(※習作の短編です。続きません。続きませんったら続きません。)
「んん! 美味いなこれは! これほど美味しいのを食べるのは久方ぶりだ!」
隣で白いワンピースの女の子が心底美味しそうにしている。膝には折りたたんだ灰色のベスト。なめらかな銀の髪にきれいな淡い緑の丸い目をして、控えめに言って美少女な外国人だ。
そんな子が僕の隣で美味しそうに牛丼を、それもチェーン店の並盛りを美味しそうに食べている経緯は呆れるくらい簡単だ。買い物でもしようかとショッピングモールに来たらこの子が行き倒れていたんで、おそるおそる声をかけたってとこ。
でも、なんで女の子に牛丼をおごっているんだろう。しかもクソ暑い夏に。
つーかたかが牛丼のチェーン店ごときで喜びすぎじゃないか? そんな行き過ぎた食レポみたいなことやってるからお客さんの注目っぷりがすごいことなってる。
「君も美味しいと思うだろう、な?」
「そりゃ自分でカネ払ってるからね……」
この子はたぶん12か13歳くらいのように見える。背丈は小さいし、第二次性徴だってそんなに進んでいないような感じだ。
でも一番目を惹いたのは彼女の長い銀髪だ。染めているようには見えないし、おまけにつややかできれいなストレートヘアーときている。
顔立ちも素直な可愛らしさがあって、同年代の男の子はみんな夢中になりそうな印象を受けた。なんかのモデルか芸能人と言われても不思議じゃない。たぶん海外の子なのだろう。
日本人離れした容姿をしながら流暢に日本語を話す少女。外国人のモデルかなにかかと思ったけど、彼女といる途中で「あれって××って有名人じゃない?」と指をさされることはなかったから、たぶん違う。
ひとつ確かなのは、この子が大金持ちの子供か関係者だってこと。指輪(それも小さな宝石付きだ!)がついていない指はどこにもないし、首には小さくて上品な赤い宝石をあしらったネックレスをつけている。
そういったアクセサリーたちには下品な印象がなかった。やたらでかくて存在を誇示して「自分はこんな価値のあるものを身につけられるだけの力がある」と言外に大きく主張するような、そういう下品さはない。
「あのさ」
「うむ」
「財布とか持ってないの?」
「ない」
「そのバッグには?」
「ない」
少女が隣の椅子に置いている黒いバッグに目をやる。
高級感たっぷりなツヤのある小さなものだ。あの中にだったら万札がギッシリ、ブラックカードが仕舞われていて、いかにも大金持ちな財布だってあるはずだけど。でも、子供にそんなもの持たせる親もいないか。
「そんなことよりお主も食べるが良い」
「……僕がおごってるんだけどね。いただきます」
箸をとって一口。まあまあ美味い。朝食を抜いていたからか、いつもよりは良く感じる。
って、お主って。時代劇くらいでしか聞いたことないぞ。古めかしい言葉の割にはスプーンで食べているけど外国人なら納得できるかもしれない。箸の扱いに慣れてなくて当然だし、日本語を覚えたきっかけが時代劇かもしれない。
〈――あーあー、この事件ね。最初はイギリスで始まり、フランス、アメリカと次々に国を転々としているのですよ。いつの間にか人が内蔵を抜かれて死んでいた。白昼堂々とそんなことが起こって、しかも目撃者が誰もいないときています〉
牛丼屋のテレビでは日本で起こった猟奇殺人の続報をやっていた。なんでも下校途中の中学生がいくつかの内蔵を抜き取られて死んでしまったらしい。奇妙なことに被害者の中学生は事故当時に八人もの同級生と集団帰宅していて、彼らの関係はとても良好だということだった。
何者かが多くの人間の意識に入らないように猟奇殺人を起こしている――単純に考えれば光の速さで動くことができればこういう殺人は簡単なのかもしれない。
そんなことよりもだ。行き倒れていたところに牛丼をおごってそれで終わりってわけにはいかない。落ち着いたら警察にこの子を預けてもらわないと。僕がこのまま連れていたらロリコン扱いか、冤罪で捕まるんじゃないだろうか。
「……君のお名前は?」
