いや、森に誘い込む気か」

 

「セモヴェンテがいるんですか姉さん」

 

「さて、どうかね。うちのやり方なら上手いこと誘い出されてるってとこだけど。ま、何にせよフラッグ車を叩いちまえばこっちの勝ちだ」

 

 

 互いのCV隊は正面からぶつかる進路で進んでいたが、みほたちは突如進路を北に向けた。車両は同じ、数はペパロニたちが5でみほたちは3。しかも向こうはフラッグ車を抱える状況だ、不利を悟って逃走を図ったとしてもおかしくはない。だが逃げるにしては判断が遅すぎるし、みほが単純に逃げ出すだけな指揮を執るとも思えなかった。

 

 何かはわからないがきっと狙いがあるはず、とペパロニは確信していた。一方でどんな策だろうとここでフラッグ車を叩けば同じことだとも思っていた。

 

 さあ、どうする気だ。ペパロニは車上に身を出したまま指揮を執るみほの背を見つめながら、いつの間にか乾いていた唇を舐めた。そのとき、通信機からがなり立てる声が響いた。

 

 

『ペパロニ! 状況はどうなってる!』

 

「あ、やっべ。報告忘れてた」

 

 

 通信機から届いたアンチョビの怒声に、ペパロニは思わず姿勢を正した。額に一筋冷たい汗が流れる。みほたちを追うのに夢中になって、斥候の身でありながらアンチョビへ全く連絡をしていなかったのだ。

 

 

「すいませんアンチョビ姉さん。こちらただ今敵フラッグ車を追跡中っす」

 

『セモヴェンテを見つけたのか! 何でそんな大事な報告を忘れるんだお前は!』

 

「いや、セモヴェンテは見てないっすよ。向こうのフラッグ車はCV、車長はみほです」

 

『何! どういうことだ?』

 

「どういうことって、あ! こいつらっ。すんません姉さん、ちょっと手が離せなくなりそうなんで後で掛け直しますね」

 

『電話か! じゃない、おい! ちゃんと状況を――』

 

 

 ペパロニはアンチョビへの報告を中断して車上に身を出した。追跡していたみほたちの横合いから、三輌のCVが飛び出してきたのだ。随分と慌てた様子からみほが呼び寄せた救援か。それとタイミングを合わせてみほたちの三輌は反転、ペパロニたちに射線を合わせた。

 

 

「ちっ、こっちを包囲する気か! しゃらくせぇ! お前ら! このままフラッグ車だけを狙え!」

 

 

 数の利が覆った今、二方向から攻撃を受けるのは危険だ。だが敢えてペパロニは追撃の続行を指示した。救援の慌てた様子からみほたちが追い詰められているのは確かなはず。ならばこのままの勢いで一気に仕留めるべきだ。

 

 ペパロニたちは一層速度を上げた。アンツィオ得意のナポリ・ターンは速度を殺さずに車体を反転させる技術だが、当然後進と前進では最高速度が大きく違う。後進するみほたちと前進するペパロニたちの距離は徐々に縮まっていくはずだ。そうして射程内に収まるその瞬間を、ペパロニを含めた五輌の機銃手は待っていた。

 

 だがペパロニたちの予想よりもずっと早くその距離は縮まった。みほたちは車体を反転させた後、後進ではなく前進させたのだ。いったん車体を停止させた後、全力で加速しながらペパロニたちに向かってきている。

 

 

「しまった! スパーラ!」

 

 

 ペパロニは慌てて射撃指示を出す。五輌のCVから一斉に機銃弾がばら撒かれるが、向かい合って前進する二者の相対速度に機銃手は対応できず、まともに命中する弾は殆どなかった。

 

 みほたちの三輌は、一発の銃弾を撃つこともなくペパロニたちの間をすり抜けていく。ペパロニは、ハッチから顔を出してこちらを一瞥し去っていくみほの背を見つめた。みほの視線はすでに南東、アンチョビが待機する森に向いていた。

