永遠の煩悩者   作:煩悩のふむふむ

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第三話 隊長就任

 全てが暗闇に包まれていた。

 そこはゴキブリのごとく駆け抜ける。

 走る理由は簡単だ。逃げているのだ。苦しいこと、痛いこと、辛いこと。

 いやなことから逃げる、実に俺らしいと思う。

 走り続けると暗闇の中にぼんやりと人影が見える。

 小さく、青い髪のポニーテール姿の少女、ネリーだった。

 ネリーに声をかける。ネリーはこちらに視線を向けるが、その顔には悲しみが浮かんでいる。

 

「どうして逃げちゃったの? ヨコシマ様……」

 

 そして、ネリーの体が金色のマナに変わり、消えた。

 

 

 永遠の煩悩者

 

 第三話 隊長就任

 

 

「どああ! ぐはあ!」

 

 叫び声とともに横島はベッドから転げ落ちる。

 そして、きょろきょろと辺りを見回し、昨日自分が眠っていた部屋と確認してため息をついた。

 心臓は早鐘のように鳴り、服にはいやな汗が染み付いている。夢見としては最悪だった。夢の内容と気を失う前の状態を思い出し、ネリーのことが非常に気にかかる。

 

「ネリーのやつ大丈夫だといいんだが………ちょっと見に行ってみるか」

 

 体にはまだ鈍い痛みが残っていて動くのはきつかったが、気合を入れて立ち上がろうとする。

 同時にドアが開いて、見た事がない小柄な少女が飛び込んできた。

 

「ラスト、テスハーア!? ラスト、ステスアーン!?」

 

 少女はかなり慌てていて、早口で何かをしゃべるがまったく分からない。

 どうやら文珠の効果が切れたらしい。

 

(文珠を使うしかないか………しかし本当に言葉を覚えなくちゃまずいな)

 

 横島が今もっている文珠は三つ。『翻』『訳』の文珠を使えばあとひとつになってしまう。こうも毎回のように文珠を使っていては、文珠がいくつあっても足りなくなる。ため息をつきながら横島は『翻』『訳』の文珠を発動させる。

 

「エトランジェ様! 大丈夫ですか! 痛いところはありませんか! 水飲みますか!」

 

「ちょっと落ち着いて! 俺は大丈夫だから!」

 

 横島は体を動かして元気なことをアピールする。実際はけっこう痛いのだが、女の子の前では良い格好がしたかった。

 少女は良かったと言って微笑むが、突然表情をキリリと凛々しくして背筋を伸ばす。

 

「私はヘリオン・ブラックスピリットといいます! 永遠神剣第九位の『失望』の使い手で………え~と~~とにかくがんばります!!」

 

 すごい勢いで喋る、ヘリオンと名乗る少女。

 黒髪で年はネリーと同じぐらいだろう。髪はツインテールで纏めていて、まだまだ幼さを残す少女だった。

 

「可愛いけど小さいなあ」

 

 この男が最初に女の子を見て思うことは、たいていこんなものである。

 

「そ、そんな可愛いだなんて! あぅぅ、どうしたら良いんでしょう!? その小さいですけどスピードだけなら自信があったりもすりゅので……あああ、噛んじゃったよう」

 

 真っ赤になったり真っ青になったりとせわしない。

 周りに居なかったタイプなので、何だか面白かった。

 

「あ~何かよう分からんけど緊張してるのか?」

 

「い、いえ! 緊張なんてしていないんれふよ! ……また噛んじゃった」

 

 ヘリオンはガックリと肩を落す。

 色々な意味で可愛い少女に、横島も思わず笑いがこぼれる。

 それにしても、スピリットは顔立ちが整った女性ばかり。どうもまだ知らない事実がありそうだ。

 

「ところで、ネリーは大丈夫だったのか?」

 

「はい! ネリーには傷ひとつありません。泣きながらエトランジェ様を運んできたんでですよ」

 

 その言葉に横島は胸をなでおろす。

 彼は自分が傷つくのは本当に嫌だが、自分のせいで女性が傷つくのはさらに恐れるのだ。

 

「今、ネリーはヒミカさんに剣の稽古をしてもらっているんですが……エトランジェ様のことが気がかりでぜんぜん集中出来ないみたいで」

 

