永遠の煩悩者   作:煩悩のふむふむ

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第十一話 呪縛、打ち破る者

「―――ヨコシマ」

 

 これは、どういうことだろう。

 

「ヨコシマ、聞いてるの?」

 

 一体どうして……

 

「無視しないでよ! ヨコシマ!!」

 

 何故、ルシオラが俺の目の前にいるんだ?

 

 そこは真っ黒な空間だった。

 何一つ存在しない黒い空間。

 だが、たった一つだけ圧倒的な存在感を示す存在がある。

 命を掛けて求めたもの。誓いの為に殺したもの。愛する人。

 

「ルシオラ」

 

「うん、久しぶりね」

 

 ルシオラは軽い調子で横島に微笑みかける。

 闇の中でぼんやりと光るルシオラは綺麗だが、どうにも現実感が無い。

 地に足はつかないし、酷い痛みはまるで感じない。先ほどまでの激闘が嘘のようだ。

 

「俺、死んだのか?」

 

 横島はぼんやりと考える。目の前に死んだはずルシオラがいるということは、死んだということだろう。意識を失う前後の状況を思い出すと、あれから助かったとは考えづらい。だとすれば、ここはあの世なのだろうか。

 

「ルシオラ……ごめん」

 

 いきなり謝り、力なく項垂れる横島にルシオラは不審そうな顔をする。 

 彼女には横島が謝られることをした覚えはまったく無い。

 

「恋人を……ルシオラを殺せたのに……敵の女を殺せなかった」

 

 恋人を殺せたにも関わらず、敵の女を殺せなかった事への悔恨。そのことが横島を深く傷つけていた。自分はどれだけ残酷な男だろうと。

 それがどれほど矛盾に満ちているのか、自虐スパイラルに陥っている横島は気づかない。完全に『天秤』の術中に落ちていた。いや、『天秤』が考えていた以上に、である。

 ルシオラは突然の謝罪に唖然となり、次にこめかみを押さえる。

 

「あの連中やってくれるわ。ヨコシマもヨコシマだけど……ふうっ」

 

 眉を顰め、疲れたようにため息を漏らすルシオラ。

 彼女から見れば、今の横島の姿は道化――――というか馬鹿にしか見えない。

 あの、魅力溢れる馬鹿な横島は何処に行ってしまったのか。自分を愛してくれるのは分かる。それなのに、全然自分を見ていない。

 

(改造は着々と進行中って所かしら。まあ、今度の事態は予測できなかったみたいだけど……それにしても情けないわ)

 

 自分という存在に絶対の自信があればこうなることはなかった。自分が最高の男と自負していれば、洗脳なんかに負けることはない。少しでも成長しなければならない、その想いの隙間を狙われたのは分かる。

 しかし、それにしてもこれはないだろうと、ルシオラは思う。

 横島の強さは、臆病さや矮小さや辛い体験を持ちながら、それをも笑い話に出来る優しさと明るさにあると、ルシオラは思っている。

 

 不幸に酔っている人間は醜いものだ。自分に酔っている人間は、他人を酔わせる事はできない。

 大した力を持たずとも、何だか分からない内に皆の中心になって、相手を魅せる。それが横島という男だったはず。

 

「でも、ルシオラに会えて良かった」

 

 そんなことを言い出す横島にルシオラは複雑そうだ。

 こんな横島は見たくないし、好きでもない。

 だが、こうなってしまった一因は間違いなく自分にもある。

 このままではいけない。

 

「横島……あのね、あな「これで童貞が止められる!!」……はっ?」

 

 いきなりのとんでも発言にルシオラの目が点になる。

 先ほどまでの自虐的の空気が消え去り、なにやらピンク色の空気が漂ってきた。

 

「夢でも構わん!! さあ、その小さい胸で俺を男にしてくれ~~!!」

 

 びょ~んと飛びついてくる横島に、驚き、次に呆れ、最後に、

 

「だから! 雰囲気を読めっていってるでしょうーーー!!」

 

「ほぶあ!」

 

 笑顔を浮かべながら思い切り殴り飛ばした。

 

「まったく! 何でこういう状況でそっち方面に話がいっちゃうの!」

 

「堪忍や~エロとギャグが不足してるんや~!」

 

 今までの展開を全て台無しにするその行為。

 これが横島クオリティ。

 愛しき恋人に顔をボコボコにされてしまったが、なんだか幸せそうだ。

 ルシオラのほうも怒ってはいるが、それでも楽しそうで、なにより安心していた。

 

 確かに横島の精神は脆い。女の子の為とはいえ、罪も無い美女、美少女達を、何の感慨も無く殺せるような強靭で図太い精神を持ち合わせてはいない。

 しかし、立ち直りの速さも大したものだった。彼は単純に女の子と仲良くしっぽりとやっていればそれだけで元気がでるのだ。彼は最強の女好きなのだから。

 

「まったく……大体ヨコシマは死んでないわ」

 

「死んでない? そんじゃあここは……夢か?」

 

「そうよ、ここはヨコシマの夢の中。あなたはちゃんと生きてるから」

 

 あの状況でどうやって生き延びたのか分からないが、とりあえず生き延びているらしい。

 生きていると言う事実に横島は胸を撫で下ろすが,現実の状況を思い出してげんなりとした。

 

「起きたらまた殺し合いかよ……なあ、ここで暮らしていいか。そして俺を男にしてくれ!!」

 

 冗談っぽく横島は笑いながら言ったが、それは冗談には聞こえなかった。目がまるで笑っていないから。

 ルシオラは横島を睨みつける。

 私は怒っているのよ、そんな空気がひしひしと漂ってくる。

 夢とはいえ、せっかく会えた恋人が怒っているのは横島も嫌だった。

 一体何で怒っているのかと考え、一つの答えに行き着く。

 

「ごめん……胸が小さいなんて痛ってーーーーー!!」

 

 思いっきり腕を抓られる。

 

「違うわ! 私が胸の大きさなんかで怒ると思う!?」

 

 思う。

 一瞬そう口に出かけたが、なんとかその言葉を飲み込む。

 さすがに2度もボコボコにされたくない。

 

「やっぱり、女の子を殺せなかったから怒ってるのか?」

 

 恐る恐るといった感じで、ルシオラに言う横島。

 そんな横島にルシオラは青筋を浮かび上がらせた。

 

「横島がそう思っていることに私は怒っているのよ!」

 

「ひぃ!」

 

「……横島は私が『恋人を殺したのに、他の女を殺せないなんて人でなし!』……とでも言うと思ってたの? 横島にとってルシオラという女性はそんな女だったの?」

 

 ルシオラの声は横島を責めるものではない。ただ、本当に悲しそうだった。

 恋人に自分を理解してもらえてないのだ。これほど悲しい事もないだろう。

 

「それに、スピリットを殺すための理由に、私を使わないで欲しいわ」

 

 ―――――恋人すら殺せる男なんだから。

 

 これがスピリットを殺せる一つの理由。

 だが、ルシオラから見れば何を馬鹿なことを言っているのかと、頭を抱えたくなるような理由だ。

 あの時とは状況も何もかもが違う。

 

「横島はスピリット達を……可愛くて何の罪ない女の子たちを殺さなくちゃいけないことになった。そのための理由が欲しかった。自分はこんなに酷い男だからきっと殺せる……そんな風に自分をわざと追い詰めたのよ。自虐も大概にして」

 

 色々と言ってくるルシオラに、横島の持っていた不満やストレスが噴出する。

 

「んなこと言ったってしょうがないだろ! 何の罪も無い……むしろ被害者の女子供を殺しまくらなきゃいけないんだぞ!! それに、俺は確かに恋人を……お前を殺したんだ!!」

 

 女性たちが苦痛に顔を歪める姿を見たくない。

 神剣が肉を貫いていく感触がおぞましい。

 耳をつんざく断末魔の悲鳴が恐い。

 

 横島は別に聖人君子でもなんでもない。弱気で、女好きで、辛いことから逃げるタイプの人間だ。そんな横島が戦争しなくてはいけない。

 悠人の場合は、殺し合いに免罪符を求めた。妹の為だから殺しても仕方ないと。

 横島は免罪符を求めなかった。自分はこんなにも酷い男だから、女子供だって平気に殺せる。そうやって自分を卑下させることによって、スピリットを殺せるようにした。

 横島だって本来自分を卑下などしたくない。

 しかし、敵の女の子たちを殺さなくては殺される。逃げれば仲間の女の子が殺される。苦しんで、追い詰められて、そうして下した決断だった。その決断が生んだのは、先の戦いの敗北。自分の心を無視した結果だった。

 

 相手を殺せない、偽善にも等しい行為。

 そして心の中では偽悪者ぶって、自虐馬鹿のようになっている。

 本当に馬鹿だ。

 しかし、第三者の目で見ればどれほど馬鹿げたことでも、横島は真剣に考えて動いたのだ。

 

(分かっていたけど……ヨコシマは優しすぎるわ)

 

 どれほどのことがあっても、変わらない優しさを持つ横島に、ルシオラは胸を締め付けられるようだった。

 そんな横島が、女性に優しい自分自身を捨てようとしている。その為に悲鳴を上げている。

 こんな優しくない世界に横島を送り込んだあの女を、心底憎く感じた。

 

「私にはヨコシマの苦しみは解らないわ。

ヨコシマの苦しみはヨコシマだけの物。ヨコシマの心はヨコシマだけの物。

決して……誰のものにもならない。なっちゃいけない」

 

 そう言ってルシオラは中空を睨みつける。

 その言葉は横島に向けられたものであったが、それだけではないように聞こえた。

 横島は何も言わない。ただ、じっとルシオラの言葉に耳を傾けている。

 

「変わろうと……成長しようとすることは別に悪いことじゃないと思う。今のヨコシマの状況なら成長しなきゃいけないのだから……でもね」

 

 横島は成長しなければならない。

 美神達とバカ騒ぎをしていたころの横島では、戦争に生き残れない。仲間の女の子達を守れない。

 だが、こんな成長をルシオラは認めなかった。

 

「成長って自分を捨てるものじゃないとものじゃないわ。ヨコシマはとてもやさしいの。

 例え、恋人を殺したとしても……沢山の女の子を殺したとしても……それでも、女の子にはやさしいのよ。それを否定するのは、絶対に成長じゃないわ。」

 

 ルシオラの言っていることは難しい。

 女の子に優しい男なのだと自覚しろ、と言っているのだ。それは、女性に優しいまま、自分を騙さないで殺しあう事を意味している。

 つまり、ルシオラは残酷なほど、横島に優しいまま強くなれと言ったのだ。

 

「これから先、もっともっと辛いことがあるわ。身も凍るような絶望に襲われて、血液が沸騰するぐらい怒って……死にたいと思うことがきっとある。

世界を、自分を……何もかも壊したいと思うときがきっとくる」

 

 ルシオラの言っていることは断定だった。

 まるで未来を知っているようだ。

 

「でも、自分を否定しないで。それだけはやっちゃいけないの……絶対に!」

 

 一体何故、ルシオラがこれほど必死なのか横島には分からない。

 だが一つ、解った事があった。

 ルシオラは横島を心の底から心配し、愛しているのだと。

 

「だからね、私は……あ?」

 

 ルシオラが少しずつ消えていく。

 

「気づかれちゃったか……これが最初で最後ね」

 

「最初で最後って……」

 

「もう、夢の中で会えないって事よ。まだまだ言わなくちゃいけない事があったのに……」

 

 もう、会えない。

 その言葉は横島を焦らす。

 

「ルシオラ……俺は」

 

 言いたいことは山ほどある。

 伝えなければいけない言葉が沢山ある。

 だが、言葉に出来ない。

 だから横島は、体を使って伝えることにした。

 

「ルシオラ……俺は巨乳のほうが好きだけど……貧乳だって嫌いじゃないぞ。うん、とても良い、手のひらサイズだ」

 

「……ふふ、それが今ここで言う……ことですかー!! もっと他にあるでしょう! こう、ドラマチックに、センチメンタルに!! きゃあ! 何揉んでるの~~!!!」

 

「んなこと言われたって、今この時を逃したら何時その控えめな胸をヘブ! ヘブ! ヘブ! ヘブ! ヘブ! ヘブ! ヘブ! ヘブ! ヘブ! ヘブ! ヘブ!」

 

 少々お待ちください。

 

「私はヨコシマを赦すから……この言葉、忘れないでね」

 

「ルシオラ……だったらここまでボコボコにする必要ないだろが~~!!」

 

「それはそれよ! まったく……ともかく、私はヨコシマが好きなの! そのままのヨコシマがカッコイイの!! 成長するならヨコシマのままで成長しなさい。

もし、自分と何かを天秤にかけるようなことがあったら、心のまま、素直に決めて。馬鹿なんだから理屈なんてこねないで。いいわね!!」

 

 横島の心にルシオラの心が染み渡る。

 自分のままでいい。自分のまま成長する。

 自分を変えることが成長する事だと思っていた横島にとって、ルシオラの言っている事は信じられない事だった。横島の心に一筋の光明が見える。

 だが、本当に自分のままでいていいのかと、横島は結論を出せなかった。逆説的ではあるが、自分を信用できないという横島らしさが、自分を変えたいという欲求を膨らましているのだ。

 結局、横島は迷い続ける道を選ぶ事になる。人間はそう簡単に変わる事が出来ないという事だ。

 ここまで会話して、横島は気恥ずかしさを感じた。

 

「ルシオラ……すげ~嬉しいんだけど……なんつーか、恥ずかしくないか?」

 

「~~~!! いいからとっとと現実にもどりなさ~い!!」

 

 恥ずかしさからルシオラは極大の霊波砲を横島に向かって放つ。「ああ~~」と、何とも情けない悲鳴を上げながら横島は消えていった。

 

「まったく、本当にしょうがないんだから」

 

