永遠の煩悩者   作:煩悩のふむふむ

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第二十七話 後編 新たな敵対者②

「リヴァイブだ!」

 

 横島の首が落される直前、悠人は言葉短く指示を出した。回復ではなく蘇生の指示だ。

 エスペリアはまだ動けなかったが、ハリオンと二ムントールは反応できた。すぐに蘇生魔法リヴァイブの詠唱を開始する。

 空中から飛んできたブルースピリットが白刃を煌めかせながら地面に着地する。同時に横島の首が寸断されて、首はポロリと胴体からこぼれ落ちて砂の中に埋まった。

 頭部を失った首から噴水の如く血が噴き出し、それは金色のマナになっていく。

 

「後ろのブルースピリットを潰せ!!」

 

 絶叫のごとき悠人の指示と同時に、悠人とグリーンスピリットを除く全員が鬼の形相で突撃を開始した。

 悠人は未だに震えて動かないエスぺリアと詠唱で動けないハリオンとニムントールを守るべく、全力で障壁を展開する。

 

 後方でハリオンらの蘇生魔法を阻害しようと詠唱を始めたブルースピリットは三人。

 蘇生魔法は死んだ直後でしか発動しない。もしもここで発動を阻害されたら、横島は確実に死ぬだろう。

 最低でも二人は潰す必要がある。敵スピリット達はブルースピリットを守るように立ちはだかった。

 

 一番に突破したのはウルカだった。

 圧倒的な速度で突撃し、敵の剣をいなしながら速度を維持して前に出るという神業を持って、ブルースピリットの一人に肉薄する。

 だが、そこでウルカは気づく。形相が違いすぎて近づくまで気づかなかったが、そのブルースピリットはかつての部下だったのだ。

 

 致命傷にならない程度に、袈裟懸けに切る。これで詠唱を中断できればと、ウルカは考えた。

 だが、鮮血を撒き散らしながらも、ブルースピリットは詠唱を止めない。ウルカの周囲にスピリットが集まってくる。

 次で仕留めなければ、自分と横島の命も危なかった。

 

「すまない」

 

 血が出るほど強く唇をかみ締めながらウルカが言って、神速の居合いを放つ。ブルースピリットの首が宙を舞った。

 自分は部下を助けるためにラキオスに入ったというのに、まさかこの手で殺める事になろうとは。

 運命の残酷さと、そして無為に突撃した横島と、何より自身の無能を呪う。

 そんなウルカの心中など知る由も無いスピリット達は、ただ歓声の声を上げた。

 

 これで後二人。

 だが、そこで一人のブルースピリットの神剣魔法が完成してしまう。

 

「凍結せよ。アイスバニッシャー!!」

 

「や、やああああ~! 止めてください~!!」

 

 青の魔方陣が浮かび、弾けて、ハリオンの周囲に氷の檻が作られる。

 ハリオンが詠唱していた蘇生魔法のマナ振動が停止して、魔法は発動前に止められた。ハリオンは必死に抵抗したが、よほどの実力差が無い限り気合でどうにかなるものではない。

 これで、蘇生魔法が使えるのはニムだけ。詠唱を妨害しようとしているのはブルースピリット一人。

 だが、よりにもよって、目標のブルースピリットは一番奥に陣取っている。

 

 間に合わない!!

 

 全員に絶望の衝撃が走る。

 が、次の瞬間、詠唱していたブルースピリットは空を舞っていた。

 

「な?」

 

 全員、何が起こったのか分からず目を白黒させる。

 吹き飛ばされたブルースピリット自身も理解できないようで、ただ腹部に走る衝撃に胃液の逆流をこらえるのが精一杯だ。

 

「はえ?」

 

 先ほどまでブルースピリットがいた場所には、きょとんとしたヘリオンが地面に倒れている。

 ヘリオンが体当たりして吹き飛ばした。ただそれだけのことだが、その速度は異常だった。ファーレーンやウルカですらヘリオンの動きを捉える事すら出来なかった。

 当の本人すら何だか分かっていなかったようだが、孤立しないように慌てて立ち上がり仲間達の元へ向う。

 

 とにかく、ブルースピリットの詠唱は防げた。

 ここでニムントールが詠唱を終える。

 

「神剣の主が命じる。『曙光』よ、お願い……生き返って! リヴァイブ!!」

 

 ニムの祈りが一条の光となって、横島が死んだ所に差し込んだ。

 その光を目印にするように、周囲に漂っていた金色のマナが集まって人の形となる。

 復活した横島の姿に、皆がほっと息を吐いた。安堵のあまりポロリと涙をこぼした者もいた。

 何とか最悪は脱したが、それでも状況は良くない。

 突撃したスピリットは横島を中心として完全に包囲されてしまった。横島は蘇生したばかりで体にはダメージが残っているだろう。それ以外の何人かも、突撃の際に傷ついて血を流している。

 それに対して敵は万全だ。ウルカが殺したスピリットを除いて、広域回復魔法で全回復している。

 最悪なのが回復と防御能力に優れたグリーンスピリットと悠人だけが包囲の外側にいること。悠人はともかく、グリーンスピリットは下手をすれば強力な赤の魔法一発で全滅しかねない。

