とある魔術の天地繋ぎ   作:なまゆっけ

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詰め込みました。


現実は終わり、幻想が紡がれる

一面の焼け野原だった。

人間ひとりに向けるには過剰すぎる威力の術式により、辺り一帯がヘタな終末映画のワンシーンみたいになっている。

上空から学園都市を一望すれば、灰色のビル群にミステリーサークルのような跡が出来上がっていることだろう。

明らかに人間を百人は抹消できる規模の魔術だったが、魔力の大半が空気に散ったことで銀髪の科学者は灰にならずに済んだらしい。

裏を返せば、空中でまともに受ければ人間が灰になる程度の爆発力を秘めていたということでもあるのだが。

「アンタのところのボスはムチャクチャしすぎだろ!! 魔術師ってヤツはみんなこうなのか!?」

「……そうでもないんじゃないか」

辺りの惨状を嘆く上条。

彼の言い分に上終も納得させられる。

インデックスから一通り魔術世界のことについて講義を受けていたようだ。他の魔術師もこんなことをしていると勘違いされれば、血涙モノだろう。

あくまでオカシイのはレイヴィニア=バードウェイとその愉快な仲間たちなのだ。

「経費はイギリス清教持ちだな」

さも当然かのように確認する。

レイヴィニアの悪魔の問いに、満身創痍の神裂は目を大きく見開いた。

「……!? ちょ、まってくださ」

脳で言葉を反芻し終えた途端に反論するも、悪魔の取り立て人に遮られる。

「ウチの部下も痛めつけられたことだ。それに、関係ない一般人を殺しかけといて申し訳無い気持ちはないのか? ああん?」

いつの間にかダシに使われていた上条は口を挟もうとするが、アナスタシアに沈黙させられる。事前に打ち合わせしていたかのような息の合いようだ。

彼のことを関係ない一般人と言いつつこれである。

もはややり口がヤクザじみていた。

「で、ですが……いえ、わかりました」

かなり濁った肯定。

もちろん聞き逃すレイヴィニアではない。

「素直なヤツは嫌いじゃない。これからもよろしく頼むぞ」

彼女は神裂の肩を叩きつつ、極悪な笑みを浮かべた。ドラマなどでよくある『悪い男にナンパされたヒロイン』のような光景が繰り拡げられている。

上終は毎日のようにされているため、神裂の心境が痛いほど判ってしまう。

「レイヴィニア、そろそろ――」

止めようとした瞬間、背後から靴で砂利を擦る音が聞こえた。

その方向に振り返ると、ひどくげっそりした様子のステイルとどこか上終と良く似た茶髪の少年がいた。彼らはからかわれている神裂の惨状に、顔を青くしているようだ。

「これがお仲間かい? なんというか、うん、まあ……」

首筋に手を当てながらぼやく。

ステイルに哀れみの視線を送る茶髪の少年に、不良神父が乱暴に掴みかかった。

「その目をやめろ! 僕だって信じたくないんだから!!」

彼の言う『信じたくない』には上終も入っている。上終自身はそれに気づかないまま、思考の海に身を投げ出す。

ツンツン頭の少年と茶髪の少年に、交互に視線を向けてから首をひねる。

彼の心に残る違和感。

やはり、というか当然なのだが、ツンツン頭と茶髪の二人はあまり似ていないように思えるのだ。

それどころか、対極にも感じられる。

なのに、自分自身でも心のどこかで、理由無しに納得させられている事実が不気味。

(似ている……?)

そう、似ている。

黒と茶の混じった髪の色。ツンツンとまではいかないが、ゆるく跳ねた髪の毛。どこまでも平凡な容姿。

まるで、二人の少年を足して二で割ったような外見だった。

外見だけに留まらず、もっと本質的な部分がどうしようもなく似ているのだ。

不意に視線を落とせば、そこにあったのは軽く開いた右手。

 

―――()()

 