「名を尋ねるのなら先に名乗るべきであろう」
「ああうん、僕の名前は冬雪」
「フユキというのか」
「近くの大学の生徒で、専攻は――」
「そこまでは聞いとらぬ。言われてもわからぬ」
「――ああそう」
「名乗ったなら私も名乗ろう。ルミエールだ」
「
「正しい発音だ。海の外の言葉を学ぶとは感心する」
「君も日本語が上手だ。もう完璧じゃない」
「完璧などというものはどうしたって実現しない。この牛丼も……どれだけ質の向上をしようと完璧にはなれない。この店にケチをつけているわけではないぞ、とても美味しいしフユキのおかげで助かっている」
少し慌てたようにルミエールと名乗った少女はスプーンを口につけた。なんだかその仕草がかわいらしくて、こんな子が友達であればいいのに思ってしまう。
食事が終わった僕たちは外に出た。ショッピングモールのど真ん中。飽きるほど訪れ、買い物をしてきたこのモールが、非現実的な出来事があるだけでちょっと新鮮に見える。
ルミエールがどういう事情でここにいるのかを尋ねることにした。近くに交番があったはずだが、着くまでにいろいろな話を聞いたほうが良いにきまっている。
「フユキ、とても助かった。ありがとう」
「それはいいんだけど……ルミエールは迷子かなにかでしょ?」
「いいや」
「え? 親とか付き添いの人とか、いないの?」
「ああ、そう思っていたのか。大丈夫だ、私のことは心配しなくて良い」
「でもひとりじゃ危ないよ。どうするの?」
「お主が思っているのとは違うのだ。……だが、このまま別れるのも不安だな」
よくわからないことを言いながらルミエールは指輪を外していく。右の親指の、淡い赤色をした宝石がついてる。見つめ続けると吸い込まれそうな妙な魅力があった。
「これをお主に渡そう」
「え?」
牛丼をおごったらスゲー高そうな指輪をもらいましたって? シンデレラガールなんてレベルじゃないぞこれは。どうなっているんだ?
「いいの? こんな高そうなものをもらって?」
「もしもお主の身に危険が迫れば私を願えばいい。さらばだ」
手に載せた指輪からルミエールに目線を動かせば、そこにはもう彼女はいなかった。まるで幻のように。白昼夢のように。
いやいやちょっと待て。幻がどうやって牛丼を食べるんだ、それも美味しそうに。
しかるべき店に持っていけば数年は遊べそうな金額と引き替えにできそうな指輪をもらったり、ついさっきまでいた人間がまるで光の速さで消えたとか、非現実的なことが立て続けに起きて混乱している。
ルミエールは幻なんかではない。現に牛丼屋の店員も客もルミエールをそれなりに注目していたじゃないか。
彼女は大金持ちの娘さんで、迷子になってクタクタになっていたところを僕が見つけて今に至る――と考えるのがしっくり来る。
きっとそうに違いない。迷子じゃないって言っていたのはたぶん高いプライドがそうさせたのだろう。それに妙な胸騒ぎがある。牛丼屋のテレビのニュース。奇妙な猟奇殺人。僕は指輪を右手の親指にはめて歩き出した。
「ルミエールを探さなきゃ。……迷子センターにでも行くべきかな」
――もしかすると夢を見ているんじゃないか。白いワンピースの女の子なんて夢の産物で、一緒に牛丼を食べるなんてのはフロイトの夢分析にかけたら重度のロリコンですとも言われてしまうのではないか――
そう思ったきっかけは唐突にやってきた。
迷子センターはこのショッピングモールの一番北のところにある。そこを目指して人が多い大通りを歩いていたら、いきなり「変化」が起こってしまった。
すべてが「止まって」いる。壁にかかった大きなテレビモニターはコメンテーターが下品な笑いを貼りつけている。すぐ隣を歩く髪の長いお姉さんも凍りついたかのように動かない。
あまりに非現実的なことが起きすぎている。
これはきっと夢なんじゃないか。
夢を見ているって自覚している夢って体験した記憶があるし、そういうものに違いない。
だから前にいる、先を歩くおじいさんの背中が「内側から」べりり、とめくれたのも夢に違いない。
