永遠の煩悩者   作:煩悩のふむふむ

32 / 56
第二十五話 新たな登場人物達

 永遠の煩悩者 第二十五話

 

 新たな登場人物達

 

 

 

 ヨーティア・リカリオン。

 悠人達が連れてきた賢者とあだ名されるこの人物は、まだ若い女性だった。若いといっても少女とは程遠い成人女性で、子供の視点で見ればおばさんといわれても可笑しくない程度の若さだが。研究者として名を残していて破格の若さである。

 

 小顔で顔立ちは整っており、美人と言えば美人なのだろう。

 だが、そもそも女性として意識するのが難しい人物だった。

 ヨレヨレの白衣を常に着ていて、髪はボサボサ。かろうじて不潔ではない程度で、それも助手兼家政婦のイオ・ホワイトスピリットが必死に世話をしてである。ラキオスから与えられた最高の研究室は、二日と待たずに本と実験器具で足の踏み場もないほど散らかされた。

 もしイオがいなかったら研究だけを追い求めて風呂にすら入らないかもしれない。

 目には知性というよりも、子供のような好奇心に満ちた輝きがあった。好奇心の塊である子供が、そのまま大人になったらこうなるという見本のようだ。

 

 一応、横島の守備範囲内に収まる女性だ。

 かの目神にも抱きついた男は、やはり手を握りにいったが、

 

「そちらから来てくれるとはありがたいね。さあ、イオ。……実験の始まりだ!」

 

「はい。全裸にして陰毛を剃りましょう。毛髪に排泄物に体液……ヨコシマ様、貴方の全てを、私達に下さい」

 

「勿論、神剣の方も丸裸にしないとねえ。削り取ってやろう」

 

「ふむ、人形がついてます。それもマナで構成されている? ……実に興味深い」

 

 怪しげな薬を打たれ、動けなくなった横島と『天秤』は、人にはちょっと言えない秘密な実験をされまくった。

 数日後、横島は全裸で、泣きながら第二詰め所に逃げ込むことになる。

 以後、横島は決してヨーティアにもイオにも飛び掛ることはなくなった。

 

 マッドサイエンティストな意味で科学者の鏡であるヨーティアだったが、その実力のほどは天才の名に相応しいものであったのは疑いようもなかった。

 彼女が持ってきた技術は、どれもがラキオス国家の技術を遥かに上回り、特にその中の一つは既存の戦略戦術を一変させるほどであった。

 

 そんなヨーティアから呼び出しが掛り、悠人、横島、レスティーナの面々が彼女の実験室に集まった。

 部屋に入ると、アルコールと薬品の臭いが入り混じった異臭が酷い。

 悠人とレスティーナは苦い表情となった。壁を見ると、謎のコケが生えていたり、何故か腐敗している。

 「新品の研究室が……ここだけ時間の流れが速いのでしょうか?」とレスティーナは真剣に呟いたほどだ。

 

「遅い! この大天才が呼んだら、一分でこれるようにしておくんだ!」

 

 一国の女王相手に、この一声である。

 これだけで、このヨーティアという女性がどういう人物か分かるというものだ。

 隣では助手のイオ・ホワイトスピリットがすまなさそうに頭を下げている。

 

「無茶言うなよ! これでも急いで来たんだぞ」

 

 一喝されて、理不尽だと悠人がにらみ返す。

 悠人とヨーティアの仲はあまりよくない。旅をしている間に色々とあったようで、喧嘩友達のようになっている。まったく異性を感じさせないヨーティアに、悠人も遠慮はしなかった。

 

「きょ、今日は何の話でしょーか?」

 

 横島は悠人の背に隠れてビクビクしながら話しかける。

 怯えきった子羊の如き横島に、ヨーティアは「情けない奴め」と舌打ちした。

 

「まったく、そうビクつくな。そう大した実験はしていないのに。せいぜい直腸に媚薬を流し込んで発情させて放置したり、管を突っ込んで排泄させてやっただけだろう」

 

「一生モンのトラウマになるに決まってんだろうがーー!! ホントに犯しちゃろうかい!!」

 

「別に構わないよ。勿論、性交の様子はイオに観察させて、霊力の感知、計測の実験をしてもらうけどね」

 

 淡々と返されて、がっくりと横島は項垂れた。

 童貞変態程度では、とても扱える女性ではないのだ。変態は、それ以上の女傑に弱いらしい。

 悠人もレスティーナは、このやり取りを前にして顔を赤くしたり青くしたりしている。

 

「ヨ、ヨーティア殿。そろそろ本題を……」

 

「そうさね。あ、話の本題前に、ヨコシマから依頼を終えとくか」

 

 ヨコシマからの依頼と言われて、悠人とレスティーナは何の事かと首を捻った。

 

「ほれ薬でもお願いしたのですか?」

「いや、こいつのことだ。もっと直接的に、媚薬を譲ってくれとでも頼んだんじゃないか」

「ちょっと待て! どうして俺がんなこと頼まなきゃいけないんだよ!?」

「横島の事だからな」

「ヨコシマですから」

 

 二人の声が重なる。悠人とレスティーナはお互いに顔を見合わせて、小さく笑った。

 何だか二人の世界に入っている。

 

「おいこらそこー! 俺を無視するなー!」

「おいこらそこー! 天才を無視するなー!」

 

 今度は横島とヨーティアの声が重なり、お互いに「真似すんな!」と睨みあう。

 ここで、今まで黙っていたイオが溜息を吐きつつ、動いた。

 

「ヨーティア様、コントはそろそろやめましょう」

 

「何だとイオ! この天才が侮辱されて黙っていられると」

「そうっす! 俺の女王様がこのシスコンむっつりスケベなんかに」

 

「――――ヨーティア様? ヨコシマ様?」

 