思い出す。

茶髪の少年はともかく、ツンツン頭の少年……上条は右手に不可思議な力を備えていた。

〝あの世界には、お前さんのような存在が二人いる。『上条 当麻』と『上里 翔流』じゃな〟

ミイラの言葉。

これが脳裏をよぎったその時、上終の全身から冷や汗が噴き出し、息が詰まった。

『上条 当麻』。

上終はその名前をついさっき聴いたはずだ。

心に湧き出すのは疑念。

絢爛豪華な僧衣を着込んだミイラと、白い包帯で恥部のみを隠したチョコレート色の美女への不信感。

上終 神理とはそもそも何で。

度々現れる二人はどんな存在なのか。

泥沼に入りかけていた彼の意識を引きずり上げたのは、ある少女の声だった。

「おい、ボケッとするな」

杖の先で頭を小突かれる。 

視線を上にあげれば、少しムッとしたレイヴィニアの端正な顔があった。上終は生返事で内に向けていた意識を外に向け直して、鈍った脳に喝を入れた。

「それじゃあ、現状の整理をしようか」

言いながら、タバコに火をつけるステイル。

「一足先に学園都市に潜入した僕と神裂は、パラケルススが造った天使の襲撃を受けて分断された。それより前に『禁書目録』も天使の襲撃に遭っていたようだね」

「それだ。どうしてインデックスはあんなヤツらから逃げてこれたんだ?」

上条が言う。

インデックスは幼い少女だという話だ。上終が殺されかけたあの天使の劣化版とはいえ、逃げ切るのは難しいだろう。

レイヴィニアやアナスタシアのような実力を持っていなければ、という但し書きがつくが。

「あの子が着ている服――アレは『歩く教会』といって、聖骸布のコピーをベースに教会の最低限の要素を詰め込んだ霊装です。その防御力は法王級と言って良いでしょう」

神裂が解説する。魔術師たちは頷いているようだが、肝心の上条は首を傾げていた。

身近に魔術師の少女がいる上里は、特に疑問もないらしい。

ちなみに、上終は魔術結社に所属しているだけに理解することができた。これだけでも大きな進歩といえるだろう。

「??? カミジョーさんにもわかるように言ってほしいのですよ」

「俗な言い方をすると防御力がカンストした装備だ。わかったか」

レイヴィニアの補足に、上条は首を縦に振る。

まさに俗な言い方だったが、普通の男子高校生にはこの表現の仕方が一番よく伝わるのかもしれない。

ステイルが一つ咳払いをして話を本線に戻す。

「僕からも訊きたいことがある。あの子はしっかり安全な場所に逃がしたんだろうな?」

「ああ、小萌先生の家に匿ってもらってるけど」

不良神父の顔が歪む。

なにやら文句を言おうとしていたようだが、上里に横槍を入れられることで口を閉ざす。

「敵の行動からして、小萌先生とやらの家の位置は掴んでいないんじゃないか。もしそうなら、そこで待ち伏せしてるはずだ。インデックスの位置を探知できるとしても、街中じゃ手を出し辛いだろう」

加えて、パラケルススたちは『人払い』の魔術を使っている。これはコトを公にしたくないという意志の表れだ。

問題は唯一無傷で残っているパラケルススだが、場所を知らない以上すぐに探知されるとは考えにくい。

ステイルはとりあえず合意した。

「……まあいい。僕たちでパラケルススと超能力者を、君たちでそこの女を倒したわけだ」

「パラケルススとかいうのは倒してな」

上里の眼前を炎の剣が通り抜ける。

凄まじい勢いで通過したソレに、彼は抗議の声を浴びせるがステイルはどこ吹く風だ。

「さて、そこの女はどうする?」

「おっと、そうだったな。アナスタシア」

「ほいほい」

指名された黒髪の少女が、黒焦げになった科学者の傍らに駆け寄る。

口の中で小さく言葉を呟く。

すると、鉄で造られた半球のドームが科学者の肢体を掬い上げた。それにフタをするように、もう半分の球が造り上げられた。

「それはどういうことだ?」

彼女たちの意図がわからずに訊く。

上終の質問にレイヴィニアが答える。

「あの女が使う術式は『角度』を利用したモノだろうからな。曲線で構成された空間なら、術式は使えないだろう?」

ようするに、一切の角度が存在しない曲線で形作られた球体の空間に閉じ込めれば、条件が適さないために術式は発動できない。

万が一にも破壊できないように、抜け目なく鉄で造られている。

焦土に鋼球がひとつ転がっているという、一種のシュルレアリスムのような光景に上終の目がくらんだ。

「現状の整理はこれくらいだね。後はこれからどうするか、だ」

甘ったるい煙を吐きながら言う。

ジトッとしたステイルの両目は、とある三人に向けられていた。

「「「病院」」」

上条、上里、アナスタシアのチーム怪我人の声が揃った。しかし、これはスルーされる。

これからどうするか、なんて選択肢はひとつしかない。

「インデックスを保護しに行くぞ」

レイヴィニアの提案に、満場一致で方針が決まった。ステイルと神裂は迷っていたようだったが、やがて頷く。

目指す先は小萌先生のボロアパートである。

 

