とある魔術の天地繋ぎ   作:なまゆっけ

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上終くんが酷い目にあう話だと最高速で書けることがわかりました。


薄氷の世界と砂上の英雄

二人は同時に動き出していた。

絶叫じみた咆哮を轟かせ突撃する上条。

対するアウレオルスの動作は単純。ただ右の掌を上条に差し向け、一言を発する。

「『瞬間錬金(リメン=マグナ)』!!」

ゴォッ!!!と空間を引き裂く勢いで、袖の奥から黄金の鎖が射出された。

その先にはこれまた黄金の鏃があり、これを突き刺すことで万物を純金のマグマへ変換する魔術は発動する。

秒間に十発の射出を可能とする『瞬間錬金』は、恐るべき速度で上条の顔面に飛ぶ。

アウレオルスは口角を吊り上げた。

相手は普通の人間。この一撃を避けることすらできないであろう、と。

次の瞬間、彼はその愚考を撤回することとなる。

パキン、とガラスを落として割ったような音が、上条の額の直前で巻き起こった。

(な、に――!?)

一瞬にして思考が凍りつく。

己の誇りである『瞬間錬金』を、右手の一振りで瓦解させられた。

アウレオルスにしては初めての体験であり、信じられない光景がいまここに再現されたのである。

彼は硬直するでもなくただ高笑いする。

「唖然、どうなっているのだ貴様の右手は!? 面白いぞ、その右手だけは残しておいてやろう!!」

天使の力(テレズマ)で再構成した黄金の鏃を、もう一度上条へ向けて発射した。ただし、今回狙うのは彼の脚だ。

咄嗟に身を屈める時間も無い。

右手を伸ばすなんてことも間に合わない。

ただただ合理を突き詰めた錬金術師の一撃は、標的のサイドステップで楽々と回避される。

秒間十発の発射と巻き戻しを可能とする『瞬間錬金』を、普通の人間に避けられるはずもないというのに。

……アウレオルスの常識ではそうだった。

黄金の鏃の速度は脅威だ。

けれど、狙いを定める行為が遅いのなら何ら恐れることではない。

高性能な銃を与えられた無能な狙撃手は必ず失敗するように、知識だけを豊富に持つ彼には戦闘経験が足りなかった。

それ故にアウレオルスは追い詰められる。

特異な右手を持つだけの少年に、いとも容易く距離を詰められていく。

(……ならば!!)

ひゅん、と風切り音。

音源は黄金の鏃。これをアンテナとして周囲の純金のマグマを操り、上条の行く手を阻む弾幕を作り出す。

マシンガンの如き黄金の連射に、右手を合わせようはせず全力で横へ飛んだ。

雨あられのように降り注ぐ弾丸は重傷とまではいかずとも、上条に傷を負わせていた。

いける――アウレオルスは密かに確信。

上条はさらに速度を上げて接近している。だが、彼の前に立ちはだかるのは黄金のマグマ製の海である。

それがアウレオルスと上条を分かつ最後の砦となっていた。

少年は右の拳を黄金の海へと叩きつける。

黄金のマグマはあくまでも魔術によって創り上げられた物質。魔力が込められているのなら、上条の幻想殺しは最大の効力を発揮するだろう。

(当然、貴様がそうすることは予想済みだ。我が黄金はまだ使い切っていない!!)

必然。

アウレオルスは黄金の銃弾幕を形成することは未だ可能――!!