 

 ペパロニは即座に反転、追撃指示を出そうとしたが、横合いから三輌のCVが迫ってきている。今追撃をかければ、敵にウィークポイントを晒しながら走ることになってしまう。

 

 

「カッツォ! やってくれるぜ、みほのやつ。てめぇら、まずはこいつらを片付けるぞ!」

 

 

 

 

「状況はどうなってるんだ、いったい」

 

 

 セモヴェンテから身を乗り出すアンチョビは、組んだ腕を苛立たしげに指で叩きながらぼやいた。この試合の参加車両は双方ともセモヴェンテ一輌にCV六輌。その内CV五輌を斥候に出しているのに、肝心の状況報告はまともにやってこない。アンチョビはこの森で敵を待ち伏せるつもりだったが、現状は目を塞がれて閉じ込められているのと同じ状況だった。

 

 

「フラッグ車がCVで、しかも前線に出てるか。う~ん、みほの狙いはなんだ?」

 

『姉さん!』

 

「うわ!」

 

 

 アンチョビがペパロニから得た断片的な情報から相手の考えを読もうとしていると、梨の礫だった通信機から突如連絡が入った。アンチョビはびっくりしつつも、待望の情報を求めて車内の通信機を取った。

 

 

「ペパロニ! 何度も連絡したのにお前は――」

 

『今そっちにCVが三輌接近中っす! こっちもCV三輌に足止め食らってます! 気を付けてください! んじゃこれで!』

 

「はぁ!? ちょっと、おいペパロニ! もう!」

 

 

 ペパロニからの報告は、一方的にまくし立てられた後にまたもや切られてしまった。どうしてこうも落ち着きがないんだ、と頼れる副隊長にがっくりと肩を落とした。ムードメーカーで後輩たちからの信頼は厚いし、現場での状況判断も早い。あいつがもうちょっと冷静さを持ってくれれば来年からも安心できるんだけどな。

 

 そもそもあいつは性格的に偵察に向いてないんだよな。どちらかというと攻撃向き、かといってセモヴェンテじゃあいつの俊敏性を活かせないんだよなぁ。どっかにそこそこの火力と快速を併せ持つような戦車が転がってないものだろうか。

 

 

「ってそうじゃない! CV全車両を前線に投入? しかもセモヴェンテは未だ確認できてない……まずい!」

 

 

 ついつい今後のアンツィオについて考え込んでしまうアンチョビだったが、今はそれどころではなかったと思い直した。

 

 思い出すのは一昨日みほが語ったセモヴェンテを積極的に攻勢に使うという戦術。そしてCV全車を前線に出し、かつペパロニの足止めに残った三輌以外はこの森に向かっている。すでにCVの目はこっちの位置を暴き出しているのだ。

 

 ならばセモヴェンテもこの森に向かってきているはず。このまま視界の悪い森に身を潜めていてはジリ貧だ。いずれCVに捕捉され、位置情報を受けた敵セモヴェンテに一方的な攻撃を食らってしまう。

 

 ならどうする? 森を抜けて視界を確保するか? 護衛のCVを物見に出すか?

 

 

「ドゥーチェ! CVのエンジン音です!」

 

 

 どう動くべきかというアンチョビの思考は護衛CVの車長の報告で中断された。アンチョビの耳にも木々の隙間からかすかに聞きなれたエンジン音が届き始める。自車両の操縦手と砲撃手も不安そうな目でアンチョビを見上げている。もう猶予はないようだ。

 

 

「まさかこんな展開になるとは。おい、出動だ! CVだけじゃないぞ、敵セモヴェンテもすぐそこまで来ているはずだ!」

 

 

 アンチョビの号令に従ってセモヴェンテとCVが動き出す。セモヴェンテのエンジン音が微かに聞こえる敵CVの迫る音を掻き消したが、包囲されようとする隊員たちの緊張感が消えることはなかった。

