永遠の煩悩者   作:煩悩のふむふむ

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第二十三話 後編 太陽の軌跡③

 耳をつんざく爆発音が遠くから響いてくる。それも一度や二度ではない。響いてくる衝撃が窓ガラスを振動させて、地面は微かに震えていた。少しして、警鐘も鳴り響き始めた。

 無意識的に横島と悠人は神剣を手にとって力を引き出す。すると、

 

「な、なんだこりゃあ!」

 

 横島は驚嘆した。神剣の気配を探ってみると、町の方角に30以上もの神剣反応あったのだ。間違いなくセリア達では無い。正体不明の、恐らくは敵である。

 日も落ち、人通りも減ったであろうが、それでも普通の人間が生活している街中に神剣を持ったスピリットがいる。

 それは、戦闘機や戦車が街中に突っ込むのと同義だった。ウルトラな怪獣が現れたようなものだ。

 もし、レッドスピリットが強力な広範囲神剣魔法など使用したら、例え魔法の直撃を食らわなくても辺りは人が生存できない灼熱地獄と化す。

 環境や生態系、最悪の場合は地形すら変動しかねない。ラキオスが滅ぶ。

 

「さっさと町に行くぞ、悠人! セリア達も町に向かうはずだしな。佳織ちゃんはここで隠れてて!」

 

 迷わず横島が行動を開始しようとする。パニックにならず颯爽と決断を下して行動する様は、中々に見事だ。この辺りは確実に成長の跡が見られる。ちょっと足は恐怖で震えていたりもするが、だからこそ成長していると言えよう。

 

「まて」

 

 駆け出そうとした横島を、悠人の鉛のように重い声が止めた。

 

「横島、お前はまだ万全じゃない。佳織と一緒にここで待機だ。これは命令だ」

 

 横島も佳織も唖然とした。

 一体何を言っているのか理解できなかった。今がどういう状況か分かっていないのだろうか。

 突如、ラキオス各所に現れた謎のスピリット達。目的も規模を一切不明で、こちらは完全に後手に回ってしまった。もし市街戦になったら、一体どれほどの人間が巻き添えになるか。

 更に間も悪いことに、現在第一詰め所のスピリットも第二詰め所のスピリットも全員が単独行動をとっていて連絡がつかない。こういった緊急時の集合場所など決めてはいない。各々が個別の判断で動き、各個撃破になる可能性が非常に高かった。

 この危機的状況で悠人は、まだ体調が良くない、などという理由で最強の戦力を放棄するといったのだ。

 

「あ、アホかー! こんな時に何を言ってんじゃーい!!」

 

「頼む。俺が何の為に手を汚してきたのか、分かってくれ!」

 

 血を吐くように悠人は呻く。唇を強く噛んでいて、壮絶な、鬼気迫った目をしていた。

 そこで、ようやく横島と佳織は悠人の考えを理解した。

 スピリットは人間を殺せない。しかし、エトランジェはどうか。

 佳織もこの世界に来て、体が肉ではなくマナで構成されてしまったエトランジェだ。

 

 もし敵スピリットがこの詰め所に来たら、最悪の場合は佳織が殺される可能性も考えられる。

 そうでなくとも、万が一にも流れ弾が詰め所に直撃する可能性だってゼロでは無い。

 悠人は、横島に佳織を守って欲しいと命じているのだ

 

「スピリットは俺が死んでも守る。どんな手段を取ってでも守って見せる。だから……頼む。お前は佳織を守っててくれ。……こう言うの卑怯だけど、約束だったろ!!」

 

 互いに大事なものを守りあう。

 この約束が二人を結び付けていた。あるいは、縛り付けられていた。

 

「頼む、横島!!」

 

 悠人は頭を下げた。

 しかし、当の横島はそんな悠人の姿など見ていなかった。

 何故なら、横島の脳裏にはとある光景が映っていたからだ。

 

 東京タワー。

 走り出す自分。

 一人取り残される彼女。

 振り返る自分。

 怒って送り出す彼女。

 立ち去る自分。

 そして彼女は―――――――

 

「守りあうって……あの時さ、いなかったじゃん。お前」

 

 本人すら気付かない、無意識の呟きが横島の口から洩れた。

 それは小声であったが、佳織の耳に届いて、彼女は何気なく横島を見て、

 

「うぁ」

 

 思わず悲鳴を上げた。

 嫉妬、羨望、後悔、憎悪。それらが交じり合い、重なり合って、横島の眼球内に蠢きひしめき合っている。

 憎しみや嫉妬の瞳の色を、佳織は知っている。それは大好きな人すら醜く見せる。

 横島の顔は、妬みと怒りで歪んでいた。

 

「いけ。さっさと行って来い!! 佳織ちゃんは俺が守ってやる……ふっ、俺に惚れちまうかもな」

 

 了解の返事が聞こえて悠人が顔を上げる。その時にはもう横島の表情はいつもの緩い表情に戻っていた。

 

「すまん」

 

「礼なんて言ってる暇があったらさっさと走れ。このシスコンが! セリア達になんかあったら承知せんからな」

 

 悠人の尻を蹴り飛ばす。悠人は痛みに顔を歪めたが、心からほっとしているようだった。

 横島が守ってくれるなら、佳織は絶対安全だ。

 そんな心の声が聞こえてきそうで、佳織は沈黙するしかなく、横島は忌々しそうに顔を歪めるしかなかった。

 

「そうだ、文珠を持っていけ。分かってるだろうが、第二詰め所のスピリットに渡すんだからな!!」

 

 二つある文珠の一つを悠人に渡す。

 三週間で二つしか作れなかったが、やはり文珠はあらゆる場合で切り札となる可能性を秘めている。

 悠人は改めて横島に軽く頭を下げると、さっと町に走り出す。振り返りはしなかった。

 

「アセリア……皆! 無事でいてくれ!!」

 

 痛みからか尻をさすって走り出す締まらない後ろ姿を、佳織は辛そうに見送った。

 

「佳織ちゃん」

 

「は、はい!」

 

 先ほどの横島を見た佳織は、思わず声が上ずっていた。

 

「怖いだろうけど、ちょっとの辛抱だ。悠人はあれでしぶといから大丈夫。俺らはのんびりとお茶でもしてよう。そういえばコーヒーっぽいのもあったな。茶請けは……」

 

 横島はいつも通りの、のんきで人を脱力させる調子に戻っていた。

 それが、佳織にはむしろ恐ろしさを感じさせる。

 人には色々な一面がある。たった一つの感情を見ただけで、その人を優しいとか残酷とか規定するのは間違いだ。

 それは当然の事だが、しかし先ほど垣間見た横島の一面は、何か決定的なものではないだろうか、と佳織は思う。

 

 永遠神剣。それが疑念に拍車を掛ける。

 佳織はレスティーナに頼んで歴史を学んだ。最も古い国であるラキオス王国の資料から学んだのだ。故に、歴史の暗部に近い部分も学ぶことが出来た。

 大陸は一定の間隔で常に血を流し続けていたが、その中で必ず中心に絡んでくるのが永遠神剣である。永遠神剣の持ち主は、その全てが血塗られた道を歩んでいた。

 特に高位の永遠神剣を携えた者達は、色々な要因が重なり合いつつも、最後はお互いに殺し合って命を落とすのが殆どなのだ。

 仲が良い者も、血を分けた者であっても、考えられないような因果の巡りがあって殺しあう。呪いのようにすら感じられるのが永遠神剣だ。

 いつも通りの歴史の流れならば、お兄ちゃんと横島さんは――――

 

 みんな良い人。みんな仲良く。

 それが佳織の信条だったが、ほんの少しだけ心が揺れていた。

 

 ――――お兄ちゃんと横島さんは、あまり仲良くならないほうがいいかもしれない。

 

 それは予感というより確信に近かった。

 

 

 その頃、セリアは騒ぎの起きた町に居た為に、いち早く騒ぎの場に向かうことが出来た。

 町が戦場になる。これはもう避けようが無い事態だと、セリアは悟っていた。

 最悪の場合、人が死ぬかもしれない。

 いくらスピリットが人間を傷つけられないと言っても、戦闘に巻き込まれる可能性はあるからだ。

 

 だが、セリアの想定した最悪はより悪い方向に、信じられない方向に裏切られる事となる。

 

 道の真ん中で男の兵士が死んでいた。

 それも、明らかに神剣によって殺されている。

 何故なら、鎧の着込んだ兵士の下半身だけが吹き飛ばされていたからだ。こんなの神剣でしかありえない。

 スピリットに殺されたのだ。それも、不可抗力ではなくである。

 

 板金の厚みが薄い部分でも2mm、総重量40kgの重フルプレートアーマーはスピリットの攻撃に無力だった。

 ただ神剣に撫でられただけで中身ごと粉微塵に粉砕されてしまう。どれだけ鍛えても、肉と鉄では神剣を受け止めることは出来ない。

 強いとか弱いとか、比較することすら無意味な差があった。

 

 顔を確かめる。セリアは、この死んだ兵士を知っていた。

 知っているといっても名前も知らない。ただ、どういう人物かは知っている程度だが。

 正義を愛し、人情に厚く、勤勉で、そして極度にスピリットを嫌っていた――――この世界における善人を体現したような男だった。

 

 自分達スピリットにとっては、非常にありがたくない人間だ。

 だがこんな理不尽に、訳も分からず殺されてよい人ではない。

 思うところは色々あるが、それだけは確かだった。

 

 冥福を祈り終えると、駆ける。

 辺りから聞こえる悲鳴と怒号はますます大きくなっている。

 悲鳴がもっとも聞こえる町の中心に入ったセリアは、そこで見た。

 泣き叫ぶ子供を背負って逃げ惑う人の群れと、それを必死に誘導している兵士の姿と謎のスピリットの姿。

 誘導だけでない。兵士らは敵のスピリットを見かけたら、自身の体を盾にして無辜の民を守ろうとしている。

 それが殆ど意味の無い行為だと、スピリットの戦闘能力を知っている兵士は分かっているだろう。

 それでも、弾除けにでもなれるのならと、兵士たちは身を投げ出していた。

 

 セリアは人間が嫌いだった。侮蔑され、無視され、唾を吐かれた事もある。

 好かれようと努力したこともあったが、全ては徒労に終わり、殆どの人間に無視された。近づくなと逆に殴られたこともある。

 

 ――――私は、仲間の為だけに神剣を振るう。

 

 それだけを考えて厳しい訓練を耐えてきた。

 わざと人間に反抗的な態度を取って、人間の目がネリー達に向かないようにもしてきた。

 しかし、今は。

 

「ハイロゥ!」

 

 ウイング・ハイロゥに力を回して空中を疾走する。

 目標は、黒のウイング・ハイロゥを持つブルースピリット。その足元には、倒れる人影があった。

 無軌道に、あるいは無意味に、町と人を破壊していたブルースピリットだったが、セリアの強襲に気付いて咄嗟に氷の障壁を張る。

 

 攻と防の争いは、一瞬で決着が付いた。

 ブルースピリットはセリアの上段からの一撃目は己の神剣で防ぎ、続く切り返しは障壁で耐えたものの、流れるように続く連撃の前に体を五つ程度に引き裂かれて、マナの霧に返る。

 元々、攻撃に優れ防御で劣るのがブルースピリットの特徴だ。この結果は妥当なものだろう。

 

「無事ですか!?」

 

 倒れていた人影は壮年の兵士だったのだが、言ってからセリアは後悔した。

 腹からは内臓が飛び出て破れていた。

 重症だ。もうどうしようもない。

 

 壮年の兵士はまだ意識があったようで、スピリットであるセリアを見て怒りと憎しみに満ちた目をしたが、何かに気づいたようで憎しみの色が瞳から抜け落ちていく。

 

「お前……は、セ……リアか?」

 

「は、はい」

 

 いきなり名前を呼ばれて、思わず声が裏返ってしまった。

 ただの一兵士が、奴隷戦闘種族に過ぎない自分の名前を知っているのが不思議だった。

 

「ぐっ……ヨコシマから、聞いている。強く、優しいスピリットだと……頼む! セリア・ブルースピリット、ラキオスの民を守ってくれ!!」

 

 苦しそうに血を吐き出しながら、兵士は震える手をセリアに差し出した。

 この兵士は、スピリットを嫌っていない訳ではないだろう。スピリットを嫌うのは普通で、しかもこの兵士はスピリットによって命を絶たれるのだから。

 しかし、それでも。大嫌いなスピリットに頭を下げても、民を守ろうという強烈な意思があるのだ。

 

「了解しました。必ず、守って見せます」

 

 力強く言い切って、強く手を握る。

 壮年の兵士は安堵したように表情を緩ませて、最後に伴侶の名を呼んだかと思うと、そのまま事切れた。

 胸に熱いものが込み上げてくる。人間に持つわだかまりは無くなってはいない。恨みも、ある。

 しかし、だとしても、民を守る為に命を掛けた男の願いを無下にできるはずがなかった。

 

(私の役目は、敵を倒すよりも人が避難するまでの時間を稼ぐこと! 人の為に!!)