周囲に飛び散った純金のマグマを、右手の鏃へと集結させていく。

「テメェ、気づいてねぇのか」

上条が右手を掲げる。

そこを通過していこうとするのは、飛び散った灼熱の黄金。進行方向上に置かれた幻想殺しによって、黄金はことごとく打ち消されていった。

『瞬間錬金』による黄金の操作。これを防ぐことができたのは、またしてもアウレオルスの落ち度であり、性質が関わっている。

黄金を集める際、それは最短距離で鏃へと集結する。その鏃があるのは彼の右手だ。

それなら、軌道を読むことは容易い。

アウレオルスの右手付近に集まるという情報だけでも、黄金の飛沫の軌道は限られるのだ。

「断然、否!」

右手で読まれるのなら。

両手に『瞬間錬金』を創成する。

足を狙った際、上条が回避することができなのも同じ理屈だろう。

右手から一直線に放たれる鏃の軌道は『点』。そのため、対応することができたのだ。

だから両手それぞれで操る。

左腕に増えた重量を感じつつ、アウレオルスはフェイントとして『瞬間錬金』を撃ち出した。

上条が右手で打ち消した瞬間、左手の黄金の鏃を撃ち込んで勝利。錬金術師が導き出した方程式は実行されようとしている。

だがしかし。

あろうことか、上条は左手を突き出した。

触れるか触れないかの紙一重を掻い潜り、左手が黄金の鏃を繋ぐ鎖を万力のごとく掴み取る。

(……愕然。まさか見抜いたというのか)

ヒントはあった。

『瞬間錬金』は黄金の鏃を突き刺すことで一撃必殺を体現するが、一直線の射撃しかできない。

それを裏付けるのは今までの戦闘。

アウレオルスは黄金の鏃を振り回すことはしなかった。馬鹿の一つ覚えのように一直線の射撃だけを行っていた。

鏃を振り回せば『線』の軌道となり、それだけ攻撃範囲が広がるはずなのに。否、鎖の部分にも効力があれば確実にそうしていたはずだ。

これらの要因が両者の命運を分けた。

上条は鎖の部分に効力が無いことを見抜き、アウレオルスはそれまでに仕留めることができなかった。

「悄ぜ――」

グン!と鎖を引っ張られ、アウレオルスが上条へと引き寄せられる。

「――まずは一発。覚悟しとけ、錬金術師(アウレオルス)!!」

向かってくる錬金術師の顔面に対して、上条は岩のように固く握りしめた拳を大きく振り抜く。

喩えるのなら、それは全速力で突撃してくるスポーツカーに同じ車種の全速力で激突するようなモノだ。

ドボォ!!!と不快な音が鳴り響く。

アウレオルスの鼻は明らかにおかしい方向に折れ曲がり、唇の端から血が流れ出していた。

「ぐ、がァあああああああッ!!!」

幻想殺しと錬金術師。

決死のインファイトが開始する。

 

 

 

『世界』は二つの性質を持っている。

人間などという矮小な存在では、干渉することも願う事すらも許されない絶対不変の真理。まさしく神が創り出した理といえるだろう。

ひとつは『絶対干渉』。

奇跡の星である地球にしがみついている人類は、そこで起きる地震や洪水などの自然的現象を操ることはできない。

学園都市の科学なら叶うだろうが、それほどの技術力を持ってしても、宇宙の法則そのものを手中に収めることは不可能だ。

故に、人類は干渉され続けるしかない。何もかもが不明な宇宙の法則に従わされたまま、滅びの時を迎えるその日まで。

しかし、それはこの世に生きる生物の視点から見ればの話である。

世界からすれば人類なんてモノは小蝿にも満たない、己を構成する細胞の一つの要素にすぎない。

それこそ無限の数存在する多次元宇宙。その無限を全てひっくるめた最大単位こそが世界。

世界は自己完結している。

つまり『絶対非干渉』。

人類の視点から見た『絶対干渉』というのは、あくまでミクロな視点の話でしかないのだ。

したがって、全ての最大単位である世界――マクロな視点に移れば、ただそこに在り続ける世界は『絶対非干渉』であるといえる。

無限にある星の中でもさらに小さな地球という辺境の地の一地域。

そこで大洪水の被害を受けてあらゆる生物が死に絶えようとも、世界にとっては当然であり必然の結果だ。

だって、それが世界なのだから。

人間が何千人何万人何億人、果てには一掃されようとも、世界には在り続けた結果の事象。

『絶対干渉』と『絶対非干渉』。

世界はたった二つの真理だけで存在し続ける。

 

 

 