 

「あ、あわわわわわわわ」

一応大人の年齢に達しているピンク色の幼女……小萌先生は、マッサージ機もびっくりの速度で震えていた。

上条にインデックスを託されたあと、何事もなく彼女が住むボロアパートに到着した。途中で食べ物を買わされたりもしたが、それはまだ許容できる。

もともと、生粋のお酒好き&タバコ好きである小萌先生は多少の散財には慣れている方だ。

だが、人生の酸いも甘いも知る彼女であっても、このような事態は生まれて初めてだった。

科学の街には似合わない昭和風のボロアパートを取り囲むように、大勢の黒服が集まっている。男女比は割と偏ってはいないが、頬にバッテン印をつけた百戦錬磨の豪傑がちらほらと混ざっている。

全員共通の黒服を着用していること以外、あまり統一感がない不思議な集団だ。

この景色をボロアパートの二階の部屋前から眺める小萌先生。恐ろしいような感心しているような声を出していると、隣の部屋の住人が飛び出してきた。

「うわぁ……これまた」

足元まで伸びる黒髪とぶかぶかの白衣が特徴的な、見るからにインドア少女だ。

名前は絵恋(エレン)

小萌先生の夕飯をたかりに来るくらいにはご近所付き合いがあり、一日のほぼ全てを引きこもっている。

そんな彼女が飛び出してきたところを見ると、この異様な光景に釣られてきたのだろう。

幸いなのは彼らが何もしてこないことだ。

傍目から見れば怪しすぎるが、危害を加えてこないため通報するというのも気が引ける。

ムムム、とうなる小萌先生。

悩む彼女の背後から、ひょっこりとインデックスが顔を覗かせた。

「わわっ!? どうしたのですか!?」

「ほら、あそこ」

インデックスが指差す方向に目を凝らす。

黒い海原を割って、ある一団が近づいてきていた。彼らの後ろには巨大な鉄球が追随している。

その先頭には、ガーゼと包帯を施されたツンツン頭の少年がいた。小萌先生が彼の姿を認めると同時に、インデックスが階段を下って走り寄っていた。

「……ケガしたの?」

むくれるインデックス。

ツンツン頭の少年は照れ隠しするように笑う。

「ああ、そうだよ。けど、心配することじゃねえぞ。これくらい上条さんには日常茶飯事なのです」

「とうまはどんな世界に住んでいるのかな?」

言い返されて、上条はギクリと固まる。

「と、とにかく! 立ち話もなんだ、俺も休みたいしさ」

ムリヤリ話題を変えようとする彼の様子に、インデックスは口をとがらせた。

納得できない部分はあるようだが、上条の意思を尊重したらしい。素直に従って、アパートへと歩き出す。

その道程でインデックスは訊く。

()()()()()()()()()()()?」

彼女は。

ステイルと神裂を見ながら言った。

……上条の足並みが止まる。

「?」

記憶を失くした少女は小首をかしげる。

上条はソレを必死に悟らせまいと、無理に顔を歪めて笑みを作り出した。

「ただの友達だよ。だから気にするな」

 

 

