永遠の煩悩者   作:煩悩のふむふむ

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第二十二話 『闘争』の申し子

 永遠の煩悩者

 

 第二十二話 『闘争』の申し子

 

 

 

 壊滅とはどういう意味か?

 それほど頭の具合がよろしくない横島には、理解できない。

 いや、違う。理解は、している。ただ理解から導き出される結果を拒んでいるだけだった。

 

「どういうことっすか!? 壊滅って……セリア達は……」

 

 絶叫に近い大声で横島がファーレーンに問う。

 事態は一刻を争う。そういう状況にあるのは間違いない。なんとかしてファーレーンを落ち着かせて情報を聞き出さなければ。

 そう考えた横島だったが、当の彼自身がパニックなっていた。ネリー達の顔が浮かんでは消える。死という言葉がどうしようもなくのしかかってきた。

 

「うう……皆……ニム!」

 

 ファーレーンも横島と同じく混乱の極致にいた。いつもの冷静さはまったく見られず、涙を流し、体を震わせて仲間の名を呼んでいる。

 横島は混乱しながらも、以前に同じような事があったのを思い出していた。

 アシュタロスとの戦いのときに雇用主である美神令子が死んだと聞かされて、パニックなって西条に凶悪なメリケンサックで殴られた時のことを。

 今の自分のうろたえ様は、あの時とまったく同じだ。

 強くなる。それは横島の目標だ。この世界に来て多くの戦いを乗り越えておきながら、まったく成長しないなど、ありえない、あってはいけない。

 どうやってこの恐怖と混乱を乗り切って冷静になるか。

 横島は震えるファーレーンをじっと見つめた。

 答えは、とても簡単だった。

 

「あっ……」

 

 横島は片足を曲げてファーレーンと目線の高さを合わせると、彼女を強く抱きしめた。

 抱きしめられたファーレーンは僅かに背筋を硬くしたが、すぐに全身の力を抜いて横島に身を任せる。それはまるで迷子になった子供が親に甘えるような仕草だった。

 そんなファーレーンに、横島はポンポンと背中を優しく叩き続け、同時に目だけは鋭くレスティーナに向ける。

 

(レスティーナ様、水を)

(分かりました)

 

 アイコンタクトを成功させ、レスティーナが水を取りに行く。王女をパシらせているのだが、そんな事を気にする二人では無かった。

 横島はそのまま水が運ばれてくるまでファーレーンを抱きしめ続けた。彼は煩悩者であるから、言うまでもなく、その間にファーレーンの体をいやらしく触る――――事は無い。まるで幼子をあやすかのように優しく抱きしめた。泣きじゃくるファーレーンの姿に、煩悩ではなく保護欲と責任感が勝ったらしい。横島にとってファーレーンという存在はただの美人で仲間というだけではないのである。

 二十秒もしないうちに息を切らしたレスティーナが水の入ったグラスを持ってきた。

 

「はあっはあっ……水です」

 

「ありがとうございます。ファーレーンさん、水っすよ」

 

「あ……いえいえいえそんな場合じゃなくてニムがユート様が赤い鎧が出てきて」

 

「まずは水を飲みなさい、ファーレーン・ブラックスピリット」

 

「ですから! そんなのんびりしてる状況じゃあ!?」

 

 大分落ち着いたようだが、まだまだ混乱しているファーレーン。

 レスティーナが横島に目を向ける。ファーレーンという部下を使いこなして見せろ、と横島に目で語った。 

 横島は真面目な顔で頷いたが、直ぐにニヤニヤと変態チックな笑みを浮かべてファーレーンに詰め寄った。

 

「飲めないなら、俺が飲ましてあげましょうか……もちろん口移しで! 」

 

「え? ええっ!? 口移しですか!! そんな……そのあの、あぅぅぅ!??」

 

「そんじゃ、ぶちゅうーー!!!!」

 

「はぅぅぅぅ!?」

 

 ファーレーンが壮絶に混乱したまま目を閉じる。

 横島は「ぶちゅー」と唇を突き出してファーレーンに迫ったが、

 

「そこまで」

 

 レスティーナはぴしゃりと横島の額を打って、彼をファーレーンから引き離した。

 横島は不満そうな顔をしたが、しぶしぶと従う。ファーレーンを混乱から救い、尚且つ自分も楽しもうとしたらしい。この辺りは美神流の考え方が見え隠れする。

 とりあえずファーレーンは、確かに混乱から立ち直った。というよりも、混乱に混乱が重なり放心したようになっていた。

 反則技だったが、とりあえず落ち着いたといっても良いだろう。それに、実は横島もファーレーンと戯れて元気になっていた。

 

「エトランジェ・ヨコシマ、私はこれからファーレーンから情報を聞き出すので、貴方はその間に」

 

「第三詰め所のスピリットを纏めて、すぐに戻ってくれば良いんすよね! 二分以内に戻ってきます!」

 

 そう言うが早いか、横島は扉を蹴飛ばしながら走り出す。その後ろ姿をレスティーナは満足そうに眺めた。

 

「頼もしくなっているじゃないですか……私達も負けていられませんね。そう思いませんか、ファーレーン」

 

「………………ほぅ」

 

 ファーレーンはレスティーナの呼びかけに答えず、頬を上気させ、ぽーっと横島の出て行った扉を見つめていた。

 相変わらずファーレーンは横島の良い所だけを受けて、悪い部分をまるで受けていない。時たま見る悪い部分は、演技か何かだと思っている。

 強さ、弱さ、男気、優しさ、面倒見の良さといった、煩悩に隠れて普段は姿を現さない横島の魅力を存分に味わいまくっていた。勘違いは継続中なのだ。

 そんなファーレーンの姿に、レスティーナは意地の悪い笑みを浮かべた。

 

「ファーレーン、エトランジェ・ヨコシマの胸の中は快適でしたか?」

 