「上終 神理、ボクはお前のすべてを否定する」

パラケルススは宣言した。

ひどく暗い声音で発せられた言葉は、途切れかけた意識の底に何度も反響する。

抜け落ちていく生命を実感しながら、上終はぼんやりと錬金術師の話を聞いていた。

「記憶喪失……それは難儀だっただろうね。なにせ、自分が何を成そうとして生きてきたのか、自分がどんな信念を持って生きてきたのかすらもわからないんだから」

ああ、と上終は同意する。

ー―俺は俺のことが一切わからない。

前の『上終 神理』がどんな人間だったのか、誰とどう関わってこんなことになっているのか。

思えば、ここにいるのは奇跡だ。

傷つけられて傷つけられて、仲間たちに助けられて俺は生きている。

けれど、これを不幸だと思ったことはない。

この世界で手に入れることができた結果の全てに納得できる。俺なんかが傷つく程度で他人が救われるのなら本望だ。

「でも、本当に? 何かがおかしいと思わなかったのか? まず記憶喪失の分類は何だ? 心因、外傷、薬剤、症候……加えて、知識だけ残して記憶を失う? ボクだって医者の端くれさ。そんなボクから言わせてもらえば、お前は記憶喪失の患者全員を馬鹿にしている」

……そんなことを言われても、俺は現実としてこうなっている。

確かに、考えたことがないとは言えない。それも俺自身を知る第一歩なのだから、否定はできない。

「よって、ボクはある結論を出した」

〝ヤツの話は欺瞞だ。信じるな、私の神理……!!〟

『声』に返事する間もなかった。

パラケルススは言う。

 

 

 

「お前はホムンクルスだ。上終 神理」

 

 

 

上終の脳裏に浮かぶのは、天使の身体を与えられたホムンクルスと姫神の身体を与えられたホムンクルスの姿だ。

どちらも人とは似ても似つかない見た目をしていた。

彼らはどうしようもなく弱い存在。仮初の身体が無ければ生きていけず、ともすれば驚くほど簡単に死んでしまう。

「ホムンクルスは生まれながらにして、この世のあらゆる知識を内包する生物だ。そして、外法によって創り出された生命体でもある。……もう、わかるな?」

―――…………。

反論の余地が見つからない。

俺がそれを否定するには材料が少なく、肯定するには十分過ぎる事実が揃っている。

ロンドンの路地裏で目覚めたあの時、俺が産まれたとしたら?