 まさかこんなのが最後の邂逅なるとは思わなかった。

 もう自分が横島と話すことも、会えることも無いだろう。

 ルシオラは嘘を付いた、夢の中で会えないだけではない。もう永久に会えないのだ。恐らく、子供としてさえも。

 永遠の別れに、ルシオラは笑うことが出来るのか不安だったが、それは杞憂だった。横島といればどんなときでも笑顔になれる。

 贔屓はあるだろうが、ルシオラは本気で世界最高の男は横島だと確信した。

 

『ふん! 余計なことをしてくれたな!!』

 

 偉そうな声が暗闇の中から響いてくる。

 子供が無理に大人ぶっているように聞こえ、似合っていないと、ルシオラは思った。

 そして、ふと気づくと体が普通に戻っている。まったくと、自分と横島を引き離した張本人である存在の姿を確かめる。

 目の前に現れたのは、日本刀型の永遠神剣『天秤』だ。

 

『まさか、ここで貴様が出てくるとはな……私に何度か語りかけたのもそうだな』

 

 偉そうに言う『天秤』を、ルシオラは目を細めて睨んだ。

 永遠神剣。力を与える代わりに代償を求める神剣。いや、魔剣のほうが正しい。

 ルシオラは、この世界に来て自我が戻ってからずっと『天秤』の事を観察していた。

 記憶や感情まで好き勝手に操るこの神剣を、ルシオラは恨んでいた。愛する恋人に巣くう悪魔の如き存在。だが、その悪魔に頼らねば生きていけない。

 そんな状態の横島にルシオラはその小さい胸を痛めた。

 

 だが、観察を続けていくと、その評価は憎しみから別な感情に変わっていった。

 その感情は、今『天秤』を見つめるルシオラの目に表れている。

 

『何故、私を哀れみの目で見つめる!』

 

「哀れだからよ」

 

 静かな声でルシオラはそう言った。本心からの、ただの事実だけを言った声だった。

 そのことが分かった『天秤』は、威圧を込めて言う。

 

『……消してやっていいんだぞ?』

 

「どうぞ、やれるものならやってみたら?」

 

『貴様!! ふん、私に出来ないと思っているようだな。だが……』

 

「分かっているわよ。貴方は私を消せる。ついさっき、私が少し消えたのは分かっているから。でも、今はできない。まだその時じゃないから」

 

 ぎりりと、『天秤』の歯軋りが聞こえてくるようだった。

 顔という物がなくても、確かに顔を真っ赤にして歯軋りしていると分かる。

 それだけで、ルシオラの言っていることが的を射ていると知る事が出来る。

 ルシオラは知っていたのだ。これから先、自分と横島に降りかかる凶事を。

 そして、恐らくは『天秤』にもその凶事は降りかかるだろう。本人は気づいてないだろうが。凶事があると分かって、ただ座して待つというのはルシオラの流儀ではない。

 今は成さねばならない事をやるだけだ。

 

「もう少し素直になったら?」

 

『何の事だ!』

 

「貴方って、いつも正しいとか、合理的とか言ってるじゃない。そんなことじゃなくて貴方自身の想いよ。貴方は、自分がやりたい事をしているの?」

 

 この『天秤』という神剣が、横島と自分の今後に大きく左右する。

 『天秤』の力を使う以上、『天秤』の考えは横島の深層心理に入り込む。神剣の力を、それも高位神剣を使う以上、精神へのダメージは避けられない。

 それを少しでも軽減する方法として、『天秤』の意思が横島と同じになればいい。

 そうすれば、横島への精神ダメージが緩和され、より大きな力を引き出せるようになる。

 体を失ったルシオラだが、それでも横島の為に行動するところは変わっていない。

 いや、それだけではない。ルシオラは純粋に『天秤』の事が心配だった。

 

『何を言っている。正しく、合理的な考えとは、すなわち私の意志であり想いそのものだ』

 

 哀れだ。

 ルシオラは心底そう思った。

 この『天秤』という神剣は勘違いしている。勘違いさせられている。

 

「ねえ、もっと私と話さない」

 

 分かっていた事だが、『天秤』の精神は幼すぎる。自分達が作られたときも、精神と肉体がアンバランスだったが、この『天秤』という神剣は余りにも酷すぎた。

 

『貴様と話すことに何の益がある? 私は無駄な事はしない主義だ』

 

「益ね……霊力に関する知識なんてどう? 後は……女の子の扱いとか……ね」

 

 横島と世界の行く末を左右する、一つの出会いだった。

 

 

 永遠の煩悩者 

 

 第十一話 呪縛、打ち破る者

 

 

「うぎゃー!!」

 

「きゃっ!」

 

 眩しい。

 横島の目に焼けるような日の光が入り込んできた。暗闇の世界が、朝日の眩しい世界に切り替わる。体は重く、全身が痛い。妙な浮遊感に吹き付ける風。まるでジェットコースターにでも乗っているかのようだ。

 

「大丈夫ですか? どこか痛い所や、苦しい所はありませんか」

 

 すぐ側から優しそうな女性の声が聞こえる。

 いまだ頭は覚醒していない。

 とりあえずは状況確認だ。

 

 状況を確認すると、仮面を付けた女性にお姫様抱っこをされて、どこかに運ばれていた。

 女性は白く輝くウィング・ハイロゥを展開していることから、ブルースピリットかブラックスピリットだと分かる。

 猛烈な速度で低空を飛行中だ。

 

 このスピリットは敵ではないと思うが、確証はない。どちらにせよ、横島は残念だった。

 顔をフルフェイスの仮面に覆われて、目元だけしか見ることが出来ない。

 スピリットは美人が多いので、かなり残念だ。

 

「まず自己紹介しますね。私はファーレーン・ブラックスピリット。ラキオスのスピリット隊の一員で、ヨコシマ様の部下になるものです」

 

 横島の視線を感じ取ったスピリット――――ファーレーンが自己紹介を始める。

 ラキオスのスピリット、つまり仲間だ。

 

(助かったのか……)

 

 確かにあの状況で助かるには、第三者の介入以外にありえないだろう。

 命が助かった安心感から、知らずに力が入っていた体から力が抜ける。

 

「はい、力を抜いてください。私の腕の中は絶対に安全ですから」

 

 誰もが安心できるような優しい声で、横島に語りかける。

 目の部分以外を仮面に隠されているが、紛れも無く笑みを浮かべていると横島には分かった。

 

 横島の美人センサーが振り切れんばかりに反応する。

 顔は見えないが、間違いなく美人であると横島は確信した。

 しかし、この仮面はどこかで見覚えがある。

 

「どうしました? ヨコシマ様」

 

「あ、いや。どこかで会ったことがあるような……」

 

 どこかで一度、会った覚えがあった。

 ラキオスで見た覚えはないのだが。

 

「ふふ、きっと私はヨコシマ様が最初に会ったスピリットですよ」

 

 そう言われ、横島はこの世界に来た時の、第一話を思い出す。

 初めてこの世界に訪れたとき、いきなりスピリットに襲われて殺されかけた。そのとき庇ってくれた仮面を付けたスピリットのことを。

 

「あっ!」

 

「思い出してくれましたか。あの時はありがとうございました」

 

「俺のほうこそ庇ってもらったのにお礼一つ言わないで……ありがとうございました。ファーレーンさん」

 

「こちらこそ傷を癒してもらって……私のことはファーレーンで結構ですよ」

 

 お姫様抱っこされた状態で首を曲げてお辞儀をする。

 ファーレーンも丁寧に横島にお辞儀をした。

 なかなか礼儀正しいスピリットだ。

 

「でも、第二詰め所で見たことがないんすけど……」

 

「別に全てのスピリットがラキオスにいるわけじゃありませんから。私の妹もラキオスにはいませんよ」

 

 どうやらスピリットはまだ他にもいるらしい。

 まだ見ぬ美人に横島は期待に胸を膨らませる。その時、横島は気づいた。

 ファーレーンの肩の部分が赤く染まっているのを。

 

「ヨコシマ様を庇ったときに少し……急所は外したので行動に支障はでませんので」

 

 横島の視線に気づいたファーレーンが、心配ないと笑いかける。

 その笑顔が横島には辛かった。

 

「本当にすいません。また俺を庇って傷を……」

 

「いえいえ、謝らないでください。仲間を助けるのは当然じゃないですか」

 

 その言葉に嘘、偽りは感じられなかった。仮面の下で、にっこりと優しく微笑んでいるのが分かった。

 心が緩んでいくのを感じる。

 思えば、こんな風に女性と触れ合ったのは久しぶりだった。

 

「今現在の状況を報告します。我々は現在、ユート様が戦闘を始めるであろうバーンライト首都に向かっています。後ろからはバーンライトのスピリットに追われている状況です。追いつかれる事はないでしょう。私は……強いですから」

 

 慢心も過信も感じられない強い声。

 横島も、このファーレーンというスピリットはアセリアに匹敵するほどの力を持っている事が分かった。

 

「しかし、ヨコシマ様は凄いですね。助けたとき体の方はかなりのダメージで、命の危険も感じられたのですが、気が付いたら多少良くなったみたいです」

 

 信じられませんと、ファーレーンは少し興奮しながら横島の体を見つめる。

 横島も何だか変な感じだった。確かに再生力があるとは思っているが、正直ここまで凄いものだっただろうか。幾つかの骨は間違いなく砕けていたし、臓器にも損傷があると『天秤』は言っていたはずだ。

 それが、今は体が少々痛くてだるいだけ。いくらエトランジェになり、体がマナで構成されたといっても何か変だ。

 不思議に感じられたが、ファーレーンに抱きかかえられていると気づいて納得がいった。

 

「何言ってるんですか! もちろんファーレーンさんのお陰ですよ。こんな美人に抱かれて、元気にならない男はいませんって!」

 

「お世辞を言われても何も出せませんよ」

 

「お世辞なんかじゃないですって」

 

「ふふ、ありがとうございます」

 

 ほんのりと暖かい空気が流れる。

 普段の横島ならここで飛びついてオチが付くのだが、体の具合も悪く、そこまでは出来なかった。互いにとって実に幸いである。

 

「ですが、何であんな状態になっていたのですか? リーザリオで敵を引き付ける予定だったのでは?」

 

 どう説明しようかと横島は少し悩んだが、別に嘘を付く必要も無いので、素直にあったことを喋った。

 

「そうですか」

 

 横島の説明にファーレーンはそう言って言葉を切る。

 目が妙に真面目で、鋭くなっているのが横島には気になった。

 あまり良い感情を持っていない事は十分分かったので、この会話はここで終わらせる。それに、横島には一つ聞きたいことがあった。

 

「でも、何で俺のところに?」

 

 横島の質問に、ファーレーンの瞳が優しい灯をともす。

 

「頼まれたからですよ。私の腰にあるポーチを覗いてみてください。」

 

 そう言われ、腰につけていたポーチの中を覗き込む。

 まず目に付いたのは、木で出来た日本のおもちゃである竹とんぼ。

 シアーにプレゼントした竹とんぼなのかと、横島は思ったが、よく見ると以前に横島がプレゼントした竹とんぼよりも形が歪だ。おそらく、シアーが自分で作ったものだろう

 

「これを私に渡してシアーが私に頼んだんです。『シアーは助けに行けないから、代わりにヨコシマ様を助けて』……慕われていますね、ヨコシマ様」

 

「シアーが……」

 

 自分の考えを優先するために、シアーの助けを拒絶してしまい、嫌われたのではないかと内心不安に思っていた。

 いや、実際に少しは嫌われたのだと思う。

 しかし、それでもシアーは横島の身を案じ、ファーレーンに救援を頼んだのだ。

 横島が静かな感動をしていると、ファーレーンはさらに言葉を続ける。

 

「シアーだけじゃありませんよ」

 

「えっ?」

 

「ネリーとヘリオンからはこんなものを貰いました。『肩たたき券』と『家事手伝い券』……なんだか年寄り扱いされているみたいですね。もちろんヨコシマ様を助けてあげてと頼まれたのですよ」

 

「ネリーとヘリオンが……」

 

 いつも元気なネリーと素直なヘリオン。

 今回一人で戦うと言って、ネリーとヘリオンは本気で怒っていた。

 

「ヒミカとハリオンからは二人の手作りお菓子を貰いました。しかも私が好きなネネの実のお菓子を」

 

 とても美味しかったですと弾んだ声でファーレーンが言う。

 ヒミカとハリオンにはよく色々と助けられている。

 今回、自分が起こした行動にも色々不満があるようだったが、それでも嫌な顔をせずにサポートしてくれた。

 しかし、ハリオンはともかく、ヒミカがお菓子作りできるとは結構意外だ。

 

「あと、ヒミカとハリオンがお菓子を渡している所にナナルゥもいたんですけど、こっちをじっと見つめていました。あれはきっとヨコシマ様を心配していたんですよ」

 

 あの感情の薄いナナルゥまでもが心配していたのかと、横島は嬉しいよりも情けなさのほうが感情として出てきた。

 

「あとセリアからも」

 

「セリアが!?」

 

 こればかりは本当に意外だった。

 龍すら射殺すような目で、冷たく睨まれていたというのに。

 

「リーザリオでヨコシマ様が負けたらラキオスが危険になるので、可能ならば様子を見に行ってくれって頼まれました。もの凄く不機嫌な顔をしてましたけど」

 

 それは別に横島を助けてくれと言っているわけではないように感じられる。

 

「多分、遠まわしにヨコシマ様を助けてあげて……そう言っているのだと私は感じました。セリアは素直じゃないところがありますから……でも、クールなセリアをあそこまで怒らせるなんて凄いことですよ」

 

 間違いなくセリアは横島を嫌っている。

 だが、それでも横島の身を案じているのだ。彼女の生来の優しさが良く分かる。

 

「後、エニちゃんもですが……あの子は少し皆と違いましたね。どちらかと言うと、ヨコシマ様の神剣を気にしていたみたいです」

 

(いや~相変わらずだな『天秤』……ん?)

