とある魔術の天地繋ぎ   作:なまゆっけ

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一番の難産でした。


攻略戦の手引き

黄金の夜明け団最高幹部会『生命の樹(セフィロト)』旧約聖書のエデンの園の中心に植えられた樹であり、これになった実を食べれば永遠の命を手に入れることができるとされている。

絶対的な唯一神は知恵の樹の実を食べたアダムとイヴが、生命の樹の実までをも食べることで、己の地位を脅かされることがないように人間をエデンの園から追放した。

カバラ思想においては十個の円をセフィラとし、原初のセフィラを『王冠(ケテル)』とする。黄金の夜明け団は徹底的な実力主義を敷いており、それ故に代替わりが激しい。

そのため、それぞれのセフィラに着く人間は実は重要ではないのだ。

『生命の樹』という組織自体が魔術的記号となっており、幹部たちはセフィラの名前を自分の名とすることで、対応する天使の『天使の力(テレズマ)』を身に宿すことができる。

「……けれど、私は既に幹部会より離脱させられているでしょう。だから、もう『ミカエル』の力は使えない」

ティファレトは目を伏せる。

明け色の陽射しと必要悪の教会による同盟が成った直後、黄金の夜明け団についての尋問を行っていた。

そして語られたのが、最高幹部会『生命の樹』について、である。

魔術師にはその強大さがわかったのだろう、上終を除いた全員が青褪めた顔に驚愕を混ぜた表情をしていた。

対応する天使の力を身に宿す―――字面だけでも、上終にも脅威であることは窺い知れるが、それだけで済ませられることではないのか。

「すまない、『天使の力』とは一体どんな力なんだ?」

口に出すと、ステイルが若干引いたような驚いたような顔をして見つめてくる。

「知らずに戦っていたのか!?」

と、怒鳴り半分で言われる。

上終はいまだに魔術に関してド素人……それどころか、『すごい力』くらいにしか認識していない。

魔術師にとってはとんでもない会話でも、上終にとっては少し変わった話としか捉えられないのだ。

「龍脈の話はしたな?アレは『惑星』を循環するエネルギーだが、天使の力は『世界』に溜まるエネルギーだ。そして、天使自体を構成するモノでもある。私たちが使う魔術のほとんどが、この天使の力を利用した術式だ。わかったら口を塞いでおけ」

レイヴィニアにトゲトゲしい声で釘を刺される。どうやらそれどころじゃなかったらしい。

「わ、わかった」

とりあえず納得する。

『天使』の実在を認めなければならなかったが、一度レプリシアの力を見た者としては信じられない話でもなかった。

「……確かにそれで魔術は成り立つでしょうが、それでも宿す天使の力は1%にも満たないでしょう?」

神裂が問う。聖人として神の力の一端を宿しているだけに、『生命の樹』たちが天使の力を利用できるというのが信じられないのだろう。

ティファレトは口をとがらせて喋る。

「今の黄金の夜明け団は196代目。貴女の言うとおり、初めはそうだったでしょうね。けれど、これまでの『195代そのもの』が魔術的記号になっているのよ。だから、強大な天使の力も使える」