「あっ、はい。暖かくて力強くて、心臓のトクトクって音を聞いていると安心できて」

 

「へえぇ、良かったねえ。嬉しいねえー。私なんて、ずっと公儀の席で爺さんおじさんばかり相手にしてると言うのに。うっふっふっ」

 

「え、えっと、そんな事を言われてもレスティーナ様……ってレスティーナ様!? あ、ああすいませんとんだ御無礼をしてしまったのでごじゃろう――――」

 

「はい、落ち着いて、そう深呼吸して……そう。大丈夫です、貴女は一人じゃありません。頼りになる仲間がいます。だから、落ち着いて私の質問に答えてください。一体何があったのかを」

 

「……はい」

 

 

 二分後、横島と伴われたルルーが部屋に戻ってきた。第三詰め所のスピリット達は詰め所前で待機させてある。

 ルルーの服装はやけに乱れていて、頬は赤く、肩をいからせていた。横島は不満そうな顔をして頬に紅葉模様を作っている。

 一体どういう状況で横島が第三詰め所に突撃したのか。それは読者の妄想に任せよう。

 

 レスティーナも横島がルルーと乳繰り合っている間にファーレーンから何があったのか聞き出していた。

 話を纏めるとこういうことらしい。

 

 まず悠人達は予定通りサルドバルトを包囲するイースペリアの残党とも言えるスピリット達と交戦、これを撃破。その際、とんでもない事があったが、それは今ここで重要では無いので割愛。

 スピリットを撃破した後は、後続のラキオス軍にサルドバルトを任せて、ラキオスに戻ろうと行動を開始。ここで悪かったのが皆がバラバラに動いてしまった事だった。あっさりと戦闘が終了して、ラキオス領に入り、誰もが気を抜いていた。

 

 家に帰るまでが戦争です、とは誰が言った言葉か。

 ラキオスから100キロほどに西に存在するリュケレイムの森に差し掛かった時、その『鎧』は現れた。

 油断していた第二詰め所の面々は、突如現れた一体の『鎧』に組織的な抵抗も出来ず敗れた。もっとも、油断せず適切な陣形で迎え撃ったとしてもどうしようもないほどの戦力差はあったらしい。第二詰め所の面々の生死は不明。ただ、ファーレーンは誰かがマナの霧に帰る所は見ていないらしい。全員生存の可能性は残されていた。

 ファーレーンは一刻も早くラキオスに救援を要請するために戦場から離脱したのだ。その際、妹であり防御に優れたグリーンスピリットであるニムントールを盾にして鎧の猛攻を逃れたらしい。いくら正しい選択とはいえ、それがどれほどファーレーンの精神を打ちのめしたかは、この混乱ぶりで分かるだろう。

 

 スピリット達の生死は不明という部分で、横島もルルーもほっと息を吐いた。最悪の事態が決まったわけでは無い。

 

(生死不明の場合、大抵は生きているもんだ。お約束だしな)

 

 横島はそう前向きに考えた。前向きに考えなきゃ、立ち上がる事すらできなかった。

 

「分かりました! それじゃあ、まず俺がこいつ……ルルーにでも運んでもらって先行して、後詰めとして第三詰め所の皆に来てもらうって形がいいかな」

 

 百キロの距離ぐらいなら、ブルースピリットに抱えてもらって全力で運んでもらえば二十分も掛らない。

 ただ、運んでくれたブルースピリットは疲れ切って戦力にならないだろうが、それは気にしなくてもいい。

 その『鎧』というやつは恐らく一定以下の水準のスピリットではダメージを与える事もできないのだろう。少なくとも、セリア達第二詰め所のスピリットが相手にならなかった時点で、第三詰め所のスピリットを連れて行っても戦力にならないのは間違いない。

 最適な戦術は、最大の戦力である横島を最速で救援に向かうこと。

 横島の戦術は大体は理に適っていた。横島が『鎧』に勝てると仮定すれば、だが。

 

 一方、レスティーナは戦術ではなく戦略で物を考えていた。

 横島をいち早く戦場に送り込む。それは悠人達を助けるのにはベストな、というよりも唯一の方法だろう。

 しかし、それは悠人達が生きていると仮定した場合の方法だ。万が一、悠人達が既に殺されていて、さらに横島まで失ったらラキオスは弱体化して最悪滅ぶ。横島と第三詰め所のスピリットさえいれば、部隊の再編は難しくない。

 とは言っても、もしここで横島を向かわせなければ悠人達の生存は絶望だろうし、横島の信頼も減るだろう。

 何がラキオスにとって何が一番大切か。ベストか、ベターか。

 

 決断。責任。後悔。

 

 少なすぎる情報を前に、レスティーナは答えの見えない選択に苦しむ。

 ベストの道は下手をすれば破滅に繋がる。ベターの選択は今が良くても禍根を残す。

 また、この選択はレスティーナとレムリアという二つの心の戦いでもあった。

 レスティーナは国の為には悠人達を見捨てるべきという意見に傾き、逆にレムリアは絶対に悠人達を見捨ててはいけないと声高らかに訴える。

 二つの心の戦いは、横島の一言で決着が付かず終結した。

 

「レスティーナ様が何を言っても、俺は行きますよ。危ないとこを助けてヒーローっす! 」

 

 悩むレスティーナに、横島が人好きな笑みを浮かべて言う。

 

 ここで、食い違いが起こる。

 

 横島はレスティーナの悩みを、なんと正確に把握していた。

 把握できた理由は簡単だ。

 横島はそういう選択をしたくないから、悠人に隊長を任せて、その決断に従っているのだから。

 理不尽な選択と、それに伴う責任を徹底的に避ける。

 それは情けない道であるが、引き換えに立身出世をあきらめる代償を払っている。

 分不相応の責任を負うというのは、もうこりごりだった。レスティーナにそういう責任と決断をさせるのも、横島にはさせたくなかった。

 

 さて、横島の言葉は彼の本心であったし、レスティーナへの優しさに満ちていた。しかし、これは横島の勝手な言い分で、レスティーナが横島の気遣いを分かるはずも無い。

 何故ならレスティーナからすれば、『指図を受けない』と明確に言われたに等しいからだ。

 また、まさか横島が自分の苦しみを理解して、選択の苦しみを減らそうと考えているなどと思いもしていない。

 

(私がどんなに悩んでいるか、まったく理解していない!!)

