本文が短いのは申し訳ない。
恐らく私は夢が嫌いだ。
いや正確には夢が嫌いな訳ではない。悪夢だ。穢らわしい悪夢が嫌いなのだ。私にとっての穢れは何よりも疎ましい存在であり、葬り去りたい過去でもある。
そう考えるとやはり夢には罪がない。
夢とは、要するに脳の情報整理の一貫で、悪夢とは、過去のトラウマがバグのように現れる現象なのだろう。もしトラウマでなければ、その原因は心の病みとも言えるだろう。
私にはまだトラウマと呼べる事象はない。それはそれで喜ばしい事実だ。しかしそうなれば悪夢を見てしまうと、それは心の病みが引き起こした事実だと確定されてしまう。
私は夢が嫌いで。
正確には悪夢が嫌いで。
より具体的に述べるとするのなら、悪夢を見ることによって自分の中の、それも心の病みを知ることに恐れを抱いてるのだ。
穢れたくないからだ。
永遠とは、穢れのない純白でなければ意味を成さない。
だから悪夢の根本である夢を、初めに嫌う。
「サグメさんに、こうも嫌われるとは些か心外ですね」
ゆったりと瞼を閉じれば、また夢を見る。
夢の世界ではやれやれといった口振りで、世界の管理人であるドレミーが呟いていた。
ドレミーは私からの返答を待たずに、自らを主張する吐露のように言葉を続ける。
「夢を嫌わないでくださいよ。これでも私は貘なもんで、悪夢を食べないと生きるのが辛くなります。まあ所詮悪夢なんて食べ物に過ぎませんし、貶されようが大して怒る気もしませんけど」
何とも無関心な奴だ。
昔から、私が幼い頃からドレミーはいつもこの態度である。へらへらと笑い過ごす彼女は常に夢見心地なのだろうか。
私は重い口を開いて。
「夢は嫌いよ。昔から悪夢も嫌いなの。穢れてるって真実を知るのが怖くて怖くて仕方がないのよ。ドレミー、ごめんなさいね。例え貴女が素敵な存在でも、私は夢を好きになれそうにないわ」
心に残した思いを、残さずに言ってやった。
ドレミーは相変わらずへらへらとした笑顔で過ごしている。なんだか私は酷いことをしてしまったと、少しだけ良心が傷ついていた。
「それでしたら悪夢が現れた時には、私が気が付かないように食してあげますよ。あれ凄く美味しいので、最近は地上の悪夢ばかりで舌の方も飽きが訪れる頃ですし」
「悪夢の味なんて、知りたくない」
「そう言うと思ってましたよ」
「内側から穢れに犯されそうだもの」
「その言葉も予想してました」
「貴女はいつも笑って、何かを見据えている。夢の中だからなのか、それとも潜在的な能力なのかは分からない。どちらにせよ素敵なことだと思うわ」
「嬉しい言葉ですねえ」
ドレミーは喜びニヤつきながらも目を伏せている。彼女には分かってるのだ。私の心境も、私の病みも。きっと悪夢だって既に食べ終えてるに違いない。
ここは夢の世界だ。
現実ではないから、ドレミーが許す限り空想は面白いほど現実として再現される。
私は目を伏せたドレミーに対して、静かに片手を向けた。
漆黒の”銃器”が非現実のなかで恐ろしいくらいに存在感を高めていく。
「ごめんなさい。ドレミー」
「謝らなくても良いですよ。私と貴女の仲で、いつものことですから」
乾いた銃声が鼓膜を通り脳へと刺激する。それと同時に罪のない夢の管理人は倒れ、額から紅色の血を流す。
それは何万とも、何億とも繰り返し眺めた光景でもある。
私は夢が嫌いで、穢れることは許されない。
悪夢を扱う彼女とこうして触れ合うことすら、恐らくは穢れになるかもしれないから。
だから。
夢から覚める前に、形だけでも殺しておく。
「全く──貴女も苦労してますね」
もう私は何も語らなかった。
ドレミーは消え、私は目覚め、またいつも通りの日常が始まるのだ。だからこれ以上、彼女と共に夢を見るわけにもいかない。
死体に扮したドレミーは言った。
「永遠なんてただの呪いですよ」
こうして私の夜は明け、また朝が来る。
早朝の陽射しは厭ってくらいに、美しかった。