「じゃあ、元気なところを見せにいかないとな。案内頼むな」

 

「はい!」

 

 勢い良く歩き始めたヘリオンに、慌てて付いて行く横島だった。

 

 ―第二詰め所 訓練所―

 

 訓練所に入ると、ヒミカと訓練をしていたネリーが横島に気づいた。

 涙を浮かべながら横島のほうに弾丸を思わせるスピードで突撃をしかけてくる。

 

「ゴファ!!」

 

 体が本調子でない横島にネリーのぶちかましが入る。

 たまらず崩れ落ちそうになるがネリーはそれを許さない。

 横島の腰に手を回し、内臓が破裂するのではないのかと思うほど締め上げてくる。

 

「ヨコシマ様! ごめんなさい! ネリーのせいで……」

 

「ネ、ネリー! 分かったから離し……グオオ!」

 

 例え神剣を使わなくても、マナの体を持つスピリットは高い身体能力を誇る。さらに、幼い身とはいえ戦士として訓練してきたネリーは単純に強い。

 横島も肉の身を失いマナ生命体になったとはいえ、病み上がりにさば折りを食らってはひとたまりも無い。

 これでお終いかと、最後のときを迎えようとする。しかし、パコンと言う音が聞こえると腰を締め付けていた圧力が消える。何事かと目を開けるとネリーは頭を抑えて唸っていて、その隣ではネリーを大きくしたような大人の女性が手を上げて怒っていた。

 

(怒っててちょっと怖いけど、やはりかなりの美人だ。よしここは……)

 

 さっと服に手をかける。横島にとって、ルパンダイブは挨拶の代わりのようなものだ。今後、これが異世界の挨拶だと言っておけば、きっと笑って許してくれるに違いない。

 いざ飛び掛らん――――とした時、女性と目が合ってしまった。

 苛立ちや警戒といった負の感情が横島に向けられる。その圧力に負けて、横島はルパンダイブの発動に失敗してしまった。機を失い、仕方なく無難な挨拶から始めることになる。

 

「ええと、俺の名前は横島ただ」

 

「報告はすでに聞いているので結構です」

 

 挨拶はあっけなく潰された。そして女性は淡々と喋り始める。

 

「私の名はセリア・ブルースピリットといいます。まず貴方にどうしても聞いておかなければならないことがあります。今日、貴方をスピリット隊の副隊長とし、第二詰め所のスピリットの指揮をさせろと言う御達しがありました。もし、貴方がこの申し出を拒否、逃亡した場合、我々を処刑するとのことです」

 

 その言葉にその場の空気が凍りつく。

 これは警戒して当然だ。横島の返答ひとつで、生きるか死ぬかが決まるのだから。

 

「貴方の決断をお聞かせください」

 

 居間にいる全員の視線が横島に集中する。

 横島はスピリット達を見渡すと誰もが心配そうな顔をしている。

 それはそうだろう。横島に取ってみれば、自分たちは会って一言二言しか話したことが無い他人でしかない。

 その他人の為に命を駆けて戦えというのか? 拒否して当たり前だ。

 ただハリオンだけは、穏やかな顔で横島を見ていたが。

 

「そんなの考えるまでもないな。なるぞ、副隊長!」

 

 当然のように、力強く言った。

 横島は副隊長になることを了承する。この状態で断る度胸など横島にはないし、なにより彼が女性を見捨てることなどできはしない。

 

「それは~私たちのようなスピリットと戦うってことですよ~」

 

 ハリオンがのんびりした声で本当にスピリットを殺せるのかと聞いてくる。

 いつものニコニコ顔だが、目は真剣そのものだった。

 

「…………やるしかないんだろ」

 

 しぼりだすかのような声で答える。しかし、やると答えた横島の心中は本当にできるのかと疑念があった。どうしても自分が見た目麗しい女性達を殺すことが想像できなかったからだ。彼女達を殺し合いの場に立たせない為にスピリットの解放などと言って王宮に乗り込み、結局は自分がスピリットを殺す立場になってしまうという馬鹿さ加減に自分を呪いたくなる。

 そこまで考えて、横島は思いなおした。

 まだ、そうなるとは確定したわけではない。あの強制力さえどうにかできれば、そして王をどうにかすれば、まだまだこの状況をひっくり返せるはずだ。

 

