蒼奇は呆然としていた。突然、別の世界に引きずり込まれたのだ。思考を一時的に放棄するようなことにもなるだろう。
だが、彼はそんなときでも心に一つ、いや二つの思いを秘めていた。一つは不安、もう一つは歓喜だった。
「………あー、この感じ………マジかーこの展開………」
『………!』
「………うん、平気だよ………っていうかわかってて聞いてるでしょ?」
『………』
「そう、僕は今、とても興奮しtへぶぅ!!」
そのとき、蒼奇の顔面に本日二度目の衝撃が走る。そのまま張り付いた何かを蒼奇は両手で慎重に剥がして確認する。
「………猫?なんで?」
彼の顔に張り付いていたのは猫だった。
それを疑問に思ったが、水面が目前に迫っているのを確認すると抱きかかえた猫を衝撃で離さないようにしっかりと抱える。
そして、上空四千mから落ちたにしては衝撃もなく呼び出された四人は着水した。
湖に落ちてずぶ濡れになった四人は何とかして岸に上がる。
「し、信じられないわ! まさか問答無用で引き摺り込んだ挙句、空に放り出すなんて!」
「右に同じだクソッタレ。 場合によっちゃあゲームオーバーコースだぜコレ。石の中に呼び出された方がまだマシだぞ」
「………いえ、石の中に呼び出されたら動けないでしょう?」
「俺は問題ない」
「そう。身勝手ね」
一緒に呼ばれた人たちの声が聞こえつつ湖から上がる。
「………ああ、ずぶ濡れだ………大丈夫かい?猫君?」
『ナ゛、ナ゛ァー………!』
「………平気そうかな?」
蒼奇は抱きかかえた猫を気遣いながらも共に呼び出された三人を観察する。
一人は金髪の少年で蒼奇から見てもその存在は異常なことが見てとれた。
そして黒髪の少女。彼女からも何か特殊な力を感じる。
同じく最後の一人、茶髪の少女からも異様な雰囲気を感じ取れた。
心の中で育ててみたいななどと考えていると、腕の中にいた猫が飛び降りて茶髪の少女の下へ向かっていった。彼女とともに召喚されたのだろうと考え、すぐに影の中の存在たちに意識を向けた。
「ここ………どこだろう?」
茶髪の少女が猫を抱えながら言う。
『………』
(………うん。一旦とりあえず送還するよ?)
『………!』
(わかってるって。なにかあったら召喚するから)
『………』
最後にひと声かけられて、影の中から全ての気配が完全に消える。それを感じ取った蒼奇は表に出さないように密かに安堵した。
「――――――――――――お前たちにも変な手紙が?」
金髪の少年が問いかける。
「そうだけど、まずは〝オマエ〟って呼び方を訂正して。私は久遠飛鳥よ、以後気をつけて。そこの猫を抱きかかえている貴女は?」
「・・・春日部耀。以下同文」
「そう、よろしく春日部さん。そこの野蛮で凶暴そうな貴方は?」
「高圧的な自己紹介をありがとよ。見たまんま野蛮で凶暴な逆廻十六夜です。粗野で凶悪で快楽主義と三拍子そろった駄目人間なので、用法と用量を守った上で適切な態度で接してくれお嬢様」
「そう、取扱説明書をくれたら考えてあげるわ、十六夜君」
「ハハ、マジかよ。今度作っとくから覚悟しとけ、お嬢様」
互いに自己紹介をしていく。そして、蒼奇の心の中は安堵から一転。焦りに変化した。なぜならば、彼自身がまともに自己紹介をしたことがないからだ。
だが、そんな焦りも空しく彼の番が回ってくる。
「それで、残った貴方は?」
どうしようかという考えはすぐに捨てて、普通に名前だけ名乗ればいっか、と思い自身の紹介をする。
「あー、僕は館野蒼奇。ただの変わり者だよ」
「そう。よろしく蒼奇君」
「うん。よろしく」
そして、一般人のフリをして三人の反応を観察に徹することにした蒼奇。
「で、呼び出されたはいいけど何で誰もいねえんだよ。この場合、招待状に書かれた箱庭の事を説明する人間が現れるもんじゃねえのか?」
「そうね。なんの説明もないままでは動きようがないもの」
「………この状況に対して落ち着き過ぎているのもどうかと思うけど」
「………いや、僕は十分混乱してるんだけど?これ以上はきつい………」
