上終くんの名前とかルビふってなくてごめんなさい。
次回までに習得してきます。
例えばの話。
全身に切り傷と刺し傷を負って、肋骨も数本砕けて背中に打撲を受けた人間がいるとする。
誰がどう見ても瀕死のその状態から、一晩寝ただけで綺麗さっぱり元通りになる人間がいたとしたら、それは人間といえるのだろうか。
上終神理が置かれている状況はそういうことだった。
「いやー、おかしいですねえ。実におかしい。もし捕らわれたのが別の魔術結社なら、解剖されてホルマリン漬けにされてましたね」
ニコニコと意地の悪い笑顔をするマーク。上終の周りを円を描くように歩く彼は、矢継ぎ早に言葉を続ける。
「それに記憶喪失……と。怪しいですねぇ。どれくらい怪しいかと言ったら、エプロンを装備したうちのボスが、台所から煙が上がっているところを隠していた時くらい怪しい」
「殺すぞ」
「ごめんなさい!!」
……とまあ、端的にいえば尋問されていた。
壁に血塗られた剣や錆びついたハサミなどが立てかけられていること以外、とても健全な独房のなかで。
ロープでぐるぐる巻きにされた上終は完全に身動きを制限されていた。
レイヴィニアは一人悠々と椅子に座ってくつろいでいる点が、彼女の傲岸不遜さを表している。
「俺が言うのもなんだが、尋問が進んでいないぞ」
「…………で、あなたは『魔術』についてご存知で?」
上終の指摘に悔しそうな表情をして、強引に話題を転換させられる。
「魔術の『ま』の字も知らない」
そう言うと、マークとレイヴィニアの二人は全く同時にため息をついた。
妙な連携に上終は少し苛ついたが、本当に知らないのだから仕方ない、と自分を諌める。
そもそも生後数日の人間にそれを聞いてどうしようというのか。
「……どうしろと?」
涙目で問うてくるマーク。
「なぜ俺に訊く!?」
「いや、ここだけの話うちのボス超怖いんですよ。だか――」
ぼす、という音がマークの下半身から……股間から鳴った。そこには、白い靴を履いた小さな足が突き刺さっている。
一瞬、マークからカエルの潰れるような声がもれたかと思えば、青ざめた顔で床を這う。
そんな彼の醜態というか痴態を間近で見ていた上終は、目を剥いて絶句する。
「上終、選べ」
鷹のような視線で以って突き刺してくるレイヴィニアは、冷たい声音で言う。
「ここから解放されて昨日のヤツや魔術師に怯えながら暮らすか、私のところで奴隷となるか」
「……ど、奴隷?」
「ああ。見たところお前は頑丈なようだし、話せる言葉も豊富だ。なに、少し命懸けで交渉したりするだけだよ。奴隷になんてしないから安心しろ☆」
不気味な笑みで言い聴かせる。
上終は直感した。
『ここで働くことなったら死ぬ』、と。
(交渉とはつまりアレだろう。マフィアとか魔術結社とかに正面切って送り込まれて結果的にドンパチするヤツだろう!!?)
