時間は少し遡り、ジン=ラッセルとペストが北の廃墟を訪れた時。
怪牛が四肢を戦慄かせて、前のめりに崩れていた頃。
そんな時、嵐の中に一人の青年、深水碧生が前世の姿、館野蒼奇へと【擬態】を使って戻り、空に立っていた。雨に打たれていたが、不思議なことにその服にも髪にも肌にも濡れるどころか水滴一つ付着してはいなかった。
「………うん。やっぱりたった十七年しか生を共にしていない体より一万年ほど生きてきたこの姿の方が気分的に馴染むね。………それにしても、懐かしい気配だ。十七年ぶりか。僕のペストは姿も性質も大分変質してしまったせいで気配とかが変わっちゃったからね」
懐かしい気配を二つ感じて、嬉しそうにする蒼奇。そんな彼の視線は、激しい雨で隠れてしまっている廃墟にまっすぐ向けられていた。
その廃墟にミノタウロスがいるのも、二つの人影が入っていくのもすべて、彼ははっきりと感じ取っていた。
そして、
「………頃合いかな?………よし!張り切ってこうか!」
彼の姿は嵐の中から掻き消えた。
そんな彼が向かった場所を知るものは本人と、彼が転移した先に者たちだけだろう。
そして、ジン=ラッセルとペスト、館野蒼奇が対峙している時に戻る。
ジンのそばにいるペストは突然蒼奇が現れ、その目を見た時からいつでもマスターであるジンを守れるように、もしくは蒼奇を攻撃できるように警戒し続けている。周りにいる他の気配たちもいつでも動けるように構えているようだった。
だが、その誰もが彼に勝つことは無理だ、できないと明確な実力差を感じていた。
もちろん、そんなことを気にするわけもない蒼奇はジンに話しかける。
「いやはや。まさか君が現れるとは思ってなかったよ」
「………僕も、まさかあなたが生きてて、僕の目の前に出てくるとは思ってもいませんでしたよ」
「そうかい?元仲間なんだから予想くらいはしててもよかったんじゃないかな。ほら、感動の再会みたいな感じでさ!」
「………相変わらずあなたの行動は読み辛いですね。今も昔も何をしでかすかわかりませんが」
「アハハッ!それは一応誉め言葉として受け取っとくよ!でもこれに関しては僕はそうしないといけない理由があったから、自然とそういう風になっただけだよ!」
しばらく世間話のような会話が続く。しかし、周囲の空気は剣呑だったが。
「とはいえ、僕は君に手を出すつもりはほとんどない」
「………ほとんどですか」
「そう。ほとんど。残りは僕が今からしようと思っている質問に対する回答次第かな」
「………どうぞ」
ジンは質問を促す。それを聞いた蒼奇は笑みを浮かべる。今度はしっかり目も笑っている。
「今回のゲームを邪魔する気なのかい?」
「………大丈夫です。そのつもりは全くありません」
「………そう。それならいいよ」
それを聞ければ満足だったのか、踵を返して廃墟から出ていこうとする蒼奇。
しかし、そこで思い出したように振り向いて声をかける。
「そうだった。これから精霊列車を使ってゲームを攻略し始めるみたいだよ。もしかしたらここら辺を通過するかもしれないから気を付けなよ。ポヤポヤと眺めてると轢かれちゃうからね。どうせ君のことだ。せっかくの試運転を見るつもりだろう?」
「そうなんですか?それならじっくり見られるかもしれませんね」
ジンは喜色の表情と微笑を軽く浮かべて返答する。それを見た蒼奇も少し笑みを深くする。
そして、蒼奇はそれから、と言ってから付け加える。
「少しぐらいなら、ちょっかいをかけてくるぐらいなら許容するよ。僕はそれを今の友人たちの踏み台にするからさ」
そういって、お互いに笑う。
「それじゃ、そういうことで。またいつか!」
今度こそ、彼の姿が掻き消える。
どこかに転移したとかではなく、その存在そのものが消えた。
それもそのはずだ。生み出した張本人、深水碧生が分身を消したのだから。
だが、そんなことだとはその場にいる誰もが分からなかった。彼のことを知っているものは転移したと、知らないものは突然姿が消えたようにしか見えなかっただろう。
そのことは、その場にいる全員が勘違いしていた。
———超巨大精霊列車〝サン=サウザンド〟号・第一車掌室。
豪快な試運転はその派手な見掛けに違わぬ衝撃を車内に与えていた。
家屋を飲み込むほどに巨大な水飛沫を上げての出発だ。忙しなく走り回る獣人の車掌たちは衝撃と相次ぐトラブルで右往左往している。