 

 『天秤』のことを考えたとたん、急に怒りの感情が立ち上ってきた。

 

「どうしました?」

 

「なんでもないっす……つまり、第二詰め所のメンバー全員がファーレーンさんに、俺を助けてくれって頼んでくれたのか」

 

「あと、レスティーナ王女もですね。今回、私はあの方の命令で動いていますから」

 

 熱い。

 心が熱い。

 

 本当は一緒に戦い助けて欲しかったのに、成長するから強くなるからなんて手前勝手な理由で助けを拒絶した。

 その結果、仲間達を傷つけて、自分は死にかけて。

 結局、傷つけてしまった仲間たちの好意で助けられる。

 あまりの情けなさと嬉しさに、心がいっぱいになり横島は言葉が出せない。

 黙りこんだ横島を見て、ファーレーンの目元が少し厳しくなる。

 

「私のこと……迷惑でしたか?」

 

「えっ?」

 

 どういう意味なのかさっぱり分からない。

 迷惑をかけたのはこちらなのに、何故、ファーレーンを迷惑だと思わなければいけないのだろう。

 

「ネリーやシアーは、助けを送ったらヨコシマ様が迷惑するのではないか、怒るのでないかと心配していたんですよ」

 

 その言葉は横島にはかなり衝撃だった。

 改めてネリーたちを傷つけてしまった事を理解し、後悔する。

 

「迷惑なわけ無いじゃないですか。本当に……本当に嬉しいっす!」

 

 目じりに涙が浮かんできそうなくらい、横島は感動していた。

 可愛い女の子たちが、影からこっそりと自分を助けようとしてくれていたのだ。これほど嬉しいこともない。

 本当に嬉しそうな横島の様子に、ファーレーンも笑顔になる。

 

「私も嬉しいです。ヨコシマ様がとても優しい人で」

 

 ファーレーンの声には一点の曇りも無い。

 柔和で温和で、それでいて芯が一本通ったファーレーンの声に、横島は感動すら覚えていた。

 

(いい姉ちゃんや~!! こんなにいい姉ちゃんがいたなんて!)

 

 会って少し話しただけだが、この時点で横島はファーレーンにすっかり魅せられていた。ここ最近、女の子達と親交が無かったこともあり、女性と話し触れ合える事が横島に力を与えていく。顔が見えないのは、それはそれで想像力が沸き立つし、しかも優しいお姉さんタイプであることがそれに拍車を掛けていた。

 

「私の妹が配属されたら、仲良くしてくださいね。」

 

「もちろんです!! 妹さんは可愛いですか?」

 

「はい、私の妹はとても……いえ、誰よりも可愛いですよ。少し斜に構えていますけどね」

 

「目指せ姉妹丼!」

 

「はっ?」

 

「いや、なんでもないっす」

 

 いきなりとんでもないことを言い出す横島。だんだんと調子が出てきたようだ。

 色々と思うところはあったが、この男が女性に抱かれてじっとしていられるわけが無い。

 悩んだり反省したりすることは多いが、それはそれ。

 横島はこの状況の中、自分の煩悩を満たすために行動を開始する。

 

「すいません、お願いしたいことがあるんですけど」

 

「はい、私がやれることなら」

 

「もう少し強く抱きしめて欲しいんですけど……」

 

 いきなりのお願いにファーレーンは軽く混乱した。

 強く抱いて欲しいなんて言われれば、困惑するのも当然だ。

 

「いや、その、なんつーか……人のぬくもりを感じたくって……だめっすか?」

 

 弱りきって保護欲を湧きたてそうな表情でファーレーンにお願いをする。

 実際に横島の顔色は良くない。

 いくら横島でも大怪我を負っては致し方が無い。

 今の横島は正に薄弱青年といえる。

 

 だが裏では……

 

(やっぱり怪我人はこういう時に得だよな! ファーレーンさんも結構スタイルが良いみたいだし)

 

 こんな時によくこんな邪な考えができるものだ。

 この煩悩力こそが横島が横島たる所以だろう。

 

 ファーレーンは少し迷ったようだが、元が面倒見のいい性格なので素直に受け入れた。

 横島の本性に気づいていればどうなったのかは知らないが、ファーレーンにとって横島は守るべき存在なのだ。

 

「分かりました、少し強く抱いてみます。痛かったら言ってください」

 

 ファーレーンはお姫様抱っこした横島を、胸元に引き寄せ強く抱きしめた。

 

 ムニュムニュ。

 

 押し付けられる二つのマシュマロ。

 それは正に、至高の感触。

 

(くぅ~~。生きてて良かった~!!)

 

 改めて生きている事に感謝する。

 生きると言うのは、なんと素晴らしいことなのか。

 おっぱいとは、なんと暖かく柔らかいものなのか。

 生命万歳! お姉さん万歳! おっぱい万歳!

 

「あの……そんなに喜ばなくとも……少し恥ずかしいですね」

 

 目もとは笑っているのが見えるが、顔は見えない。

 だが、横島の脳内には顔を赤くして、少し困った表情をしている素顔ファーレーンが映し出されていた。

 

(お姉さんや~それも普通の!)

 

 ラキオスのスピリット隊の面々はお姉さんキャラが少ない。

 第二詰め所の面々では、ハリオンが唯一のお姉さんキャラだ。

 しかし、ハリオンはその天然っぷりからやや特殊なお姉さんキャラ。

 悪いとは言わないが、やはり特殊だ。

 普通という言葉に横島は飢えていた。

 

(気持ちいい~なんだか気が遠くなるし。遠く、遠く……)

 

「―――様! ヨコシマ様!!」

 

「な、なんすか!!」

 

「大丈夫ですか。急に意識を失うので驚きましたよ!」

 

 本当に焦った声のファーレーンに、自分が気を失っていたことに気づく。

 

「ゆっくり休んでください。並みの人間なら死んでいてもおかしくないぐらいの怪我なのですから。起こしておいてこう言うのもなんですが……」

 

 このまま、ずっと至高の感触を楽しんでいたいのだが、やはりそういうわけにはいかないようだ。

 実際に横島の体の怪我は酷い。

 おっぱい麻酔のお陰で痛くなかった体の痛みがぶり返し始めていた。

 

「分かりました。そんじゃあ、ちょっと休みます」

 

 目をつぶり、意識を現実と引き離していく。

 すると暗闇の中、ネリーを始めとするスピリット達の顔が浮かんできた。

 

(皆は無事なのかな)

 

 会いたいと、横島は強く願った。

 会って言わなくてはいけないことがある。

 伝えなきゃいけない言葉がある。

 

(誰も死なないでくれよ。悠人……頼ん……だぞ)

 

 仲間の無事を願いつつ、横島の意識は遠ざかっていった。

 

 一方、悠人達は順調に進軍し、あっさりとバーンライト本城であるサモドア手前まで到達した。

 途中、バーンライトのスピリット部隊と接触したが、敵は交戦せず逃げ出した。

 当然だ。本来、悠人達はこんなところにいるはず無いのだから。

 

 敵スピリットは首都の外に陣を構え、守りの体制を取っている。恐らく、住民の避難でもやっているのだろう。

 悠人達は数時間後にはバーンライトに戦いに向かうのだ。

 戦いに向かう前に、スピリット達は個人個人で休息を取っていた。

 そんな中、悠人も一人テントの中で休息を取っていたのだが……

 

「ぎぃ、ぐぅ、がああ!!」

 

『マナを、我にマナを!!』

 

 悠人は戦っていた。

 別に神剣を振るって戦っているわけではない。

 永遠神剣、『求め』が悠人に干渉しているのだ。

 マナを奪えと、その為にスピリットを襲えと。

 

「このバカ剣! これから戦いだってのに!!」

 

『だからこそだ。我が最大の力を振るうにはまだまだマナが足りない。スピリットからマナを奪うのだ!!』

 

 神剣の干渉。

 神剣を持つ限り避けられないもの。

 特に悠人の神剣は第四位の高位神剣だけあって、干渉するパワーも半端ではない。

 

「い……ぎあああ!」

 

 痛い。ただ単純に痛い。

 頭に見えない釘が突き刺さり、ハンマーで叩かれているようだ。

 

『汝は我に妹を助けてくれと願った。そして我は汝の妹を救った。今度は汝の番だ。代償無しに力を与えるなどありはしない。我に体を明け渡せ』

 

 頭の中に響いてくる『求め』の声。

 言っていることは理解できない訳ではない。忘れてはいたが、確かに飛行機の事故から妹を助けてくれと悠人は『求め』に願い、そして代償を払うと約束した。

 だからと言っても、体を明け渡す事など出来るわけがない。この『求め』の精神は余りにも危険すぎる。乗っ取られたが最後、仲間達がどのような事になるが容易に想像できる。

 それに、どうしても悠人には納得できない理由があった。

 

「ぐっ! 横島の神剣は何の対価も無しに力を与えてやってるじゃねえか!!」

 

 横島は神剣から干渉されていない。

 そのことを知ったとき、悠人は僅かに横島を恨んだ。

 何故自分はこんなにも苦しい目にあっているのに、横島は苦しい目に合わないのだと。

 

『ふん! 精神を裏から蹂躙されるのがお望みか? 契約者よ』

 

「どういうことだ!」

 

「こそこそと精神を侵すのは我の趣味ではないのでな」

 

 その言葉と共に、悠人の体に更なる痛みが襲い掛かる。

 こんな剣のどこが神剣だと、悠人は心の中で悪態をついた。

 だが、何をどう思おうが戦う限り神剣は捨てられない。

 悠人はただひたすら、痛みに耐え続ける。

 この痛みに負けたら自分の心は消え、仲間の女性達に最悪の行為を取ることになるのだ。

 痛みに耐え、数分は経っただろうか。

 テントに誰か入ってきた。

 

「……ん……どうした」

 

「ユート様? っ!! アセリア! オルファ! 下がりなさい!!」

 

「パパ……どうしたの?」

 

 テントの中に入ってきたのは、第一詰め所の面々であるアセリア達。

 アセリアとオルファは悠人の苦しみに驚き、近づこうとしたがエスペリアがそれを手で遮った。

 オルファは何で止めるのかとエスペリアに訴えるが、エスペリアは絶対に近づくなとオルファに目で伝える。

 エスペリアは神剣である『献身』を握り締め、何があっても対応できる状態で悠人に近づく。

 

「ユート様! しっかりしてください!! ご自分の心を信じて!!」

 

 エスペリアは悠人に寄り添い、必死に声を送る。

 神剣の干渉に耐えるには自分の心を信じるしかないのだ。

 だが悠人の心は痛みによって少しずつ壊れていく。

 

 目の前の女を犯したい。嬲りたい。壊したい。

 

 『求め』が送ってくる思考と、悠人の思考が少しずつ重なっていく。

 悠人自身が持つ男としての欲求をむりやり引き出し、まるで本当に自分がそれを望んでいるかのような錯覚に陥る。

 

 それは違う、そんなことは望んでいないと理性を総動員させるが、違うと否定するたびに全身を強烈な痛みが襲った。

 この痛みから逃れるには、目の前の女を襲えばよいのだと理解できる。

 悠人の心の天秤が少しずつ傾いていく。

 この痛みから逃れたいと。

 そのために目の前の女を……

 

「……どうしても我慢できないのであれば、私だけに……他の子たちには手を出さないで」

 

 エスペリアが悠人に体を寄せる。

 優しい微笑を浮かべながら。

 

『この妖精も汝に嬲られるのを望んでいるようだぞ、』

 

(エスペリアが望んでる?)

 

 本当にそうなのだろうかと、目をエスペリアに向ける。

 絶望と優しさに満ちたその瞳。

 全てを運命と諦めている微笑。

 悠人の頭の中で生贄といった言葉が浮かんできた。

 エスペリア・グリーンスピリットは高嶺悠人に捧げられた生贄なのだ。

 

(ふざけるな!!)

 

 許さない。

 許されない。

 許されるわけが無い。

 目の前の女性を傷つけるなど。

 悠人は目の前に置いてあった、干し肉などを切り取る為のナイフを手に取ると、思い切り自分の右足に突き刺した。

 ザクリと言う音と共に、赤い液体が噴出する。

 

「ユート様!!」

「パパ!」

「……っ!!」

 

 悠人の突然の行動にエスペリアとオルファが悲鳴を上げる。

 アセリアも、悠人の凶行に目を剥く。

 

(痛みが……足りない!!)

