剣の世界に生きる少年は   作:MITO TOMIO

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獣人の王

ガチャガチャと鎧や武器どうしが擦れる音がそこら中に鳴り響く。フロアボス攻略の為に組まれたパーティーの集合体、いわゆるレイドの行進が続いてもうすぐ一時間が経つ。俺を含めて僅か三人しかいないミソッかすパーティーは絶賛無言中だった。キリトは居た堪らなさそうにしているけれど、俺はもちろん大歓迎、そしてもう一人のパーティーメンバー、アスナもどうやら無言状態を気にしないタイプの人間らしい。少しだけ湧いた親近感に浸っていると、さすがに限界がきたらしい、キリトが喋りだした。

 

「あー、えっと。ハチはたぶん知ってると思うんだけど、君はスイッチとかのタイミング、分かる?」

 

アスナに向けて言っているらしい。けれどなんだか不味い気配がする。なんでだろうか。

その答えは本人の口から飛び出してきた。なんとなく予想していた言葉が。

 

 

「……………………スイッチってなに? 」

 

「…………え? ……冗談だよな? 」

 

キリトが困惑している。アスナの口撃はばつぐんだ!

けれど俺はアスナを責めることなど出来はしない。

なぜかと聞かれると……

 

 

 

「キリト……………………………………スイッチってなんだ?」

 

俺も実際分かってないのだから。

 

「…二人ともどうやって生きてきたんだよ、ホントに。」

 

ボソッと呟いている。なんだかゴメンね? でも、ほら、ソロだと必要なかった事だったしな、うん、仕方ない。

 

その後道中の敵を使いながら、スイッチを含めた基本的な戦術と戦闘用語をみっちり叩き込まれたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

片道約二時間近くの旅路が終わり目的のボス部屋に到達する。あまりにも大きい扉からは不吉な気配が漏れだし、プレイヤー達の士気が奪われていくのが手に取るようにわかる。当たり前だ。この先にいるのは紛れもなく、現時点で最強の存在。それに一部の人間が恐れているのは全滅という結果そのものではない。その先にある絶望だ。この先にいるのが最強のモンスターであるように、ここに集まっているのは現時点で最強のプレイヤー達なのだ。それが全滅、ボスを倒せなかったとなるとただ単純に攻略が遅れるだけではない。ボスには勝つことなど不可能だ、行っても無駄死するだけだ、そんな意識が刷り込まれるに違いない。

まだまだ先はあるのにそんな事になったとすると絶望しか巡らないのだ。それを理解している者が出す空気が、周りにいるプレイヤーにも伝播し、より恐怖を、重圧を感じるという悪循環になっている。

が、ここでもまとめスキルが発動しているらしい。ディアベルが発破をかける。といってもこの場で長々と演説は出来ない。しかし彼が発する自信が恐怖を上塗りし、いつの間にかプレイヤー達の顔にも自信の色が見られるまでになっていた。

 

「…………行くぞ!」

 

言葉短にそう告げたと思うと、扉を力強く押し開いた。遂に初のボス攻略が始まった。

 

 

 

 

 

 

中に入ると重苦しい空気がそこら中に蔓延していた。訪れた者の勇気を奪い、心を喰らおうとする恐怖。それ以外には何もない。馬鹿みたいに広い空間があるだけだ。

…………いや、いる。 この城の第一の番人にして現時点で最強のコボルド。この恐怖の根源。

獣人の王、『イルファング・ザ・コボルドロード』

 

部屋の再奥にある玉座に居座っているそれは、明かに今までの雑魚とは格が違う。それがヒシヒシと伝わってくる。青色と灰色を混ぜ合わせたような色合いの、分厚い毛皮。二メートルを優に超える身体。今にも襲いかかってきそうな程にギラギラとした目つき。何か巨大な生物を削って作ったらしい骨斧とかなりの厚みを持つバックラー。腰にはなんであろうと叩き潰せそうな湾刀が差されている。情報では最後の一ゲージでそれに持ち変えるらしい。ただ、今のところ情報に間違いがあるようには見えない。

 

