英雄記 世界を統一した王国英雄 リュカイ・サイディード 作:木酉原三歩
イリサと先ほど出会ったときの表情とは違い、真剣な面持ちになっているリュカイ。だが、家が見えてくるたびに首を振り、頷いたりするなど、不振な動きを繰り返していた。
「お、おかえりなさいませ、リュカイ様。どうされました、不思議な動きをされて・・・?」
「うわっ!」
「きゃあっ!いたっ・・・!」
突然聞こえたマヤの声。そして近づいたときに大声で驚くリュカイへ驚いたマヤは、家の扉へ背中が思い切り打たれた。
「す、すまないマヤ。」
「だ、大丈夫です。驚いただけなので。それに、お帰りが遅かったので外にてお待ちしておりました。」
謝罪するリュカイに、背中を右手で撫でながら左手を顔の前で振るマヤ。
「どうかされたのですか?考え事をされていたようですが。」
「なんでもない。」
覗き込んできたマヤの答えに短く言葉を返したリュカイは、そのまま扉を開いて中へと入る。続いてリュカイの後を追いかけるようにマヤが入る。
いつものように食事の支度をマヤが行い、テーブルへと並べていく。しかしいつもと違うのは、リュカイが無言で腕を組み、俯いていた。
「リュカイ様、お待たせいたしました。リュカイ様?リュカイ様。」
マヤはリュカイの顔を覗き込む。
「え?」
「ぼーっとされてますが、何かお悩みでも?」
「まあ、悩みといえばそうなんだが。」
「あの、私でもよければお力になります!何でも相談してください!」
向かいに座るマヤは、両腕を顔の前に持ってくる。その姿勢を見たリュカイは聞こえないほどに小さく吐息を漏らし、マヤの顔へと視線を上げる。
「マヤ。」
「はい!」
マヤの名前をリュカイが呼び、答えるマヤ。
「俺と一緒に来てくれないか?」
「かしこまりました!」
マヤへと願い出たリュカイの問いに、元気な返事をするマヤ。
「・・・。」
「・・・・・・・・・・・・え?」
無言の空気がわずかに流れて疑問の表情を浮かべたのは、マヤだった。
「それは、どういうことでしょうか?」
「俺は戦のため遠征へと行く。そこで、お前にも来てほしい。」
マヤが確認するような質問を投げると、今度はリュカイが答えた。
「私が、リュカイ様と一緒に?」
「ああ。」
「ど、どうしてですか?」
「今日、というよりさっきだ。メリサと会ったんだ。」
「メリサ様と?」
リュカイとマヤは目の前にある食事へと手をつけず、会話を続けていた。そして、リュカイがメリサから願い出た話の内容を打ち明けた。
「マヤの話を聞いてきた。」
「え。」
急に背筋が伸び、顔が少しこわばったような表情を見せるマヤ。
「何故、お前が第3区画へと帰るのを拒んでいたのか、その理由を教えてもらったんだ。」
リュカイの話が進むごとに、マヤの瞳が揺れ、テーブルに置いた手のひらが握りこぶしを作っていく。
「・・・。」
無言のマヤを、リュカイは見た。その反応は、リュカイが予想をしていたことであった。だが、それでもリュカイは質問をした。
「家族がいないというのは、本当なのか?」
「っ・・・。」
閉じていたマヤの口が少し開いた。しかし、少し開いたままで両手は震えていた。マヤはそのまま何も喋らない。だが、リュカイは静かに答えを待った。
長い時間を掛けて、マヤの手の震えが収まった。そして、開いた口を閉じたマヤは顔を上げた。
その顔を見たとき、リュカイは違和感を感じた。家族がいないという事実を思い返されることが、どれほどつらいことかをリュカイは知っている。数々の戦場で戦友を失い、そして残された家族がどれほど悲しい顔をしていたか。
だが、その時見たマヤの表情は違っていた。
「はい。私には両親はおろか、兄弟、祖父母、親族。私と血の繋がりがある者はおりません。」
淡々と答えたその表情は、幼さが残る笑顔は無く、冷たく、空っぽの感情しかないように思えた。
「母と父がいました。そして弟が1人と兄が1人。皆、戦で死んでしました。」
「・・・。」
リュカイは、何も声を掛けなかった。掛けることができなかった。慰めの言葉を思いつこうとしたり色々考えたが、良い言葉が思いつかない。
「そして、実は私は皆のことを、よく覚えておりません。」