 そんな横島の心中を知らないスピリット達は、横島の言葉に素直に喜んでいた。

 

「それだけ聞ければ十分です。しかし、戦いは私たち任せて貴方は後方に待機してください」

 

「セリア! ヨコシマ様は私たちの隊長になるのよ。神剣の位だって私達より高いのだし、もう少し部下らしい態度をしたらどうなの!」

 

 横島をぞんざいに扱うセリアに、ヒミカが反発する。

 ただ、それは横島を信頼していたからではない。自分たちの上官だからという理由だった。

 

「ヒミカ……私はいくら神剣の位が高くても背中を預ける気にはならないわ。それに私は人間を信用できない!」

 

 そう言って、セリアは横島を睨みつけた。彼女の目には人間に対する不信感がありありと見て取れる。

 その目を見て、びくっと震える横島だが、横島自身はセリアの反応が当然と考えていた。人間から奴隷に近い扱いを受けているのに信頼など、できようはずもない。

 これが普通だろうと、横島は思った。

 

「それに、彼はユート様と同じように戦いがないハイペリアからやってきたのよ。彼の話は聞いているでしょう。初戦では散々足を引っ張ったって。実戦経験がない者に隊長なんて役がこなせると思う?」

 

「それは………」

 

 ヒミカは沈黙した。セリアの言うことがもっともだったからだ。

 生きるか死ぬかの戦いの場で、戦いをしたこともない素人の指示で戦う。正直にいえば、絶対に嫌だった。だが、この場で横島を一番信頼している人物であるネリーが反論する。

 

「そんなことないよ!ヨコシマ様はとっても強いんだから!!きっとセリアより強いんだよ。シアーもそう思うでしょ」

「う~わかんないよ~~」

 

 横島と戦い、そしてもっとも信頼しているネリーが横島を擁護する。その言葉を聞いたセリアは、ずっと訓練をしていた自分より強いはずないと怒り出す。

 あーだこーだと言い争いをする二人にハリオンがもっとも良い解決策を言って、すぐにそれは実行されることとなる。

 

 ――――――どうしてこうなるんだろう。

 

 目の前にはポニーテイルを揺らしながら、刃のない西洋剣の素振りを繰り返すセリアがいる。殺気じみた闘気を送ってきて、とても怖い。

 ちなみに横島の手にも刃を潰した日本刀が握られている。扱う神剣の形に合わせているのだ。

 

「いつもは神剣を使ってやるんですけど~ヨコシマ様はまだ神剣に慣れてませんからね~

 それでは~これよりヨコシマ様とセリアさんとの~模擬試合を始めます~」

 

 つまりはそういうこと。強いのか頼りになるのか分からないなら戦わせればいい。

 簡潔で正しい意見だった。戦士だからこそ出る意見だろう。

 だが、いくら刃がない西洋剣でも叩かれればまちがいなくかなり痛い。

 痛いのが嫌いな横島は、この勝負から逃げることを決める。

 

「いま、俺ちょっと腹がいたくて………」

 

 勝負から逃げ出そうとする横島だが、ハリオンが近づいて内緒話のように喋りだす。

 

「セリアは~強い人が好きなんですよ~。ヒミカや他の子達だって強い人の方が好きですし~。もちろん私も~」

 

 ハリオンは既に横島の扱いを覚え始めていた。さすがみんなのお姉ちゃんである。

 

「それじゃ俺がこの戦いに勝ったらウハウハ?」

 

「はい~ウハウハですよ~」

 

 その言葉を聞いた横島はいきなり手に持った日本刀の素振りを始める。

 煩悩全開でにやにや笑いながら刀を振るう姿はかなり怪しい。

 セリアはその笑みを『自分に勝つことができると考えているから笑っている』などと考え、よりいっそうの気合を入れる。

 

「二人とも準備はいいですね。それでは模擬戦……開始!」

 

 ヒミカが戦闘開始の掛け声がかかると、セリアは猛然と横島にむかって突進し、袈裟懸けに切りつけてくる。そのスピードは確かに速いがシロの動きよりは遅い。スピリットの高い身体能力は神剣を持つことによって発揮される。神剣がなければスピリットの身体能力は、人間より強いぐらいなのだ。人狼やバトルジャンキーと戦える横島からすればその剣閃は遅くすら見えた。

 

(よし!十分見えるぞ。回避して反撃だ!)

