伝説の魔剣士スパーダ――およそ2,000年前、魔帝率いる悪魔の軍勢による人間界への侵攻が行われた。無力な人間に抗う術はなく、間もなく人間は絶望の淵に立たされる。彼らは一心に救いを求め、祈りを捧げ……そして、一体の悪魔がその祈りに応えた。
その悪魔こそ、伝説の魔剣士スパーダ。彼はその剣を己の同族に振るい、屠り、殲滅し、人間の窮地を救ったのだ。遂にその刃は魔帝にも届き、魔界の深奥へと押し返し強力な封印をもって人類の勝利という形で戦いを終結へと導いた。
そして魔界と人間界を繋ぐテメンニグルを己の力と共に封印し、歴史の影にその姿を消した。そのスパーダの力が今――
(今、目の前にある、か……)
バージルの目の前には両手持ちの剣――フォースエッジが地に刺さり鎮座している。一見すると柄の先端に髑髏をあしらった装飾が施されている以外、何の変哲もないただの両手剣だが、容易に目視できるほど強大な魔力がその全身を迸っている。
ここにスパーダの力がある。これを取ればバージルの目的は達成されるのだ。
(だというのに何を迷っている……)
フォースエッジの前に立ちすでにそれなりの時間が経っているが、未だバージルは手に取ろうとはしない。その理由は、ダンテの言葉が頭の中で繰り返し響いているからだ。これが、例えば既に力を目の前にした状態で問われていれば、バージルは執着の灯を絶やさず迷うことは無かっただろう。しかし今は時間をかけ過ぎた。迷うために十分な時間と猶予を与えられたバージルは揺らいでいた。
(スパーダの力……本当に大切なものとは……)
瞑目し、思案に暮れるバージル。やがて目を開くが、その顔は何かを決意したというようなものではない。バージルは迷いを一先ず置き、先ほどから気になっている件を片付けることにした。
「アーカム」
呼んだ名はかつてのハゲ仲魔のもの。すでにバージル自身が手にかけた男であり姿はどこにも見えないものの、バージルは確かにその男の気配を感じていた。そしてその呼びかけに応えたアーカムが、何もない空間からぬらりと姿を現した。当然だが、その表情は憤怒に染まっている。
「生きていたとはな……随分と機嫌が悪そうだが」
「機嫌が悪いだと……? よくもぬけぬけと言えたな! 他ならぬ貴様が原因だというのに!」
己の腹を貫いた者と再会して機嫌が良くなるような人も稀だろうが、アーカムの怒りの根源はそこではない。バージルを利用してスパーダの力を我が物にしようと画策し、封印を解く鍵を秘したまま誘導し出し抜こうとしていたというのに、その鍵を欠いたまま封印を強引に破り、当て馬にしようと考えていたダンテまで容易く退けられたのだ。おかげで出し抜く隙などできず、こうして手をこまねいて陰から見ているしかできなかった。
そんなことを怒りの感情と罵詈雑言を混ぜながらバージルにぶつけるが、当然ながらバージルの心には響かない。己を騙そうとしていたことに思うところが無いわけではないが、すでにアーカムの腹に刃を突き立てたことがあるのでそれでチャラだと考えている。むしろ、スパーダの封印を正規の手順ではなく無理やり破っていたということに驚いた。スパーダの封印を破った己の血。その事実に、ダンテの言葉を思い出す
(スパーダの力は……特別なものではないのか……?)