あっさりと、そんな言葉が口から出てきた。突然の言葉にリュカイは耳を疑った。
「覚えてないということは、・・・忘れたということか?」
リュカイは、恐る恐る聞いた。そしてマヤは、
「はい。まだ小さかったということでもありますが、よく思い出せないのです。」
困ったような笑顔を浮かべて答えた。
「・・・。」
リュカイはマヤの答えを聞くと、頭の中で記憶が甦った。
――――――――――――
「敵はまだ潜伏しているはずだ!住民でさえ武器を持っている!抵抗する者は殺せ!」
兵士を率いる騎士団長の指示が大声で響く。
炎々と燃える城の中。辺りには敵味方の死体が転がり、宮殿は炎に包まれていた。
兵士達が持つ剣や槍、そして見つける鎧には、誰の者かも知らない返り血で赤く染まっていた。リュカイもまた、その中の兵士の1人であった。
リュカイは自らの足で走り、敵兵を見つけては剣で斬って行く。すると、目の前に剣を持つ小さな子供が立ちはだかった。
「ち、父様の仇!殺してやる!」
少年とは思えない血走った瞳で、剣を振りかざして突進してくる少年。
抵抗するものは、殺せ。
リュカイへと向かってきた子供の体は、既に首を失い、体は地面を滑るように倒れていった。斬ったのはリュカイではなく、他の兵士だった。
「ボーっと突っ立てんじゃねえ!さっさと殺せ!」
そう一言残し、走り去っていった。リュカイは片手に持つ剣を握ったまま、目の前に転がっていた子供の顔を見た。
「ロ、ロビー!」
リュカイの左側から、女の叫び声が聞こえた。その声の主は、幼い少女であった。年は少年と比べると僅かに上にも見え、髪が長い。その長い髪を振り乱しながら、必死に首だけとなった少年に駆け寄ろうとした。
しかし、リュカイの両腕がそれを遮った。
「は、離して!」
リュカイの腕を解こうと暴れる少女。
「ダメだ、近づいては。君も殺されるぞ。」
「離して!あああああ!」
「いつ・・・!」
リュカイの右腕に少女は思い切り噛み付く。手甲で覆われていない手の平へと噛みつく場所から、皮膚が破れ血が少し流れ出た。
だが、リュカイはそれでも腕を解くことなく、少女を肩へと軽々持ち上げる。
「嫌だ!おろして!ロビーを、1人にしないで!!」
少女は両手の拳を、リュカイの背中に何度も振り下ろす。鉄の甲冑を殴る少女の手は赤く腫れ、すぐに破れた。そこから血が滲み出でくる。
「降ろせ!降ろせ!!」
リュカイは少女の言葉に耳を貸すことなく、その場から少女を担いだまま離れた。
「母様ぁ・・・!父様ぁ・・・!・・・ニム兄様ぁ!ロビー!!!」
嗚咽を繰り返し、家族の名を呼ぶ少女。リュカイは少女の表情を見なかった。見ることができなかった。
――――――――――
「・・・・・。」
「元々私は、この国で生まれたのではありません。この国で身元を引き取ってくれた老夫婦から、私が使用人になる前に教えていただきました。それまでは、2人のことを父母ということを信じていました。そして、2人は年で亡くなり、私はその頃には必要な知識を得て、仕事をしようと思い、使用人になったのです。あ、洋服屋というのは本当のことですよ。両親は本当の親ではないのですが、育ててくれた「親切な人」というのには変わりありません。
でも、事実を知ったからと言って寂しくはありませんでした。使用人になってからは、メリサ様と、他の使用人達が家族のように接してくれたから。ここに居て幸せだと、いつも思っていたので。そして、」
マヤは立ち上がった。歩き、リュカイの横へとやってくると膝を地面につけ、腰を下ろした。そしてリュカイを見上げた。リュカイもまた、マヤに向き直る。
「リュカイ様に、出会うこともできました。私は決して、不幸な人生だったとは思っておりません。こうして誰かとお話したり、誰かのために役に立てることが、私の幸せですから。」
「マヤ・・・。」
リュカイが再び見たマヤの表情は、満面の笑みを浮かべていた。このひと時に見たどの表情よりも、今マヤが見せていた笑顔こそ、彼女が心から笑ってくれているのだと感じずにはいられない、とても良い表情だった。
リュカイはゆっくりと、両腕をマヤへと伸ばす。