「……しつこいようだが、もう一度訊こうか。本当にアレでよかったのかい?」

バギンッ!!と枯れ枝を折るような音。

ほんの少しだけ語気を荒げた上里の言葉を、ステイルと神裂の二人は真正面から受け止めた。

これで良い。

これが現実だと語っている。

歪んだ覚悟を決めた彼らの瞳。

それを見た瞬間、上終の胸の奥がズキリと突き刺すような痛みに苛まれる。

まるで叫ぶかのように。

頭の片隅で理解した。

真に救われるべきはインデックスだけじゃない。

ステイル=マグヌスと神裂 火織。

彼らはずっと苦しんできたはすだ。

何度もインデックスの幸せな姿を眺めてきて、何度もそれを潰してきたのだから。

彼らの想いがウソだなんて言わせない。

だって、上終はとうに目にしている。

『レプリシア=インデックス』との戦いで、それまで姿形も知らない彼女のために傷ついたステイルを。

上終の精神の奥底で声がした。

――〝また、戦うというのか? インデックスを救う方法すらないというのに〟

その通りだ。けれど、方法が無いのなら見つけ出せばいい。一人の力じゃどうにもならなかったとしても、ここにはレイヴィニアも明け色の陽射しの仲間だっているんだ。

――〝お前とインデックスは何も接点が無かっただろう? そんなヤツのために全力で戦えると誓えるのか?〟

愚問だ。記憶が無い、精神が未熟だったとしても、それこそが『上終 神理』の本質だ。たとえ何処かの誰かに思考が操られているとしても、戦えるのなら今はそれだって構わない。それに、まだ戦うと決まっていない。もしかしたら、誰も傷つかない結末を迎えられるかもしれないんだ。

――〝……………………〟

彼らは救いを望んでいる。

彼らの救いとはインデックスが地獄から抜け出すこと。

なんだ。

簡単なことじゃないか。

たった一人救い上げれば、二人も一緒に救われるなんて。

「インデックスは一年周期で記憶を消去しなければ死んでしまう。……それは真実なのか」

「何をいまさら。明け色の陽射しにもあの子の情報は渡っているはずだ」

ステイルが言った。

禁書目録(インデックス)』は脳の85%を原典の知識で埋め尽くされ、生涯のすべてを残り15%の容量で過ごすしかない。

「完全記憶能力。あの子はそのせいで、どんな無駄な記憶だって忘れることができないんだよ」

「……それは真実なのか」

食いしばった唇が切れて血が流れ出す。

上終の表情を俯瞰して、ステイルは鼻を鳴らした。

「真実だよ。君としては信じたくなかったんだろうけどね。現に、記憶の消去が近づく度にあの子の容態は悪化するんだよ。一人じゃ立っていられないほどにね」

わかってしまう。

彼にはわかってしまう。

上終 神理にはわかってしまう。

「俺も記憶喪失だ。親の顔も覚えていないし、ロンドンの路地裏で目覚める前の思い出は全く存在しない。けど、俺には最低限の知識は備わっているんだ」

「……何が言いたい?」

「『記憶の種類』だ。記憶が全部消し飛んだっていうのなら、俺は思い出も知識も何もない赤ん坊と同じ状態だっただろう」

本当の意味で記憶を失ったというのなら、これまで培ってきた知識だって記憶だ。しかし、上終は思い出を忘れているだけで知識まで失ったわけじゃない。

それは何故か。記憶には種類があるからだ。ゴミの分別のように『思い出』や『知識』といった専用の箱がある、と言った感じだろうか。

「十万三千冊の原典を暗記した? だからといって、思い出まで消す必要はない。……そう思わないか」

「ですが――」

神裂が何かを言おうとするが、レイヴィニアによってソレは遮られた。

「上終を援護するつもりはないが、私からも一つ言わせてもらうぞ。……お前らは思わなかったのか?『15%しか脳の容量が無いから、一年周期で思い出を消す』、これの裏返しは『()()()()()()()()()()()()()()()()1()5()()()()()()()()()』ということだ」

さて、と彼女は繋げる。

「この理屈を信じるなら、完全記憶能力者はみんな六歳程度で死ぬことになる。元々人間の脳ってのはな、百四十年の記憶が可能なんだよ」

息が止まった。

二人の魔術師の表情が青褪めていく。

何かの言語をブツブツと呟き続ける彼らに、追い打ちとばかりに上里が声をかける。

「きみたちは魔術師なんだろう? イギリス清教、とやらの出身だそうだけど、そこに――いいや、きみたちの周りに完全記憶能力についての情報は無かったのかい。科学サイドの総本山である学園都市に、魔術師の立場でありながらやって来るほどだ。調べたことはあるんじゃないか?」

