ではどうぞ。
世界が唸りをあげる。
捻れ狂った鉄筋の槍が襲う。
荒れ狂った極大の天雷が降る。
止める。
受け止める。
力の方向を変える。
「うァああああああああッッ!!!」
右手の感覚が飛んでいた。
ただ、痛みと熱が右手がそこにあると物語っている。
この右手を止めれば死ぬ。鉄槍に刺し貫かれ、雷電で真っ黒に焼かれるだろう。
ドッ!!!という轟音が鳴り響き、全方向から槍が突き出た。鋼鉄の檻が上終とレイヴィニアを取り囲み、雷が上空から降り注ぐ。
――言葉はいらなかった。
上終は天に手を伸ばし。
レイヴィニアは短剣を振るう。
それだけで檻に風穴を穿ち、方向を変えた雷で以ってこじ開けて、レプリシアとの距離を詰める。
「ガゥゥmwpgjjアアァdmjppアアアオgajpptgadオオァア!!!!」
雷鳴のような咆哮。
まさしく天地を揺るがすような叫び声は、地震と大雨そして無数の大雷を呼び起こす。
聖書におけるノアの大洪水。これを連想させるような現象が次々と発現する。
もはや『
自然を利用した攻撃もバリエーションが無くなり、単調なモノと化している。
いける。そう確信した瞬間、炎の巨神が目の前に立ちはだかった。じわじわと炎が弱くなり、消えかけているがそれでも脅威には変わりない。
『
摂氏3000度の巨神は、脚の無い形状に似合わず高速で突進してくるが、上終にはもう見慣れた速度。
右手を合わせることは容易だ。
問題はどのような攻撃を繰り出してくるか。
腕を使った薙ぎ払いや振り下ろし。
巨体を活かしたタックルも脅威となるだろう。
だが、『
しかし、何かがおかしい。
両腕が引っ込み、その分の体積だけ胴体が膨張する。頭が引っ込み、その分の体積だけ胴体が膨張する。
直後のことだった。
ぎゅるん!!と擬音がつきそうなほどに、勢い良く炎の身体が球状に変形する。
黒くドロドロとした芯も丸くなり、その周りを炎が覆う威容はまるで小さな太陽だ。
「上終、構えろ!」
「……ああ!」
カッ!!!という閃光と同時、球体の『魔女狩りの王』が大爆発を引き起こす。
大気が焼け、地面が崩落してクレーターが出来あがる。
それに追随して、土塊と岩が飛び上がり熱された鉄が液体となって猛烈に襲い掛かった。
どれから止めるべきか――?
触れずして止める『天地繋ぎ』は、巨大なモノなどは止められず、減速させるだけに留まる。
つまり、直接触れる『天地繋ぎ』は本当に脅威であるモノだけを止めなくてはならない。
本気で止めるべきモノは目の前に迫ってきている岩塊だ!!
「――違う」
一瞬浮かんだ思考を封殺する。
すべては捨て駒だった。
そもそも前提からおかしい。
どうして『魔女狩りの王』の爆発をそのままぶつけてこなかった?
あれほどの威力なら、『天地繋ぎ』とも拮抗、それ以上をいっていたかもしれないのに。
どうして爆発で周囲の物体を塵として巻き上げた?
右手自体を使わない力でも、塵程度ならいくらでも止められる。その中に巨大な岩塊を混ぜ込むのもひとつの手だが、対処できないほど戦いに慣れていないわけではない。
――なら、答えは決まっている。
目くらまし。
必殺の一撃の先触れ。
ここが正念場だ。いまから飛来するであろう攻撃に反応できなければ、上終 神理という名の人間はあっさりと終幕を迎える――!!!
(回避は諦めた。ただその一撃に全力を叩き込む!!)