記憶が無いのは当然だ。産まれてすぐに『今まで生きてきた記憶』なんてある訳がない。

それに俺はあの時から知識だけを持っていた。それも狙い澄ましたかのように、英語と日本語の知識があった。

ひとつだけ縋る可能性があるとすれば―――

「ここで問題が発生する。『上終 神理』というホムンクルスの製造者は誰なのか」

そうだ。

それがわからない限り、俺がホムンクルスであり人間ではないことの証明にはならない。

「ああ、そういえば。ボクの予想では二回、お前と接触した存在があったよなぁ? 一回目はケセドとの戦い。二回目はケテルとの戦いだ。違うか?」

〝……違う!〟

その反応で十分だ。ケセド、ケテルとの戦いで出会った存在なんて、あの二人以外にいない。

ミイラとネフテュス。

なぜパラケルススがそのことを知っているかなんてことは興味ない。重要なのは、俺がこの耳で確かに聴いていたネフテュスの一言。

――……こんなモノかしらね。あの男は『魔神』を過小評価しすぎなのよ――。

魔神。

あの絶対的な存在を、ネフテュスは『こんなモノ』と評していた。俺にはもう察しがつく。

俺を。

上終 神理を創り出したのは。

「この世界の深奥に潜む真の魔神……ってところかな? いやはやまったく、お前はどれだけ人の力を借りれば気が済むんだい?」

認めよう。

俺は人間じゃない。

………だが、それは。

「それは、俺を否定する理由にはならない……!!」

右手を支えにして、上終はゆっくりとだが力強く立ち上がる。

少し動くだけで左肩からおびただしい鮮血が溢れ出し、その度に近づく死の感覚が全身を駆け巡った。

上終 神理はホムンクルスなのだろう。

魔神たちに造られた人工生命体。

だから何だ。

それがどうした。

上終が魔神たちに抱く感情は、レイヴィニアに抱くそれと全く同じだ。

魔神は何らかの理由で自分を創り出したのだろうが、恨む気なんて一片も無い。

なぜなら、彼らがいなくてはこの世界でアナスタシアを、ペンザンスの人々を、インデックスを救う手助けもできなかったから。

だから、好きになることはあっても嫌いになることはない。

「……俺は本来ここにはいなかった存在なのだろう? あの魔神たちはそんな俺に『人生』を歩ませてくれている。たとえ最後に使い捨てられようが、俺はそれでも構わない」

「まあ、わかってたさ。そう答えるくらいはね。筋金入りどころか、合金でも入っているくらいの偽善者のお前のことだ」

くぐもった笑い声を響かせるパラケルスス。

周囲では四大元素の精霊たちが釣られるように甲高い声をあげて、四色の光の乱舞を作り上げた。

その声はどこか不吉な凶兆を露わにしていて、身を凍えさせる響きを含んでいる。

彼はひとしきり笑うと、

「矛盾してんだよ、クソ野郎」

ドゴォッ!!!とすさまじい轟音が三沢塾を席巻した。『風』を司る精霊(シルフ)の一撃に、上終の身体がスーパーボールのように壁に叩きつけられる。

背中の皮膚が裂け、肩から血が飛び出す。

重力に従って落下しようとしていた彼の肉体に突き刺さるのは、パラケルススが投げたアゾット剣だ。

紅い光を纏った短剣は鳩尾を貫通して、上終は昆虫標本のように壁に縫い付けられる。

「死なない程度に治し続けてやるよ。お前にはまだまだ話し足りないからな」

何よりも冷たい声で言った。

アゾット剣に仕込まれた賢者の石が、絶え間なく上終の血液を継ぎ足し、死の淵での生還を余儀なくされる。

意識を手放そうとはしない。

火がついた。パラケルススがすべてを否定するというのなら、上終はそれを否定してやる。

「お前の言うとおり、『上終 神理』は本来この世界には不要な存在だった。……人の関わりってのはな、たった一人の出現でも変わってしまう。いや、世界にとってのイレギュラーは本来の世界をガラリと変転させる」

世界とはただそれだけで完結する『絶対非干渉』だ。

上終という存在は産まれてくるはずではなく、世界の外側に位置する魔神によって送り込まれた。

そう、世界の『絶対非干渉』が崩壊する。

絶対非干渉の流れをふさぎ、上終 神理の出現によって本来とは異なった世界の流れが紡がれていく。

「……!!」

背骨に氷水を流された気分だった。

上終は気づいてしまう。

どうしようもなく。

どうしようもなく。

どうしようもなく。

不幸で最低最悪の可能性に。

「ま、さか」

信じようとしない。

信じたくない。

信じない。

けれど。

だけど。

ソレを肯定することは自己を殺すこと。

ソレを否定することは彼らを捨てること。

レイヴィニア=バードウェイ。

マーク=スペース。

アナスタシア=フランキッティ。

ステイル=マグヌス。

神裂 火織。

インデックス。

姫神 秋沙。

明け色の陽射しの仲間。

ペンザンスの人々。

……ケセド=フロイデンベルク。

彼女らの身に降り注いだのは不幸。

もしも、もしもその()()()()()()()()()()()()()()()()()()()―――?

 

 

 

 

「上終、お前のせいで世界は歪んだぞ」

 

 

 

 

本来はいなかったはずの存在。

絶対非干渉への干渉。

崩れ去った世界の均衡。

上終 神理は人間を救った?

上終 神理は他人の為に戦った?

上終 神理は笑顔を見る為に傷つけた?

