沈黙で望む答えを導きだそうとするが一向に彼女は変わらない。
それでも沈黙を守り続ける主人公に希望の形が現れる。
主人公(現在)とバビロン(過去から未来へ続く者)
そして希望(未来)この三人が彼女にできることは?
主人公と彼女の未来を幸せにできるのだろうか。
飲んで帰ったときはいつも、うるさいぐらいくっついてくる彼女も、
最近はくっついてこない。俺が嫌がるからか?
でも本当はうれしい。すごく酒臭いけど。
(これもだ。いってない。うれしいって。)
浅い夢のようなものを観ていた俺は彼女に
起こされ咄嗟に不機嫌を装い起きだす。
ついさっきの出来事に付いての説明をさせるつもりで。
--------------------------------------------------------------------------
もう彼女と暮らし初めて3~4年になる。
住んでいた家を売り払い母親がマンションに引っ越すことになったからだ。
彼女は住むところが無いと半泣きで何度も訴えていた。
そんなことが無くても当然のように彼女を
迎え入れるつもりだったから
逆に戸惑ってしまい、ついつい返事を濁してしまっていたが
いいよ。そう返事をした時の彼女の行動は早かった。
すぐに役所にいって住所移動を済ませ、引っ越しの手筈まで整えた。
と言っても何が変わる訳ではない。毎日来ていたのだから。
-------------------------------------------------------------------------
あきらかに不機嫌な顔をしても、
彼女は気にする素振もなく俺の服を持って来る。
不思議なくらい落ち着いている。
戸惑いさえも魅せない彼女に困惑しながらも
俺は不機嫌な振りを続ける。
TVからは、ニュースや天気予報を読み上げる爽やかな声が聞こえ、
少し気分がほぐれるが二人が会話することはない。
朝は何時もこんなものだ。
自分に言い聞かせながらアパートを出ようとする
俺の後を彼女がついてくる。
そして背中に向い・・・
「行ってらっしゃい。」と声をかける。
振り返ることもせず、そのまま玄関を出る。
どんな表情で俺を観ていたのか?
そのとき彼女は何を想っていたのか・・・
説明させるつもりで始めた不機嫌な振が、
言い訳さえ、しない彼女に対しての不満から、
本当の不機嫌さに変わっていく。
TVから聞こえてきた爽やかな声に救われる事も無く、
不機嫌なままで会社に向かう途中寄った愛想の
全く無いコンビニ店員に、腹を立て八つ当たり気味に
二度と此処には来ない小さな決断をする。
小さな決断がいつも人生を左右する。
YESかNO。唯それだけの決断。
正確には決断と呼ぶにはあまりに小さい、
日常生活で何気なく下している決定で人生は分岐し、
全く違う道を辿りだす。
分岐したもう一つあったはずの道には、
モザイク模様が掛けられ、観ることはできず
観えていたとしても戻ることはできない。
分岐してしまった人生は、出会う人々を換え
それぞれに影響を与え合い、人生をまた違うものに変えていく。
つまらないことで人生が変わっていく。
自分で選んでいる事は確かだが、単純すぎて
人生を理解出来ない。予測する事も可能だろうが、
現在での予想しかできない。
幾ら考えようが先を見越して決定することは
博打と変わらず未来はいつも行方不明。
そして、うれしくない現実がもう一つ。
人生の大半は待ち時間だということ。
注文を待ち、人を待ち、何かのために順番を待つ。
旅行に行って目的地に着くまですらも待ち時間。
違いは、楽しいか。
楽しくないか。
それだけ。
俺は今、何を待っている・・・
楽しくはない。
そんなことを考えているうちに、会社に着き
仕方なしに、現実に戻ることにする。
俺の仕事は、一年ほど前から現場管理と作業員補助、そして入出金管理。
友人に頼まれ、やったことの無い仕事だが引き受け結構がんばっている。
彼女と暮らし始めた頃に働いていた会社は地元の小さな会社から、
けっこうな給料で引き抜きが掛かり転職した。
