事のはじめは些細な事だったと思う。
養父と一緒に旅している時、すれ違う数え切れない人間達の内にわずかに違和感を感じる人間がいたのに気が付いたのが全ての始まりだった。
養父がサーカスの一団で働いているうちに買い物を済ませて住み込みをしているサーカス団に戻る時だった。
ふと路地裏にあの違和感を感じて中に入って行くと、一人の少女が異形の怪物に襲われていた。
「助けなきゃっ!!」
走り出し、近くに落ちていた棒っきれを手に持ち、怪物に叩きつける。
しかし、その棒っきれは根元から簡単に折れてしまう。
それでも良かった、少女はわずかに怪物たちの意識が自分にむいた瞬間に逃げて行ったのが見えたから。
怪物たちが自分にその肩に付いている細長い筒のような物を向ける。
その瞬間、分かったのは自分が死ぬというそんな事だった。
ドドドドドドという音が鳴り響き、撃ち出された弾丸が自分の体を貫いて行くのを感じながら少年は頭の中に流れる歌と、ある男がこちらに笑いかけているのが思い浮かんだ。
「(誰・・・・・?)」
ぼんやりとした輪郭が次第にはっきりしていく。
「生キルンダアレン。君ガ千年卿ヲ壊シテクレ・・・・・・・」
「(マナ・・・・・?)」
養父を若くしたらこんな感じだろうかと思う程似ている顔立ち、黄金の目を持った男がアレンを抱きあげている。
「立チ止マルナ、歩キ続ケルンダアレン・・・・・」
自分を孤児院において悲しげに去っていく男。
「頼ンダゾ、アレン・・・・・・」
そこで少年は現実に戻ってきた。
「(体が元に戻ってる・・・・・・)」
背中の後ろが見える程大きく貫通していた穴がどんどん塞がって行く。
「左手も動く・・・・・・」
今まで鉛のように重かった左手は、まるでそんな事は無かった様に軽い。
「っ・・・・・・・・・」
怪物のすぐ上に見える人の魂。
彼等は皆涙を流していた。
「悲しいんだな・・・・・・」
アレンも溢れ出してくる涙を必死に拭う。
「そんな姿にされて・・・・・」
「何より、自分の愛していた人が強く生きてくれなかった事が・・・・・・・・」
頭の中に流れ込んで来る、彼らが異形の怪物になるまでの悲劇、そしてある男が彼らの愛する人に差し伸べた甘い残酷な罠。
「ここで俺が救ってやるっ!!お前等を、千年伯爵って奴のおもちゃになってるアクマを皆俺が壊してやるっ」
左手がその言葉に共鳴する。
「哀れな彼らに救済を」
あっという間に少年は異形の怪物達を左腕で破壊する。
煙が晴れ、しんと静まり返った路地裏に少年はたった一人立ちつくしていた。
少年は涙を流す。
この笑えてくるほど可笑しい、なにか起こればすぐに壊れてしまう、それでも必死に生きている、
哀れな愛しい人間の為に。
後ろからガチャリと撃鉄の音が鳴り、同時に煙草の煙の臭いがしてきた。
「ノアか?」
「ノア?」
「その褐色の肌、黄金の目、その額の聖痕・・・・・まるでノアだって言っている様な物じゃねぇか」
「おっさん誰?前に俺のことぶん殴ったよな」
「あれはてめえが馬鹿やったせいだろうが。あと・・・・・」
つかつかと音を鳴らしながら近づいてきた男はアレンの胸倉をつかむと持ち上げる。
「俺をおっさんって呼ぶなっ」
「ぐぼっ!?」
子供相手に全力で殴った男を恨めしそうに見あげると、男は何が悪いのか分からないと言ったような顔をする。
「まぁいい。お前は千年伯爵の・・・・・・」
男がそう口にした瞬間、少年が飛びかかるが男がカウンター気味に再度殴り飛ばす。
「なんのつもりだ?」
「千年伯爵の事を知っているのか?」
「お前は奴の事を知らないのか?」
「アクマを作った奴の事だろう?」
「そこは知っているのか」
「俺がそいつを壊すんだ、アクマを全部救うためにっ」
「なら強くなるしかないよね、クロス?」
少年の向こうからゆっくりと歩いてくる少年。
「ちっ」
「ひどっ!!自分の師匠に舌打ちするか普通?」
「けっ、てめぇから教わった事なんざギャンブルと酒と女だけだったじゃねぇか」
「あ~そう言えばそうだっけ?」
あっはっはっはっはと笑っている見た目少年に向けて胡散臭げな視線を送っている少年を彼は覗きこみ、うんと頷くとクロスにニヤリと笑みを作る。
「決めた。こいつをお前の弟子にしろ」
「はぁ!?」
「だってコイツ筋が良さそうだし」
「おい、だからと言って俺に押し付けるなっ」
男が怒鳴ると、先ほどの男以上の早さで男を地面に引きずり倒した。
「俺はこれから別の場所に行かなきゃなんねぇんだ」
「ちっ、分かったよ。俺が育てりゃいいんだろうが・・・・」
「ま、こいつが暇な時に頼むぜ」
そういいながら彼は路地裏から去って行った。
「「はぁ・・・・・」」
二人は仲良く肩を落とす。
「「なんで俺がこいつの弟子(師匠)にならなきゃいけねぇんだ」」
「「お前の所為だお前のっ」」
仲良く喧嘩中の二人はそのまま殴り合いに突入し、今回は男の勝ちだった。
「とりあえず、てめえの師匠になる訳だが・・・・・・・」
「メチャクチャ不満そうだな」
「俺はお前何かの弟子なんかになりたくないっ!!」
「俺もてめぇみたいな生意気なガキを弟子にしたくねえ。だがそうも言ってられん事情があってな」
「事情?」
「お前が持つその左手、それはイノセンスといって何処から来たのかも、どんな物なのかも良く分からない物質で出来てる」
「この左手が・・・・?」
「それはさっきの怪物を倒せるただ一つの物質だ。ただ・・・・」
「その物質は、自分の適合者にしか力を貸さん。つまりその左手に選ばれたお前をみすみす見殺しにするのは無理なんだ。分かったかこのクソガキ」
「・・・・・で、アンタの弟子になったらどうなるってんだ」
「俺等が進んでいる道は生きるか死ぬかは自分次第、ただもしお前がその道を進むのであれば基礎的なものは必要な筈だ」
「・・・・・・・・・・」
先ほどとは様子を変えて真剣な雰囲気を纏った男は正論で少年に話し続ける。
「はぁ、まあ俺はこういう難しい話は大嫌いなんだがな・・・・・・」
男は少年に手を伸ばす。
「エクソシストにならないか?」
それがこの二人の師弟関係が始まった瞬間だった。