刺し貫いたゴブリンから短剣、スヴァルブレードを一気に引き抜く。それが致命傷になったのか青白い光を撒き散らして目の前から消え去るゴブリン。流石に疲れてきているのか視界がボヤけてきた。現実世界にいたならこんなに働くことはなかったろうに。今なら社畜と言ったって問題ないまである。
そんなやや現実逃避気味な思考をおいやって、いい加減頭に入ってきたマップを思い出す。
疲れた体に鞭打って足を動かす。いつもなら寝床に直行するのだが今日ばかりはそうもいかない。
なにせ今日はついに、『第一層フロアボス攻略会議』が開かれるのだから。
会議の開かれる『トールバーナ』に着くと、いつもよりも人が多いことに気づく。この感じだとキリトももう着いてるのかもしれない。俺には関係ないけど。
ガヤガヤとした通りを抜けて近くの店に入る。まだ時間はあるし人と待ち合わせもあった。断じてパーティーメンバーとか友人とかいうものではない。絶対にない。
店の中に入ると目当ての人間はすぐに見つかった。特に何も言わずに彼女の向かい側の席に座り込む。
「さすがハッチーだナ。時間ピッタリだ。」
「……べつに、依頼した側だからな。それぐらい守るさ。」
「そーゆーとこ好きなんだけどナー。ま、ほい。これが例の情報ダゾ。それとこっちが請求書ナ。」
彼女は『鼠』と呼ばれる情報屋。迅速かつ正確な情報を手に入れてくる代わりに結構な代金を請求してくる。そしてこれは彼女ついての噂だが「鼠と話していると100コル分のネタを気付かないうちに抜き取られている」というものがある。
俺とてあまり話好きでもないのでさっさと撤退しよう。この手の人間とは関わりすぎるとろくなことにならない。
「ハッチー。オレっちも普段ならこんなこと言わないんだケド。…………なんでこんな情報いるンダ?」
フラグ、仕事しすぎだろ。なんでこんな時に限って当たるんだよ。
「お前が気にする必要のないことだ。……別にこれでなんかしようってわけじゃない。」
「ふぅーん まァ、それならいいんだケドな。」
「悪いんだがこの後攻略会議なんだよ。もういいか? 忙しいんだ。」
「ン……………………死ぬなヨ? いい顧客なんだしサ。」
言われなくともそのつもりだ。時間もかなり丁度よくなっている。そろそろ着いておかなければ遅刻はまずい。これがアルバイトなら気にしないどころか無断欠席まであるんだけど、今回はそんな調子でいったら今後が針の筵状態になるだろう。そればっかりは避けていたいのだ。少なくとも序盤の内は。
広場に着く頃にはもうかなりの時間になっていたせいか、それに応じて随分な量のプレイヤーが集まっている。中には最前線で見かけたことのあるヤツらもちらほらといる。話したことのあるヤツは全くいないけども。
「あ、ハチ! やっぱり来てたんだな。」
前言撤回。一人だけいた。キリトとはあの日以降面とむかって喋ってはいなかったし、連絡のやりとりはしていたがそれも事務的なものでいわば生存確認みたいなものでしかなかった。つまり唯一友人と言えそうな人間と再び会話出来た日ということだろうか。 なにそれ気持ち悪いな。
隣でキリトが喋ってくるがそれを意識的にカット。広場中央に意識を向ける。それを察してか彼もそちらに注目する。時間的にはそろそろのハズなんだけどな。
次の瞬間、青髪のイケメン(騎士風)が飛び出し全員の視線を集める。どうやら彼が今回の会議の幹事らしい。
「今日はおれの呼びかけに応じてくれてありがとう!」
――職業は気持的にナイトやってます!