不思議なことに血がどびゃあと噴き出ていないのも夢に違いない。
ああ、おじいさんの内側から黒いゴリラのような怪物が現れたのだって夢に違いない。
「あ? こいつ見えているのか?」
なにか話しかけてきている。僕の目を見て。怪訝そうに。両手を顔の前に出して構えて近づいてくる。怪物の爪はとても尖っていて、ダイヤモンドだってバラバラにしてしまえそうに鈍く光っている。
「この時間で動けるだなんて珍しい人間だ。……こいつの肉は美味いかもしれない」
見た目どおりこいつは食人のバケモノだ。首を回してまわりは見られるのに、肩から下が石になったかのように動かない。
右の方にある大きな壁掛け時計は真ん中からハトを吐き出して止まっている。正午。怪物が言ったこの時間って正午のことらしい。
「怖くて動けねえか? そらそうだろうな、こんな状況を自分だけが把握できていて、しかもいまから喰われちまうってわかってるんだ。怖いよな?」
「あ、あ、ああ……」
逃げないと。でも、体が全然動かない。足が後ろに下がらない。噴き出る汗で全身べちょべちょだ。
僕が叫んだのが早かったか、それとも怪物が飛び込んだのが早かったか。怪物は僕の肩幅くらいはある大きな口を開けると左肩にかじりついた!
「うがっっあああああっっ!!!」
目の前が真っ赤に染まる。押し倒されて喰い破られようとしている。自由な右手で殴りつけても怪物はまったく怯まない。
このまま死ぬ。死んでしまう。嫌だ、いやだ、いやだ――
――もしもお主の身に危険が迫れば私を願えばいい――
――死に際に記憶が駆け巡るという。とっくの間に痛覚は強すぎる刺激で死んでいて、熱いのか冷たいのか痛いのかそうでないのかわからない。
目の前には自分の体を貪る黒い怪物。ゴリラのような食人生物。その他に自分の右手があった。右手の親指にはめた、赤い宝石の指輪。
「あああああっっ!! ルミエール、助けてくれえええっ!!!」
瞬間。
体がふっと軽くなった。
当然だ。押し倒して牙を突き立て血肉をすする怪物が左に吹っ飛んでいるのだから。
代わりに僕の上に立っているのはルミエールだ。白のワンピースに灰色のベスト。まるで瞬間移動したかのように、どこからやってきたのかすらわからない。
「フユキ、私が見えるか?」
「ルミエ――」
「すまない。私のせいでお主は……お主はまだ、生きていたいか?」
なんて当たり前の質問をしているんだ。
生きていたいに決まっているじゃないか。なんでこんな目に遭わなきゃいけないんだ。
夢なんかじゃない。もしもそうなら怪物にかじられたあたりで目がさめるはずなんだ。そうじゃないってことは現実だってことじゃないか。
現実にこんなに血を流したら死んじゃうだろ。僕はまだやりたいことがあるんだ。
ライトノベルの会社の賞に応募したい。
誰かの役に立つ仕事がしたい。
家庭を持って思いやりのある父親になりたい。
自分の幸せを大事にしたい。
それのなにが間違っててこんな目に遭ってるんだ。どういうことだよふざけるんじゃない、生きていたいに決まってるだろう。
「いぎ、だい」
「……もう戻れなくなるぞ」
「やりだいごとが、まだある、だ」
「――恨めよ、フユキ」
自分の親指をかじってから僕の口に突っ込む。あたたかいなにかが喉を通っていく。
血だ。
ルミエールは自分の血を与えている。
申し訳なさそうに顔を歪めてルミエールは手を引っ込めた。引っ込めた手は銀色のベストの内ポケットに伸びて、鈍い銀色のナイフを取り出している。
「起きろフユキ。もう真昼だ」
「……え?」
いつのまにか。いつのまにか、怪物にやられて大きく裂けてしまってた体が元に戻っている。傷も血もひとつもなく。でも黒いTシャツはボロボロで、さっきのが本当に起こったことだって証拠になってる。
「お主は私の眷属となった。同族の方がわかりが良いか?」
「けん、ぞく?」
「そうだ。お主は私と同じ『光を纏う者』となった。お主はもう光も同然だ」
なにを言っているのか理解できない。光を纏う者? 光も同然? ルミエールと同じ?