つまり、100代前の生命の樹が、50代前の生命の樹が重ねたすべてを力となり、現在の代に繋がる。

果てしない計画だ。

自分自身すら礎として、組織を高めていく。黄金の夜明け団がここまでの発展を遂げたのも納得できる。

ただ、上終には『生命の樹』の魔術理論が語られたとき、レイヴィニアの様子が変わったように感じられた。

「となると、全員倒すしかないか」

「無駄ね。いつでも入れ替えられるように、黄金の夜明け団は魔術師を育成しているもの。きっと私の代わりに新しい人員が入っているはず」

ステイルの結論に、ティファレトが反論した。

倒しても人員を入れ替えて復活し、その度に力を強くしていく。トカゲの尻尾切りのようなモノだ。ただし、次に生えてくる尻尾は強靭になる。

「ならば頭を潰すか、全員を同時に撃破するかだな。入れ替わるとはいえ、それほどの力を引き継ぐなら儀式があるはずだ。答えろ、ティファレト」

そう。

尻尾がいくらでも生えてくるのなら、頭を潰してしまえば良い。

当然、頭をすげ替えることもできるが、それを成すまで組織は麻痺していることになる。

苦々しい顔をするティファレトは、レイヴィニアの言葉に首肯した。

「ええ。儀式によるタイムラグはあるし、トップを潰すのも有効でしょう。でも判っているのかしら?第一のセフィラが司る天使は―――」

「――メタトロン。神と同一視される天使だね」

アナスタシアが言葉を引き継いだ。

その表情に、黄金の夜明け団への複雑な感情をにじませながら。

黄金の夜明け団の『生命の樹』が、どれほど天使の力を再現できるのかはわからない。

だが、確実に強大であることは間違いないのだ。そのことは組織の規模と歴史が物語っている。

それを、神裂は、

「壁にはなるでしょうが、私の術式なら問題はないでしょう。彼女に訊くべきは、黄金の夜明け団の本拠地かと」

『問題ない』と言い切ってみせた。

彼女の言葉には一切の誇張もないのだろう。そこには揺らぎのない自信だけが存在している。

ステイルも同意して、ティファレトの前に立って質問を投げつける。

「そうだね。黄金の夜明け団の本拠地を教えてもらおうか」

複雑な模様が描かれたカードをちらつかせる。せめてもの抵抗に、ティファレトは全力でステイルを睨みつけた。

「……コーンウォール地方のランズエンドにある城よ。魔術防護と工作員の働きで衛星にも映らない、不可視の城」

 

 

ブリテン島の最西端・ランズエンド。

イギリスの地の果てと呼ばれ、岬の先からはただただ広大な海が広がっている。

土産物店と遊具などが置いてある簡素な土地だが、だからこそ、黄金の夜明け団はここを選んだのだ。

城の周辺には強力な魔術防護が施されており、土地に住む人間に気づかれないために『人払い』の術式が刻まれている。

『人払い』はその名の通り、人間が土地に近づいたとき、急用を思い出したり意識を他へ誘導する初歩的な魔術だ。

黄金の夜明け団の科学専門員の力により、衛星の監視からも逃れているこの城は『陽炎の城』と称されている。

陽炎の城の地下室。

かつてレプリシアの独房だった部屋を改造し、少年のネツァク=スパダヴェッキアは作業に勤しんでいた。

そこは魔術師の部屋とは思えないくらい科学に満ち溢れていて、病院にあるような手術台や照明、パソコンと多数のモニターが設置されている。床には人の手や目、水晶などが乱雑に散らかって、足の踏み場がないくらいだ。

一台のパソコンが放つ光だけが照明の薄暗い空間で、ネツァクはある動画を繰り返し観ていた。

上終 神理とレプリシアの戦い。

その一部始終が画面に映し出されている。

「力の均一化と修復……へぇ」

口角を吊り上げて笑う。

両手を二回叩き合わせて、とある男の名前を呼ぶ。

「マルクト!」

虚空にむかって声をあげると、ネツァクの隣に空気から浮かび上がるように喪服の男が現れる。

彼の彫りの深い顔立ちはケテルと瓜二つで、同一人物と間違えてしまいそうなほどだ。

「……どうした」

「それがさー、見つけちゃったんだよ。上終くんの弱点。わかる? この龍脈の流れが……」

画面のある点を人差し指で囲っていくネツァク。

マルクトと呼ばれた男は感心したように眉を上げ、『上終の弱点』を察したようだ。

「ほう……力の量を均衡させているのか」

「うん。だから、これを探知する術式をつくれば付随して明け色の陽射しの居場所もわかる。一石二鳥だね」

「どれくらいでできる?」

ネツァクは少年らしい笑みで宣言する。

「五分でいけるね!『賢者の石』を錬成したボクにできないことはないのさ!」

 

 

一段落ついたあの後、上終は洗い物を終えてからレイヴィニアに部屋に来るように伝えられていた。

これがもし、まともな女の子だったら嬉しさ満点の大喜びだったろうが、こと彼女に限ってそんなことはありえない。

これならまだ黄金の夜明け団と戦ったほうがマシだ、とか何とか考えながら食器洗いをしていた。

呆け半分恐れ半分の夢心地でそうしていると、アナスタシアから心配そうな視線を向けられる。

「だ、大丈夫?」

「ああ。今日死ぬかもしれないということ以外においては大丈夫だ」

あの少女がやることといったら拷問辺りでファイナルアンサーだろう。

「レイヴィニアが恐い?」

「普段ならそうでもないんだがな。俺の右手の弱点が判明したせいで、それを黄金の夜明け団に掴まれてるかもしれない。たぶん、そのことだろう」

「安心していいよ。ああ見えて仲間には優しいから」

そうか、と返事をする。

確かにレイヴィニアには情がないわけじゃない。アナスタシアとの出来事がそれをよく表しているし、彼女はアナスタシアを取り戻すために戦ったのだ。

結果的に話を聴けたとはいえ、上終が知っていることはまだまだ少ない。

(……俺は知らないことばかりだ)