 底冷えする柔らかいイオの声に、二人は人形のようにカクカクと頷いた。

 もっとも怒らせてはいけないのは、このスピリットなのだと、ヨーティアは元より、横島も実験される過程で気づいていた。

 

「あー、話を戻すぞ。ヨコシマから依頼された内容は、スピリットの神剣依存度についてさ」

 

 思ったよりも真面目な内容に、悠人は表情を引き締める。

 スピリットに関しては、横島は本気で取り組んでいるのだ。

 

「第一詰め所と、第二詰め所のスピリットは……バーンライトやダーツィで得たスピリットは別だが、神剣に心を奪われている者は一人もいない。誰もが強い意志と自我を持っているってことさ。驚くべきことに、最前線で戦っているのにね」

 

 ヨーティアの言葉には微妙なニュアンスが隠れていたが、それに気付くものはいなかった。

 

「はあっ」

 

 悠人は何が凄いのか分からず、ステレオタイプの相槌を打つ。

 ぼんやりとした悠人の顔を見て、ヨーティアは皮肉っぽく唇を歪めた。

 

「やれやれ、ボンクラめ。これがどれだけ凄いことか分かってないのかい」

 

 ヨーティアは事あるごとに悠人をボンクラ呼ばわりする。凡人と同義の意味らしい。

 ヨーティアとしてはこれがコミュニケーションの類なのかもしれないが、やられる方にはたまったものではない。

 

「ラキオスじゃあ、自我を弱らせる調教を行ってないからじゃないか?」

 

 明らかに馬鹿にされたと分かった悠人が、ムッとしながら反論する。

 

「確かにラキオスではそういう調教はしてないけど、神剣を多様しすぎれば多少自我は弱まっちまうのさ。ユートのように強力な神剣でなくともね。特に命のやり取りでぎりぎりまで神剣の力を扱えばなおさらだ。これだけの腕利きを揃えて、戦い続け……よくもまあ完璧に自我を保っているもんだよ。さらに回復してる娘もいるようじゃないか」

 

 確かに他国のスピリットとラキオスのスピリットは明らかに違う。

 いくら調教方法が違うとはいえ、どうしてここまで差が生まれたのか。

 頭を捻る悠人と横島だが、そんな二人を見て、レスティーナもヨーティアも呆れたようになる。

 

「あるスピリットがこう言ってたよ。『あの人と暮らしていると、神剣に心を奪われている暇なんてないのよ』ってね。充実した苦労をしているって顔だね、あれは」

 

 あるスピリットとは、恐らくヒミカだろう。あの人とは、横島以外に考えられない。

 惚気とはまた違うが、それでもヒミカの胸の内に自分がいることが分かって横島は思わずニヤニヤしてしまう。

 

「何つーかダメ亭主に苦労する妻って感じっすね」

 

「普通、自分で言うか? しかも嬉しそうに」

 

 呆れたような悠人の声色だったが、そんなものは横島イヤーに入らない。

 

「他にも、料理に絵画に彫刻に精を出してるスピリットもいるみたいだね。悠人が着てから、色彩が豊かになってるのがよく分かるよ」

 

 これはアセリアの事だ。

 元々、手先が器用なアセリアは、芸術関係の造詣が深い。特に悠人が着てから、それが顕著になっていた。

 

「色々話したけど興味深い娘達だね。料理、ガーデニング、ペット、愛、個性溢れる面白い娘ばかりさ。どの子も生き生きと毎日を過ごしているみたいで、私としても気分がいい。あんた達は良くやってるよ」

 

 ヨーティアは悠人と横島に優しげに微笑む。

 二人は目を見開いた。

 サバサバしてるけど、優しいお姉さん。そんな雰囲気のヨーティアに二人はドキリとした。

 

「さぁて、本題に移るよ」

 

 しかし笑みは一瞬で、すぐに元の調子に戻っていた。

 これから重要な話があるらしい。女王であるレスティーナがこの場にいることでも、それは明らかだった。

 

「まず……そうだね、話の大前提を知ってもらうか。

 マナとは何か、から説明しよう。それじゃあユート、マナとは何か知ってるかい?」

 

 いきなりビシリと名指しをされて悠人は面食らう。

 気分は教師にいきなり問題を解いてみろと言われた学生だ。

 

「たしか……マナは空間に漂っている有限エネルギーで、エーテルにすることによって機器を動かしたり、布地にしたり、俺達を強化したり……エトランジェやスピリットそのものだったり、とにかく便利な物ってイメージだな」

 

「そんなの子供だって知ってるよ。私が聞きたいのはもっと根源的な……マナとは何であるのかって事さ」

 

 横島と悠人は互いに顔を見合わせる。

 この教師の問題を誰か解けよ、と譲り合う学生の気分だ。

 沈黙が続いて、ヨーティアが舌打ちをした。

 

「まったく……こんな初歩でいちいち話が詰まってられないね。結論から言うぞ。マナとは命だ」

 

 命と言われて、悠人は「ああそうか」と言葉に出して納得してしまった。

 普通なら命といわれても訳が分からないだろう。だが、神剣使いにとっては感覚的に理解できるのだ。

 スピリットの肉体を砕き、その身を構成していたマナを神剣が食らうときの感覚は、比喩ではなく『命を奪っている』と実感させられるのである。

 

 横島も悠人と同じように感じたが、捉え方が違かった。

 横島は――『彼ら』は、マナを、命を、『部品』に感じた。欠けた物、あるべき場所にない者、元に戻さなければいけないモノ。

 不完全なのだ。だから、完全にしなければならない。

 そこに理念や思考や論理は存在しない。言って見れば、本能のようなもの。食欲や性欲よりも、原始の本能だ。

 横島は、自分の、果たして本当に自分のモノか分からぬこの感覚を、口に出さなかった。

 

 特に異論が出ないので、ヨーティアは言葉を進める。

 