 

 セリアの意識が変わる。

 如何にして敵を倒すか、では無い。どうやって人を守るか、にである。

 やはり一番危険なのは神剣魔法だ。

 市街地での神剣魔法の使用は細心の注意が払われる。

 ブルースピリットが使う敵の神剣魔法を阻害するだけの魔法だって、攻撃でも無いにかかわらず周囲に冷気を発散させてしまう。

 

 可能な限り神剣魔法を使わずに神剣で敵を屠る必要がある。特に優先すべきは、レッドスピリットの排除だ。

 神剣の気配を探りながら空中を駆ける。

 途中、瓦礫に埋まった人を助けたり、火災の拡大を防ぐために木造の建築物を破壊したりもした。仲間も探すが、ラキオス中に神剣反応があるために、どの反応が仲間か分からなかった。

 

 そうこうしながら、見知らぬレッドスピリットを発見する。

 神剣魔法も唱えず、何をしているのかうろうろしていた。

 

 何をしているのか、このスピリット達の目的は何なのか。どうやって入り込んできたのか。

 聞こうかと思ったが、それは意味がないと気付いて止めた。

 球体型の黒いスフィア・ハイロゥが周囲に漂っている。それも、漆黒と言っていいほどの黒のハイロゥ。

 完全に心を失ったスピリットに会話は通じない。

 

 レッドスピリットが一番危険だ。

 ここで倒さなければ。

 セリアが突撃しようとする。だが、突撃は出来なかった。

 

 レッドスピリットの足元に黒いシミが生まれたかと思うと、それは形を針のように変えてレッドスピリットの全身を突き刺さんと殺到した。

 地面から湧き出てくる黒の針を、レッドスピリットは炎の障壁を張って防ぐ。特にダメージは無い。神剣に弱くても、神剣魔法には強い抵抗力を持つのがレッドスピリットの特徴だった。

 

 これはブラックスピリットが扱う神剣魔法、アイアンメイデンだ。

 ファーレーンか、ヘリオンか。それとも第三詰め所のブラックスピリットか。

 なんにしても味方だろう。

 セリアは近づいてくる神剣反応に視線をやって、

 

「……え?」

 

 目を疑った。

 現れたブラックスピリットは見覚えが無く、なんと半裸であった。

 ボロボロの布切れが僅かに体を覆っているだけで、殆ど全裸に近い状態である。

 

 どうやら着ている服がエーテルの戦闘着でないらしい。普通の市民が着るような布で出来た服を着ていたのだろう。そんな服が高速の三次元戦闘に耐え切れるはずもない。

 だから、半裸であるのはまだ分かる。

 

 セリアが驚愕した理由は、そのスピリットの様相だ。

 髪はボサボサ。手足は細く、あばら骨は浮き出ている。しかも、体のあちこちに様々な傷があった。戦いで出来た傷ではなく、古傷のようなものも多い。

 まるで病人の様な有様だ。いや、これはそれよりも酷い。どういう環境にいたらこうなってしまうのだろうか。

 

「……一体、貴女は?」

 

 敵意を忘れてしまいそうなほど哀れな状態のブラックスピリット。

 半裸のブラックスピリットは、セリアに気づくと虚ろな視線のまま、神剣を向けてきた。仲間では無いらしい。

 レッドスピリットも、セリアと新たに現れたブラックスピリットに剣を向ける。

 

 セリアは混乱した。

 まさか、ラキオスを襲撃したスピリットは、2勢力いるのか?

 混乱するセリアに、追い討ちを掛けるようにまた新たなスピリットが空から駆け下りてくる。

 

 今度現れたのはブルースピリット。

 自我を失っていない証拠に、背中からは白のウイング・ハイロゥが展開している。自我がちゃんとしているので、これなら会話が可能だろう。

 こちらも、見たことが無い。新たに配備されたスピリットか、あるいは。

 

「貴女の所属は」

 

 答えは返ってこなかった。ただ、神剣だけを向けてくる。仲間ではないのだけは確かだ。

 そして、このブルースピリットもここに居る全スピリットを警戒している。また、新たな勢力か。

 敵か、それとも敵の敵か。敵意はそこまで感じないのだが、観察するような目を向けてくる。目的は何なのだろう。

 四すくみのような状態になってしまって、どう動くべきかとセリアが悩んでいると、

 

「このよゥゥなお祭りーー騒ぎで、なぁぁぁにをお見合いをしているのかなあぁぁぁ!!」

 

 ハリオンのように間延びした、しかし全身に怖気を走らせる不気味な声が響く。

 今度現れたのはグリーンスピリット。セミロングの髪に、エスペリアと同じく戦闘も出来る緑のメイド服。カチューシャも付いている。

 ギラリギラリと異常な活力を持って光る目と、190センチはある背丈が異様に目立つ。

 そして、純白の鎧でも纏っているように光り輝くシールド・ハイロゥ。

 

 口元を三日月形にして笑う姿は、悪魔的な狂気を感させてくる。まるで御伽噺に出てくる魔女のようだ。

 しかし、御伽噺の魔女は胡散臭い老婆だったが、これは強靭な肉体を持つ、戦士系の魔女という感じだ。

 

 セリアの額から頬に、冷たい汗が伝う。

 強力な、それこそ悠人や横島の持つ高位の永遠神剣に匹敵するほどの力を感じる。

 このスピリットに与えられたマナがラキオスのスピリットとは桁外れに多いのだろう。

 セリアを含む、全員がこの新たに現れたグリーンスピリットに剣を向けていた。

 

「うふふゥゥゥ、強力なボォォスの登場ゥゥに、敵味方が協力ゥゥしあう! いいねえ、楽しいじゃないかァァァ!!」

 

 耳障りな甲高い声で、グリーンスピリットはケタケタと笑う。

 

(一体何なの!? この状況は!!)

 

 セリア自身も含めて、ここに5人のスピリットがいる。

 

 ラキオス所属のセリア・ブルースピリット。

 漆黒のハイロゥを持つレッドスピリット

 白いハイロゥのブルースピリット。

 半裸でボロボロのブラックスピリット。

 そして、強力な神剣を持つ不気味なグリーンスピリット。

 

 5人のスピリットは、他の4人のスピリットを牽制し合っていた。

 これが意味するところは、この場に5つの勢力が存在しているということ。

 

 このままでは経験も訓練もしたことが無いような、最悪の乱戦になる。

 一度、仲間と合流したほうが良い。しかし、彼女らを放置するわけにはいかない。 

 

 どうしたらいいのか。

 奥歯を噛み締めて悩んでいると、一際大きい爆発音が何処からか響いてきた。

 音のした方を見て見ると、城の一部が火を噴いて、さらに城壁には大穴が開いていた。

 城には最重要のエーテル施設がある。それに、王族もいる。

 このスピリット達は、いやこのスピリット達の何処かの勢力は、人を殺すことが出来る。王が危ない。

 

 城に行ってエーテル施設を守るか。

 町で人の救助に奔走するか。

 王族を守るために城に向かうか。

 

 人の為に戦うと決めたセリアだが、どの選択肢が人を救う事になるのか分からない。

 

 悩んでいると、大きな神剣反応が一つ近づいてきた。

 いま町で感じられる反応の中で、間違いなく一番大きい反応。

 目の前にいるグリーンスピリットすら越えているだろう。

 

「おっとォォ。これは下がらないとねェェ!」

 

 グリーンスピリットは身の毛がよだつ声を出しながら、さっと後ろに引いた。

 すると、他のスピリットも一斉にその場から引く。やはり、戦闘意欲そのものが薄いように見える。

 いや、一人だけひかなかった者がいた。

 

「あ……ううあ。うああ!」

 

 形を為していない、赤ん坊のような声を出しながら、あの半裸のブラックスピリットがセリアに飛び掛る。

 ブラックスピリットの動きは良くない。訓練は受けているようだが、どうもブランクがあるような拙さがあった。

 セリアは冷静に神剣を構えて、迎え撃とうとする。実力はこちらの方が上だと分かっていた。

 だが、セリアとブラックスピリットが剣を合わせる事はなかった。

 

「おおおおおお!!」

 

 横から雄雄しい雄たけびのような声がしたかと思うと、一人の男がブラックスピリット向けて突撃していく。

 言うまでも無く悠人だ。

 

 ブラックスピリットは、いきなり現れた悠人に向かって、必死に神剣を振う。

 悠人も、ブラックスピリットの神剣に向かって『求め』をぶつけた。

 

 『求め』は、あっけないほど簡単にブラックスピリットの日本刀型永遠神剣を砕き、そのままブラックスピリットの肉体をも、粉々に吹き飛ばした。

 ここまでくると、切るという言葉も、叩き潰すという言葉も正確ではない。新幹線に轢かれたようなものだろう。

 圧倒的過ぎる力の差。悠人と相対するなら、決して力で打ち合ってはいけないのだ。

 

 悠人は、自身が作り出した凄惨な光景に吐き気すら感じて、しかし『求め』の歓喜の感情が流れ込んできて快楽を感じてしまう。

 スピリットを殺すと、スピリットを構成していたマナを『求め』が吸収して気持ちいいのだ。

 「魔剣め!」と悠人は『求め』を睨んでいたが、セリアに目を向けるとほっとした表情になる。

 

「セリア、無事か!」

 

「……ええ、無事です。助けなど、必要ありませんでしたから」

 

「そ、そうか」

 

 何だか冷めたようなセリアの声に、悠人は少し戸惑いを覚えたが、すぐに思考を切り替える。

 

「状況はどうなってる」

 

「詳しくは分かりません。分かっているのは、スピリットが人間を攻撃できる事。しかし、積極的な破壊行為と取っていない事。所属が違うスピリット達が、少なくとも4種類はいる事。城が襲われている事。これぐらいです……ヨコシマ様は何処に?」

 

「……第一詰め所の方で待機させてある」

 

「……そうですか。確かに、まだ本調子ではありませんから、それで良いと思います」

 

 判断を責められるかと思っていた悠人は、セリアの言葉に安堵しつつも妙に思った。

 

「セリア。これからどうすればいいと思う? やっぱり皆と合流した方がいいか」

 

「いえ、ユート様は城に行ってください」

 

「城に?」

 

「敵の狙いが、城にあるエーテル返還施設の可能性があります。最悪、イースペリアの惨劇を繰り返す可能性があります。それに、人間を傷つけられるスピリットが混じっているという事は、王族も危険です。私はここで人を守るために仲間と合流して戦います」

 

 戦力を分ければ、確かに多くの事態に対処できる。

 それは悠人にも分かる。だが、それは言うまでも無く危険が伴った。

 

「セリアも俺と一緒にこないか。こんな混戦状態で戦力の分散は危険すぎるだろ」

 

