夢の続きをもう一度 作:にばんしぼり
はたと気がつくと其処は、薄暗い世界の中だった。
その世界は別に明るいわけじゃない。けれども、暗い暗い海の底でもないし、陽の光は届いていないものの、代わりに真ん丸のアイツが頑張って照らしてくれている。
それはきっと悪いことじゃあないだろう。
パチリと目を開けてから考えたのはそんなことだった。
「ん~……むぅ?」
うむうむ。今回も無事、声は出てくれたみたいだ。
手、動く。
脚、動く。
痛いところもないし、五体満足の様子。それはきっと素敵なことだろう。
こてりと倒れていた身体を起こすと、カサっと葉っぱが擦れるような音がした。そんな音が急に聞こえてきたものだから、私はちょっとビックリした。ビックリしたものの、どうにか頑張ってビックリしていない振りもしてみる。
さて。
さてさて。せっかくこのお寝坊さんの身体が起きてくれたのだから、私は動き出さなければいけない。動かなきゃあいけないのだけど……
「此処ってどこだろうね?」
そんなことすら、今の私にはわからなかった。
そもそも、寝てしまう前に何をやっていたのかもわからない。そして私が寝てしまってから、どれだけの時間が経ってしまったのかもわからない。こりゃあ困ったぞ。
目覚めは悪いものじゃあなかったから、きっと素敵な日々を過ごしていたのだとは思うけれど、やっぱり私にはソレを思い出すことができない。ちょっとだけ頑張ってうんうん考えてみた。でもね、私の頭は思い出してくれないのです。
ん~……まぁ、いっか。
思い出すことができないのなら仕方無い。それに、そのことを思い出すことができなくとも、問題はないのだ。だって、その思い出以上に素敵なことをすれば良いだけだもの。
そんなことができるのか? とか聞かれたらちょっと困っちゃうけれど、私なりに頑張ってみようかなぁ、なんて思うんだ。
「よーし」
それじゃあ、動き出すとしようじゃあないか。
此処が何処なのかはわからないし、私は頭が良い方でもないから記憶だって曖昧。時間が時間だけにこの世界はあんまり明るくない。
それでも、私の未来は素敵で明るいはずだから。
動き出せばきっと何かが見えてくるはずだから。
私が起きてから踏み出す、記念すべき一歩目。
その一歩目を踏み出したところで落とし穴に落ちた。泣きました。
……どれくらいの時間泣いていたのかわからないけれど、ようやっと私の心は落ち着いてくれたらしい。だから、ああ言うのは嫌いなんだよぉ。
私は何かに抵抗ができるほど強くはないから、あんなことをされても何もできない。ただただ泣いてしまう。
落とし穴に落ちた。だから私はこの穴から抜けなきゃあいけないのだけど、どんなに頑張っても私の身体は動いてくれやしない。こりゃあ、困ったぞ。
落ちた穴から見える景色は、莫迦みたいに背の高い竹ばかり。そんな竹が沢山生えてしまっているせいで、あの真ん丸のアイツだって見えやしない。
素敵な世界を求めて歩き出したのに、これじゃあ全く素敵じゃない。どうしてこんなことになっちゃったんだろうね。
う~ん、それにしても……
「君、嘘っぱちだよねぇ」
竹のせいで見えることはないけれど、その先にいるであろうアイツに向かって声をかけてみた。
きっと嘘っぱちの君も君で頑張っているのだろうけれど、やっぱり私はいつものアイツの方が好きかなぁ。
どうして嘘っぱちの月が浮かんでいるのかはわからない。でも、それにだって理由はあるはず。その理由を聞かずに嘘っぱちの君を嫌ってしまうのは悲しいことだけど、やっぱり私はいつものアイツの方が好きだった。
あの綺麗好きなアイツらが、私を置いて目指していったあの真ん丸が。
それにしても困った。私の力じゃあ、この穴から抜け出すことができない。そうなってしまうと、私はまた寝てしまうまで、ずっとこの穴の中にいることとなってしまう。せっかく目が覚めてくれたのに、私の世界はこの穴から見える世界しか楽しむことができない。それはきっと一人ぽっちの寂しい世界で……
そんなことを考えるとですね。こう、私の中で何かが暴れまわるのですよ。でもね、私は頑張って……どうにか頑張ってみようって思ったんだ。思ったんだけど、思ってみただけじゃダメで、私の視界はちょっとずつちょっとずつボヤけていく。
ひっくひっくと何だか嫌な音まで私の口から溢れ始め――
「……えっ? あ、あんた、そんなところで何をやっているの?」
わーってなる直前、そんなギリギリの状態の時に、声をかけられた。
そんな声をかけてもらえたおかげで、どうにか私は踏みとどまれることに。そして、その声の方を見ると、其処にはあのいたずら好きの兎がつけていたような耳をつけている少女が私を見ていた。
「……こんばんは」
ぐしぐしと、目に溜まってしまった涙を袖で拭ってからその少女に挨拶。その少女は初めて見る相手だったけれど、やっぱり挨拶は大切なのだ。
「あっ、うん。こんばんは……えと、それで、こんなところであんたは何をやっているのよ?」
はて、何をやっていると聞かれても……私だってどう応えて良いのかわからない。
「私もね、どうしてこうなっちゃったんだろうなぁ、って思ってたんだ」
私は起きたばかりだし、別に悪いことはしていないと思う。それなのに、どうしてこんなことになっちゃったんだろうね?