「さて、マナとは命……それを踏まえたうえでだ。ユート、あんたはラクロック限界って知ってるかい?」

 

「あー……えっと……聞いたことがあったような」

 

「内容は?」

 

「いや、そこまでは……」

 

「まったく、それならすぐに分からないっていいな。ヨコシマはどうだい?」

 

 答えられず、ちょっと拗ねた悠人を横目に、横島はニヤリとしながら答える。

 

「確かマナが有限で、エーテルは消費されるとマナになる……って話っすね」

 

「お、ちゃんと知ってるね」

 

 回答できた横島は悠人の方に目を向けて得意げな顔をする。

 所謂、どや顔である。

 何かにつけて悠人より上位に立ちたがる横島であった。

 

「で、続きは」

 

「へ? いや……あまり細かいところまでは知らないっす」

 

「細かくなんてないさ。研究者ラクロックが後年追加した第二法則こそ、一番重要なところだよ」

 

「……グリーンスピリットは胸が大きくなる法則?」

 

「阿呆め」

 

 たった一言でヨーティアは切り捨てた。

 まったく容赦無い言い方だったが、だれも横島の擁護などするわけが無い。

 特にレスティーナの視線は冷たかった。

 

「でも、悠人の奴よりは質問に答えられたじゃないすか!」

 

「やれやれ、中途半端に理解して全部知った気持ちになるなんて無知よりも始末に悪いね」

 

 サドっ気のある笑みを浮かべながら、ズバッとヨーティアが切り込んだ。

 ぐうの音も無く落ち込む横島を見て、今度は悠人がどや顔をする。横島が相手になると悠人も容赦が無い。

 そんな二人を見て、仲が良くて羨ましいなあ、などと思いつつ今まで空気と化していたレスティーナは声を重くして結論を述べた。

 

「ラクロック限界のもう一つの法則とは、エーテルを消費してマナに帰る時に、全てがマナに還元されるわけでは無い、という法則です。

 つまり、マナサイクルは永久機関などではありません。エーテルを消費することで、少しづつマナが、命が、この大陸から失われているのです。マナは全ての源。土地が肥えるにも、作物が育つにも、人が生まれてくるのさえマナが必要なのです。マナは有限です。減ることはあっても増えることはありません。

 ……マナサイクルを続ければ世界は滅ぶでしょう」

 

 世界が滅ぶ。

 国同士の攻防から、急に話が壮大になった。

 そして、それは壮大でありながら、目の前にある危機である。

 

 今まで世界を支えてきた技術が、実は世界を滅ぼす物だった。

 正に驚天動地の真実だったが、

 

「あまり驚いてはいないようですね」

 

 悠人も横島もそれほど表情に変化が無い。レスティーナはそれが少し不快で、思わず唇を尖らせる。

 淡白な二人の反応に、二人が事態の重大さを理解していないのかと考えたが、そういうわけではなかった。

 

「いや、納得だと」

「むしろすっきりしたっす」

 

 元々、悠人も横島もこのマナサイクルシステムには疑問を持っていた。

 余りにも都合が良すぎて、この世界に似合っていないのである。例えば、この世界にメルヘンな魔法や蜂蜜とミルクで満ちた川でもあったりしたら、別にそういうものがあってもおかしくないと考えるだろう。

 だが、奴隷戦闘種族スピリットによって有限を取りあう世界に、無限循環の可能なエネルギーシステムは、酷く不似合いすぎた。

 

 二人の反応に、レスティーナはいたたまれなくなった。

 何のリスクも無く延々に循環可能な燃料。まともに考えればそんなものあるわけないのだ。

 それを、この世界の人間達は理解しなかった。実験結果で示されていたのに、見たくない現実から目を背けたのだ。

 この世界に住む一人の人間として、レスティーナは恥ずかしかった。

 

 しかし、現実を見なかったと言っても、為政者達にどれほど現実を見た上での政策があっただろう。

 

 例えば地球上で、電気を使うと世界が滅ぶから電力発電を止めて電化製品の類を一切を使うな、と言われたらどうなるか。

 当然混乱が起こるだろう。それも、想像を絶するような大混乱だ。

 世界各国で大激論が起こり、暴力で血が流れ、難民が溢れ、餓死者がどれほど生まれる事になるか、考えるだけで恐ろしい。

 

 非難するのは馬鹿でも出来る。問題があると突っ込むのは簡単だ。しかし、対応策を打ち出すのは難しすぎた。

 

「私は、マナサイクルの封鎖とエーテル製品の廃棄。そしてスピリットの奴隷戦闘の取りやめを打ち出していこうと考えています。

 世界を守り、未来に希望を残す為……それが私が信じる道であり、正しいと思う事ですから」

 

 それが女王としてのレスティーナの判断だった。

 エーテルに替わる代替エネルギーが存在しない以上、文明の後退を受け入れるしかない。犠牲は出るだろうが、それを覚悟しているようだ。

 世界の為に、そこに住まう人の為に、築き上げてきた技術を、先人達が連綿と成して来た歴史を、全て否定することとなる。

 

 世界。

 犠牲。

 天秤。

 正しいと思う事を。

 

 横島はウンザリ顔で、レスティーナの言に頷いた。

 過去に下した決断から、横島は頷くしかない。頷かなければ、最愛の彼女に顔向けできないのだから。

 「よりにもよって世界かよ……」と小声ではぼやいていたが。

 

「今の時期にそれは……」

 

 横島と違い、悠人は明確に難色を示す。言っている事は同意するが、実現は困難だと思ったからだ。

 エーテル製品は庶民の生活にだって深く浸透している。流石に日本ほどではないが、それでも風呂を沸かし、食材を炒め、明かりを付け、生活を豊かにしているのだ。

 