 

 

 

 

 みほはCVから身を乗り出してアンチョビが待ち構えているはずの森をジッと見据えた。カンネリーニ隊が上手く足止めしてくれているおかげで、ペパロニたちの追撃はない。

 

 

「すげーぜみほ姉さん! まさかペパロニ姉さんを出し抜けるなんて!」

 

「気を抜かないで。まだ勝負は終わったわけではありません」

 

「うっす! ここまで来たら絶対勝ちましょう!」

 

「……そうだね、絶対勝たないと」

 

 

 速攻を仕掛けてくるだろうペパロニ隊をフラッグ車に乗るみほ自身が囮になることで引き付ける。その間にカンネリーニ隊が北部の森でアンチョビの乗るセモヴェンテの捜索、カルパッチョのセモヴェンテは南東の森へ演習場を迂回しながら移動する。

 

 カンネリーニ隊がアンチョビを発見した場合はみほたちも森へ突入し合流。他CVとフラッグ車を混じらせることで狙いをつけられないようにしつつ森の外へアンチョビを誘導し、南東の森で待ち構えるカルパッチョがアンチョビを撃破する。

 

 そして北部の森にアンチョビがいなかった場合である現状、作戦はみほの想定通りに推移している。だが操縦手を戒めたようにまだ勝負はついていない。むしろこれからが問題だ。孤立した状況で包囲されようとするアンチョビがどういう動きに出るのかがみほには読めなかった。

 

 

「カルパッチョさん、こちらは間もなく森に突入します。アンチョビさんはどう出ると思いますか」

 

『そうですね、森でペパロニの救援を待つか森を出て合流を図るか。いえ、ドゥーチェならフラッグ車、みほさんの撃破を狙うかも』

 

「場合によってはカルパッチョさんにも森への突入をお願いするかもしれません。準備だけはしておいて下さい」

 

『了解』

 

 

 ポイントB、南東の森を南西側から俯瞰する丘に陣取るカルパッチョとの連絡を終え、みほは通信機を取り指示を出す。

 

 

「皆さん、まずは森を時計回りに周回。東端から三方向に分かれて敵フラッグ車を炙り出します。セモヴェンテを発見したらすぐに連絡、交戦は避けてください」

 

 

 了解する隊員たちの通信を聞き、一度深く息を吐いた。右手に見える森の木々が後ろに流れていく様をジッと見つめる。姉さんそろそろです、という操縦手の声に頷き、通信機を口元に当てた。

 

 

「散開してください、突入します!」

 

 

 

 




 大洗学園艦の演習場、かつて大洗女子学園で戦車道が行われていたときに使われていたそこに、今再び戦車の動く姿があった。ただし、その姿は大きな岩にぶつかってその場でぐねぐねともがく惨めなものだったが。

「あー、こりゃ厳しいっぽいね」

 アウトドアチェアに腰掛けて、杏は気だるげに頬杖をついてそれを眺めていた。バレー部の操る八九式戦車はとても戦闘が出来るような動きではなかったが、杏はさほど気にした様子もなく干し芋を齧る。

「そりゃあ戦車の視界は狭いですからね、乗ってすぐに上手く動かせるものじゃないですよ」

 そんな杏の頭上から声がかけられた。ん、と見上げた杏の視線の先には、苦笑を浮かべて八九式戦車を見つめる大洗タンカスロンチームアドバイザーの姿があった。

「お、ナカジマ博士も来てたんだ」
「博士はやめてくださいよぉ。会長の悪ふざけに付き合ったせいで仲間内からもからかわれてるんですから」
「えー、博士も乗り気だったじゃん」
「まぁ、悪の組織に仕えるマッドサイエンティストってちょっと憧れますよね」
「生徒会が悪の組織と申したか」
「借金の形に私たちを悪巧みに巻き込んでるんですから、似たようなものじゃないですか」
「ははは、違いない」