 

 レスティーナは内心で絶叫する。

 以前にハリオンが、人を笑顔にする笑顔だと評した横島の笑みは、今はただ軽薄で無知な厚顔の笑みにしか見えなくなった。

 大体、例のダーツィとの戦いのときでも指示を無視して独断で動いたのだ、とレスティーナは今更ながらに横島に対する不審の念を強く思い出した。

 結局、横島にとって大切なのはスピリットだけで、自分の事など何も考えていない。

 それが悲しくて、悔しくて、レスティーナは冷たく美しい笑みを横島に向ける。

 

「いいでしょう。貴方の好きになさい」

 

 感情の通わぬ声で、レスティーナが横島に言った。

 横島はそんな彼女の心に気付かず、ただレスティーナの為になったと無邪気に喜ぶ。

 横島とレスティーナは相性が良くて互いに友情を感じていたが、どこかですれ違い続けていた。

 

「私も、行きます」

 

 そう言って歩こうとしたファーレーンだったが、ぐらりと体が泳いで倒れかけ、レスティーナが慌てて体を支えた。

 神剣を限界まで長時間行使したことによる精神的疲労に、最高速度で長時間駆け抜けた肉体的疲労。

 怪我ならともかく、疲労は魔法では癒せない。マナの肉体は強いが疲労の回復は並みの人間より遅いのだ。

 

「大丈夫っす! ファーレーンさんはここでのんびり待っていてください」

 

「でも……私は皆を……ニムを、妹を助けに行かないと」

 

「ファーレーンさんの妹なら、俺にとっても義妹(いもうと)みたいなもんです。家族は絶対に守って見せますよ」

(やべえ、今の俺は格好良いぞ! これは間違いなく惚れるだろ!)

 

 嘘を言ったわけではないが、思いっきり下心満載の横島だった。

 下心と優しさが入り混じった横島の笑みだったが、ファーレーンは優しさしか感じ取れなかったようだ。

 蕩けそうな顔で「はい」と小さく頷くファーレーン。彼女の横島に対する信頼は揺ぎ無いものとなっている事だろう。

 感動しそうな光景だが、隣にいるルルーはどうした訳か面白くなさそうにしていた。レスティーナは冷たい表情で二人の見据える。

 

「ほら、ぐずぐずしてないでさっさと行こう!」

 

「ぬおおー! 引っ張るなつーの!!」

 

 ぐいっとルルーは横島を引っ張って部屋の外に連れ出す。

 こうして、悠人達の救援は動き出した。

 

 

 炎の狐に掴まって(捕まって)空を飛んだ時もこういう感じだったなあ。

 

 凄まじい風圧を感じながらも、横島はぼんやりと昔を思い出していた。手には『天秤』を持っていて加護を得ているから、もしも音速を突破してもダメージを負うことは無い。

 現在、横島はルルーにお姫様抱っこの形で運ばれている。背中に展開するウイングハイロゥを阻害しないためだ。

 意外と言うべきか、二人の間に会話は無い。

 全力で飛んでいる為、会話できる状態じゃないというのもあるが、どう会話したらいいのか分からないのだろう。

 しばらく経って、ルルーは少し飛ぶ速度を緩めて横島に声を掛けた。

 

「だいじょうぶかな?」

 

 言ってしまって、ルルーは少し後悔した。

 横島も即答出来ず、沈黙する。

 

 二人とも軽々しく大丈夫などとは言えなかった。つい先日、足掻いて足掻いて結局救うことが出来なかった一人の少女。その最期の様子がどうしても頭を掠めてしまう。

 大丈夫。大丈夫。皆きっと無事だ。

 心の中でそう繰り返すが、どうしても、ひょっとしたら……という恐怖心が湧きあがってきてしまう。

 

「大丈夫だ」

 

 横島がようやく言った。

 ルルーも小さくうなずく。

 

「そんな心配より、お前は自分の心配をしたほうがいいな」

 

「何が?」

 

「この俺がここまで煩悩を燃やせないのは女として不味いぞ。普通なら俺のゴールドフィンガーがモレスターヴァイトで天元突破なんだからな」

 

「何だか良く分からないけど、今はこの貧相な体に感謝しよ。というか、色々と可笑しいよ。ボクってヒミカさんとそんなに体のライン違わないじゃない」

 

「ふっ、愚かな! ヒミカはとっても可愛いんだぞ。とっても女の子っぽいしな」

 

「ボクだって女の子だよ……ほら、結構可愛い……みたいな?」

 

「…………ぷっ」

 

「うわ、むかつく! 腹立つー!!」

 

 くだらない上に馬鹿馬鹿しい言い合いが続くが、横島もルルーはふっと笑顔になった。

 

「ありがとな」

 

「うん、ボクも……ありがとう」

 

 互いに小さく礼を言い合う。二人とも分かっていた。

 お互いに相手に依存しあっている事を。

 恐怖と不安を、二人で共有し合っているからこそ、笑みを浮かべていられる事を。

 それからは会話も無く、ルルーはただ飛び続けた。

 

 

 大木の陰に隠れて息を潜ませる一団があった。

 悠人、アセリア、エスペリア、オルファら第一詰め所の面々だ。セリア達の姿は周囲には無い。

 

「皆は?」

 

 悠人の声には疲れと焦燥がにじみ出ている。

 