 

 迫り来る剣を横に飛んで避けるが、反撃せずに顔をゆがめる。その顔には苦痛の色が見えた。

 

(痛てえ……そういや俺って病み上がりで、体動かすのもきつかったじゃないか。しかもネリーのさば折り食らっちまったし……)

 

 自分が病み上がりだったことを忘れていたようだ。そんなこととは露知らず、セリアは横島に剣を振るい続ける。単純に切りかかってきたネリーとは違って、突きや払いなど剣術を学んであるから、横島の腕ではとても受けられない。

 しかたなく、痛みを我慢して必死に避け続ける。

 

「のわ!」「うわ!」「おきょ!」「もきょ!」「へきょ!」

 

 横島は『本当に人間?』と問い詰めたくなるような奇妙な動きと変な声をあげながらセリアの剣を避ける。

 そのあんまりな様子にヒミカは頭を抱え、ハリオンはニコニコしている。ヘリオンは目を丸くして驚き、ネリーやシアーは笑い声をあげて面白がっていた。

 しかし、セリアはその様子に本気で怒りを覚えていた。

 

(なんで………なんで当たらないの! こんな無様な動きなのに!!)

 

 目の前で「うきょ」とか「もきょ!」とか言いながら自分の剣を避ける横島と名乗るエトランジェ。剣術を習い、磨き続けてきた剣技が一回もあたらないという現実にセリアの怒りが爆発する。

 

「ちょこまかと! いいかげん攻めてきたらどうですか!!」

 

 そう怒鳴り、さらにスピードを上げて横島に強力な一撃を叩きつけようと突進する。

 

(くうぅ……まずい、このままじゃ避け続けているだけでやられちまう。………行くっきゃない!)

 

 横島も体中が悲鳴をあげていて、これ以上避けるのは不可能と判断して刀を握りしめセリアにむかって突撃する。そして二人の剣がぶつかり合った。

 だが、横島は刀の特性をよく理解していなかった。重量のある西洋剣と厚みがなく薄い日本刀が正面からぶつかればどうなるか。

 

 ボギ!!

 

「んなっ!?」

 

 当然こうなる。横島の模造刀は折れ、刀身が空中に高く舞い上がる。セリアの剣は刀を折ったため、多少威力が落ちたがそのまま横島の胸に直撃する。

 

「ぐうぅ!!」

 

 たまらず崩れ落ちる横島を見てセリアはようやく落ち着き、息を整える。

 

「はあっはあっ………どうやら私の勝ちのようですね」

 

 勝ち誇るセリアだが、

 

「セリア! あぶない!!」

 

 ヒミカから突然の警告が飛ぶ。いったいなにが危険なのか分からなかったセリアだが、次の瞬間理解する。目の前に銀色の鈍い光が閃いたからだ。横島の折られた刀身が空中に舞い、そのまま重力に負けて落ちてきたのだ。

 

 けっこうな勢いがある鉄の塊が顔に当たれば痛いぐらいではすまない。あまりにも突然のことで反応できないセリアに刀身がぶつかる―――――寸前で突如現れた光の剣が刀身を弾き飛ばした。

 

「えっ?」

 

 呆然と光の剣を見つめるセリア。いったいどこから現れたのかと見ると、エトランジェがうずくまりながら手から光の剣を出していた。

 

(この光る剣は彼の神剣? マナも神剣の気配も感じないけど)

 

 光の剣――――横島の栄光の手をセリアが呆然と見ている最中、横島は妄想に浸っていた。

 

(負けちまったけど、女の子の危ないとこ助けたんだからきっとウハウハな展開に!)