 それでも横島やウルカがいる以上、そうそう負けないだろうが、しかし勝っても相当の犠牲が出るだろう。

 

「まったく、最後の防壁まで来られるとは、これではユキノジョウを倒すなどまだまだですね……まったく使えない」

 

 状況を確認したソーマは忌々しく呟いた。

 後一歩で自分が死んでいたというのに、そこに恐怖の色は見られない。

 

「いくら私が名うての調教師でも、やはり素材が良くないと一定ラインを越えるのは難しい……ふむ」

 

 ソーマは値踏みするような視線でハリオン達を見た。スピリット達は思わず総毛立つ。

 蔑みの視線なんて人間たちから嫌というほど浴びた。その度に怒りや悲しみが湧いてきたものだが、ソーマの視線はただ気持ちが悪かった。

 その視線は見られたくないものをあばかれるような、侵されてはいけない部分に踏み込まれるような、そういった不快感を絶えず与えてくる。

 スピリット調教師。その肩書きがどれほどスピリットにとって恐ろしいものなのか、彼女たちも理解し始めていた。

 

「エスペリア、私の元へ戻ってきてはどうです。お姉さん達が待っていますよ。

 ウルカ、貴女もどうです。ほら、部下達も恋しがってますよ」

 

 ソーマがパチンと指を鳴らすと、数人のスピリットが前に出てきた。

 

「エス、お姉ちゃん達と一緒に居ましょう。おねえちゃんといっしょに。オネエチャントイッショニ」

「隊長、一人は淋しいです。たいちょう、ひとりはさびしいです。タイチョウヒトリハサビシイデス」

 

 それは、正に虚無からの呼び声だった。

 

「ああ、お姉さま……」

「お、お前達……」

 

 二人は魂を抜かれたような仲間の声に、ただただ絶望する。

 ソーマという男に対する怒りよりも、自分に対して怒りが湧いてきた。

 悠人や仲間と楽しい生活を送っていたとき、姉や部下達は地獄で魂を砕かれていたのだ。

 

「この外道!」

 

 強烈な罵倒の声がヒミカの口から発せられた。

 圧倒的な嫌悪、憎悪の感情がスピリット達から発せられソーマを貫く。

 ソーマはそれをものともせず、ヒミカ達を値踏みするようにじっくり見つめた。

 

「『赤光』のヒミカ。貴女も中々興味深い。私自身のスキルアップの為にも、是非とも貴女の精神と肉体を勉強させてほしいですねえ」

 

「冗談を!」

 

「いえいえ、冗談ではありませんよ。ここでひとつ提案があるのですが、私と共に来ませんか? 私達は協力できるはずなんですよ」

 

 この男は何を言っているのだ?

 全員が呆然とソーマを見やる。

 

「もう一度言いましょう。私はラキオスと敵対する意志は無いのです。それどころか協力できるはず! 私の目標はただ一つ、サーギオスにいるエトランジェ・ユキノジョウ。あの化け物と配下のスピリットを打倒し、私のやり方こそが最高のスピリットを育てるのだと証明したい。スピリットマスターになりたいのです!」

 

 ソーマは興奮しながら言って、頬をバラ色に染めながら口角泡を飛ばす。

 それは夢を語る男の表情である。中年男性の邪悪な想いが満載だった。

 

「良ければ、スピリットを交換してもいいですよ。お互いの為に、決して無碍には扱いません……意味は分かるでしょう?」

 

 ソーマからすれば、ラキオスと敵対したくないというのは本音なのだろう。

 だが、スピリットを穢し、売り、貶めてきた以上、横島とは決して相いれない。見かけたら殺す。それほどの増悪がある。

 だから人質を取ろうと言うのだ。もしセリア達を手中におさめれば、彼女らを人質にされて横島はソーマに手出しできなくなる。

 

「何でしたら、そちらは一人で、こちらはエスペリアの姉とウルカの部下を一人づつ交換してもいいですよ。一対二。数の上では私が不利です」

 

 それが本当であるなら、決して悪い取引ではないように思えた。

 戦力的にも戦略的にもメリットは大きい。ここで不戦協定が結べればマロリガンの戦いに集中できるし、なによりここで死者が出ては溜まったものではない。

 

 私の身一つで、国が、仲間が、ヨコシマ様の命が助かるなら――――

 

 幾人かが生贄になっても良いと、そう考えた時だった。

 一人のブラックスピリットがスレギト方面から飛んできた。

 スピリットはソーマの前で跪いて、何かを報告する。途端、ソーマの表情が一変した。

 

「まさかこれほど早く……もし共闘されれば……ここは大事をとるしかありませんか」

 

 どうしてこんな事に。ソーマは無念そうに呟く。

 何が起こったのか分からないが、それはこちらの台詞だとラキオスのスピリット達は思った。

 本当なら、既にスレギトを攻略しているはずだったのだから。

 

「不本意ではありますが、ここで失礼させていただきます……ラキオスのスピリット達、もし強くなりたければ、私の元まで来てください。そう、身も心も私に捧げてくれれば、対価として願いをかなえて差し上げましょう」

 