その中でも一際騒がしい、長靴を履いた三毛猫がいた。
車掌の一人で怪猫の類だと思われる。二叉に分かれた尻尾に二本足で歩きまわるその姿はまさに怪猫そのものであった。
その姿を見て、ただ一人だけ懐かしむように微笑む碧生がいた。
精霊駆動機関の炉心の中にいる小さな群体精霊たちに関西弁の檄を飛ばしつつ、三毛猫車掌は二本足で飛び跳ねながら声を上げる。
「あかんあかん、速度出し過ぎやでチビすけ共!こんなに速度出しとったら霊脈に入られへんやろ!速度落とせ落とせ!」
「おとさなーい!」
「おとせなーい!」
「おとしたらつかまるー!!!」
「おいしいものもらってしじされてるから、なおさらおとせなーい!!!」
「おいしいもん!?しじ、指示ッ!?い、一体誰からやッ!?」
ウッキャー♪―――と轟々と燃え盛る炉心から顔を出し、三毛猫の言葉を無視してはしゃぎ始める、赤いマントの炎の群体精霊たち。
彼女たちが言った最後の言葉に疑問しか浮かばなかった三毛猫はさらに慌てる。
もちろん彼女たちに賄賂を渡したのは言うまでもなく碧生である。当の本人は明後日の方向を向いて誤魔化しているが、焰とペストにはバレバレでジト目で睨まれていた。
そして、石炭の山から顔を覗かした地精―――二叉のとんがり帽子をかぶった精霊が、窓の外を指さし叫びながらネタばらしをする。
「牛!空から牛きてる!メルルたち、逃げる!速度落とせない!あとそこのお兄さんの魔力おいしい!!」
「ええい、詳しく説明されんでもわかっとるわい!でもありがとな二番目!それとそこの兄ちゃんは邪魔せんといてぇなぁッ!?」
「ほらメルル。もっと魔力やるから頑張るんだぞ」
「わーい♪」
「兄ちゃんッ!?」
言うたそばからッ!!という三毛猫の叫びを無視してワイワイと騒ぐ精霊たちと碧生。
「あーもう!………けど参ったな。この速度のままじゃ、霊脈の超加速ができんやないか。延々と大河と地表付近を奔ることに………」
「いいや、それでいい!ガンガン飛ばせ三毛猫!青鬼の旦那も精霊たちの補助をしてやってくれ!」
右往左往している機関室に、ポロロの声が響いた。それを聞いて多くの人物が一瞬だが動きを止めて声の主を見る。
三毛猫はその人物が誰かを認識すると慌てて敬礼する。
「せやけど二代目!このままやと牛畜生に襲われます!〝サン=サウザンド〟号が破壊されるようなことになったらどないするんです!?」
焦りながらも端的に状況を伝える三毛猫車掌。そしてその後ろで精霊たちとワイワイと騒いでいる碧生。そんな精霊たちと戯れ続けている彼から問題ないという声が上がる。
その声を聞いた焰は不思議に思って質問する。
「なんでだ?さすがにこのままだと不味くないか?」
「この車両は見た感じ半分とまではいかずともそこそこの量の〝金剛鉄〟が使われている。さっきぐらいのの衝撃じゃ傷はついても破損と呼べるほどのものは出来ないだろうよ。それに壊れても俺ならすぐに直せる」
「………よくわかったな。青鬼」
「他の印象が強くて忘れてるかもしれないが、一応は魔術師だからな。魔術的にも価値のある代物だし、精霊が原動力として使われているなら車両を確認しないわけにもいかない。ほら、わかったらそこの石炭ぶち込んで速度を上げさせろ」
「お、おうさッ!」
碧生が精霊たちに魔力をあげながら説明し、指示を出す。その言葉に納得したのか三毛猫は勢いよく石炭を動力炉に放り込む。
動力炉の精霊たちは投げ込まれた石炭に齧りつき、そのついでに魔力も取り込んで即座に燃焼させて勢いを上げていく。
焰はその様子を興味深そうに眺めながらも、我慢できずに問う。
「ポロロ。まさかとは思うが、この巨大列車は蒸気機関なのか?」
そうすると前後から同時に否定の声が上がる。一つはポロロ。もう一つは碧生から。
「んなわけあるかよ。ここはファンタジーの集合世界、〝箱庭〟だぜ?そんな効率の悪いものは採用しない」
「そうだな。これの動力は各動力部に別途の群体精霊の巣を作って、相互互換させることで動力に変換してるんだよ」
「………。は?え、じゃあ何か?燃焼で得たエネルギーは他の精霊とやらを通して、シェアしてるってこと?つまり燃焼エネルギーの転換率一〇〇%?」
「さあ?そこらへんは俺よりも青鬼の旦那の方が詳しそうだが」
「俺かよ。まあ、いいが………。転換率は一〇〇ではないな。だが、ほぼそれに近いレベルで変換できてるはずだ」