今まで歩んできた人生。

この世界のこと。

魔術のこと。

周りの人たちのこと。

人間が一生のうちに知ることができる知識や学ぶことができる経験には限りがある。

だから人は勉強して、知識を増やす。

上終には知識はあっても、これまでを生きてきた人生の体験がない。

「そうだ、アナスタシア。君のことを教えてくれないか」

久々の文句を言う。

アナスタシアは多少面食らった顔をしてから、太陽のような笑みを浮かべて頷いた。

「いいよ!わたしはね――」

他人から聴く人生とは、上終にとって教材のようなモノなのかもしれない。自分が足りないから、他人で補う。

そうして、上終 神理という人間を成長させていくのだ。

黒髪の少女の話に聴き入ってから数十分。

アナスタシアは非常に言いづらそうな表情をしながら、時計を指差した。

「あの……時間………」

「……ハッ!」

いつの間にか随分と時間が経っていたらしく、レイヴィニアに言いつけられた時間から結構遅れていた。

青い塗料を塗ったかのように、一気に顔色が悪くなっていく。

上終は慌てながら一言断りを入れ、次の機会に話を聴く約束を取り付けると真っ先にボスの部屋へと向かう。

バンッ!と勢い良く扉を開けて、

「すまない!おくれ――ごっふぁぁぁぁぁ!!!?」

いきなり魔術をぶっ放され、背後の壁にめり込む勢いで激突する。

「おい、遅れてくるとはどういう了見だ。ああん?」

冷ややかどころか絶対零度の視線で、遅刻した不束者をグサグサと突き刺す。

それだけで満身創痍の上終は、見るも鮮やかで流麗な動作をしつつ、土下座の態勢に入った。

「弁明のしようがない。全部俺の責任だ。許してくれ!」

「死刑」

「ギャアアアアアアアアアア!!!!」

再度レイヴィニアの魔術が発動したところで、夜のロンドンに哀しき男の絶叫が鳴り響いた。

……仕切りなおして。

かたや椅子でくつろぐレイヴィニアと、かたやボコボコの顔面で正座をする上終が向い合っていた。

「お前も一応私の側近だ。ボスからの命令に遅れてくるという無能ではあるが」

ヘッドバンキングめいた速さで、とにかく頷く。上終が選ぶ人類史上最高の首肯は、どうやら彼女には通用しなかったらしい。

ちくちくと肌を刺す視線に身じろぎしながら、ひたすら話を聴く態勢に移行した。

「呼びつけた理由はわかるな? 潰されても生えてきたとかいう、お前の右手のことだ。私が言いたいのは、その止める力じゃない。『力の均一化と修復』についてだよ」

上終の予想したとおりだった。

彼女は黄金の夜明け団に均一化と修復のサイクルが知られれば、容赦なく上終を排除するだろう。

組織のためならば、一人を切り捨てるのは当然のことだからだ。

解雇。クビ。リストラ。そんな単語が、頭の中をぐるぐると回る。

「上終、お前はどう思う。黄金の夜明け団にバレているのか、いないのか」

冷静に考える。

西洋最大級の魔術結社『黄金の夜明け団』。

彼らと戦った上終は、その強さと脅威をこの世の誰よりも理解していると自負している。

ティファレトに勝てたのは、彼女が本気を出せない状況下での偶然だ。

ケセドに勝てたのは、半ば不意打ちの右手の力に助けられたからだ。

この二人だっていま対戦すれば勝てる保証はなく、ケセドには一回も触れられずに敗ける可能性だってある。

そんな彼らの実力からすれば。

「……絶対に気づいているだろう。俺は誰よりも彼らの実力を体験したんだ。賭けたっていい」

「そうだな。常に最悪を想定して行動するのが私たちだ。私もお前と同意見だよ」

そこで、とレイヴィニアは前置きする。

「私はお前を利用する。一番傷つくのは今回もお前かもな」

なんとも先行き不安な内容だ。

だが、上終にとってもっとも重要な部分はそこではない。クビを回避したという点である。

彼女が言うにはクビよりも酷いことになるということも否めないが。

「傷つくとかそういうことは構わないが、本当にそれでいいのか? 居場所が筒抜けなんだぞ?」

右手に視線を投げる。