 レスティーナが女王となってまだ日も浅い。

 いくら世界の為という御大層な名目があっても、日々を精一杯生きている民にそれが通じるかどうか。

 それも、これは世界全てで実地しなければ意味が無い。下手にエーテルを使用できる地域や特権を作ってしまうと、それは必ず争いの元になる。

 政治には疎い悠人でも、マナサイクルの封印がどれだけ難しいか理解できた。

 困難だ。困難すぎる。

 

「勿論、この事実を発表してエーテル機関を封鎖するのはまだ先になるでしょう。少なくとも、帝国があるかぎり、そしてカオリを助けるまでは戦いを止める訳にはいきませんから。

 帝国を倒し、マロリガン共和国とも協調していける体制の構築と、間違っても混乱や餓死者が出ないよう、しかるべき状況にしてから発表します。今はその土壌作りを目標にするだけです。

 この国を、私を心配してくれて……感謝します。ユート」

 

 春雪のように一瞬だったが、レスティーナは悠人に向かって信頼の笑みを向ける。

 悠人は思わず視線をそらして、何となくぶっちょう面を作った。

 

「……俺は一般論を言っただけだ」

 

「それでもです。感謝を」

 

 信頼と温かさを持った瞳で見つめられて、ついに悠人は赤面した。

 面白くないのは横島だ。

 

「俺だって心配してますよ!」

 

「フフ、分かっています。ありがとう、ヨコシマ」

 

 上品に口角を上げて、レスティーナは横島に微笑む。それだけで横島はでへへと鼻の下を伸ばす。

 女好きめ、と悠人は内心で呆れたように毒づいたが、しかし仕方ないとも考えていた。

 美形で、女王で、頭が良く、理想に燃えている。ヒロイックサーガの主人公のように完璧なのだ。

 大抵の男なら惚れるだろう。いや、信奉者となるだろうか。

 

 だが、完璧ではない。ある一部が決定的に欠けていた。

 悠人の視線がその一部に向けられる。

 そう、胸だ。バストだ。胸囲だ。おっぱいだ。

 レスティーナはゴテゴテのドレスなどは好きではないようで、簡素で質の良い絹の薄着を纏っていた。アクセサリーの類も身につけず、頭上にティアラを頂いてるだけである。

 当然、体のラインが浮き彫りになるのだが、彼女の胸には非常に慎ましい膨らみがちょこんとあった。

 いや、それでも言葉過剰だろう。真実は、つるペッタンである。それはもう絶壁なのだ。ロリでもないのに66は驚異すべき胸囲だった。

 

(天は二物三物四物ぐらいまでなら与えても、流石に五物までは与えないみたいだなあ)

 

 悠人の口元が綻ぶ。嘲笑でも欲情の笑みでもない。親しみだ。

 頭脳に美貌に血統、さらにはカリスマを併せ持つという完全無欠な女王であるが、それでも人並み? な部分がある。それが悠人には何だか嬉しかった。

 

 さて、レスティーナはサイコメトラーでもなんでもない。女王という枠を取っ払えば年頃の少女だ。

 その少女が、自分の薄い胸を凝視したあげく笑みを浮かべた男を見て、何を思うだろうか。

 

「ユートは人の胸を見て笑う癖があるのですね。エスペリアやカオリに伝えておきましょう」

 

「ちょっと待ってくれ! 別にそういうつもりじゃあなくて」

 

「では、どういうつもりで笑ったのでしょうか?」

 

 マジな目つきで、極上の笑みを浮かべる女王様を前に、悠人はダラリダラリと汗を流し浅く呼吸を繰り返す。

 そんな二人を、ヨーティアは余裕の笑みを浮かべて見守る。

 

「まったく若いねえ……いや、私も十分若いけどさ」

 

「……ヨーティア様、ご無理をなさらずに」

 

「だ、誰が無理をしとるかー!」

 

 このコンビは、どうもイオの方が上位に立つ事があるらしい。

 ピーチクパーチク。二組の口論で話し合いが完全に止まる。

 一人取り残されることになったのは横島だ。

 

「つーか、もう少し真面目に話進めましょうよ。時間がもったいないっすよ」

 

 至極真っ当な意見を言った横島に、

 

「お前が言うなー!!」

 

 一同が突っ込みを入れて、場はさらなる混沌に飲み込まれていくのだった。

 

 

 こほん、とレスティーナは咳払いをして、ようやく話し合いが再開した。

 

「これからのラキオスの目的を達成するためにも、まずマロリガン共和国と軍事同盟を申し込みます」

 

 この大陸に存在する国家は事実上残り三ヶ国だ。

 大陸の北に位置するラキオス王国。南西にマロリガン共和国。南東に神聖サーギオス帝国。

 北西にソーン・リーム中立自治区があるが、人口は少なく、産業も資源も無く、気候も厳しく、さらには神聖な地であると噂されている。また、スピリットが転送されてきたという事例も無い。

 併合するには旨みが少なく、むしろお荷物になる為、どの国家も無視している。

 

「……まあ妥当な所かね」

 

「……一応、賛成だ」

 

「……とりあえず賛成っす」

 

 悠人も横島も同意する。敵を減らし、味方を増やす事は常道だ。

 そうでなくとも、王が変わったなら他の国との関係を強化するのは必須である。

 この一ヶ月で内部事情を整理した。後は外部に目を向けようと言う事だろう。

 それが終わって、ようやく戦力をサーギオスに向けられるのだ。

 だが、全員が賛成したのだが、とにかく歯切れが悪い。

 

「レスティーナ、前の襲撃でマロリガンが関わっていない事は確認できたのか」

 

 対等な言葉遣いで、悠人は全員が思っていた疑問を口に出す。

 

「いえ、逆にあの襲撃に関わっていた事が分かったくらいです」

 

「それじゃあ、やっぱり敵って事じゃないか」

 

