そんなふうにカッコつけてみたはいいものの。
さすがにこの怪物を相手に無策に突っ込んだとしても返り討ちに遭うだけだろう。突然のことだったとはいえ、現時点でもかなり上位のプレイヤーを死の淵に追いやった実力は折り紙つきだ。
だからこそ周りのプレイヤー達にはこの光景が異様に写っただろうことは想像に難くない。なにせ俺達はほとんど完璧にヤツの攻撃をいなしカウンターを喰らわせていたのだから。
いわゆる壁役と指揮官役を務めるのはこの中で唯一ヤツについての情報を持ち合わせているキリトだ。その情報と異常なまでの対応力によって先ほどからヤツの攻撃は通っていない。アスナはその精密性を武器に弱点部分と思われる箇所に的確に重攻撃を当ててゆく。アタッカーの役割だ。そして俺はキリトが開けた小さな穴をより大きくすること。防御の補助といったところだろうか。俺の短剣はリーチが短く普段ならばこんな役割は回されないのハズだが、コイツの破壊力とディレイからの回復スピードを考えると自分の役目がなければアスナがカウンターを喰らう確率が高くなるだろう。
ただ自分自身驚いているのはこれらの息の合った連携がぶっつけ本番の、しかも無言のうちに行われている事だ。
キリトがヤツのソードスキルを同じくソードスキルで弾き返したかと思うと合図のように短く叫ぶ。
「ハチッ!」
それに返事をする代わりに短剣カテゴリで唯一ディレイ効果のあるソードスキル『バニシング』を放つ。左腰でためた短剣を敵の近くで振り払うようにして腕ごと動かすのだが、普段ならただ隙が多いだけのソードスキルであってもキリトによって若干の硬直状態にある今なら充分な力を発揮する。『バニシング』によって数歩引き下がったヤツにアスナが追い討ちをかけるようにして重攻撃系ソードスキル『スターベリーズ』を放つ。
かなりの一撃を喰らってかやや下がり気味になってきた。このままいけばなんとか倒せるかもしれない。ただ、少し気になるのはヤツが前半の猛攻から一転、何かを図っているような気配を漂わせ始めたことだ。それを感じ取ってかキリトもアスナも、もちろん俺も警戒をより一層強める。流れがこちらにきているとはいえギリギリの綱渡りをしていることに代わりはない。少しの油断が命取りなのは変わらないがその危険度は間違いなく跳ね上がっている。
最初に動き出したのはキリトだ。壁役のキリトはもちろん一番ボスの近くに張り付いておかなければならない。が、本来キリトは壁役ではなくアタッカータイプだ。普段慣れない事をしてかなり神経を遣っているのに加えて、重攻撃系統のソードスキルを含めた大概の攻撃をいなすという荒業をやってのけているのだ。想像もつかないほどの集中力を要するに違いない。だがキリトがいなければこの綱渡りすら出来ないだろうし、それは彼も理解している。彼が最初に動いたのは自分に注意を向けるのと、俺達が攻撃しやすい位置に誘導するためだ。
と、その瞬間、ヤツの目がギラギラと輝いている事に気づく。エフェクトや見間違いなどではなく正真正銘の獣の目。しかも何かが成功したと確信したときにしか出ないような危険なものだ。
けれどヤツが今放とうとしているソードスキルはそれまでにも何回か発動してきているものだ。そしてもちろんキリトはそれを全て完璧に防御していた。今回も同じだと踏んだのかキリトがソードスキルを展開する。さっきからの悪寒を振り払って俺も『バニシング』の用意をする。ソードスキルを発動した以上はどうする事もできない。あとはこの悪寒がただの気のせいである事を祈るだけなのだ。
しかし、その予感は的中した。それも悪い方に。