「確かに戦力の分散は危険ですが、広範囲に敵が散らばっている以上、こちらも散開して対応する以外に方法がありません。このままでは、どれだけ人に被害が出るかわかりませんから」

 

「そうかもしれないけど、だからといって一人だけでは危ないだろ。せめて仲間と合流するまでは俺と一緒に」

 

「剣を握って半年程度の貴方に、心配される筋合いはありません」

 

 セリアの言葉は、冷静というよりも冷たく、むしろ独りよがりに近い。

 感情論に近いものが含まれている。何だかセリアの様子が可笑しいな、と悠人は眉を顰めた。

 

「だけど、俺は約束をしてるんだ。セリア達を守ってくれって横島に」

 

 その一言で、セリアの眉がつりあがる。

 氷のように冷たい表情で、何かを嘲笑するように唇だけを歪めた。

 

「甘く見られたものね。いえ、きっと信頼されていないということかしら」

 

 セリアはくすりと笑みを浮かべる。

 笑みと言うには歪で、その声には悲しみと悔しさが溢れていた。

 

「信頼されてないって……何を言ってるんだ」

 

「だってそうじゃないですか。私達の力を信じてくれているのなら、ユート様に守ってくれなんて頼まないでしょう」

 

「信じていたって不安になることはあるだろ。それだけ、横島の奴は第二詰め所が大切だから」

 

「私達が、何時、大切にされたいと言いましたか!? 私達はスピリット、戦いを宿命づけられた種族です。それが、お人形のように大事にされる? ふざけないで!」 

 

 いつもの冷静なセリアはいなかった。

 いるのは痛々しいぐらいに感情をむき出しにして『役に立ちたい』と『自分は必要とされている』のだと、必死に主張する一人の戦士の姿。 

 

(ああ、そういうことだったか)

 

 悠人は、ようやく横島が何を危惧していたのか理解した。

 

 余裕が無い。焦っている。嫌われている訳ではない。

 

 横島が言っていた意味を理解する。彼女達は、どうしてか分からないが力を示そうと必死だったのだ。別に自己顕示欲でも、名誉欲などではない。

 恐らく、横島の役に立てるぐらいの力を持っていると、横島と自分自身に示したかったのだろう。

 悠人は迷った。一体どうするのがラキオスとセリアにとって正しい判断なのだろうかと。

 

 一緒にいろと、ラキオスの隊長として命令すればスピリットであるセリアに拒否は出来ない。

 だが、セリアの身の安全の為だけに、セリアの意思を無視して、さらに町を無視して、俺の側に居ろと命じるのは正しいことなのか?

 軍人として正しい選択を選ぶか。相手を信じる選択をするか。いや、こんな混沌として情報が不明瞭な状態で、そもそも何が正しい選択なのか何て分かるわけが無かった。

 

「分かった。セリアは町に入り込んだスピリットを倒して、人間達の救助してくれ……頼むぞ!」

 

「はっ! 任せてください!」

 

 安心したようにセリアは返事をする。信頼していると言ったお陰か、少し角が取れたようだ。

 悠人は、この判断が正しいと信じる事にした。

 

「だけど、無理だけはしないでくれ。無理な戦いはせず、自分の命を優先に……そうだった、これを持ってけ」

 

 勿論、横島との約束は忘れていない。文珠を取り出して、セリアに渡そうとする。

 セリアは「必要ない」と頑なに拒否した。

 

「セリア・ブルースピリット。文珠を受け取れ。そして、自分達の生存のために使え。これは『命令』だ」

 

 滅多にしない隊長としての口調で、悠人が命令した。

 横島の心に応える為にも、この部分だけは譲ることが出来ない。

 

「……了解しました!」

 

 セリアは強引に渡された文珠を忌々しそうに睨みつけて、しかし大切そうに懐にしまう。

 それを見届けると、悠人は城に走り出した。

 

 今も何処からとも無く、悲鳴と怒号が響いてくる。

 夜を昼にしたように、燃え盛るラキオスの町並み。

 一人でも多くの人を助けよう。ヨコシマ様に認められるだけの力を示そう。

 

 それだけを考えて、セリアは白く輝く翼を展開させて、空へと飛び立った。

 

 

 

 その頃、ラキオスの王であるルーグゥ・ダイ・ラキオスと王女であるレスティーナ・ダイ・ラキオスの二人は、城の小さな一室にいた。

 

「馬鹿な……馬鹿な馬鹿な馬鹿な!! 何だこれは、どういうことだ!?」

 

 ラキオス王は酷く狼狽していて、ようやく生えてきた髪を掻き毟っていた。

 レスティーナはそんな父の姿を冷たい目で眺めている。

 

 城の中でも特に頑丈なその一室に二人は避難していた。

 隠れ潜んでいる、と言ったほうが正しいかもしれない。

 

 人を傷つける事が出来るスピリットが混じっている。

 その情報を得たレスティーナは護衛の人間達を遠ざけた。

 人間の兵士がどれほど護衛してもスピリット相手には意味も無く、むしろ居場所を知られるだけと判断したからだ。

 その判断は的確だったのか、今のところはスピリット達がやってくる気配は無い。

 

「ありえぬ。こんな……ありえぬ!!」

 

 王は現実が認められないようで、ぶつぶつと壁や床に文句を言っている。

 レスティーナは鋭い視線を王へと向けた。

 

「自業自得ではないのですか、お父様」

 

「なにを言う!?」

 

「私は知っています。お父様が謎のスピリット達と繋がりがあることを。それが、イースペリアの惨劇と関係があることを。人間を傷つけられるスピリットが居ることを、お父様はご存知だったのではないですか。ならば、その牙を向けられる可能性は考慮すべきだったはず」

 

 父の顔色が変わった。

 非常に分かりやすい。半分以上は状況証拠からの想像だったのだが、やはりイースペリアの裏には人を傷つけることが出来るスピリットが暗躍していたようだ。

 もしかすると、イースペリアという国はサルドバルドに侵攻する前に、人を殺せる謎のスピリットに滅ぼされていたのかもしれない。

 

「……奴がこのような愚挙をする理由が無い」

 

 奴とは誰の事か。

 やはり、父は色々と知っている。

 イースペリアの侵攻の謎。エニの行動の謎。あの雪之丞の謎についても知っている可能性がある。

 

「奴とは誰のことを言っているのです。此度のスピリットの異常に、何か心当たりがあるのではないですか?」

 

「女子供は黙っておれ! ワシこそが聖ヨトの血を連ねる正当な王。ワシ以上に血筋が優れた王は存在せぬ。マロリガンを下し、帝国も制圧してみせる!! ワシの名の元に大陸を統一するのだ」

 

「帝国はともかく、マロリガンとは敵対する必要はないでしょう」

 

「愚かなことを! この大陸はワシが統一すると言ったであろう」

 

「大義名分がありますか。何の理念があって、どのようなビジョンを持って大陸を制覇するというのですか」

 

「理念などくだらぬ! ワシが統一すると言っているのだ。だから、正しいのだ!!」

 

 王の目は血走り、口からは正気を失ったような声が漏れ、手足を子供の様に振り回す。

 そこには、理念も戦略も戦術も無かった。ただ自身の名誉欲を満たすだけの欲しかない。その欲の為ならば、どれほどの命が消えようと構わないのだろう。

 

 父は、力を得て破滅した。

 それを実感しないわけにはいかなかった。

 

 野望があっても、無謀は嫌っていた王だったはずなのに。

 小心者であるからこそ、身の程を知って現実的な行動を取れていたのだ。

 剛毅であるというのは、剛毅な人物だからこそ剛毅になる。

 凡庸な人物の剛毅など、誰も望んでいないというのに。

 

 妄想の巨人と成り果てたこの父をどうすべきか。

 とにかく、レスティーナにとって色々な面でこの目の前の男は邪魔すぎた。

 

 天啓がひらめく。

 

 ここで父を――――ラキオス王を殺そう。

 この状況で王が謀殺されたら、未来はどうなるか。

 

 言うまでもなく次の王はレスティーナに決まる。

 兄弟はいないし、母である王妃は政治に無頓着で公の場にはまったく姿を現さない人だ。まさか権力闘争は起こらないだろう。父とは違い、母とは愛情も憎しみも利害すら関係が無い。

 

 この騒ぎの中なら、王はスピリットに殺されたと弁が立つ。そうなれば、自分が疑われる心配が無いばかりか、大敵であるサーギオスに責任を押し付けて世論の誘導も容易となる。戦争のための、これ以上無い大義名分も生まれる。

 事実、この騒ぎにサーギオス帝国が無縁とは思えないから、まるっきり嘘というわけでもないはずだ。

 

 スピリットへの融和。

 マロリガンとの関係強化。

 そして、この大地そのものを揺るがしかねない、とある法則への挑戦。

 

 その全てを、自分の手で行える。

 レスティーナ・ダイ・ラキオスの目指す未来にとって、これほどのチャンスは無い。

 

 ――――まるで私を女王にするために、この騒動が起こったような。

 

 馬鹿げた妄想が涌いてきて、首を横に振った。表情を殺して、行動を開始する。

 興奮している王に気付かれぬように、そっと懐から小さなナイフを取り出して、それに香水と偽っていた小瓶から毒を取り出して塗る。

 王はまだレスティーナの行動に気付かない。

 さっと後ろに回りこんで、王であり父である男の背に、凶刃を振り下ろす。そうして王座を奪い、大義名分を得て、世界と戦う。

 

 野望を、大儀を、未来を。

 

 先を見据え、変革と多くのものを望むレスティーナにとって、目の前の肉親など障害物に過ぎない。

 一切の手加減、手心を加えず渾身の力で凶刃を振り下ろし――――ぐらりと地面が揺れた。足場が揺れ、手元が狂い、刃は肉ではなく空を切る。

 王が、レスティーナに気付いた。 

 舌打ちをして、ナイフをもう一度構えなおす。

 

「レスティーナ!!」

 

 王が――――父が叫んだ。

 父に大声で名を呼ばれるなど記憶に無いレスティーナは雷に打たれたように立ちすくんだ。親が子供を怒鳴りつけたような、未知の感覚がレスティーナを怯ませた。

 王は小太りの巨体を揺らしながら走って、棒立ちのレスティーナを突き飛ばす。同時に轟音と共に粉塵が舞い上がり視界が塞がる。

 

 一体、何が起こった?

 

 轟音と粉塵が収まり、よろよろと起き上がったレスティーナは目を点にした。

 目の前に父の姿が無かった。あるのは崩れた天井の残骸だけだ。

 レスティーナは、父に突き飛ばされたおかげで瓦礫の下敷きにならなかったことを知った。

 

「え……あ……お父様? なんで、どうして?」

 

 聡明と言われるレスティーナであったが、その頭脳を持ってしても現れた二つの謎を早々に解くことは出来なかった。二つの謎の一つは、一体どうして父が自分を助けたか、である。

 親子の情など無かった。少なくとも、生まれてきて感じたことは無かった。あくまでも主観でしか語れないが、愛されてきたとは思えない。むしろ憎み合っていた。その父が一体どうして、自分の命を救ったのだ?