そんな考えが浮かび上がる。未だわめき続けるアーカムを無視して考えていたが、スッと視線を鋭くしアーカムを睨み付けると、その迫力にアーカムは口を閉ざした。
「抜け」
「……何?」
バージルの言葉にアーカムは困惑した。抜けと言われてもアーカムは武器を携えているわけではない。何を指して言ったのかと思ったところで、バージルは道をあけるように横に退いた。その先にはフォースエッジがある。
「……どういうつもりだ」
「抜け。三度は言わん」
「……くっくっく。驕ったか、バージル。いいだろう、スパーダの力をこの手に! それをもって先ずは貴様を血祭りにあげてやる!」
抑えきれない笑いを零しながらアーカムはフォースエッジに近づき、その柄を握った。それだけで強力な力が流れ込んでくるのを感じた。勢いよく引き抜き、そのまま二度三度と剣を振る。一振りごとに破壊の剣風が舞い上がり、空間を切り刻む。剣を高くかかげればアーカムの姿が真の悪魔のものへと変わった。漆黒の鎧の様な全身像、背から生える悪魔の羽、捻じれた角を頭部から伸ばし額には第三の目が爛々と輝いている。
「これがスパーダの力……! 真の悪魔の力! 素晴らしい! 私は神となったのだ!」
「品の無い台詞だ……」
感情のままに心情を吐露するアーカムの姿をバージルは無表情で眺めていたが、思わずといった調子で口から言葉がこぼれ出た。それをきっかけにしたのかアーカムも狂態を静め、しかし滾る戦意をそのままにバージルへと向き直った。
「バージル。どうかね、貴様の父スパーダの姿を見た感想は」
「特に感慨も湧かんな。敢えて言うなら貴様には過ぎた力だ」
「そのような口が利けるのも、これまでだ……!」
二人の力が、激突する
- I need more power! - I need more power! - I need more power! - I need more power! -
ダンテはテメンニグルの頂上から魔界へと突入し、先へと進みながら道中を追想する。開店前の店にアーカムが訪れてからここに至るまで、短い時間ながらも心境の変化は大きかった。特にレディ――メアリのことだが、ダンテはその名前を知らないのでレディと呼んでいる――の影響は大きい。漠然と抱いていた己の力や血に対する思いを、レディと相対することで確固たる形にすることができた。
今ならば自信を持ってバージルに伝えることができるだろう。そのためにはバージルが完全に魔界へと落ちる前に追いつかなくてはいけない。自然と早足になるダンテの目の前に、巨大な白い扉が現れた。その先から強大な力を感じる。バージルはこの先に居るのだろう。ダンテは意を決して扉を開いた。
扉を抜けたダンテの視界に飛び込んできたのは、閻魔刀を片手に静かに佇むバージルと、その前で崩れ落ちる醜悪な悪魔の姿だ。その悪魔の姿が溶けるように爛れ落ち、中からアーカムとフォースエッジ、二つのアミュレットが現れた。アーカムは力なく地面の穴に吸い込まれていき魔界から姿を消した。フォースエッジとアミュレットは中空に止まっている。それらも重力に従い落ちかけたが、それよりも早くバージルがそれらを手に取ると、一つのアミュレット――もともとダンテのものであったもの――をダンテに向かって投げた。その行動に驚きながらもアミュレットを掴んだダンテはバージルに並びながら声をかけた。
「……で、どういう状況だこれは。さっきの奴はアーカムでいいんだよな? 俺の記憶が正しければあんたと協力してたと思うんだが」
「俺を謀りスパーダの力を横取りしようとしていた道化だ。思うところがあって力を使わせてみたが……奴程度の器では力を計るには不足だったな」
「あー……」
間の抜けた声がダンテの口から抜けるが、それも仕方ない。レディの訴えの中にアーカムはバージルに操られていたというものがあったが、どうやらそれは勘違いか、あるいは騙されていたようだった。
こうなっては家族を利用された怒りに駆られていたレディや、それに感化されて意気込みを新たにしていた自分が馬鹿みたいだ。まあそういった小賢しい手がバージルのイメージと合わず半信半疑であったし、そもそもバージルが騙されていなければこんな思いをする必要はなかった……などダンテは胸中で思いながらもそれを表に出さず、アミュレットを首にかけ直した。