 

 右足に激痛が走るが、それでも体中を蝕む痛みには程遠い。

 悠人はさらに、何度も何度も何度も右足にナイフを突き立てて『求め』が送ってくる痛みに抵抗する。

 

『……ちっ』

 

 『求め』からの舌打ちが聞こえてきた。

 同時に体中を巡っていた痛みが消え去る。

 今回は諦めたということだろう。

 

「はあっ、はあっ、はあー」

 

 深呼吸をして、息を整える。

 何度も体験している痛みだが、慣れることはない。

 一体、あと何度この苦しみに耐えなければいけないのだろうか。

 

「な、なんて事をするのですか、ユート様!!」

 

「俺がエスペリアを襲えるわけが無いだろ!」

 

 悠人の言葉にエスペリアは泣き笑いの表情を浮かべる。

 嬉しくて……そして悲しそうな笑顔。

 悠人はここ最近、エスペリアの笑顔と言うとこんな顔しか見ていなかった。

 

「……お願いですから今後、このようなことはおやめください。ユート様の身に何かあればカオリ様が悲しみます。どうか、ご自愛を……私なら何をされても大丈夫です。だって私は」

 

「スピリットだから……か……」

 

 悠人は続くエスペリアの言葉を先に言った。

 こう言った会話はうんざりするほど繰り返したのだ。

 エスペリアが次に何を言うかなんて悠人には分かりきっていた。一体、何度お互いの価値観をぶつけ合ったのか数える気にもならない。

 悠人は人間であり、スピリットではないから、気持ちが分かるなんて口が裂けてもいえない。だが、だからと言ってスピリットは人間の駒にすぎないなんて考えを認めるわけにはいかなかった。

 エスペリアはスピリットとして生きてきて、スピリットは人間に奉仕して死ぬべきだと生まれてきてずっと習ってきた。また、彼女は非常に頑固で強情で、そして誰にも侵せない心の傷が存在している。

 どちらも相手を想いあい、しかも強情だから、何があっても引く事ができない。お互いにその事も理解しているが、どうしようもないのだ。

 

 アセリアとオルファはどうしたらいいのか分からず、ただ固まっている。

 彼女たちには、悠人とエスペリアが何の会話をしているのか分からない。お互いに相手の事を大切だと言っているのに、どうしていがみ合うのかと。

 

 場に沈黙が満ちる。

 そこに……

 

「お菓子の差し入れを持ってきました~」

 

 テントの入り口が開き、なんとも間延びした声が聞こえてきた。

 ハリオンが手にお菓子を持って現れたのだ。

 周囲に甘い香りが漂い始める。

 その能天気そうなハリオンに、エスペリアが感情を爆発させた。

 

「ハリオン! 今がどういう状況なのか、貴女には分かっているでしょう! お菓子なんて食べている場合じゃありません!!」

 

「いいじゃないですか~お菓子は幸せな気持ちにさせてくれるんですよ~

 それにそんなことよりも~ユート様の怪我を治さなくていいんですか~」

 

 ハリオンに言われエスペリアは気づいた。

 悠人の足からどくどくと血が流れていることに。

 

「す、すいませんユート様! すぐに癒しますので!!」

 

 急いで槍型神剣『献身』を構え、魔法の詠唱を開始する。

 緑のマナが溢れ、癒しの風が悠人を包み込んでいく。

 その間にハリオンは、互いの息がかかるほど悠人に顔を近づけていた。

 

「ちょっ、ちょっと!」

 

「ハリオン! 何をしているの!!」

 

 悠人が驚き叫び、エスペリアが怒りの声を上げるがハリオンは完全に無視する。

 そしてハリオンは悠人と顔がくっつくのではないかと思うほど顔を近づけると、耳元でささやいた。

 

「エスペリアを大切に想ってくれて~ありがとうございますぅ~」

 

 至近距離でハリオンの笑みを受けた悠人の顔が真紅に染まる。

 

「がんばったユート様に~お姉さんからのご褒美ですよ~」

 

 そう言ってハリオンは悠人の頬に軽く口付けをした。

 

「!!」

 

「ハリオン!!」

 

 いきなりのことで悠人の赤くなっていた顔がさらに赤くなる。もはやタコだ。

 エスペリアはハリオンを睨みつけるが、ハリオンはいつも通りニコニコ笑って睨みを受け流す。

 結局、ラキオスのスピリットの中で一番強いのはハリオンなのかもしれない。

 

『それじゃあ~お菓子は早めに召し上がってください~私はこれで失礼しますぅ~』

 

 遠ざかっていくハリオンの姿を、ぽーっと悠人は見つめる。

 面白くないのは当然エスペリア。

 

「何をデレデレしているのです、ユート様!」

「べ、別にデレデレなんてしてないだろ!」

「いーえ! していました!」

「だから、してない!」

「してました!!」

「してない!!」

「オルファもキスする~!!」

「やめなさい!!」

「……ん……お菓子……美味しい」

「アセリア! 貴女はもう少し雰囲気を読みなさい!!」

 

「あらあら~とっても賑やかですね~」

 

 背後のテントから聞こえてくる声に、ハリオンがニコニコと笑う。

 自分が騒ぎの元凶だと、理解しているのかいないのか。

 やはりハリオンは相変わらずだった。

 ニコニコと笑いながら歩いていると、その先には赤いショートカットのスピリット。ヒミカがいた。

 

「何か騒がしいけど……何かあったの?」

 

「特に何もありませんよ~」

 

 ハリオンからすれば今の騒ぎは何も無かったことになるらしい。

 ヒミカは長い付き合いから、ハリオンがまた天然を炸裂させたのだと思ったが、別に聞くことではないから口出ししない。聞くべきことは他にある。

 

「それで、ユート様の状態はどうだった?」

 

「今のユート様の状態じゃあ、私たちの方に目を向けるなんて無理みたいですぅ~」

 

「そう……無理もないか」

 

 仕方ないという風に答えたヒミカだが、その声には落胆の色が込められていた。

 隊長として自分達の状態を把握して欲しい。特に子供達には声を掛けてほしかった。

 仲間の状態を知らずして何が隊長なのか。

 しかし、今の悠人は自分自身のことで精一杯なのは間違いなかった。

 

(本来、私たちを見ていてくれる人は……)

 

 ヒミカは疲れた目で、じっと北西の方角を見つめる。

 その方角にはリーザリオ……自分達の隊長であり、ラキオスの副隊長が戦っている所だ。

 まだ少年の顔立ちを残した自分達の隊長を思い出し、ヒミカは疲れたような溜息を吐く。

 スピリットである自分達の声を聞き、それに笑い、怒り、泣く。

 それがどういうことか、ヨコシマ様もユート様も分かってない。

 それがこの世界でどれほど異端なのかを。

 特にヨコシマ様は子供たちにどういう影響を与えていたのかまるで理解していない。

 一人で戦いに行くといって、ネリー達の助けを拒絶したことが何を生み出したのかを。

 今のネリー達の精神状態はあまりにも不安定で、戦いに出すにはかなり不安がある。

 しかし、戦闘には参加させなければならない。戦えないスピリットなんて処刑の対象になってしまう。

 慰めてやりたいところだが、自分が言っても聞かないだろう。

 

 ――――こんなことならヨコシマ様はいない方が良かった。

 

 そんな考えまで浮かんでくる。

 スピリットの心に種を植えておきながら、その種を腐らせようとしているとしかヒミカには思えなかった。

 横島が色々と苦しみ、考えた上で今回の決断をしたことはヒミカにも分かっている。本当に自分達の為に、茨の道を歩もうとしてくれたのだ。

 だからこそ、ヒミカは横島を罵りも恨みもしない。横島の身を心から案じている。

 しかし、この決断は失敗だと、ヒミカは確信していた。

 

(ヨコシマ様……大丈夫かしら?)

 

 今度の戦いは戦力という点ではこちらが上回っている。

 横島がたった一人で、敵のスピリットを食い止めてくれているおかげだ。

 だからこそ今回の戦いは余裕がある。

 全員が力を発揮できれば、今回の戦いは勝てるだろう。

 発揮さえ出来ればだが。

 

「ヒミカ~あんまり一人で悩んじゃ駄目ですよ~」

 

「えっ?」

 

「ヒミカは~少し真面目で一人で暴走しがちですから~もっと私たちを頼ってほしいです~」

 

「ハリオン……」

 

「友人をこんなところで~失いたくはないですからね~

 ヨコシマ様も絶対に私たちの無事を考えてくれているはずですぅ~」

 

 大丈夫だと、穏やかな顔で言ってくれる親友に、ヒミカは感謝した。

 自分は考えすぎるきらいがある。真面目で固く、自分がやらねばと言う意気込みから少々無理をしたり、逆に周りが見えなくなる事があると、ヒミカ本人も分かっていた。

 そんな弱点を、ハリオンは支えてくれる。

 のんき者で、のんびりしたハリオンは自分と正反対だが、だからこそ不足部分を補う事ができて妙に気があった。

 やれる範囲でがんばろう。今はそれしか方法がないのだから。

 

 セリア達とは少しはなれたところに、小柄な三つの人影があった。

 ネリー、シアー、ヘリオンの三人だ。

 だが、彼女らの雰囲気はいつもの賑やかなそれではなかった。

 皆、どこか重苦しい雰囲気で口を閉ざしている。

 戦いの前に緊張しているようにも見えない。

 ただ力のない目で地面を見つめている。

 

 ここ最近、ネリー達子供組は間違いなく強くなっていた。

 悠人が龍を倒し、莫大なマナを手に入れたことも影響しているだろう。

 だが、強くなったなによりの原因は横島にあった。

 

 ただ、黙々と繰り返される訓練の日々。

 別に疑問を感じたことはない。そういうものだとネリー達は思っていた。

 だが、横島が来たことにより、繰り返される訓練に命が注ぎ込まれた。

 誰かが泣かない為に剣を振る。誰かに褒めてもらいたいから、自分のために剣を振る。

 目的が生まれて、ネリー達は変わり始めていた。

 

 以前の戦いで横島がスピリット殺しで泣いたとき、ネリー達は誓っていた。

 横島を守ろうと。今度の戦いでそれを証明しようと思っていた。

 しかし、結果は自分達の助けは必要ないという、拒絶の言葉。

 横島が何故ネリー達の助けを拒んだのか、ネリーには分からない。

 合理的だとかどうとか言っていたが、ネリーにはそれが嘘だとなんとなく分かっていた。

 だから、ネリーは理由を考え、一つの答えに到達した。

 ヨコシマ様はネリー達が足手まといだと思ったから連れて行かなかったのだと。

 

「あ~~もう!! うじうじしてるのはネリーらしくない。全然くーるじゃない!!」

 

 突如立ち上がり、大声を出すネリー。

 その声にシアーとヘリオンの二人がびくりと顔を上げてネリーを見る。

 ネリーはそんな二人をびしりと指差し、高らかに宣言するように言う。

 

「今度の戦いで証明しよう! ネリー達は強いんだって! ヨコシマ様やユート様の役に立てるんだって! 敵をいっぱい殺して証明しよう!!」

 

 ネリーの力強い言葉がシアーとヘリオンの心に響き渡る。

 脱力感で埋め尽くされていた心に、明確な目的を注がれて全身に力が湧いてきた。

 

「そうすればきっとヨコシマ様は認めてくれる。褒めてくれる。頭だって撫ででくれるし、遊んでくれる。お風呂にだって一緒に入れる!」

 

 認められたい。

 それがネリーの想い。

 そして一緒に遊んでもらいたかった。

 しかし、最後のお風呂はどうだろうか?

 

「……うん、かんばるの!」

 

「はい、がんばりましょう!」

 

 元気よく返事をするシアーとヘリオン。

 彼女たちも抱いていた想いはネリーと同じ。

 いっぱい敵を殺して、褒めてもらおうと二人も誓う。

 

「ネリー、シアー、ヘリオン、これから作戦を説明するから集まって」

 

 離れたところからセリアの声が聞こえてきた。

 もうじき戦いが始まるのだ。

 

「はーい!」

 

 ネリーは元気よく返事を返し、意気揚々とセリア達の下へ向かっていった。

 

 

 

「ネリーは絶対反対!!」

 

 説明された作戦を聞いて、ネリーは開口一番にそう叫んだ。

 シアーもヘリオンも口を尖らせている。

 

 エスペリアが説明した作戦は、いたってシンプルなものだった。

 堅実に進軍して敵スピリットを殲滅するというもの。

 策でもなんでもないような気がするが、エスペリアから言わせると、自分たちの力を百%発揮すれば負けはないということらしい。下手な策は返って邪魔になるし、相手につけ込まれる可能性もあるから、必要ないとのことだ。

 そういった意味では単純なネリーに相応しい作戦に見える。

 では何故、ネリーが怒っているのかというと……

 

「何でネリー達がまた後方支援なんかしなくちゃいけないの!!」

 

 陣形とは集団戦において重要な意味を持っている。

 前衛で敵を打ち倒すもの。

 中衛で敵からの攻撃を防ぐもの。

 後衛で攻撃魔法や回復魔法を使うもの。

 

 レッドスピリットなら後衛でも、火の雨を降らせて敵を焼き払うことが出来る。

 しかし、ブルースピリットは後衛で敵を倒すことなど出来はしない。

 ブルースピリットの後衛での役割は敵の神剣魔法を打ち消すことだ。この役目はかなり重要なのだが、地味である。ちなみにブラックスピリットの魔法だけは打ち消せない。

 

「やだやだ! ネリーもいっぱい神剣ふって活躍したい!!」

 

「わがまま言うんじゃありません!」

 

「あの、私は青の魔法は使えないんですけど……」

 

 ヘリオンが手を上げて静かに抗議する。

 ネリーやシアーはブルースピリットだが、ヘリオンはブラックスピリットだ。

 ブラックスピリットであるヘリオンには、青の魔法は使えない。

 

「ヘリオン。貴女は私たちの中で唯一のブラックスピリットです。前衛で敵を倒すよりも、魔法で敵の行動を阻害して欲しいの」

 

 剣士としての実力よりも、ブラックスピリットとしての魔法を期待していると言われ、ヘリオンは複雑そうだ。

 

 後方から魔法の援護。

 敵を正面からバンバン殺していこうと思っていたネリー達からすれば、到底認められるものではなかった。

 エスペリアは三人が何を思っているのか察していたが、それを認めるわけにはいかなかった。

 

「後方支援なんてそんなに重要じゃないよ!!」

 

「後方支援は重要です! それぐらい貴女達も十分知っているでしょう」

 

「ネリー達だって強くなったよ! 後方支援ならセリアお姉ちゃん達に……」

 

「確かに貴方たちは強くなったかもしれないけど、まだセリア達には勝てないでしょう!」

 

「でも……でもっ!」

 

「もう決定事項です。」

 

「ううっ……」

 

 結局、前衛は悠人やアセリアなど攻撃力に特化したスピリットが中心になり、中衛はエスペリアやハリオンなど前衛でも後衛でもどちらでも戦えるスピリットが中心となる。

 後衛はネリー、シアー、ヘリオン、ナナルゥ、エニ、このような布陣となった。

 レッドスピリットであるオルファは後衛に入らず、何でも悠人とくっ付いて行動するらしい。とある事情で、エスペリアもそのほうが都合が良かった。

 

「うう~」

 

 どうしても納得できないネリーはうなり声を上げながら、あたりを睨む。

 自分の周りにある全てのものが、意地悪をしているのではないかと感じていた。

 

「ネリー……機会があったら前に出てもらうから」

 

 ヒミカが落ち込んだネリーをなだめる為に妥協点を挙げる。

 このままごねられても面倒だし、落ち込んでいるネリーを見ていられなかった。

 

「ヒミカ、何を勝手なことを言ってるの! そんな事認められません!!」

 