そんな調子で上手いこと集まっているプレイヤーの心を掴んだらしい。ディアベルという名の彼だが、俺の頭では彼は葉山に変換されていた。あいつがこの世界にいたならばきっとこうだったろう、そんな風景が簡単に予想出来たからだ。
少なくともディアベル(青髪葉山)は幹事兼まとめ役をやってくれるらしい。実にありがたいことだ。
その後も会議は順調に進んでいく。どこまで攻略され、どんなギミックが用意され、どんな系統の武器を持っているかなどかなり事細かに情報共有がなされた。その情報には『鼠』製作のガイドブックもある。当初はそれをどうすべきか一悶着あったようだが、結局使えるものは使う方針になったらしい。
そうして会議の熱が少し落ち着いてきた頃、ある一人のプレイヤーがいきなり声をあげ広場の中央に向かって進んでいた。一体なにをしたいのか分からないが、その雰囲気から良い話ではなさそうだ。
「わいはキバオウってもんや。」
ダミ声の自己紹介。簡潔だが、その声には注目を集めるだけの力があった。全員の視線が自分に向けられているのが分かってからドスの利いた声で再び話し出す。
「こん中に、五人か十人か、どっちにしろワビをいれやなアカンやつがおるはずや。」
――今までに死んでいった二千人に対して、そして今現在戦ってるプレイヤー全員にも謝るべきだと。βテスターは右も左も分からないプレイヤーを見捨ててアイテムを溜め込んでいった。それを謝罪し全アイテムをこの作戦に費やせ、つまり償いをしろ、というのが彼の主張だった。
実に馬鹿らしい。ビギナーが死んだのは情報不足が原因かもしれないが、結局のところそれは原因の一つでしかないし、もっといえば彼らは慢心したから死んだのだ。
俺がここに来る前に『鼠』から買い取った情報の一つ。その中にはテスターとビギナーのおおよその死亡数もあった。テスターの死亡率は約4割、対してビギナーは2割にも満たない。しかもそのビギナー死亡数のうち、他のゲームでも有名だったり上位のプレイヤーであった者は3割近くもいた。それだけの人間が自分の力を過信したということだ。もちろんその情報の出処がβテスターだからここでそれを言ったところで意味はないが。
「はっ」
思わず笑ってしまった。全くこんなことなら来なければ良かった。 どうやら笑い声を聞かれたらしい。キバオウが目くじらを立てて怒鳴りつけている。
「だれやいま笑ったヤツは!出てこんかい! 」
丁度いい。聞けるだけの情報は手に入れたし最悪あとでキリトに聞けばいい。本来ならこんなところで退場するつもりは無かったのだが仕方ない、隣で唇を噛んで俯くキリトの代弁ということにしよう。
「いや、悪かった。別に死んでったプレイヤーを笑ったんじゃない。ただアンタがあまりにもおかしいから、つい、な。」
「なんやて!?わいのなにがおかしいっちゅうんや!」
「悪いんだが、俺は攻略会議をしてるのであって別に魔女狩りをしたいわけじゃない。それともう一つ。死んでったヤツらは計るべき危険をまともに計れなかったから死んだんだ。それは本人が負うべき責任じゃないのか。」
この会議にいるのはその『計るべき危険』を計れた者だけ。そして、ここから先もそれを計れるのかどうか、それがプレイヤー全員が持つべき唯一の課題のハズだ。
「なっ…………もういっぺんいってみぃ!死んでったアイツらにそんなこと言えるんか、おどれは!」
目が血走る、とはこの事か。この世界は脳が感じたことをそのまま表現するため表情でウソをつくのは難しい。つまり本気でブチ切れているということだ。
思わず足が引きそうになる。そこらにいるモンスターよりよっぽど怖いな、マジで。
ズンズン進み続けて止まる気配のない彼を無理矢理、というよりやや力づくで止めたのは黒っぽい肌のスキンヘッドだ。ガタイもいいし肌の色から見ても外国人にしか見えないが、彼の流暢な日本語は日本人でも出来なさそうだ、と場違いな事を考え続けておく。じゃないと心折れそう。
「少し落ち着こうじゃないか。ここは話し合いの場所だろう? それにアンタも少し言い過ぎだと思うぞ。」
後半は俺に向けて言っているのだろう。まあ、たしかにやり過ぎな気も、しなくはないこともない。実際後悔しまくってるし、反省もしている。この意見を変えることは多分ないだろうが。
「さてと、二人とも落ち着いてきたかな。実際、俺もβテスターには何らかの形で責任をとって欲しいとは思う。けど、おれはハチさんの意見にも納得できるものがある。それにβテスターの力は必要なんだ。彼らを排除して攻略に失敗っていうのは本末転倒だろ?」
さすが、幹事兼まとめ役だ。その役に相応しい弁舌でなんとか話は締め括られた。キバオウ本人はご不満のようでこちらをガッツリ睨んでいるけど。
そんなこんなでなんとか攻略会議は終わった。例の口論のあとパーティー決めがなされ、俺はキリトともう一人フード姿のプレイヤー、アスナと組むことになった。名前と身体つきからして女性プレイヤーのようだが、ここまでソロで戦ってきている以上かなりの強者のハズだ。少し心配は残るものの一時解散。明日の朝十時までは英気を養え、とのことだそう。
そうして苦難の一日を乗り切り、さあ、寝ようかなと寝床に帰ろうとした時、キリトに呼び止められた。
「さっきは……その…………ありがとう。正直助かった。」
「そうか。良かったな。………………………用はそれだけか?」
「あ、あぁ。………… 明日、勝とうな。」
「ん、まあ、俺らはおこぼれを倒してりゃいいんだ。本命はアイツらがやってくれるさ。」
――勝たなくても生きてればいいしな。
囁き程度の声だったハズだがしっかりと聞き取られたようで、
「ハチは捻くれてるよな。 まあ、別にいいんだけどさ。」
じゃあ、また明日な。
それだけ言って立ち去ってゆく。
俺も少しだけ柄にもなくそう思ってしまう。けれどそれはさっさと忘れ去って歩き出す。いい加減寝よう。明日はもうすぐだ。