折れそうな心をなんとか奮い立たせて短剣を握り直す。デバフか自分の意識で離そうと思わない限り落ちることはない。けれど、何故かそうしなければいけない気がしたのだ。

 

 

吠え声を上げるヤツに向けてディアベルが自身の剣で指しながら突撃を仕掛ける。ヤツの骨斧とタワーシールドとがぶつかり合って派手な音が撒き散らされるのを皮切りに、負けることの出来ない戦闘が始まった。

 

 

 

 

 

 

とはいっても、負けられない戦いの大部分を担うのはA〜G隊であって、オマケ隊に与えられる仕事は雑魚処理の討ち漏れを排除するだけだ。雑魚敵といってもボスの取り巻きだけあってかなり強い方だが、結局は雑魚だ。油断しなければノーダメージも難しくない。

 

何度目かのスイッチで『ルインコボルド・センチネル』を倒しきる。ここに到着する前にスイッチが分かって良かったわ、マジで。

スイッチはHP管理ももちろんあるが、集中力を保つための休憩だと考えた方がいい。お陰でさっきから周りの動きがよく分かる気がする。それに今日はかなり調子がいいらしい。相手が次にどこに攻撃するつもりで、どう動けばいいかが手に取るように分かる。

新手の『センチネル』の背後からゆったりと、しかし確実に距離を詰め至近距離でソードスキル『シャープ・スネイル』を発動する。左肩から右腰に向けて切りつけ、そのまま右肩まで真っ直ぐに切り続ける。最後に右肩から左肩に戻るようにして切りつけ、同時に首を切り飛ばす。丁度三角形を描く感じだ。

どうやら今ので一区切りついたらしい。リポップまではHP回復とボスの観察に徹することにしておく。そこで、どうやらキリトもボスに意識を向けている事に気付くが、一体どうしたのだろうか、様子が変だ。

幸いリポップまではまだ時間がありそうだ。直接聞こう。そう考えて思わず笑ってしまいそうになる。現実世界にいたままならこんな考え出もしないだろうに。

 

 

「キリト、どうしたんだ。気を抜くヒマがあるなら応援でもしてこい。」

 

気を抜くどころか、寧ろ強ばっているようにしか思えないが敢えてそれは言わない。

キリト自身、俺が本気でキリトが気を抜いていると思っていない事に気付いているらしい。すぐに本題に入った。

 

「なんて言うのかな、とにかくおかしいんだよ。こんなにアッサリ進むのは。それに、なんていうか説明は出来ないんだけど、何か違う気がするんだ。すごく重大な何かが。」

 

「……それはつまり『前の世界』でのコイツと『今』のコイツは全くの別物ってことか?」

 

キリトはβテスターだ。それは初めに分かっていることだから特には気にしていない。が、こと情報という点においては重要な存在だ。無視は出来ない。

 

キリトは俺の質問に対してノーと答える。コボルドロードである点は同じだしパターンも同じ。だとすると、有り得る変更点といえば、それは武器に他ならない。

 

「キリト、武器じゃないか? 例えばあの斧にギミックがあるとか。」

 

「いや、あの斧にそんな効果はなさそうだけどな…………。」

――いや、待てよ

 

そんな風にいきなり思考モードに入りだす。どうやら何か思い出しているらしい。まだリポップはしていないようだし、アスナが見張りをしているのでまだ時間はありそうだがいつまでもこんなことしていたら流石に危険だ。

そうこうしている内にボスのゲージが一つになったようだ。最初の邂逅の時に吐き出した吠え声よりもずっと破壊力のある声をあげる。けれどそれは断末魔のようにも聞こえるものだ。

もうすぐだ。もうすぐでこの獣の王も討ち取れる。

 

 

それと同時におかしな光景が目に映った。このレイドのリーダーであるディアベルが単身で飛び出したのだ。

 

おかしい、こういう場合は普通ボスの周りを囲むものではないのか? それにいくらなんでも単身で突っ込むのは傍目から見ても作戦ではなくただの特攻にしか思えない。

 

が、ディアベルは俺の疑問を無視するかのようにソードスキルを発動している。黄色の光を帯びた剣はたしかに破壊力がありそうだが、獣の王はなぜか笑ったように見えた。

 