「不明です。完全にバラけて、どうなっているか。神剣反応が無いので、気絶しての戦闘不能か、死んでいるでしょう」

 

 事務的な口調で答えるエスペリア。温かさが感じられない答え方だったが、声が少し震えていた。恐怖や不安といったものを飲み込み、悠人を支えようと精一杯の勇気を振り絞った声。

 隣に居るアセリアは油断無く剣を構えているように見えるが、その顔には今まで見たことが無いほど困惑の色がにじみ出ている。オルファに至っては必死に泣くのを堪えているようにすら見えた。

 

「パパ……オルファ達、どうしたらいいの」

 

 目を潤ませて震える声で問いかけてくるオルファに、悠人は返す言葉が無かった。

 そんな事は俺が教えてほしいくらいだ、と心の中で悲鳴のように叫ぶ。パニック陥らないので精一杯だった。

 悠人は隠れながらも、怒りに満ちた目でゆったりとした足取りで近づいてくる『それ』を見た。

 それは人型だった。宝石のような光沢を持つエメラルドグリーンが、緩やかな曲線を描いて人の形を作っている。目や鼻の所に窪みがあり、顔と呼ばれるものがあった。大きさは見たところ、平均的な成人男性より一回りほど小さい。だが、その人型が放つプレッシャーは強大であった。放たれるマナの波動は悠人や横島と匹敵、あるいは超えるほど。全身に攻撃的な緑マナを展開させているようで、雷を纏っているのが分かった。

 手には何も持っていない。だが、確かに永遠神剣の気配はある。『鎧』は今まで見たことも無い未知の怪物だった。

 

「ユート……来る!」

 

 どうしたらいいのか、何て考える余裕が無かった。緑の、いや、いつのまにか黒色になった『鎧』は一瞬で距離を詰めてくる。

 黒の『鎧』は驚くべき俊敏さと、いつの間にかコウモリを連想させる羽を生やして、三次元的な動きで襲い掛かってきた。

 悠人は咄嗟に動けなかったが、アセリア、エスペリア、オルファは反射的に強敵を迎え撃つ布陣を敷いて動いた。生まれてからの大部分を戦士として教育されてきただけある。混乱していても体は反射的に動くのだ。

 アセリアは上空に、エスペリアは正面から、オルファは後ろへ。

 迫ってくる黒の鎧に、まずオルファが空中に魔法陣を展開して神剣魔法の詠唱を開始する。

 フレイムレーザー。何本もの火線を生み出して敵を焼くのではなく貫く神剣魔法だ。面の攻撃ではなく点の攻撃であるため、殺傷能力は非常に高い。さらにオルファは生み出した火線を一本に纏め上げて、威力を増大させる。こういったセンスはヒミカやナナルゥにはない。精鋭部隊である第一詰め所に所属しているのは伊達ではないのだ。

 

「つらぬいちゃえ~!! ふれいむ――――」

 

 空中に魔方陣が展開して、神剣魔法が発動する――――そのとき、『鎧』の色が変わった。

 黒から青に変化して、コウモリのような翼は形を変えて鷲のように変化する。青の鎧は足を止めて、オルファに向かって遠くから拳を突き出した。

 

 極小の魔方陣が拳から打ち出される。

 魔法陣はオルファに接触すると、凄まじい冷気を生み出してオルファを包み込んでいった。

 

 それはブルースピリットが使える神剣魔法を阻害する神剣魔法、アイスバニッシャーと同じ効果を持っていた。同じ効果といっても、詠唱が必要ないという恐ろしい特殊性は持ち合わせていたが。

 オルファの魔法は防がれて、彼女は一瞬であるが完全に凍り付いてしまった。周辺の草木もドライフラワーのように凍りつく。攻撃魔法では無くとも、並の生物ならこれだけで砕け散る殺傷力だ。

 オルファの神剣魔法は無力化されたが、攻撃手はまだ二手ある。そして『鎧』の足は止まっていた。

 

「ヤアアァァ!!」

 

 空中から全力で切りかかるアセリアに、

 

「ハアアァァ!!」

 

 正面から紫電の突きを放つエスペリア。

 ラキオスが誇る2大スピリットの同時攻撃。

 これを凌げる存在など、悠人には横島以外に考え付かなかった。

 

「オオオオッ!!」

 

 『鎧』は咆哮すると鎧の色を青から緑に変えて、アセリアの神剣『存在』を片手で受け掴み取り、残ったもう一本の手でエスペリアの神剣『献身』も掴み取る。圧倒的な握力と硬さ、そして技術があるからこそ出来る神技と言えよう。

 

「んっ!」

「なっ!」

 

 アセリアとエスエリアの顔が驚愕に染まる。

 様々な防御や回避を見てきた二人だが、神剣そのものを掴まれる、という事態は初めてだった。

 アセリアは、この前代未聞の事態に即座に対応した。

 全身の力を込めて神剣を捻って、捻る力で鎧の手から神剣を引き剥がし空に離脱する。

 だが、エスペリアはどうして良いか分からず止まってしまった。僅かの間であったが、致命的な遅れとなった。

 『鎧』はエスペリアの永遠神剣『献身』をぐいっと引く。そして、アセリアの神剣を掴んでいた左手でエスペリアに殴りかかる。

 この時点でエスペリアは対応する方法は無かった。神剣を放り出せば避けられたかもしれないが、神剣を手放したら戦う事が出来なくなるからだ。

 『鎧』の拳がエスペリアの腹部に突き刺さる。

 一撃で、防御に優れたグリーンであるエスペリアの意識は吹き飛んだ。ゴボリと血を吐き出しながら地面に倒れる。

 意識が朦朧となっても、神剣を手放さずに加護を得ているのは流石だった。

 

「え、エスペリアー!!」

 

 たまらず悠人が『求め』を振りかざして『鎧』に突撃しようとする。

 それに対しての『鎧』の行動は、見事というより悪辣と言えた。

 『鎧』はエスペリアをオルファの方に蹴り飛ばしたのだ。

 