そして、気づく。

否、そのことにはとうに気づいていた。ただ、彼らが魔術師だったから気にしなかっただけのこと。

魔術サイドの人間だったから、周りに科学の一分野の一分野『完全記憶能力』に関する情報が無いことなんて、気にも留めなかった。

「……なあ、これはぼくのくだらない妄想なんだが。意図的に遠ざけられていたんじゃないのか、イギリス清教に騙されていた可能性はないと言い切れないだろう」

〝禁書目録が普通の生活を送るには、一年周期で『思い出』を削ってやるより術はなかろう―――〟

鐘のように響く声。

イギリス清教最大主教・ローラ=スチュアートが語るインデックスの救い方。

〝これも禁書目録が為〟

彼女は記憶を消す以外の手立ては無いと言っていた。

もし、それが間違いで。

もし、それが何かの打算によるモノで。

もし、それがインデックスに首輪をつけるだけのコトだったとしたら?

〝最大限の人道的処置なのよん♪〟

「それでも、あの子は苦しんでいました」

なんとか言葉を絞り出した。

上終は目を伏せてこれに答える。

「それは魔術による影響なのかもしれない。記憶を消す現場には何度も立ち会ってきたのだろう。だが、イギリス清教に騙されていたとしたら、インデックスに何かの術式が施されていると考えるのが当然じゃないのか」

インデックスは全てを正しく扱えば、あの魔神へと到達することのできる魔道図書館だ。

彼女が持つ価値は計り知れない。

『歩く教会』も保険のひとつ。インデックスを無事に生き延びさせるための仕組み。そこまでするというのなら、他にも仕込みを入れているのではないか。

「じゃあ、僕らはどうすれば良いっていうんだ」

「「「決まっているだろう」」」

想いが重なる。

重なった想いは現実として表れる。

「そんなクソったれの現実はぼくが認めない」

上里が歩を進める。

首に手を当てながら。

「絶望する必要なんて無い。俺たちがいる」

上終が一歩を踏み出す。

右手に満身の力を込めながら。

「今回は特別大サービスだ。お前らに仮がないわけでもないしな」

レイヴィニアが並び立つ。

その瞳に光を灯して。

さあ、残るは一人。

最後のヒーローの到来を待つだけだ。

 

 

インデックスは息を荒らげながら、白い布団に横たわっていた。

原因不明の体調不良。

彼女に症状が表れたのはついさっきだ。

「……とうま、は?」

「もうすぐ戻って来るのですよ」

優しく言い聞かせる小萌先生。

インデックスは儚く微笑むと、昏倒するように眠ってしまった。

この少女に何があったのかはわからない。

上条だって事情の少しも語ろうとしなかった。

だから、小萌先生は待つ。自分の愛する生徒が何かを成そうとするのなら、見守るのが先生というモノだ。

(こんな子を待たせるなんて、やっぱり上条ちゃんは悪い子なのですねー……)

―――開け放たれる。

光差す扉に立っていたのは、紛れもないツンツン頭の少年――上条 当麻だった。彼は息を切らしながら、インデックスの傍らに駆け寄る。

(俺は……)

全てを聞いた。

インデックスのこと。

ステイルと神裂のこと。

共に戦ってくれる仲間がいること。

上条に目を背けることなんてできない。

この少女が。

インデックスが。

初対面であるのにも関わらず逃げろと言ってくれたこと、忘れやしない。

神裂を助けに行くという自分のワガママを聞いてくれたこと、忘れやしない。

〝ソレがあるとしたら、頭の近くだ。インデックス自身も気づかないような場所――例えば、口の中〟

レイヴィニアと名乗る少女の言葉。

「……ビンゴだ」

インデックスの喉の奥辺り。

そこに妖しく光る刻印があった。

聴こえてはいないだろうが、一回断りを入れてから右手を差し込む。

なるべく傷つけないように。

それでいて素早く。

数秒の奮闘の末、中指の先が触れた。

次の瞬間、バヂィッ!!と激しい衝撃が襲い、首を掴んで真後ろに引かれるような格好で弾き飛ばされる。

「――警告、第三章第二節。Index-Librorum-Prohibitorum―――禁書目録の『首輪』、第一から第三まで全結界の貫通を確認。再生準備……失敗。『首輪』の自己再生は不可能、現状、十万三千冊の『書庫』の保護のため、侵入者の迎撃を優先します」

