永遠の煩悩者   作:煩悩のふむふむ

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第二話 スピリット

 永遠の煩悩者

 

 第二話 スピリット

 

 

 やや埃臭いベッドの中で、横島は目を覚ました。

 木造の造りに、八畳ほどの大きさの部屋。ベッドと机だけの質素な、そして見知らぬ部屋だ。

 

 横島は思い出す。

 魔法陣によって見知らぬ土地に飛ばされた事、謎の女との戦闘、『天秤』と名乗る日本刀を振るって意識を失った事。そしてベッドに寝かせられていた自分の状況。

 これらから判断すると、気を失った後、誰かに助けられたのだろう。縛られてもいないし見張りもいない所を見るに、敵対的ではないはずだ。

 ニヤリと横島は笑みを浮かべる。次の展開は明白。きっと可愛い女の子が看病してくれて、いや~んな展開が待っているに違いない。

 

 これだけの目にあっても、横島が考えることなど基本的にこんなものだ。命の危機でもないと真面目にはならない。

 しかし、完全に馬鹿なことでもない。妄想によって煩悩パワーをあげて霊力を回復させているのだ。エロスに走るほど彼は強くなる。

 

 コンコン!

 

 突然ドアがノックされ、返事をする間もなく扉が勢い良く開く。

 可愛い女の子が来たかと期待に胸膨らませて見ると、そこには予想通りの可愛い女の子が立っていた。

 顔立ちは非常に整っており、白い肌にパッチリした目。日本人ではありえないような美しい青髪。髪型はポニーテールで非常に快活な空気をだしている。シロと似たような雰囲気だ。

 だが非常に残念なことに彼女は幼かった。精々中学一年くらいだろうか。

 

「ラスト、ソロノーハティン、ヤァ、ウズカァ、ソゥ、ラハテ・レナ」

 

 やはり聞いた事のない言葉で喋ってくる。何を言っているのかさっぱり分からない。

 女の子も困った表情になる。どうやら向こうも言葉が通じないのが分かっているようだ。

 ここは文珠に頼るしかないだろう。この文珠を使うと残りの文珠の数が三つになってしまうが、言葉が通じなければ文字通り話にならない。

 こっそりと『翻』『訳』の文珠を発動させる。

 

「どうしよう、やっぱりエスペリアが言ってたように言葉が通じないんだ……う~色々とお喋りしたいのにーー!」

 

「大丈夫だぞ。今ならちゃんと言葉は通じるから」

 

 妙に好青年な声を横島が出す。普段の彼を知るものなら気持ち悪いの一言だろう。

 子供に興味は無い、と言っても可愛い女の子相手に良い格好をしたいのは男の性だろうか。

 

「あっ……本当だ! やった、これでたくさんお話ができるね!」

 

 女の子はぴょんぴょん跳ねて本当に嬉しそうだ。

 横島としても今どこにいるのか早く知りたかったので、会話は望むところだった。もっともここがどこなのか薄々は気づいているのだが。

 

「まず自己紹介すると、俺の名前は横島忠夫っていうんだ。好きなように呼んでくれ」

 

「ネリーはネリー・ブルースピリットっていうの。とっても『くーる』な女なんだから」

 

 横島にはネリーのどこら辺が『くーる』な女なのかさっぱり分からなかったが、突っ込むと五月蝿くなりそうなのでそのまま流す。

 

「まず聞きたいんだけど、ここはどこなんだ」

 

「えーとね、ここはラキオス王国の第二詰め所だよ。ネリー達はここに住んでるの」

 

 第二詰め所というのが今居る所なのだろう。そしてラキオス王国なんて国は聞いたことすらない。まあ、地理に詳しいわけではないので、どこぞにある小国という可能性もある。

 だが、清められた場でもないのに浮遊霊の一つもないのは異常だ。

 横島はますます自分の考えが当たっているのではないかと思い始める。

 

「君たちは「ネリーって呼んで!」……ネリーは自分たちの世界をどう呼んでいるんだ?」

 

「国じゃなくて世界?」

 

「あ~じゃあ星の名前とか」

 

「う~ん……ネリーよく分からないや! あ、でもオルファがカオリ様に聞いたらしいんだけど、ファンタズマゴリアとか言ってたらしいよ」

 