だけど方針が全く合わなかった。
半年でトラブルになり即日退社。
もちろん彼女には全部・・・事後報告。
(わかっているよ。俺が悪いんだ。)
-ゴメン悪かったよ。-
しかし現場経験の無い俺の指導を聞くヤツは少なく
自然に孤立気味となる。
十時、三時の休憩にみんなで飲むお茶代は
俺のポケットマネー。
さらに、弁当代の立替やガソリン代などの経費も
俺が立替えて現場を動かしている。
一日に財布から出で行く金は平均五千円ちょい。
月にすると十万円を超える。
結構きつい出費だと思うが、指導を聞かない社員の
機嫌取りも兼ねているから、仕方なかった。
もともと、営業だから取引先には受けもいいし、
他社の作業員との仲も良いけど身内社員だけは白い目で俺を観ている。
他との良好な関係も気に入らないらしい。
そんなジレンマからかいつの間にかアパートに帰っても、
酒ばかり飲んで何もしない嫌なヤツに俺はなっちまっていた。
掃除、洗濯、食事の仕度も、ほぼ彼女がやるようになり、
気が付けば半年が過ぎていた。
逆転していた。出会った頃は食事も洗濯も家事全般を俺がして、
彼女はただ居るだけ。
今の生活スタイルは良いとは言えないかも知れないが、
攻められるほどひどいものではないはず。
もちろん今でもそう想う。
彼女には話してないが、先月も給料が遅れている。
今月は親会社が入金をしていない。
もちろん俺の立替経費も精算されてない。
入金しない親会社、幾ら効率を上げても
認めようとしない同僚たち、
思えばずっと前から少しずつ確実に無気力になり、
怒りやすくなっていた。
友人であり社長であり、最も信頼している人物とも、
今日は話をしたくない。
今日も入金はないだろう。
それは大変だけど、俺の頭は彼女でいっぱいなんだ。
今日は話しかけないでほしい。
彼女以外は誰も話しかけないでほしい。
自然に彼女のことを考え始める。
朝帰りなんて少しも悪いことだとは思っていないのか・・・
確かに天然な所もあるから、多少の我慢は必要だったし、
どう考えても優先順次が独特だと想う事も多々ある。
--------------------------------------------------------------------------
一つしかないアパートの鍵を
どうせ来るのだからと初めて渡した日。
彼女はとてもうれしそうだったのを覚えている。
全くの偶然だった。
その日の昼、大きな地震がこの街を襲った。
此処から、さほど離れていない海沿いの街には津波が押し寄せ、
ビルを飲込み、人々を二度と帰れない冷たい海の底へと連れ去り、
痛みと苦しみを与えてから命を奪った。
津波は大地に在るべきものを海に、海に在るものを大地に運んだ。
大地で活きる命は海では生きられない。
海で生きる命も同様だ。
幸いな事に、この街に津波が来ることは無かったが、
道路と同じ長さの電線を支えている電信柱が、
電線を引き千切りそうになりながら倒れる寸前で
反対側に反り返る仕草を何度も繰り返していた。
あきれる程長く続く地震のさなか
切れない電線を不思議そうに俺は見つめていた。
揺れはやがて収まり、命を落とすことの無かった人々は、
それぞれが愛おしく想う人に逢うため家路に付こうとするが、
街並みは全ての人々を阻む。
道路に面して建っていたはずの家屋は、道路中央まで押し出され
道を塞ぎ、廃居となっていたビルは二階部分が押しつぶされ、
通り向かいにある小ぶりな建物にかろうじて支えられ
倒壊することを免れている。
携帯は待受け画面を表示するだけで、
それ以外の機能は全て停止している。
カンに触る警報音を鳴らしながら
何時間も遮断機が下りたままになり
人も車も通ることを許さない。
来るはずの電車は何駅も手前で海に向い、もう戻ることはないのに。
この街にある全てが家路に付こうとする人々の邪魔をする。
迂回路を捜し、家路を急ぐ群衆に阻まれながら
多くの人々と同様に家路を急ぐ。
やっとの想いでアパートに着いても彼女の無事は確認できない。