「「「…………………」」」
「あ、あの………無言のまま冷めた目で見ないでくれませんか…………………?」
「「「…………………………」」」
「………ほ、ほら!あそこに隠れている人に話を聞こうよ!」
彼は三人の冷たい視線に耐えられずに話を逸らそうとし、茂みに隠れている何者かの話題を提供する。しかし、
「「「逃げたな/逃げたわね/逃げた」」」
三人はそんな蒼奇を逃がさず追撃した。
「う、うるさいよ!なんでそんな息ピッタリなんだよ君ら!?本当に初対面かい!!?」
「「「おう/ええ/うん」」」
「………ハァ。それよりも三人とも気づいていたんだからさっさと話を聞こうよ」
なにもかもフリなのだが、実際に精神的疲労が多少増えたような気がした蒼奇だった。それと同時にいつか仕返しをしてやろうと心に決めたのだった。
「というより、あなたたちも気づいていたのね」
「当然、かくれんぼじゃ負けなしだぜ?」
「風上に立たれたら嫌でも分かる」
各々がそんなことを言う。しかし、最後に言った耀のセリフに蒼奇ともう一人、十六夜が反応した。
「へえ?面白いなお前」
十六夜は笑いながらそういうが、蒼奇は今まで通り表に出さずに心の中だけで思考を巡らせた。
そして、呼び出された挙句湖に落とされ、説明もないこの状況に機嫌がだんだんと悪くなっていく。
この状況に耐えられなくなった蒼奇は茂みに隠れている人に話しかける。
「こちらの三人の機嫌がさらに悪くなる前に出てきてほしいんだけど?」
そう伝えるとようやく茂みに隠れていた人物は恐る恐るといった感じで両手を上げながら姿を現す。
「や、やだなぁ皆々様。そんな狼みたいな顔で睨まれると黒ウサギは死んでしまいます? ええ、ええ、古来より孤独と狼はウサギの天敵にございます。そんな黒ウサギの脆弱な心臓に免じてここは一つ穏便に御話を聞いていただけたら嬉しいでございますヨ?」
「断る」
「却下」
「お断りします」
「え?………じゃあ、やだ」
「あっは、取りつくシマもないですね♪って最後の方ッ!じゃあって何でございますか!じゃあって!?」
三人が拒否したので流れに従って拒否した蒼奇。それを咎めるウサ耳少女。
しかし、すでに彼の意識は少女の言葉に向いておらずある一点を見つめていた。
そして、おもむろに手を伸ばし、
「………」
「フギャ!」
少女のウサ耳を引き抜こうとした。突然の痛みで悲鳴を上げる少女。
「ちょ、ちょっとお待ちを!触るまでなら黙って受け入れますが、まさか初対面でいきなり黒ウサギの素敵耳を引き抜きに掛かるとは、どういう了見ですか!?」
「君の値踏みするような視線が気に入らず、気が付いたらやってしまっていた。反省も後悔もしていない」
「せめて反省してください!」
「三人もどう?本物だよ、これ」
「へえ?じゃあ半分よこせ」
「私も」
「じゃあ私も」
「ちょ、ちょっと待っ―――――――――!」
少女の悲鳴が森に木霊した。蒼奇はその様子を一息つきながら見ていたのだった。
――――――――――――――――――――――――
「あ、あり得ない。あり得ないのですよ。まさか話を聞いてもらう為に小一時間も消費してしまうとは。が、学級崩壊とはこの様な状況に違いないのデス」
「いいからさっさとしろ」
「早くしてくれない?」
十六夜と蒼奇が説明するように要求する。
「それでは、皆様方。ようこそ、〝箱庭の世界〟へ!我々は皆様にギフトを与えれた者達だけが参加できる『ギフトゲーム』への参加資格をプレゼントさせて頂こうかと召喚いたしました!」
「ギフトゲーム?」
「そうです!既に気づいていらっしゃるでしょうが、皆様は全員、普通の人間ではございません!その特異な力は様々な修羅神仏から、悪魔から、精霊から、星から与えられた恩恵でございます。『ギフトゲーム』はその〝恩恵〟を用いて競いあう為のゲーム。そしてこの箱庭の世界は強大力を持つギフト所持者がオモシロオカシク生活出来る為に造られたステージなのでございますよ!」
両手を広げて箱庭をアピールする黒ウサギ。それをただ黙って話を聞く四人。