それよりも重要なのは、今のバージルがどういった心境にあるかだろう。
「それにしても親父の力を一時とはいえ他人に預けるとはね。どんな心境の変化だ?」
「……それをお前に言う必要はない」
「そうかい。それはどうするつもりだ?」
それというのはバージルが持つフォースエッジだ。これがスパーダの剣であることは、迸る魔力からダンテも感じている。バージルはフォースエッジをしばらく見つめると、ダンテに投げて寄越した。
「お前が持っていろ」
「……本当にどういう心境の変化だ? ここに来るまでに、あんたを説得する方法をそれなりに考えてきたんだがな……」
説得する言葉ではなく方法というあたり、一筋縄ではいかないだろうと予想していたダンテだが、それは見事に裏切られたようだ。
「それで、あんたはこれからどうするつもりだ? それに俺がこれを持ってちゃ、この塔の封印ができないんじゃないか?」
ダンテにとってはこれが最も重要な質問だ。一年ぶりの再会にいきなり斬り合いをするような関係だが、それでも残された唯一の肉親だ。魔界へと行ってほしくはない。またテメンニグルをこのまま放置するなどもってのほかだ。そんなダンテの問いに、バージルはあっさりとした返事を返した。
「こうすればいい」
言うや否や、魔力を込めた閻魔刀を地面に向けて一振りすると、それまで空間に満ちていた瘴気が薄まると同時に地鳴りが起き始めた。視界に映る風景も歪み一か所に集まるように縮小し始めた。閻魔刀の一振りでテメンニグルが再封印されたようだ。
「行くぞ。ここにいたら魔界と人間界の狭間に閉じ込められるからな」
「あ、ああ……」
あまりの展開の速さに、流石のダンテも整理が追い付かずようやくといった態で返事をすると、先を歩くバージルに続いた。最後にこれだけは聞いておきたいと歩きながらダンテは尋ねた。
「あんた、これからどうするつもりだ?」
その問いにバージルは歩みを止めることもダンテの方に振り向くこともせず、黙殺されるかと思ったところで口を開いた。
「お前を鍛える」
「は?」
「スパーダの力……俺は未だにそれへの結論を出していない。お前を鍛え、スパーダの力を持つにふさわしい器にしてやる。その上で、お前にスパーダの力を使わせて見極める」
スパーダの力を奪うかどうかは、それからだな……と言うバージルに対してダンテは何言ってんだこいつは、と思った。見極めたいなら自分で使えとか、人に与えたものを奪うとか頭が……などということが浮かんだが、それ以上にダンテには不安なことがある。
バージルがダンテを鍛える……それはつまり。
「一年……いや、半年で今の俺に追いつかせてやる。無論、その時俺はさらに先にいっているがな」
ダンテの頭髪の危機である。
- I need more power! - I need more power! - I need more power! - I need more power! -
結局、そのあとは特に何事もなく一連の出来事の幕が下りた。レディも、しぶとく生き延びていたアーカムの独白を盗み聞きしたことで己が騙されていたこと、アーカムの目的を知り、涙ながらにその男に銃弾を撃ち込み、今度こそその命の灯を消した。
レディとの挨拶もそこそこに姿を消したダンテとバージル。引きずられるダンテの縋るような瞳を無視しながらレディは本格的に悪魔狩りとして活動することを宣言する。無論、その標的にダンテの様な人間味のある悪魔まで含めることは無い。
テメンニグルの件から半年。レディの事務所に電話が鳴り響いた。出てみれば電話先の主は半年間、音沙汰の無かったダンテである。懐かしみ声が明るくなるレディとは対照的に、ダンテの声は暗い。ダンテもまた悪魔狩りの仕事を始めることと、事務所の名前が決まったことを事務的に連絡すると直ぐに切れた。
間もなく、悪魔たちの間でその名は恐怖の代名詞として語られることになる
Devil May Cry――悪魔も泣き出すハゲがいた、と。
無理やり終わらせた感