思いついたので短いですが書きました。
この話で今度こそ拙作は本当に完結となります。
ほんとうに、ほんとうにありがとうございました。
レッドグレイヴ市の郊外に、悪魔の家と呼ばれる洋館がある。数十年前に異形の集団――悪魔が襲撃し、当時住んでいた家族が行方不明となったときからずっと無人のまま放置されたそこは、浮浪者やヤンキーすら寄り付かないアンタッチャブルとなっていた。
事件の直後にこそ、屋根を求めた浮浪者が訪れることもあったが、館に入った途端に身を刺す薄気味悪さ……館中にこびりついた、二千年を経ても晴れない悪魔の怨嗟を本能的に感じ取り、数分と経たずに館を後にした。そんなことが幾度も繰り返されるうちに噂が広まり、悪魔の館と呼ばれるようになってからは近隣住民が誰一人として近づかないまま、数十年の時が経った。
ともすれば、灰色の景色を幻視するほど人気が薄れて久しいその館に、赤色のコートを着こなす中年のハゲ――ダンテが足を踏み入れた。ダンテが一歩進むごとに館は思い出したかのように色づいていく。それはダンテの錯覚なのかもしれないが、一歩進むごとにかつて住んでいたころのことを思い出しているダンテにとっては悪くない感覚だった。
自然と浮かぶ笑みを抑えながらホールに到着したダンテの視界に、ダンテをここに呼びつけた張本人であり、一足先に里帰りをしていた青いコートのハゲ、バージルの背中が映る。
「来たか」
「突然こんなところに呼び出すもんだからパーティでもするのかと思ったが……酒や食い物はどこだ? それに女の姿もないぜ」
軽く手を広げながらおどけた様に周囲を見回すダンテだが、バージルは返事を返すどころか振り返ることなく佇んでいる。その様子に一つため息をつくと、手を下ろしてバージルの言葉を待った。
「あの日、突如として現れた悪魔たちに俺たちはなす術もなかった。しかし、お前は母によって救われ、俺は……」
「母さんはお前のことも助けようとしてた。……死ぬまでな」
「……今となってはどうでもいいことだ。あの日から悪魔として生きることに決めた俺はテメンニグルへと辿り着き、あそこでスパーダの力を手土産に魔界へと行くつもりだった。だが、何の因果か俺は人間界に残ってしまった」
「自分で決めたことだろ? 今更泣き言はなしだぜ」
ダンテの言葉に大した反応も示さず、そこまで話したバージルが口を閉じ、下げていた顔を前へと向けた。そこには仲睦まじい様子で写っている二人の両親の写真があった。背後にいるダンテにはその表情をうかがい知ることはできないが、一通り話さねば満足しないだろうと理解したダンテは、ひとまずバージルの話を聞くことにした。
「……それまで悪魔として生きてきたことに後悔はない。だが、いつしか俺は懐かしい感覚に囚われようになった。お前を前にすると、悪魔であるより前に兄として振舞う己に気づいた」
「いい話じゃねえか。道を違えた兄弟がぶつかり合いながらも昔を取り戻す……モリソンあたりに書かせるか? ミリオンセラー間違いなしだろうぜ」
「それでも俺は悪魔としての生き方を止めたつもりもなければ、力への渇望を捨てたつもりもない。俺の魂はいまだ叫んでいる……もっと力を!」
バージルが叫ぶと同時に、その体から途轍もない魔力が迸り、手に持っていた閻魔刀を抜き放った。それを見ていたダンテは反応が遅れる。放っておくと碌なことにならない予感はしており、止めるべきだと直感していた。しかし、人間界で長年共に過ごしてきた思い出が、特にネロの存在がダンテの予想に対し“まさか”と思わせブレーキをかけた。間もなくそれが悪手であったと後悔する。
抜き放たれた閻魔刀は持ち主の意思に従いバージルの体を腹から背中にかけて突き抜ける。一瞬遅れてその体から、裸の男が吹き飛ばされたようにはじき出され、バージルの背後にいたダンテは反射的にその男を受け止めた。
「バージル!」
「ぐっ……」
閻魔刀は人と魔を分かつ剣。その力によって半人半魔であったバージルが、人と魔に分けられたのだ。ダンテの腕に抱かれる男はどこを見ても悪魔的な要素は見当たらず、悪魔の匂いもほとんどしない。こちらがバージルの人の側だろう。
ならば未だに背尾向けて立つ男が悪魔の側のバージルかと、そちらを警戒しようとしたとき、腕の中に抱えるバージルの一点に目が釘付けになってしまう。
「バージル、お前……!」
「すまない、ダンテ……俺は、あまりにも弱すぎた」
力なく手を伸ばすバージルの手をダンテは無意識的に握り返す。閻魔刀により人と悪魔に分けられたバージルだが、内にあるものまでもがキレイに二分されたわけではない。すなわち、人の心の大部分は人の体に、力の大部分は悪魔の体へと偏っていた。その結果、半人半魔であったころに胸の内に沸き上がった誘惑に身を委ねてしまったことを人のバージルは後悔していた。
その内心を慮ってかダンテは言葉を紡ごうと口を動かすも言葉にならず、ただただ一点を凝視するしかできなかった。その姿はあまりにも無防備だが、幸いにも悪魔のバージルがその隙を突くようなことはなかった。
滾る力とは裏腹に老いていく己の姿を見ていたバージルの脳裏にとある思いが過った。自分はいつまで強いままなのだろうか、と。そう考え始めたときから謎の焦燥感に煽られたバージルの行き着いた答えが、閻魔刀の力を使い完全な悪魔となることだった。その焦燥感の正体に気づかぬまま。
「今なら分かる、俺は恐れていたんだ。自分の中から力が失われることを。だから、父と同じ完全な悪魔となることで、その恐怖から逃げようとしてしまった……」
原作では魔界の神である魔帝を相手にすら「俺の息子によろしくな」と言い放った、悪魔の力を持ちながらも人の心と受け継がれる意思を信じたダンテとは対照的に、人の心を持ちながらも悪魔の力、自分の力に縋ったバージルは、縋る対象である力が衰える可能性に心が耐えられなくなってしまった。
「力を失わないために……更なる力を手にするために俺は……」
「いやそんなことより! なんで髪生えてんだてめえ!」
ダンテが叫ぶように、バージルの頭には久しく見ることのなかった美しい銀髪がふさふさしていた。ハゲという力の代償は、大半の力と一緒に悪魔の体に引き継がれたらしい。負の遺産もまた遺産であるために。結果として人間のバージルには十円ハゲぐらいしか残らなかった。
バージルはダンテの声を無視して腕の拘束から逃れようとするが、当然ながらダンテは離さない。
「……離せダンテ。俺にはやるべきことがある」
「逃げようとしてんじゃねえ! 俺やネロに対して言うことはねえのかクソ兄貴!」
悪魔のバージルがいつの間にか姿を消しているのに気づかないまま、ダンテとバージルは日が暮れるまで兄弟喧嘩を続けた。
このあと悪魔のバージルは怒り狂うダンテとネロに瞬殺され、物語は完全なハッピーエンドを迎えることとなる。