「そのカオリ様っていうのは?」

 

「ヨコシマ様がいたハイペリアから来たエトランジェ(来訪者)様!」

 

 横島は自分の考えが当たった事を確信した。この世界は自分がいた世界とは違う異世界だと。

 浮遊霊の一つもないのも、『天秤』と名乗った妙な剣も、そして自分の体に流れる霊力とは異なる力も、全ては異世界だからこそなのだろう。

 別宇宙にも行った事がある横島だから、異世界といってもそこまで慌てるわけではない。

 とはいっても、いきなり人間でない存在にさせられたのは衝撃だったが。

 

「なあ、この世界には異なる世界の人間を呼び出す召喚術みたいなものはあるのか?」

 

「ううん、そんなの聞いたことないよ」

 

 横島はこの世界に来る前、間違いなく何者かによって召喚された。この世界の誰かがやったのか、それとも別の世界の誰がかがやったのか。だとしたらその目的はなんだろうか。

 考えなければいけない事が多く、横島も悩む。だが、横島はやはり常人とはどこかずれていた。

 

(普通、異世界召喚といえば呪文とか契約とかで言葉には困るもんじゃねーだろ! どうやら『お約束』を分かってないな。現実的かもしれんが話すことができないのは致命的だぞ。まったく書くほうの身にでもなって……)

 

 いったいどこの世界の『お約束』のことを言っているのだろう。

 さらに考えていることもぎりぎりで原作なら雷が落ちているところだ。

 

「ヨコシマ様ーー! 聞いてるのーー!?」

 

 考え事が長すぎたのかネリーが大声をあげる。

 

「悪い、ちょっとぼーっとしてたみたいだ。あとこの世界の人間は翼を生やしたり、炎を出したりするのは普通なのか」

 

「人間様にはできないよ、だけどスピリットなら神剣とマナを使ってできるんだ」

 

 人間様というのにふと疑問が湧いたが、今はいい。

 

「それじゃあ、次はマナとスピリットと神剣について教えて欲しいんだけど」

 

「あー!」

「あらあら~」

 

 二種類の声が部屋に響いた。

 ドアのほうを見ると青い髪でボブカットの小さい少女と、緑色のセミロングでスタイル抜群でニコニコしたお姉さんが立っている。

 ボブカット少女は頬を膨らませてネリーに詰め寄った。

 

「ネリー酷いよ~エトランジェ様が起きたらいっしょにお話しよ~って言ったのに~」

 

「ごめん! つい我慢できなくて……あとでシアーの好きなお菓子あげるから」

 

「……えへへ~~じゃあいいよ」

 

 横島の目の前で二人の少女がなにやら話しているがまったく耳に入ってこない。横島は今、ドアの前にいるお姉さんを凝視することに力の全てを費やしていた。

 

 胸――――――特大。

 尻――――――安産型。

 フトモモ―――なでなでしたい。

 顔――――――癒し系お姉さん万歳!!

 

 

 ルパンダイブ発動!!

 

 

「生まれる前から愛してましたーー!!」

 

 次の瞬間、横島は飛んだ。空中でGジャンとGパンを一瞬で脱ぎ捨て、パンツ一丁で目の前のお姉さんに向かっていく。目の前のお姉さんは「どうしましょう~~」とニコニコと笑っていた。

 これはいける!

 横島はそう思ったが世の中はそんなに甘くはない。突如として目の前に炎の壁が生まれたのだ。

 

「アッチーーー!!」

 

 炎を突っ込み、横島は燃える男と化した。

 

「わわ、ヨコシマ様! いま冷やしてあげるからね。シアー、ここはアイスバニッシャーでいこう! 『静寂』力を!」

 

「う、うん! 『孤独』よ私に力を」

 

 二人は立てかけてあった剣を取ると、呪文の詠唱のような言葉を言い出す。

 

「マナよ氷となりて力を無に! アイスバニッシャー!!」

 

 熱がっている横島に冷気が集まっていく。

 冷気は檻のようになって横島を包み込み、火を消し、横島を凍結させる。

 

「ギャー! つめてーーーー!!」

 

「やー! ヨコシマ様ーー!!」

 