上条は目を見開く。

インデックスの両目が大きく開かれており、その瞳には真っ赤な魔法陣の輝きが灯っている。

ふわり、と彼女の身体が浮き上がった。

「『書庫』内の十万三千冊により、防壁に傷をつけた魔術の術式を逆算……失敗。該当する魔術は発見できず。術式の構成を暴き、対侵入者用の特定魔術を組み上げます」

直後、上条は叫ぶ。

「来い! 俺たちでインデックスを救い上げるぞ!!」

「――侵入者個人に対して最も有効な魔術の組み込みに成功しました。これより特定魔術『聖ジョージの聖域』を発動、侵入者を破壊します」

無慈悲な声。

そこにあの少女の意識は残っていない。

世界を割るような凄まじい音を立てて、インデックスの両目に輝く二つの魔法陣が一気に拡大する。彼女の顔の前には直径二メートル強の魔法陣が重なるように配置される。

亀裂が現れる。インデックスの眉間から黒いヒビが入り、四方八方へ走り抜けた。

膨らんでいく亀裂。

そこから、とてつもない獣臭が漂う。

「あ」

マズイ。

上条は胃から逆流してくるモノを、なんとか喉元でせき止めた。

唐突に理解する。

あの亀裂の中にあるものを見れば最後、上条 当麻という存在はバラバラのコナゴナに砕け散るだろうということを。

瞬間。

カッ!!!と部屋中に広がった黒い亀裂から、純白の光の柱が放たれる。

迷わず右手を前に突き出す。

だが、これでは全ての攻撃を防ぐことなんて到底無理な話だ。事実、上条も全てを防ごうとは考えていなかった。

「―――!!!!」

右腕を振るう。

たったのそれだけで充分。上条を蜂の巣にしようとしていた光の柱は、見えざる巨人の手にさらわれる。

間隙を埋めるようにインデックスの眉間の辺りに紅い爆発が巻き起こり、上条ら諸共消し去ろうと光の柱が飛来した。

「おおおおっ!!」

受け止める。

上条の前に躍り出た少年は光の柱を掴み取り、思い切り右腕を上に振るって軌道を逸らす。

膨大なエネルギーを秘めた光の柱は、強引に捻じ曲げられたことで天井を破壊してはるか上空へと飛んでいった。

「これは……!?」

ステイルが絶句する。

「まさか、そんな……」

神裂が驚愕する。

呆然とする二人の魔術師に、上条は大声を張り上げた。

「――これが現実だ! くそ、上等じゃねえか、俺たちはずっと振り回されてきたってことだ!! ここまでは全部プロローグだったんだ! けどな、絶望する必要なんてねぇ、俺が、俺たちがインデックスを助ける! だから戦おうぜ! こっから物語ってヤツを作っていくんだ。お前らのインデックスへの愛はそんなモンなのかよ、魔術師!!!!」

揺らぐ。

二人はもうボロボロだった。

かたやルーンを使い果たし、かたや聖人の力を引き出せない。

いいや、それ以上に未練があった。

ここで戦うということは、過去のインデックスと別れを告げるということだ。

迷いし彼らに、別の声がかかる。

上終 神理……記憶を失いながらも命を賭して戦う彼は静かに、だが、通るような声で話す。

「心配するな。過去のインデックスは君たち二人しか知らない、れっきとした現実だ。この戦いが終われば話せば良い。どこの誰が否定しようと、彼女だけは過去の自分を否定しないはずだ。もし、インデックスのどこにも何も残っていないなんて残酷な現実は認めない。――俺はその幻想を護り抜く」

子どものような幼稚な理論。

だがしかし、全てを失うことを罪科としていた彼らにはどこか心に響くような言葉だった。

残酷な現実は認めない――認めてしまった二人にとって、そんな子どもの駄々をこねたような精神こそが足りなかったのだ。

彼らを後押しするように、上里 翔流は言い放つ。

「これでもまだ一つにまとまらずにブレているというのなら、ぼくがきみたちに問うてあげよう。新たな天地を望むか、とね」

すぅ、と空気を吸い込む音。

 

 

 

  「「「さぁ!! どうする!!!」」」

 

 

 

直後のことだった。

死力を尽くした最後の戦いが始まる。

 




インデックスちゃんの掘り下げは次回です。
どんな結末を辿るのか、お楽しみに。
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