 それだけ言ってソーマはきびすを返して夜の砂漠を歩き始めた。

 横島が何かを叫ぼうとした。逃がさないとでも言おうとしたのだろうが、それはヒミカが彼の口元を押さえて言わせなかった。

 ここでソーマが引いてくれるのなら、それにこしたことはない。だが、何を思ったかソーマは足を止めて横島達に向き直る。

 

「ああ、最後に少し訂正させていただきます。エニが死んで惜しかったと言いましたが、あれは嘘です。

 私も色々なスピリットを調教して肉体と精神を勉強してきましたが、あれは類を見ないほど天才で邪悪そのものでした。自身以外の全てを自覚なく見下し利用することだけを考えていた。例外として愛する神剣はいましたが、それはどう苦しませるかだけを考えて、喜悦に浸ろうとしていたのでしょう。あれは、世界の害悪。生命の天敵。殺さなくてはいけない存在でした」

 

 これ以上ないほどエニをボロクソに言った。

 挑発のつもりかと思ったが、今更挑発する意味はないはず。

 

「正直死んでくれてほっとしています。もし、生きていたらと思うとゾッとしますよ」

 

 嘘を言っているようには聞こえなかった。

 それでは、とソーマは丁寧に頭を下げて、どこぞへと消えていった。

 

 ソーマが消え去った後は、沈黙だけがあった。

 いや、僅かに聴こえてくる声がある。エスペリアのすすり泣くような懺悔の声。ウルカの奥歯をかみ締める音。

 肉体的にも精神的にも、ソーマは多くのダメージを与えていった。

 

「それじゃ~まずは回復ですね~ヨコシマ様、魔法のお時間ですよ~」

 

 ハリオンがのんびり言って、ようやく時間が戻ったようだった。

 全員がはっとした様子で周囲を見回して安全を確かめ始める。

 

 ハリオンは横島に回復魔法をかけて、そして懐からおやつの携帯型乾燥パイを取り出すと、横島の口に詰め込んだ。

 蘇生魔法は万能ではない。死んだ瞬間でないと効果がないし、蘇生しても傷も疲れも残ってしまう。

 横島は目を閉じて回復魔法を受け、糖分を摂取する。それが終わると『天秤』の力を引き出して、ソーマが消えた方角を睨み付けた。

 ハリオンは、めっめっと横島を叱る。

 

「もう、駄目ですよ~まだ二人とも元気じゃなありません~!」

 

「私は……俺は大丈夫だ! 早くソーマを追うぞ! あいつは、生かしてられん!!」

 

 『天秤』は、そして横島はまだソーマへの激情を抑えきれていなかった。ただ憎い。憎くて憎くて、腸が煮え返り続ける。

 そんな横島にスピリット達は口元をゆがめる。どう見ても平静ではない。だが、スピリットである自分達が下手に諌めても、

 

 『人間に逆らえない哀れなスピリットだからこう言うのだ。だから俺がスピリットの敵を排除しなければ!』

 

 そんな事を自分勝手に妄想するに違いない。一体どうしたらいいのだろう。

 横島を落ち着かせる言葉をセリア達は探す。大人達がそうしていた時だった。ニムントールがトコトコと横島の目の前までやってきた。

 そして、

 

「ふん!」

 

 思い切り横島の脛を蹴り上げる。

 悶絶する横島。いきなりの暴力に、何をするとニムを睨んで、あっと声を上げた。

 ニムの頬は不自然に痙攣して、緑色の瞳からは大粒の涙が零れ落ちていた。

 

「ふ、ふざけ、ふざけるな! な、なな、何が、だい、大丈夫だ! も、もしも、ま、魔法が失敗したら……そしたりゃ、も、もう、うああ」

 

 そこから先はも言葉にならなかった。

 全身を震わせて、ただ泣く。限界を超えた怒りと安堵が、ニムの感情を爆発させた。

 そこで横島はようやく気づく。自分に蘇生魔法をかけてくれたのは、ニムだということに。

 自分の命は、この小さな少女の肩にかかっていた。もしも魔法が失敗したら、確実に死んでいただろう。

 元々ニムは回復は不得手で、しかも蘇生魔法は難度が高いのだ。

 この小さな体に、どれだけのプレッシャーは掛かっていたのか想像もつかない。

 泣きじゃくる少女にかける言葉が見つからず、何となくニムの頭に手を伸ばしてみる。

 

「しゃわるなあ!!」

 

 横島が伸ばした手を振り払う。

 その時には、もうニムの顔は涙と鼻水で凄いことになっていた。

 

 ニムを放っとけない。この顔をあまり周囲に見せたくない。

 そう思った横島は軽く抱きしめようとしたが、今度は両手を突き放して横島を拒否した。

 次に横島は今度は暴れられないように、両手ごと強く抱きしめる。

 

「ごめん、本当にありがとな」

 

 力強く抱きしめながら言って、涙塗れのニムの顔を胸に抱いた。

 ニムは最初は暴れて抵抗しようとしたが、強く抱かれて脱出できないと悟ると抵抗を止めた。ただしゃくり声を抑えようとして、それでも抑えきれない嗚咽の音が周囲に漏れる。

 泣き声が皆に聞こえないように、横島はさらに強くニムを胸に招き入れて抱きしめた。ニムも、自分から胸に顔を押し付ける。

 皆は二人をしばし見守る。今の二人には抱擁が必要だと判断したからだ。

 