 エスペリアは頑ななまでに意見を却下する。

 何か意固地になっていると、ヒミカは分かった。エスペリアの中で色々な葛藤が起こっているのだと。

 

「エスペリア~もっと肩の力を抜いてください~

 私たちはヨコシマ様がいなくて寂しいんですから~」

 

 のんびりとハリオンが言う。

 だが、エスペリアの固い心は、むしろハリオンに対する反発心を生んでしまう。

 

「そういうわけには行きません。それにひょっとしたら、今回のヨコシマ様の行動は貴女が体の奉仕をしなかったから――」

 

「エスペリア~」

 

 いつもよりも強めの声でエスペリアの名を呼ぶハリオン。

 エスペリアははっとして口を押さえた。

 何人かの疑わしげな視線が、エスペリアとハリオン、それに悠人を射抜く。

 

「貴方たちも、何かを隠してるのね」

 

 セリアの声と視線は冷たかった。

 

「と、とにかく、誰も死なないようにがんばろう!!」

 

 ほぼ空気と化していた悠人の声で締めになった。

 この様子で分かるとおり、悠人は隊を纏め上げる隊長でありながら、その責務をまったく果たせていない。

 悠人自身色々と限界を感じながらがんばってはいるが、こんな状態で仲間内の士気を向上させるなど一介の高校生であった悠人に出来るわけがない。

 本人は自覚していないが、彼は自分が不幸を振りまくと信じていたので、なるべく人を避けて生きてきた。コミュニケーション能力に不安がある悠人に、こんな状態の隊を纏め上げろと言うのは酷なものだ

 結局、セリア達は戦闘に集中できるとは思えないほど、気持ちがばらばらなまま、戦争を開始する事になる。

 

「ユート様、スピリットの配置が終わりました」

 

 事務的なエスペリアの声が響く。

 

「そうか」

 

「後はユート様の号令で……」

 

 戦いが始まる。

 

 悠人は『求め』を握り締め、遠くにいる敵を睨みつけた。

 十二、三歳ぐらいの子供すらいる軍勢。全員が見た目麗しい女性たち。

 これから彼女たちの首を切り落とすのかと考えると、果てしなく気が重くなるが、愛する妹を思い浮かべ拳を強く握る。

 

(お前らの命百個よりも、俺の妹の命のほうがずっと重いんだ!!)

 

 自分に言い聞かせるように心の中で咆哮する。

 何があっても妹を守る。これが悠人の求め。

 何があっても完遂しなければいけない、兄としての永遠の任務。

 例えのどのような犠牲が生まれようが、妹だけは……

 そこまで考えて、悠人は思いなおす。

 

(横島との約束も絶対に……)

 

 誰一人犠牲を出さない。

 それが横島との約束だった。

 仲間のスピリットにも被害を出すわけには行かない。

 

 第二詰め所の面々とはあまり話したことがないので、それほど親しみは無い。

 しかし、横島が守ってくれと願ったのだ。だから、絶対に守ると悠人は決めていた。

 無論、仲間なのだから守るのは当然だが、いざという時には体を盾にするぐらいの決意を悠人は漲らせる。

 

「ユート様、号令を」

 

 エスペリアが『献身』を構えながら、悠人に促す。

 悠人はしっかりと頷きながら、『求め』を構え、息を吸う。

 

「突撃!!」

 

 辺り一帯に響いた攻撃の号令。

 限界ぎりぎりまで張り詰めていた空気の糸が切れる。

 そして、戦争は始まった。

 

 白刃が舞い、炎が大地を焼く。

 スピリット同士の戦いは幻想的で、同時に破壊的であった。

 この戦闘に人間が混じっても、何一つやれる事など無い。

 戦いで発生する衝撃波だけで、その身を引き裂かれる事になるだろう。あるいは、ドロドロに溶けた地面によって足を焼かれるか、もしくは局地的に発生するブリザードによって魂まで凍らされるか。それとも地獄から漏れ出した闇に飲まれるか。そもそも、人間という種では視認すら危うい。

 スピリットは数人で大国を一夜で滅ぼせる、という記述があるのだが、それは誇張とは言いがたいのかも知れない。

 

 ほぼ同数の戦いなら、スピリットの質が勝敗を分ける。

 大陸屈指のスピリットであるアセリア。

 アセリアには劣るものの、それでも高い戦闘能力をもつエスペリア。

 龍を倒し強化されているスピリット達。

 単純な地力の差はバーンライトのスピリットよりもはるかに高い。

 それに加え、確認されている中では最高位の永遠神剣『求め』の主であるエトランジェ・ユート。

 さらに、相手側としてはこの戦いは想定外のものである。

 

 戦いは数十分ほどで、戦況が決まってきた。

 じりじりと悠人達が押していき、敵は後退していく。

 一人、また一人と敵を撃ち減らしていった。

 エスペリアが言っていたように、単純にこちらのほうが強いのだ。

 

「マナの振動を凍結させる……アイスバニッシャー!」

 

 敵レッドスピリットが炎の雨を降らせようとしていたところを、ネリーの魔法がそれを打ち消す。その隙をついて、セリア達がエニの補助魔法の加護を受けつつ、突撃を始める。

 また一人、スピリットが消えていった。

 その様子をネリーは不満げに見ていた。これでは自分達がまったく活躍できない。

 裏方として、十分活躍はしているのだが、ネリー本人は納得していなかった。

 そうこうしている内に、敵のスピリットは街中に後退を始める。

 それを見たネリーは決断する。

 

「シアー、ヘリオン……前に行こう!」

 

「えっ……でも」

 

「機会があったら前に出すって言ってたじゃない! 敵が逃げてるんだから、今は追いかけなくちゃいけないの! だから命令違反じゃないの!」

 

 言っていることが少し要領を得ないネリーだったが、シアーもヘリオンも言いたいことはちゃんと分かった。

 とにかく、戦果が欲しい。誰の目にも明らかで、誰もが褒め称えてくれて、剣を並べて戦いあう事を許してくれるような、そんな戦果が欲しい。

 ヨコシマ様に認めて欲しい。

 だが、それにナナルゥが待ったをかける。

 

「それは駄目です」

 

「だって機会があったら前に出してくれるって、ヒミカお姉ちゃんが言ってくれたもん!」

 

「そうですか。では一度ユート様の指示を仰ぎましょう。そのほうが確実です」

 

 ナナルゥが正論を言い続ける。

 それが正しい事は、ネリーにも分かった。

 

 だが、もしユート様が駄目だと言ったら?

 そうしたら自分達はいつヨコシマ様に認められるときが来る?

 

 この時、ネリー達は少々焦り、疑心暗鬼になっていた。

 自分達の要望や考えが、意図的に、あるいは悪意を持って拒絶されているかのように感じられてしまったのだ。

 ネリーはシアーとヘリオンの方をちらりと見る。こくんと、二人は頷き返した。

 三人は決断する。

 

「ああっ!! 筋肉が空を飛んでる!!!」

 

「っ!?」

 

 ナナルゥは珍しくはっとした顔で空を見る。

 その隙をついてネリー達三人はウィング・ハイロゥを展開させて空を飛び、全力で敵を追い始めた。

 その様子を見て、エニは慌てる。

 

「た、大変だよ! ナナルゥお姉ちゃん!! 早く追いかけなくちゃ」

 

「エニ、筋肉が空を飛んでません」

 

「ナナルゥお姉ちゃん、筋肉は空を飛ばないんだよ」

 

 エニは残念そうにナナルゥに答える。

 

「そうですか……残念です」

 

「うん、残念だよ……そんなこと言ってる場合じゃないよ~!」

 

 なんだか分からないやり取りをした二人だったが、とにかく、勝手に突撃したネリー達の事を報告すべく、エニは悠人の下へ走り出した。

 

「はあっ、はあっ、……大体は倒したよな?」

 

 荒く息を吐きながら、隣にいるエスペリアに問いかける悠人。

 体に傷などはないものの、殺し合いの場に立っていたことで精神を消耗していた。

 まだ実戦など数回ぐらいしかやっていない。悠人はまだまだ素人。精神的疲労はそうとうなものだ。

 もっとも、その疲労の半分は『求め』によるものなのだが。

 

「はい、敵スピリット達の半分は掃討したと思います。敵は都市部に後退。ここまでくれば、我らの勝利は揺るがないでしょう」

 

 エスペリアの言葉に、悠人はようやく一息を付いた。

 質で勝り、量でも勝った。大勢は決したといってもいいだろう。

 

「ですが油断は禁物です。不用意に突出などすれば、誰かが命を落す危険もあります。……せっかく誰ひとり死んでいないのです。慎重にいきましょう」

 

 事務的な口調のエスペリアだったが、心の底から仲間の無事を祈っている事に、悠人は分かっていた。

 すぐ側にいるオルファは、余り殺せなかった~などとぼやき、アセリアはいつも通りぽーっとしている。その様子は先ほどまで鬼神の如き働きを見せていたものとは思えない。

 

「それじゃあ、まず全員をここに集めて一度体勢を……」

 

「……ん……行く」

 

 どこへ?

 そう思った時には既に遅かった。

 アセリアはウイングハイロゥを展開させると、悠人達には目もくれず、引いた敵を追い始めた。

 

「アセリアおねーちゃんばかりずるーい! オルファだってもっとたくさん殺したいよー!」

 

 何の悪意も感じない楽しげな声が悠人のすぐ側で、それなのに妙に遠くで聞こえる。

 そのまま、オルファもアセリアを追って後退している敵に突撃していく。

 どんどんと小さくなっていく後姿を、呆然と眺めていた悠人とエスペリアだが、ややあってはっと気を取り戻した。

 

「すぐに追いかけましょう! アセリアは間違いなく我らの主力。オルファもこれからどんどん強くなっていくでしょう。こんな……こんなところで失っていい娘達じゃありません!」

 

 戦力としてアセリアたちの心配をしているように聞こえるが、それは建前だ。

 エスペリアはただ純粋にアセリアたちの心配をしている。

 

「分かってる! すぐに追いかけ……」

 

 ビュン!

 

 アセリアを追いかけようと、足を踏み出そうとしたとき、頭上を何かが駆け抜けていった。

 一体なんだと、頭上を駆け抜けていったものを見て、悠人は仰天する。

 

「ユートお兄ちゃ~ん」

 

 後ろから誰かが声を掛けてきた。

 エニ・グリーンスピリットだ。

 

「エニ、これはどういうことです!」

 

「う~んとね、ネリーお姉ちゃん達が、敵を殺すーって言って飛んで行っちゃたよ」

 

 その言葉にエスペリアは眩暈を覚えた。

 せっかく誰も死なずにここまで来たのに、何故それを壊そうとするのか。

 心の中で愚痴と文句を言うが、それは一瞬。

 すぐにこの先どうしたら良いのか考える。

 

「エニ、あなたはセリア達に後方支援をするように伝えてください。私が突撃します。ユート様は私の後についてきて下さい」

 

 よろしいですねユート様と、すぐ隣にいる悠人に話しかけるが、そこに悠人の姿はない。

 

「ユート様?」

 

「ユートお兄ちゃんなら、ネリーお姉ちゃんたちを追いかけて行っちゃったよ」

 

 隊長が敵陣に向かって単独で突撃。

 仲間への指示も何もしないで。

 エスペリアはその考え無しの行動に泣きたくなった。

 

「……まったく! どうしてみんな勝手な行動ばかり!!」

 

 皆が皆、好き勝手に行動しては勝てるものも勝てなくなる。

 心の中で愚痴と文句を繰り返しながら、メイド服を翻し、悠人の後を追いかけていった。

 

「ええ~い!」

 

 バーンライトの街中に入ったネリー達は、とにかく敵の神剣反応を追いかけながら飛び回っていた。

 しばらく街中を進むと、前方に三つの反応が現れる。三つの反応はそれぞれ分散した。

 

「シアー、ヘリオン、一人で一人を倒そう!」

 

「うん!」

 

「了解です!」

 

 ネリー達も相手に合わせるように、ばらばらになった。

 

 ヘリオンの相手は13,4ぐらいのグリーンスピリット。

 ほぼ同い年だ。

 グリーンスピリットは回復魔法を使い、防御力が高い。攻撃力もブルースピリットほどではないが高く、音速を超えるぐらいの突きなら普通に出せる。

 弱点は攻撃魔法に弱い事だが、ブラックスピリットの攻撃魔法では大したダメージを与えられないし、なにより唱えている暇がない。接近戦になるだろう。

 

「いきます!」

 

 ウイングハイロゥを出現させ、空中を疾走する。

 グリーンスピリットは正四面体シールド・ハイロゥを展開させて防御体制に入る。

 

「居合いの太刀!!」

 

 鞘に入れていた神剣『失望』を抜き放ち、グリーンスピリットに高速の斬撃を連続で放つ。

 キィンキィンキィンと甲高い音と共に、神剣が大気の壁とぶつかり合う。

 厚い大気の壁に阻まれて、ヘリオンの剣は敵に届かない。

 このままではダメだと、ヘリオンは一度後方に引いて、ウイングハイロゥを展開させた。

 もう一度ヘリオンは空中を飛びながら近づく。今度は小さな体をフルに利用することにした。小さな体を折り畳みながら、地面すれすれを飛んでグリーンスピリットに近づく。グリーンスピリットは槍を構えて迎え撃った。

 槍は基本的に水平に構え、相手を突くものだ。別に相手が上方にいても下方にいても使えないわけではないが、それだったらもっと適した武器がある。地面に近い位置で飛んでいるヘリオンには当てづらかったのだろう。グリーンスピリットの一撃は、ヘリオンの薄皮一枚を 掠りはしたものの、当たる事はなく地面を貫く。

 ここでグリーンスピリットとしては最悪な事に起こる。槍が地面に埋まり、抜き出すのに僅かな時間が掛かってしまったのだ。ヘリオンはその隙を見逃さす自身の永遠神剣、『失望』を振るった。

 血が飛び散り、肉を切り裂いたという確かな手ごたえが伝わってくる。

 目を向けると、グリーンスピリットは膝付近から血を流していた。

 

(まだ、終わらせません!)