「まず、初歩的な質問からしていい? 貴方の言う〝我々〟とは貴方を含めただれかなの?」
「YES! 異世界から呼び出されたギフト所持者は箱庭で生活するにあたって、数多とある〝コミュニティ〟に必ず属していただきます」
「嫌だね」
「え、マジで?」
「属していただきます! そして『ギフトゲーム』の勝者はゲームの〝
属しなきゃいけないってところで少し嫌そうな顔を浮かべる蒼奇。
そこまでの話を聞いた四人の中の一人、耀が手を上げて質問する。
「………〝主権者〟ってなに?」
「様々ですね。暇を持て余した修羅神仏が人を試すための試練と称して開催されるゲームもあれば、コミュニティの力を誇示するために独自開催するグループもございます。
特徴として、前者は自由参加が多いですが〝主権者〟が修羅神仏なだけあって凶悪かつ難解なものが多く、命の危険もあるでしょう。しかし、見返りは大きいです。〝主権者〟次第ですが、新たな〝恩恵〟を手にすることも夢ではありません。後者は参加のためにチップを用意する必要があります。参加者が敗退すればすべて主権者のコミュニティに寄贈されるシステムです」
「後者は結構俗物ね………チップには何を?」
「それも様々ですね。金品・土地・利権・名誉・人間………そしてギフトを賭けあうことも可能です。新たな才能を他人から奪えばより高度なギフトゲームに挑む事も可能でしょう。ただし、ギフトを賭けた戦いに負ければ当然――――ご自身の才能も失われるのであしからず」
黒ウサギの説明を表面上は嫌そうな表情を浮かべながら聞く蒼奇。しかし、心の奥底では獰猛で荒々しい化け物たちが暴れているかのように昂っていた。
「そう。なら最後にもう一つ質問させてもらってもいいかしら?」
「どうぞどうぞ♪」
「ゲームそのものはどうやったら始められるの?」
「コミュニティ同士のゲームを除けば、それぞれの期日内に登録していただければOK!商店街でも商店が小規模のゲームを開催しているのでよかったら参加していってくださいな」
「………つまり〝ギフトゲーム〟とはこの世界の法そのもの、と考えてもいいのかしら?」
「ふふん?なかなか鋭いですね。しかしそれは八割正解の二割間違いです。我々の世界でも金品による物々交換は存在しますし、ギフトを用いた犯罪などもってのほかです………が、しかし! “ギフトゲーム〟の本質は全くの逆!一方の勝者だけが全てを手にするシステムです」
「そう、なかなか野蛮ね」
「ごもっとも。しかし“主催者〟は全て自己責任でゲームを開催しております。奪われるのが嫌なら初めから参加しなければいいだけの話でございます」
「僕からもいいかな?」
「はい♪なんでしょう?」
「僕のような人でもゲームを開催することは可能なんだよね?その方法は?」
「はい!それはですね〝
「つまり、それらが書かれていてちゃんとクリア出来る内容ならいいってこと?」
「はい!そのとおりでございますよ」
「なるほどね。ありがとう」
黒ウサギは一通りの説明を終え、一呼吸して改めて四人に尋ねる。
「さて。皆さんの召喚を依頼した黒ウサギには、箱庭の世界における全ての質問に答える義務がございます。ここから先は我らのコミュニティでお話をさせていただきたいのですが………よろしいです?」
「待てよ。まだ俺が質問してないだろ」
「………どういった質問です?ルールですか?ゲームそのものですか?」
「そんなのはどうでもいい。腹の底からどうでもいいぜ、黒ウサギ。オレが聞きたいのは………たった一つ、手紙に書いてあったことだけだ」
三人は十六夜の言葉に黙って耳を傾けていた。その言葉に全身全霊の期待を込めるかのように。
「この世界は―――面白いか?」
十六夜の放ったその質問はまさに召喚された四人が求め続けていたものだった。そしてその回答も、
「―――YES。『ギフトゲーム』は人智を超えた神魔の遊戯。
箱庭の世界は外界よりも格段に面白いと黒ウサギが保証します♪」
―—————彼らが心から欲していた代物だった。
次話は三日以内に投稿予定