「………お前がさっきからあげてるそれのおかげか?」
そういって焰は先ほどから指先から光る球体を生み出してずっと精霊たちにあげている碧生の手を指さす。
「いや、これは転換率には関係ない。魔力は例えとしては酸素や燃焼促進剤のようなものだと考えればいい。これのおかげでエネルギーの生産率は上がっても転換率が上がるわけじゃない。基本的には彼女たちの転換率のままだ」
「わたしたちのちからー!」
「ほめろー!」
「うやまえー!」
「そしてまりょくをよこせー!」
「ほらよ。くれてやるからもっと頑張れよ」
「「「「わーい♪」」」」
碧生が追加で魔力を与えるとすぐに取り込んで嬉々として石炭を次々と燃焼させていく。それに気づいた三毛猫は急いで石炭を焼べる。
「………」
そんな様子を、正しくは動力炉の中にいる精霊たちを見ていた。
その視線に気づいた碧生は釘を刺す。
「………そこの科学者バカ。後で別の奴らに体毛とかのサンプルをもらってきてやるから解剖しようとするなよ」
「………そんなことは考えてないさ。だけどもらえるならもらっておく」
「それを俺の目を見て言ってくれたのなら信じるとしよう」
あからさまに目と顔を背けながら答える焰。そのことに碧生は疑わしい視線と言葉をぶつける。そして解剖と聞いた精霊たちが焰に対して怯える姿勢を見せていた。
「まあ、話を戻そう」
碧生が怯える精霊たちを宥めながら話を進める。
「安全圏まで逃げたらどうするんだ、ポロロ」
「〝アンダーウッド〟から引き離しさえすれば、速度を落として霊脈の流れに乗り超加速をすることができる。作戦は時間を作ってからゆっくり立てればいい」
「そうか。………まあ、今はそんなもんか」
碧生とポロロの二人の会話を聞いた焰は顔を顰めた。そのことに気づいた碧生が声をかける。
「向こうのことは心配すんなよ。お前と鈴華の二人は十六夜が誤魔化したし、彩鳥の方も俺の会社の奴らが誤魔化してくれてる。それにそんなにさっさと帰りたいなら焦ったら終わりだ。視野も狭くなって見えるもんも見えなくなる。お前が今のところ心配することはなにもねえよ。もしそんな問題が浮上してきたら俺がお前に伝えるさ」
碧生がそんなことを焰に言い聞かせる。その声は人を落ち着かせるような優しく頭にすっと入ってくる声色だった。
そして、その声を聞いた焰は息を一つ吐き、心を落ち着かせた。
「それでも心配ならクイーンに頼んでもう一回向こうと繋げてもらえば良い」
「女王に?でも列車内だぞ?」
「いや会えるぞ。この精霊列車には貴賓室を兼ねた謁見の間がある。そこに行けばいい」
ポロロがそう言う。それを聞いた焰は驚いて目を見開いた。
「にしても、青鬼の旦那はよくわかったな。ここにそういう場所があるって」
「まあな。クイーンも一応〝アンダーウッド〟の関係者だ。それに箱庭屈指の実力者を無下に扱うと怖いしな。一族郎党皆殺しとかコミュニティ壊滅とかな。それとそろそろ青鬼と呼ぶのをやめろ」
「笑えない冗談を言わないでくれよ、碧生。いや、マジで。てか、それを言うなら旦那だって箱庭屈指の実力者じゃないか。それと謁見の間があるのは一応女王に所有権があるからだ」
ケラケラと笑う碧生に対して顔を青くし頬を引くつかせながら答えるポロロ。
「それにこれが太陽の主権戦争の予選扱いなら、どちらにせよもう一度話を聞いておいた方がいい。本選のギフトゲームは、従来の物と少しルールが違う」
「へえ」
「そうなのか?」
「そうなんだよ。今回から〝主催者〟と〝参加者〟に加えて新たにもう一枠———」
「しゅ、しゅうげきー!しゅうげきー!」
「しゅうげききますー!」
「落雷注意!みんな、摑まって!」
会話の最中、幼い声と溌剌とした声の二つが列車の中に響いた。
直後に轟く雷鳴。輝く雷光。天空より真っ直ぐ落ちてきたその稲妻は精霊列車を打ち据える。獲物を決して逃さぬ蠢きながら積乱雲が迫る。
意志を持ち、渦を巻いて蠢く大嵐は、その姿は一匹の偶蹄類に変えていく。
〝天の牡牛〟は稲妻を発しながら、天を揺るがす程の雄たけびを上げた。
『GEEEEYAAAAaaaaa—————!!!』
蹄で天を搔き疾走する巨大な獣。その姿は目視できる範囲ではどれ程の巨体を誇るのか正確に測ることさえ難しい。
稲妻を鋭い角に変え、高密度の積乱雲を総身にし、今まさに天を落とす勢いで迫る。