ミシィ!!と右の拳を握り締めた。
横から真紅の光が見えた気がした。
迷わずその方向へ拳を振るう。
結果的には大当たり。真紅の極光を纏った槍と右拳が激突する。
ただ、それは失敗だった。
拳が槍の切っ先を受け止めた瞬間、五指が砕け散り、ありえない方向にぐにゃりと曲がる。
当然だ。この槍にはロンギヌスの槍最後の伝承―――『失った者は滅びる宿命』の呪いが込められている。
例によって拡大解釈が行われたこの槍に名をつけるなら、『伝承変更・世界破壊』。
世界を制する槍が失われたのなら、世界の均衡は崩れ去り、滅亡を迎えるのみ。
正真正銘、世界を破壊する力とぶつかり合った右手は敗北した。
出力、という点においては。
「おおおおおおああああああああァァァッッ!!!!」
めちゃくちゃになった右手を、全力で上方へ逸らした。
ばぢぃん!!と電気で叩かれたような感覚が右手から全身の骨格に響き、痛みは堪え切れないレベルにまで高まっていた。
晴れた砂塵の向こう側にはレプリシア。
槍を使い切り、その力も制御できない。
彼女に残されているのは聖人としての力だけだ。
咄嗟に左腕を上げる。右手を無駄使いできない以上、左腕を盾とするしかない。
ましてや相手は聖人で、『生物には触れれば止められない』という弱点にも気づいていることだろう。
「ががぎtmpgjadwぐげがごごぎjtpaatgamぎぐげがwmjptmgwgtがが」
頭に、鳩尾に、首に、全身にくまなく放たれる鉄拳は一撃一撃がとてつもない速度と重量を持ち、上終の血肉を押し潰していく。
ただでさえ見るに堪えなかった左腕が好き放題に折れ曲がり、ところどころに骨が飛び出していた。
それでも、上終は前に進んだ。
身体なんかよりも重要な理由があったから。
レイヴィニアの涙を見てしまったから。
あの少女の幻想を護り抜くと誓ったから!!!
そして。
無慈悲な鉄拳が上終の頭を打ち揺るがした。
吐息がもれる。
レプリシアの唇が避けていき、いびつに歪んだ笑みを形どっていた。
上終の身体が、ゆらりと横倒しに崩れ落ち――――
「俺たちの、勝ち、だ」
――――幽鬼のような微笑みで言った。
レプリシアには彼が何を言ったのか理解できなかったが、見るも不格好な右手が顔面に迫り来るのを傍観していた。
ぽん、と優しい手つきで血まみれの右手がレプリシアの頭の上に置かれる。
『天地繋ぎ』。
白髪の少女の身体が一瞬にして硬直し、今度こそ崩れ落ちる上終の背後から、その姿が垣間見える。
「――戻ってこい、アナスタシア」
あ、とレプリシアがうめき声を出す。
その直後、ズヴァチィ!!と電撃がほとばしった。
少女の身体が倒れる。
上空の雷雲が散っていき、夜を照らす月が顔を覗かせ、月光を放つ。
「終わった、か」
確認するように言う。
そうだ。
いまここに、全てが終わった。
そのことを脳が、身体が認識すると、全身の力が抜けて倒れる。
壮絶な戦いはここで幕を閉じた。
泥のように眠る三人の表情はどこか笑顔で。
誰もが望むようなハッピーエンド……上終の右手は、それを掴みとったのだ。
例えば。
命懸けの任務を果たして疲れきった身体で帰ってきたとして、上司にその報告をして、
「ふーん、へー、ほー」
みたいな態度をとられたとき、大半の人間は怒るだろう。
不良神父も例に漏れずそうだった。
「炎剣ぶっ刺していいですか」
「ふーん」
数十分前からこんなやりとりが繰り返されていた。
しかも、なぜか上司のほうが怒った様子で、窓の外に目をやりながらいなされ続けている。
「わたしはいま怒りたるのだわ」
何をいまさら、と頭の中でつばを吐きつける。
大人にもなってこの怒り方は、少し子どもに寄り過ぎな気がするのだが、ステイルはあえて口に出さなかった。
「でしょうね。何があったんです?」
どうせロクでもないことだろうと高をくくりつつ、気軽に訊く。
「原典と霊装のいくつかが盗まれたの」
イギリス清教の本拠は聖ジョージ大聖堂だ。さらに、ステイルが所属するイギリス清教第零聖堂区、対魔術師に特化した『
いまは必要悪の教会がイギリス清教のトップに立ち、聖ジョージ大聖堂はそのままイギリス清教の本拠となった。
そのこともあり、大聖堂には強大な魔術的防護があるため、本来は盗人が侵入できるような場所ではない。
「……へえ、黄金の夜明け団ですか。レプリシアによる魔術師の殺戮で混乱した隙を突いたところですかね」
それ以外にありえない。
あの状況で何か行動を起こせるのは、レプリシアによる損害を被っていない黄金の夜明け団だけだ。
しかし、返ってきた言葉は以外なモノだった。
「『不明』。魔術的痕跡も物理的接触もあらず。髪の毛も服の糸くずも、無論、指紋もなかりしなの」
わからない、と。
苦々しい表情で、イギリス清教最大主教・ローラ=スチュアートは言い切った。
霊装は大聖堂の地下に保管されている。
