一方の十六夜たちは翌日の朝、孤児院の近くにあるフランス料理店〝ドン=ブルーノ〟に足を運んでいた。腹ごしらえをしたいという釈天の強い要望と、孤児院と関係のあるこの店の人を一度見てみたいという希望で店に寄ったのだが、十六夜は苦い顔で店の暖簾を睨みつけている。
「………。本当にここに入るのか?開店時間前だぞ?」
「大丈夫大丈夫。ドンとマダムは心が広いからな」
「お前の大丈夫ほど不安になるものはないと思うが………。まあ、ここまで来たからには諦めろよ、十六夜」
「つか、何でお前はここに来たがったんだよ。接点ねえだろ」
「社員の中でうまいと評判なんだよ。だから一度来てみたかったんだが、仕事で時間が作れなくてな。というわけで、顔見知りの方からどうぞ♪」
碧生はにこやかに笑いながら先に入るように二人に促す。
そして釈天は喜々として、十六夜は苦い顔のまま入店した。そんな対照的な二人の様子を楽しみながら後に続く。
店のカウンターには新聞を広げた厳つい白髪の料理人が一人、煙草を吹かして座っていた。
「………なんて日だ。久しぶりに顔を見せたと思ったら、悪童が二人になって帰ってきやがった。礼儀知らずと恩知らずに食わせる飯はねえぞ」
「だってよ、十六夜」
「うるせえな。半分はテメェだろ。ま、恩知らずなのは自覚してるとして。久しぶりだな、ドン=ブルーノ。煙草はそろそろやめた方がいいんじゃねえか?」
「フン、余計なお世話だ。それより後ろのガキは誰だ?」
そういわれ、二人の後ろから出て、挨拶する碧生。
「初めまして、ドン=ブルーノさん。俺は二人の……悪友?みたいなもんです。此処には二人についてきただけです。それと社員がここの料理を勧められたっていうのもありますが」
「…ああ、あいつらか。で、何を食うんだ?何時ものパンプキンキッシュでいいのか?」
碧生の社員に心当たりがあるのか何やら納得しつつ、肩を回しながら立ち上がった彼は、面倒くさそうにしながらもしっかりと注文を取る。
「ああ。むしろそれがいい。ドンの作るパンプキンキッシュはフランスで一番だからな」
「あっ、じゃあそれ五つで!」
「……フン、図々しい奴だ」
鼻を鳴らして文句を言いながらも厨房に入っていくドン=ブルーノ。
「五つ?誰か来んのかよ?」
「まあ、うちの秘書ともう一人ね。役に立つとは思うよ」
「そうかよ。そんで、釈天は随分と仲がいいじゃねえか。訳ありか?」
十六夜が釈天にそう尋ねると、そこで携帯の着信音が鳴る。
「あ、悪い。俺だ。ちょっと失礼する」
そういって碧生が一旦店の外へと出る。
携帯の画面には「佐藤」の文字が表示されていた。
「なんだ佐藤」
『いや、一応報告をな。俺はそっちに行けなくなったことと仕事の方は一段落がついた。今は実家に帰る準備中だ』
「そうか。わかった。あとはこっちで何とかしておく。しっかり休んで来い。ついでに幼馴染の子と楽しんで来い。それとそろそろ結婚までこぎつけろ」
『はあっ!?何でお前がそれを知っ「じゃあな」ちょっ、待t』
そこまで言って電話を切る。するとそこに二人の女性が近づいてくる。
「ん?碧生?なぜここに?」
「ああ、プリトゥか。釈天に呼ばれたか?」
「ああ。中にいるか?」
「いるぞ」
「そうか。すまない」
碧生が正直に答えると彼女は中へと消えていく。そしてもう一人の女性が碧生に声をかける。
「あ、あの、社長…。私は何で呼ばれたんでしょうか?」
「今はオフなんだ。社長と呼ぶ必要も敬語もいらないぞ、
「え…は、はい。わかりました、碧生さん」
「……まあ、いいだろう。今回は、ちょっと力を借りたくてな」
「……私のですか?それとも、」
「両方だ。お前じゃないと無理だ。お前が、適任なんだ。………手伝ってくれるか?」
「………はあ。わかりました。貴方の頼みですし、手伝います」