 熱され冷まされ、横島はパタリと倒れた。ネリーが涙目で横島をゆすり始める。

 緑のお姉さんの隣には、短髪で赤毛の女性がダブルセイバーを持って慌てていた。

 

「あらあら~どうしたんですヒミカ~『赤光』なんて持って~」

 

「どうしたじゃないわよハリオン! いったい彼は誰!? この騒ぎはなに!」

 

 ヒミカといわれた赤髪の女性は何が何だか分かっていないようだった。

 彼女が第二詰め所に帰ってくると、なぜか『神剣』の気配が一ヶ所に固まっていた。しかもその中に感じたことのない『神剣』の存在を感じたのだ。エトランジェが来たとは聞いてたので様子を見に来れば、同僚にして戦友のハリオンがパンツ一丁の男に飛び掛かられているではないか! 

 咄嗟に炎の障壁を張ってハリオンを守ったと思えば、燃え上がっている男にアイスバニッシャーを仕掛けて凍らせるネリーとシアー。まったく状況がつかめないヒミカにハリオンがのんびり~とした口調で説明する。

 

「え~と彼はファーレーンさんが見つけてきた新しいエトランジェ様で~先ほど私に飛び掛ってきたのは、きっとお姉さんの魅力にくらくらになっちゃったんですよ~」

 

 後半の説明はともかく、前半の新しいエトランジェ様の所でヒミカの顔が真っ青になる。

 いくらエトランジェといっても何の防御もせずに炎と氷を食らえば一たまりもない。しかもパンツ一丁でだ。

 

「ハリオン!なにをやっているの!早く回復魔法をかけなさ――――」

「あーーー死ぬかと思った」

 

「「「きゃあーー!!」」」

「あらあら~~」

 

 ここに伝家の宝刀が炸裂した。

 

 

 

「そ、それでエトランジェ様……体のほうは大丈夫なのですか?」

 

 恐る恐るといった感じでヒミカが言う。確かに燃やされ、凍結させられたはずなのに火傷も凍傷もなかった。

 『神剣』を使った気配がないにもかかわらず、傷ひとつないのだから恐れないほうがおかしいだろう。

 

「ああ、大丈夫だ。むしろ体の調子が良くなったみたいだ」

 

 横島は昨日丸一日セクハラができなくて、霊力があまり回復していなかったのだ。

 さらに出会った女性達も、仮面の女性は顔がわからず、それ以外は美人であってもマネキンのようで、そしてどこか哀れに感じてしまい煩悩が刺激されなかった。

 そこにスタイル抜群のほわほわお姉さんキャラの登場により煩悩が高まり、文珠を一個ぐらいなら作れるほど霊力が回復したのだ。

 

「そ、そうですか……」

 

 ヒミカはここで会話を切る。事情を知らぬ彼女からすれば、訳がわからないと言うしかない。怒られるどころ笑顔すら浮かべられてしまったのだ。

 インパクトがありすぎる出会いだったため、何から話せばいいのかさっぱり分からなくなってしまっていた。

 ハリオンといわれた緑のお姉さんがニコニコと笑いながら言った。

 

「この部屋は狭いので~居間のほうに行きましょうか~」

 

 確かにこの部屋で五人は狭い。誰にも異存はなかった。

 

 

 ―第二詰め所 居間―

 

 そこは十人ぐらいはゆっくりできそうなスペースがあり、木造の家具が並んでいた。

 ハリオンと呼ばれた横島よりも少し年上に見えるナイスバディな緑髪の女性が、お茶を入れてくれる。

 ヒミカはどこからともなく焼き菓子を持ってきた。

 

「まず~自己紹介からですね。私はハリオン・グリーンスピリットといいます~」

 

「私はヒミカ・レッドスピリットと言います。よろしくお願いします、エトランジェ様」

 

 ハリオンは言葉も動作ものんびりとしていて、ヒミカはきびきび動き真面目そうだ。

 正反対の二人だが仲はよさそうである。ちなみにスタイルも正反対だ。

 

(ルシオラとおなじくらいかな?)