まだ記憶すら取り戻していないのだ。当然命は惜しい。
が、解放されたとしてもそれは同じ。
あの白髪の幼女曰く、『魔術のニオイがする』というのだから、たんちすることは容易なはずだ。加えて、上終には異常なまでの再生力がある。
マークの言うとおり、解剖されるなんてことも十分にありえるのだ。
となれば、ここで働くのもやぶさかではない。
それに、着の身着のまま外に放り出されれば、魔術師がどうとかの話より先に凍死してしまう。
「あっ」
視線をレイヴィニアに向けたときだった。
上終はあることに気づく。
それも、レイヴィニアの栄誉に関わる重大なことだ。言うべきか言うまいか悩んでいると、本人から声を掛けられる。
「早く決めろ。こっちも忙しい」
「いや、奴隷になるってことで良いんだが。……こ、これは言うべきなのか?」
思わず、横で悶絶しているマークに訊く上終だが、現在マークは話を聴けるような状態ではなく無視された。
上終の様子に、疑問を覚えたレイヴィニアは脚を組み直して考えようとしたところで察知する。
「……おい。まさか」
「パンツがみえ」
「どうして言ったァァァ!!!」
最後に見えたのは、純白の光だった。
この世界は二つに分けることができる。
魔術を追求する魔術サイド。
科学を研究する科学サイド。
彼ら二つの勢力は不可侵を取り決めており、科学を取り込んだ魔術や魔術を利用した科学は処分対象として葬り去られる。
片割れである魔術サイドでも、それこそ星の数ほど魔術結社が存在しているが、やはり科学に手を出した組織はいまだかつて無い。
過去には世界の科学の最先端、学園都市と魔術結社が研究を行ったそうだが、頓挫してしまっている。
互いが互いの領分に踏み入ることがないように、勢力を分けたが、時に科学を学ぶ者が魔術の道に入ろうとすることもある。そんな人間は抹殺されてしまうわけだが、もしも『その人間らが集まって一つの魔術結社をつくったとしたら』。
事実。
科学を学んだ魔術師たちが集う組織は、確かにこの世界にある。
イギリスを本拠する魔術結社―――『黄金の夜明け団』。
古来より科学と密接な関係があった錬金術や、天文学を得意とする魔術師は得てして黄金の夜明け団に入る。
世界の魔術と科学の知識を集めるため、多種多様な人種・宗教が入り混じり、構成員は各国に紛れ込んでいる。
その人脈は全世界に及び、学園都市の深部にまで到達しているという。
――黄金の夜明け団、本拠地。
成り立ちゆえに封権的な秘密主義を掲げている彼らは、会員であっても階級によって情報を規制される。
宮殿のように豪華なその部屋には、最高級の調度品や宝石が並べ立てられており、まるで王室のようだ。
部屋の中心に据えられた巨大な円卓を取り囲むのは、会長とその下につく幹部たち。
最高幹部会『生命の樹』。
そして、黄金の夜明け団を統べる第196代団長『ケテル=クロンヴァール』。
最初に口を開いたのは彼だった。
「レプリシア=インデックスはどうなっている?」
答えるのは右腕である『生命の樹』序列第三位、エクルース=ビナー。
「順調に魔術師を撃破しているようですね。ただ、先日『明け色の陽射し』のレイヴィニア=バードウェイと交戦したところ、殺害せずに逃走した、と。『制限時間』が来なければ勝利していたでしょう」
「やはりか。素体に頑強な『聖人』を使ったのだがな、所詮は模倣か。アレでも我らの最高傑作であるというのに」
憂いを帯びた吐息が、静寂に響いた。
「……レプリシアの戦闘ですが、妙な記録があります」
エクルースは自分でも困惑しているような声で報告した。
普段は実直で冷静な男であるために、円卓の幹部たちも怪訝な顔つきでエクルースの言葉に耳を傾ける。
「『魔術のニオイがする一般人』と戦闘し、槍の顕現に至ったものの殺し切れていません」
今度こそ、円卓のメンバーはざわめく。
レプリシア=インデックスの『槍』は間違いなく最強だ。レプリシア本人も神の子の身体的特徴を持った『聖人』であり、彼女に隙は無い。
何よりも、一般人を殺せないという事実。
魔術師ならたしかに可能性はあるだろう。レプリシアの危険性にいち早く気づき、全力で逃走するのならまだ可能性はある。