 そしてもう一つの謎は、父が何処に居るのかだ。つい先ほどまで目の前にいたのだ。なのに、今はいない。目の前にあるのは山のような瓦礫だけ。

 キョロキョロと辺りを見回す。父を探す。未だに地面には揺れ、怒号やら悲鳴が耳に入ってくるが、頭には入らない。とにかく何もかもが現実感に乏しかった。

 父が『お前』ではなくレスティーナと名前を呼んだことが、何よりも現実感をなくさせる。

 

 ピチャリ。何か温かくて、ヌメヌメしたものが足に触れた。

 天井の崩れた残骸の中にある『何か』から流れ出した赤い液体が床にゆっくりと広がっていく。

 

「い……や。いやあああああ! お父様! お父様! お父様ぁぁ!」

 

 血の匂いと感触に、レスティーナは現実に引きずり出された。

 瓦礫の山を取り除こうと必死に残骸に挑む。

 だが見上げるような瓦礫の山を、女の細腕で崩すなど不可能だった。

 それでも白魚のような手で山の様な残骸に挑むが、そこで気付いてしまう。

 自分がまだ手にナイフを持っていることに。

 

「ひっ!」

 

 悲鳴を上げて毒のナイフを投げ捨てる。

 そのナイフで父の命を狙ったことが今は信じられなかった。信じたくなかった。

 

 ――――くすくす。良かったですわね、自分の手が汚れなくて。

 

 それは自分の心の声か、それとも天使の祝福か、はたまた悪魔の嘲笑か。

 嘲笑うかのような声がどこからともなく響いてくる。

 

「やめて、やめてください……やめてよ!」

 

 耳を塞いで蹲る。

 世界の為の手を血に染める事も出来る王女は、現実を認められない一人の女の子になってしまった。

 その時だった。

 

「ご無事ですか、レスティーナ王女!」

 

 扉が開いて、悠人達がやってくる。いち早くエーテル施設を防衛していたエスペリアら第一詰め所のスピリットも合流していた。

 レスティーナは希望を見た。スピリットの力なら瓦礫など簡単に取り除けるし、回復魔法を使えば傷なんて一瞬で回復できる。父が助かる。

 

「ち、父が下敷きに……助けて」

 

 指先を震わせて、王を潰した瓦礫の山を指差す。

 エスペリアは瓦礫と流れている血の量を見て、沈痛な顔をして首を横に振った。

 

 レスティーナの抱いた希望は幻想に過ぎない。

 回復魔法はマナで作られたものにしか効かないからだ。肉で作られている人間には効果がない。

 そんな事はレスティーナも百も承知だ。

 承知、なのに、

 

「何をしているのです! エスペリア、お父様を助けるのです!!」

 

「落ち着いてください。レスティーナ様。スピリットが使える回復魔法は、人の肉体には効果がないのです」

 

「あ……だ、だったらヨコシマを呼びなさい。彼のモンジュなら、人の肉体も癒せるでしょう。現にダーツィ大公を死から引き戻したでしょう!」

 

「それは報告した通り、大公の肉体が損傷も少なく、死後の時間も少なかったからです。ラキオス王は、もう」

 

 冷静で正しいエスペリアの言葉を受けても、レスティーナは嫌々と首を横に振るだけだった。

 いつも玉座で他を超然と見下ろしていた王女が、肉親の死に我を失って悲しむ女の子に変わっている。

 

「お願い! 父なんです……私のお父様」

 

 泣き崩れるレスティーナ。

 この姿を見て、その父を暗殺しようとしていたなどと推察できるものはいないだろう。

 

「王女様……どうして泣くの?」

 

 死を理解し切れていないオルファが呟く。

 それでも、大好きな王女様が悲しんでいるので、感受性豊かなオルファは一緒に悲しんでいた。

 

(……くそ、こういう場合どうすればいいんだよ)

 

 肉親の死を悲しむ少女の前に悠人達はどうしていいのか分からず途方に暮れる。

 この間にも敵は何らかの行動をしている事だろう。貴重な時間を無駄にしているのは分かっているのだが、しかし今のレスティーナを放置するわけにはいかなかった。

 レスティーナのすすり泣く声が響き続ける。すると、エスペリアが無表情で前に出た。

 

「レスティーナ様。エーテル変換施設は敵の標的になっていないようです。町の方もさほど破壊されておらず、消極的な戦闘しか行われていません。どうも敵の意図が不明瞭です。何か気付くことはないでしょうか」

 

 エスペリアは、父を失って泣き叫ぶ娘に指揮官としての役割を要求した。

 冷静というよりも、冷血じみたエスペリアの言動に、悠人の頭にかっと血が上る。

 

「父親が亡くなった時に、そんな冷静になれるわけが無いだろう!!」

 

「なれる、なれないではありません。ならなくてはいけません、私たちがスピリットであるように、レスティーナ様は王女……いえ、今を持ってこの国の最高責任者となったのですから」

 

 それは理屈だ。きっと、正しい理屈なのだろう。

 エスペリアに比べれば、きっと俺は子供に違いない。

 それでも、それでも認めたくない事はある。

 

「スピリットだろうが、女王だろうが、俺と同い年ぐらいの女の子だろ!? 父親を失って悲しんで、泣いて、混乱するのが何が悪い。何が悪いって言うんだ!!」

 

 理不尽な世界に、怒り、吼える。

 全員が、悠人の怒りの咆哮を聞いて言葉も無く目を瞑る。

 仕方が無い。世の中はその言葉で回っている。

 それに異議を唱える悠人の姿は愚者そのものであり、同時に眩しかった。

 

「悪くなんて、ありません。世界とは、そういうものなのです」

 

 悲しそうにエスペリアが言う。悠人は「くそ!」とまた悪態をつく。

 ただ怒り吠える事しかできない無力さが悔しくて悔しくてしょうがない。

 そんな悠人の姿を見て、レスティーナは涙を流しながらも前を向いた。

 

「ユート、手を……手を握ってください。エスペリアも……アセリアもオルファも。そうすれば、大丈夫ですから」

 

 レスティーナはそっと震える手を差し出す。

 

「ん、分かった」

 

 アセリアは戸惑いも無く、一番にレスティーナの手を握った。素直で直情なアセリアらしい。

 オルファ、悠人と続いて手を握る。最後に、少し時間を掛けてエスペリアが手を握った。

 エスペリアが手を握るとき、小さく「ごめんなさい」と呟いたのを悠人は聞いて、彼は自分を少し恥じた。

 

 レスティーナは涙を流しながら、手の暖かさを支えに思考に耽る。

 敵の狙いがエーテル施設ではない。王族でも無い。スピリットでもない。町の破壊でも無い。

 では、一体何が狙いだ。

 

 思考時間は二十秒ほど。

 何の理もなく、閃きにも似た答えを戦慄と共に導き出した。

 

「ユート! 戻りなさい。カオリが、カオリが危険です!!」

 

 

 その頃、横島は第一詰め所を漁っていた。

 

「ん~お茶葉が見つからんなー」

 

「お茶葉なら台所の一番上の棚に……って何でタンスの中を探してるんですか」

 

「いや、この隙に第一詰め所の家捜しをしようと思ってな。悠人が隠しているエロ本でも発掘するチャンスだ」

 

「よ、横島さ~ん」

 

 第一詰め所に残った二人はのんびりと時間を潰していた。

 苦労したのは佳織だ。これ幸いと家捜ししようとする横島を佳織は必死に宥めていた。基本的に、横島は性犯罪のギリギリに行き来する男である。

 

「もう、緊張感無さ過ぎですよ」

 

「何だかんだ言っても、戦わなくてほっとしてるからな」

 

 それは紛れもない本心だ。 

 セリア達の安否はとても心配で戦場に行きたいが、それでも戦場なんかに行きたくないとも思っている。

 この辺りの精神事情は、いくら成長しても横島である以上はどうしようもない。臆病であるというのも、横島の長所でも短所でもなく、ただの性格の一側面なのだから。

 『天秤』も、別にこの辺りは魂を弄り回す必要はないと感じていた。

 

 暢気で堕落的な感じのする横島に、佳織は呆れ半分安心半分の気持ちで苦笑している。

 やっぱりこういう横島のほうが安心できて楽しかった。

 

 コン。

 ノックの音が響いた。

 

「はーい。どなたですか~」

 

 トコトコと玄関の扉に向かう佳織。

 

「ちょっと待った、佳織ちゃん!」

 

 そんな佳織に横島が待ったを掛ける。

 

「大丈夫だとは思うけど、ひょっとしたら敵って事も考えられる。こういう時こそ、慎重に行動しないとな」

 

「あっ、はい! そうですね!」

 

 のほほんとしていても、きっちりと自分を守ろうとしてくれる横島に佳織は信頼の眼差しを向ける。

 いきなり奇襲が来ても対応できるように、横島は身構えながら玄関の扉を開けた。

 

「申し訳ありません。町が大変なことになっていて、ここで避難させてもらえないでしょうか」

 

 そこに立っていたのは、黒髪でブラウン色の瞳をした、キャリアウーマンを想像させるような大人の美人だった。

 物腰は穏やかそうだが、姿勢正しく目元も鋭い。背丈も高く、ハリオンに勝るとも劣らない巨乳を持っている。声も落ち着いていて、自信と謙虚さが同居している。

 横島の好みど真ん中に剛速球を決めたような容姿。当然、こうなる。

 

「生まれる前から愛してましたーー!!」

 

「だめー!!」

 

 ルパンダイブを敢行しようとした横島を、佳織は必死に服を掴んで押しとどめた。

 

「ぬおー! 離すんだ佳織ちゃん!! こんな美女に飛び掛らんのは、男としての名折れなんだーー!!」

 

「初対面の人にいきなり飛び掛るなんて、男としてじゃなくて人間として駄目ですよー!?」

 

 飛び掛ろうとする横島を、佳織は必死に止める。

 横島の隣に立つ真面目な女性は、大体はこういう苦労を背負うことになるのだ。

 

「慎重に行動するって言ったじゃないですかー!!」

 

「だってあんな巨乳で」

 

「巨乳とか連呼しないでください! そんなんだから変態って言われちゃうんです!!」

 

 きつく佳織に叱りつけられ、横島はようやく暴走を止めて、しょんぼりと肩を落とす。

 心優しい佳織に怒られるなんて、滅多に無い経験だろう。

 

「あの……その……私はリンと言いまして……その」

 

 一人取り残されたリンと名乗った娘は、目を白黒させながら必死に自己紹介をしようとしていた。

 いきなり変態に飛びかかられそうになったかと思えば、後は放置されていたのだ。とても哀れである。

 

「あっ、リンさんって言うんですか。私は高嶺佳織です」

 

 ペコリとお辞儀する佳織に、リンはほっとしたしように笑顔になってお辞儀した。

 

「俺は横島忠夫って言います! ご近所では『えっ、嘘、私の年収低すぎ!?』のタダちゃんと有名っす!!」

 

 意味不明な言葉と共に、キラーンと無意味に歯を輝かせながら、リンの手を取ってリビングへと招き入れる横島。リンは展開が速さについていけないのか困っているようだった。

 佳織の目には、もうリンが不審者というよりも、横島のほうが不審者にしか見えなくなりつつある。

 

 コンコン。

 二度、ノック音が響く。

 また誰か来たようだ。

 

「また……はい、どなたですか」

 

「ちょっと待った、佳織ちゃん! こういう時は慎重に行動せんといけないぞ!」

 

 横島がまた佳織に慎重を促す。

 だが今度は佳織も信用で出来るのか、と懐疑の視線を向ける。

 

「相手が女の人でも、飛びつかないでくださいね!」

 

「それは約束できん!」

 

「約束してくださーい!」

 

 佳織が目に涙を溜めて訴えるが、横島はカラカラと笑いながら扉を開けた。

 

「急にすまないね。ちょっとあたしを避難させてほしいんだけど」

 

 扉を開いた先にいたのは、リンとは正反対の女性の姿があった。

 正反対と言っても、別にブスではない。印象が正反対という意味だ。

 黒髪は少し短いのだが、それをちょっと無理やりポニーテイルの形で結っている。ちょっと不恰好なのだが、不思議と愛嬌がある。

 ラフな格好で、胸元が僅かに見えて、健康的な手足が見え隠れしていた。

 そして、またもや巨乳。先ほどのリンと同じぐらいの、巨乳だった。

 つまり、こうなる。

 

「そのおっぱいに埋まりたい~~!!」

 

「いい加減にしてくださ~い!!」

 

 またしても飛び掛ろうとする横島を、佳織は抱きついて必死に止める。もしも佳織に背丈と胸があったなら、きっと何とかなったのかもしれないが、色々な意味でちっちゃい佳織では横島の暴走を止める事が出来ない。