 

 いきなり失礼なことを考える横島。

 ヒミカの容姿は赤髪のショートカットでくっきりとした顔立ちだ。スタイルもスレンダーで、どこか少年のようにも見える。なんともボーイッシュな魅力だ。それでいて、立ち振る舞いは女性らしいのがまた良かった。

 

「ほら! シアーも自己紹介!」

 

「うん……シアー・ブルースピリットなの」

 

 ネリーに促されて、シアーは少しおどおどしながらもゆっくり自己紹介する。

 彼女はかなり可愛いが、やはり小中学生程度で煩悩は刺激されなかった。

 

「二人は姉妹なんですよ~」

 

 ネリーが姉でシアーが妹のようだ。

 快活で元気なネリーと内気でおとなしそうなシアー。かなり仲は良さそうだ。

 

(シアーのほうが胸あるんだなーってちがーーーーう!!)

 

 セクハラ小僧の本能なのか、子供の胸の大きさを確かめてしまった横島は内心で絶叫する。

 まさかそんなことを考えているとはヒミカは夢にも思ってない、

 

「それで、エトランジェ様のお名前は?」

 

 ヒミカが問いかけるが、自分の世界に入ってしまった横島には聞こえない。

 

「俺はロリコンじゃない、ロリコンじゃない」

 

「ロリコン様ですか?」

 

「ちがーーーう! 俺の名前は横島忠夫! ぴちぴちの十八才だ!」

 

 自分の人格、いや今までの人生を全て否定されそうになった横島は慌てて否定する。

 

「ヨ、ヨコシマ様ですね?」

 

 さっきから不審な行動が目立ち、怪しさ全開の横島に引き気味のヒミカだったが、歴戦の戦士としてひるむわけにはいかなかった。

 

「それで他に質問はありますか?」

 

 ようやく落ち着いた横島はさっきネリーに聞こうと思っていた質問をする。

 

「マナやスピリット、あとエトランジェについて聞きたいんだけど……」

 

「はい、マナというのは――――」

 

 

 

「ふーん……だいたい分かったよ」

 

 必要なことを聞き終えた横島はどこか怒りを抑えた声で返事をする。マナについて簡単に纏めるとこういう事らしい。

 この世界はマナというもので構成され、マナをエーテルに変えてエネルギーとして幾つかの機械を動かしている。

 エーテルは使用するとマナに変わるので正に無限エネルギーといえる。しかし、マナそのものは有限なのだ。

 マナを得ることは国を豊かにすることにつながり、基本的にマナは空間に固定されたエネルギー。つまり領土を増やす以外にマナを増やす方法はないのだ。

 また、マナをスピリットに投入することでその力が増すのである。

 

「ヒミカさん、このラキオス王国では戦争をしているのか?」

 

「ヒミカで結構ですよヨコシマ様。今現在のところラキオス王国は戦争状態になってはいませんが……」

 

「いつなってもおかしくない状況……小競り合いは頻繁に起こってるって所か」

 

 ヒミカは神妙に頷く。

 有限の燃料を求めて戦争する。横島がいた世界でもあったことだ。

 戦争云々については納得できた。昨日の夜の戦闘もそれで説明がつく。

 そこまでは理解できる、問題は、次からだ。

 

「ヒミカ、もう一度スピリットについて説明してくれないか」

 

「はい、分かりました。スピリットについて説明します。スピリットは永遠神剣と共にどこからか生まれてくる女性型の生命で赤、青、緑、黒の四種類がいます。スピリットは妖精とも呼ばれ、生まれると人の道具として国の兵器となり、国の財産として所持されています」

 

「ふざけるな!!」

 

 突然横島が大声を出す。その声には隠しようもない怒りが込められていた。

 四人のスピリットはいきなりのことで目を白黒させる。

 

「ヨコシマ様、どうしたの~」

 

 シアーが首をかしげながら言った。

 

「どうしたもこうしたもあるか! 自分を兵器とか道具とかいうもんじゃねーよ!」

 

「はあ、そう言われましても」

 

 困惑したようなヒミカの言葉を聞いて、横島は怒りよりも悲しみの感情のほうが大きくなる。

 自分を兵器と言うことに疑問にすら思えていない。もうどのような扱いを受けて、そしてどのような教育を受けてきたのかこれだけで分かってしまう。

 

(どうしてこう毎度毎度こんな!)

 

 横島の脳裏に、ある女性達が、かつて愛し合った女性の姿が浮かぶ。

 力の為に寿命を一年と制限され、その行動に制限をかけられて愛し合うことすら禁じられた、強く美しく悲しい女性だった。

 

 もうあんな結末はこりごりだ。今度こそは!