 それから少しして、横島の力が緩んだ隙を突いてニムが腕の中から抜け出した。

 

「……変態!」

 

「誰が変態だ! つーか見てみろ。お前の涙と鼻水で服がべチョべチョになったぞ!!」

 

「それはヨコシマの汗!!」

 

「こんなベトベトな汗があるかー!」

 

「こっちくるな変態! くっ付けるなー!!」

 

 くだらない、いつものような掛け合いが始まる。横島の表情から影が抜けた。

 それを見て、大人達は自分達が考えすぎていたことに気づいた。

 

 そうだった。冷静な言葉で落ち着かせようとするよりも、女の子をけしかけておけば元気になるような変態が私達の隊長なのだ。

 

 スピリット達は呆れたような顔をして、次に笑った。

 そんな中で、ハリオンだけが少し寂しい表情になったが、すぐに怪しげな笑みを浮かべる。

 

「ニムさん、ちょっと失礼しますね~」

 

「へ?」

 

 ハリオンはニムをひょいと抱きかかえる。

 そして、ニムを横島に近づけて、

 

 ――――ちゅ。

 

 横島のほっぺたにキスをさせた。

 

「な、ななななな! 何するのハリオン!」

「だって~今は私なんかがキスするよりも、ニムさんがキスしたほうがヨコシマ様が喜ぶじゃないですか~」

「そうなの!? この……変態エロスケベ!!」

「んなわけあるか! ハリオンさん、俺はロリコンじゃないっすよー!」

 

 横島もニムも顔を赤くして絶叫する。

 

「結婚式には呼んでねー!」

「二人は幸せのキスをしたの~」

「あわわわ、まさかニムが一番のライバルなの!」

 

 騒動の種に、やんややんやと子供達がはやしたてた。

 ニムが恥ずかしさと怒りで、神剣を振り回してネリー達を追い立てる。

 いつもの第二詰め所だ。さきほどの絶望が嘘のようである。

 セリアは僅かに頬を赤く染めた横島に近づいて、ただ一言だけ言った。

 

「ヨコシマ様、分かってますね」

 

「ああ……悪かった」

 

 言いたいことは山ほどあるが、横島への説教は、これで終わりだ。

 これで何も理解できないほどバカではないと、セリアは信じている。だから、これで終わり。

 

「セリア~ヨコシマ様だけじゃないですよ~」

 

 ハリオンに言われてはっとした。

 あの横島は横島だけではなかった。もうひとつの意思が重なった結果だ。

 横島だけならまだ正気を保てたはずだった。

 

「『天秤』、貴方もよ。エニを侮辱されて怒った気持ちは分かるけど、それで冷静を失ったら貴方でもこうなるのだから」

 

 セリアは天秤と話したことがあり、どれだけエニを大切に思っているか知っている。

 ただでさえ横島が怒りで理性をやられている所に、神剣からも怒りの感情が伝わったら平静でいられるわけが無い。

 最低でもどちらか一方は、冷静になってもらわないと困る。

 

「反省している……だとさ。まあ、エニの件については俺のほうがこいつを抑える側に立つべきなんだけどな」

 

 そう横島が言いながら、彼は少しだけソーマの言っていたことを肯定した。

 『天秤』をここまで苦しませたエニは、確かに恐ろしかったのだと。

 

 横島達がそんな事をしている一方、悠人達、第一詰め所の面々は気まずい空気の中にいた。

 エスペリアは未だに青ざめた顔で立ち尽くしている。

 悠人はそんなエスペリアの様子に、頭の中をかき回されているような感覚を覚えた。

 

 一体あの男と何があったのか。

 かつてソーマはラキオスの調教師だったが、どうやってかスピリットの所有権をラキオスから奪い取って逃走、そのままサーギオスに組み込まれた。

 唯一残ったのはエスペリアのみ。

 悠人はそれぐらいしか知らない。

 聞きたい。でも聞いてよいことなのか? 触れてよいことなのか? 触れたら余計に傷つけてしまうんじゃないか?

 

 そしてウルカだ。 

 ウルカも、エスペリアと同じように立ち尽くしている。

 罪悪感を耐えるように口を真一文字に引き締めて、永遠神剣『冥加』を握り締めていた。

 これから先、俺はウルカに対して仲間を殺せと命じなければならないのか。もしかしたら、ウルカの部下を救うために彼女は交換に応じてしまうのではないか?

 引き止めるにしても、どう引き止めたら良いのだろう?