「しかし、マロリガン所属と思われるスピリットは町で建物や人に害していません。ただ、他のスピリットをじっと見つめていただけらしいです」

 

「偵察ってわけか。サーギオスが攻めてくるのを、マロリガンは知っていたんだな」

 

 ラキオスは情報戦で完全に敗北しているらしい。

 恐らく、相当量のスパイや内通者がいるのだろう。だからレスティーナは憲兵を総動員して見つけようとしているのだが、不思議な事に影も形も見つからない。

 何を通してラキオスの内実を知っているのか、レスティーナも情報部も頭を抱える毎日だ。

 

「色々と疑念はありますが、クェド・ギン大統領は理知的な人物と聞きます。また彼の国は帝国とは常に刃を交えている国です。ユートの国でも、敵の敵は味方という言葉があるように、対サーギオスの軍事同盟できる可能性は十分あります。

 問題はラクロック限界を知り、マナサイクルの破棄とスピリット解放に同調してもらえるかどうかです」

 

 クェド・ギンという名が出て、ヨーティアは表情を僅かに変えた。

 ほんの僅かな表情に、多くの感情が溢れていたが、正より負の感情のほうが多いように見える。しかし、それは本当に一瞬で気づくものはいなかった。

 

「失敗したらどうするつもりだい」

 

「もし同盟が駄目でも、二国間の結びつきは強化していきたいと考えています。サーギオスという共通の脅威がある以上、関係の強化は難しくないでしょう」

 

 そこで、話は終了した。

 これからは暗殺に気をつけなくては。

 部屋から退出する際、そう小さく呟いたレスティーナを見て、二人の異邦人はこの少女が目指す道がどれほど苦難に満ちているのか、改めて痛感した。

 

 

 一ヶ月後。

 スピリットを伴わず、僅かな供だけを連れだってレスティーナは大砂漠を越えて、マロリガンの都市の一つであるスレギトに赴いた。

 一国の王が、スピリットも伴わず砂漠を越えて訪問したのだ。

 下手な対応などしたら国家としての信用に関わると、クェド・ギン大統領は既に現地に足を運んでいた。

 レスティーナはクェド・ギンとの一対一の対談を望み、彼も快く承諾した。

 

 一室に通されて、レスティーナはクェド・ギンと相対する。

 クェド・ギンはまだ三十代の半ばほどで、長身で髪をオールバックで纏めて、とても精力的な顔つきをしていた。

 壮年の、肉体と精神が最も充実している時期であり、立ち振る舞いには自信と生気が溢れている。

 

「遠路はるばる、良くお越しになられました」

 

「いえ、こちらこそ突然の訪問を受け入れていただき、ありがとうございます」

 

 握手をすると、掌はまるで戦士の様に硬く、豆も出来ていていた。肉体も相当鍛えているようだ。

 それからいくつか世間話をして、すぐに会談に移る。レスティーナは出し惜しみせず、カードを切った。

 

 ラクロック限界。エーテル技術の危うさ。サーギオス帝国と帝国が保有するスピリットの危険性。

 ラキオスの保有する多くの資料が惜しげもなく、ずらりとクェド・ギンの前に開示されていた。

 無論、資料には信頼に足りる証明があって、夢想妄想の類で無い事は明らかである。

 クェド・ギンは世界の常識を覆す情報の前で、さしたる表情の変化はなかった。

 

「我らはお互いにこの大地に住まう者。我が国は貴国と手を取りあい、互いの末永い繁栄を望んでいます。

 そのためにも、確固とした同盟を結びサーギオスを打倒し、マナサイクルに終止符を打たねばなりません」

 

 単刀直入にレスティーナが切り出した。

 トップ同士のみの話し合いに、下手な小細工は時間の無駄との判断だ。

 クェド・ギンは資料を一瞥して、鉄仮面のような表情を崩さない。

 

「マナサイクルの封鎖と、軍事同盟。この二つの理はまだ分かるが、スピリットの解放はどういう意図で?」

 

「今更隠す必要もないでしょうが、我らの国にはハイペリアからのエトランジェが滞在しております。

 彼らの話を聞いて、私は確信しました。スピリットの立場は……いえ、これは国のあり方が明らかに可笑しいと言うべきです。

 そもそも、いつ、どこで、どうして生まれるのかも分からないスピリットという存在だけが、一国の軍事力に等しい状況が、異常であると思えませんか。

 さらに、そのスピリットを統率する、いわば軍事のトップである隊長が閑職というのは、もはや狂気の沙汰でしかありません」

 

 レスティーナの言葉にクェド・ギンは僅かに眉を顰めた。

 一般的な感覚からすれば、この反応は正しい。今までの常識を、非常識だと言いだす。気狂いの戯言と言われても不思議ではない。

 

「結論から言おう。マナサイクル凍結案は受け入れられん。また軍事同盟の件も承服できない」

 

 淡々と、しかし強い意志を感じる言葉に、レスティーナは交渉は決裂したと理解する。

 

「理由を聞かせてもらってよいでしょうか」

 

「質問に質問で返させてもらおう。若き女王よ、一つ聞きたい。現実的に考えて、エーテル技術の封印とスピリットの解放など、できるとお考えか」

 

「できます。どれほどの難事であっても、これは成さねばならないことです」

 

「どれほどの苦労を民に強いる事になるか、考えたことはあるか?」

 

「今が異常なのです。本来なら人が苦しまねばならぬ所を、スピリットとマナに肩代わりさせてきたのです。人が現実と向き合わなければいけない時が来た……それだけでしょう。

 民が苦しむかどうかは、我々の手腕に関わるだけです。民を苦しめない為にも、協力が必要なのです」

 

「簡単に言うものですな。

 この現実を知りながら見て見ぬふりをしたのは、相応の理由があったのだと、為政者である女王には分からぬか」

 