〝―――ヤツの言葉は嘘だ!!〟

聞こえない。

必死に語りかける『声』の言葉は届かない。

それほどまでに、上終が犯した罪は大きい。

「……もし、俺がいなければ…………………」

レイヴィニアとアナスタシアは引き裂かれることなく、一緒に暮らしていたかもしれない。

アナスタシアの母親も殺されず、ケテルは人のために奉じる魔術師になっていたかもしれない。

ペンザンスの人々はゾンビに変貌せず、幸せな日常を普通に生活していたかもしれない。

パラケルススは道を間違えず、歴史に残っているような万病を治す魔法の医者だったのかもしれない。

インデックスは記憶を失うことなく、ステイルと神裂と幸せに生きていたのかもしれない。

そんな幸せな世界を壊したのは。

「お前は最悪な存在だよ。自分が引き起こした悲劇を自分で解決して、他人の賞賛を得る? お前がいなければ全て平和な世界が創られていたのかもしれないのに」

上終の行いは全てが偽り。

砂場でつくった魔王の城を自分の手で蹴り崩し、英雄だと名乗るほどの愚行であり欺瞞であり虚構。

否、それだけではない。

彼は結果、関わってきたあらゆる人間から善意を受けた。その善意は偽りのヒーロー気取りに仕組まれた罠であるのに、それに引っ張られた。

全部、上終がいたからこそ。

悲劇は誰の手でもなく、彼の手で創り上げられたのだ。

アゾット剣が引き抜かれる。

立つ気力も生きる気力もない。

抜け殻のようにその場にへたり込む上終を一瞥して、パラケルススは後ろを振り返った。

そこに広がるのは一面の夜景だ。傍目では美しいソレも、上終の存在によって歪められた偽りの景色にすぎない。

虹色の魔力がアゾット剣を覆い、それを真横に振り抜けばガラス張りの壁が取り払われる。

絶対干渉の剣。『四大元素の楯』は反対の絶対非干渉の楯だった。それだけで完結する故、何も入り込む隙間がない絶対防御。

この二つの剣と楯があったからこそ、パラケルススは上終の奥に潜むモノを少なからず理解することができた。

しかし、それももう無駄だ。

「選べよ。生きて世界を歪め続けるか、死んで世界に償うか」

笑いを堪えるのに必死だった。

これこそがパラケルススの選んだ最高のエンディング。上終は自己を否定し、世界への償いとして無意味な死を選ぶ。

幽鬼のような足取りで進む上終。

瞳は虚ろで表情は蒼白。

彼は床の縁で立ち止まり、言った。

「パラケルスス……すまない」

迷いは無い。

上終は床を蹴って空中に見を投げ出した。

その苦悩すら、偽りだというのに。

 

 

心地良い風が身体を冷やす。

重力と体重の二つの要因で上終の身体は加速されていき、十数秒後には地面に激突して中身をばら撒くだろう。

その十数秒は短いようで長かった。

極限まで圧縮された思考は実に無意味に脳を過ぎ去っていく。

そんな時間が彼にはもどかしい。

眼下に広がる地面が近づいてくる度に上終の笑みは深まっていき、訪れる結末への期待感が高まった。

〝神理……まだ、まだやり直せる。あんなヤツの言葉に惑わされるのか!? 与えた影響は良いことだって含まれている!〟

――そうかもしれない。

だが、そんなのは微々たるモノだろう? 俺は取り返しのつかないことをしたんだ。この結末は当然だ。

その理論に縋るには、犯した罪はあまりにも大きすぎる。全員を不幸にして、偽りの善意を―――彼らの心を都合の良いように歪めてしまった。

俺は死ぬべきだ。

せめて、この瞬間からはより良い世界にするために、彼らに償うしかない。

〝違う……違う違う違う違う!!! そもそも、どうしてアイツに神理を罵られなければいけないんだ!? ふざけるなぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!〟

『声』のこの慟哭すらも偽りなのだろう。途端に彼女への申し訳無さが溢れ出してくる。

(そういえば……やり残したことがあったな)

魔神たちへ感謝の言葉を伝えていない。

今までの経験からして、右手を切り離すか潰すかしてしまえばあの場所に行けるだろう。

それをしようにも方法が無い。左腕も失っているのだから、右手を切り離すことはできなかった。

(……いや)

天地繋ぎ(ヘヴンズティアー)』。

あらゆるモノを止めてきた右手だが、『空気』を止めようとしたことはなかった。

おそらく、知覚できないモノは止められない仕組みだろう。それでも、やりようはある。

空気なら今、全身で知覚しているではないか。身体を冷やし服をはためかせるコレこそが『空気』だ。

右手を伸ばす。

風を切るという感触。

これを止める――!!