しかも、ここは昼夜問わず人が出入りし、幾重にも魔術防護が張られているのだ。レプリシアのこともあり、警戒心が強いそんなところから、何の証拠もなしに目当てのモノを盗んだ。
――人間業じゃない。
空気でもなければそんなことはできないだろう。
「されば、黄金の夜明け団を叩くわよ」
なんとも堂々な宣戦布告。
『
三日後、病院。
搬送された先の医者全員が駆けつけ、すべからく涙目で一日通しの大手術を終えた二日後のことだ。
陽のよく当たる窓際のベットに、包帯をぐるぐる巻きにされた人間のシルエットを持つ何かがいた。
両腕を分厚く固定され、最初に雷を受け止めた時にヒビが入っていた右脚が吊り上げられている。
とにかく全身に包帯を巻かれ、頭の包帯の隙間から飛び出た黒色と茶色混じりの髪の毛が、かろうじて上終であると判断できた。
「いやはや、よく生きてましたねえ」
向かいのベットのマークが、上終の風貌に笑いをこらえながら言う。
「……俺でも不思議なくらいだ」
自分でもよく生きていたと思う。
ティファレト、ケセド、レプリシアと連戦を繰り返して、その全てで重傷を負わされたのだ。
それでもレイヴィニアとアナスタシアの二人を救えたのだから、納得できる傷ではある。
「あの後はどうなったんだ?」
「病院に詰め込まれたままで分かるとでも?」
確かにそうだ。
マークもマークで、レプリシアの攻撃からレイヴィニアを庇って肋骨を粉砕されたという。
はあ、とため息をついて窓の外を見ると、雷によって破壊された街並みの修繕作業が行われていた。
その光景はどことなく非現実感を帯びていて、レプリシアとの戦いが何年も前のことに感じられる。
「……それはそうとだな」
ひとつだけ不満がある。
マークもそれを承知しているようで、軽く頷いた。
「誰も見舞いに来ませんねえ……あーあ、ちくしょおおおおおおう!!!」
「病院で大声を出すな!!」
と、一通り大声を出したあとで二人はほっと息をついた。
ガララ、と病室のスライドドアが小気味良い音を立てて開く。
「おはよう!お二人とも!」
黒髪の少女が元気いっぱいに飛び出してきた。上終は彼女の正体を察して、目を白黒させる。
妖精のような端正な顔はあの時とはまるで違い、服もボロ布ではなく白色のワンピースだ。
「アナタが上終さん?」
ずい、と包帯男に顔を寄せて問うアナスタシア。
「そ、そうだ」
肯定するが早いか、未だ傷だらけの上終の身体にアナスタシアが飛びつく。
少女らしからぬ力に全身が軋むのを感じ、全身の骨が砕け散る様を幻視した。
「ありがとう!アナタのおかげで救われたわ!!」
「うごおおおおおっ!?」
上終は視線でマークに助けを求めるが、いつの間にか病室に入り込んでいたレイヴィニアと話していた。
ただ、上終を見て満足気な笑みを浮かべているところが質の悪い。
いよいよ臨終する寸前で、助け舟を出したのは意外にもレイヴィニアだった。
「そろそろ離してやれ。死んでしまうぞ」
「あ……」
手を離す。
無意識だったところ、アナスタシアもアナスタシアでレプリシアより危険なところがあるのではないだろうか。
「さて、上終。顛末を語ってやろう」
レイヴィニアは微笑みながら上終のベットに腰かける。
「アナスタシアはこの通り、お前のおかげで死者もいなかった。イギリス清教の不良神父は欲求不満みたいな顔して帰っていってたな」
「ステイル……」
確かに、割ともったいぶって登場したものの、最後は己の術式を乗っ取られる有り様だ。
彼のことだから、魔術に改良を加えていそうな雰囲気だ。
「それと、黄金の夜明け団の青い奴」
「ケセドか」
「ああ、アイツは組織から離反した。それに、マークが戦ったネツァクとかいうのも消えていたらしい。代わりに、時代錯誤ババアは捕えた。まあ、大方はハッピーエンドだな。喜んでいいぞ」
これで無傷の状態ならば、両腕をあげて喜んでいるところだが、残念ながらそれは叶わない。
まあ、それでも当分は戦うことはないだろう。あの戦いの成果を堪能しよう、と和んだ気分になる。
「それでだな」
レイヴィニアの口角が吊り上がる。
ちょうど見覚えのある――そう、マークのあの下卑た笑みだ。
嫌な予感が冷感となって背中を冷やす。
「今回の事件で、完全に『黄金の夜明け団』に目をつけられた。どっちかが滅ぶまで戦うことになるだろうな。それにあたって」
「……嫌な予感しかしないぞ」
「私の側近として戦ってもらう。よかったな、『明け色の陽射し』でもお前ほどのスピード昇格をした者はいないだろう!」
はは、と渇いた笑いが喉から出てくる。
あの恐ろしい黄金の夜明け団と、これからも戦うという事実だけでも卒倒モノだというのにコレだ。
いますぐここから逃げ出したい気持ちに駆られるが、身体の惨状からして不可能だろう。
「よろしく頼むぞ、相棒」
妙に甘い声で囁かれる。
(こ、これは好意的なヤツじゃない!!明らかに俺に恐怖を与えるために!!)