戦闘では大いに役立つこの力だが、今回だけは重い足枷となってついてくる。そのデメリットをレイヴィニアは笑い飛ばして、言い切った。

「居場所が筒抜け……それがいいんじゃないか。言ってしまえばヤツらの行動パターンを制限できるということでもある。つまりはエサだな」

奴隷に壁に小間使いに執事と、上終の二つ名をどれだけ増やしていくのだろう。「今度はエサか……具体的には、どうするんだ」

「お前に群がってきたところを一気に叩き潰す。ここの戦力は私にアナスタシア、そして派遣されたあの二人だ」

「……俺は?」

質問するが、見事に無視される。

エサとして機能させるため、上終は最初から戦力に入っていないのだ。という結論を出して、上終は自分を諌めた。

「要は、移動しながらお前に釣られた馬鹿共を私たちで排除する。その間に各地の部隊は『陽炎の城』に到着。とりあえずはこんな手はずだな」

「ほう。だったら、ここでどうにかすればいいってこと? お嬢さん」

ひどく甘ったるい声。

その『声』には人外の魅力があった。

喩えるのなら、天使のお告げ。

抗おうとも聴き入ってしまう魅了的な言葉。

「――!?」

一瞬、呆けていたことに驚く。

そして闖入者の存在を知覚し、即座に振り返るとそこには、『天使』が腰掛けていた。

否、それは天使ではない。

天使の力のいくらかを宿しただけの人間。

しかし、窓ガラスに腰掛けて月光を浴びる彼女の姿はまさしく天使に相違ない。

綺麗に磨き上げられた水晶のような水翼を背中から伸ばし、ピンクの唇を妖しく歪めて微笑う彼女に魅入られる。

「上終ッ!!」

至近から飛んできた怒号。

強く凛としたレイヴィニアの叫びで、ようやく正常な思考を取り戻す。

「ッ――!!?」

ゴドンッ!!!という衝撃が全身を叩いた。水晶の翼が無骨なドリル状に変貌し、上終の肉体に差し迫ったのだ。

腹部に突き刺さるはずだったそれは、かろうじて右手によって遮られ、直撃を防いでいた。

迷わず『天地繋ぎ』で翼を止める。

片方の翼を止めた隙にレイヴィニアが風の刃で斬りかかるが、氷へと変化した翼で防御される。

「血気盛んね」

妖艶に微笑む。

「お前と比べて若いんでな」

快活に笑む。

次の瞬間、金髪の少女が跳び、元いた場所を天使の水翼が斬り払った。

水圧カッターと化した翼はその空間だけを斬るに留まらず、一直線にマンションの反対側の壁を貫く。

天使は上終に止められた翼を引き戻そうとして、できないことに疑問を覚える。

――右手は離しているはずなのに、何故?

レイヴィニアの攻撃をいなしながら、数瞬考えて結論を出した。

「そこから退きなさい、坊っちゃん!」

一瞬にして急激に加速する。

生物にはありえない、ゼロからのトップスピードの突撃に右手を合わせることはできず、容易に蹴り飛ばされる。

「ぐがぁぁああああッッ!!?」

横腹に突き刺さった蹴りで上終の身体は、くの字に曲がり廊下の奥まで吹っ飛ばされた。

瞬間的に空気を絞り出された肺が動作不良を起こし、途切れ途切れの呼吸で酸素を取り込めているかすら怪しい。

だが、レプリシアの拳よりは軽い。

今のがあの白髪の少女の一撃だったのなら、内臓が破裂していただろう。

立ち上がろうとする上終の横を、黒い尾を引いた突風が走り抜けた。

アナスタシア。

マンションの外壁を造り替えた槍を携えて、黒き旋風は襲いかかる。

戦況は押しているようだが、あの女がまだ何か切り札を隠している可能性もある。上終はこの優勢を完全に『勝ち』へと持っていくために、両足に号令をかけて走りだした。

この速さではあの天使を捉えきることができないのは、わかりきっている。

上終の実力では、三人の戦いに加勢しても足手まといにならないのが精一杯だということも、わかりきっている。

(それでいい!あいつに『俺の右手』を少しでも意識させることができたら!!)

動きを止めることができたのなら、そこで勝敗は決する。そのため、あの天使は嫌でも上終の右手を意識せざるを得ない。

「――くっ!」

焦りが生まれる。

焦りが生まれれば隙となる。

そして隙となれば敗北は揺るがない!