アパートの中には入れない。彼女に鍵を渡したからだ。
何度も電話するが聞き飽きたアナウンスが流れるだけで、
彼女の声は聞こえない。
しつこく電話する俺に、あきれたように携帯は、
アナウンスを流すことさえ辞めてしまった。
そして今の俺は、彼女がどこに住んでいるのかさえまだ知らない。
不思議なことにとても妙な自信があった。
彼女にも、彼女の家族にも負傷者は居ない。そんな妙な自信が。
-私を閉じ込めても少し残っているからな。-
無傷だから、遅くなっても鍵をもって来てくれる。
俺のところに来る彼女をこの街が邪魔しているだけだよ。
遅れているだけだ。
いずれ鍵をもって来てくれるはずの彼女を車の中で待ち夜が明ける。
とても寒かった。
壊れた街、停電、断水、でもアパートに入ることが出来れば毛布がある・・
彼女は家に居れば毛布もあるだろう。寒くはない。
彼女と再会できたのは翌日の夕暮れ。
携帯が一時的に復旧し彼女の家を教えてもらい
鍵を取りにいた。勿論、誰もけが人はなく。
家の被害もほぼ無い。
無事だった安心感もあって、彼女につい強く言ってしまった。
「俺が家に入れないのは知っていただろう。」
彼女「だって、行くなと母親が言うから。」
当然のように言っている。母親もケガをしている訳でもなく
不自由なことは何もないはず・・・
俺はもう一度彼女が、鍵だけでも届けられなかったか?
届ける事さえ出来なかった理由を捜した。
彼女の見た目・・・問題ない。少しもケガはないOKだ。
家の外観・・・被害は見受けられない。
家の外に置いてある自動販売機の電灯がついていた。
停電もない。水とガスはわからないが自動販売機が
あるぐらいだから、商品の水もあるだろう。
一通り被害をチェックした俺に、とても良く整理されつくした
一つの言葉と答が生まれた。
俺の優先順位が低すぎる。
(変えようと努力した。
今までと同じく我慢し、
おまじないの言葉を心で叫んだ。
でも・・・幾ら叫んでも変える事はできなかった。)
--------------------------------------------------------------------------
仕事?何をしていたのか覚えていない。
記憶に留める価値が無かったから。
仕事が終わり急いでアパートに帰る。
彼女は今日と明日は休み。
アパートにいるはず。
不機嫌な顔を作りつつ玄関を開け、真っ直ぐにリビングに入ると、
先週ネットで購入した財布が宅配便の箱にはいったままの姿で、
テーブルの上に載っている。
もちろん彼女のために買った物。
俺が持っている財布と同じメーカー物であまり知られていないが、
かない良い物。
誕生日のプレゼントにと思っていたのだが、
彼女は要らないと断っていた。
クリスマス、誕生日などのプレゼントは、いつも彼女は遠慮ぎみだった。
だからって訳でもないけど、どっちかって言ったら俺、
自分勝手だから金がある時に何か買ってあげる事にしている。
いつも、突然連れ出し時計買ってあげるから好きなもの選べ。とかね。
最初は驚くが、最終的には二人で楽しくこれはどう?あれは?
と楽しいショッピングになる。
今回の財布もネットで色々みた上で、
二人で決め届くのを楽しみにしていた一品。
-たった一週間前の話。-
木製で安物のテーブルは、いつも灰皿とか雑誌や何やらで、
乱雑になっているのに今日はきれいだ。
宅配便の箱がやけに目立つ。
箱をみても何も反応をしめさない俺に痺れを切らした彼女が
しばらくして、話し出した。
俺の不機嫌な表情を気にすることなく彼女は
「あっこれ、今日届いたよ。開けていい?」
もちろん、テーブルの上にある箱のことだ。
キッチンでの調理をやめて、俺の隣に座り、こちらを見ている。
じらすことも、怒り出すこともせずに、ただ無愛想に返事をする。
「いいよ。」
(純粋に彼女のことを想い、買ってあげたものだから・・・
昨日のことは関係ない。)
取り出した財布をまじまじとみながら
財布の中身を入れ替える彼女は楽しそうだ。
俺はなぜ、昨日の事を何も言わずに財布に目が行くのか?
