連れてこられたのは、どうやら広場らしい。上空は赤く染め上げられ『Warnimg』と『System Announcement』の二文字に埋め尽くされている。そして、地上もまたある意味では恐ろしさすら感じる程に整った顔ばかりで、正直うざったい。
が、いま注意するべきなのはそこではなく、上空に現れた一つのアバターにだ。おどろおどろしさを感じさせる不穏な空気を発する顔の無いそれは、少なくとも吉報を持ってきたようには思えない。案の定そいつから放たれた言葉は自分の耳を疑うものだった。
『私の名前は茅場昌彦。今現在この世界を唯一コントロール出来る人間だ。』
そこらから呻くような声がする。実際俺も発することこそ無かったが思わず苛立ってしまう。だからなんだというのだ、それが一体どうしたのだ、と。
『諸君らのログアウトボタンが消滅していることはもう気付いていると思う。しかし、それはこのゲーム本来の仕様である。不具合等ではない。』
『諸君らが今後この世界を離脱する方法は二つ。一つ目はこの世界の完全攻略。諸君らには是非これを達成してもらいたい。そして二つ目だが、こちらは……………………死ぬことだ。』
なんだ、そんなことかよ、といった空気が流れ出すが本当にそうなんだろうか。これだけ手の込んだ事を仕掛けているのにそのオチが自殺というのはなにか釈然としない。
どうやらローブの説明はまだ続きがあるようで、みんな一様に押し黙る。いつの間にかヤツに掌握されてきているようでヤツの気配を敏感に察知して騒ぎ声は静まる。それを知ってか知らずか、ヤツは少しの間を空けてこの世界がデスゲームたる所以について話し出す。
『諸君らがこの世界で死ぬ、つまりHPを全損させた場合、現実世界でも死に至る。』
――は?
なんだ、それ?一体なんで? そもそもどうしてこんなことに巻き込まれたんだ? というか外から外されたらどうなるんだ?
茅場もその答えを持っていたのか重苦しい動作で腕を動かすといくつかのニュースを引っ張りだしてくる。どうやら現実世界に中々帰ってこない息子に説教するため無理やりナーヴギアを外したところ、二度と帰らない人になってしまったのだとか。全く笑えない話だ。
『残念ながら他にも多くの人間がナーヴギアを外し現実世界からも退場していった。しかし、メディアらが報道している以上諸君らが外部に注意を払う必要はない。諸君らが目指すべきは…………』
――この世界の完全攻略以外にない、ってことかよ。
『さて、諸君らに伝えるべきことは伝え終えた。これは私からのプレゼントだ。ストレージを確認してみてくれ給え。』
先程と同じく重苦しい動作とともにあちこちで鈴に似た音色が聞こえてくる。ストレージを見てみるとそこにあったのは……………………手鏡?
次の瞬間、ここに連れてこられた時と同じような光に包まれ目を開けていられなくなる。一秒、二秒と経ち四秒くらいで目を見開くと、そこにいたのは先程とは明らかに別物の顔や身体付きをしたプレイヤー達だ。ふとこの違和感の正体を確かめようと手元の鏡を覗き込む。そこに映ったのは慣れ親しんだ腐り目二つ。割と整っていると自覚しているリアルでの顔があった。別に不満じゃないけどなんで目までリアルなんだよ。というかナーヴギアそんなことにスペック発揮すんなよ、とやや八つ当たり気味な思考が出来た。少しづつショックが抜けてきているらしい。
目線を上げ、先程まで近くにいた二人を探しだす。目以外はあまり変えていなかったので彼らもすぐに気付いたようだが、彼らの変貌ぶりは かなりのものだ。しかし、結局のところオラオライケメンから優イケメンになっただけだし殺意は若干湧く。クラインは野武士だった。
「ハチって、リアルとあんま変えてなかったんだな。すぐに分かったよ。まあ、その目のお陰なんだけどさ。」
ニヤニヤとそんなことを抜かす。突っ込むまい。