 

 どうしたら良いのか悠人には分からない。

 神剣という力を得ても、それだけではどうしようもないという事実を突きつけられて悠人は無力感に苛まれる。

 沈み込む三人に、アセリアもオルファも言葉が無い。どう慰めたらいいのかすら分からなくて、悔しげに俯いてしまう。

 そこに、ヒミカがやってくる。

 

「ユート様、指示をお願いします。スレギトは目の前です」

 

 横島とニムが抱き合っている間、ヒミカは悠人から指示を受けに来た。

 これから先、横島が冷静でない可能性が高いだろうから、悠人に指揮を任せるしかないと考えたからだ。

 だが、それは失敗だったとすぐにヒミカは気づいた。

 

 悠人も心ここにあらずという感じである。ヒミカの言葉も聞こえていないようだ。

 言葉一つ分からぬ中、妹を人質に取られ、神剣を持たされ殺し合いをさせられるという極限の中で、献身的に悠人を支えたのがエスペリアだ。

 その彼女が揺れ動いた結果、悠人のほうにも精神が揺らいでしまっている。

 

 参ったとヒミカは頭を抱えた。

 悠人が駄目なら横島。横島が駄目なら悠人。

 そんな感じでラキオスのスピリット隊は回っているが、両方駄目になってしまってはどうしたらいい。

 

 困ったようにヒミカは横島を見て、そして言葉を失う。

 横島はハリオンに頭をナデナデされたり、ヘリオンのツインテールをいじくったりしていた。

 その度に、横島はあからさまに元気になっていく。それはただ気力が戻ってきたと言うだけではない。

 その肉体が、霊力が、マナが、明らかに活性化されているのだ。もしこの場面をヨーティアが見たら、嬉々として横島を弄繰り回すだろう。

 これこそが横島の力だった。煩悩で霊力が増幅するだけではない。煩悩で頭脳も肉体も心もパワーアップするのだ。

 

「女でボロボロになって、女で強くなるか。本当にこの人は」

 

 呆れと頼もしさでヒミカは力強く頷いた。

 私達がいれば、ヨコシマ様は大丈夫だ。

 ヨコシマ様がいれば、きっと負けることは無いはずだ。

 ヒミカはそう信じた。家族同然の絆がラキオスにはある。どんな困難も、乗り越えていけるはずだ。

 

「ヨコシマ様、指示をお願いできますか」

 

 ヒミカが言って、横島は頷く。

 

「スレギトに行こう」

 

 ソーマを追おうとは、言わなかった。

 

「おい横島。本当に進軍するのか。あのソーマを追いかけたほうが……いや、一度ラキオスに戻らないか」

 

 弱気になった悠人が言うが、横島は首を横に振った。

 

「大丈夫だと思うぞ。あいつが行った方角はデオドガン方面だし、他にもラキオスに行かない理由があるしな」

 

 確かに戦力的には、ソーマはラキオス領内にもいける。だが、ソーマを見つけ出そうと諜報部隊は躍起になっているし、それをスピリットで叩き伏せても宿や食事を取るにもラキオスは不都合だろう。

 旧デオドガンはマロリガンが制圧したばかりで治安も完璧ではないし、さらに商業も活発で異国人もなじみやすい。身を潜めるにも適している。まともに考えればラキオスにはいかないはずだ。

 

「でも、それでも裏をかいてラキオスに来る可能性もあるだろ!」

 

「スレギトまで行けばマナがあるから、神剣通話でソーマの事をラキオスに伝えられる。そうしたら第三詰め所に防備を固めてもらえばいいさ。今やることはスレギトの占拠。それが第一だ」

 

 混乱から完全に立ち直ったらしく、横島の声は落ち着いたものだ。

 周りのスピリット達は平常に戻った彼の様子にほっとしている。隊長が冷静になったというのもあるが、それ以上に横島がいつもの調子になったのが単純に嬉しかった。

 その、いつもの声で、横島は次の一言を発した。

 

「それにソーマは、アイツは俺が絶対に殺す。もう決まったようなもんだから、慌てなくていいさ」

 

 ――――何があっても殺す。ソーマという男が持つスピリット調教方法等の知識、その思想、全てをこの世界から消し去ってやる。

 

 横島の中では、もうソーマという男の未来は確定した。それこそ、死刑台に上った死刑囚のようなもの。

 絶対に死ぬのだから、その短い命を堪能しておけ、というかませ雑魚の如き思考で冷静になれた。それだけ横島の中でソーマの死は絶対だった。

 

 殺し合いの世界で生きてきたスピリット達だから、今更命を大事にしようなどと言う者はいない。命を奪うというのは罪悪だが、戦いなのだから仕方ないと皆が割り切っている。

 スピリットの特性と受けた教育から人間を殺すのはいけないとは思うのだが、あのソーマに関してはそういう思いも抱けなかった。

 

 だが、それでも。

 

 あの横島が激情に駆られているわけでもないのに殺意を常備した事が、セリア達には酷く悲しかった。

 

「ソーマを殺したら、エスペリアさんとウルカの仲間を助けたらいいさ。大丈夫だ、きっと上手くいく!」

 

 横島は快活にエスペリアとウルカに笑いかける。

 エスペリアは何も答えない。

 ウルカは密かに怒りを覚えた。

 

 貴方が突撃したせいで、手前は自らの手で仲間を殺しました。

 横島の楽観的な言葉に、ウルカは思わずそう言葉にしそうになったが、何とかこらえた。

 自分も同罪だ。自身の無能さによって、部下達は心を砕かれてしまった。

 

「はい、上手くいかせましょう」

 

 ウルカが感情を抑えた声で言って、横島も頷く。

 

「よっしゃ、いくぞ! 何があってもここでマロリガン戦を終えて、さっさとソーマを倒して佳織ちゃんを助けに行かないとな! それが終わったらスピリットハーレムだ!!」

 