 佳織の横島に対する信頼度は、右肩下がり一直線だった。

 

「……何だい、この騒ぎは?」

 

 ポニーテイルの女性は、呆れた顔で目の前で繰り広げられる横島と佳織のプロレスを見つめていた。

 

 そんなこんなありながら、ようやく横島の暴走が収まると、佳織は二人を中に招き入れた。

 横島も、二人が神剣の類を持っていないことが分かると、危険は無いと判断した。

 そして、どうして詰め所にきたのかを聞いてみる。

 

「なるほど、二人とも町がスピリットに襲われて、避難しているうちにここにたどり着いたと」

 

「はい。私の名はリンと言います。突然、上がりこんでしまって申し訳ありません」

 

「あたしの名前はマリアって言う。面倒かけて悪いね」

 

 礼儀正しくお辞儀をするリンと、気さくに笑顔を向けてくるマリア。

 見た目どおりタイプは違うが、二人とも佳織には格好良く見えた。

 

 町の騒ぎから逃げてきた二人の女性。人を疑う事を知らない佳織は、すぐに二人を受け入れた。

 笑顔で「大変でしたね」とリンとマリアを気遣っている。

 だが横島は、この二人に妙な違和感を感じた。

 この二人には何か不自然な点がある。とても重要な何かが隠されていると、魂が訴えていた。

 

「あんたら、まさか……」

 

 何かに気付いた眼差しで二人の女性を見る横島。

 緊張した表情で、二人に近づいた。リンもマリアは怪訝な顔をするが、何処か緊張しているように見える。

 

 人を疑うのを良くないと思っている佳織は、横島を止めようとしたが、はっとある考えが浮かんできた。

 横島さんは、私を守ってくれと兄に頼まれているのだ。だから神経質になっているのかもしれない。

 さっき二人に飛びついてセクハラをしようとしたのも、何か武器を持っていないか調べようとしたのかも。

 

 佳織は、人の行動を善意として捉えようとする癖がある。

 だから、佳織は横島の行動を見守った。

 

 ――――信じてますからね、横島さん。

 

 そんな佳織の想いは、

 

 ムニョ。

 横島の両手が、リンとマリアの胸をがっちりと掴む事によって、あっさりと打ち砕かれた。

 

 絶対零度の空気が支配する部屋の中で、なおも横島は空気を読まなかった。

 ムニョムニョと二人の女性の胸をもみ始める。

 すると、

 

 ストン。

 

 という音と共に、リンとマリアの胸が腹の方へと落ちた。

 正確に言えば、胸に詰めていたものが落ちたのだろう。

 リンの方は、胸が一回り。マリアの方は二回りほど小さくなっている。

 

「フッ……やはりな! そんじょそこらの奴は騙せても、48の煩悩技の一つ。ヨコシマ・アイを持つ俺は騙せんぞ!!

 パッドをして乳を大きさを誤魔化すなど、おっぱい神の冒涜だ。そのような虚乳なんて俺が修正してやるさ!」

 

 まるで善い事をしたとばかりに、横島は胸を張る。

 

 助けを求めてきた女性二人の胸をいきなり掴み、そしてパッドである事を看破する。

 

 それは、一体どれほどの罪状となるだろうか。

 リンは表情を変えず、声の一つも上げなかったが、何かに耐えるように手を震わせている。

 マリアは怒りというよりも呆れたような、珍獣でも見ているような顔となる。

 そして佳織は、

 

 プチン。

 

 穏やかな心を持ちながら、しかし度重なる無作法でエッチな行いによる怒りに目覚めた戦士へとクラスチェンジを果たしていた。

 

「いい加減に……してーーーー!!」

 

 躊躇無く、全力で、拳を振う。

 正拳突きだ。

 佳織の小さな拳は、完全に横島の鳩尾に突き刺さる。

 

「ぐほ!」

 

 急所を打ち貫かれ、横島は堪らず片膝をついた。

 そこに、アシュタロスがアシュ耳を伸ばして、横島の背中を思いっきり打ちつける。

 

「ごぶぅ」

 

 車に潰されたカエルの如く、横島は床に倒れてピクピクと痙攣していた。

 

「ま、まさか佳織ちゃんがこんなに強いとは」

 

「これでも、私も肉じゃなくてマナで体が構成されたエトランジェですから、体が強くなっているんです」

 

「それは分かるけど、今絶対にその帽子動いたぞ!」

 

「何を言ってるんですか。アシュタロスは帽子です。動くわけありません」

 

 佳織の言葉に、そうだ、そうだと言わんばかりにアシュタロスは耳を上下に動かす。

 

「動いた! 今絶対に動いたぞー!! リンさんもマリアさんも見ましたよね!?」

 

 横島は同意を得ようとリン達に訴えるが、二人は青い顔をしたまま、ぶんぶんと勢い良く首を横に振る。

 

「もう、変な事を言って誤魔化さないでください!」

 

「嘘じゃないのに……それにしても、まさか佳織ちゃんに殴られるとは……チクショー! 

 どうして俺の周りには居るのは肉体言語を駆使してくる女の子ばっかりなんじゃーー!!」

 

「自業自得です! 本当に最低ですよ!!」

 

 プリプリと怒る佳織。

 普段の佳織を知るものなら、信じられないと目を剥くだろう。

 だが横島が隣にいるのなら、そういうこともあるかと納得するに違いない。

 横島には、周りの女の子を闘士へと変える何かがあるのだ。

 

「まったく、乙女の秘密を暴いちまうなんて、聞きしに勝る男だね。これは慰謝料でも要求しないと」

 

 マリアはおどけた様な声をだして佳織に笑いかけてくる。

 おどけたように笑っているが、だからこそ怒りが隠れているようだと、佳織には見えた。

 

「ご、ごめんなさい。その、慰謝料ってどう払ったらいいんですか? 私達ってお金が無くて」

 

 生真面目に佳織が言う。どうにか横島の暴挙を許してもらおうと必死だった。

 そんな佳織の姿に、マリアは目を丸くすると口元を押さえて肩を振るわせ始めた。

 

「クッ、ククク! 面白いっていうか、良い子だね、本当に。あのキチガイが女神様っていう訳だ」

 

 面白そうに笑うマリアだが、佳織は今の発言で目を丸くする。

 女神様。

 自分の事をそう言ってくる人物なんて、一人しか知らない。

 もし、その人物がいるのなら、彼の考えることは――――

 

「横島さん! この人は!?」

 

「おおっと、気づいちゃったかい。でもちょっと遅かったねえ」

 

 逃げ出そうとする佳織の喉に、マリアの細い、しかし鍛え上げられた腕が蛇のように絡みついた。

 佳織の口から苦しそうに息が漏れる音がしたかと思うと、そのまま人形のように床に崩れ落ちる。

 マリアは崩れ落ちた佳織はやや乱暴に担ぎあげた。ただし、

 

「お化けなんていない~お化けなんていないもんね……お化けなんていないのさ~耳なんて動いていない~」

 

 と、口ずさみながら、佳織の兎型帽子であるアシュタロスは丁寧に扱っているようだった。

 

「呪われるかもしれませんね」

 

 ぼそっとリンが呟いて、マリアは一瞬、泣きそうな顔になった。

 

 これは、ほんの数秒の出来事だった。

 横島はいきなりのマリアの凶行にしばし唖然として、事態に気づくとすぐ『天秤』を抜こうとしたが、それを許すマリアではない。

 

「こらこら、神剣を掴むんじゃないよ。もし神剣を使うような素振りを見せたら、この小さい首がくるくるっと二回転しちゃうかもねえ」

 

「くぅ、犯罪者のくせに!」

 

「乙女のおっぱいを揉んでおきながら、何て言い草だい」

 

「偽物やったないかーー!!」

 

「酷い事を言うね。スタイルを気にする乙女にとっては、偽物だって本物さ」

 

 まったく緊張感が無い会話が続く。だが、水面下では互いにフェイントを掛け合っていた。横島は何とか『天秤』を掴もうとするが、その隙が見出せない。

 しかし、横島には神剣だけでない力がある。

 霊力だ。しかも、この霊力という奴はスピリットには感知できない性質を持っている。

 こっそりと、残していた文珠を手のひらに呼び寄せる。

 

(よし、これで――――痛ッ!?)

 

 背中に針でも突き立てられたような鋭い痛みが走る。

 一体何が、と思う暇すらない。足に何かぶつかって来て、一瞬の浮遊感の後、

 

「ぶべら!」

 

 顔面から床に叩きつけられていた。

 

「少々予定は違いますが、まあ上手くいきました」

 

 いつのまにか横島の背後を取っていたリンが、涼しげな声で言った。

 その手には横島が取りだしたはずの文珠と、太い針の様なものが握られている。良く見ると注射器だった。

 マリアだけでなく、リンと名乗った方も敵だったらしい。

 

「ちくしょー! グルかー!? 美女の集団で俺の玉(文珠)を弄ぶ気かー!!」

 

「いや、グルではないよ。たまたま一緒になって、お互いにお互いを利用しただけさ」

 

「ええ、その通り。それにしても、聞いていた以上に卑猥な方ですね」

 

 侮蔑の視線で横島を見る。

 胸を触られた事を、実はかなり怒っているらしい。

 誇り高いのか、それとも心に決めた男でもいるのか。

 

「クォーリンの奴は文珠を。あたしは女神様を奪取するのが目的だったのさ。利害が一致したから、少し協力した訳だ。怪しまれない為に、色々な設定を考えて、どんな質問にも答えられるようにしてたんだけど、必要なかったね」

 

「マリア、無駄な話はする必要ないでしょう。確かに、想像を超えた展開になりましたが、常識が通用しないのは忠告されてましたから」

 

「まったく、扱う戦術と同じでお堅いねぇ。保険に、薬使って動きを封じる手際も見事だったし」

 

「何を話していりゅん……んあ……あぃ?」

 

 突如、舌の呂律がまわらなくなる。

 指先が痺れ、景色がぐにゃりと歪んでいく。

 

「マナ弛緩剤を脊髄に直接注入しました。エトランジェにも効果があると立証されている、痺れ薬のような物です」

 

 どうやら、針で刺されたときに薬を注入されたらしい。

 気が付くと、もう立っていられなかった。足の感覚がなくなり、五感そのものが機能しなくなっていく。

 床に倒れる。倒れた、という感触も既にない。

 神剣さえ握って加護を得れば薬の効力なんて吹き飛ばせるのだが、それが出来ない状態に追い込まれてしまった。

 

 コンコンコン。

 その時、三度、ノック音が鳴った。

 打ち合わせに無い事態に、リンとマリアが顔を見合わせる。

 誰も返事をしないと、痺れを切らしたのか玄関が開いた。

 

「すいません、助けてください。家が燃えてしまって……」

 

 必死そうな、だというのに透明感のある機械的な声が響く。

 そこには、黒髪をすらりと伸ばした巨乳美人がいた。こちらも怖いくらいの美人だが、表情というものが一切ない。無機質で無個性。神剣に精神を飲まれたスピリットの特徴だ。

 スピリットと思われる女性は横島達の様子を観察すると、

 

「パターン3。不測の事態が発生。任務を中断します」

 

 パタンと扉が閉まる。

 しばらく空気が凍っていたが、マリアは我に返って大きく口を開けて笑い出した。 

 

「あはははは! みんな考える事は同じかい!!」

 

「仕方ありません。こんな怪物をまともに相手にするなど不可能ですから……可能ならここで殺しておきたいのですが、そういうわけにもいかないのが惜しいところです。次はこんな手は効かないでしょう」

 

 リンと名乗った女は憎憎しげに倒れている横島を見つめていた。そこには確かな殺意がある。

 言葉通り、本当にここで殺害したいと心から願っているようだ。

 

「あたし達のユッキー隊長なら倒せる……かな。まあ、無理でも皆で戦えば勝てるね」

 