 

 彼の脳内では美化200%状態の横島と『助けてくれてありがとう』といって擦り寄ってくるセリアの姿が映し出されていた。だが、現実はそう甘くはない。

 

「エトランジェ様……その剣はいったいなんですか?」

 

 セリアはどこか感情を抑えた声で聞いてくる。

 横島は自分の想像(妄想)とは違う雰囲気にがっかりするが、気を取り直し答えた。

 

「これは俺の世界の霊力という力で作った剣で、霊波刀っていうんだ。まあ、俺は栄光の手と呼んでるんだけどな。けっこう珍しい能力なんだぜ」

 

 自分の能力を説明し、さりげなく自分を力の凄さをアピールする横島。さっきから睨まれたり怒られたりしていたので、自分の凄いところをアピールして少しでも好感度を上げようとしているらしい。

 しかし、

 

「そうですか……つまり私は手加減されていたということですか」

 

 セリアの立場からすれば、そういう事だった。

 その冷たい声色に、横島は失策を悟る。

 

「手加減とかじゃなくて、ちょっと霊力を使うの忘れていただけだって!

 それに今の俺は体中が痛くてあんまり霊力が操れない状況だから」

 

「なるほど、じゃあ私は力の大半が使えず、しかも動くのすらつらい状態の貴方に助けられたわけですね」

 

(墓穴掘ったーーーー!!)

 

 対応を間違えたと、横島は内心で絶叫する。

 本来なら、動くのも厳しい状態の人間に助けられれば、胸の一つも高鳴りそうだがセリアにとってそれは屈辱だった。セリアの放つ絶対零度の空気により訓練所にいる誰もが動けなくなっている。いや、一人だけ動ける人物がいた。

 

「え~と、それじゃ~どちらの勝利にしましょうか~」

 

 ほのぼのオーラを放ち、絶対零度の空気を中和するハリオン。

 彼女のほのぼのパワーは、場のマナにすら影響を与えそうだった。

「そうね、普通に考えれば刀を折られたヨコシマ様の負けだけど……」

 

 そういってセリアを見るヒミカ。ヒミカにはこの先セリアが何と言うのか、だいたい想像がついていた、

 

「……今の勝負は引き分けとしましょう。それで今さっき助けられたことは忘れてください」

 

 それだけ言うと、セリアはすたすたと訓練所を出て行った。

 碌なコミュニケーションを取ろうとしないセリアに、ヒミカは頭を抱える。

 

「ちよっと! セリア!! まったくもう。すいませんヨコシマ様。セリアはプライドが高くて見栄っ張りで素直じゃありませんがとても優しい子なんです」

 

 必死にセリアを擁護する。

 ヒミカにはセリアがなぜ横島に辛く当たるのか、ある程度の察しはついていた。

 横島が乱暴でスピリットに如何わしい事をする人物かもしれないから、自身にヘイトを向けさせる事によって仲間の身を守ろうというのだ。

 

「わかってるって、俺は彼女に少し似た人をよく知っているから」

 

 彼の脳裏には、照れ隠しにコンクリートを破壊する拳で殴りつけてくる上司の姿が思い浮かべられていた。彼女と比べればどうという事はない。

 穏やかに言う横島に、ヒミカは『これはかなり度量が広い人なのではないか』と期待を持つ。

 

「ヨコシマ様―かっこよかったよー」

「よ~」

「なんていうか……とにかく凄かったです」

 

 ネリー、シアー、ヘリオンが口々に褒めてくる。

 ロリコンではない横島だがやはり可愛い女の子に褒められるのは嬉しい。

 

「それで~その霊力という力はハイペリア………ヨコシマ様がいた世界では~だれもが使える力なのですか~?」

 

 ハリオンがのんびりと聞いてくる。

 

「いや、だれもが使えるってわけじゃないけど」

 

「そうなんですか~~……少し詰所でお話しませんか~? 沢山お話ししたいんですよ~」

 

「この横島忠夫、どこまでもお供させていただきます!」

 

 美人のお姉さんが話したいと言ってきて、それを断るはずもない。

 

「ネリー達も話したいー」

「したい~」

「あの……できれば私も………」

 

 自分たちもと言うスピリット隊の年少組だが、その願いは聞き届けられることはなかった。

 

「あなた達は訓練をしていなさい。まだまだ未熟なんだから」

 

 ヒミカの言葉に子供達はむくれる。

 新しい隊長から異世界の話を聞きたかった。

 

「私から一本取れたら今日の訓練を終わりにしてもいいわよ」

 

 やる気を引き出させるため、ヒミカが年少組を挑発する。

 

「シアー! ヘリオン! 同時に仕掛けるよ!!」

「わかったなの!」

「了解です!」

「ちょっ、ちょっと!三人がかりは少し……」

 