 横島が現在の目標と、これからの目的と欲望を語って皆を鼓舞する。

 そう、これから先、どんな困難があってもそれを切り伏せ乗り越えなくてはならない。

 

 再度決意して進む。少し進んだだけで地面が砂からしっかりとした土に変わった。砂漠を抜けたのだ。

 もうスレギトは目の前だ。

 だが、そこで横島達の足が止まった。

 

 目の前に、懐かしい顔が現れたのだ。

 

「久しぶりでござる……先生!」

「よう、待ってたぜ!」

 

 本当に唐突だった。

 考えもしない再会だ。

 

「シロに……タマモか?」

 

「光陰に今日子?」

 

 そこにいたのは、横島の同僚である妖狐タマモと犬塚シロ。

 そして、悠人の同級生である岬今日子(みさき きょうこ)と碧光陰(みどり こういん)。

 それとどこか見覚えのあるグリーンスピリット。計五人だ。

 

 横島は嬉しさに思わず飛び上がりたくなった。、

 これで美神やおキヌちゃんをこちらへ呼び寄せることが出来れば、美神除霊事務所のメンバーが揃うわけだ。

 そうしたらもう怖いもの無しだ。勝利は約束されたも同然だろう。

 悠人も親友との再会に目を輝かせる。

 

 だが、その希望は、すぐに困惑へと変わった。

 理由は簡単だ。タマモと今日子の目には冷たい殺意が浮き出ていたのだ。

 

「我が名は永遠神剣第五位……『金狐』」

 

「ふん、『空虚』だ」

 

 扇を構えたタマモは『金狐』と、レイピアを構えた今日子は『空虚』と名乗る。

 悠人も横島も言葉を失う。

 中二病にでもなったかと、笑う余裕もない。

 

「拙者はマロリガン所属のシロと言います。拙者の持つのは永遠神剣第四位『銀狼』。誇り高い神剣で、なにより犬とは違うのでござる! 犬とは!!」

 

「同じくマロリガン所属の碧光陰だ。稲妻部隊って奴の隊長をやってる。俺が持つのは永遠神剣第五位『因果』だ。割といい奴なんだぜ」

 

 シロは刀の、光陰はダブルセイバーの永遠神剣をそれぞれ見せ付ける。

 この二人はいつもの様子だが、しかし横島達は気づいてしまう。その距離感が、その立ち振る舞いが、戦士としてものだと。

 間合いを計られているのだ。その事実に、それが意味するものに、二人は戦慄する。

 

 最後に、ハーフアップの髪を後ろに纏めた、仕事が出来るOL風のグリーンスピリットが前に出てくる。

 

「ちなみに私は」

 

「偽乳の薬物姉ちゃんだな!」

 

 横島の発言に周りから奇異の視線が飛ぶ。

 主に、その小さめの胸にだ。

 

「クォーリンです! クォーリン・グリーンスピリット!!」

 

 顔を真っ赤にして怒鳴りつけるクォーリンに、ヒミカはどこか親近感を感じていた。

 さて、と光陰が言って、

 

「自己紹介も済んだし、色々と話したいことはあるんだが……やっぱりまずこれを報告しないとな。

 察しているとは思うが、今日子とタマモちゃんは神剣に心を奪われた。このままだと回復する見込みは無い」

 

 最悪の事態だった。

 それは永遠神剣を操る者には等しくありうる災厄。

 

「何で今日子が」

「何でタマモが」

 

 横島と悠人の声が重なる。

 悠人が知る今日子は勝気で強く男勝りで、神剣の干渉を跳ね返すぐらいの強さがあると悠人は思っていた。

 そして、横島が知るタマモもクールで自立心が強く、神剣の干渉に負けるとは思えない。

 

「悠人、お前は本当に鈍いよな」

 

 非難するように、しかし尊敬するような、複雑な感情をこめて光陰は言った。

 悠人にはまるで意味が分からない。ただ一つ理解したのは、自分が何かを見落としているというだけだ。

 

「タマモに関しては、拙者のせいでござる」

 

 シロの目には苦渋の色が見て取れた。

 一体何がシロとタマモに起こったのかは定かではない。だが、言葉も通じないこの世界で、文字通り血の滲む様な苦労をしてきたのだろう。

 

 どうしてその場に俺はいなかったのか。

 どうしようもない事だったのは分かるが、それでも横島は悔しかった。

 

「今日子とタマモちゃんを助けるには、マナが必要なんだ。それもただのマナじゃない。今日子には悠人の『求め』、秋月の『誓い』、そして俺の『因果』」

「タマモには横島殿と『天秤』、雪之丞殿と『闘争』、拙者と『銀狼』」

 

 二人の言葉には微妙な違いがあった。

 今日子を救うには、あくまでも神剣だけで良いが。タマモの時は契約者の命、つまり横島の命も含まれている。

 

「つーかおい! 何でタマモの奴を助けるときだけ、俺の命も入ってるんだよ!!」

 

「そういうものだから、仕方ないでござる」

 

 意味が分からない、そう言おうとして、横島は失敗した。

 そうなのだ。色々とこの世界には理不尽があるのだが、『そういうもの』としかいいようが無いときがある。

 そういうものと、設定がされているように。

 