 

 横島の目に、ギラリとした光が灯る。

 

「ヨコシマ様、どうして怒ってるの?」

 

 ネリーは様子の可笑しい横島を心配そうに見上げた。

 優しい良い子だ。そんなネリーの頭を優しくなでる。

 

「まったく、ネリーのどこが兵器なんだっつーの」

 

 優しく言って頭を撫でる。その言葉を理解できたのか、ネリーは目を細め気持ち良さそうに頭を撫でられていた。

 ふと見ると、いつの間にか近づいたシアーが不安そうに頭をこちらに向けていた。横島は笑顔でシアーの頭も撫でた。髪に触れた瞬間、ビクッと反応するが撫でられはじめると嬉しそうな表情になった。

 その様子を見ていたハリオンはニコニコと、ヒミカは複雑そうに見ていた。

 

「それじゃあ、次に永遠神剣って奴を教えてくれないか」

 

「判りました。永遠神剣とは我らスピリットやエトランジェに加護を与える強力な武器です。ですが、ただ力を与えてくれる武器ではありません。神剣は意思や本能を持っています。また階位があり、高位の神剣ほど強い力と意志を持っているのです。私のようなスピリットが持つのは意思は薄く、ただ本能があるだけのが殆どでしょう」

 

 言いながら、ヒミカは自分の永遠神剣第六位『赤光』を見せた。

 横島の永遠神剣第五位『天秤』とは一つしか階位が違わない。

 

『主よ、言っておくが第六位と第五位の差は大きいのだ。私が弱いなどと勘違いするなよ』 

 

 本当に唐突に、頭の中に声が聞こえた。今まで黙ってたくせに、我慢できなくなったらしい。

 どうやらかなり自尊心が強い性格なのだと、横島は少し笑ってしまった。

 

「また、神剣を扱うには強い意志が必要で、意思が弱いと神剣に体を乗っ取られてしまいます。

 他国では、というよりもラキオスとその同盟国以外の国では基本的にスピリットの心を神剣に飲ませます。そうする事によって、より神剣の力を引き出せるようになるとか。詳しいことは知りませんが、調教師という人がスピリットに何かをして心を弱らせる事によって神剣に飲ませるらしいです」

 

 本当に備品で道具扱いなのだ。心など、まったく考慮に入れていない。

 あんまりな内容に、怒りとおぞましさで体が震えた。

 体を震わせた横島に、ヒミカは昨夜横島が殺されかけた事実を思い出して、失言したと慌てる。

 

「安心してください、ヨコシマ様。確かに心を飲まれたスピリットは神剣の力そのものは上がりますが、しかし思考能力が落ちて一概に有利とは言えないのです。

 その証拠に、昨夜ラキオス近辺に威力偵察を仕掛けてきたスピリット達は私達が処理しましたから」

 

 決して自分達は弱くない。横島の安全は保障されている。

 怖くて震えているのだと勘違いしたヒミカは、まったく見当違いの発言をした。

 その発言が、さらに横島に怒りと絶望を注ぐ。昨夜、戦ったスピリットはもういないのだ。

 哀れに思った直感は間違ってはいなかった。

 

 笑えば、可愛かっただろうな。

 

 ただそう思う。

 あのレッドスピリットは、人間の被害者でしかなかった。

 横島の心に闇が深まっていく。その時だった。

 バタンというドアを開ける音が聞こえ、数人の兵士が乱暴に詰め所に押し入ってくる。

 

「スピリット共、エトランジェは起きているか! 起きているのならすぐに王宮に参上しろ」

 

 エトランジェとは来訪者を意味していて、横島がそれに該当する。

 

「ちょっとまってよ! エトランジェ様は起きたばっかりなんだよ!」

 

 ネリーが抗議の声をあげる。

 

「人に抗議するのかぁ! 妖精ごときが!」

 

 その声にはスピリットと呼ばれる存在に抗議されたという屈辱と怒りに満ちていた。兵士は横島を見ると、明らかに侮蔑の表情を浮かべる。

 

「起きているのならさっさとこい! それとさっき人間に抗議したスピリットもだ!」

 