 三人に囲まれるヒミカを横目に見ながら、横島たちは訓練所を出て行った。

 

 ―第二詰め所 居間―

 

 

「それでは~お話をするまえに~」

 

 ハリオンは自分の槍型永遠神剣『大樹』を取り出す。そしてのんびり~とした魔法の詠唱を始める。

 

「マナよ~癒しの力に変わってください~ア~スプライヤ~」

 

 横島の体が緑色の光に包まれる。

 突然のことで慌てる横島だが、光が収まると体の痛みが消えていることに驚いた。

 

「ふふ~お姉さんは回復魔法が得意なんですよ~」

 

 ニコニコと笑うハリオンに横島の頬は自然と赤くなってしまう。

 

「そ、それで話ってなんすか?」

 

 まさかエッチな話ではなかろうか。

 そんな期待感が横島をドキドキさせる。

 

「大した話じゃないんですよ~、ただヨコシマ様の世界の話が聞きたいな~と思ったので~」

 

「わかりました! この俺の武勇伝を聞かせてあげます!」

 

 横島は自分の世界の話を面白おかしく、妙に横島が活躍したことにしてハリオンに話した。

 少しでも好感度を稼ごうというのだろう。ハリオンは悪霊退治の話を面白そうに聞いていた、

 

「う~ん、やっぱりユート様の話と少しちがいますね~。ユート様の話にはお化けさんなんかでてこないと聞いていたんですけど~」

 

「……そのユート様って言うのは?」

 

 男の名だと気づいて、横島は少し不機嫌に聞いた。

 

「ヨコシマ様と同じ……じゃないかもしれない世界からいらした~エトランジェ様ですよ~」

 

 自分の同じ境遇の人物がいることに少しだけ安心を覚える。

 そしてユートなる人物に会いたくなった。男であるのは残念だが、しかし情報を交換したい。

 

「そのユートとかいうやつは今どこにいるんすか」

 

「今は~ラキオス領土のラースの町に現れた謎のスピリットの討伐に向かっています~実は私達は一度もお会いしたことが無いんですよ~私達は最近になって、首都に集められてきたので~」

 

 その言葉に横島は驚いた。ユートというのが一般人かどうかは知らないが、こんな妙な世界であんな王の為にスピリットを殺しているというのが信じられなかった。

 だが、横島の疑問は次のハリオンの言葉で納得した。

 

「妹さんを……人質に取られているんです~」

 

 つまり、貴様が戦わなければ妹を殺すと脅されているわけだ。なんとか反抗したくとも、神剣の強制力もあってどうしようもないと。

 いくらなんでも酷すぎる。間違いなくラキオス王が考えたことだろう。横島の心に暗い怒りの感情が生まれた。

 

「それで~他に聞きたいことはありませんか~」

 

 その言葉に現実に引き戻される。

 ここで憤っていても仕方がないと思い、暗い感情を抑える。横島には頼まなくてはならないことがあった。

 

「すいません、実は言葉を教えてほしいんですけど……」

 

「あらあら~いまこうして私と喋っているじゃないですか~?」

 

「実はちょっとずるしているんで、本当はさっぱりなんです」

 

「ずるってなんなんですか~」

 

「それはちょっと……」

 

 横島はさっきの話で文珠のことだけは話さなかった。

 これは自分の切り札であり、その力と反則性からおいそれと教えるわけにはいかなかったのだ。スピリットだけならともかく、もしも、あのラキオス王にばれたら目も当てられない。

 

「よく~分かりませんが、分かりました~じゃあさっそく言葉の勉強を始めましょうか。お姉さんな先生が手取り足取り教えてあげますよ~」

 

「ついでに腰もーーー!!」

 

 お姉さんな先生→魅惑の女教師→生徒との禁断の授業という訳が分からない方式が横島の脳内で生まれ、それを律儀に守ろうと横島の下半身が動き始める。

 だが、やはり世界はそう甘くはなかった。ハリオンに飛びかかろうとした横島に三つの影がぶつかってきたからだ。

 

「ぐはっ!!」

「ヨコシマ様―助けてー!」

「助けて~」

「あの……できれば私も……」

 