「それは私達も同じことです。突出した個人の武勇など、統率された軍事力の敵ではありません」

 

 二人は横島の強さを存分に認めたまま、それでも自分達が勝つと確信しているようだ。

 

「いやあ、それにしても今のスピリットも大きな胸だったねぇ。あれもパットなのかな」

 

 手をわきわきと怪しく動かしながら、リンに近づくマリア。

 リンはマリアから微妙に距離を取りながら、げんなりした様に呟いた。

 

「はあっ、男の方が皆、大きい方が好きだといいのですが」

 

「まあ、大体は大きい方が好きらしいよ。一部の例外を除いてね。あたしらの隊長も大きい方が良さそうだし」

 

「その例外を好いてしまった私が不幸というわけですか」

 

「はは。まあ、あたし達の方も三度の飯より殺し合いが好きな変態隊長が相手だからねえ。そこが良いんだけど」

 

 二人の女は互いに笑いあう。どこかお互いに共感できる部分があるらしい。

 横島は朦朧とする意識の中で、その会話を聞いていた。

 

「それじゃあ、生きてたらまた会おう。稲妻のおっぱい妖精」

 

「……次は、戦場で。殺戮妖精」

 

 二人のスピリットはそれぞれの目標を達成したようで、もう横島に目もくれず詰め所から出て行く。

 が、マリアは何故か戻ってきた。

 

「おっと、忘れるところだった。聞こえてるかい、変質者で最強の化け物。

 ユートって奴に伝えておいてくれないか。――――ってね」

 

 どういう意味だ。

 言っている意味を聞こうとしたが、もう舌が痺れて動かない。目も霞んで、瞼がどうしようもなく下がってくる。

 最後に佳織が兄の名を呼ぶのを、薄れゆく意識で聞いたような気がした。

 

 悠人達が第一詰め所に戻ってきたのは、それから10分ほど経ってからだった。

 

 佳織が危ない。

 そうレスティーナに言われても悠人はそれほど危機感を抱かなかった。何故なら、横島が居るからだ。横島を残してきた自分の判断を得意になったくらいである。

 そこには信用があった。信頼があった。友情があった。

 だからこそ、失望も、怒りも、激烈なものとなった。

 

 お帰りなさい、お兄ちゃん。

 

 出迎えてくれるはずの言葉が無かった。

 第一詰め所の扉の先にあった光景は、倒れている横島と居る筈なのに居ない佳織。

 やっと手に入れたはずの日常が消えていた。

 

 奥歯が壊れそうな勢いで悠人は歯を食いしばると、倒れていた横島の胸倉を乱暴に握って無理やり立たせる。

 

「起きろ。佳織はどうした」

 

「悠人……か?」

 

 横島の目がうっすらと開く。

 

 薬はまだ抜けきっていないようだったが、それでも口ぐらいなら動くようになっていた。

 どうやら薬は即効性で強力だが、毒性そのものは低かったらしい。あるいは、横島の体が薬に強かったのか。

 気が気でない悠人の様子に、エスペリアは少し恐怖していた。

 

「ユート様、そんなに乱暴にしては」

 

「うるさい。佳織はどうしたって聞いてるんだ……答えろ! 横島ぁ!!」

 

「わ、悪い。連れて行かれた」

 

 半ば予想していたが、それでも聞きたくない最悪の言葉だった。

 

「なんだよそれは! 約束は!! どうした!?」

 

 互いにとって大切な人を守り合う。

 悠人はスピリットを守り、横島は佳織を守る。それが二人の繋がりであり、絆でもあった。

 それを、これ以上ない最悪の形で横島は破った。

 

「わるい」

 

 がっくりと頭を垂れた横島は、それだけしか言うことができない。

 悠人の拳が横島の顔面に突き刺さる。そのまま床に崩れ落ちた横島を無言で蹴りつけた。

 蹴る。蹴る。蹴る。蹴る。蹴る。蹴る。蹴る。蹴る。蹴る。

 

「ユート!」

「パパ、こんなの駄目だよぉ!」

 

 怒ったようにアセリアが声を出して、悠人の背中に張り付いて押さえようとする。オルファは涙目で悠人を見上げる。

 だが、悠人は獣の唸り声の様な音を喉から出して、横島を蹴る事をやめようとしない。

 

「お止めください、ユート様! こんなことをしている場合ではありません! 今はカオリ様の救出を!」

 

 悲鳴のようなエスペリアの言葉に、ようやく悠人の動きが止まった。

 

「そうだ、佳織を助けにいかないと……俺が。俺が――――俺だけが!」

 

 ぶつぶつとまるで機械のように悠人の口が動く。目の焦点はあっていない。ただ、狂気じみた光だけが瞳の奥にあった。腰に差している『求め』が青白く輝いている。それに気付いたエスペリアは唇を噛む。

 ようやく手にした妹を奪われたのだ。悠人の怒りは当然のものだが、『求め』そこに付け込もうとしている。

 

「ユート様、お願いです、まずは落ち着いてください! 皆で協力すれば、きっと何とかなりますから!」

 

 エスペリアが言うが、悠人の耳にはそんな言葉は認識する余裕が無い。

 

 悠人は「佳織を助けないと」とぶつぶつ呟きながら、ふらふらした足取りで第一詰め所を出ようとしたが、横島は地面を這いずり血を吐きながら呼び止めた。

 

「待て、悠人。伝言がある。

 

『佳織は僕のものだ、この疫病神が』

 

 ……どういう意味か分かるか?」

 

 その伝言を聞いた悠人は、頭の中で何かが切れた事を感じた。

 疫病神。悠人が自分自身でも感じていた事だったが、他人でそう言ってくる人物は一人しか知らなかった。

 

 大敵、宿敵、怨敵。 

 そいつは悠人にとって最悪の敵だった。

 

 ――――その名は。

 

「秋月瞬……あいつが、佳織を。アイツかぁぁぁ!!」

 

 幸せからどん底に叩き落された怒りが、信頼を裏切られた怒りが、一人の男の顔が思い浮かぶことによって遂に許容範囲を完全に振り切れた。

 

 大地を呪うような咆哮をした後、地面を踏みぬくような勢いで悠人が駈ける。

 その後をアセリア達は必死に追う。

 

 周囲にある神剣反応を探ると、意外と近くにここから離れようとする反応がある。恐らくこれが目標だ。

 佳織を攫ったと思われるスピリットの神剣反応を追いながら、悠人は呪いを吐き出すように呻いていた。

 

「間違ってた……俺が間違っていた!!」

 

 悠人の胸に渦巻くものは、横島への憤怒と、佳織を攫う指示を出した秋月への憎悪と、何より自分の甘さに対する怒りだった。

 ずっと一人で妹を守ってきた。

 誰の手も借りず、善意と称して差し出された手は振り払い、強くあろうとした。

 だと言うのに、この世界に来て頼ってしまった。信頼してしまった。

 それが、この報い。自らの求めを他人任せにした代償。それを悠人は自覚する。

 だから、もう二度と他人頼らない。

 

「俺が! 俺だけが佳織を守れる!! 幸せにできるんだ!!」

 

「ユート……私もカオリを守る」

 

「はい、私達にとってもカオリ様は大切です」

 

「オルファ達もカオリを守るよ! だからパパ、そんな怖い顔しないで――――」

 

「黙れ!!」

 

 殺意すら込められた怒声で、アセリア達を一喝する。

 

 もう裏切られるものか! もう信じてなるものか! 

 

 三人の自分を案ずる視線すら疑わしい。その瞳の奥で、何を考えているか分かったものでは無い。

 俺には力がある。無限にも等しい力が『求め』から流れ込む。これだけ力があって、誰かに依存するなど馬鹿のすることだ。

 俺には、全てが出来る。運命すらねじ伏せて見せる。

 

 ただ妹を思うだけの兄は、周りの何者も見ず、聞こうとしなかった。『求め』から流れ込んでくる力が、目に入るもの全てを遮断する。

 アセリア達はそんな悠人を見て、何かを言おうとして、しかし何も言えずに下を向く。

 

 時刻は、もう夜となっていた。

 空には雲がかかり、星の輝きすら大地には届かない。

 闇が深くなる中で、悠人の手に握られた『求め』だけが闇を食らう勢いで輝いていた。

 

 悠人達が出て行った後の第一詰め所で、横島はまだ倒れたままだった。

 

『さて、いつまでこうしているつもりだ』

 

 ぐったりと倒れ伏したままの横島に、『天秤』がぶっきらぼうに声を掛ける。

 薬の影響でまだ体は痺れているが、腕は動くし精神もはっきりとしてきていた。正直、悠人に蹴られた腹の痛みのほうが酷い有様だ。胃からせり上がってくる血の感覚が気持ち悪い。

 

「……俺の所為だ」

 

『そうだな、横島の責任だ』

 

 慰めの言葉の一つも掛けない相棒に、横島の不人情を覚えるより、らしさを感じてちいさく笑みを浮かべた。

 だとすれば、次に掛けてくる言葉は、

 

『腐っている暇があったら私の手入れでもしてくれ。その方がずっと合理的だ』

「分かった。さっきトイレに行って手を洗ってないけど勘弁してくれな」

『下ネタに走るのは三流だと思わぬのか』

「下ネタを使えてこそ一流だろ」

 

 くだらないやり取り。

 無駄とも言える内容だが、『天秤』は無駄口を叩いた。横島もそれに応じる。

 無駄であるが、無駄では無い。まったく矛盾しているのだが、人間なんてそもそも矛盾に満ちた存在だ。まして、相手は変態の横島だ。それを『天秤』は理解している、またはしようとしている。

 『天秤』は変わり始めていた。

 そのまま少し会話して、横島は『天秤』を握り締めて立ち上がった。

 神剣の力を引き出して、痺れ薬の効果と全身の痛みを我慢する。神剣の加護は全能ではないが、万能に近い。

 

『では行くぞ。己の失態は、己自身の手で清算せねばならん。名誉挽回だ』

 

「だな! このままで終われるかい。佳織ちゃんは俺が助けるぞ!」

 

 横島は悠人を追うように駆け出した。

 

(よく言うわよ。貴方はこうなる事を知っていたはずよ)

 

 『天秤』にだけ聞こえる女の声が響く。ルシオラだ。

 怒りを多く含んだ声だった。

 『天秤』は、ふん、と苛立ったように鼻など無いのに鼻を鳴らす。

 

(知ってはいたが、計画の詳細までは知らないな。今度のミスは、紛れも無く横島の責任だ)

 

 自分に責任は無い。そう『天秤』は言っているのだ。実際、今回の件で『天秤』は何の関与もしていない。横島の行動は、彼自身の意思によってのみ動いていた。

 しかし、『天秤』は荒れていた。心の中は不満感で一杯だった。

 どのように敵が手を打ってくるのかは知らなかったが、佳織が攫われる事は知っていた。そして、『天秤』はマリアとリンが変装したスピリットであると気づいていた。

 もし、自分が何のしがらみがないただ神剣であったなら、横島のミスをフォローできたはずなのだ。

 

『ここから先の指示は無い。私の好きにさせてもらおう』

 

「何か言ったか?」

 

『何でもない。行くぞ、横島!』

 

 こうして、世界最強のエトランジェである横島は動き出した。

 

 

 一方、その頃。

 マリアは隠してあった自身の永遠神剣を握りしめて、佳織を連れてラキオスから脱出しようと動いていた。

 だが、今その足は止まっている。足が止まった理由は至極簡単。足止めをされているからだ。

 

「どういうつもりですかね、ウルカ先輩」

 

「手前はもうサーギオスの兵では無い。主を持たぬ流れのスピリット……『殺戮』のマリアよ、カオリ殿を放されよ。手前は、容赦しないぞ」

 

 布地の薄い黒のレオタードのようなエーテル服を身に纏う銀髪のスピリットが、マリアと対峙していた。

 その銀髪の女の背には黒のウイングハイロゥを展開している。ハイロゥの色は完全な黒であったが、どういう訳か自我をまったく失っていないようだ。

 サーギオス帝国に所属していた大陸最強のブラックスピリット――――――漆黒の翼。

 それが、銀髪の女――――ウルカ・ブラックスピリットの二つ名だった。

 

 マリアは、そんなウルカに殺気をぶつけられているにも関わらず、平然と笑みを浮かべている。

 

「容赦しない……ねえ。ラキオスに従属した……って訳では無いみたいだけど」

 

「手前は、カオリ殿に恩があります」

 

 町で佳織にパンを貰って、優しくされただけの恩。

 それだけで、ウルカは命を懸けて戦うのに十分な恩を受け取ったと感じていた。そこには腹を満たしてもらったからだけではなく、孤独という心の飢えをも和らげてもらった感謝があった。

 誰かの為に剣を振る。ウルカは恩義や利益の大小に関係無く、神剣を振るえるスピリットだった。

 

「そうか……そうかそうか! つまり、今あたしたちは敵対しているって事じゃないか!!