 もうここには居たくないとばかりに去っていく兵士達。あまりに突然で唐突な召集にスピリットたちは少し混乱しているようだ。

 

 だが横島は特にあせった様子はなく、うっすらと笑みまで浮かべていた。

 これだけのやり取りでスピリット達が非人道的な扱いをされているのが分かる。

 ラキオスはまだマシらしいが、それでも許せるわけがない。

 

 あの時とは違う。敵は魔神ではなく、ただの人間だ

 こちらには使い方によっては、あらゆる敵を打ち倒す可能性を持った文珠がある。

 そしてなにより、この身に宿った新たな力。その力の大きさを横島は感じ取っていた。その力はもはや人という枠組みを超え、上級神魔並みの力がある。

 ぺスパや小竜姫だって力ずくで押さえ込めるほどの強大なものだ。求めていた力を得た以上、やることは決まっていた。

 

「なあ、ネリー。王宮に案内してくれないか?」

 

「うん……ごめんなさい」

 

 その声には力がなく、しょんぼりとしている。

 横島はそんなネリーの背中をポンと叩いて強い笑顔を浮かべた。

 

「しょげんなって。ありがとな、俺のために怒ってくれて」

 

「うん!!」

 

 あっさりと元気を取り戻すネリーを見ながら横島はある決心をする。

 王宮に向かおうとする横島達にハリオンがのんびりと、それでいて心配そうな声で横島たちに声をかけてきた。

 

「無理をしたらいけませんよ~」

 

 ハリオンは横島がこれから何をしようとしているのか、分かっているかのようだった。

 

「大丈夫っすよ」

 

 笑いながら返事をする横島だが、目は胸を凝視する。

 これからの事を考えて、煩悩パワーを充填しておきたいのだ。

 

「も~あまりそんなとこばっかり見たら~、めっめっておこっちゃいますよ~」

 

 ぷんぷんという擬音が似合いそうな感じで、ハリオンは可愛く怒る。

 

「すんません! それじゃーいってきます」

 

 ネリーに手を引かれて横島は王宮に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 ―王宮―

 

 王宮に着くとネリーと引き離され、王座の間に案内される。

 王座には派手な装飾をした初老で体格のよい老人と美しい黒髪の女性がいる。位置からすると国王と王女だろう。

 

「よく来た、エトランジェよ」

 

 豊かなあごひげを揺らしながら、王は偉そうに言った。

 

「別に来たくてきたわけじゃないんだがな……目的はあるけど」

 

 相手が王族でも敬語をまったく使わない。彼からすればこんなおっさんに敬語を使う必要はまったくない。

 基本的に男嫌いであるし、スピリットにあんな扱いをしているやつに敬意を示せるわけが無かった。まあそれでも、基本的に小心者で小悪党な横島だから、寝首をかくためにへりくだった態度も取ることも出来たが、今はそれをする必要が無かった。

 

「やはりエトランジェは口の利き方も分からんようだな。だが言葉を理解できるのならそれでよい。報告によればお前の神剣は体内に隠してある聞いている。ここで神剣を出してみせよ」

 

「いやじゃ! なんで俺がじいさんの頼みを聞かないといけないんじゃ!」

 

 あまりにも無礼な言葉に側近がいきりたつ。

 だが、ラキオス王はそれを聞いて歪んだ笑いを見せた。

 

「なら出させるようにするしかないな。スピリットをここに!」

 

 すると横から小さな体の少女が歩いてくる。ネリーだった。手には神剣を持ち、目は泣いたのか真っ赤だった。

 

「やれ」

 

 ラキオス王の言葉を聞き、ネリーは泣きそうな顔で神剣を構えて横島に突撃してきた。

 

「栄光の手!」

 

 咄嗟に反応して霊波刀を形成してネリーの永遠神剣『静寂』を受け止めた。

 横島よりも小さいネリーだったが、その力は強く横島は歯を食いしばって必死に対抗する。

 

「あれがエトランジェの神剣か?」

 

「いえ……『月光』からの報告とは形状が違います」

 

 玉座から好き勝手な声が聞こえてくるが、それを気にしている余裕はない。

 

「ネリーいったいどうしたって言うんだ!」

 

「ごめんなさい、ヨコシマ様……でもネリーが戦わないとシアーが!」

 

 その言葉で横島は、なぜネリーが戦っているか理解した。

 王はネリーの妹であるシアーを人質にしているのだ。

 

(このクソ王が!!)