 

 超低空を飛びながら、地面に手を付く。

 そして、手を突いた部分を軸として回転し、スピードに乗った蹴りを切り裂いた足に思い切りぶつける。

 

「うあぁ!」

 

 痛みの悲鳴を上げ、崩れ落ちるグリーンスピリット。

 その隙をヘリオンは逃さない。

 地面に崩れ落ちようとするグリーンスピリットに、間髪いれずに『失望』を振るう。

 手に、足に、顔に、胸に、腰に。

 切って切って切りまくる。

 赤い血飛沫の噴水が生まれる。

 ヘリオンの黒い戦闘服に様々な『もの』が付着するが、それはすぐに金色のマナに変わっていった。

 

「……やりました!!」

 

 初めての戦果である。

 今までの訓練が実を結んだことが嬉しく、達成感が体を包み込む。

 周囲に浮遊している金色のマナが、ヘリオンの神剣である『失望』に吸い込まれ始めた。

 スピリットを構成していたマナを、『失望』は食しているのだ。

 『失望』は歓喜の声を上げながら、マナをむさぼりつくし、強くなる。

 

 弱肉強食。

 

 これほどこの言葉が似合う世界はそうはない。

 

「こっちも片付けたよ~」

 

「シアーも大丈夫なの」

 

 ネリーもシアーも自分が受け持っていた敵を倒したようで、意気揚々としている。

 誰一人怪我もせず、完全勝利であった。

 

「よ~し! ばんばん行こう!」

 

 ネリーの掛け声に二人が強く頷く。

 自分達は強い。

 そう思うのは当然のことだった。

 

「じゃあ次は……敵はっけ~ん! レッドスピリット一人みたいだし……早いもの勝ちだよ!!」

 

「ああ~待って~」

 

「抜け駆けは無しです!」

 

 三人は見つけた『獲物』に目を輝かせながら突撃する。

 気分的には草食動物を見つけた肉食動物と言ったところか。

 実際、接近戦が苦手なレッドスピリットが一人など、接近戦が得意な青と黒の妖精の敵ではない。接近戦が出来るレッドスピリットなどヒミカぐらいだ。

 だから、ネリー達の選択は正しく見える。

 しかし、もう少し冷静なら彼女たちにも分かっただろう。近距離戦が苦手なレッドスピリットが、単身でいるわけがないと。

 

「わあ!」

 

 突如、空中を疾走していたネリーに地面から生えてきた黒い手が纏わりつく。

 さらに後ろから続いていたシアーとヘリオンは急に止まったネリーを避けられず、思い切りネリーとぶつかり転倒する。

 三人は絡まりながら地面に激突した。

 

「痛たた……ネリー立ち止まらないでよ~」

 

「そんなこと言われても!」

 

「何でもいいからどいてくださ~い!」

 

 こんがらがってしまった三人は、急いで立ち上がろうとするが、そんな隙を敵が見逃すはず無かった。

 

「消えろ」

 

 何の感情も無い声。マナを求める純粋な目。真っ黒なハイロゥ。

 いつの間にかグリーンスピリットが横に立ち、音速を超えるだろう槍を突き出そうとしている。タイミングは完璧で、防御も回避も出来はしない。

 

「ヨコシマ様……」

 

 三人の中で誰かが横島の名を呼んだ。

 彼女らも戦士なのだ。だから理解できた。

 自分達は死ぬのだと。

 

 ぎゅっと目を閉じる。

 

(あれ……どうしたんだろ)

 

 来るはずの衝撃が来ない。

 そっと目を開ける。

 そこには……

 

「ぐうう!」

 

 肩から槍を生やした悠人が、ネリー達を庇うように立っていた

 

「ユート……様」

 

 ヘリオンが呆然とした声を上げる。

 悠人はその声にこたえず、ただ気合の声を上げ続けた。

 

「ああぁぁ!!」

 

 悠人が気合を入れると、足元の魔法陣が強い光を放ち、体から白い閃光が発せられ、グリーンスピリットを吹き飛ばす。パワーに差があるから出来る芸当だ。

 肩を貫かれ相当の痛みに襲われるが、悠人は神剣の加護と持ち前の気合でそれを克服し、眼前のグリーンスピリットを睨みつける。そして幾度となく繰り返したある言葉を、頭の中で繰り返した。

 

(佳織の為だ。佳織の為だ! 佳織の為だ!!)

 

 佳織の為。

 それは最高の免罪符。

 その免罪符の前には善人も悪人も無い。

 正義も悪も無い

 子供も女も関係ない。

 良心が疼いても、心が張り裂けそうでも、何故自分がこんなことをしなくてはならないのかという疑問も、その他一切が関係ない。

 

 全ては愛する妹の為。

 心を押し殺し、剣を振るい、敵を殺す。

 

「おおおおおぉぉぉぉぉ!!!!」

 

 獣じみた咆哮を上げながら、敵に向かって突撃する。

 グリーンスピリットは、全ての力をシールドハイロゥの展開に費やし、防御を固めた。

 破壊を生み出す『求め』の刃と、純粋な守りの力が激しくぶつかり合い、白と緑の閃光が辺りを埋め尽くす、攻と防の攻め合い。

 

 勝敗はあっけなくついた。

 

 パワー勝負で悠人に勝てるスピリットなどまず存在しない。

 いくら防御力に優れたグリーンスピリットでも、悠人の攻撃力の前には勝てなかった。

 グリーンスピリット作り出した緑色の大気の壁は、突き出された悠人の神剣『求め』の前に簡単に破壊される。

 そして……

 

「ぐっ!!」

 

 『求め』の刃が、グリーンスピリットの胸を刺し貫く。

 肉を貫く感触に悠人の体が震えるが、それでも『求め』の刃を突き入れた。

 

「あぐっ!!」

 

 刃の根元まで突き入れられ、グリーンスピリットが悲鳴を上げる。

 心を失ったとしても、痛覚までは無くしていない。

 痛みの余り、端正な顔のグリーンスピリットの表情が歪む。

 その苦しみの表情に、悠人は思わず顔を背けたくなったが、いくら素人でもそこまで馬鹿な真似はしない。

 敵の攻撃はまだ終わっていないのだから。

 グリーンスピリットの後方には、詠唱を開始しようとするレッドスピリットがいた。

 時間が無いと判断した悠人はグリーンスピリットを刺し貫いたまま、詠唱中のレッドスピリットに突撃する。

 

「っ! 永遠神剣の主として命じる!! マナよ爆炎となり……」

 

「遅い!!」

 

 悠人は『求め』を突き出し、グリーンスピリットを突き刺しながら、さらにレッドスピリットをも貫いた。

 

「くっ……ふぐぅ!」

 

 『求め』に胸を貫かれ、レッドスピリットの詠唱が止まる。

 いくらスピリットでも肺を貫かれて喋ることはできない。

 『求め』の刃で貫かれた二人のスピリットは、まるで串に刺さった団子のようだ。

 終わったと、悠人は一息を付いたが、その考えが甘いものだったと知らされる。

 

「ぐ……あああ!」

 

 胸を貫かれた状態でもスピリット達は抵抗しようとあがく。

 戦えと命令されている以上、どんな目にあっても彼女らは戦うのだ。

 血反吐を吐き、全身がビクビクと痙攣し、もう戦える状態でもないのに、それでも殺意を向けてくる。

 悠人は、そんなスピリットに恐怖した。

 

「うぁ……おおお!!」

 

 悲鳴とも咆哮とも言えない叫びを上げながら、悠人は二人を刺し貫いた『求め』を全力で地面に叩きつける。

 

 一回目。

 

 スピリットの悲鳴が聞こえてくる。

 その苦しみの声に、悠人は眉を歪め罪悪感に体を震わし、同時にとてつもない愉悦感に襲われて。

 

 2回目。

 

 ゴキゴキと生理的に不愉快な音が聞こえた。肉体を潰す感触は、女を抱くよりも心地よく。

 

 3回目。

 

 グチャリと何かが潰れた音がした。流れ込んでくるマナは、甘露としか言えないほど甘い。

 

 常人なら目を背けたくなるほどの凄惨な光景が広がる。しかし、凄惨な光景はすぐに消えた。潰れたはずのスピリットは、もうそこに存在しない。存在するのは金色に輝くマナの霧だけだ。

 死体が残らない、何も残らない。果たして、今悠人が殺したスピリットは存在していたのだろうか。

 スピリットと言う存在の儚さがそこにあった。

 

「くそ……殺したくなんかないってのに……」

 

『ふん、笑いながらよくそんなことを言えるものだ』

 

「笑ってなんか!! ……いない」

 

 弱弱しく悠人は否定する事になる。

 何故か?

 その理由は簡単だ。『求め』が感じている快楽が悠人にも流れ込んでくるからだ。

 血に酔う。戦争映画などで聞いたことがあるが、そんなレベルではない。 殺すたびに『求め』が歓喜して、その心が悠人にも流れてくる。殺すたびに自分の心も殺されているように悠人は感じた。そのほうがより力が湧いてくるというのも、悲しく苦しかった。

 

 二人のスピリットはマナに帰した悠人が、次なる敵を求め走り出す。後ろから幼い声が聞こえたような気がしたが、良くは分からなかった。

 一秒でも早く戦いを終わらせる。それだけを目的に悠人は敵を探す。少なくとも、そこに狂気は混じっていないと、悠人自身は判断した。

 『求め』はそんな悠人に歓喜しているようだったが、悠人は妹の為だと理由を掲げて無視する。

 その様子はどう考えても隊を指揮する指揮官ではなく、ただのバーサーカーにしか見えない。

 エスペリアが嘆くのも無理は無いだろう。

 

 悠人は止まらず、ぎょろぎょろと血走った目で辺りを見回し、見つけた。

 まだ幼い、子供のブラックスピリットを。

 

「がああああああ!!」

 

 『求め』を掲げながら、全身にマナを回し突撃を開始する。

 

「ううっ、恐い……けど!」

 

 ブラックスピリットは灰色のウイングハイロゥを展開した。

 黒でないハイロゥは、まだ若干の自我が残されていることを証明している。

 逆に言えば、それほど力は強くないことになる。元が強ければ問題ないのだろうが、この幼いブラックスピリットにそれほどの力も剣技も無かった。

 結果の見えた戦い。

 だが、ブラックスピリットにチャンスが訪れる。

 

 ここにきて肩を貫かれた痛みが襲い掛かり、足がもつれた。現状の確認と足場も見ず、闇雲に突撃結果だったのだろう。

 悠人は顔面からべしゃっと無様な転倒をしてしまった。

 敵の目の前で転倒。

 それが戦いの際にどれだけ致命的なことか、考えるまでもない。

 

「死んでください!!」

 

 転んだ悠人めがけて、ブラックスピリットは一気に突っ込んだ。

 チャンスはここしかないと、そう決めての特攻に近い攻撃。悠人はその攻撃に対応できない。

 首を断ち切らん斬撃の前にして、これまでかと、悠人は覚悟を決めた。

 だが、悠人の命運はまだまだ尽きてなかったらしい。

 

「風の壁だよー!」

 

「大地の活力よ、傷つきし者の力となれ。アースプライヤー」

 

 今正に悠人の命を奪わんとしていた神剣が、突如生まれた風の壁によって阻まれる。さらに、緑色の光が悠人の体に降り注ぎ傷を瞬時に癒す。

 突然の事に驚き、いったん後退しようとしたブラックスピリットだったが、そこまでだった。

 突如、音よりも早く飛んできた槍が、ブラックスピリットの腹を抉り取る。

 

「あうっ」

 

 腹に力が入らなくなり、ブラックスピリットはその場に倒れこんだ。

 回復魔法をかけてくれれば一瞬で回復するのだが、もうグリーンスピリットはいない。

 彼女が、バーンライト最後のスピリットなのだ。

 

「……痛いよう……でも、殺す」

 

 残された自我が恐いと、もう戦いたくないと必死に主張する。

 だが、握っている神剣からは戦ってマナを奪えと命じてくる。

 

 次々と死んでいく仲間。圧倒的な戦力差。どうしようもない絶望。

 死にたくない、死にたくない――――もう無理だ。

 ブラックスピリットの心が折れ始めた。同時にエンジェル・ハイロゥが黒く染まっていく。

 

 恐いのはいやだ。もう何も考えたくない。だから心なんていらない。

 幼きブラックスピリットは、自分の神剣に心を食われているのを感じたが、何の抵抗もしなかった。そのほうが楽だからだ。

 これで終わる。辛く、苦しいだけの人生が。

 

 あれ? 本当に、苦しいだけ? 楽しい事が何も無かった? 未練は無い?

 

(―――は弱いから、これはボクからのお守り。また、いつか合おうね)

 

 大切な思い出がふと蘇った。胸元にある人形に目を止める。

 自分と同じ姿をした人形は、慕う姉が心と身を案じて作ってくれた物。

 配属された場所が違う為、もう一年はあっていないが、大切な家族である。泣き虫な自分をよく庇ってくれた愛しいお姉ちゃん。

 弱い自分がここまで神剣に心を食われなかったのは、間違いなく姉に会いたかったからだ。

 

 会いたい。

 会いたい、会いたい。

 会いたい、会いたい、会いたい!!

