この閉鎖された世界でも俺は戦わないといけないのか?
この世界に逃げた罰だとでもいうのだろうか?
それならばもう充分だろう? そろそろ返してくれよ。
「諸君らがこのゲームをクリアすることを祈っている」
―うるさい。こんな悪夢醒めてしまえ。
そんな事を考えながらも俺こと比企谷八幡は、運命の日を、もしくは別離の日を思い出していた。
修学旅行が終わったあとの奉仕部の空気は最早、崩壊寸前という表現すら生温いものだった。その後の生徒会関連の一件もまた崩壊の後押しをしていた。一言で云えば、俺は拒絶されたのだ。唯一信頼してもいいかと思っていた相手達に。けれど、それは結局自分のせいだ。たとえ、あれしか方法が無くて、それ以外を知らなくても、それを選択したのは間違いなく俺で、その責任は俺にしか、ない。
だから俺は逃げた。 苦しい現実から美しい仮想世界へ。
それを実現したのは『茅場昌彦』なる天才が作った『ナーヴギア』だ。要は脳に直接信号を送ることでそれをリアルとして実感させるものだが、それまでのハードウェアはどれも大したものではなく正直味気のないものとされてきた。しかし『ソードアートオンライン』はそれまでの常識をあっさり覆した。
恐ろしいまでの再現率、圧倒的なスペックとシンプルなゲームシステム、それらが創る『もう一つの世界』
多くの人間がβテスト抽選に受かろうとし、もしかすれば一生分のリアルラックを消費してまで殺到したのも頷けるだけの価値があるのは確かだった。
残念ながら八幡はナーヴギアは持っているもののソードアートオンラインは流石に買いに行く気はなかったし、それまであまり使ってこなかった。ソードアートオンラインによって人気沸騰大爆発する前に親が小町に買っていたついでに自分も買ったのだが、ハードウェアは買っていなかったからだ。
実際ソードアートオンラインも購入したものではない。
大魔王、雪ノ下陽乃から譲り受けたものなのだ。どうやら本人は自分でやるつもりだったようだが、そんな時間は残念ながら無かった。そこで比企谷八幡に白羽の矢が立った訳である。どうやら彼女の妹、雪ノ下雪乃とやるつもりで2つ入手(彼女も譲られたものだそう)していたので小町にも、と言ってくれたものの。
当の本人に聞くと
「え、ソードアートオンライン? それってあの酔うヤツでしょ? やんないよ、そんなの」
と一蹴された。
もちろんその後にいつものあざとい台詞、略してあざとせりふもついてきた。なにも略せていないけど気にしない。ちなみに台詞がひらがな表記なのがポイントだったりする。
と、そんなこんなで1人寂しくソロプレイと相成った訳だが結局入り始めた時にはそんなことどうでも良くなった。あまりの美しさに圧倒されたからだ。
それに早い内に色々と学んでおいて後でダラダラタイプな俺はすぐさま圏外に出向いていた。圏外とはすなわちバトルフィールドみたいなもので、ここにいて攻撃を受けたりすればHPが減る仕組みである。もちろん、敵も湧く。
そこに着くと早速青白い光とともに青いイノシシが現れる。腰から抜いた片手直剣の初期装備、ノーマルソードで一気に相手のHPを削る。残り3割といったところでこの世界の醍醐味、『ソードスキル』を発動する。決められた型、つまりフォームになると、同じくシステムに決められた軌道を描きながら攻撃出来る。攻撃以外にも支援や防御なんかのソードスキルもあるらしい。
少しの時間をかけて、赤いポリゴンを撒き散らし、プギィッッ!という声とともに青イノシシは目の前から消え去った。次の瞬間、ログ画面があらわれるが見る時間すら惜しくて次の獲物を探しだそうと目を皿にする。
すると向こうで誰かがいるのが見えてくる。どうやら特訓でもしているようで、それを邪魔するのは悪いなと近くに現れた青イノシシ達に意識を向ける。
暫くそれを続けてコツを掴んできたころ、誰かがこちらに向かってくるのが分かった。思わず身構えてイノシシに向けていた剣を彼らに向けると敵意はないというように両手を上げた。ケンカしたい訳でもないためさっさと剣を納める。例えここでやられても大したドロップ品はないはず、と内心ビビリながら。
「敵じゃないよ。ちょっと聞きたいことがあってさ。」
イケメン君でコミュ力有り。ほんの少し芽生えた殺意を流して、なんだ、と目で問うと、
「実はコイツにソードスキルのコツ教えてやってほしくてさ。さっきから見てたけど随分上手くに見えたから。」
「もちろん、ノーギャラじゃないぜ。βテスターしかしらない穴場の名店情報と交換っていうのでどうかな?」
悪くなさそうな提案で魅力もあった。もっと分かりやすくいうとガッツリ誘いに乗った。チラ見せされたメモの中にMAXコーヒーの文字が見えたからなのは内緒だ。
生徒こと、クラインとイケメン君こと、キリト。
最終的に彼らとおよそ4時間近くイノシシ狩りをした。
「あれ?おかしいな。ログアウトボタンがねぇぞ?」
クラインがリアルでなにやら食事を頼んでいて一時解散、さあ、おれはもう少し、という時であった。
クラインがログアウトボタンが無いと言い出したのだ。クラインの冗談かと思ったがキリトの表情から察するにどうやら本当らしい。慌てて俺も確認してみるが彼らと同じくそれは無かった。
「ハチ、これどういうこった? バグにしちゃあ酷すぎるよなぁ。けど、運営は涙目だな、こりゃ。今頃対応にてんてこまいだろーな。」
「あ、あぁ。まあ、そうだろうけど。けど、ちょっとおかしくないか?」
「うん。これがバグにしたってなんの連絡もなしっていうのはちょっとどころかかなり変だよ。」
――ゴーン ゴーン ゴーン ゴーン――
その瞬間不吉な鐘の音が鳴る。これから始まる地獄の日々に相応しい重々しい音色と共に。