混乱しかかった頭は怪物が起き上がるのを見て集中を取り戻した。どこか怯えるような目をしている。まさか、ルミエールにビビっているのか?
「光を纏う者だと!? バカな、奴らは――」
「生きていたのだ。私ひとりがな」
「――なら、お前を殺せばもういなくなるわけだ」
怪物が邪悪な笑みを浮かべる。けど、次の瞬間には怪物から見て左に吹き飛び、上に飛ばされた。かなり浮いたように見えるが、直後に地面にたたきつけられている。
「ぐげらっ」
「誰が私を殺すだと?」
「クソが、ひとひねりにしてやる!」
「お前ごときが私に触れることなど出来ぬよ。そこの人間にもな」
「試してみるか?」
言うが早いか怪物が僕に向かって駆け出す。さっきまで体に食い込み血肉をすすった牙がむき出しだ。
「フユキ! いまのお主なら『光』と同じだ! 動け!」
動く。
真正面から迫る怪物を左に動いて避ける。
がこ、となにかにぶつかった。壁だ。なんで僕は壁に左半身を埋めているんだ? 結構深く強くぶつかったけど、痛みはまるで感じない。
「なっ……どこだッ!?」
深く埋まってしまっていたのに抜け出るのはどういうわけか思ったより簡単で、おまけにあの怪物は僕を見失っている。
あの距離で見失うわけがないだろと思ったけど納得できなくもない。僕と奴の距離はもう300メートルは離れている。一瞬でここまで動くなんて、まるで瞬間移動――
――なるほどそうかわかったぞ。ルミエールが言ったように僕は光になってしまったんだ。文字通り光速で動けるようになってしまったなら、光速からの飛び蹴りなんてどうだ? 人の体をおやつみたいに食い散らしやがって!
「そこかッ! てめえは八つざばあっ」
靴ごしに野獣めいた肌の質感を感じながら脚に力を込める。あまりにもしっくりした強すぎる手応え。このまま蹴り飛ばして振りぬく!
「があああっ」
「吹き飛べクソがあっ!」
天井に叩きつけて埋めてやった、ざまあみろってんだ! このままぶちのめしてやるから覚悟していろよ。
「いいぞフユキ。あとは私に任せろ」
「ルミエール?」
「それとも一緒に殴るのがお望みか?」
「うん。奴には体を食い散らされているんだ、ボコボコにしないと気がすまない」
「わかった。手を貸せ」
いつのまにか右隣にいるルミエールに右手を握られる。彼女の左手と僕の右手が繋がって眩しい黄金の光が放たれ始めた。なんだこれは? ふたりでぶっ放す必殺技かなにかなのか?