「えと……そ、そうなんだ」
そんな私の言葉にそのウサ耳の少女は少し困ったような顔をした。
しかし、うむうむ。この少女と会うことができたのは素敵なことだ。だって私は一人ぽっちの世界になるだろうと思っていたのだから。なるほど、いくら穴へ落ちたと言ってもこんなことがあるのか。
「と、とりあえず、ほら。助けてあげるから手に捕まりなさい」
そう言ってから私へ手を伸ばしてくれるウサ耳少女。
なんと、なんとなんと、君は私を助けてくれるのかい? そりゃあ本当に嬉しいよ。ふふっ、君は素敵な人じゃあないか。
伸ばしてくれた手を握ると、その少女はそのまま私を引き上げてくれた。今回はもうずっとあの穴の中で過ごすことになるだろうと思っていたのに、これは嬉しい誤算だ。
まぁ、私は計算とか苦手だから誤算だらけなんだけどさ。
「ありがとう! 君は素敵な人だね!」
私を助けてくれた少女へお礼。私は何もできないから、一生懸命気持ちを込めてお礼の言葉を落とすのです。
「はいはい。どういたしまして。それで、どうしてあんたはこんな場所にいるのよ? 此処はあんたみたいな奴が来て良いような場所じゃないのだけど……」
ため息混じりに言葉を落とす少女。
ただ、どうしてこの場所に、と聞かれても私だってわからない。だって起きたら此処にいて、一歩進んだら落ちていたのだから。そんなのもうどう仕様も無い。
「う~ん……どうしてだろうね?」
「あんた変わってるわね……」
いや、それは違う。だって私は“変わらない奴”だから。君たちはどんどんと変わっていってしまうけれど、私だけは“変わらない奴”だった。
遠い遠い昔から、ずっとずっと。
「あんた、名前は?」
うん? 名前?
「い、いきなりそんなことを聞かれても私はちょっと困っちゃうよ?」
「どうして名前を聞かれたくらいで困るのよ……」
そんなことを言われても、私には名前がないからなぁ。多分、名前が会った時もあると思うけれど、残寝ながらその名前を思い出すことができない。
素敵な名前の時もあったとは思うんだけど……
「え、えと、じゃあ君はなんて言う名前なのかな?」
ちょっと今直ぐには名前を決めることができそうになかったら、その少女に聞いてみた。
う~ん、今回はどんな名前にしようかなぁ。素敵な名前が浮かぶと嬉しいなぁ。
「あー、私は……鈴仙・優曇華院・イナバよ」
「何その名前。随分と愉快な名前ですね」
「ぶっ飛ばすぞ」
うわぁ、怒られた。お、怒りん坊さんは苦手だよ? うーん、素敵な名前なら参考にしようかなぁって思っていたのに、これじゃあ……
あっ、で、でも、私はそれもそれで素敵な名前なんじゃないかなぁって思うよ? 私はそんな名前、遠慮したいけれど、その名前にだってきっと素敵な意味が込められているのだろうし。
さてさて、それじゃあ私もそろそろ名前を決めようか。
何か参考になるものはないかと周りを見てみてもあるのは竹ばかり。竹と言えば緑。緑と言うと……鶯、裏柳、若苗、若草、木賊、常磐、錆浅葱などなど色々と思い浮かぶ。けれども、その思い浮かんだそれらはどうにもしっくりこない。
そうなると、緑は諦めて青とか……青? おっ? おお、何かびびっと来るものがあるぞ。
きっとこれは素敵な名前に違いない。
「それじゃあ、私の名前を発表しようじゃあないか」
「……はい、どうぞ」
そんな私の言葉に鈴仙はちょっとだけムスっとした表情で応えた。ただ、どうしてムスっとしているのかわからない。
けれども、せっかく私の名前が決まったのだから、少しでも祝ってもらえれば嬉しいなぁって思うのです。
「“浅葱”。それが今回の私の名前にするよ。緑よりは青いけれど青よりは淡い、そんな色。……どうかな?」
「あー、まぁ、良いんじゃないかしら。素敵な名前だと思うわよ?」
そう言ってから鈴仙は静かに笑ってくれた。
ふふん、そうでしょう。そうでしょう。だってこれは私が決めた名前なのだ。何かびびっと来るものがあって決めた名前なんだ。それはきっとすごく素敵なはず。
うむうむ、これなら今回もきっと素敵な世界になりそうだ。
そう私は思うのです。