「永遠神剣の主、『理念』のオルファリルが命じ――――むぎゅ!!」

 

 こっそりともう一度神剣魔法を唱えようとしていたオルファは、飛んできたエスペリアとぶつかって詠唱を中断させられる。エスペリアはオルファとぶつかって方向を変えたが、それでもどこかへ吹き飛ばされてしまった。

 エスペリアを助けに行くか。オルファと合流するか。それとも『鎧』に立ち向かうか。

 悠人にはいくつかの選択肢が現れて動きが鈍る。その隙にも、『鎧』の猛攻は止まる事が無い。青色になって翼を生やした『鎧』はアセリアに向かって飛翔して殴りかかる。

 

「ん……早い!」

 

 拳を足も頭も、全身が凶器である『鎧』から繰り出される嵐の様な拳打。アセリアが必死に乱舞を捌く。勝手が分からない戦いに苦しみながらも、ラキオス最強のスピリットであるアセリアは何とか戦っていたが、ここで『鎧』はまたしても色が変わり始める。

 青から赤へ。

 翼が消えて『鎧』は空中から落ち始めるが、その前にアセリアに取り縋り、

 

 ニィィ。

 

 破滅的な笑みを『鎧』は浮かべる。 

 狂気に取りつかれたアセリアは必死に暴れた。その様子を、悠人は地上から眺めていた。

 あのアセリアが恐怖に慄いている。それが悠人には信じられない。

 

 だが、一体どうしてアセリアが暴れたのか、悠人はすぐに理解する事が出来た

 『鎧』が、突如として爆発したのだ。アセリアは爆破の衝撃で襤褸切れのようになりながら遠くへ吹き飛んで地面へと落ちていく。

 

(自爆したのか?)

 

 目を覆いたくなる惨状が続く中で、悠人は希望を見出す様に考えたが、現実はそう甘くは無い。

 まるで何事も無かったかのように、青の『鎧』は空から翼をはためかせて地面に降り立った。傷一つ付いていない。

 悠人達の姿を認めると、ニヤリと顔面を歪めて向かってくる。

 

「こんな……こんな!」

 

 悠人は悪夢のような光景に悔しげにうめき声を洩らした。

 アセリアもエスペリアも、スピリットの中では間違いなく最高レベルの戦士である。その彼女らが二人がかりで、しかも魔法の援護を受けたにも関わらず、一矢すら報いることもできずに戦闘不能に追い込まれた。

 

「あっ、ダメ! パパだけでも逃げてェ!!」

 

 敗北を悟ったオルファが叫ぶ。

 

 そんな事を出来る訳が無い!!

 

 そう叫ぶ暇すら、敵は与えてくれない。

 間髪入れずにオルファの背後を取った青の『鎧』はオルファの首根っこを掴み、持ち上げ、人形でも叩きつけるように地面に叩きつけた。

 オルファの体は馬鹿みたいに跳ねて、飛んで、遥か彼方に転がっていった。水切りという、石を水辺に投げて跳ねた回数を競う遊びがあるが、それと同じ光景をスピリットで見せられるとは。

 漫画やアニメのような光景に、悠人はこれが現実の光景かと唖然とする。

 

 『鎧』は悠然と悠人に向き直ると歩を進めてきた。

 

「くそ、一体何なんだよ……くそおお!!」

 

 悠人は悔しさと怒りの余り吼えた。負け犬の遠吠えとも言えた。

 サルドバルトとの戦いは完勝に終わって、ラキオスは目と鼻の先まで来たというのに、どうしていきなりこんな事になってしまったのか。

 戦いにおいて『ありえない』なんてことは『ありえない』と軍事関係の本を見たときに書いてあったが、正直これはあんまりだとしか言いようが無い。

 敵に出会ったというよりも、天災にあったような気分だった。

 

「へっ、お前が悠人か」

 

 いつのまにか黒色になった『鎧』が喋った。その事実に悠人は驚愕を隠せない。何故名前を知っているのか、というのも驚いたが、その発音が完璧だったからだ。

 ユートでもユウトでもなく、悠人。

 それが指し示す意味は一つだけだ。

 そして、神剣の力だけとは思えない得体の知れない力。

 

「おまえは俺達と同じ……いや、横島の世界からの?」

 

 横島の名が出てくると怪物の動きが止まった。

 

「く……へへ、はは、はははははは!!」

 

「何が可笑しい!!」

 

 狂ったように『鎧』が笑う。

 恐怖はあったが、仲間を目の前で潰されて平静でいられる男ではなかった。

 怒りによって恐怖を塗りつぶす。

 恐怖が乗り越えられないなら、それしかない。

 

「うおおおおおおお!!」

 

 全力で切りかかる。

 重いが、キレの無い鈍重な一撃。

 復讐心で重きを増した剣は、今まで見せ付けた『鎧』の機動力なら楽に避けられた一撃だったろう。

 しかし、『鎧』はその場で立ち止まり腕をクロスさせてガードを固めた。

 『求め』と腕がぶつかり合う。鼓膜が破れるのではないか、と思われるほどの重厚な音が辺りに響く。

 単純な威力だけなら最高クラスの一撃なのだが、それでも鎧を破壊するには至らなかった。

 

「へっ、まだぬりぃな!」

 

 『鎧』は腕を払って悠人を吹き飛ばす。

 力だけなら最高の悠人であったが、同格の相手にはそれだけでは通じない。さらに技量の差も著しい。

 このままでは全滅してしまう。一体どうすればいいのか。 

 悠人は考えて考えて考え続けて、一つの答えを得た。

 

 ――――俺が死んでも、アセリア達を守り抜ければ横島が佳織を守ってくれる。それならそれでいいじゃないか。

 

