夢の続きをもう一度 作:にばんしぼり
日の短さに誘われて、老化した葉々が真っ赤に色づいた。
そんな葉々がたくさんあるものだから、まるで山全てが燃えているように見えてしまう。
燃えるなんて聞くとなんだか怖いような気がしてしまうけれど、その山から怖さは感じず、むしろ優しさのようなものを感じる。
「うむ、綺麗じゃあないか」
色づいた葉々を見て、ひとつ言葉を落とした。
だって、それほどに綺麗だったのだから。
秋と言えば紅葉。博麗神社にある桜だって綺麗に色づいていたけれど、どうせなら椛を見ておきたい。だから今日はぽてぽてと歩いて、大きな山までお散歩に来たのだ。桜は春になったらたくさん見るから、今はおやすみ。
私は歩くと直ぐに迷子になってしまうけれど、今回目指したのは大きな大きな山。そんな大きなモノが目的地だったから、流石の私でも迷うことはない。そりゃあ、目を瞑っていたらたどり着けやしないけれど、私にある二つの目はちゃん目的地を映してくれた。
それに目を瞑っていたら紅葉だって見えないもの。それじゃあ、意味がない。
「綺麗だなぁ」
またひとつ言葉を落とす。
そんな幻想的で綺麗な景色を忘れないよう、私は一生懸命目に焼き付けるのだ。だってそうでもしないと、この景色は色褪せ風化してしまう。それはとても悲しいことだから。
そうしてから、首にぶら下げておいた竹筒を手に持って、その中に入っていたお茶をずずりと飲み込もうとした。
「あら?」
けれども、どうしてなのやら、竹筒の中は空っぽだった。
これはおかしいぞ。確かにこの筒の中にはお茶が入っていたはずなんだ。だって霊夢が入れてくれたんだもの。そうだと言うのに……ん~不思議だね。
『いい? 浅葱。喉が渇いたらこのお茶を飲むのよ。でもね、あんまり沢山は入ってないから考えなしに飲み過ぎちゃダメよ』
確か、霊夢はそんなことを言っていた。
だから私は一生懸命考えてからこのお茶を飲んでいたはずなんだけど……はて、どうしてこの筒の中身は空っぽなのだろうか。
まぁ、きっとこういうこともあるのだろう。今までだって何かが急になくなることはあったもの。それが今回も起こっただけ。もしかしたら、そうじゃないかもしれないけれど、私は考えるのが苦手だからそう言うことにしておこう。それにお茶がなくなったところで、この紅葉が綺麗なのには違いない。これだけでも私は十分に満足だ。
そして、色づいた椛の葉をてに取ってまじまじと観察してみたり、落葉が重なりフワフワとなった地面の上をころころしている時だった。
「あらあら、これはまたなんとも可愛らしいお客さんね」
それは多分、私に向けられたと思われる言葉。
いやぁ、そんな可愛らしいだなんて照れるじゃあないか。もっと言ってくれても良いんだよ?
ころころを止めて、声をかけてくれた奴を確認。
其処には、緑色の髪に、真っ赤なリボンと服を身につけた少女がいた。
「君は?」
「私は鍵山雛。それで、貴方はどうしてこんな場所に? 妖怪もたくさん出るし此処は危ないわよ」
おおー、雛って言うのかぁ。うむうむ、いかにも女の子が付けそうな可愛いらしい名前じゃあないか。私もそう言う名前に……いやいや、この名前だって十分素敵だから大丈夫だ。
それにしても、雛の周りでクルクルと回っているモヤモヤはなんだろうか?