 突然あらわれて助けを求めるネリー、シアー、ヘリオンの三人。いったいなにから助けてほしいのかと思ったがすぐ理解した。目の前にたんこぶを作った赤い鬼が出現したからだ。

 

「ふふ、まさか三人がかりで襲い掛かってくるとは思わなかったわ」

 

 ヒミカが永遠神剣『赤光』を持ち、すさまじい熱量を放出させながら近づいてきた。目がやばい。

 

「なにいってんのー別に三人で戦っちゃだめなんて言ってなかったじゃない」

「じゃない~」

「その……私はノリでつい……」

 

 三人が横島の後ろのほうに隠れながら文句をいう。

 何で俺に隠れて言うのだ、と横島は必死に三人を引き離しにかかるがうまくいかない。

 

「ヨコシマ様……三人を庇わないでください……」

 

「別に庇っているわけじゃないぞ!」

 

 このままじゃ絶対にまずい事態になる。今までの数々の経験が横島に警鐘を鳴らす。

 とにかく逃げようとする横島だが少し遅かった。

 

「そんなに小さいことばかり気にするから胸が大きくならないんだよー」

 

「なっ! なにをいっているの!! あなただって胸なんてないじゃない!」

 

「へへん! ネリーには未来があるんだから」

 

 真面目なぺチャパイを、ちっこい元気娘がからかう。

 どこかで見た光景に、思わず笑ってしまいそうになった。もうこの先の展開が目に見えるようだ。

 

 結局――――

 

「ヨコシマ様も胸があった方が嬉しいよね」

 

「そりゃーないよりはあったほうが…」

 

 ブチ!!

 

 いつもひどい目にあうのは―――――

 

「どうせ! わたしは!! 成長しないわよーーーーーー!!」

 

 そして、部屋に地獄の炎があふれた。

 

「あぎゃーーーーーー!!!!」

 

 横島なのである―――――――

 

 

 

 

 

 

 

 ―第二詰め所 寝室―

 

「あーー酷い目にあったなー」

 

 ヒミカの呼び出した炎は、何故か(いつも通り)横島だけをこんがりと燃やして真っ黒にした。ハリオンが回復魔法をかけてくれて復活したが、正気に戻ったヒミカは首が折れるんじゃないかと思うくらい頭を下げて謝った。

 さすがに、今回は横島に非があるわけじゃないので多少は腹が立ったが、まあいつものことだし、ヒミカがいつかお詫びをするというのであっさり許す。ちなみに騒ぎの三人には夕食が全てリクェム(ピーマンそっくりの野菜)の刑を食らって落ち込んでいる。

 窓に目を向けると日もすっかり落ちていた。横島は身支度を整えると窓を開ける。

 

「そんじゃ、いくとするか……」

 

 横島は窓から飛び降り、王宮の方に走り出した。

 

 ―王宮―

 

 横島は王宮に入り、兵士の見回りを避けながら王の寝室に向かっていた。見つかる様子はまったくない。

 覗きや諜報で潜入は経験豊富だが、それ以上に警備がざるだ。こうなってしまったのは理由がある。

 この世界、ファンタズマゴリアの人間達は、スピリット達を戦わせるだけで自分たちは剣で殺し合いなどしたことがない。さらにスピリットに人間は殺せないので警戒をする必要などまったくないのだ。

 ほどなく王の寝室に到着した。

 

「ごかあぁー! ごかあぁぁー!!」

 

 ラキオス王。

 本名、ルーグゥ・ダイ・ラキオスは横島に気づくことなく、高いびきをあげていた。

 

(おい、『天秤』さっさと出て来い)

 

『なにを考えている?主よ』

 

(いいからさっさと出て来い)

 

 手に光が生まれ、横島の手に『天秤』が握られる。そして横島は『天秤』をポイと投げ捨てた。

 

『なにをする……主』

 

 乱暴な扱いをされて、『天秤』は不快な声を出す。

 

(昨日のやつは神剣の強制力とか言っていたからな。

 つまり神剣さえ持ってなけりゃ、あんなことにはならないってことだ)

 

 簡単なことだよ、ワトソン君。

 名探偵気取りで横島は答える。

 

『ああ、確かにその通りだぞ』

 

 どこか嘲る様な声で『天秤』は答えた。

 