 

 ラキオス王を睨みつけるが、王は歪んだ笑いを見せるだけだった。

 ただ、王の後ろで自分の父親を睨みつけている王女が印象に残った。

 

「どうした、青の妖精……姉であるお前がその程度ということは妹はさぞ役に立たないのだろうな……はははははは!!!」

 

 その言葉でネリーの顔色が変わる。

 ネリーは大して神剣の力を使っていなかった。しかし、このまま弱いなどということになれば自分だけでなく妹のシアーが処刑されてしまう。

 

「『静寂』力を! はぁーーーーーー!!!!」

 

 ネリーは背中に光の翼……ウィング・ハイロゥをだして空中に飛ぶと、そのまま一気に切りかかってくる。

 

「く、やっぱり早い!!」

 

 横島は反射神経なら人間の中でもトップクラスだ。銃弾だって叩き落すことも出来る。人の中ではトップクラスの戦闘力を持っていた。特に今は肉体がマナ化しているのだから、横島の力は人を遥かに超えているだろう。

 しかし、それでもネリーには勝てる気がしない。スピリットといくら霊力を使えても人間では基本能力に差がありすぎるのだ。横島が負けないのはネリーが可能な限り手加減しているのと、横島は実戦経験が豊富だからに過ぎない。

 横島は必死にネリーの剣筋を予想し、サイキックソーサーその部分に持ってきて受け流していたが、とうとうまともに食らってしまう。

 

 パキン!

 

 乾いた音がしてサイキックソーサーが砕け散る。

 さらにネリーはその隙をついて切りつけてきた。

 

「サイキック猫だまし!!」

 

「きゃっ!」

 

 霊力と霊力をすり合わせて閃光を起こして視界をふさぎ、なんとか距離を開ける。

 ここで戦いを終わらせてはくれないか、と思ったが、王は探るような目つきで戦いを見つめていた。王女は眉をひそめていたが、止めようとは思っていないらしい。

 虎の子の文珠を使えば戦うことはできるだろうが、ネリーを傷ひとつなく捕らえることができるかわからない。それに、切り札は人前では使いたくなかった。

 

(仕方ないか……)

 

 できれば頼りたくないがしょうがない。

 横島は自分の内にいる存在に声をかける。

 

(おい『天秤』、見ているんだろ)

 

『ああ、主よ見ているぞ』

 

(お前の力が借りたい……頼めるか?)

 

『問われるまでもない。私は主のパートナーなのだからな』

 

 『天秤』の声はどこか白々しい。どうも『天秤』からはエリート気質な見下しを感じる。

 だが、気に食わないという理由で力を放棄するわけにはいかなかった。

 横島から金色の光があふれ出し、それが日本刀の形を形成し始め大きく光ると、横島の手にはシンプルな日本刀が握られていた。何の飾り気も無い、地味な見た目だ。

 その途端、『天秤』から力が流れ込んでくる。それは圧倒的な力だった。

 

 元の世界では人と神魔の間には隔絶された力の差があった。

 人間最高クラスの霊力でも、神魔の下級魔族にすら及ばない。中級だと単独で勝つのはまず無理。上級までいくと、そもそも攻撃が通らない。

 今の横島は上級神魔クラスの力を放っていた。人ではなくなったのだと、横島は改めて実感する。

 

『それでどうする? あの幼き青の妖精を殺すのか?』

 

(馬鹿いうな! 俺の狙いはあっちだ!!)

 

 目で玉座のほうを示す。

 

『……やってみるが良い。永遠神剣第五位『天秤』の力、どれほど操れるかな?』

 

「うおおおおおお!!!」

 

 吼えながら目の前の玉座に向かって走る。途中でネリーが『静寂』を振るってくるがそれは予想通り。上段から切りつけてきた所を見ながら剣の横におもいきり『天秤』をぶつける。

 

 ギン!