「俺は親友と恋人を天秤にかけた」

「拙者は先生と仲間を天秤にかけた」

 

 何を捨て、何を得るのか。

 二人は既に決断しているようだった。

 

「横島殿は言ってくださった。拙者たちを守ってくれると。約束をしてくれた・・・・・・その約束を果たしてくだされ」

 

 そうだ、約束をした。

 将来の美女になること確定のシロとタマモを守ると。

 恥ずかしいが、家族とすら思っていた。美神除霊事務所の賑やかな生活の為にも、守らねばいけない存在だ。

 

 だが、この場合の守るとは――――守るには。

 

「タマモを守るため」

「今日子を守るため」

 

 二人は声を揃えて、永遠神剣を悠人と横島に向ける。

 

「死んでくだされ」

「死んでくれや」

 

 弟子と親友から言い渡された断絶の死刑宣告は、なんともあっさりしたものだった。

 横島も悠人も、ぼんやりと宙を見る。

 現実感が薄い。異世界に連れてこられた時よりも、周りの存在感が希薄だった。

 一体どうして剣を突き付けられて死ねと言われてるのか。

 理由も理屈も説明されたが、心はまったく納得できない。

 

「おいシロ。お前はまだ子供なんだ。そんな難しい事を考えんな。俺に任せろって」

 

「拙者は子供から大人に変わったのでござる……横島殿だって変わったでござろう」

 

「俺は変わってねえよ」

 

「……商館地下での暴れようは、大したものでした」

 

 シロの言葉に横島の顔色が変わった。

 あれは裏の裏。秘中の秘。知っているものなど、極々一部なはず。

 一体、マロリガンの情報収集能力の高さはどうなっているのだろう。

 いや、シロが向こうにいるのなら、ある可能性が浮上する。これは文珠でも使って確認しなければならないだろう。

 何にしろ、知られたくない面を大切な弟子に知られていると分って、横島は苦々しく顔をしかめた。

 

「それでも……俺は変わってねえよ。あんなの見て、正気でいられるほうが可笑しいし、これからの事を考えれば、見せしめの為にも……それに俺だけがやったわけじゃ」

 

「そんな慌てなくても分かってるでござる。相変わらず女好きで、優しくて、だからああまでやれたのでしょう。

 変えられない部分がある。だからこそ、変えなくちゃいけない部分があったのでござろう。やはり横島殿は拙者が敬愛する人です」

 

 優しく微笑むシロ。慈愛と尊敬の念がそこにある。

 横島は救われたような気になったが、そこで気づいた。呼び名が、先生から横島殿に変化している。

 どういう心境の変化かは分からないが、線引きをされたことは感じ取った。

 

「嘘つくなー! 何が大人だ。俺の見立てではお前はまだAカップだぞー!!」

 

「なっ! そんなの大人と関係無いでござろう!」

 

「い~や、関係あるぞ! そんなちっぱいで大人ぶろうなんて百年早いわ!」

 

「も~せんせ……じゃなくて横島殿はいっつもそうだから美神殿やおキヌ殿に――――」

 

「それぐらいにしてくれや、横島」

 

 ここで光陰がシロを庇う様に前に出た。

 ほっとしたような表情をシロは浮かべて、

 

「シロちゃんは小さいから良いんじゃないか! 手のひらですっぽりと覆い隠せる青いつぼみ……これが大きくならないよう、俺は毎朝毎晩、仏様に祈っているんだぞ!!」

 

「何をアホな事を祈ってるでござるかー!!」

 

 シロの見事なアッパーカットが光陰の顎に突き刺さる。

 鈍い音があたりに響いて、光陰は天高く舞い上がり、そして頭から落ちる。

 ゴキリ、と聞こえてはいけない音が荒野に木霊した。

 

「光陰ー!?」

 

 悠人が叫ぶ。

 敵のロリ大将がここに散った。

 

「まったく、はいアースプライヤーアースプライヤー」

 

 ここで傍に控えていたクォーリンが迅速に回復魔法を唱える。その手際は随分とこなれていた。

 以前に痺れ薬を打たれた時、薬の効果は実証済みと言っていたが、この様子だと光陰に打ったことがあるのかもしれない。

 

「おお~い、シロ。戻ってこないかー?」

 

「うう~ん、悩んでしまうでござる」

 

「シロちゃ~ん! 俺を捨てないでくれ~~!!」

 

 シリアスとギャグの狭間を行き来する会話のなかで、セリア達は頭を悩ませていた。

 それにしても、これは一体どうしたものか。目的地の目の前で足止めされてしまった。この奇襲は失敗か。

 いや、神剣反応は目の前の五人分しかない。スレギトからも特に気配が無いのだから、ひょっとしたら敵はこの五人だけなのかも知れなかった。

 とするならば、これはもう最高だ。敵の最高戦力を3倍の戦力で叩き潰した上にスレギトを占拠する事が出来るかもしれない。

 そうすればマロリガンは終わりだ。外交でも大譲歩を迫れるだろう。

 

 だが、果たして横島達は友達と戦うことが出来るのか。

 正直、かなり厳しいだろう。

 

 こうなったら、自分達だけでも光陰とシロと呼ばれた者と戦うべきではないか。

 そこまで考えたセリア達だったが、そこで気づいた。

 確かに神剣反応はない。

 だが、気配はあちらこちらからする。その気配は二十近くあった。

 

(まさか、囲まれている?)