 さて、後は王をどうにかすればいいのだが、ここで使うのはやはり奇跡の珠である文珠だ。

 『操』の文字を文珠に込める。これで王を操りスピリットを解放すればいい。

 みんな幸せになって、俺はハーレムを作る。ハッピーハーレムエンドだ。

 

 ギュフフフと笑いながら文珠を使おうとして、

 

『主はこの国のスピリットを殺したいのか?』

 

 『天秤』の得意そうな声が横島の頭に響いた。

 

(はあ? 俺はスピリットを解放しようとしているんだぞ)

 

 自分がスピリットという女性達を自由にさせようとしているのに、なぜそれがスピリットを殺すことになるというのだろうか。

 不吉な事を言い出した『天秤』に敵意を向ける。だが『天秤』は気にもとめず淡々と喋りだす。

 

『ラキオスの周辺は非常にキナ臭くなっている。ラースの町に正体不明のスピリットが現れて、悠人が仲間を引き連れて討伐に向かったと、緑の妖精が言っていただろう。そんな状況で妖精を解放し武装を解除したらいったいどうなるかな』

 

 横島は非常に敵が多い雇い主の下で働いていた。

 だからこそ知っている。隙を見せれば食われる。特に国なんて物が関われば、そこに慈悲はなくなる。

 

『自分達が剣を捨てたから、むこうも捨てるだろうとでも考えたのか? そんなことはない。スピリットの解放などしたら一日でこの国は消えるな。そしてスピリットは処刑されるか、捕虜となって結局は殺し合いの道具にされるだろう』

 

 なにも言えなかった。その通りだったからである。ただ女性を殺し合いの道具にするのが許せず、奴隷のような扱いを受けるのが許せなかったから、スピリットに自由を与えようとした。

 だが、それが何を生むのかまったく考えていなかった。スピリットの事を考えたつもりだったが、どちらかというと自身の感情を満足させる為に動いていたのだ。

 正義を為したいというよりも、過去に失敗した屈辱を晴らしたいという想いがそこにはあった。

 

(だけど、こいつを残しておいてこの国が良くなるとは思えないぞ)

 

『ならば機を待て。力と情報を集め、先を読み、動くべき時に動くのだ。』

 

(んな難しいことを言われても。俺なんかに先を見通す力なんて……)

 

『くだらん正義感などで大局を見失うから先が見えなくなるのだ。心を捨て、大きな意思を感じ取れば主はより強くなれるだろう』

 

 強くなりたいのだろう?

 心を見透かしたような『天秤』の声が頭に響く。

 

 その通りだ。強くなりたい。あんな惨めで辛い思いはしたくない。

 今度こそ可愛い女の子を理不尽から守り、そして脱童貞を果たさなければ!

 

 強く思う。その為には心を捨てなければいけないと『天秤』は言う。

 その方が良いのだろうか。どこか意識がぼんやりしたが、そのとき彼女の声が聞こえたような気がした。 

 

(俺は心を捨ててまで強くなる気はないぞ。こんな俺でも惚れてくれた女がいるしな。スピリットについては話してくれて助かったよ、もう少しで取り返しがつかなくなるところだった。とりあえずやれるだけやってみるさ)

 

 横島が礼を言ったことに『天秤』は驚いたが、すぐに調子を取り戻す。

 

『やはり段階をふませる必要があるか』

 

「何か言ったか?『天秤』」

 

『別に言ってないぞ……それでラキオス王をいったいどうするつもりだ』

 

 その言葉に考え込む横島。もう『操』の文珠を使うことなどは考えていなかったが、この男には色々と恨みがある。悩む横島だったが何かを思いついたのか邪笑を浮かべる。

 

(これなんかどうだ、『天秤』)

 

 『操』の文字を消し、別な文字をいれる横島。『天秤』はその文珠を見てくだらないと思ったが『良いのではないか』と呟いた。

 そして、ラキオス王に文珠を使う。

 

 バサバサ!

 

(んじゃ、帰るか『天秤』)

 

『ああ』

 

 横島は第二詰め所に帰っていった。

 

 バサバサ!

 

 王から何かが抜け落ちる音が聞こえる。

 

 ラキオス王に使われた文珠は、それは。

 

 

 

 

『禿』

 

 

 

 

 

 


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