水翼で魔術と槍の両方を防ぎ切ることはできているが、上終の存在が厄介だ。

実力はない。常人離れした身体能力もない。だが、彼の右手は触れれば一撃で雌雄を決するジョーカー。

かといって上終を狙えば、背後から強襲を受ける。

だから。

彼女は宙へ身を投げだした。

ここは高層マンションとはいえ三階。下へ逃げれば即座に追撃をくらうだろう。が、上なら高さの利はこちらに働き、追撃するにも時間がかかる。

そのうちに盤石の態勢を整えておけば、上終を掠め取ることができる――!!

「あ、ははは!追ってきなさい、頂上まで!!」

彼女は黄金の夜明け団最高幹部会『生命の樹』序列第九位、テレンティア=イェソド。司るのは第九のセフィラ『基礎』。

対応する天使は―――『ガブリエル』。

カトリックにおいて四大天使の一角に数えられるこの天使は、神のメッセンジャーとして描かれる。

有名なエピソードは、かの聖母に神の子の誕生を告げる受胎告知である。神の言葉を伝える天使は、どこからともなく現れて啓示を与えるのだ。

魔術においては、ガブリエルは四大元素における『水』との関係が設定されている。

彼女の操る水翼はガブリエルの力のほんの一端であり、それでさえも山を斬り裂くほどの力はあるだろう。

だがしかし。

テレンティアには一つの誤算があった。

ここにある戦力がレイヴィニア、アナスタシア、上終の三人だと思い込んでいたこと。

彼女はおろか、黄金の夜明け団ですらある同盟が数時間前に取り付けられていたことを知り得ない。

「正真正銘の天使の力――偽りはないようですね」

イギリス清教の聖人が、そこにいた。

風が吹く夜空に黒い髪をたなびかせ、二メートルの長刀を構える彼女の姿。それをテレンティアが認めた瞬間、本能が警報を鳴らした。

直ぐに殺さなければいけない!!

この女には私を斬り裂く力がある!!

水翼の天使に逡巡は無い。

ありったけの魔力を翼に叩き込み、一振りの長大な大剣となった水の翼を振り下ろす――!!!

「………」

屋上に振り下ろされた水の大剣は、山を裂き谷を作り出すほどの切断力を秘めていた。

これが直撃すれば聖人ですらひとたまりもなく、マンションごと縦に真っ二つにされてしまうだろう。

神裂は抜刀術の態勢で呼吸を練り上げ、ただ一言だけ呟いて剣を振るった。

 

        「唯閃」

 

ザン、と。

水の大剣が二つに断たれる。

吹き散らされた水を直進する一つの斬撃。山を斬り裂く威力を秘めた一撃を、その抜刀はいとも容易く押し返す。

(避けきれ――)

――思考よりも速く、斬撃は到達した。

袈裟に裂かれた身体から血が噴き出る。

感じるのは痛みを超越した喪失感。

死んだ。

斬り殺された。

身体に宿った『天使の力(ガブリエル)』が。

何処にも無い。

きっと、次の『基礎』を継ぐ人間にも失われたあの力は宿らないのだろう。

決定的な喪失感は現実にあらわれる。

天使の力(ガブリエル)』の象徴であった水翼は消えてなくなり、聖人に迫る身体能力もいまは消失した。

夜空を自由落下していくテレンティアを、神裂は小脇に抱えて着地する。

「どうして……」

これぞ神裂 火織の奥義『唯閃(ゆいせん)』。

聖人の力を全力で引き出し、究極であり必殺の抜刀を繰り出す術式。

十字教術式の弱点を補うために仏教術式を組み合わせ、仏教術式の弱点を補うために神道術式を組み合わせ、神道術式の弱点を十字教術式が補う、完全なる一刀である。

それ故に、十字教の天使を別の教義で傷つけることで、対神格・対天使術式としても機能している。

このため、テレンティアに宿る『天使の力』を斬り裂くことができたのだ。

「さて、私の実力を理解していただけましたか?」

背後を振り返り、自慢気に言う。

「ああ、よく見させてもらった。同盟相手としては悪くない」

珍しく相手を褒め称えるレイヴィニア。

彼女たちは互いに微笑み合い、握手を交わした。

 




神裂さんが当て馬じゃないという異常事態。
次回も読んでくれると嬉しいです。
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