碧生はその光景を見ながら召喚獣のアースと同じぐらいかな、などと考えながら突っ立っていた。もちろん普通に立っているように見えるが衝撃には備えている。
「っ………!」
「おっと。気を付けろよ」
雷雨と風を受け激しく揺れる精霊列車の車内。焰は耐えきれずに倒れそうになったところを碧生によって腕を掴まれて支えられる。
しかし、雨風で大河は氾濫し稲妻で大地は削られるものの、精霊列車はその軌道を外れる様子がない。激しく車体は揺れているが、それだけだ。
碧生は焰を支えながら自身が乗車している精霊列車の出来に感心していた。そして、この列車を魔改造したい欲求に駆られたが、その考えはすぐに頭の中から消去した。
その間も精霊列車は正常に走り続ける。不可視のレールが敷かれているのではないかと錯覚するほどに規則正しい軌道で走る。
焰もこの安定性には驚いたのか、瞳を瞬かせる。
「す………凄いな。ちょっと聞いたことが無いぐらい豪快な雷鳴の雨だったぞ」
「ふふん。このぐらいで驚かれちゃ困るな。まだまだ本当の力はこんなもんじゃないぞ。霊脈の中にさえ入ってしまえばこちらのもんだ。あとはミノタウロスの迷宮まで一直線って寸法よ」
ポロロは精霊列車の性能を誇る。………碧生の腕にしがみつきながら。
「この列車を誇る前に俺から離れろ。つか、摑まれって言われて真っ先に俺の腕を鷲摑むたぁどういうこったよ?」
「青鬼の旦那に摑まるのが一番安全そうだったからに決まってんだろ?事実、旦那はたたらを踏むどころかまるで床と張り付いてるみたいに一歩も動いてないわけだし」
「………さっさと離れてくれ。男に抱きつかれる趣味はないんだ」
「俺だって男に抱きつく趣味はないね」
〝青鬼〟と呼ばれることをもう直そうともせず諦めた表情でポロロに離れるように促す。
………機関室にしては珍しい女性の車掌たちが何やら三人を見て興奮しているのを視界に入れないようにしながら。
揺れ続ける車内で何とかバランスを取りながら一番近い手摺に向かう。そして、何とか手摺に辿り着くと思い出したように告げる。
「ほら、今のうちに女王に会いに行け。物好きなあの人のことだ。今頃は無断で貴賓室か謁見の間を占拠してる頃だろうよ」
「わかった。何から何まですまない。お礼はきっと何かの形で」
「いいってことよ。十六夜の旦那と青鬼の旦那には山ほど借りがあるからな。その身内なら俺たちの身内みたいなもんさ。気軽に構えておいてくれ」
「だがまあ、どうせどっかの馬鹿のせいですぐに借金塗れになるからお礼とか言ってる暇ないと思うけどな」
その言葉を聞いた焰の頭の中に一人の穀潰しの顔が浮かんだ。
「………あり得そうなことを言うなよ。碧生」
「………焰はこの時、まさかあんなことになるとは夢にも思っていなかったのだった………」
「変なことをナレーション風に付け加えんなよッ!!?それがフラグだったらどうすんだよッ!?」
「安心しろ。あいつなら俺の予想通りの動きをしてくれるはずだ。今までもそうだったからな。アイツの行動を俺は九割の確率で当てて来ている」
「安心できねえよッ!?」
「ほら、叫んでないでさっさと女王のとこ行くぞ」
「なあ、嘘だよな?嘘だって言ってくれよッ!?」
ひらひらと手を振り、焰を見送るポロロを尻目に焰で遊びながら機関室を後にする碧生と焰。
焰を揶揄うことができて満足そうにしながら、手摺も使わずに揺れ続いている車内とは思えないほどに安定した足取りで別車両に向かう碧生。そのあとを手摺を使い何とか離れないでついていけている焰が追う。
この時、この場所で別の脅威が迫っていることに気が付いていたのは碧生だけだった。
・館野蒼奇
かかってくるなら来いよ、相手してやるからと悠然と構えて相手を瞬殺するスタイル。
・ジン=ラッセル
平常心を保ちつつも、背中には冷や汗ダラダラだった。
・ペスト
ステンバーイ…ステンバーイ…。
ゴッ!…はしなかった。
・深水碧生
魔力を精霊にあげ続ける簡単なお仕事。それと床に足が張り付いてる疑惑を一瞬持たれた。
・西郷焰
精霊たちが気になる科学者脳。
・三毛猫
車掌。碧生に振り回された今回の被害者。
・群体精霊一同
餌付けされた精霊たち。
・メルル
ネタバラし要因。
・ポロロ
碧生に対する信頼度MAX。
・機関室の女性車掌たち
遅すぎたんだ、腐ってやがる………。