 ナカジマの不平混じりの軽口に、杏は笑って応えた。ナカジマたち自動車部は、戦車のレストア代を生徒会が立て替える条件として、杏の思いつきのサポートをさせられているのだ。とはいえ弄るのが自動車の範疇と言える戦車ということもあって、言うほど自動車部に不満はなかった。
 ナカジマは杏の隣、地べたに直接腰を下ろした。油に汚れたツナギを着ているため、多少の汚れは気にしなかった。

「でさ博士、やっぱ厳しい感じ?」

 車上に身体を出した典子の指示でようやく後進して岩を避けたと思ったら、今度は木にぶつかってそれをへし折る戦車を見ながら杏は尋ねた。ナカジマはう~ん、と目を瞑って少しの間思案した。

「私たちも戦車の運用に関しては門外漢ですから何とも言えませんけど、会長の言うタンカスロンのルールに合わせて結構無茶な軽量化をしましたからね。あの子、やっぱり車体バランスは悪くなってると思いますよ」

 ナカジマの言うとおり、バレー部が四苦八苦して操る八九式戦車は本来の形状とは違うものだった。特徴的な後部の橇やキューボラの丸いハッチ等々が取り外されて、全体的にこじんまりとした風体になっていた。

「38(t)じゃ駄目だったんですか? あれなら重量も10t以下ですし、乗員も同じ四人。言っちゃ可哀そうですけど性能も八九式より上ですよ?」
「んー。あっちはね、他に使いどころがあんのよ」
「お。もしかして会長たちが乗るんですか?」
「やだよ、鉄臭いじゃん」
「えー……」

 半ば強引にバレー部を戦車に押し込んでおきながら、あんまりな杏の言葉にナカジマは顔を引きつらせた。

「わー! すごいすごい、本当に八九式が動いてる! 本物が動いてるとこ初めて見ましたー!」
「おお、戦車が動いているところ初めて見たよ。うちの戦車道が復活するって噂本当だったのかな。ん? でも八九式ってあんな感じだったか?」
「はいっ、あれは八九式中戦車甲型の前期型ですよ! トルコ帽型の展望塔で尾体の橇もありません! 一般的に八九式はエンジンの違いで甲乙型にわかれるんですがその中でも……あれ?」
「へぇ、君戦車に詳しいんだね」
「いえ、素人のにわか知識ですよぉ。うーん、でも、あれ?」
「どうしたんだ?」
「いえ、前期型にしては砲塔の形が違う。機銃と窓の位置も違うような……」
「いや、そこまでわかるって。とてもにわかとは言えないと思うよ」
「そうでしょうか、えへへ。……え?」
「ん?」

 のんびりとバレー部の奮闘を眺める二人の背後から、何とも騒がしい声が聞こえてきた。杏とナカジマが振り返ると、もこもことした癖毛の少女とドイツ軍の軍帽に軍服という格好の少女が見詰め合って固まっていた。
何とも特徴的なその二人、片方は軍服少女を見つめて顔を赤くしたり青くしたりと忙しい。もう一人は癖毛の少女を感心した風に見つめた後、杏の視線に気づき驚いた様子で目を丸くさせていた。

「ま、またやってしまいました。まさか他に人がいたなんて……。すいません、その。自分、戦車を見ると抑えが利かなくなってしまいまして」
「気にすることはないだろう、それは歴女の性と言うものだ。それより、まさか生徒会長がこんなところにおられるとは」
「わぁ!? こっちにも人が! うわぁぁ、すいません……」

 癖毛の少女は軍服少女の言葉に初めて杏たちに気づいたようで、いっそう恐縮そうに身を縮こまらせた。対照的な反応を見せる少女二人に、杏はニコッと人好きのする笑みを浮かべた。それを見たナカジマは、アッと声を漏らして目を覆った。

「やぁ。秋山さんと松本さんだね? 君たち、戦車が好きなのかい?」





おまけ

【挿絵表示】


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。