「いち、にの、さん、で手を前に突き出せ。それで終わる」
「じゃあこれはやっぱり必殺技?」
「そういうことになるな。さ、奴を殺そう。放っておけば別の誰かが死ぬことになる、フユキはそれを望まないはずだ」
「うん。そりゃそうさあたりまえだよ」
「わかった。いち、にの――」
天井に埋まっていた怪物が自力で脱出するのと、僕たちが同時に手を突き出したのはほとんど同時だった。
怪物に向けて突き出したてからは黄金の光の束がごうっと飛び出して、怪物に直撃し、奴を激しく燃やしていく。
「ぐああああっ、クソが、こんな奴らに!!」
黄金色の極大ビームだ。思い切り怪物を焼いて、焼きつくす。
怪物は苦悶の絶叫を上げてのたうちまわり、ルミエールとの必殺技が終わった後もどたどた暴れて――ついに動かなくなった。
「倒した、の?」
「殺したんだ。……奴らは人の体に棲み、この刻に目覚め、空腹を満たすためにあらゆる生物を喰らう。奴らは昼の獣という」
すべてが静まり返った世界でルミエールは読み聞かせるように喋っている。かわいらしい姿はなにも変わっていないのに雰囲気だけが奇妙に色を変えている。冷徹な殺し屋とは違うけど、あまりにも大人びていて見た目とのバランスがまったく釣り合っていない。
自分が死にかけたこと、自分が怪物を殺したこと、自分が光の能力を得たこと――いろいろありすぎて混乱しそうで、ひどく興奮しているのに、ルミエールの言葉はとても静かで心が落ち着くような感じがした。
「フユキ。私はな、昼の獣を殺してまわっている。人の世を守るために、だ」
「そんな……いったいいつからそんなことを?」
「もう覚えていないよ。生きた時間でいうならフユキなど赤子のようなものだ」
本当に絵に描いたように漫画みたいなことを言っている。昼の獣の狩人、それがルミエールなら彼女は僕たち人類にとっての守護者みたいなものじゃないか?
「そろそろこの刻も終わる。離れよう」
「え?」
ルミエールの顔を見たタイミングで、倒れた昼の獣が爆発した。危険な爆発ではなかった。あたりに光を撒き散らしただけで、近くのものや人が傷ついた様子はない。
「あの獣との戦いの跡は人の目に触れるだろう。騒ぎになるのは避けられまい。お主はそういうのが好きか?」
「面倒だね。わかった、離れよう」
ショッピングモールから近い場所にある公園のベンチに腰掛けて落ち着くことにした僕は、ルミエールをそこに座らせたまま飲み物の自販機に向かった。
「なんだこれは」
「待ってるって言ってなかった?」
「私が眠っている間にこんな道具も出来たのか。前に目覚めていた時には、世界中どこをめぐってもこんなものはなかった」
「あー……これは自動販売機っていうんだ。必要なぶんのお金を入れて、欲しい飲み物を買えるんだよ」
「自動というのは店員がいなくとも買えるという意味か。なるほど、便利になったものだな」
「まあうん、そうだね。ルミエールは眠っていたっていったけど、前に起きて眠ったのはどれくらい前なの?」
「おそらく200か300は年を越しているだろう。そうだ、私は不死だよ。もっと昔の時代から昼の獣の狩人として生きていた。ずっと起きて昼の獣どもを狩りて人の世の平和を守りたいが、私にも限界というものがあるのだ。眠りのひとつやふたつくらいはする……そのコーヒーをもらおうか、フユキ?」
オッケー。必要な小銭を財布から出してルミエールが指差した缶コーヒーを買う。
漢字がきちんと読めるらしく「微糖か」と口にしながら戸惑っていた。缶をどうやって開けるのかわからないようだった。
「こんな感じだよ、ほら」
「なるほどな。……出来たぞ!」
心から嬉しそうにはしゃぐルミエール。さっきまでの狩人としての彼女とは一変して、見た目通りの子供のように振舞っている。何百年も、もしかすると何千年も生きてきた彼女はこんな表情も見せるのかと、素直な驚きが僕の中に起こる。
「うむ。これもうまいものだな」
「気に入ったようでなによりだよ。けどルミエール?」
「なんだ?」
「どうして君はこの時代に目覚めたんだい? お腹が空いて目が覚めたって感じ?」
「結論から言えば違うよ。何百年周期で昼の獣の大物が目覚める。大物がそれを狩るために私は目覚めるのだ」
納得は出来たけどなにかが腑に落ちない。ルミエールは普通の昼の獣を見逃している……ということなんだろうか?