 

『静寂』は『天秤』をぶつけられた衝撃でネリーの手から離れ、ネリーの力が急激におちる。

 

(よし! あとは……)

 

 横島は一瞬で玉座に進み、ラキオス王の目の前に立つ。

 ラキオス王はスピリットを突破してきたことに驚き、そして歪んだ笑顔を浮かべる。

 

「くくくっ……やるではないか。まさか訓練もしていないエトランジェがこれほどとは思わなかったぞ。この力があれば北方は我がラキオスの領土になるのも時間の問題といえよう」

 

 ラキオス王の顔は更にゆがみ、顔からは欲望がにじみ出ている。

 

「王様、俺の願いを聞いていただけないでしょうか?」

 

 先ほどの言葉遣いから一転して丁寧な言葉を使う横島。

 憎い男だが、それでも暴力が得意ではない横島は最後通告を突きつける。

 王は機嫌良さそうに「言ってみよ」と尊大に頷いた。

 

「スピリットを解放してもらえないでしょうか」

 

 その言葉を聞いた瞬間、ラキオス王はぽかんと呆けた顔した。王女は口に手を当てて驚いている。言葉の意味を理解したラキオス王は狂った笑い声を上げる。

 

「ぐあはっはっはっはーーーー! スピリットを解放する? スピリットは人の道具だぞ。さては貴様は妖精趣味か? エトランジェという人種は実に面白く都合が良いな」

 

「スピリットを解放しないのなら……」

 

 『天秤』をラキオス王に向ける。

 暴力や荒事は得意ではないが、可愛い女の子達のためならどうという事はない。

 

「くくく、やってみたらどうだ?」

 

 剣を向けられながらも、王は悠然と玉座に座り続ける。

 ラキオス王の自信がどこからやってくるのか横島には分からなかった。そして横島は『天秤』を振り切った。

 

 ぽとりと、王の一部が床に落ちる。

 王の豊かなあごひげが落ちた。そのため、王はどこかユーモラスなちょび髭王へと変貌を遂げる。

 

「はっ?」

 

 王はなにが起こったか分かっていないようだった。

 そして自分のひげが切られたことが分かると突然震えだした。

 

「ば、ばかな!! 強制力は……神剣の強制力はどうした!!」

 

 横島には強制力が何か分からなかったが、相手にとって想定外の事態が起こったことはわかる。

 

「スピリットを解放しろ!」

 

 チャンス到来とばかりに語気を強め、思い切りにらみつける。

 王女は王を庇おうとした――そのとき『それは』起こった。

 

 『そろそろか』

 

『天秤』が何か言った瞬間、体の全身が切り刻まれたかと思うほどの激痛が流れた。

 

「があああああああ!!!」

 

 体の血液の中に刃物が入っているのではないかと思うほどの全身の痛み。激痛という言葉すら生易しく感じるほどの痛みだった。

 

「はっ…ははははは!! ようやく強制力が働いたか。……よくもワシのひげを!!」

 

 ガン! ガン! ガン!

 王は地面にはいつくばって苦しんでいる横島を何度も蹴る。

 

「貴様は処刑してやろう!!」

 

「父上、お待ちください」

 

 王女がラキオス王に進言をする。

 

「この者の力は処刑するにはあまりに惜しいと思います……父上の野望に必要な人物かと」

 

「ぐっ……しかし!」

 

「父上はいずれこの世界の支配者になられる方です。度量を見せるのも必要なことかと……」

 

 ラキオス王は黙り込んだ。

 どうせこのエトランジェは強制力で動けない。だがこのままではラキオスに忠義を誓うことはないだろう。最悪、他国に走られることも考えられる。別なエトランジェのように、身内を人質に取ることもできない。

 どうしたものかと考えていると、青の妖精が苦しんでいるエトランジェに心配そうに声をかけているのが目に映った。

 この姿を見て、王はニヤリと笑う。

 

「エトランジェよ聞け! 今後、貴様の力はラキオスの為に使うのだ。もし逆らったり、逃亡した場合はスピリットを処刑する!!」

 

「父上!!」

 

「お前は黙っていろ!!」

 

 横島は全身の痛みに意識が朦朧としながらもラキオス王の話を聞いていた。傍ではネリーが涙ながらに何かを言っているが何も聞こえない。

 意識が闇に落ちていく。

 

(目が覚めたら可愛い女の子……今度は美人のお姉さんがいたらいいなあ)

 

 こんな状態でもアホな事を考えながら、横島の意識は沈んだ。

 

 

 

 


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