 

 ウイング・ハイロゥの色が白く変わっていく。

 神剣に食われかけていた自分の心を取り戻したのだ。

 もう一度、お姉ちゃんに会うのだと、生きる事を強く決め、顔を上げる。

 眼前には、氷のように冷たい顔をしたブルースピリット―――『熱病』のセリアが神剣を振り上げていた。

 

「あ……助けて、ルルーおねえちゃ」

 

 それが最後の言葉だった。

 容赦なく振り下ろされた神剣は、ブラックスピリットの右肩から左脇腹に抜け、その体を二つに切り裂いた。痛みも苦しみも無く、マナの霧に少女は帰る。

 

「運命だと思って諦めて……貴女に再生の剣の祝福があることを」

 

 マナの霧と消えた少女に向かって、祈るようにセリアが呟く。

 これがスピリットの宿命。明日の我が身。

 『熱病』がスピリットのマナを食うのを見て、セリアはただ目線を地面に下げた。

 

 戦争は終わった。

 ラキオスの勝利で、一人の犠牲も出すことなく。

 最高の結果の中で、ラキオスのスピリット隊は一人のレッドスピリットの少女を除き、誰一人笑っていなかった。

 

「酷いもんだな……」

 

 震えるような悠人の声が、スピリット同士の戦いの余波でぼろぼろになった街中に響く。音速を超える神剣と神剣のぶつかり合いの余波は激しく、特に破壊活動をした覚えもないのに町はかなり壊れていた。

 惨憺たる町の光景に顔を歪ませていた悠人だったが、その時、何かが視界に入る。

 悠人が見つめる視線の先には、甲冑を着込んだ兵士たちが、いつの間にか姿を現していた。刻まれている紋章はラキオスのもの。

 兵士たちは悠人達に見向きもせず、バーンライト城に向かっていく。

 

「まさか、これから人間たちが戦うなんて事はないよな?」

 

「そんなわけ無いでしょう。人間たちがすることは、城に残った王族を引きずりだすぐらいです……もちろん、バーンライトの兵士は王族を守ろうとはしないでしょうね」

 

 側にいたセリアが馬鹿らしいとでも言いたげな声で答えた。

 しばらくすると、バーンライトの城からラキオス兵士たちの勝鬨の声が聞こえてくる。

 俺たちが勝ったぞ、と言わんばかりの勝利の歓声。

 実際に戦い、傷ついたスピリットには目も向けない。

 

 馬鹿馬鹿しい。

 本当に馬鹿馬鹿しい。

 気が狂いそうなほど馬鹿馬鹿しい。

 そして、こんな人間たちの尖兵としてスピリットを殺めている自分が一番馬鹿馬鹿しい。

 

(何で殺さなくちゃいけなかったんだ?)

 

 当然のように生まれてくる疑問。

 今更ながら体に震えが走る。

 一体何人のスピリットを殺してしまったのか。

 どれほどの命が消えたのか。

 一体この戦いに何の意味があったのか。

 虚しさが悠人の心の中を駆け巡る。

 殺し合いの最中に、その考えが浮かばなかったのが悠人の命を助けていた。

 

(考えても仕方ないか……)

 

 そこまで考えて、悠人は思考を打ち切った。

 考えても仕方のないことだからだ。今の自分はどれだけ血塗られた道であろうとも進むことしかできない。

 全ては佳織の為なのだから、仕方ないのだ。

 

(隊長としての役目は果たせたよな……まだ残っているけど)

 

 横島との約束通り誰も死傷者はいない。

 誰一人死なせないという横島との約束は果たせた。

 とりあえずはめでたしめでたしだが、めでたくない部分もある。

 

 セリアやエスペリアがちらちらと視線を送ってくる。

 隊長としてやるべきことをやれと言うことだろう。

 目の前にはちょこんと座っているネリー、シアー、ヘリオンの三人。三人とも、居心地悪そうにしているところから、自分達が迷惑をかけた事は理解しているようだ。

 少し離れた所にアセリアとオルファも座っている。

 結局、アセリアたちは二人で残った敵を一掃したらしい。

 流石はアセリアだと褒められる……わけがない。

 

 隊長としてネリー達やアセリアに言うべきこと。

 それは説教、もしくは処罰。

 

「ネリー、シアー、ヘリオン。なんだってあんな無茶をした」

 

 咎めるような口調でネリー達に問いかける。

 いや、実際に咎めている。

 戦いにおいて命令無視は最悪の行為といえる。

 それぐらい、いくら子供でも分からないはずがない。

 悠人の声に三人は体をびくりと震わせた。

 そして顔を見合わせると、ネリーが代表してしゃべり始める。

 

「……だって、だって敵をいっぱい倒せば、ヨコシマ様が私たちを褒めて……認めてもらえると思ったんだもん! そうすれば、今度は……一緒に!!」

 

 そこから先はしゃくり声に変わり、何を言っているのか分からなくなる。

 沢山活躍して褒められたい。

 なんとも身勝手な理由だ。

 そんな理由で命令無視など許されることではない。

 叱らなければいけないだろうが、ことはそれだけではないだろう。

 

(横島……俺たちの判断は間違っていたのかもな)

 

 かってに飛び出して窮地に陥ったのは間違いなくネリー達の責任だ。それは疑いようもない。

 だが、勝手に飛び出した原因を作ったのは……ネリー達を追い詰めたのは誰か?

 それは間違いなく横島だ。

 隊長の役目は、部下を纏め上げ、最高の状態で戦わせることだ。

 その役目を横島は果たせなかった。

 無論、今回の勝利は横島がたったの一人で、半分の敵を受け持ってくれたからなのだが、今は関係ない。

 

 だが、全て横島の責任というわけではなかった。

 隊長である悠人だって同罪である。

 悠人自身、余りにも余裕がなかったので、ネリー達の精神状態に気を配っている余裕など無かった。

 

 神剣の干渉。

 初めての戦争。

 妹を人質に取られての、無理やりの殺し合い。

 異世界に飛ばされ、言葉すら通じない事によるストレス。

 常人なら耐え切れないような苦しみの中、ネリー達の精神状態を考えている余裕などなかった。同情すべき理由は多々ある。

 だが、何をどう言おうが隊長である悠人が、部下であるネリー達の精神状態を把握していなかったのは事実だ。

 十数人程度の部隊なのだ。一人一人に声を掛けるぐらいできたはず。

 この部分は両隊長の力不足と言ってもいいだろう。

 

 とりあえずネリー達の事は解った。

 次はアセリアだ。

 突撃したのはオルファも同じだが、彼女のある一面を知る者だったら仕方ないというだろう。もちろん、厳重注意するのは当然だが。

 

「アセリアはなんで敵に突っ込んだ?」

 

「……私は……それしか知らない」

 

 怒られていると分かっているのかいないのか、アセリアは僅かに目を地に落し、小さい声で呟いた。

 スピリットは戦争の道具で、兵器そのものという印象がこの世界の一般常識だ。

 確かにアセリアを見ていると、兵器と言われても納得できるような気もする。

 必要なこと以外喋らず。戦いの時はまるで鬼神のようで。圧倒的な力を持つ存在。

 

 だが、悠人は思う。

 殺すことしかできないんじゃない。

 殺すことしか知らないのだ。

 

「あんなこと続けていたら、本当に死ぬぞ」

 

「別に……いい」

 

 本当にどうでもよさそうにアセリアは言った。

 神剣の声に従って戦うことだけがアセリアの全てなのだ。

 戦った結果、死んでマナの霧に帰ったとしても、どうでもいい。

 アセリアは悲しくなるくらい、純粋な奴隷戦闘種族スピリットを体現していた。

 

「アセリア、人間の……ユート様の意志に逆らってはいけません。貴女はスピリットでしょう」

「ふん、人間にとっては、アセリアのようなスピリットのほうが都合いいのよ」

 

 エスペリアとセリアが口を開く。

 頑ななまでに人間を守ろうとするエスペリアと、強烈な険悪の感情を人間に叩きつけるセリア。ベクトルはまるで違うが、人間とスピリットの違いを主張している事に関しては同じ事だ。

 余りにも寂しいと悠人は感じた。

 死んでも構わないというアセリア。スピリットと人間を区別して考えるエスペリア。

 こんなのは、どうしても納得できない。

 

「みんな! 聞いてくれ!!」

 

 悠人は辺り一体に響き渡る大きな声で、スピリットに向けて叫ぶ。

 

「俺はまだまだ未熟だ。皆もそれは分かってると思う。でも、何時までも未熟なままではいない。もっと強くなって、皆を守れるぐらいに強くなる!!」

 

 いきなりそんな事を言い出した悠人に、セリア達は驚いたが、悪い感情は持たなかった。情けないところは目立ったが、これから成長しようと言う意思は十分に感じる。それが出来る意思の強さと才能をセリア達は感じ取った。

 だが、ここでもエスペリアは頑なな姿勢を見せる。

 

「ユート様、何度も言うようにスピリットは人間の盾で……」

 

「好きな人を守りたいと言って何が悪い! そんなの人もスピリットも関係ないだろ!!」

 

 興奮の為か、紅潮して赤くなった悠人に真剣な目で見つめられたエスペリアは、先ほどの台詞の所為もあって顔を真っ赤にする。

 

「ユ、ユート様……私は「きっと俺は皆のことが好きになると思う。まだあまり話した事はないけど……いや、だからこそ生きて欲しい! 俺はもっと皆と話したい。それに生きていればどんな可能性だってあるんだ。何かを作ることも、誰かを愛することもできる。きっとその手で、自分自身だけの何かが掴めるはずなんだ!!」

 

 エスペリアが何かを言おうとしたのをあっさり潰し、悠人は熱く自分の想いを口にする。興奮しているため、あまり要点は纏まってはいないが、だからこそ悠人の想いが全員に伝わっていく。

 そんな中、ネリー達子供は悠人の言葉に不満そうな顔をしていた。

 

「でも……でもユート様。ヨコシマ様はネリー達を連れて行ってくれなかった! ネリーはヨコシマ様の事が好きだから守りたかったのに……役に立たないから!! 」

 

 泣きそうな声で、ネリーは訴えた。悠人は腰を落として、視線を合わせる。

 

「それにネリー、横島が役に立つか立たないかで差別するような人間じゃないって事は、ネリーの方が良く知っていると思うぞ」

 

 それほど話したわけではないが、横島はそんなことで差別する人間ではないと悠人は理解していた。それはネリーも知っていた。だけど、どうして置いていかれたか分からず、それでも必死に考えて出した答えだったのだろう。

 

「じゃあ何で……そっか、分かった。嫌いだからだ、ネリー達のことが嫌いだから!!」

 

「それも違う! 横島はネリー達のことが大好きなはずだ」

 

「何でユート様がそんな事をわかるの!?」

 

「分かるさ。頼まれたんだから。横島にネリー達を……皆を守ってくれってな」

 

 ネリーの瞳が驚きで大きくなる。それだけではない。周りにいるスピリット全員がびっくりした。まさか、そんな約束をしていたとは思ってもいなかったのだろう。

 横島は佳織を、横島はスピリット達を。互いに大切なものを守りあう約束。悠人は約束を忘れてはいなかった。

 

「ヨコシマ様が……」

 

「ああ。もしも皆に何かあったら横島に殺されちまう……マジでな」

 

 悠人の言葉は冗談ではなかった。もし、誰かが死んでしまったら、横島はどういう行動を取るのか。殴られるだけではすまない。最悪、殺されるのではないか。それほどの意思を悠人は感じていた。

 

「でも……」

 

「横島の奴には俺からも言っておくよ。もっとネリー達を見てやれって」

 

「でも……」

 

「大丈夫だって! もし文句を言うようだったら、俺がぶん殴ってやるから」

 

 ぱこんと自分の頬を殴る真似をする悠人。

 限界だったのだろう。遂に、ネリー達の張り詰めていた心の糸が切れた。

 

「う……うわ~~ん!!」

 

 三人は感情のままに泣き声を上げる。

 腰辺りに抱きついてぴーぴー泣く三人を、悠人は優しい目で見つめ、頭を撫でた。

 

(いい子達だな……横島が守ってやってくれと言うのも当然か)

 

 元々、保護欲が大きい悠人は変な意味ではなく、小さい女の子には弱い。

 シスコン=ロリコンというわけではないだろうが、やはり小さい女の子には優しいのだ。

 それに、ネリー達には悠人自身も心を救われている。彼女達を守りたい意思が悠人の心を守っていた。

 もし、彼女たちが本当の人形だったとしたら、あるいは守るに値しない人物だったら、悠人は間違いなく『求め』に心を奪われていただろう。

 セリア達は悠人に抱きついているネリー達を見つめる。

 優しい目をしている者、困惑している者、様々な者がいたが、悠人の言葉は心に響いた。

 

「ユート……私に見つかるか? 剣を振る以外の……何かが」

 

 自分の手を眺めていたアセリアが、悠人に向き直る。その瞳には、今までに無い何かが、確かに込められていた。少なくとも、悠人はそう感じた。

 

「ああ、生きていればきっと見つかるさ。だから、死んでいいなんて言わないでくれ」

 

「……分かった。ユートがそう言うなら、私は生きてみる」

 

 こくんと頷くアセリア。そんなアセリアに悠人は右手を差し出した。

 アセリアは少しだけその右手を見つめた後、神剣を左手に持ち替えて右手を出す。

 剣を握るためだけに存在していた手を、ぼろぼろの町を背景に幻想の妖精は異界の青年と手を合わせようとする。

 それは、一つの聖画といえた。誰もが息を呑んでその時を待ちわびる。

 そして、悠人とアセリアの手が重なり、聖画が完成する正にその瞬間、

 

「どわあああああ!!!」

 

 品も何も無い悲鳴が空中から響く。

 一体何事かと思う前に、その悲鳴の主が空から落ちてきて、

 

「ぐあ!」

 

 悠人を押しつぶした。

 ひゅ~という風が、辺り一体に巻き起こる。

 手を差し出したまま固まっているアセリアの姿は非常にシュールだ。

 そして、アセリアとしては本当に珍しいことに、眉を僅かにしかめ、落ちてきた人物――――横島を微かに睨んでいた。

 

「ヨコシマ様、大丈夫ですか!」

 

 空から仮面を付けたスピリットがやってくる。ファーレーンだ。

 

「一体これは何事なの!? ファーレーン!!」

 

「それが、私にも何がなにやら。

 ヨコシマ様が突然『ラブ臭がする!!』とか言って、暴れ始めて、空中で落してしまったんです。……ラブ臭ってなんでしょう? まさか毒ガス!?」

 

「悩むことはないわ。どうせヨコシマ様が馬鹿なだけだから」

 