 それは悠人にとって最高の答えだった。ここで『鎧』を倒せればアセリア達も助かるかもしれない。いや、きっと皆助かる。自分の命だけで皆が救われる。

 

 ――――お前は疫病神なんだよ。

 

 前の世界で言われた事を思い出す。その言葉は否定してきたが、どこか受け入れている部分も悠人にはあった。

 自分がいなくなれば、妹も友も救われる。

 そんな仄暗い希望を得て、悠人の精神は燃え広がる。

 

「刺し違えてでも、お前を倒す!!」

 

 悠人は命と引き換えにでも『鎧』を破壊してアセリア達を守る事を決めた。

 『求め』は「契約不履行するつもりか!!」等とぎゃんぎゃん喚いていて頭が痛くなるが、悪いと一言謝って、死出の旅路に付き合ってもらう事とする。

 

 全てのオーラを『求め』の刀身に集中させる。防御は考えない。スピリットでは到底出せない膨大なオーラが『求め』に宿る。

 『鎧』の雰囲気が変わった。今まで獣のように無茶苦茶な動きをしていたのが、始めて構えを取る。

 悠人の危険性を感じ取ったのだろう。緊張した面持ちで『鎧』は距離を測っていた。

 

 ニヤリと悠人は無理やりにでも笑みを作る。

 その『鎧』の様子に、自分の命を掛けた一撃なら『鎧』を倒せると確信する事が出来た。

 今まで練習を繰り返してきた剣の型を思い出し、アセリア達を打ちのめした『鎧』の機動と軌道を型に合わせる。

 そして、悠人は作り上げる事が出来た。

 『鎧』の拳が自分の心臓をえぐり出し、同時に『鎧』の首を切り飛ばすというイメージを。

 

「行くぞ!!」

 

 相打ちを目指して悠人は走り出す――――その時だ。

 

「何をやっとんじゃお前はー!!」

 

 どこか力の抜ける声が響いた。それは希望の声でもあった。

 そして空中から一人の男が大地に降り立ち、

 

 グキ!

 

「痛ってーー!! 足くじいたーーーー!!」

 

 着地に失敗し、足を抑えてゴロゴロと転がりまわる馬鹿が一人。

 悠人も『鎧』も目を丸くして突如として現れた闖入者を見つめる。

 馬鹿はしばらく痛みでゴロゴロと悶えていたが、

 

「もう無理だ。帰るわ」

 

 そのまますごすごと引き返そうとする一人の馬鹿――――もとい横島。

 

「帰んじゃねえ!」

 

 悠人のツッコミオーラビームが横島に直撃する。

 

「せっかく助けに来てやったのに、いきなり何しやがる!」

 

「それはこっちの台詞だ。俺のシリアスな戦いを滅茶苦茶にしやがって!」

 

「へっ、お前のファンなんか作らせて堪るかってんだ!」

 

「それが狙いか!? お前はドンだけアホなんだよ!!」

 

 二人の男が見苦しく言い争う。

 そんな様子を『鎧』は楽しげな笑みを浮かべて見つめていた。

 

「はっ、相変わらずだな」

 

 『鎧』は日本語で横島に向かって言う。

 横島は憎々しげに『鎧』を睨みつけた。

 

 ここで悠人は気づく。

 横島の『鎧』を見つめる目が、怒りや憎しみだけでなく、友情や懐かしいものを見る目である事を。

 それだけではない。『鎧』も同じような目で横島を見つめていた。唯一、違う部分は、横島は驚愕が主で、『鎧』は歓喜で満ち溢れている所だろう。

 

 どうしてそんな目をしているのか、その疑問は次の横島の言葉で氷解した。

 

「それで、一体こんな所で何やってんだ――――――雪之丞!!」

 

 横島が『鎧』に向かって怒鳴る。悠人は知り合いかと驚愕していた。

 

(何で、このバトルジャンキーがここに居て、悠人の奴と戦っとるんじゃあ!?)

 

 この『鎧』が雪之丞と断言することに迷いは無い。鎧の形は変わっていたが、これは魔装術に相違なかった。

 いや、魔装術ではないのかもしれない。魔装術からは、明らかに永遠神剣の反応がしていたからだ。

 魔装術と鎧型の永遠神剣を混ぜ合わせた、新たな力ではないか。それが横島と『天秤』の間に出た結論だった。

 

 雪之丞と思われる『鎧』は顔と鎧が一体化したようになっていたが、ニヤリと不敵に笑って、

 

「ちがうな」

 

 一言の元に否定された。

 声は間違いなく雪之丞だった。

 

「嘘つくなー! その『悪役です』って格好は、どう見ても雪之丞だろうが

 初見の人は『えっ? こいつ仲間なの!?』って言うに決まってるぞ!!」

 

「誰が悪役だ! 俺は……とう!」

 

 雪之丞? はぴょんと高くジャンプすると、高い木の先端に飛び乗った。

 猛烈に嫌な予感が横島と悠人に広がる。

 恐怖や絶望の類ではない。もっと、こう、作り上げて来た空気を壊すような『何か』だ。

 予感は、的中した。

 

「クールで知的! 悲しき使命を宿した裁きの戦士! その名も、ブルーディスティニー伊達!!」

 

 ドカーン。そんなチープで安っぽい音と共に、何故かバックで青色の爆発が起こる。

 それに合わせてブルーディスティニー伊達と名乗った奴は両腕を交差させる謎のポージングを取った。青のメタリックな翼はバサバサと煩く羽ばたいているし、しかも少しでも体を大きく見せようとしているのか爪先立ちで、足が何だかプルプルしてる。

 

 ポカーン。

 

 二人はポカーンとなった。ならざるを得なかった。場の空気とか状況とか、それらを全て台無しにされたゆえのポカーンだった。ポカーンも致し方無しだろう。何よりも、寒すぎた。見ていて恥ずかしくて、目を背けたくなるほどに。

 ポカーンと化した二人を無視して、ブルーディスティニー伊達はまたしても奇怪なポーズを取る。すると鎧の色が変わっていく。

 青から赤に。そして、

 

「ホットで情熱! 熱き魂と肉体を持つ究極の戦士! その名も、レッドマッスル伊達!!