直後。

多大なエネルギーが加わったことで上終の右腕が引き千切れ、血の雨を降らせた。

 

 

「さて、困らせてくれたのぉ。上終」

「ああ、すまない。これだけは伝えたかったんだ」

訪れたのはどこまでも白い世界。

再び出会った豪奢な服を纏った枯れ枝のような魔神は、愉しそうに笑んでいた。

「いやはや、まさか自殺とは。随分と達観した精神を持つようになったではないか。儂も実は自殺したクチで――」

「妖精、まずは謝っておく。もらった命を無碍にしてすまなかった」

上終は遮って告げた。

すると、魔神の表情が途端に暗くなる。

「お主、()()()()()()()()()()()()()()()?」

は、と吐息が漏れる。

反論の隙も与えず、魔神は矢継ぎ早に言葉を繰り出す。

「前に言ったことを思い出せ。お主には『世界を安定化する力』がある―――自死を選ぶということは、世界の混乱を招くことと同義」

それに、と彼は付け加えた。

「一介の錬金術師如きに納得させられてんじゃねえよ、くだらねえ。たとえ何人死のうが不幸になろうがソイツらの責任だろうが」

「―――ッ!!!」

拳を振り抜く。

彼らの生命と不幸をないがしろにした魔神が許せなかった。激情に身を任せた拳は、意外なほど簡単に突き刺さる。

大木を殴ったようなビクともしない感触が、鈍い痛みを蓄える拳から伝わった。

魔神は拳の下で笑う。

「ほらな、これがお主だろうが。どこまでいっても他人が気がかりで、自分がどうなってもいい最高の偽善者。『死』に逃げてんじゃねえ、無数の他人を不幸したならたった一人の自分でもう一回救い上げてみせろ。偽物だからどうしたってんだよ? 偽物で届かないなら本物になれ。その時で本当の本当の本当に心の底から死にたいのなら仕方ない。殺してやる」

逃げていた。

そうだ。

どうして気づかなかったんだ。

俺が死ぬということはつまり、不幸にしてしまった人たちの断罪から逃れるということ。

死ぬことで償うなんて虚構だ。苦しいことから逃げるなんてことが、この俺に許されるはずがない。

せめて。

せめて。

せめて、彼らに謝って断罪を受けた後で―――

「……こうなることを計算して言ったのか」

さあ?とミイラは笑い声をあげた。

「お主の中にいる『アレ』じゃが、どうかないがしろにしてくれるなよ。親バカの一種というヤツかの」

『声』のことを言っているのだろうか。

相変わらず意味深なことしか言わない魔神だが、彼らの事情を察して追及はしないことにした。

ふと、上終はあることを思い出す。

「そうだ、妖精の名前を聴いていなかった。教えてくれるか?」

「ふむ、名などとうに忘れたが……そうさな、儂はの名は『僧正』という。なかなかイカしておるだろう」

僧正。

口の中で数度その名前を反芻する。

「じゃあ、行ってくる」

僧正は頷きで返した。

この白の世界から現実へ帰還した上終を見送って、彼はどこか酷薄な笑顔を貼り付ける。

(第二段階突破……うむ、予想通り)

上終は知らない。

魔神が何を考え生きているのか。

魔神が何を目的としているのか。

彼は無知なまま戦う。

 

 

――地上は黒い天蓋に蓋をされていた。

身体は相変わらず満身創痍。致命的だった左腕と鳩尾の貫通傷は再生している。

目の前にあるのは三沢塾のビル。どこか重苦しい雰囲気を放つそれを見て、上終は右手を意識した。

まだ死ぬわけにはいかない。

倒すべき敵はそこにいる。

否、パラケルススは倒すべき敵ではない。彼も上終の存在によって歪められてしまった人間のひとりだ。

救う。

文字通り全てを投げ出してでも救う。

それが償いになると信じて。

上終 神理は歪んだ信念で以って挑む。

 




皆さんに上終くんをヒーローだと認めてもらうため、彼には成長してもらわなければいけません。オリ主と原作キャラは何倍もスタート地点が違いますからね。
次回もまた、よろしくお願いします。
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