 

 セリアの背に、どっと汗が噴き出した。

 この距離まで神剣反応を隠す事が出来るほどの猛者達が周囲に伏せられ、それに取り囲まれようとしている。

 ということはレスティーナが想定していた迅速なる奇襲は、既に失敗したと言ってよいだろう。

 

 このくだらない会話の流れも横島得意の相手のペースを乱すギャグに持ち込んでいるようにも見えるが、それを逆手に取られているのではないか。

 時間を稼いでこちらを取り囲み、死地に追い込まれようとしているのでは。

 

 ただでさえ、こちらは万全ではない。

 強行軍の疲労、不可思議な機械の襲撃、ソーマが率いたスピリットとの交戦。

 どれも心身をすり減らされる出来事だった。止めに旧友との再会して殺す宣言だ。

 横島達を戦力として見るのは酷な事だろう。

 

 セリアがちらりと横を見ると、ヒミカがこくりと頷いた。ニム達も同様に頷く。

 この状況で戦うのは不味い。撤退が最善だ。しかし、逃がしてくれるか。

 その時、セリア達の思考を読んだかのように光陰が笑って言った。

 

「逃げたいんならさっさと逃げたらいいさ。悠人、俺はお前と戦って勝ちたいんだ。できればこそこそとした戦いで決着をつけたくない」

 

「拙者も同意権でござる。戦うのなら真正面から、やりあいたいでござるからな」

 

「俺はごめんだぞ」

 

「それはもうしわけありませぬ」

 

 うんざりしたように言う横島に、シロは軽く微笑んだ。

 その笑みは悩みに悩みぬいて、そうして生まれた覚悟を持っていなければ出せない輝きを持っていて、それから目を背けるように横島はラキオスに足を向けた。

 作戦は失敗だった。ラキオスに帰還するしかない。

 

「さようなら、横島殿。次に出会うときは、互いの大切な者達の為に……剣を振るいましょう」

 

 去り行くの横島の背中に、とても優しい声でシロは宣言する。

 彼女は完全に心を決めていたのだろう。横島は、ただこの世界を呪った。

 家族同然の第二詰め所の安全のためならば、世界以外の全てを犠牲をいとわない。そう決心していた横島だが、まさかここにきて敵方に家族が出現するなんて、あんまりすぎる。

 何とかタマモを助けて、シロと戦わないようにしなければ。そう考えたが、タマモを助けるには、絶対に誰かが犠牲にならなければならない。

 何故かはしらないが、シロと同じくそんな確信が横島にはあって、ただ奥歯をかみ締めて逃げるしかなかった。

 

 横島たちが完全に視界から消えたのを確認すると、光陰とシロはお互いに顔を見合わせて苦笑した後、崩れ落ちる様に砂漠に座り込んだ。

 

「ふ~何とかなったな」

 

「そうでござるな」

 

「疲れた」

 

「……」

 

「コウイン様、私はもう駄目です」

 

 突如、五人の額から大粒の汗がにじみ出てくる。

 膝はガクガクと震えて座り込んでしまった。立ち上がることすら困難のようだ。

 

「もう出てきて大丈夫でござるよ」

 

 シロが言うと、周りに隠れ潜んでいた者たちが出てくる。

 現れたのはスピリットではなく、皮の鎧を着込んだ男達だった。

 

 周囲に隠れ潜んでいたのは神剣反応を隠せるほどの熟練スピリットではなく、ただの人間だったのだ。

 セリア達も良く考えれば気づけただろう。神剣反応を隠せるほどの強豪スピリットが、これほど大量にいるわけもなく、それがこうも簡単に気配をもらすわけがないのだとという事を。

 結局、全員が度重なるトラブルに混乱していたのだ。

 

「何とか勘違いしてくれたでござるな」

 

「ああ。もしこのまま攻められたら俺達の負けだった……正直かなり運が良かったな」

 

 この場に居たのは、シロらエトランジェ四人とグリーンスピリットのクォーリンただ一人。他のスピリット達はまだスレギトに向かっている最中で、まだしばらくは到着しない。

 最精鋭とも呼べる五人だったが、いくらなんでも五人で横島達全員を相手にするのは不可能だ。

 しかもここに来るまでに一睡もせずに走り続け、飲まず食わずだ。第二詰め所スピリット相手でも勝てないほど疲労していた。

 

「天運は我らにあり、ござる」

 

 シロの耳がピクピクと動いて、遠くから発せられた鳴き声をキャッチする。

 

「光陰殿。どうやら想定ラインまでせんせ……横島殿らが下がったようでござる」

 

「分かった。それじゃあ装置作動だ。ようやく作戦通りに動けるな……あ~危なかった危なかった」

 

 それから悠人達はマナ嵐と呼ばれる現象を受け、完全に後退を余儀なくされる。

 レスティーナの機転から始まったマロリガン攻略戦だったが、それは失敗に終わることとなった。

 

 


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