ガタガタガタガタッ!!と振動ドリルもびっくりの高速で震え上がる上終。基本的にレイヴィニアは、ムチと甘いムチしか使わない。
上終は被虐に快楽を見出す人間ではないのだ。
二人のやり取りを、マークはブラックホールみたいにとんでもなく真っ黒な眼で見つめていた。
「どうしたの?マークさん」
アナスタシアが何気なく訊く。
すると、マークは濃密な殺気を全身から放ちながら答えた。
「し、新人のくせに……許さんッ!!」
「恋愛してるわけじゃないんだからいいじゃない。ただじゃれてるだけだよ」
微笑むアナスタシア。
レイヴィニアの感情がどう動くかなんてわからないけれど、この先の未来はきっと明るい。
強い意志があれば、どんな困難だって乗り越えられる。
――アナスタシアが、自分を取り戻したように。
黄金の夜明け団、本拠地。
ずるずる、と。
小学生ほどの少年が、2mはゆうに越えるであろう大男を引きずりながら歩いていく。
まるで宮殿のような絢爛豪華で荘厳な城に不釣り合いな光景だ。
しかし、少年は何も気にした様子はなく、鼻歌まじりに目的の部屋を目指す。
その部屋の前に着くと、左手で大男の頭を掴み直し、もう片方の手でドアノブをひねって開けた。
そこにあるのは巨大な円卓。
いまは三人欠けた円卓の席の一つ―――ネツァクが座っていた席に深く座り込む。
「遅かったな、ネツァク」
ケテルが言うと、少年は純真な笑みで返した。そこには大事な何かが欠落しているような、描きかけの絵を見せられているような違和感があった。
「まあねー。改造するのに時間が掛かっちゃったよ」
不敬は免れない言葉遣いだが、円卓の人間はいつものことだと割り切り、反応すらしない。
異様な空気のなかで、咳払いをして話を切りだそうとする者がいた。
エクルース=ビナー。
「お分かりだとは思いますが、『レプリシア=インデックス』のことについてです。ケテル様」
「ああ、彼女のことは残念だったな。実に残念だった。我ら黄金の夜明け団にとってはまさに痛手だ。口惜しい。バードウェイとの関係も織り込み済みで、『明け色の陽射し』にとっては良い天敵であったというのに」
どこか芝居かがった口調で話す。
内容に反してケテルの顔色はこれまでにないほど優れており、饒舌だった。
『
「上終 神理。一番興味があるのはソレでしょ? ボクもあんな右手欲しいなー」
「そうだな。レプリシアによって得た利益では上終 神理の発見が最大だ。世界にはあと数人か彼のような人間がいるのやもしれん」
いともあっさりと肯定するケテルに、少年は予想を裏切られて目を見開いた。
「なにさ、レプリシアの損失ってそんなに軽いわけ?負け惜しみ?」
「レプリシアは所詮、目くらましだよ。私の知的欲求を満たすモノではあったがな。……『真の目的』は達成できた」
「……ふーん。『アレ』ね」
頬杖をついて、胡乱げな眼差しをケテルに投げた。どこからどうみても普通の少年であり、魔術を学んだ者だとは思えない。
と、その時、ケテルを除いた全員が抱いていた疑問を一人の男が代弁した。
「お前は……誰だ?」
震える声で問われれば、少年は無邪気な笑顔でこう返す。
「ボクは『ネツァク=スパダヴェッキア』だよ」
科学サイドの話も書きたいんですけど、あと一章だけ魔術サイドの話に付き合ってください。
ではまた次回までご機嫌よう