 

 ドカーン。今度はバックで赤色の爆発が起こる。それに合わせてレッドマッスル伊達もポージングを取った。

 

 横島も悠人も声が出ない。ただひたすら恥ずかしい。これと同じ異世界人とは思われたくない。

 もう見ていられず、目を背けたくなったが、しかしあふれ出るオーラと闘気だけは本物だ。下手に目を離したら、一瞬で殴り殺されるかもしれない。

 命の為に、横島達は寒いヒーローショーを見ざるを得なかった。

 雪之丞はそんな二人を見てドヤ顔をしながら、また鎧の色が変わっていく。赤から緑へ。

 

「アースで無敵! マイナスイオンの至高の戦士! その名も、グリーンクリーン伊達!!」

 

 一体、何故、どうしてこんな事に?

 ポージングごとにドヤ顔をする雪之丞に殺意を抱きながら、彼らは観客となる。

 

「ダークで素敵! 名も正体もすべて不明の謎の戦士! その名も、ブラックノーマル伊達!!」

 

 突っ込むことすら許さない凶悪なギャグ――――というよりも理不尽に、二人はただ己の無力をかみ締めていた。

 

「一人揃って、一人戦隊! 無敵伊達レンジャー雪乃丞! またの名を『闘争』のユキノジョウ! お呼び出なくともささっと参上!!」

 

 ドガガガガーン!! 

 チープな擬音みたく聞こえる爆発音と共に、どこからか湧き出た四色の煙が周囲で爆発した。中心にいる変態は「決まった」と言ってポーズを取り続けている。完全に自分に酔っているようだ。

 

「横島」

 

「分かってる」

 

 聞かなければいけない事はたくさんある。何故ここにいるのか。何故襲ってきたのか。その力はいったい何なのか。その口上は間違っているぞとか。スーパー雪之丞どこいったとか。伊達で統一するのか雪之丞で統一するのかはっきりしろとか。

 だが、何よりも先にしなければいけない事があった。

 

「とにかくだ。色々と……なんでやねんー!!」

 

「うおお!! ヒーローを馬鹿にするなー!!」

 

 悠人と横島から放たれた二つのオーラのビームが一つとなり、ポージング中のノーマル伊達を吹き飛ばした。

 とにかく色々と台無しされた怒りと理不尽に彼らも限界だったのだ。

 

「へっ、やるじゃねえか」

 

 巻きあがった煙の中から出てきたのは、所々欠けた緑の鎧を纏ったグリーンクリーン伊達だった。見た目はぼろぼろに見えるが、良く見ると少しずつ鎧部分が治っていく。

 横島と悠人が放ったオーラの一撃は城一つを貫通する威力があった。それをまともに受けてこの程度なのだ。まあ、ギャグ空間の恩恵を得ていると言ってしまえばそれまでなのだが、何にせよ恐ろしい頑丈さだ。

 

「おう雪之丞。そのダサいポーズは何だよ。小学生の時と変わってねーのか?」

 

「ダサいか? あいつらはカッコイイって言ってくれたんだが」

 

「あいつらってのは知らんけど、それ、ぜってー内心で笑われてっぞ」

 

 横島の言葉に渋い表情になる雪之丞だったが、まあいいかとさっぱりした表情で頷く。

 

「さてと」

 

 雪之丞は足の屈伸や首を回して体を慣らして、横島達に向き直る。狂気を秘めた眼光が横島達を貫く。

 ざわりと横島達の背に怖気が走った。

 目の前にいる男が何なのか。まだ理解は出来ていない。

 恥ずかしい馬鹿である、というのは分かるが、凄まじい力を持っていることは間違いない。

 そしてなにより、雪之丞からは確かな殺意が感じられるのだ。昔語りをしよう、などという空気では無かった。

 緊張が最大にまで高まった時、ついに雪之丞が動いた。

 

「用件も済んだし、戻るとするか。じゃあな、横島」

 

「はいぃ!?」

 

 雪之丞はひらひらと手を振って、のんびりした足取りで歩き去ろうとする。

 一体用件とは何だったのか。横島からすれば、意味不明の変身ショーを見せつけられただけだ。聞きたいことは山ほどある。

 

「何だそりゃあ! 事情を説明していかんかい!!」

 

「おいおい、そんなことしてる場合じゃないぜ。早くしないとあいつら死ぬぞ」

 

 魔装術? で覆われた顔が愉快そうに歪む。心底楽しんでいると分かるような笑みだった。邪気は無いが、殺意はある。しかし、その眼差しには友情が存在している。歪の塊がそこにあった。

 横島は理解した。こいつは雪之丞では無い。別の何かであると。

 雪之丞は確かにバトルマニアで、生死を掛けた殺し合いに震え喜ぶ変態の上に、無愛想で無遠慮な犯罪者予備軍であったが、知り合いの友人を殺しかけてカラカラと笑える人格破綻者ではなかった。

 

(おい『天秤』! これは神剣に心を食われたって奴か!?)