と、その瞬間、キリトが叫び出した。

 

「全員、全力で回避しろっ!」

 

その意味を理解するヒマもなく、獣の王は腰に携えた湾刀を荒々しく抜き出し一番近くにいるディアベルに向かって走り出していた。

もうあと五〜六メートルといったところでいきなり王様が加速する。よくよく見ればヤツの武器が赤っぽい光に包まれている。しかし、情報ではあんなソードスキルがあるとは聞いていない。まさか、これが変更点? これだけでキリトが声を荒げるだろうか。

 

 

 

…………………………………………………………………………いや、そんな事は有り得ない。……けれどそれ以外に思いつけない。キリトが声を荒げるに足る変更点。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの武器が湾刀ではない、という可能性。

 

 

 

……しかし、もしも、もしも、それが事実なら。

キリトがいきなり声を荒らげた理由も、見たことも聞いたこともないソードスキルを使ったことも、それによってディアベルが吹き飛ばされるという現実も、説明する事が出来る。

 

キリトが倒れたディアベルに駆け寄ってなにか話している。けれどこの世界では慰めは生に関われない。その人の生を決めるのはHPバーだけだ。そしてディアベルのそれは止まることなく減り続けている。話をしていると同時に無理矢理飲ませた回復アイテムによって持ち直してはいるが、戦線に復帰出来るようになるまでかなりかかるハズだ。

 

それよりも気にするべきは獣の王、コボルドロードだろう。ディアベルが戦線離脱、それも未知のソードスキルに敗れた事による恐怖感が彼らを襲っていた。リーダーが目の前で薙ぎ飛ばされ死にかけている、となれば落ち着いていられる者はいても指示を出せるような人間はいない。

 

しかもヤツは自分から下がっていく餌を追うよりもまずは近くにいる餌からにしよう、そう考えたのかディアベルに近付いている。このままでは間違いなくこのレイドは崩壊する。ディアベルが生きているからこそなんとか免れているが、彼にとどめを刺されたその時こそレイド崩壊の瞬間だ。それはつまり当初恐れた絶望を意味している。

 

そう考えた頃には身体が動いていた。かなり高めに振ってある敏捷力をフルに活かしてコボルドロードとディアベルの間に割り込む。

そうしてヤツが振りおろした大剣を、左腕とその上に短剣を重ねる形で威力を殺す。

 

「ぐぅぁぁ!」

 

が、地力の差からか鍔迫り合いにもならずゴリゴリと押し込まれている。あまりの重さに短剣がカチャカチャ鳴り、腕に喰いこみ始める。そろそろ限界だろうか、HPも安全域から注意域に突入したかと思うと物凄い勢いで危険域に突入しかけている。

このままではまず先に自分が死んでしまうぞ、と歯を食いしばってみるが大して変わらない。これは本気でマズイ。

 

と思った矢先にいきなり軽くなった。視界も剣の影がなくなったせいか明るくなっている。

 

やっとかよ。遅すぎだぞ。

 

「わるい。ちょっと気合いいれてた。俺がいなすからハチが攻め込んでくれ。」

 

矢継ぎ早にそう告げるといきなり走り出していく。なんとか安全域まで回復するやいなやキリトを追いかけるようにして走り始める。コボルドロードも仰け反りから回復しているのにディアベルのように突っ込んでこない。そういえばディアベルはどうなったんだろうか。

振り返りたくなる衝動をなんとか抑えこむ。ここでそんな事をしても意味はない。寧ろヤツに隙を与えるだけだ。

 

ヤツに近づく途中でアスナに出会う。どうやら他のパーティーと一緒に退避しなかったらしい。

 

「待って。私もいくわ。」

 

「…タイミング、合わせろよ。」

 

キリトはもう戦い始めている。無駄な事で時間を取るわけにはいかない。

それにこれでオマケ隊全員が集まったわけだ。いまだ混乱中のレイドを見れば援護はないと考えた方がいいだろう。

 

さて、このケモノ野郎。いうなりゃ第二ラウンドスタートだ。歯、食いしばっとけよ。

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