 はっはははは! ああ、最高だね!! まさかスピリット最強と謳われた先輩と殺しあいが出来るなんて」

 

 狂ったようにマリア・ブラックスピリットが笑う。その笑みは子供の無邪気さと残酷さを併せ持っていた。

 マリアの背に展開しているウイング・ハイロゥが白く輝く。それはマリアの意識がより強くなって神剣の力を引き出している事を示している。

 殺戮の欲求に飲まれるスピリットを、ウルカは苦々しく見つめていた。

 どす黒い殺戮を求める精神が、白く輝く美しい翼を作り上げるのだ。

 神剣のマナを求める本能を、殺人の欲求が上回っているからこそ、自我を失わずに済む。

 皮肉なものだ、とウルカは吐き捨てた。

 

「これがユキノジョウ殿が目指す戦士の在り方か」

 

「そうさ。戦士はこういう姿が理想だね。勿論、ユッキー隊長は殺し合いが好きでないスピリットにも寛容だった。それを理解しているのは先輩の方だろう」

 

 戦いに身を置きたい者だけが戦う世界。

 戦いに身を焦がせる者だけが戦う世界。

 

 ――――戦いを好きじゃねえ奴を戦わせる趣味はねえ。

 

 紆余曲折あってサーギオス帝国の実践隊長となった雪之丞はそう言って、帝国にあったウルカの隊を解散させた。

 そこに優しさがあったのか、それとも言葉通り主義主張を通しただけなのか、それは分からない。

 とにかく、ウルカが率いていた隊は解散した。それが悲劇の始まりとなった。

 

「手前達は戦う術しか教わっていなかった。それのみが生きる方法。生まれてこの方、ただ剣の腕を磨き続ける日々。それすらも封じられ、それ以外に何も持っていなかった我らに、どう生きよと……」

 

 生きるための金も無く、技能も無い。何より、人権が無い。スピリットを雇ってくれる店などあるはずもない。

 買い物の仕方も分からず、退職金と称して渡された銅銭は商人に毟り取られ、雨水で飢えを耐え忍ぶ日々。

 例えどれほど酷い扱いを受けようと、国の財産であるスピリットが飢えで苦しむなどあり得なかっただろう。

 

 ウルカの恨み言を聞いて、今まで不敵な態度と余裕を崩さなかったマリアが、初めて歯をむき出してウルカを睨みつけた。

 

「隊長を侮辱するな! お前らが自由を望んだのだろう。もうスピリットも『人間』も殺さなくて良いと言われたときのお前らの顔は覚えているぞ。喜んだのはどこの誰だ。

 そうやって与えられた自由をどうしていいのか分からず、右往左往して、最後にはあの男に掻っ攫われた……自業自得という奴さ。自分の不甲斐無さを棚に上げて、隊長を憎むのは筋違いだね」

 

 吐き捨てるようにマリアが叫んだ。その顔には本気の険悪と憎悪が浮かんでいる。

 雪之丞を貶されるのは我慢ならないようだ。マリアは深く雪之丞を敬愛しているのだ。

 

 相容れることは無い。感情の交換は無意味だ。

 二人はそれが分かって口を閉じた。

 後は剣で語るのみである。

 

(しかし、どうしたもんかね)

 

 マリアは表面上は激昂していたが、内心では冷静に状況を分析して舌打ちする。

 先ほど言ったように殺し合いをしたいとは願っているが、脇に佳織を抱えたままで戦えるわけが無い。逃げるにしても、全力で動いたら佳織の肉体が危険だ。

 一方、ウルカの方も手が出せない。下手に手を出せば佳織を切ってしまうかもしれないからだ。

 戦闘どころか動く事が不可能なため、場は完全に硬直していた。

 

 仲間が来てくれれば。

 

 ウルカもマリアも同時に思う。

 増援が来たものが、この戦いを制することが出来る。

 運命の女神はどちらに微笑むのか。

 

 互いに牽制し合うこと、数分。

 ついに、均衡が崩れる時が来た。

 

「佳織!」

 

 佳織を呼ぶ男の声が響く。

 悠人がとうとう追いついてきたのだ。

 

「ちっ! あいつら何をやってるんだか。……どうせ楽しんでいるんだろけどさ」

 

 マリアが舌打ちする。

 味方が一向にこない現状に苛立つ。どこか諦観の念の混じっているようだ。

 だが、増援がきたウルカのほうも現れた悠人を見て驚愕していた。

 

「ユート……殿?」

 

 ウルカは、これが本当に共に歩いたこともある悠人なのか、信じられなかった。

 全てを憎み、恨んでいる様な悪魔のような悠人。

 悪魔のごとき形相に、ウルカは久しく感じていなかった恐怖を思い出す。

 

(何という憎しみと狂気に満ちた顔……これではまるでシュン殿と同じでは)

 

 愛する妹を攫われたのだ。怒りも憎しみもするだろう。

 それは、ウルカにも分かる。

 しかし、これは怒りというよりも狂気に近いものを感じた。

 その狂気を糧に、何か別なものが生まれようとしている。

 

 マリアも、悠人の様子に驚いたようだったが、主導権を得るためにも怯えを出すわけにはいかなかった。

 

「……話に聞いてたより、随分と怖い顔をしてるんじゃないか、お兄ちゃん。でも、どんなに怖い顔をしたって、愛しい愛しい妹ちゃんが、あたしの手の中にいるって忘れたらいけないよ」

 

 余裕綽々にマリアは佳織を首根っこを掴んで、神剣を首に当てて見せた。

 こうすればどれだけの力を持っていても、悠人は動くことが出来ないだろう。

 常人にだったら、常識的な考えが通じるものだ。しかし、常人でなかったら――――

 

「死ね」

 

「……なんだって?」

 

「消えろ、消えちまえ。俺達の幸せを奪う奴は」

 

 狂気。殺意。呪い。憎悪。

 ありとあらゆる負を孕んだ感情が向けられて、マリアの顔に焦りが見えた。

 悠人の前に魔方陣が浮かび上がり、そこに凄まじいオーラが集中していく。

 

「ちょ、ちょっと……冗談はやめないか!? この妹ちゃんが見えないのかい! そんな馬鹿げた力を解放したら、妹ちゃんまで……やめ――――」

 

「俺と佳織以外……すべて消えろーーーー!!」

 

 白の魔方陣から圧倒的な破壊のオーラが打ち出された。

 

 佳織を守る、助ける、救う。その意思は歪んで、狂った。

 妹を想う兄の気持ちは、怒りと憎しみを生み出し、そこに永遠神剣『求め』が悠人の精神と合致して、悠人という一人の男の精神を狂気のみへと塗りつぶす。

 狂気は、力への傾倒を生み出し、敵どころか守りたい人すらも傷つける凶器と化した。

 

 悠人は佳織を傷つけようなどとは考えていない。目的は、力を得て佳織を傷つけようとする者の排除。

 だが、佳織を守る為に全てを拒絶しようとした意思は、佳織すら巻き込む破滅の光を生む事しか出来なかった。

 

 目的と手段の逆転。

 それが永遠神剣に飲み込まれた者の末路の一つ。

 

 破滅の光がマリアと佳織を滅ぼそうと突き進む。

 マリアは何とか避けようとするが、間に合わない。

 

「カオリ殿ぉぉぉ!!」

 

 アセリア、エスペリア、オルファ、ウルカの四人が、佳織を助ける為に狂気の塊とも言えるオーラの矢に突っ込んだ。

 氷の障壁。大気の障壁。炎の障壁。そして、ウルカの黒き翼が白のオーラを包み込もうとする。

 ラキオスの精鋭と、スピリット最強が生み出した強力な守りの技。

 

 相手が悪かった。

 永遠神剣第四位『求め』。この世界で最高位の永遠神剣の力は、ただひたすらに、無慈悲すぎるほどに強力だった。

 

 オーラの矢は4重の障壁をいとも容易く突破して、アセリア達を吹き飛ばした。

 それも、ただ吹き飛ばしたわけではない。

 抵抗力を奪い、精霊力を犯し、全身の力を削ぎ落とす。強力と言うよりも、凶悪と言った方が正しいぐらいのオーラの矢であった。

 

 アセリア達は、全身をボロボロとして倒れた。

 だが、彼女達の行為はまったくの無意味というわけではなかった。

 

「ふう、どうにかなったね」

 

 一時的にアセリア達がオーラの矢を受け止める事が出来た為に、マリアはなんとか逃げ切る事が出来たのだ。

 九死に一生を得た、とマリアはほっとしたが、

 

 ――――ニガスモノカ。

 

 意志など持たないオーラの矢が、呟いたようにマリアは聞こえた。

 そして、まるで呪いのような力を発揮して、オーラの矢はぐにゃりと曲がってマリアを追尾する。

 

「何だって!?」

 

 マリアは驚愕する。

 狂気が生み出す力に、彼女は心底から恐怖していた。

 

 その時だった。

 マリアの強引な動きで、佳織の意識が覚醒する。

 覚醒した佳織の目に飛び込んで来たものは、鬼のような形相な兄と、殺意の塊であるオーラの塊。

 

「いやあああああああああ!!!!」

 

 佳織は絶叫する。

 愛する兄から送り込まれた狂気の感情に、心が悲鳴を上げた。

 

 妹の悲鳴に、ようやく悠人の目から狂気の光が消えていく。

 狂気が消えて冷静さが戻ると、自分が何をしたのかようやく理解した。

 

 自分の手で、佳織が死ぬ。

 

 違う俺はそんなつもりじゃなかったけど俺は佳織の為に戦ったんだけどでも佳織を殺すとしているのは俺で俺は悪くない横島が悪いのだけど俺の所為で佳織が死のうとしていうるのだから俺が悪くて佳織が死んだら俺は俺は俺は一人になって一人だから一人ぼっちに一人一人一人で――――ああ、俺は、高嶺悠人は、疫病神なのか?