キリトがソードスキルをもろに喰らって吹き飛ばされたのだ。どうやらヤツの企みはコレだったらしい。ヤツが放ったソードスキルは初動がよく似た全く別のソードスキルだったのだ。予想では上から振り下ろされるハズのそれは、しかしその軌道を描くことなく下からせりあがるようにしてキリトに迫った。本来ならキリトの反応力があれば躱すことも不可能ではなかったろうが、ソードスキルには必ず硬直時間がある。それによってヤツの攻撃をもろに喰らうという結果になったのだ。
吹き飛ばされたキリトを一瞥してからアスナとアイコンタクトをとる。あれだけ飛ばされてはさしものキリトとはいえ精神的ショックは大きいはずだ。アスナに目でキリトの援護をするように頼む。視線の意味を理解したのかそちらの方へ走り出そうとするがその前にわざわざこちらに振り向く。なんだ、と同じく目で問いかけると、
「任せたわよ。」
との事。どうやら任されたらしい。まあアスナ様に任されたとなるとふざけた事でもすればあとで殺されそうだ。どっちにしたって手を抜いて生きられる相手でもない。
「任せとけ。ヘイトを集めんのは得意だからな。」
それを言った頃にはもうアスナはキリトの近くにいたのでこれを聞いたのは俺一人だけという事になる。別に誰かに向けて言ったわけじゃないく半分以上自分に言い聞かせるためだから良いんだ。気にしたら負けだ。
とりあえずのところ俺に出来るのは時間稼ぎだろう。キリトのようにソードスキル返しが出来るならしたいものだがリーチの短い短剣では難しいだろうし、未だに軌道を読めるソードスキルは二、三個だ。とてもじゃないが真似出来るとは思えない。つまり俺がヤツの注意を引くのには、張り付きをしなければならないということだ。ハイリスクではあるがハイリターンでもある。うまく潜り込めればヤツのソードスキルの大半が範囲系である事から、それを封じる事が出来る可能性は高い。そしてヘイトを一点に集中させるという目的に一番適っている方法でもある。
そうと決まれば弱音を吐かないうちにヤツに急接近する。重苦しい大剣をぶんぶん振り回しているが焦らずに対応すれば問題ない。大剣による雨を躱して一気に足元に滑り込む。ここならばあの大剣も満足に振るえないハズだ。その企みは上手くいったらしい。今まで使ってこなかった足も攻撃に組み込んでくるが、大して長くないそれを躱すのは難しくない。それに大剣の方もなんとかいなせていた。剣の持ち方をクナイっぽくしてみたら思いの外防げたのだ。どうやらうまく力を逃せる形だったらしく、ヤツの重量に見合った直線的な攻撃は足を防ぐよりも簡単だった。それに加え当初の目論見でもあったソードスキル封じは成功していた。足元に向けてソードスキルを放つにはあまりに近すぎたらしい。苛立ちが見え隠れしている。この調子でいけばなんとか倒せるかもしれない。
その油断が命取りだったのだろう。
なぜか自分の体が動かない。ほとんど動かない体に鞭打って無理矢理目を覗かせてみると、いつの間にかヤツは目の前にはいなかった。けれどもどこにいったかは大体予測出来る。
視線をあげてみればやはりそこにいた。どうやらヤツはあまり長い間張り付かれているとこのアクションを起こすらしいが、そんな事知っているハズもない。それにどうやらヤツのジャンプには若干のスタンがあったらしい。動かなかった体がいつの間にか倒れ込んでいる。
地上では満足に放てなかったソードスキルも空中ではうまくいくと踏んだのか羽虫を殺すためにとソードスキルを発動している。ディアベルを死の淵に追いやったのと同じ赤っぽい光を帯びているのが見える。かなり上空にいるのを加味すると先程までとは比べ物にならない破壊力になるだろう。
せめてもの抵抗に短剣を盾代わりにしてみるが、こんなものヤツの前では紙切れ同然だ。それが分かっているからだろう、迫ってくるヤツの迫力に負けて思わず目を瞑ってしまう。
だから、俺はその全てを見ることが出来なかった。本来ならそこで終わるべきではなかったはずの人間の最後を。