そしてその両腕はマヤの肩を通り過ぎ、マヤの背中でゆっくりと重なる。
「りゅ、リュカイ様・・・?」
マヤは、椅子から降りて抱いてきたリュカイの行動にきょとんとした表情で驚く。
「・・・俺は以前、戦で見たことがあった。家族が、戦場で引き離される姿を。
その時、俺は決めた。」
リュカイの腕に、少しずつ力が増した。
「助けたい。どんなことをしてでも。俺が持つ力の限り、人々を救う。
手を伸ばして、その手を掴んで、守りたい。」
「・・・。」
リュカイのその言葉に、マヤの瞳に映る灯篭の光が揺れた。
「だからマヤ。俺に、お前を守らせてくれ。」
「リュカイ様・・・。」
マヤの声は震えていた。揺れる瞳に、涙が溢れ始める。
「家族のようにではなく、お前は本当に大切な存在だ。
俺と、一緒に来てくれ。
俺の・・・、家族として。」
「りゅ、りゅかい・・・さま・・・。」
マヤの瞳から、堰を切った涙が流れた。マヤもまた、両腕をリュカイの背中へと回した。リュカイよりもきつく、リュカイを抱きしめた。リュカイもまた、答えるようにマヤを抱きしめた。
そして、夜が明けた。第一区画ではリュカイをはじめ、騎士団長達と、王シュタイン、そして宮殿に勤める役人が集まっていた。執り行われているのは出発の儀式であり、リュカイはシュタインの前に立っていた。
「リュカイ。そなたの活躍を祈る証とし、この剣を授ける。」
シュタインが右手を上げると、待機していた装束を纏った男達が近づいてくる。2人で手の平には、煌びやかな箱。その中には、鞘に収められた剣があった。シュタインは箱から剣を取り出し、剣を鞘から抜く。
その剣は傷だらけではあったが、煌くような刀身は美しく、周りに居る者達はその輝きを見ると頭を下げた。
「かつて我が国の英雄が所持した剣だ。長き戦乱を収めるべく立ち上がり、彼は勝利した。それから我が国の国宝として奉っておった。再び、この世の戦乱を収め、我が国のために忠誠を尽くせ。」
「はっ!」
リュカイはシュタインの声に答える。シュタインは剣を鞘に収め、リュカイへと差し出す。リュカイは両手を鞘の下に回し、受け取る。剣を腰へと差す。
「行け、リュカイよ!」
リュカイは右の手のひらを空へと掲げ、表を王へと向けた。
「王の命と共に!」
そして拳を作り、表を自分へと返し、胸の前へと腕を振り下ろす。
「我が命ここにあり!」
リュカイの声に続き、宮殿の屋上から大きな銅の鐘が鳴らされた。大きく響く音が長く続き、音が途切れる寸前に再び鳴らされる。その音は第一区画から、第三区画まで響き渡る。
使用人の屋敷では、マヤを見送るため、メリサと使用人達が外に出ていた。メリサは肩から鞄を提げ、皆に頭を下げていた。そして、顔を上げた。
「それではメリサ様。行って参ります。」
「はい。マヤ、あなたはこれまで、数々の失敗を乗り越えてきました。そして今のあなたには、それらを克服する力が備わっております。その力で、リュカイ様を精一杯お支えするよう。」
「はい!メリサ・・・メリサ様!」
急に涙を流し、泣きじゃくるようにメリサへと駆け寄ると、その胸に飛びついた。メリサもまた、飛び込んできたマヤを優しく抱いた。
「ありがとうございました!本当に、ありがとうございました・・・!」
「マヤ、お礼を言うのはまだ早いですよ。あなたにはまだまだ、これからやらなければいけないことが沢山あるのです。」
メリサはマヤの肩をそっと持ち、胸からマヤを少しだけ離した。マヤは、メリサの顔を見た。
「体には気をつけて。そして、無事に帰ってくるのです。そのときまで、その言葉は取っておきなさい。」
「・・・はい。」
マヤは涙を拭きながら、
「はい!」
そして元気に、2回返事をした。
「それでは、行って参ります!」
マヤは再び頭をさげ、振り返ると共に走っていく。
「マヤー!頑張ってー!」
「いつでも、マヤを待ってるからー!」
「絶対に、帰ってくるんだよー!」
使用人達は涙を流しながら、大声でマヤを見送った。
これから向かう道の先に、何が待ち受けているのかはわからない。しかし、国の未来と人々を守るためには、道を開いていくしかない。
リュカイ、そしてマヤは、北へと旅立つのであった。