「確かに、これは難事でしょう。どれほど対策を施しても、民からは不満の声が漏れるでしょう」

 

「その通り。民が求めているのは、世界の持続ではないのです。彼らは生活の持続を求めている。

 私が民の上に立っていられるのは、彼らの望みを満たす必要があるからこそ。上に立たせてもらっているのだ。

 これは共和制だろうと王政だろうと、上に立つ者は持たねばらない意思であると私は考えているのだが」

 

「民のため、自国のため、職と安全を供給すること。それが国の、我らの役割であること。

 確かにそれは正論でしょう。私も為政者として、それを否定することはできません。

 ですが、それは緩慢な死を迎える理由にはなってはいけません。

 今でさえ出生率の低下、作物の不作、ダスカトロン砂漠の拡大……これらは天災ではなく人災だったのです。

 このままではこの大陸は干からび、人は自ずと滅ぶのです。

 例え後世の歴史書に文明を破壊し民を苦しめたと書かれようと……いえ、エーテル技術を封印して後世に命を残さねば歴史書すら生まれなくなるでしょう。

 どれほど苦しくても次代に命を繋ぎ、希望を連ねていくこと。それこそ国の上に立っている我々が、世界に果たす使命であり責任ではないでしょうか」

 

「ほう、国の上に立つものが世界の行く末を案じるのですか。

 責任とは責務より生じるもの。失礼であるが、一国の若い女王に世界を背負う責務があると思えませんな。

 また、未来と女王は言われるが、我らが搾取しているのは今生きている民です。税を納めた民を重視するのが我らの責任でしょう。

 現実を見ぬ傲慢な物言いは、年寄りには不快なものだが」

 

「どうせ誰かが成さねばいけない事です。それも早ければ早いほど良い仕事です。ならば私が先駆者となって悪い道理は無いでしょう。それに、しがらみの多い年寄りよりも、若者の方が動きやすいのも事実。それと、貴方はまだお若いと思いますが」

 

 レスティーナは含みがあるように言うと、クェド・ギンは軽く肩をすくめた。

 

「どうか、協力を。二国が手を携えれば、きっと現在も未来も救えます。ラキオスは協力を惜しみません」

 

 真摯に、心からレスティーナは訴える。

 レスティーナが持つ、優しさと心の輝きは自国の民だけではなく他国にまで降り注がれていた。

 高潔な魂。これがレスティーナの放つカリスマの根源だ。

 

「失礼、煙草はよろしいか?」

 

「はい。構いません」

 

 クェド・ギンは一礼して、懐から煙草を取りだす。

 取り出した煙草にレスティーナは注目する。少しでも、このどこか得体のしれない大統領の情報が得たいからだ。

 煙草はトヤーアという銘柄で、自由を意味していた。

 クェド・ギンは一度だけ煙草を吸って、すぐに灰皿に押し付けて火を消した。

 

「ここまでのご高説、しかと聞かせてもらった。理想論極まれり、と言った所ですかな」

 

「その理想論を貫かねば世界は衰弱して滅びます。それが現実です」

 

「いや、もう一つ方法がある。スピリットの大半を処刑して、大地に住まう人間が半分になれば、大地にマナは満ちて、しかもマナ消費は抑えられる……戦争による口減らしはどう思われますかな」

 

 眉一つ動かさず、クェド・ギンは言ってのけた。

 とても冗談を言っている様子ではない。

 レスティーナの心胆は冷えたが、そんな事はおくびにも出さず無表情を貫く。

 

「それはただの暴論です」

 

「しかし、これも世界を救う考えでしょう。しかも戦争でいともたやすく達成できます。スピリットが人を殺傷できると分かった今ならば特に。理想論と暴論。さて、どちらが現実的でしょうかな」

 

「……貴方は、破滅を求めているのですか」

 

 レスティーナの問いに、クェド・ギンはしばらく何も答えなかったが、少しして重々しく息を吐いた。

 

「確かに女王の言葉が正しいのでしょう」

 

 クェド・ギンは今までの弁を翻し、あっさりとレスティーナの弁に頷いて見せた。

 論説に敗れた――――というよりも、相手を言い負かそうとする意思がそもそも無かったように見える。

 先ほどまでのクェド・ギンの反論は、極論で相手の意見を封殺しようしたに過ぎない。皮肉に近いものがあるだけで、相手を糾弾するという意識が欠けていた。

 

「私はマロリガンの民の総意を代弁する立場に過ぎん。女王がどのような大義を持っていようと、愛国心に燃え、民衆の為を考える議会の年寄り共は取り合わぬだろう。選挙の票は集まりそうもないしな」

 

 クェド・ギンの語りには、どこか自虐的な響きがある。

 共和制であるマロリガンは、クェド・ギンの一存で動く事は無い。基本は何をするにしても議会の承認が必要だった。

 クェド・ギンはまだ若い。後ろ盾もなく、自身の意見を通す事が出来ない張子の虎なのかもしれない、とレスティーナは思案した。

 

「ではどうあってもエーテル技術封印に協力はできぬと……対サーギオス同盟も」

 

「最初に申し上げた通りだ」

 

 駄目だった。

 そう上手くいくわけがない。

 それは分かっていたが、何の感触も得られなかった。

 

 会談は失敗に終わったが、とはいえレスティーナは別に落ち込んではいなかった。まさか一度の会談で何もかもが上手くいくなんて夢物語は信じていないし、ただ話せば相手が理解するだろう、などという妄想を抱く訳が無い。

 

 まず、こちらの意思をトップに伝える。女王が直接来た事で、こちらの本気は伝わっているはずだ。

 これから何度となく話し合い、お互いの落とし所を探っていく作業に移る。

 地味ではあるが、これが外交の本質だ。また、レスティーナの理想を民に分かってもらうには、どうせ時間が掛る。最低限、エーテルが無くとも生活が出来るという理解は必須だ。

