その男――あるいは悪魔――は力を求めた。己の無力ゆえに母を死なせたことを悔い、強大な悪魔だった父の影を追うようになった。しかし父の足取りはその強大な力と反比例するようにようとして知れず、ようやく父の痕跡を見つけたとしてもそれは男の求めるものとは程遠く、またあてどない捜索に戻る日々を重ねた。
長い時を無為に過ごしたあと、男は自力で力をつけることを決心する。父の力を探すことを止めたわけではないが、それに当てる時間を減らし代わりにトレーニングに費やす時間を増やした。
悪魔の血を引く男にとっても過酷なトレーニングだ。強靭な体と精神を持つ男をして何度心を挫かれかけたことか。しかし男は己を鍛えることを止めず、血反吐を吐く毎日が一年程経ったころ、男は己の劇的な変化を自覚する。
「最後に会ったのは一年前だったな。早いもんだ」
突如として地面から生え伸び、街並みを押しのけ瓦礫を落としながら現れた巨塔――テメンニグル――を見上げながら、銀髪と深紅のコートをなびかせたダンテが呟く。その視線は塔の頂上に向けられている。その視界を黒い影が横切った。先ほどまで相手していた死神の様な悪魔ヘルヴァンガードが、逃げるようにテメンニグルの方へ向かって飛んでいく姿だ。
ダンテはその背に銃弾を撃ち込みヘルヴァンガードを消滅させると、拳銃をホルスターにしまいテメンニグルへ向けて歩き出す。
「当然もてなしてくれるんだろう? なあ、バージル!」
手を広げ意気揚々と叫ぶダンテに答えるかのように、テメンニグルの頂上がきらりと煌めいた。
- I need more power! - I need more power! - I need more power! - I need more power! -
「来たか」
満月に照らされ小雨に濡れるテメンニグルの頂上にダンテが足を踏み入れると、下界を見下ろすような格好で背を向けたままのバージルが声をかける。その後姿を見たダンテは思わず唖然としてしまったが、振り向いたバージルはそんなダンテの様子を見て小首を傾げた。
「……しばらく見ないうちに口数が減ったか? 多少は落ち着きというものを知ったようだな」
以前のダンテならば挨拶代わりに軽口交じりの挑発をしてくると思っていたため、それにどう応えるかななどと考えていたバージルにとっては肩透かしもいいところだ。そのために敢えてバージルの方から挑発気味の言葉を発したというのに、当のダンテはそれにも応えず片手で顔を覆い空を仰いだ。
こちらに応えようとしないダンテにバージルは鼻白み、さっさと目的の物だけ回収しようと腰に差した閻魔刀の鞘に手をかけた。と、そこでようやくダンテがバージルの方を向き話しかける。
「バージル、お前……」
いや、一度はバージルの方を向いたものの直ぐに目を逸らし、声も尻すぼみになっていった。
「なんだ」
焦れた様子で語調を強めて言うバージルに観念したように、ダンテは一度大きく深呼吸をした後、再度口を開いた。
「お前……禿げたな……」
そういうダンテの視線はバージルの頭部に向けられるが、そこに見慣れた銀髪は一切なく、健康的な色の肌だけが見えていた。雨粒は頭頂で露となり、一切の抵抗が無いまま顔面に滑り落ちる。そこでようやく流れの向きを変えて右に左に分かれた跡は、まるでバージルの涙のようにも見えた。
「一年前は普通だったはずだぜ。だから言ったんだ、下手に髪を弄るもんじゃないって。俺と同じ髪型が嫌だってんなら短くするなりもっと伸ばすなりしておけば……」
「――勘違いしているようだが」
先ほどよりもさらに強い口調でバージルがダンテの言葉を遮った。そこに込められた感情はいかなるものか。
「何も髪に負担をかけたせいで“こう”なったのではない」
「じゃあ何だって言うんだ。ストレスか?」
「――力だ」
「は?」
そこでバージルは一瞬の間を置き、ニヒルな笑みを浮かべる。思わず笑いそうになったダンテだが、表情筋を固定し口角がわずかに上がっただけにとどめた。