 

『いや違うな。これは言葉にするなら、融合と言った所だろう。神剣と相性が良すぎたのだ。神剣に心を砕かれた訳ではなく、我らのように共存しているわけでもない。一つになったのだ。……これは手ごわいぞ』

 

 『天秤』が説明するには、雪之丞と鎧型永遠神剣『闘争』は相性が良すぎたらしい。 

 元々の性質が近すぎたため、お互いに溶け合い、混じり、新たに再構成された――――人格、魂。

 

 神剣と契約者には二つの道がある。

 契約者の精神力、自我の強さで神剣の力を引き出して戦う道。

 もう一つは神剣に心を飲まれ、神剣そのものとなって戦う道。

 

 雪之丞は第三の道を作ったのだ。

 神剣と交じり合う事で生まれた戦闘力は見ての通りである。

 性格もごらんの有様だ。

 

「本当に永遠神剣って碌でもないな」

 

 横島はうんざりしたように言いきる。

 出会うと不幸になる、と言わんばかりに永遠神剣は災厄を振りまいているように思えた。

 

『しかし、永遠神剣は力を与える。人の身ではどうやってもたどり着けないような力を与えるのだ』

 

「それで、行く先はあれかよ?」

 

 ポージングを取り続ける雪之丞。

 『天秤』は何だかとっても恥ずかしくなった。

 

『う、ううるさい!! 凄いのだぞ! 強いんだぞ永遠神剣は! あれはちょっと神剣が悪かったのだ! 少なくとも私は横島の為になりたいと思っているし努力しようと――――』

 

「分かった分かったっーつの! 俺はお前と組めて良かったよ!!」

 

 横島がやけくそ気味に言うと、『天秤』はとても安心したように『そうだろう』と上機嫌な返事が返ってきた。

 

(……こいつってかなりチョロイのか)

 

 褒められる事に慣れていないのか、『天秤』は自己を肯定されるとすぐに舞い上がってしまう。しかも自分は頭が良いと思っている。エニの件で多少は改善されたが、性格というものは早々変わるものではないのだろう。

 悪い奴に騙されそうな性格をしてるなあ、と横島は少し不安になった。その不安は、見事に的中していたりする。

 

「それじゃあな! 死ぬまで生きてろ!! ハハハハハ!」

 

 何が楽しいのか馬鹿笑いを響かせて、雪之丞は森の中に消えていった。

 元々変な奴ではあったが、神剣を得てさらに変な奴になってしまった雪之丞。元に戻るときは来るのだろうか。

 横島は唖然としていたが、すぐに気持ちを切り替える。今重要なのは雪之丞ではない。大切な女の子たちだ。

 

「セリア達は?」

 

「……あ、ああ。あいつと戦って吹き飛ばされた。あいつが言っているのが正しいなら気絶していると思う」

 

 神剣反応がないから何処にいるか全く分からない。移動しながら戦い続けていたため、場所の特定は難しかった。

 もし命に関わる怪我をして身動きできず、神剣も使えない状態だったら死を待つだけだ。

 

 悠人の話を聞いて今がどういう状況か横島にも飲みこめた。馬鹿をやっていられる状況ではない。一秒を争う瀬戸際なのだと。

 全力で『天秤』の力を引き出す。身体能力を上げるのも理由の一つだが、何より精神を落ち着かせる為に。今必要なのは冷静な判断能力。今にも叫んで混乱しそうな自分の心なんて不要だった。

 

(『天秤』、頼むぞ)

 

『分かった』

 

 最小限の会話の中に信頼が存在していた。

 『天秤』からは、力と共に心からの『善意』が横島に流れ込む。

 

「悠人、回復魔法は使えたよな」

 

「気休め程度には」

 

「んじゃ、これ使え」

 

 そう言って渡したのは『探』の文珠。病床の半月で何とか作った一個だ。

 

「命の危険が無いスピリットは見つけても放置。グリーンスピリットは優先的に回復だ。直に後詰もくるからな」

 

 横島とは思えない冷静で冷徹な指示。お笑い要素も一切無い。事実、完全な横島ではないのだろう。助けるのに不要な心は『天秤』に食わせているのだ。勘違いしてはいけないのは、『食われている』ではなく『食わせている』という点だろう。横島は巧みに自身の弱点を『天秤』によって補わせていた。確かな信頼があるからこそ、それが可能なのだ。

 

「お前はどうやって探す。文珠はまだあるのか」

 

「48の煩悩技、女体探知がある」

 

「分かった」

 

 悠人も突込みなど入れない。会話は最小限に。

 そうして二人はスピリットの救助に奔走した。

 結論から言えば、死者は出なかった。だが、一部のスピリットは正に半死半生という状態で、壊れた人形のように手足が無茶苦茶な方向曲がり捻じれていた。

 もし悠人と横島が回復に回らず一晩放置すれば死んでいた事だろう。ただ、総じて急いで回復させなければ死んでしまうような致命傷を受けたスピリットはいなかった。すぐに死なない程度には手加減したという雪之丞の言は正しかったようだ。

 

 横島は考える。

 一体、『雪之丞』はどれぐらい『雪之丞』なのか。それは分からないが、いつか戦いを、殺し合いをすることだけは何となく理解していた。

 それは、恐ろしい――――恐ろしいのだが、決して不快では無かった。むしろ、それを当然とどこかで考える自分がいた。女性の尻を狙うが如く、神剣を砕くのは当然の事なのだと。

 

 限界まで神剣の力を解放して回復魔法を唱え続けた横島は、最後に意識を失い昏倒した。

 またしばらくベッドの住人になるだろう。

 

 戦闘可能なスピリットを殆ど失ったサルドバルト軍は事実上、崩壊したも同然だった。さらにサルドバルトは泣きっ面に蜂で、サルドバルト王が突然の崩御。せっかくイースペリアの侵攻は食い止めたものの、その内情はガタガタだった。

 同盟国といっても、もはやラキオスとサルドバルトの力の差は明白であり、戦いが終わった数日後に同盟国から属国へとその関係を変える事となる。主権の一部は奪われ、人質を送り、保有するマナの全てをラキオスに委ねるという大きすぎる条約とともに。

 それに対してサルドバルト国民はラキオスの横暴よりも、自国の不甲斐無さに腹を立てることになった。

 彼の国が内部より倒壊してラキオスに併合されるのも時間の問題だろう。

 

 こうしてサルドバルト救出戦は後味の悪い終わり方で幕を閉じることになる。

 いくつもの課題と謎を残して。

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