 悠長にしてはいられないが、性急に事をなすものでもない。

 

「分かりました。それでは次に通商に関して提案があるのですが」

 

「女王よ、その話はする必要が無い」

 

「どういう意味でしょうか」

 

「マロリガン共和国は、これより九十六時間後、ラキオス王国に宣戦布告する」

 

「なっ!」

 

 何を言われようと表情を崩さなかったレスティーナの顔色が変わった。外交の場で狼狽するなんて素人以下の反応であるが、それも仕方が無いほどの事態だった。

 その宣告はあまりに唐突であり、そしてレスティーナが思い描いていた構図を全て打ち壊す事を示していたのだから。

 

 ――――帝国と手を結んだか。

 

 マロリガンと帝国は犬猿の仲で同盟など考えられない情勢であったが、可能性としてはそれしかないように思えた。

 そうでなければラキオスに宣戦布告などするわけがない。だとしたら最悪の展開だ。

 

「一体どのような名分あっての事でしょうか。貴国をラキオスが侵した事など一度たりとも無いはずです。まさか、四神剣時代の古い諍いを持ち出しての事ではないでしょう」

 

「そうですな。大義名分は、他国のエーテル事情への内政干渉とでも出来ますが……先を見ての行動と言っておきましょう」

 

 どこか他人事のようにクェド・ギンが言った。

 「先を見て」という言葉に、レスティーナは怪訝そうに眉をひそめる。

 

「なに、簡単なこと。もしラキオスがサーギオスを下せば、間違いなくラキオスは大陸最強の国家となるだろう。そうして女王はまた進言……いや、勧告をマロリガンに突きつける事となる。

 マナを、スピリットを使うな。さもなくば……とな」

 

「ラキオスが武力介入するとでも言うのですか。私は言論によって行動します」

 

「力が介在しない言論などありはしない。それに貴女は国益の為ではなく、世界の為に行動するのでしょう。世界の為ならマロリガン共和国を潰す事が女王にはできるはず。民も貴女に味方するでしょう。世論の操作など女王のカリスマなら難しくはないですからな」

 

 クェド・ギンの言葉の理を、レスティーナは僅かながら認めるしかなかった。

 強力すぎる大義。正しすぎる名分。

 それらは目的の為に手段を選ばなくさせる、最たるものだ。『目的』を『手段』よりも上位に置いた場合、モラルは崩壊する。

 正しいから悪い事をして良い。例えルールに反していても、正しいのだから。

 個人で正義感に酔っている者ほど、この理論に引っかかりやすい。そして自分を正しい悪と思いこみ、酔う。

 その正しさというのはどれだけ大義名分を振りかざそうと、大抵は自分本位のものだ。

 典型的なダークヒーローの理屈を、国というエゴの集大成が使用した場合、最後に待つのは暴走の一語である。

 

「それは貴方が考えすぎているだけです。私は平和の為、民の為、未来に負債を残さないよう最善を尽くそうと努力し、その為に隣人に協力を求めているにすぎません」

 

 表情を引き締め、レスティーナが毅然と言う。

 

「第一、それはあまりに非現実的な考えと言うしかありません。ラキオス、マロリガンが争っている間に、もしサーギオスから一撃を食らえば両国とも滅びます。それが分からぬとは思えません」

 

 レスティーナの言葉に、クェド・ギンは深く頷く。

 その表情は真面目に見えたが、口許は皮肉そうに歪んでいた。

 

「その通り。『だから』サーギオスは動かない。決してな」

 

 レスティーナは怪訝な顔をした。

 何か、会話の中にノイズが発生したような気がしたからだ。

 

「言葉の意味が分かりません。一体どういう意味か、しかと答えて下さい。

 私も正直に言いましょう。私は、マロリガン共和国はサーギオス帝国と何らかの密約を交わしたのではないかと疑っているのです」

 

 言葉を選ばず、真っ向から斬り込む。

 兎に角、レスティーナが聞きたいのはその一点だった。

 レスティーナの眼が、クェド・ギンの一挙手一投足すら見逃さないようにギラリと光る。拒否したとしても、少しでも不審な素振りがあれば、帝国と繋がりがあると判断することにした。

 もし帝国と繋がりがあるのなら、この会談も危険かもしれない。

 事前に横島から渡された文珠を発動させて、逃げる必要も考えなければいけなかった。

 

「女王は民草が読むおとぎ話はお嫌いか。

 ……舞台はとある大陸に存在する小国だ。

 小国は王と可憐な王女が治める美しい国だったが、大陸にあっては弱小で周りの列強に絶えず脅かされていた」

 

 レスティーナの緊張を他所に、クェド・ギンはまるで関係の無いことを喋り始める。

 勿論、ただ関係のない話を始めるわけが無い。これは何らかの暗喩だ。

 この小国というのは、間違いなくラキオスの事を指している。

 レスティーナは無言で続く言葉を待った。

 

「話の筋書きは簡単だ。小国は一つの大国と争い、そして勝利する。すると、それよりも強力な大国がまた攻めてきて勝利する。それを続けて、最終的に小国は大陸の覇者となり、姫は活躍した少年騎士と結ばれる。

 ……どうして、小国は大国に囲まれて、勝利できたと思う?」

 

 なんだ、この問いは?