「血反吐を吐くほどの鍛錬を己に課し、死に物狂いで力を求めた。一年間それを続けた結果、俺は禿げていた。そして力を得た」
「……」
何言ってんだこいつという表情をダンテは作るが、それを気にした様子もなくバージルは朗々と続ける。
「髪がすべて抜け落ちるほどの鍛錬で得た力、遊び呆けていたお前の手に届くものではない」
言い終えると同時に閻魔刀にかけていた指で鍔を押し上げ、刃をのぞかせる。話は終わりだと言わんばかりのその態度に、ダンテも獰猛な笑みで応えた。
「おもしれえ。俺が遊び呆けてたかどうか、試してみろよ」
ホルスターからエボニー&アイボリーを抜き放ち、ガンプレイを披露して銃口をバージルに向けた。
「――久方ぶりの兄弟喧嘩といこうじゃねえか!」
- I need more power! - I need more power! - I need more power! - I need more power! -
勝負は驚くほど呆気なくついた。開幕と同時に放たれた無数の銃弾をバージルは閻魔刀の一薙で相殺し、得意のエアトリックでダンテとの距離を詰め切りかかった。ダンテもリベリオンを抜き対抗するも、数度の打ち合いで笑みは消え驚愕の表情を浮かべた。それほどの力の差を、刃を交えて感じ取ったのだ。
それからもバージルが優勢なまま時間が過ぎ、ダンテの全身には幾筋もの切り傷がつけられた。次第に動きが鈍るダンテは、気力だけで対抗するもついに限界が来る。一瞬の隙をついたバージルの閻魔刀がダンテのリベリオンをはじき飛ばし、体勢を崩したダンテの腹に刺さり背中へと突き抜けたのだ。
「――何故更なる力を求めない」
「……そうなるって、分かってて、求める気には、ならねえな……」
冷めた表情のバージルとは対照的に、腹を貫かれているダンテは苦悶の表情で応える。一方は閻魔刀を捻じり傷口を広げようとし、対するはその刃を掴み防ごうとするが、少しずつ刃は軸を回していった。
「愚かだなダンテ。愚かだ。力が無くては何も守れはしない」
「……髪は……」
「自分の身さえもな!」
言い切ると同時に閻魔刀を勢いよく引き抜くとダンテははじけた様に仰け反り、首から下げていたアミュレットも大きく跳ねた。バージルはそれを掴み引き千切って奪い取ると、伸ばされていたダンテの手を切り払う。盛大な水しぶきを上げて倒れるダンテを後目に、手にしたアミュレットをいとおしそうに眺めると、やがて何かを振り切るように勢いよく顔を上げた。
そして弾き飛ばしていたリベリオンを拾い上げ、呻きながらも起き上がろうとしていたダンテの胸に勢いよく突き刺した。
「――目的のものは手に入れたかね」
「ああ」
突如として響いてきた声に驚きもせず、応えながら振り向けばそこに居たのはハゲ仲魔のアーカム。
「これでスパーダの封印は解ける」
そう言いながら迎えるように立つアーカムへと近づくと、突然背後――ダンテの居る方向――から轟音が響いてきた。直勘に従い振り向くと同時に目の前に刃をかざせば、先ほどまで寝ていたはずのダンテの拳の半分ほどまでが刃に食い込んでいた。
「お前の中の悪魔も目覚めたか」
迫るダンテを振り払い、改めて閻魔刀を構え臨戦態勢に入ろうとしたが、それはアーカムによって制止される。
「ここは引くべきだ」
何を、と思ったがこれ以上ダンテを相手する理由が無いのも事実。後を追ってきたとしてもどうとてもなるというのはついさっき分かったばかりだ。
バージルは踵を返すとそのまま塔の端まで歩み寄り、迷うことなく飛び降りた。アーカムも続き、頂上に残されたのは悪魔の力を解放したダンテのみ。
「うおおおお!」
力の奔流に任せ魔力を解放すれば、その姿は魔人の姿へと変わる。それも一瞬で戻ると、力を使い果たしたダンテは倒れ伏すと同時に深い眠りに落ちた。彼の戦いはまだ終わらない。目が覚めれば再び戦いの中に身を投じる。そう覚悟したダンテの姿が月明かりに照らされる。
その手は、何かを気にするかのように頭に伸ばされていた。