「ありがとう。今度なんか奢る」
そして二人も店の中に入ろうとする。
「あ、そうだ。天衣」
「………はい?なんですか?」
「その私服、似合ってるぞ」
不意にそんなことを言われた天衣は顔を真っ赤に染める。
「なっ!?きゅ、急に何を!!?」
「さてな。さっさと入るぞ」
そんな彼女の様子を見て悪戯が成功し、カラカラと笑って店の中に入る碧生と、うるさく騒ぎ立てながら後に続く天衣。それと入れ替わりで携帯を片手に店を出ていく釈天。
「あん?お前もかよ」
「ああ、上杉からな」
二人はすれ違う際に一言だけ言う。
「ん?戻ったか」
「……なぜ、碧生が関わるんだ?」
「あー、説明しなきゃいけないのか…」
そういって、プリトゥに向き直り、
「改めて、〝青鬼〟こと館野蒼奇の転生体、深水碧生だ」
「……………………………」
「………おい、固まったぞ」
「うーん?そんなに衝撃的か、これ?」
「俺が知るか」
「ごもっともで」
「で、そっちは誰だ?」
十六夜は天衣を指さして聞いてくる。
「彼女は
「………よくもまあそんな奴らが集まるもんだな」
なぜか十六夜が感心している中、ドン=ブルーノが、パンプキンキッシュを五つ持ってきた。
「お待ちどう」
「あっ来た」
「おい、プリトゥ。正気に戻れ」
「ハッ!?す、すまない…。少しトラウマが、な…」
「………お前、何したんだよ」
「さてね、冷めないうちにさっさと食おうぜ」
そういってキッシュを一つ頬張る碧生。ついでと言わんばかりに五個目、釈天の分を四等分する。
「………おお!これは確かに世界一といってもいいな!」
そういった碧生は食べるのに集中し始める。
十六夜とドン=ブルーノが会話して、彼が厨房に戻って少しあと、釈天が戻ってくると五つあったキッシュがほぼないことに愕然とした。
「お、おいちょっと待て!俺のキッシュは!?」
「美味かった」
「ご馳走様。大変美味でしたよ社長」
「気の利かない男に食わせるには勿体無いくらいにはな」
「ご、ごめんなさい…。皆さんが食べていたので、つい、食べてしまいました…」
満足そうにしている深水碧生と、ヤハハと笑っている逆廻十六夜、クスクスと笑いを噛み殺すプリトゥ=マータ、本当に申し訳なさそうにする三神天衣がそこにいた。
それを見た釈天は一頻り憤慨する。が、
「ひぅ………!」
彼の怒声に驚き、小さく悲鳴を上げながらその目に涙を浮かべる天衣。
「「「あー泣かせたー」」」
「えっ!?俺のせい!?」
「「「女の子を泣かせるなんて男としてどうなのよ」」」
「ぐっ………」
天衣が泣いてしまったことをしばらく三人に責められていた。もちろん碧生は自分のことを棚に上げて責めていた。
・深水碧生
主人公。三人にパンプキンキッシュを一個も残さずに食べるように勧めた主犯。
・逆廻十六夜
『問題児』の主人公。規格外。いろいろおかしい。四つに分けられたパンプキンキッシュを食べるよう勧められる以前にすでに手を出していた。
・プリトゥ
プリトゥヴィ=マータ。釈天のところの社員。パンプキンキッシュを碧生に勧められてから食べた。
・三神天衣(みかみ あい)
碧生のところの会社で社員研修中の従兄妹。仕事と私生活を完全に分けていてそれぞれで性格が違う。仕事ではまじめで凛々しく。私生活では若干臆病で小動物っぽい。パンプキンキッシュを勧められても最後まで渋っていた。が碧生によって無理やり食べさせられた。
・御門釈天
帝釈天。パンプキンキッシュを奪われた人。結局は青鬼に振り回される。
・ドン=ブルーノ
ドン=ブルーノの店主。私が密かにまた出番が来ないかなって望んでる一人。この人のキャラは好き。できれば次はマダムとセットで出てくれることを希望。
次話も一週間以内!(遅れる可能性有り)