 

 レスティーナは唖然としながらも、少しでもクェド・ギンとの会話を伸ばして情報を得る為に、会話に乗った。

 質問の意図を測りかねながらも、考えた言葉を述べる。

 

「その話からすると、小国は常に一体一で大国と争っています。それも、弱い順から強い順に戦っているとなれば、常に激戦ながらも勝利の可能性は十分にあったのでしょう」

 

「その通り。ギリギリの勝利を小国は繰り返しました。では、どうして各国はバラバラに小国と戦ったのでしょう?」

 

「……他の国内部で混乱があったのでは。天災、政争、内乱等、外に目を向けることが出来ない事態になった」

 

「過去のバーンライトのようにか?」

 

 お伽噺から、突如現実に話が戻った。

 クェド・ギンは小さく笑みを浮かべる。レスティーナは何も答えない。

 ラキオスは過去にソーマという男によって、スピリットの殆どを失った過去がある。

 実践が出来るスピリットは、まだ幼いエスペリアだけという絶望的な状態に陥ったのだ。隣国には常に小競り合いを繰り返すバーンライトがあった。

 その時は徹底的な情報統制で事実を隠し、スピリットを速成で仕上げて何とか乗り越えようとした。

 しかし、当然それにも限界があった。

 ある時、とうとうスピリットがいなくなったと突き止められ、ラキオス滅亡と思われた。

 だが、そこでバーンライト内部で天災、政争があって、足並みがそろわなくなってしまった。

 

 幸運が重なり、アセリア達がギリギリ戦えるようになって、ようやくバーンライトは動き出した。その戦いで、子供に毛が生えたようなアセリアは戦功を上げて『青い牙』の二つ名を獲得したのだが。

 ラキオスはギリギリで命を永らえたのである。

 

「賢察の通り、その物語でも同じ理由で強国は動けなかった……動ければ勝敗は決したはずなのに。では、それは何故か? どうして病が流行る? どうして、不運だったのか?」

 

 雲行きが怪しい。

 最初、レスティーナは話をはぐらかそうとしているのかと考えたが、クェド・ギンの目は真剣だった。それこそ、先ほど国がどうとか話していた以上に真剣なのだ。

 まるで、これこそ話の本題と言わんばかりに。

 

「分からないか。ならば答えよう。答えは、作者の都合だ」

 

 皮肉っぽい笑みを浮かべるクェド・ギン。その笑みの中に、例えようも無いほどの怒りがある事をレスティーナは見抜いた。今まで能面のような表情を崩さなかった彼が、ここにきて始めて人間らしい生きた表情を作っていた。

 レスティーナは無言で先を促す。

 

「作者とって、その物語の存在価値は『王女と少年騎士のハッピーエンド』でしかなかったからだ。山あり谷ありの物語。そして結果は決まっている。

 作者の立場は作者の考えるハッピーエンドの向かって如何に自然を装いつつキャラクターと世界を構築し操作すること……全ては、物語のため」

 

 違和感が無いように。作者の意図が見えないように。

 決められた結末に物語は誘導される。

 

「これが俺の出した答えだ」

 

 色々と、含みが込められている答えだ。

 俺の―――とは、どういう意図で言ったのか。そもそも答えとは? 一体何を問題としているのか? 話の流れからすれば、どうしてサーギオスが攻めてこないのかの理由付けだが、まさか神(作者)の都合とでも言うつもりか。

 マロリガンは議会制を採用している共和国だ。この訳も分からぬお伽噺のようなお話を、議会は信じているのか。いや、いくらなんでもそれはないだろう。

 もし、そうだとしたら議会の連中は何を持ってサーギオスは攻撃してこないと信じているのか。それとも、攻撃して来ても対処できると考えているのか。

 

 ただこちらを煙に巻こうとしているだけなのか。夢想と妄想に生きているのか。狂人の戯言か。

 だが、クェド・ギンの目にある深い知性の輝きが、狂人である事を否定している。いや、狂っていても知性は衰えないものなのか。

 レスティーナには分からなかった。分かる訳もなかった。

 ただ一つ理解できたのは、この男は何があってもラキオスと協調する気はないというだけ。

 

「顔色が優れませんな。マロリガンの水はお気に召しませんか?」

 

「……ええ、性質の悪い演劇でも演じているような気分の悪さですね」

 

「同感です」

 

 ぬけぬけと、クェド・ギンは言ってのけた。

 だが、レスティーナには、その一言が一番の本心であるように聞こえて、ますますこの男の正体が分からなくなる。

 

「最後に一つだけ聞かせて下さい」

 

「何ですかな」

 

「貴方は、何と戦っているのですか?」

 

 クェド・ギンは沈黙する。目は、何処か遠くを見ているようだった。

 

「私は、貴方がもっと別の何かを見ているような気がしてなりません。この対談は貴方にとって遊びに過ぎなかったのでは?」

 

 クェド・ギンの目が、レスティーナを覗き込んだ。この対談の中で、初めてクェド・ギンはレスティーナを見たようだった。

 それは科学者のような冷徹さで満ちていた。

 

「……ラキオス領までの安全は保障しましょう。では」

 

 そこで対談が終わった。

 関係強化の為の話し合いで、まさか宣戦布告を突きつけられるという異例にして異常な事態に、レスティーナの頭はめまぐるしく活動していた。

 これから先の戦いは、今までとは桁違いの激戦となる。一歩間違えれば、奈落はすぐそこだ。

 

 部屋から外に出る扉までの数メートル。時間にして数秒。その間に、レスティーナは戦略を決めた。

 文珠を発動させる。この瞬間より、ラキオスは戦争を開始する。

 神は、この世界の理でもって動く神であるがゆえに、チート(不正)である霊力を感知できなかった。

 

 

 クェド・ギンはレスティーナが部屋から出たのを見てから、重く息を吐いた。

 

「モラルが高く、頭も切れる。民衆の人気も高い。協力するにも、手駒にするにも不都合か」

 

 また懐から煙草を取り出す。咥えて火を点け、ゆっくりと吸って吐く。

 肺の中に、体中に、自由の煙を染み込ませる。

 

 ――――貴方は何と戦っているのですか。

 

 そんなもの、決まっている。

 

「人は、神剣などに屈せぬ」

 

 

 ――――くすくす、無駄な足掻きですわ。

 

 

 闇が、嗤っていた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。