しかしこの『顔面イベント』は俺のように気を落ち着かせてくれる場合もあれば、全く逆の場合もあった。相方がネカマ(性別を詐称したプレイヤー)だったのだろう。地獄に阿鼻叫喚が追加されたのは間違いない。そこらから悲鳴が聞こえてくる。目の前の二人と同じく耳を塞いで地獄を切り抜ける事にした。
少しばかりの地獄が静まってきた頃、茅場は先ほどの俺が持った疑問にも答えてくれるらしい。
『諸君らは疑問に思っているだろう。なぜ茅場昌彦はこんなことをするのか。誘拐目的か大量殺戮が目的なのかと。どちらも違う。』
『私の目的はこの世界を創ること。それ以外は無いし有り得ない。この状況が創られた時点で私の目的は達成されているのだ。』
何故かは分からないが、彼からほんの少しだけ何かを感じる。何だろうか――――なにか、懐かしんでいるような声音だ。しかし、それもすぐに消え去り事務的で機械的な声音に戻る。
『以上で(ソードアートオンライン)正式チュートリアルを終了する。諸君らがこのゲームをクリアすることを祈っている。』
永遠にも思える静寂のあとに、爆音といっても過言ではない程の怒声、罵声、呻き声、泣き声、その他の感情全てが一斉に吹き出した。
そうなる前に少し外れたところに移動していた俺たちは、この先どうするのかを決めかねていた。
クラインにはどうやら旧知の仲間がいるらしく彼らを誘った責任を負わずに一人逃げるのは御免だ、と言いきり、キリトもまたその仲間達と共に行動した時のリスクの大きさからか呻き声を出していた。恐らくキリトについて行けば暫くはやっていける。けどその先で生きられる保証がないのにそのリスクを年下に負わす気は無かった。
「キリト、悪いが俺は一人でやる。その方が生き延びられそうだしな。」
だから、彼の負担を減らすことくらいはしてもいいはずだ。これで少しくらいは良心の呵責が軽くなるといいが。
「ははっ、確にキリ坊もおめぇも一人の方が上手いことやれそうだな。それに俺も雑魚しか相手にしねぇからよ。」
彼も俺の意図を察してかそう言い出す。とうのキリトはまだ悲しそうな表情ではあるがまずまずな結果だ。まあ、MAXコーヒーのお礼だ。
「落ち着いたら連絡するよ。それまでにちゃんと腕磨いとけよな。」
そう言い残して走り出していく。落ち着く、ということは暫く無さそうだが仕方ない。俺自身もやるべき事をしないといけない。先程の「顔面イベント」は耳を塞げばやり過ごせた。けれど、これから続くであろうこの『デスゲーム』に関しては耳を塞ごうが目を瞑ろうが何をしようが逃げられない。だったら戦う以外ないのだ。
俺は俺の為だけに剣を研ぐ。誰かではなく自分の為に。いつもの卑しい自己保身だけがこれからの頼みの綱になる。
喧しい広場を抜け、反対側の、つまり青イノシシが出てくるエリアに向かう。その途中腰でも抜かしたのか座り込んだ少女を見かけた。どうすべきだろうか。先程決めた誓いから考えると、こんな少女はほうっておいてさっさとイノシシ狩りをすべきだろう。今はほんの少しの時間も惜しいのだから。
けれどこの少女を助けないのとはまた違う気がするのだ。
大体コミュ障に初対面の人を助けられるはずがない、うん、そうだな、きっとそうだろう、と先程とは真逆の脳内言い訳をする。あれ?おかしいな、はちまん、脳みそおかしくなったのかな?とふざけている間にも彼女を助けようとする人はいないらしい。
これが最初で最後の『誰かの為の行い』だ。さっさと決めつけ周りに人の目が無いのを確認してから引き起こす。と、同時に自分でも中々だと思うスピードで駆け出していた。助けた、と思うのは勝手だがそれを押し付けるのでは結局自己満足でしかない。今のがまさしくそれだ。だからまた逃げるのだ。どこにいても結局、自分からは逃げられないらしい。喉から乾いた笑い声が出てきそうになるのを抑え込んで逃げ続ける。誰もいないところまで。
だから助け起こした少女が誰かも知らず、この先自分にとって重要な存在に成り得る事など露知らず、ただただ走っていたのだ。
「………………」