そして少しも曇った表情をみせることの無い彼女を
怪訝に思いながらその姿をみている。不思議。
-彼女は、隠そうと必死だったんだよ。
もう触れることなく、そのまま流してほしかったんだよ。
そうしてやればよかったのに・・・
あいつに望むなんて・・・私は馬鹿か。-
彼女「使っていい?」
俺 「いいよ。」
(このタイミングで使っていい?なぜ?)
カードや小銭を入れ替え彼女は、微笑、離したり近づけたりしながら
一通り眺めるとキッチンに戻っていく。
今日も、夕飯は彼女が作ってくれていた。
鯵の開きと、蓮根と豚の炒め物。
急に夕飯のレベルが、さがったのに驚いた。
そうか家賃、光熱費以外今は払っていないんだった。
つまり、今では食費は全部彼女もちってこと。金が無いのか・・・
心の中彼女の事を考え何故、金が無いと言わないのか考え出すが、
自分自身も金が・・・とすぐに思い出し、仮払いだけでも貰えなければ、
来月の家賃も払えない。
考える事が多すぎ保留にする項目が多くなってきている。
食事をしていても何か考てる事が多くなっているが
実際には何も考えていない。
鯵の開きはハズレだ。まずい。
蓮根と豚はとてもうまかった。
そのあと、俺が彼女と話したのは簡単な会話と「寝る。」それだけ。
ベットに入っても頭の中では何も言わない彼女の事を考えている。
不機嫌さを止めようにも方法がわからない。
自分を制御できない。
今の俺に出来そうな事は考えることを辞め、
寝てしまうこと。
寝てしまえば考えなくても済む。
寝ることに努力し集中する。
おかしな話だが何度そんな無駄な努力をしたことか。
何か救いがあれば良いのに。
救い?救いは彼女じゃないか。
だから優先順位が低くても、我慢して変えようと何年も努力してきたし、
我慢もした。
その彼女が・・・
-もう寝ろよ、何も変わらない。
ただ同じ事を繰り返すだけだ。
寝た方が何か変わるかもしれない。-
数時間たって彼女がベットに入る。
今日もくっついてこない。淋しい。つらい。
彼女が話すのを待っている。
誤るだけでも良かった。
とにかく俺は待った。
そして沈黙のまま夜が明ける。
(不機嫌な顔など作ることなく、笑顔でもよかったかも。
いや、二人で飲みに行っても良かったんだ。
そうか、金もなかったんだ。
沈黙以外の選択肢は沢山あったはず。選べなかった。
全てが一杯になって限界が来ていた。)
-頭の中で、響き続けるメロディが音楽に変わろうとしている。
限界が近づいているんだ。
何故その曲を・・・
そうだったな。偶然、流れてきたんだ。
流れ出した曲を聴いているうちに封印していた記憶が蘇り、
そのまま頭から離れない。
だから又、あの曲を封印に使ったのか・・・
あんな古い曲を・・・
明日は今日よりも楽。幼い頃に覚えた最高のおまじないを
自分に言い聞かせている。無駄だ・・・
我慢という名の付いた破裂寸前の爆弾を抱えて、
最悪のシナリオを確実に進んでいることは変わらない。
今は寝た方がいい。
わずかな時間でも忘れられるなら幸せだと、
そのぐらいは知っているんだろ。-
この日の俺は沈黙することで、
何も言わないことで、彼女が悪いことをしたと気付いて
昨日のことを話してほしかったんだな。
今まで一度だって成功したことが無いこの方法を
又、使うなんて成長しないな。
でもなあ、この時だけは正解だ。
もう狂っているからね。
話だしたらそれが終焉の始まり。
-バビロン-も言っているだろ、もう寝ろって。
(誰なの?)
はぁ~。幼児退行か。
-バビロン-!まだ無理なのか?
-だから、もう一人出て来たんだろう。-
(誰?)
希望だよ。絶望を超えて来た、お前の希望。
俺は未来を作る為に生きる。
だからお前にとって希望なんだ。