 あっさりとセリアは納得した。

 実際、横島が馬鹿なだけなのだ。

 

「ラブ臭の発生源はどこじゃー!! 人が死に掛けているのに……グルルル!!」

 

 この人は相変わらずだ。

 セリアはがっくりと肩を落とす。

 

「いいからどけー!!」

 

 感動のシーンをいきなり潰され、体も潰された悠人が吼える。

 

「おお! 悠人か、なんだってそんな所に」

 

「人を潰して言うことはそれだけか!」

 

 先ほどまでの空気はどこに行ってしまったのか。

 横島が来たことにより、完全に空気が変わってしまった。

 せっかくの名シーンを軽く潰すあたり、さすがは横島だ。

 ひとしきり罵りあうと、悠人は顔を少し引き締める。

 

「誰も死んでないぞ」

 

「ああ、ありがとな」

 

 短いやり取りだがそれで十分。

 男と熱く語る必要などない。

 今、語るべきなのは……

 

「ネリー」

 

 横島が一番近くにいたネリーに話しかける。

 すると、ネリーはびくっと体を震わせて、悠人の背中に隠れてしまった。

 

(なんかめちゃくちゃショックだな……)

 

 周りを見るとスピリット全員が、横島に複雑そうな眼差しを向けていた。

 軽蔑の眼差しなどではない。かといって歓迎の眼差しでもない。

 何とも複雑な眼差しで、そして妙な距離が開いている。

 

 横島とスピリット達に空いた微妙な距離。

 望まずも、横島が作り上げてしまった距離。

 こんな距離、横島は望んでない

 ネリーだって望んでいない。

 誰一人望んでいない。

 

(怒らせちまったんだな)

 

 それもただ怒らせたわけではない。

 信頼してくれていたからこその、怒りと悲しみだ。

 

(まず、俺が言わなくちゃいけないことは……)

 

 自分の素直な気持ちを言うことだと、横島は判断した。

 

「みんな……俺は「待ってください!!」

 

 横島が何かを喋ろうとした瞬間、セリアが大声を出して遮る。

 一体何事かと全員が疑問に思ったが、すぐにその疑問は氷解した。

 周りに20余りの神剣反応が出現したからだ。

 

「どこからこんなに!!」

 

 突然現れたスピリット達に悠人はパニックになりかける。

 急いで『求め』を構えようとしたとき、

 

「降伏だ! 降伏ー!! 残っているスピリットは剣を捨てろ!」

 

 城のほうから白旗が振られる。

 完全にバーンライトという国がこの世界から消滅したのだ。

 

 その声と共に横島を追いかけてきていたスピリットが神剣を地面に捨て始め、戦いの意思がないことを明らかにする。

 相も変わらずその目には感情がない。

 自分達が属していた母国が滅びたというのに。

 

 戦争が終わっても、その傷跡は後々まで残る。経済や環境など、多くのものが狂うことになる。

 その中で、一番残されるものといえばといえば恨みだ。

 恨みというのは後々まで続き、1000年たっても恨み続けることだってある。

 だが、この世界では恨みが残りにくい。

 なぜなら人間は死なないからだ。

 負けても奴隷にさせられる事も無く、略奪も無く、女を取られる事も無く、運悪く家を失う程度である。ここを地球の中世程度と同じ時代背景と仮定した場合、この世界は非常に甘いといえた。いや、甘いというより、異常である。

 スピリットに代理戦争をやらせるのも当然なのかも知れない。

 被害は少なく、それでいて人が持つ征服欲や支配欲を満たせるのだから。

 

 死ぬのはスピリット。

 そして、そのスピリットは人間によって感情を奪われている。

 深い恨みなど生まれないだろう。

 なんとも、良くできたシステムである。

 そう、異常すぎるくらいに。

 

 だが、バーンライトにはたった一人、感情を失っていないスピリットがいた。

 

「……ララお姉ちゃん……セレナお姉ちゃん……ミーちゃん……誰か生き残ってないの!?」

 

 ルルー・ブルースピリット。

 唯一感情が残っていた、バーンライトのスピリットだ

 前回の戦いと、この戦いで死んだスピリットの数は合わせて40にはなる。

 ルルーにとっては、自分の仲間……いや、家族の3分の2が殺されたのだ。

 一体どれほどの絶望と悲しみが、ルルーの身に襲い掛かってきているのか想像もつかない。

 

(あのスピリットは……)

 

 ふらふらと横島がルルーに近づいていく。

 

「おい横島! 危ないぞ!!」

 

 不用意にバーンライトのスピリットに近づいていく横島に、悠人が警告する。

 ルルーにとって自分達は仇だ。

 復讐の念に囚われて、何をしてくるか分からない。

 そんな不安を抱いていた悠人だったが、エスペリアが心配ないと声を出した。

 

「大丈夫です。降伏しろという命令が出されましたから。あのスピリットは絶対にヨコシマ様に害する行為を取れません」

 

 なんとも残酷なことだ。

 目の前に仇がいるのに、殺すことが出来ない。

 これがスピリットの呪縛だった。

 

(……どうすりゃいい?)

 

 ルルーの側まで近づいた横島は、近づいたはいいのだが、何をすればいいのか分からなかった。

 泣き崩れるルルーを見ていられなかったのだが、泣きやませる方法など分からない。

 そもそも勝者が敗者に語りかけること事態、高慢なのかもしれない。

 しかも、ルルーはどれほど憎くても横島に害する行為はできないのだ。

 だからこそ横島はルルーに近づいているのだが……

 横島は気づいてないが、かなり残酷なことをしているといえる。

 

「エトランジェ……」

 

 ルルーが横島の接近に気づく。その瞬間、ルルーの心から絶望と悲しみが消えた。

 変わって生まれたのは憎悪、憤怒、などの怒りに属する感情。

 実際には違うが、少なくとも、ルルーにとっては全てを奪い、殺した張本人。

 燃えるようなどす黒い殺意が、血液を通じて全身を支配する。

 しかし、その殺意をあざ笑うかのように、体は神剣を地面に置いた。

 

(何で!? 酷いよ……ボクは……)

 

 人間の命令にスピリットは逆らえない。

 どれほどの想いがあったとしても。

 

 ―――――いいか、お前らの心なんて、意味ねえんだよ。

 

 人間に聞かされた言葉。ルルーの姉たちを、人形に変えていった悪魔の言葉。

 しかし、ルルーの心は挫けなかった。必死に悪魔の囁きをこらえ続け、心を陥落させなかった。

 だが、それも限界のようだ。

 

(もういいや)

 

 人間たちの言ったとおりだった。愛する家族を殺した仇が目の前にいるのに、命令一つで行動できなくなる。

 何のための心。何のための愛。ルルーはスピリットである自分自身に絶望する。

 消えていく心、暗くなっていく視界。

 がっくりと地に目を向ける。そこで、ある物に目に映った。

 

(あれ……は?)

 

 地面には、ぼろぼろではあるが、ブラックスピリットを模した人形があった。

 その人形には覚えがあった。

 別々に配属される前に一緒だった、二歳ほど年下のスピリットに作ってあげたものだ。

 甘えっ子で、恐がりで、およそ戦いには不向きな性格。

 余りにも危なっかしいので、お守りの意味を込めて別れる前にあげたものだ。

 

(持っててくれたんだ)

 

 もし心を失っていたら、即捨てていただろう。それがここに落ちているという事は、少なくとも先ほどまで持っていたという事だ。

 そして、今はもういない。

 

(う……ああ! 何で……どうして!!)

 

 一体何処の誰がスピリットは人間に逆らえないように作ってしまったのか、それは分からない。それは神と呼ばれる存在かもしれない。だが、ルルーはそれに抗う決意をする。

 そんな呪縛があろうと負けない。神に反逆する行為を行おうと。

 

(みんな……ボクに奇跡を生み出す力を!!)

 

「うああアアあアァァぁぁ!!」

 

 感情の全てを搾り出す声を上げながら、地面に置いた神剣を取る。

 同時に、背中から今まで見たこともない純白の翼を出現させた。

 

「ダメェ!!」

 

 何故か、ルルーの状態をいち早く察知したオルファが叫ぶ。だが、一寸遅かった。

 ルルーは全力で想いを乗せた神剣を突き出す。

 肉を貫く音、くぐもれた叫び、水が滴るような音。

 

「そんな……」

「嘘……でしょ」

「あり……えない」

 

 全員がその光景に息を呑んだ。

 横島の胸を、ルルーの持つ永遠神剣『反抗』が貫通していた。

 胸から背中を貫通し、赤い液体が音を立てて噴出す。紛れもなく致命傷だ。

 

 だが、今エスペリアたちが驚愕しているのは横島が刺されたからではない。

 このスピリットは人間の命令に背いたのだ。

 スピリットは人間の命令に絶対服従する。

 それは絶対に覆せない法則だった――――今この瞬間までは。

 

「返して……返してよう。ボクより年下の子だっていたんだよ。なんだってするから……ボクをどうしたっていいから、お願い、返して……返してぇ!」

 

 大粒の涙をぽろぽろと流し、横島の胸をどんどんと叩く。

 怒りのままに横島を刺し、怒りが収まれば残っているのは悲しみだけだ。

 エスペリア達はその光景を呆然と見つめる。急いで横島を回復させるか、もしくはルルーを殺さなくてはいけないと言うのに。

 完全に茫然自失状態と言える。

 それだけ、スピリットにとって信じられないことなのだ。

 

(なんだ……人間の命令にも逆らえるんじゃねえかよ)

 

 どれだけ憎悪を抱いても、人間には逆らえないとセリアは言った、

 しかし、それは間違いだった。

 

『ありえん……こんな……馬鹿な……何故……』

 

 『天秤』の力ない声が聞こえてくる。

 その声に横島はなんだか得意げな気分になった。

 何故だか「ざまあみろ」とでも言いたくなる。

 

 自分が刺されているわけだが。

 だが、今はそんなことを考えている場合ではない。

 

 胸の中で体を震わし、泣き続ける一人のスピリット。

 背中に輝くは純白の翼。

 

 神剣に心を飲まれるほど、ハイロゥの色は黒く染まる。

 逆に神剣を支配するほど、ハイロゥの色は白く染まる。

 神剣を支配するというのは、強い自我が、想いが必要になる。

 

 家族を失った悲しみが。

 家族を失った怒りが。

 家族を失った絶望が。

 ありとあらゆる激情が一つになり、スピリットの呪縛に打ち勝ったのだ。

 正に奇跡の一刺し。

 

(でもよ……わざわざ俺を刺さなくてもいいじゃねえか……悠人の方にしてやれよ、ちくしょー)

 

 奇跡の対象にされた横島はげんなりした。

 ここにいたスピリット達を殺したのは横島ではない。

 しかし、ルルーからすれば全員同罪だろう。

 代表者として、横島は刺されたといっていい。

 

 「ひっく……うあ、みんな……ごめんなさい」

 

 ルルーは横島の胸の中で泣き続ける。

 一体この少女をどうすべきか、横島は困ってしまった。

 

 よくも刺しやがったなこの野郎、とでも言って殴りつけるのがいいのだろうか。

 それとも、仲間を殺しちゃって御免なさい、とでも言うか?

 

 胸に剣を突き刺さっている状態で、横島は何とも馬鹿なことを考えていた。

 そんな状況ではないのだろうに。少し現実逃避をしているのかもしれない。

 

(……やっぱり、こういう場合は抱きしめるのが一番かな)

 

 何故かそういう結論に至ったようだ。ルルーはまだ中学生ぐらいで、煩悩が湧いてくる歳ではないのだが、泣いている可愛い女の子をほっとけない、彼生来の優しさが出てきたのだろう。もしくは、自分が刺されていることに現実感がないのかもしれない。

 ルルーを慰めようと、横島は抱きしめようとしたが、背中に手を回そうとしたところではたと止まった。

 

(俺が抱きしめたら。めちゃくちゃ怒るだろ)

 

 考えることもなく、当然の事だ。

 この少女を抱きしめなければいけないのは、横島などではない。

 ルー・ブラックスピリットを始めとする、ルルーの家族だろう。

 横島はルルーの家族たちに目をやった。

 だが、家族たちはまったく動こうとしない。

 余りにも、ルルーが哀れだった。

 

「くあっ……」

 

 突然、横島は苦しみの声を上げ、地面に倒れ伏した。

 もう立っていられなかったのだ。

 胸を貫かれてここまで立っていたのだから、十分凄いだろう。

 

 意識が遠のいていく。

 周りでは何か大騒ぎをしているようだが、よくわからない。

 かなりやばい状況のように感じるが、死にはしないだろうと、人事のように横島は考える。

 回復魔法の使い手であるグリーンスピリットが周りにはいるのだから問題ないはずだ。

 体の中から血液が抜け、同時に目の前が暗くなっていく。

 薄れ行く意識の中、横島はこんなことを考えていた。

 

 あの泣いているスピリットは――――ルルーはどうなるのかと。

 やはりこの場で処刑されるのだろうか。

 だが、横島はそんなこと望まない。

 ルルー・ブルースピリットは希望であり、一つの可能性なのだ。将来は美人確定でもある。

 

 殺すな。

 

 なんとか声に出して言おうとしても、横島の声帯は意思に答えられず、うんともすんとも言わない。

 口から出てこようとするのは鉄くさいどろどろとした液体だけ。

 手足の先が痺れていく。

 体の感覚が消えていくのに、妙な寒さだけはくっきりと感じていた。

 

(うう……こんなんばっかし)

 

 ここ最近、酷い目にばっかりあっているような気がした。

 緊張感も無く、しくしくと嘆きながら、横島の意識はさらに深い闇の中へと引き込まれていく。

 

(目が覚めたら……可愛い女の子が看病してくれてたらいいな~出来ればお姉さんだったら最高なんだ…けど……)

 

 そんなことを思いつつ、横島の意識は闇に飲まれていった。

 

「ねえ『無垢』奇跡って凄いよ。……うん、分かってるよ、やっぱり恋は一直線だよ。エニもがんばらないと……急がないと」

 

 

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