しかし、相手は魔術を知らず魔術を使えない、正真正銘ただの人間。
レプリシアの戦闘力は並の魔術師なら素手で殴り殺せるというのに――――。
「どういうことだ」
ケテルが低い声で尋ねる。
「か、監視カメラから送られた映像があります」
慌てて手元の機器を操作し、空中に映像を投影する。学園都市の構成員が入手した技術を利用した最新鋭の映像機器だ。
そこに流れる映像は、満身創痍の青年に対してレプリシアの『槍』による刺突が繰り出される瞬間をとらえたモノ。
聖人の身体能力をフルに活用した突きは、音の速度で青年を貫き、ミンチに変えるはずだった。
――が。
レプリシアの動きが一瞬明確に『停止した』。
そう、一瞬だ。
たったの一瞬。
しかしそれは。
「―――!!?」
この場に居合わせた全員を釘付けにし、驚愕させた。
魔術を使った反応は無い。
ならば、学園都市の能力者かとも疑ったが、それは現地の構成員が渡航記録を盗んでいるためありえない。
「これは……!?」
「魔術でも無く能力者でも無い……」
騒ぎ立てる幹部もいれば、黙り込んだ幹部もいる。彼らに共通していることは、映像の青年の力についての推論を立てていることだ。
「……欲しい。ああ、とても欲しい。魔術と科学、どちらからも離れた謎の力―――解明すれば、必ずや我々の武器になる」
クク、と低くくぐもった笑い声。彼は首を傾け、エクルースを見やる。
「ビナー。所在はわかるか?」
「はい。『明け色の陽射し』に確保されたようです。少なくとも手放しはしないでしょう」
「ふむ。明け色の陽射し、か。彼らも『排除対象』に入っていたな……ちょうど良い、レプリシアも使ってしまおう」
ケテルは邪悪な笑みを浮かべ、円卓に座る幹部たちに次々と視線を移していく。
「ティファレト、ケセド、ネツァク。レプリシアを用いて『明け色の陽射し』を排除し『謎の力を持つ青年』を捕獲しろ」
『明け色の陽射し』、アジト。
後になって知らされたことだが、レイヴィニアの性格と気質にそぐうかのように、この魔術結社も荒々しいことばかりしているそうだ。
その逸話のなかでも、この国の対魔術師に特化した最大の魔術結社で十字教の三大宗派であるイギリス清教と抗争を行っていること。
なんでも彼らは食事をしていても風呂に入っていても死にかけていても強襲してくるらしく、明け色の陽射しはそれに備えて各地に拠点を造っているのだという。
大規模な魔術を行う際は必要最低限の人員と物資を持って移動し、魔術を成す。
そのためか、このアジトは充分に手入れが行き届いてるわけではない。
そこで駆りだされたのが新米肉壁こと上終 神理だ。
彼の人生初めてのお仕事は掃除だった。
とりあえず命を懸けるような仕事でなくて安堵していた上終だが、この数十分で人生は甘くないことを悟っていた。
というのも、
「ごっほ!がっは!」
まるで嫌がらせのように埃が多い。
流し見ただけなら普通の部屋なのだが、細かいところを探ってみると虫の死骸なんかも出てくる。
「は、ハウスダストで死ぬ……?」
あの白髪の幼女のときはどうにかなったものの、今回ばかりは三途の川を渡ることになるかもしれない。
と、一人で生死の境をさまよっていると、部屋の扉が乱暴に開け放たれる。
反射的に扉の方向に振り向く。
そこには上終の雇い主こと大ボス・レイヴィニアの姿があった。
「……っ」
咄嗟にそっぽを向くレイヴィニア。
「……」
気まずい空気になる。
数十分前に大事件があったのだから当然といえば当然だが、彼女はあの時よりも鋭い殺気を纏っている。
上終はパンツの幻影を即座に右ストレートで吹き飛ばし、なるべく平静を装いながら話しかけた。
「この部屋を使うなら、もう少し待ってくれるか」
「早くしろ」
開けるときと負けず劣らず乱暴な閉め方で去っていく。
足音が小さくなっていくのにつれて、上終の心中である思いがうまれる。
感じるのは多少の違和感。
否、それは普段から彼女を知る者にとっては多少どころの話ではない。
出会って間もない上終であっても、一瞬で見抜けたその違和感の正体とは『目元から頬の薄く赤い線』。
(泣いていたのか……?)
あの少女が?
一体どうして?