「なにか思い違いをしているようだから教えてやろう。人にとっては残酷な現実だが」
「え?」
「フユキは昼の獣の数が少ないと思っているだろう? 奴らはいまの人類ほどではないがそれなりに数はいるのだ」
「えっ、そんな!」
「この日本という国では……おそらくは1万はいるだろう。これで奴らの数はかなり多いほうだ。私が眠っている頃では100と少しくらいしかいないはずだ。奴らは大物がいるところで大量に自然発生する。その気配を感じ取って私は目覚めたのだ」
「じゃあ全部の昼の獣を倒して人を助けるのが狙いじゃないってこと?」
「私一人では無理がある。いくら光の力を宿しているといってもな。そこでだフユキ、私に関わったがゆえに人でなくさせてしまっておいてだが、協力して欲しい」
協力? 僕に昼の獣を狩る手伝いをして欲しいというのだろうか?
正直言って潜入捜査みたいに悪事を見逃しているみたいで嫌な気分だけど、でも、ルミエールだって見殺しにしてしまっているって自覚や罪悪感は覚えているみたいだ。そうじゃなきゃ悔しそうに顔を歪めたりなんてしない。
「人をあんなふうに襲うやつを倒すっていうなら喜んで協力するよ」
「なら私をお主の家に泊めてはくれないか?」
「へ?」
「目覚めた時には隠れ家が風化していてもう使えないのだ。普段だったら建てなおすが、いまはフユキを守らねばならないし、力の使い方も教える必要がある」
「つまりそれは……一緒に住むってこと?」
「だからそうだと言っておろう。なにか問題があるなら別の手段を講じるが」
問題、問題ねえ。そんなのはない。世間体だってあんまり気にすることはないだろうし。
けどねえ。問題があるかないかで言えば、彼女持ちだったら問題があるんだろうけど――こういうのは考えるととても負けた気分になる。わかった、わかったよ。大物ってのを狩るまで一緒に住もうじゃないか。
「大丈夫だ、問題ない」
「それなら決まりだな。案内してくれ」
「僕の家に?」
「うむ。……飲み終わった缶はどうすればよいのだ?」
「そこのゴミ箱に入れるんだ。分別をしないといけないから……これはスチール缶か、それならここに入れるんだよ」
今日、この日をもって、僕は非日常の世界に直面した。
まだ夢を見ているんじゃないかて感覚はある。あまりに現実離れしていて――でもこれは現実だ。それだけはどうしても覆せない。
ルミエールが昼の獣の大物を狩るのなら、それはきっと人々の平和を守ることになるはずだ。それに僕に与えられた力は、光の力は、身近な人々を守るのに使える。
僕ひとりでは全人類を、いや日本の人々全員を守ることなど出来ない。それはルミエールだって同じはずだ。でもふたりなら、その親玉とやらを倒せば、いまのような苦しい現状を変えられるに違いない。
僕と同じように襲われて死んでしまった人はきっとたくさんいる。これからも死んでしまう人が出るかもしれない。僕が力を使えばそうして襲われるのを未然に防げるかもしれない。
「ねえルミエール」
「どうした」
「……落ち着いたら、僕に力の使い方を教えてくれないかい? 自分の手が届く範囲なら、昼の獣から守りたい人がいる」
「恋人か?」
「そんなんじゃないよ。友達とか家族とか、あまり話をしない知り合いだって、そうやって死なれたら気分が悪い。そう思うんだ」
「なるほど。私の相棒は善き者のようだ。これからよろしく頼むぞ」
「うん。こちらこそよろしくお願い、だね」
ルミエールが僕に向けてすっと手を差し伸べる。僕も右手を出して握手。小さなその手は確かに暖かくて、人を守る意思を感じさせた。
「さあフユキの家に案内してくれ」
「うんうん」
「それとだなフユキ」
「ん?」
「私をルミエールと呼ぶのが嫌ならエルと呼んで欲しい。そちらのほうが短くて呼びやすいだろう?」
「愛着のある呼び方だね。じゃあ……えーと、エル。こっちだよ。あの道路を向こうに行った――」