「私はねー、浅葱って言うんだ」
「あっ、うん。そうなんだ……って、だから、此処にいたら危ないわよ?」
ふふん、秋になって紅いのは葉っぱだけじゃあなかったんだねぇ。それなら私も霊夢から服を借りてくれば良かったかもしれない。ちょっと白色も入っているけれど、あの服も紅いし。
そんなことを考えつつ、起き上がってから服に付いた葉っぱをてしてしと叩いて落とした。もしかしたら全部を叩き落とすことができていないかもしれないけれど、多分だいたいは落とすことができたと思うから良しとしよう。
「それで、雛は此処で何をやっていたんだい?」
「いや、それは私が聞きたいんだけど……えと、私は“厄”を集めていたのよ」
そう言って雛はクルクルと回った。
雛がクルクルと回るものだから、その雛の周りを回っていたモヤモヤもまたクルクルと回って……ああ、なんだかよくわからなくなってきたぞ。
良くわからないけれど、雛がクルクルと回るものだから、私もクルクルと回ってみた。
私がクルクルと回ればソレに世界も連れられてクルクルと回る。世界は廻っているものだけど、今はまた違う回り方。
クルクルと回る世界は紅く染まり、景色はおぼろ気に。点は線へと変わり、いつもとはまた違った世界が其処では廻っていた。
けれども、そやってクルクル回っていると、私の目もクルクルと回ってしまうらしく、どっちが上でどっちが下か。私が止まっているのか回っているのか。それがわからなくなり、結局私はこてりと倒れてしまった。
倒れたのだから、回る世界じゃなくなったはず。そうだと言うのに、未だに世界が回っているような感覚がする。
それがなんだか面白くて、クスリと笑えば、私の首に付いた鈴がチリンと高い音を出した。
「……何をやっているのよ」
ようやっと止まり始めた世界で、ため息と共に雛の声がした。
君が回っていたから私も一緒に回ってみたのだ。
だって――
「ひとりだけで回っているばかりじゃあ、寂しいでしょ?」
どうせなら皆で回った方がきっと面白い。
君のその回る世界にはきっと君しかいないから。それじゃあ、寂しいもの。だから少しの間だけだったけれど、私も一緒に回ってみたんだ。それなら君がひとりにならないから。
「ふふっ、それはありがとう。でも、私は大丈夫よ」
そう言ってから可愛らしく笑ってくれた雛。
そうなのかい? もし寂しくなったら言ってくれても良いんだよ。私は直ぐに目が回っちゃうけれど、少しの間だけなら君と一緒に回ることはできるもの。
「こうやってクルクルと回りながら、厄が人間へ戻らないよう集めているの」
おおー、そんなことをしていたのか。
“やく”ってのはよくわからないけれど、きっときっと素敵なことなのだろう。私は食べることしかできないから、そう言うことができる人は尊敬する。
「じゃあ、君は神とかそんな感じの存在なのかい?」
「そうね。元々は違ったけれど、今は厄神なんて呼ばれているわ」
ああ、なるほど、雛は厄神だったのか。それなら何柱か私も会ったことがある。アイツらは皆寂しがり屋だったし、この雛もそうなのかもしれない。
でも、君たちは大変だよね。人間のために頑張っているのに、その人間たちと触れ合うことはできないのだから。それは仕様が無いことだけど、やっぱり寂しいと感じてしまう。
だから、私は起き上がってから雛の手を握ってあげた。
人間の代わりになんてなれないけれど、このくらいなら私にだってできるから。
「ちょっ、ちょっと、ダメよ! 私に触れた……あれ? どうして、貴方……」
混乱したような雛の顔。
そんな雛にできるだけ優しく笑いかけてみた。私なら大丈夫だと安心させるように。
「……浅葱、貴方は何者なの?」
「私はただの“穢れ”だよ。だから心配しなくても大丈夫」
本当は未だに自分がどんな存在なのかははっきりとわかっていない。
けれども、私がこの世界の理の外の存在であることは確かなこと。廻り廻る輪廻から追い出され、森羅万象の例外。
そんな自分が何のなのかがわからないから。私は自分のことを“穢れ”と呼んでいる。忌まわしく、醜く、不浄とされる“穢れ”と。
そんな私だからだいたいのことは大丈夫なのだ。私は他の奴らと比べすごくすごく弱い。だからこそ、私は大丈夫なのだ。
「……他人の手ってこんなに暖かかったのね。そんなことも忘れていたわ」
私の手を握ったまま目を閉じ、ぽそりと雛が呟いた。
私の手が暖かいかどうかはわからないけれど、雛の手だって十分暖かいと思う。それは少しだけ肌寒くなってきたこの季節だからこそ感じるもの。
冷たいと感じなければ、暖かいとは感じないのだから。
「ありがとう。浅葱」
「ふふん、このくらいならいつでもしてあげようじゃあないか」
私にできることは多くない。だからそのできる少しのことをちゃんとやりたいのだ。寝てしまうと私は何もできなくなってしまうから、その前にできるだけ頑張ってみる。素敵なモノを探しながら、私のペースでのんびりと。
「……それじゃあ、浅葱はそろそろ帰りなさい。帰り道はわかる?」
私が握っていた手を放して、雛はそう言った。
そうだねぇ。紅く染まった椛も見ることができたのだし、私も帰ろうかなぁ。
「うん、じゃあ、私は帰るとするよ。またね、雛」
「ふふっ、ええまたね、浅葱」
ぶんぶんと一生懸命手を振って雛とお別れ。
綺麗な紅葉を見ることもできたし、素敵な出会いもあった。うむうむ、満足満足。
さてさて、それじゃあ、博麗神社へ帰るとしようじゃあないか。この季節はやらなきゃいけないことが沢山あるからなぁ。忙しくなりそうだ。
そう、やらなきゃいけないことがまだ残っているのだ。
でもなぁ……
「博麗神社って何処にあるんだろうね?」
困ったことになりました。
季節は秋。
少しばかりの冷たさを感じる風が紅葉を揺らし、私を撫でた。