人間なら泣くことだってあるだろう。
人間なら逃げ出してしまいたいことだってあるはずだ。
ましてや、あの年頃なら………。
そこで、上終は気づいた。
路地裏で目覚め、白髪の少女に半殺しにされ、ここに迎えられるまでに話す機会はあったが、『誰のことも全く知らない』ことに。
それであの少女のことを詮索するのは、あまりにも不躾だ。
レイヴィニア=バードウェイにマーク=スペースに明け色の陽射しの魔術師たち。
彼らのことを知ることから始めるべきであると結論づけ、上終は行動に移った。
「マーク!お前の事を教えてくれ!」
「……はい?」
首を傾げて若干引いたような表情をするマークに、上終はあっけにとられる。
「なにかおかしかったか?」
「ええ、そりゃあもう」
「じゃあそれも含めて教えてくれ」
と言うと、またもや困った表情をする。ますます会話の足並みが乱れていくことを察知したマークは言い聴かせることにした。
「冷たい言い方ですが、いきなり入ってきた『人間モドキ』にいきなり自分のことを話せ、なんて言われても気味が悪いでしょう?下手したらあなたはスパイだと思われる可能性もあるんです」
「なるほど。以後気をつける」
安心してため息をつく。
そうしてこの場から離れようとするマークだが、上終に引き止められた。
「しつこいと思うだろうが、俺はお前の事を聴くまで離れるつもりはないぞ」
「そういうのを現代ではストーカーと言います!!もし一般人ならしょっぴかれてますよ!?」
「いいや!この場合のストーカーは『特定の者に対する恋愛感情や怨恨の感情』ではない!だから俺は捕まるわけがないんだ!!」
「いや!いま決めた!マーク=スペースのルールではあなたはとびっきりの有罪判決にあたります!」
論争は実に17分続いた。
騒ぎながら言い合っていたせいか、他のメンバーたちも集まっていて、彼らの口喧嘩を暖かく見守っている。
そうして、上終が『人間の生と死』について語ったところで両者ノックアウトとなり、勝負は次に持ち越しとなった。
二人を見守っていた魔術師たちも、見世物が終わるとのろのろと仕事場へ向かっていく。そんな集団の一人の男性が足首に違和感を覚える。
おそるおそる下へ下へと視線を傾けていくと、案の定そこには芋虫みたいに床を這った上終がいた。
「ギャアアアア!?」
「――俺は……全員の…ことを……知るまで……休むつもりは………ない」
息も絶え絶えに囁いているのか、呟いているのかくらいの音量で喋りけてくる。
しばらくは全力で逃走しようと奮闘していたが、異常なまでの執念に根負けし、つらつらと自分のことを話し始める。
こうして上終は全員のことを聴き出し、レイヴィニアのもとへ向かうところで力尽きた。
「雨か。嫌だねぇ」
しとしとと降る雨と灰色の空をみて、顔をしかめるホスト風の男性。
服装のカラーリングは青で統一されており、遠目からでもそれとわかる奇抜な風体をしている。
革製の手袋までが青く、相当なこだわりがあることがうかがえるが、隣の男を見ればそんなことも言ってられない。
「水も滴るいいオトコだろう!?貴様は性病持ちだから汚く写るのだ!!」
傘もささず下手なステップを踏む変態。
上半身の着物は仮面だけ。下半身は黒塗りの今にも張り裂けそうなブーメランパンツの巨漢。
筋肉を体現した筋肉の中の筋肉――至極のマッスラーが、ロンドンの景観を汚していた。
「仮面してるからわかんねーし、いいオトコじゃねーし、性病持ってねーし、そんな話してねーし。お前さんには女の良さはわからんだろうよ」
「我が恋人は勝利のみ。それ以外に興味はない!」
「へー。じゃあいっつも愛読してるボディビルダーの本捨てろよ」
冷たく切り返す青色の男。
マッスラーは言葉につまり、反論が見つからなかったのか撃沈した。
二人から遠くで何らかの作業をしていた女性は、その様子に呆れかえる。
真紅のドレスを華麗に着こなした、高貴な印象をもたらす彼女の風貌は、傲岸不遜な女王のようだった。
「レプリシアの居場所は探知できる。さっさと明け色の陽射しの隠れ家を探し出すぞ」
……彼女は黄金の夜明け団『生命の樹』序列第六位、ヴァレリア=ティファレト。
数々の人間をその美貌と魔術で操り、破滅に陥れてきた稀代の悪女。
「人を殺すのは気が乗らねーけどな。お仕事だってんなら、さっさと片付けるに限るね」
……彼は黄金の夜明け団『生命の樹』序列第四位、ケセド=フロイデンベルク。
貴族でありながら暗殺者である異色の経歴を持つ辣腕の処刑人。
「戦闘になれば我を呼べ!いまこそ我が力と武勇を世界にしらしめるときであるぞ!!」
……彼は黄金の夜明け団『生命の樹』序列第七位、ネツァク=スパダヴェッキア。
あらゆる『魔術結社を正面から打ち破ってきた』無双の体現者である。
――明け色の陽射し及び、謎の力を持つ青年を対象とした狩りが幕を開けた。
ここからどんどんハードモードにしていきたい(切実)。
次回もまたお願いします。
……とあるっぽくないかも。