 

「ああああああああああああああ」

 

 絶望をそのまま形にしたような声が、悠人の喉から漏れた。

 

 

 横島がその場面に出くわしたのは、その直後だった。

 一体、何が起こったのか、なんて考えている暇は無かった。

 アセリア達を吹き飛ばして、佳織に向かって破滅の矢が飛んでいく。絶叫する佳織。絶望したような悠人。

 もし、この矢が佳織を消し去ったら全てが終わる。佳織の生命は勿論、悠人も精神が滅びるだろうし、ラキオスもスピリットも破滅する。

 

 何としても佳織を助けなければならない。

 幸いここに来る間に新しい文珠を一個作ってある。

 しかし、いくら文珠でも相手は破壊を具現化したようなオーラで作られた光の矢。

 例え文珠を守りに使用しても、あれは容易く全てを粉砕して進むだろう。

 

 策を練る時間など無い。

 横島は本能が命じるままに体を動かす。

 

「飛べ!!」

 

 投げる暇すら無いと分かった横島は、極小のサイキックソーサーを作り出して文珠に打ちつける。

 弾丸のように文珠が空中を飛んで、なんとかオーラの矢と佳織との間に滑り込む。

 もし、アセリア達が飛び掛らなかったらこの時間を作ることすら不可能だったろう。

 

「『曲』がれー!」

 

 飛んだ文珠の刻まれた文字は『曲』。横島は、破滅の矢を曲げようというのだ。

 

『無理だ!』

 

 『天秤』が叫ぶ。あの禍々しくも強大なオーラの矢を、文珠一個で曲げるのは力不足だと分かった。

 力が上の存在相手だと、文珠をその効力を著しく落とすのだ。

 

 だが、横島の目は絶望していなかった。そして、結果が生まれる。

 文珠の周辺までオーラの矢が進むと、ぐにゃりと凶悪なオーラの矢がねじ曲がる。

 『天秤』が驚愕する。そんな馬鹿な、とよくよく観察して、文珠周辺の空間がねじ曲がっている事に気づく。

 

 横島はオーラではなく、オーラが通り過ぎる空間を捻じ曲げたのだ。

 ほんの一瞬、空間のたったの一部分。その程度なら文珠一個でも空間をねじる事は可能だった。

 この極限状態の中で、オーラではなく空間を曲げるほうに発想が行く横島を、『天秤』は心底感心した。いざと言うときの機転の良さ、発想の広さは他に及ぶものはいないだろうとすら思ったぐらいだ。

 

 力があった。知もあった。

 しかし、

 

『横島、避けろ!!」

 

 運がなかった。

 曲げたオーラの矢は、あろう事か横島の方に向かってきたのである。

 偶然か。それとも、横島を憎む悠人の気持ちがそうさせたのか。

 

「ひいぃ! こっちくんなーー!!」」

 

『いかん! これは避けられん!!」

 

 圧倒的なオーラが近づいてくる。

 何とか避けようとするが、いきなりの事で態勢が整っていない。

 『天秤』は直撃を覚悟する。だが、それでも横島は逃げる意志を諦めなかった。

 

「いやじゃーー!!」

 

 そんな情けない声が響くとともにふっと横島の姿がかき消える。そして、横島はいきなり空中に出現した。

 信じられない事態に、『天秤』は驚愕する。

 

(なんと……これはテレポートか? いや、空間干渉の類では無い……まさか短距離のエーテルジャンプか! 魂を飛ばしてマナ構成を……それもこの一瞬で!? 何の訓練も無しでだと!?)

 

 危機に瀕して、新たな力に目覚める。少年漫画の王道的な展開。

 サイキックソーサー、ハンズオブグローリー、文珠。

 命の危機に晒されて、何度となく横島は新しい力を身につけてきた。彼は運命の神に愛されていた。

 だがしかし、この世界の運命の神は横島を愛しながらも、それは酷く歪んだ愛情だったらしい。

 

「ヨコシマ様、ご無事ですか……え?」

「まったく、何でこんなところに……っ!?」

 

 なんと、セリアとニムントールの二人が藪の中から現れた――――ちょうど、オーラの矢の進路上に。

 間が悪い、なんて言葉では済まされないほど、運命は悪意に満ちているようだ。

 

 あ、死んだ。

 

 二人は、あっさりと理解した。

 下位の神剣を持つからこそ、分かるのだ。

 このオーラの塊に抗う術など無い事が、本能的に理解できてしまう。

 咄嗟に目を瞑る。最後の瞬間を覚悟した。

 

 衝撃が体を打つ。雷の音の様なものが、全身を駆け抜けた。

 自然災害の如きエネルギーに、セリアとニムの体が空中へと飛ばされて、そのまま地面へと叩きつけられる。

 

(……生きてる?)

 

 まだ自分の意識がある事に、セリアもニムも驚く。

 あの災厄を前にして、何故生き残れたのだろう?

 

 ふと気付くと、何かドロドロで生温かいものが、自分の体の上に乗っていた。

 瞑っていた目を開けてみる。

 体の上には、ボロボロの、赤と黒がぐちゃぐちゃの配色が施された人型があった。

 

「ひっ! なに……これ」

 

 ニムは自分に覆いかぶさっているグロテスクな物体に悲鳴を上げる。

 顔を判別できないような酷い状況だったが、セリアはよくよく観察して、『それ』が何であるか悟ると、顔から血の気が引いた。

 

「ヨ、ヨコシマ様!?」

 

「え……嘘」

 

 人型は、横島だった。

 その体は襤褸のようである。この表現は比喩ではあるが、正しく正解だった。

 光に全身を焼かれ、貫かれた横島の体は、生きてるか死んでいるかすら判別できぬ状態であったのだ。いや、生きているのだけは分かった。マナの霧に還っていないから。それが無ければ、死んでいると判断される状態。

 

 死ぬ! 回復! 死んじゃう!! 回復!!  死んでしまう!!!! 回復!!!!!

 

 その二つの単語でセリアの頭は埋め尽くされた。

 

「ニムントール! 何をやっているの!! 早く大地の祈りを、回復して!!」

 

 隣に居るグリーンスピリットのニムントールにセリアが指示する。

 

「あ……うん」

 

 全身が穴だらけの横島を前にして呆然としていたニムントールが、ようやく我に返って神剣魔法の詠唱を開始する。

 その表情は、どうしたことか真っ青だった。

 

「永遠神剣『曙光』の主として命じる! マナよ、大地に癒しとなれ! アースプライヤー!!」

 

 ニムントールはグリーンスピリットなら誰しもが使用できる、初級の回復魔法を唱えた。

 若いながらも、ニムントールの実力は並のグリーンスピリットを遥かに凌駕している。

 唱えられて当然――――――当然のはずなのだ。本来ならば。 

 

 アースプライヤーは発動しなかった。

 相当量の集められたマナは、ただ形をなさず消えゆくのみ。

 

「何やってるの!? 早く! はやくーー!!」

 

「分かってる! わかってるわかってるわかってるよー!!」

 

 ニムントールが涙を流しながら『曙光』を抱きしめて詠唱を再開する。

 祈りながら唱える。祈る。唱える。祈る。唱える。

 何度となく繰り返される大地の祈りは、しかし殆ど効果を発しなかった。

 

「……なんで。どうして二ムは……アースプライヤー! アスプライヤー! あすぷらやー!!」

 

 危機に瀕して新たな力に目覚める。

 二ムントールには、出来なかった。物語の主人公とか、運命の神に愛されているとかの問題ではない。

 彼女には初級の回復魔法を扱う適性が無かった。ただ、それだけの事。

 

 一向にニムントールの回復魔法が発動する様子が無くて、セリアはニムントールによる回復魔法を諦める。 

 他に回復魔法が使えるエスペリアもダウンしているのが目に映った。

 だが、回復魔法を使えるのはグリーンスピリットだけではない。

 地面に座り込んで、呆然としている悠人に、セリアは気づいた。

 微弱ではあるが悠人も回復魔法が使える。生まれた希望にセリアは表情を明るくした。

 

「ユート様! ヨコシマ様に回復魔法を!!」

 

 訴えるが、悠人は虚ろな視線を漂わせるだけで、セリアの声に反応しない。

 どうして悠人はこんな虚脱状態なのか、セリアには分からなかったが、今は悠人だけが希望の綱だ。

 

「ユート様、しっかりしてください。今、ヨコシマ様を助けられるのは、貴方だけなんです!!」

 

「違う……違うんだ、佳織。俺は、俺は……ぐが、ぐああああああ!!」

 

 どれだけ訴えても、悠人は何の反応もしない。

 ぶつぶつと何かを言ったかと思うと、頭を押さえて苦しみ出す。

 

「ユート様! しっかりして! しっかりしてよう、お願いだから!」

 

 必死にセリアは叫ぶが、その声は悠人には届かない。

 悠人に声を届けられるのは、地面で青白く輝く『求め』のみだった。

 

『契約者よ。自身の愚かしさに絶望したであろう。もう休むがよい。後は私がやる。肉も心も宿運も我に捧げよ!』

 

 永遠神剣『求め』の干渉によって引き起こされる、肉体と精神の激痛。

 悠人はそれと戦っていた。今まで何度も干渉を乗り越えてきたが、今度は佳織に刃を向けてしまったという苦悩が、彼の精神を弱めていて、『求め』の干渉に苦しんでいる。

 

 激痛にのたうつ悠人の姿に、セリアは絶望する。これでは、とても回復魔法など使えない。

 とうとう横島から金色のマナが放出され始めた。死は、もう間近に迫っているというサインだ。

 

「嫌ぁ……いやぁ! 誰かなんとかしてよぉ! このままじゃ私達の隊長が……やだ、やだぁ!!」

 

 普段の様子は欠片も無く、セリアは幼子のように喚きだす。

 その時だった。ポロリ、とセリアの胸から丸い珠が落ちる。文珠だ。刻まれている文字は『癒』。

 文珠は横島の体に落ちて、穏やかな光を放つ。

 光が収まると、傷は負っているものの命に別状はなさそうな横島の姿があった。

 事態の推移に呆然としていたセリアだが、何が起こったのか気付くと、腰が抜けたのか座り込んでしまった。

 ポツリポツリと雨が降り出す。雨に濡れてか、セリアの目元からは雫が流れ出している。

 

「……本当に何やってるのよ。私は」

 

 生気の無い瞳で、ポツリとセリアが呟く。

 ニムントールは横島の回復に気づかないで、一心不乱に回復魔法を唱えようとしていた。

 

 

 この時点で、ラキオスにおける戦闘行為の一切は終了する事となる。

 

 謎のスピリット達の姿は、いつの間にか町から何処かへ消えていた。

 マリア・ブラックスピリットの姿は既になく、佳織も何処へ連れ去られていた。

 後に残されたのは、惨憺たる悠人達の有様と、未だに町を赤く包み込む炎が豪雨に鎮火されていく姿であった。

 

 ラキオスを震撼させた一日が終わった。

 

 この奇襲によるラキオスの被害は目を覆うばかりとなった。

 王、王妃は死亡。多くの兵士にも被害が及んだ。

 

 幸いにも、もはや奇跡的としか言いようがないのだが、民間人に死者はでなかった。理由はいくつかある。

 スピリット達は神剣魔法を殆ど使用せず、さらにネリー達が敵の神剣魔法を徹底的に阻害した事。

 ラキオスの兵士達が身を盾にしながら避難を誘導して、ハリオン達がそれに協力した事。

 謎のスピリット集団は皆それぞれ思惑があったようで、積極的に戦闘行動を取ろうとしなかった事。 

 だがなによりも、ラキオスの全兵士全スピリットが全身全霊を掛けて無辜の民を守ろうと戦った事が、この結果を産んだのは疑いようも無い。

 

 しかし、ラキオススピリット隊からしてみれば、この戦いは敗北だった。王は死に、佳織は連れ去られ、悠人も横島もダメージを負った。

 

 どうしてこうなったか。

 誰が一番悪いのか。

 意見は多く出るだろう。

 

 ただ一つ確かなのは、例えミスがあったとしても、それを皆でフォローできていたならばラキオスは勝てたのではないだろうか。それだけだった。

 

 また、この襲撃がもたらしたものは、ただ被害だけではない。

 スピリットと呼ばれるものが、本当は何なのか。スピリットに対して多くの疑問を持たせる事となる。

 絶対従順のスピリットが人間に危害を加えることも出来る。その事実がラキオスに、いや、世界そのものに与えた影響も大きい。決して人間に危害が加えられない戦闘奴隷種族スピリット、という全ての前提が崩れる大事件。

 大地も、そこに住まう人も、国も、全てが、何かが動き始めていることに気づこうとしていた。

 

 

 有限世界は加速する。

 向かう先は、何処か。

 




原作で言えば第2章の終わり。
この作品でも、とりあえず序盤が終わった感じです。

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